【完結】乙ゲー世界でもう一度愛を見つけます

瀬川香夜子

文字の大きさ
上 下
27 / 38

26

しおりを挟む


 建国祭の当日は、よく晴れた日だった。
 昼間は街の至る所で民衆の沸き立った声が響き、カラフルな紙吹雪が舞い散った。
 日が暮れてくると、今度は貴族たちの時間である。
 装飾の施された見事な馬車が何台も王宮へ向かっていく。そのうちの一つに、リシャーナとユーリスが向かい合って座っていた。
 王宮が近くなり、招待状を確認したリシャーナはふと正面のユーリスを見た。
 白のシャツと蝶ネクタイに、漆黒のベストとテールコートを纏った彼の姿はとてもシンプルなものだ。けれど、光沢のある黒い布地に施された金の刺繍が、上品な華やかさを出していた。
 給金を先日の本屋の古代書で使ってしまったと困っていたユーリスに、誘ったのはこちらだからと説き伏せて礼服を用意したのはリシャーナだ。
 本当は貴族と並んでも見劣りのしない華やかな礼服を選んであげたかったが、当人であるユーリスにシンプルな黒の燕尾服でよいと言われてしまったのだから仕方がない。
 受け取ってもらえただけでもよかったと思おう。そう納得しつつも、どうしても心配は胸に残った。
 貴族はもちろん華やかな装いで訪れるだろうし、招かれた平民出身者だとてここまで型にはまった燕尾服など着ないだろう。
 もちろん素材は上質なものを使わせたが、いかんせん地味すぎる。リシャーナはそう思っていたのだ。
 だが、服というのは不思議なもので、纏う人によってその魅力が大きく変わるらしい。今日、リシャーナはそのことを十分すぎるほどに思い知った。
 王宮に徒歩で向かうことは出来ないので、馬車を出すことにしたのだが、ユーリスの住む平民街の狭い道を馬車で抜けるわけにはいかない。
 しかし、明らかに高級品である衣装を纏ったユーリスを、一人で歩かせることも出来ない。
 かといって、ハルゼラインの使用人の目がある王都の邸宅にユーリスを招くことも憚られた。
 どうしようかと悩んでいたところを、リシャーナと同様に招待を受けていたヘルサが自分の邸を使うといいと声をかけてくれたのだ。
 未婚の妙齢の女性が一人で男性貴族の邸に行くなど、本来であれば控えるべきだ。しかし、その日はパートナーとして参加する夫人も一緒に出迎えてくれるというし、ヘルサであれば研究室繋がりでいくらでも言い訳は立つ。
 そこで、ユーリスはヘルサ宅で着替えなどの準備を済ませ、後からリシャーナが準備した馬車に乗ってユーリスを迎えに行くことになった。
 ユーリスの衣装は、王都にある貴族御用達のテーラーにお願いして作らせたものだ。採寸などには付き添ったが、実際にユーリスが纏った姿を見るのは当日が初めて。
 一度馬車を降りてヘルサと夫人に挨拶をしようとしたとき、一緒に現れたユーリスの姿にリシャーナは見惚れたものだ。
(ほんと、こんな様になってるなんて……)
 もっと着飾ったらどうなってしまうのだろうか。リシャーナは感嘆と同時に、ほんの少し恐ろしくもなった。
 いつもなら瞳を隠すほど長い前髪は、器用に半分は後ろに撫でつけられ、もう一方は緩く耳にかかっていた。
 惜しみなく晒されたその美しい容貌はもちろんのこと、華奢ながらも男性だと分かるしっかりした肩幅。締まったウエストから長く伸びた足に沿う黒いスラックスの輪郭はため息が出るほど上品だ。
 なにより一縷の乱れもなくスッと伸びたたるみのない姿勢は、見ているこちらの背筋さえ自然と伸びるように品があって優雅だ。
 ほお、とリシャーナは気づかれないように何度目かのため息をついた。
 (ユーリスってこんなに綺麗だったっけ……)
 もちろん美しい造形をしていることは百も承知だった。昔からこの美しい男の横に立つことは、どこか見劣りするようで嫌だった。
 けれどそれは、まるで美術品に息を呑む感覚とよく似ていた。今みたいに心臓がうるさく高鳴ったりはしない。
(やっぱりフード被ってもらってた方が良かったかも……)
 人の視線が気になるなら無理をしなくてもいい。リシャーナはそう伝えたのだが、ユーリスがそれでは悪目立ちするからと首を振られた。
 同様の理由で、彼は手首のバングルも外していた。
 試作品だからとシンプルすぎる無骨なデザインだったので、礼服には合わないと判断されたのだ。
 キッチリとした品のある姿に、たしかにあのバングルはノイズとなるだろう。それは理解できるが、リシャーナはあのバングルがユーリスにとってどれだけ大事なものかもよく知っていた。
 心配になって訊ねてみても、ユーリスは存外あっさりした顔で、「きみがそばに居てくれるなら大丈夫」としか言わない。
(なんの根拠があってそんなこと言うんだろ……)
 あんまりに早く動く心臓に、リシャーナはひと息つきながらユーリスから目を逸らして馬車の窓を見た。
 陽の落ちた外の暗い闇に、車内で照明に照らされたリシャーナの姿がくっきりと映っていた。
 黒曜石のように艶やかな長い黒髪は、今は編み込んで綺麗に後ろでまとめている。
 瞳の色とよく似た藍色のドレスはシンプルなデザインだが、スカートの表面を覆う上質な白いレースによって軽やかな印象になり、少女然とした華やかさをもたらしていた。
 ハイウエストで、かつくびれに沿うようにきゅっと締まった腰からふわりと曲線を描いて広がるスカートの華やかな柔らかさは、自分自身も着ていて心が弾むものだ。
 馬車の窓に映る今世の両親によく似た少女は、落ち着いた黒髪と深い藍色の瞳によって神秘的な美しさを持っていた。
 美人であることは、喜びべきことのはずだ。この姿なら、ユーリスの隣に並んでも見劣りされることもない。それなのに、ズンと胸が重くなるのは、リシャーナ自身がこれがハリボテであると分かりきっているからだろう。
 どれだけ美しくても、礼儀をたたき込んだとしても、その中身が貴族でもなんでもない異なる世界からの紛れ者――糸田清花なのだから。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

処理中です...