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しおりを挟むオグウェスを出て街道をしばらく進んだところで、リンは歩みを緩めてそろりと周囲を伺った。
人影がないことを確認してから、街道沿いに広がった藪に突っ込んで森を奥へ奥へと進んでいく。
まともな道もないところをガサガサとかき分けるように進んだこの先に、リンと弟のフィンが住む小屋があるのだ。
元々はある商人の憩いの場として使っていた小屋だが、商人が年老いて森に来ることもなくなって放置されているのをたまたま見つけ、リンがその商人を探し出して交渉したものである。
すでに人が訪れなくなって長く、もう使うことはないからと家賃もなく住まわせてくれている。
(家賃を考えなくていいだけでも大助かりだわ……!)
人目を避けて森を突っ切って良かった。と当時の自分の判断に自慢げに鼻を鳴らしてリンは突き出た枝を屈んで避けた。
「ん? なにかしらこの黒いの……え、トカゲ?」
ふと落ちた視線に黒いなにかが映った。森ではまず見ないその真っ黒な物体をしげしげと見ると、どうやら横たわった生き物のようだった。
成人女性が胸に抱えられる程度の大きさだ。蛇のようにつるりとした黒い鱗で全身を覆われ、トカゲのように短い手足がある。
「でもトカゲってこんなに黒くないわよね? しかも羽根がついてるし……」
こんな生き物は見たことがない。珍しさから、リンは膝を折ってまじまじと見つめてしまう。
と、微動だにしなかったトカゲが、ふいに目を開けた。森で見かけたベリーの果実よりも真っ赤で宝石のような煌めく瞳に、思わず「まあ」と感嘆の声が漏れた。
トカゲは自分を見つめるリンに気づくと、唸るような声を上げ、のろのろと動き出した。どうやら起き上がろうとしているようだがなかなか上手くいかない。
あまりにぎこちない動きにどうしたのかと不思議に思っていると、茂った地面にポタリと赤いものが垂れた。
「あなた怪我をしてるの?」
横になっていたのは寝ていたんじゃなくて、怪我をして弱っていたからなのか。
「ごめんね。黒いから気づかなかったわ」
手当てをしてあげる。そう言って手のひらを差し出したが、トカゲは震える体で後じさる。
「大丈夫。あなたを傷つけたりはしないわ」
なるべく小さく、そして穏やかに声をかけてもトカゲの警戒が解けることはなく、リンはどうしようかと途方に暮れた。だが、不意にトカゲの体がふらりと大きく揺れると同時にその真っ赤な瞳がまた閉じられた。
慌てて支えたリンだったが、トカゲはどうやら意識を失ったらしい。
静かだが、死んでしまったわけではない。手のひらに感じる温もりに、リンは「少し我慢してね」と声をかけて持っていた手ぬぐいで手早く止血をすると、そのままトカゲを腕に抱いて家までの道を走った。
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