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しおりを挟む活気あるオグウェスのアーケードの一角で、リンは軽くなったバスケットを抱えて固唾を呑んでいた。
真剣な顔で品物を検分していた店主は、顔を上げてニコリとしながら値段を提示する。
(やった! 前よりも高い!)
「本当にその値段でいいんですか?」
「はい。これだけしっかり編み込まれてる質のは重宝されるんです。以前持ってきてくれたやつもすぐ売り切れてしまいましたから」
引き換えに渡された硬貨の入った包みを手に、リンは弾むような足取りで店を後にした。
――で、魔法使いが――
ふと耳についた言葉に、ギクリとしたリンは咄嗟にフードを深く被った。
路肩に寄って顔は向けずに耳をそばだてる。
「第二王子が行方不明だってよ。王都のほうじゃ大騒ぎらしいぞ」
「あの人は魔法使いだろ。前の戦争でだって辺り一面焼け野原にしたって話だ」
「ああ。だから誰かにさらわれたってのも考えづらいから、自分で出てったんじゃないかって話だ」
「そんな恐ろしい人がいったいどこに行ったんだ? しかもあれがいなくてどうやって他の魔法使いを制御するんだ?」
ああ、恐ろしい恐ろしいと言いながら、商人らしき男たちはリンと反対方向に歩いていき、やがて声は聞こえなくなった。
ようやくリンもほっとして食料を買ってから家に帰った。
森を抜けると、ちょうどフィンが外に出て洗濯物を取り込んでいるところだった。
その肩口には、小さな羽を使って飛ぶトカゲの姿がある。
「魔法を使うとき、手のひらに熱がこもるだろ。それが魔力だ。物を浮かせる時は物体の表面に均等に魔力を巡らせるんだ」
「う、うん……こう?」
「もう少し魔力を抑えてもいいが……まあ及第点だな」
普段より軽やかな動きで、洗濯物たちが独りでに籠のなかに放り込まれていく。
全部取り込み終えると、ふっと人心地ついたフィンがリンに気づいた。
「あ、お姉ちゃん! おかえりなさい!」
「ただいま。もしかして魔法を教えて貰ってたの?」
「そうなんだ! さっきはいつもよりうんと簡単に魔法が使えたんだ」
満面の笑みのフィンにつられて微笑みつつ、リンは「ありがとう」とトカゲに礼を言う。
トカゲはふいと顔をそむけはしたが、不愉快に思ったわけではないらしい。長い尾が、ゆらりと機嫌よく揺れていた。
どうやら家にいたフィンに、トカゲが急に魔法を見てやると声をかけてくれたらしい。
よほどうれしかったのか、はしゃいで喋っていたフィンは、そのうちテーブルで船を漕いでしまった。
「そういえば、さっき街で王都の話を聞いたの。第二王子さまって魔法使いなんだって」
パチリと瞬きしたトカゲは、料理中のリンの背中に探るような目を向けた。
「王子さまが行方不明らしいけど、それって大変なことよね。ほかにも魔法使いの話をしてたけど……やっぱり王都には魔法使いも多いのかな」
トカゲに人の世情のことは分からないだろうし、答えは期待していなかった。だが――。
「魔法使いは普段は国中に散らばっている。とくに王都には寄りつかないだろう」
「どうして?」
「王族が一番魔法使いの力を警戒しているからだ。国を乗っ取られたらたまったもんじゃない。魔法使いだって、自分からわざわざ居心地の悪い場所にはいないだろ」
「でも、第二王子は魔法使いなんでしょ?」
自分の家族にだって魔法使いがいるのに、そんなに目くじら立てて警戒するものだろうか。
リンの考えを見透かすように、トカゲはため息をついて呆れた声で言う。
「言っただろ。人間は化け物を家族とは呼ばない。王子だろうとそれは変わらない。王族は都合のいい武器にしか思っていないさ」
「そんな……」
王子であろうと、恐れられ差別されるのは変わらないのか。
「第二王子さまには、愛をくれる方はいるのかしら……」
「いるはずがないだろう」
いやにキッパリと言われて、リンの頭に会ったこともない第二王子――一人の男性がぽつんと淋しく立つ姿が思い浮かんだ。途端に、胸が切なく締めつけられた。
しゅんと沈んだ様子のリンに、トカゲは気遣うようにそろそろと訊ねる。
「……ほかの魔法使いに会いたいのか?」
「まあね。フィンのためにも魔法のコントロールは出来た方がいいでしょ? でも私じゃ魔法のことは分からないし、ほかの人に会えば少しぐらいアドバイスがもらえるかなって思ったの」
あーあ、魔法使いにも学校があればいいのに。
そうすればいくらだって無理をしてお金を稼いでフィンのために学校に行かせるのに。
嘆くリンに、トカゲはふと遠く見るように考えた。
「だからあなたに教えてもらえて本当に助かったのよ。ありがとうね」
目を合わせて微笑むと、トカゲは「俺が教えてやろうか」と呟いた。
「……本当に?」
「ああ。その代わりしばらくはここに住ませて欲しい」
「もちろんよ! ありがとう、トカゲさん!」
感激を現すリンを前に、「ト、トカゲ?」と初めて動揺を表した。
「トカゲじゃなくてこの姿はドラゴンだ」
「ドラゴンさん?」
ドラゴンとは、あの絵本に出てくる火を吹く龍のことだろうか。
絵本で想像していたよりも随分可愛らしい。
「そんなふうに呼ばなくていい」
「あ、ごめんなさい。あなたにだって名前があるわよね」
あなたの名前は? と訊けば、小さなドラゴンは思い悩むように唸った。
名前がない、というよりも、それを告げることを躊躇っているようだ。
「ねえ、もし良かったら私が名前を決めてもいい?」
「ああ。それでも構わない」
「それなら……」
うーん、としばらく悩んだリンは「フィリなんてどう?」と訊ねた。
「どうしてフィリなんだ?」
「私がリンで、この子がフィンでしょ? だから、三人目の家族になるあなたはフィリ」
思いもよらなかったのか、見開かれたフィリの目がしばたたく。「気に入らなかった?」と不安になると、フィリはゆるゆると子どものように首を振った。
「……フィリでいい」
どこか気がそぞろだったが、フィリはその名前を何度も口の中で転がしていた。気に入ってくれたらしい。
安心したリンが料理に戻った背後で、フィリは「……俺に家族?」と呟いた。
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