獣王陛下の愛した罪人

宮藤寧々

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小鳥は初恋の熱に殉じる

4、地下牢の中で

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 マドレーヌは諸国同盟の審問を受ける身となったため、公王の私刑は許されない。
 隣国の判断に、公国の中枢は内心感謝していた。

 同盟国の土地で火災や公爵令嬢の失踪という醜聞を起こしているのだ。
 公王が被疑者をその場で殺害などしていれば――
 アルブム公国は『統治された国家』と見做されず、同盟諸国から追放される可能性まで出てくるのだ。
 そうなってしまえば、どれほどの損害が出るか計り知れない。


 マドレーヌ達が住まうアルブム公国は、獣の血を引く民が起源とされている。
 獣人の集落から国へと発展するまでに、長き年月を要した。
『獣の群れ』ではなく『人が治める国家』として諸国同盟に認められるため、本能を捨てて、法と秩序を重んじる・・・・・・その過程で、獣人の血は薄れていった。

 しかし、国の中枢である三公爵家には、今でも獣人の血統は残されている。
 その中でも、獣の要素を強く受け継いだのが、リオネル・リヒト・ロッソ――今代の公王である。
 三公爵家の中から代々の公王を決める慣例が残る公国で、彼は己の優れた武力を持って王の座を手に入れた。

『獣王』と称される男は、力と自信に満ち、本能に従い行動する傾向にあった。
 最愛を失った今、彼の中にあるのは怒りと焦燥のみ。

 愛するアレクシアを探し出し、犯人を処刑する・・・・・・そのような決意を持った王は、審問の場には必ず同席していた。


『どうしてアレクシア・アズール公爵令嬢の元へ?』
『父の非礼を詫び、お迎えに上がるためです』

『アレクシア嬢とはどのような会話を?』
『私の謝罪を受け入れてくださり、気にしていないと』

『どうして直ぐにタウンハウスへ戻らなかったのですか?』
『アレクシア様が、お茶を淹れてくださったのです』

『どうしてアレクシア嬢の服を?』
『私の服が汚れてしまったので、予備を貸していただいたのです』

『火を放ったのは貴女ですか?』
『いいえ、私はしておりません』

『アレクシア嬢の失踪に心当たりは?』
『あの方が、どのように姿を消したか分かりません』

『アレクシア嬢の殺害を考えておりましたか?』
『いいえ、私はしておりません』


 鉄格子の向こうに座る審問官の問いに、マドレーヌは正直に返答した。
 努めて平静を保ち、薄く微笑みさえ見せる彼女の顔には、まだ痛々しい擦り傷が残っている。


 公王が隣国に到着してから、マドレーヌは地下牢の中で尋問を受けることとなった。
 彼女は加害者か被害者か未だ分からぬ身。
 公王がこれ以上危害を加えることを防ぐためであった。

 最初の対面での行いを審問官から非難された公王は、マドレーヌに直接的な暴力を振るうことは止めた。
 諸国同盟の使者は、その身分に関わらず一国の王より強い権限を有することが出来る。
 王としての理性が、公王を何とか踏み留めたのだろう。

 尋問の場には、必ず公王も同席した。
 しかし、彼はマドレーヌへの質問を禁じられていたので、ただ立ち会うだけ。
 審問官の後ろに立ち、鉄格子の中にいるマドレーヌへと憎悪の視線を向け続けていた。

 見張りの騎士達ですらしり込みしてしまいそうな殺伐とした空気の中でも、審問官は極めて冷静で理知的な姿勢を崩さなかった。
 あの夜、何が起きたのか――あらゆる質問を重ね、事実を確認する。
 しかし、マドレーヌの返答は、『ただの巻き込まれた可哀想なお嬢さん』のそれで・・・・・・調書を書き連ねる審問官の困惑も感じ取れた。

 公妃の座を狙った政敵による排除か、隣国を含む別の勢力による誘拐か――
 諸国同盟は調査を重ねていたが、焼けてしまったのか、何も手掛かりは見つからない。
 公王も独自に騎士達を使い、最愛の捜索に乗り出していたが、彼の努力も報われなかった。


 何もなく過ぎていく日々に、公王は焦りを感じていたのだろう。
 尋問の場に訪れる公王は、日に日に落ち着きを失った態度を見せていた。

 自らがマドレーヌを痛めつけ、犯行の手口やアレクシアの居場所を吐かせたいと思っていたはずだ。
 しかし、審問官は似たような質問をずっと繰り返すばかり。
 マドレーヌの方も表情を崩すことなく、平然としていて・・・・・・『どうやって消えたのかは知らないが、最初の原因は当家にある。厳罰を望む』と澄ました顔で言ってのける姿は、ふてぶてしい悪女に見えていただろう。


『貴女は、公妃の位に興味がありましたか?』
 五日ほど経った時、審問官が放った質問がある。

『いえ、望んでおりません』
 マドレーヌはいつも通り穏やかに答えた。

『私は陛下をお慕いしておりましたが』
 この時、審問官の手が止まったことを、マドレーヌは覚えている。
 いつも質問されたことだけに答えていた彼女の発言が珍しかったのだろう。

 マドレーヌも自分の本心を吐露するつもりなど無かった。
 しかし、公王の憎悪を受け続ける日々に、少なからず疲弊していたのだろう。
 自分の思いだけは、彼に知ってほしい・・・・・・ふと、そんな思いに駆られていた。

『陛下が最愛のアレクシア様と共に在ることを望んでおりました』
『ふざけるな!!』

 獣の咆哮を聞いたのは、いつ以来か――
 気付けば公王は鉄格子にしがみ付き、此方を憤怒の形相で睨みつけていた。

 以前のように、鉄格子のすぐそばにいたら、今度こそ縊り殺されていただろう。
 しかし、マドレーヌは隅に座るよう指定されていたので、公王の手は届かない。

『それなら、どうしてアレクシアを私から取り上げた!?』
 鉄格子を破壊する勢いで揺さぶりながら、公王は叫ぶ。
 その声色は怒りだけでなく、強い悲しみを含んでいた。

『返せ! アレクシアを返せ! 私の最愛・・・・・・アレクシアを返してくれ・・・・・・』

 鉄格子にしがみ付きながらも蹲り、涙を流す公王に、審問官も途方に暮れる。

(ああ、陛下・・・・・・)
 そのような公王の姿に、マドレーヌは心を痛めていた。

 彼女が、公王を慕っていたのは本当のこと。
 五年以上前の、幼い頃より、公王は初恋の人であった。
 しかし、相手は十歳近く年上で、最愛も存在する尊いお方。
 自分の幼い思いなど、静かに閉まっておくつもりだったのだ。

 それなのに、公王は最愛の人を失ってしまった。
 マドレーヌは最後に見たアレクシアの姿を思い出し――

(どうして、あのようなことに・・・・・・)
 自分一人では抱えきれないほどの強い感情に、押し潰されそうになっていた。
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