年の暮れ

園下三雲

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『もしもし』

 電話をかけたのは私からだった。
 なんとなく、声が聞きたくなった年の暮れ。
 別に、寂しかったわけじゃない。

「もしもし、私」
『うん、みっちゃん。何かあった?』

 何もないよ。
 何もないから、貴方を思い出したの。
 なんて、そんなこと、言って許される可愛さは持ってない。


 だけど、貴方なら。
 貴方なら許してくれるかもしれないって、ほんの少しだけ、少しだけ思うだけ。

『みっちゃん、もしかして今、外?』
「そう。自販機に飲み物買いに出てきたの」

 気づいてくれる貴方だから。

 吹きつける風の音に。
 踏みしめる雪の音に。

 この冷たい痛みさえ、私ぜんぜん寒くないの。

『雪は? 風の音、聞こえてくるけど』
「大丈夫。さっきまで吹雪いてたけど、おさまったから出てきたの。そっちは?」
『こっちは、風はないけど朝からずっと降ってるよ。夕方また雪かきしなきゃ』
「年末なのに大変ねぇ」
『他人事みたいに。お互い様でしょう?』

 宥めるような、諭すような、貴方の優しい声が好き。
 肩を抱くように。
 髪を撫でるように。
 頬を包むように。
 声だけで私を無防備にさせるから。

『コーラでしょ』
「ん?」
『自販機。どうせまたコーラ買ったんじゃないの?』
「ダイドーだから、コーラないもーん」
『ハズレか。ハハッ』

 子どもみたいにふざけたくなるの。
 ひょうきんなふりをして気を引きたいの。
 もっと笑って。
 もっと笑って。
 もっと、もっと、私を――。

「いつものコーヒー売ってるよ。ホットにする?」
『いや、みっちゃんの実家に僕いないから』
「ホットにしたら? あったかいよ」
『今からそっち向かっても冷めちゃうし』
「違うよ、私が」
『みっちゃんが? ん? え?』

 甘えてるの。
 分かってるの。
 困らせたくて、わざと言うの。

「あったかいの持ってたら寒くないでしょ。もう少し繋いでいられるじゃん」

 わがまま言って嫌われたくない。
 面倒だなって嫌われたくない。
 だけどそれより貴方のことを、貴方の頭の中の全部を、私が独占してしまいたい。

『そういうこと? 駄目だよ、いつまた吹雪くか分からないでしょ』
「大丈夫だよ、家まで近いし」
『近かろうが遠かろうが遭難するときはするし、そもそもそういう問題じゃないし。車が突っ込んでくるかもしれないでしょ。何か飛んでくるかもしれないし。それに、寒いところにずっといたら風邪ひくよ。辛いのはみっちゃんだよ。僕だってみっちゃんに何かあったら辛い』
「……年の瀬に叱られた」
『叱られ納めだね。自分の分買い終わったなら気をつけて帰るんだよ』
「はあい」

 ごめんね。
 ごめんね。
 叱られるとね、安心するの。
 大好きな貴方が、私だけのための言葉をくれるから。
 大好きな貴方に、見捨てられてないって分かるから。

『家の中で電話するのは嫌なんだもんね?』
「いや。絶対。恥ずかしいもん」
『じゃあまた、天気の良いときに電話して』
「うん」
『帰ったら、ストーブの前でこたつに入ってあったまるんだよ』
「ふふ、うん。煮えそう」
『少し煮えときな』

 少し煮えたら、美味しくなれる?
 美味しくなったら、可愛くなれる?
 可愛くなったら、貴方に言える?
 言えずに飲み込んだ幾千の言葉も。

「じゃあ、ね」
『うん。良いお年を』
「良いお年を」

 電話を切ったのは私からだった。
 貴方がいれば良い年になるの。
 そう言わなかった年の暮れ。
 寂しい、寂しい年の暮れ。
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