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しおりを挟む建国祭の当日は、よく晴れた日だった。
昼間は街の至る所で民衆の沸き立った声が響き、カラフルな紙吹雪が舞い散った。
日が暮れてくると、今度は貴族たちの時間である。
装飾の施された見事な馬車が何台も王宮へ向かっていく。そのうちの一つに、リシャーナとユーリスが向かい合って座っていた。
王宮が近くなり、招待状を確認したリシャーナはふと正面のユーリスを見た。
白のシャツと蝶ネクタイに、漆黒のベストとテールコートを纏った彼の姿はとてもシンプルなものだ。けれど、光沢のある黒い布地に施された金の刺繍が、上品な華やかさを出していた。
給金を先日の本屋の古代書で使ってしまったと困っていたユーリスに、誘ったのはこちらだからと説き伏せて礼服を用意したのはリシャーナだ。
本当は貴族と並んでも見劣りのしない華やかな礼服を選んであげたかったが、当人であるユーリスにシンプルな黒の燕尾服でよいと言われてしまったのだから仕方がない。
受け取ってもらえただけでもよかったと思おう。そう納得しつつも、どうしても心配は胸に残った。
貴族はもちろん華やかな装いで訪れるだろうし、招かれた平民出身者だとてここまで型にはまった燕尾服など着ないだろう。
もちろん素材は上質なものを使わせたが、いかんせん地味すぎる。リシャーナはそう思っていたのだ。
だが、服というのは不思議なもので、纏う人によってその魅力が大きく変わるらしい。今日、リシャーナはそのことを十分すぎるほどに思い知った。
王宮に徒歩で向かうことは出来ないので、馬車を出すことにしたのだが、ユーリスの住む平民街の狭い道を馬車で抜けるわけにはいかない。
しかし、明らかに高級品である衣装を纏ったユーリスを、一人で歩かせることも出来ない。
かといって、ハルゼラインの使用人の目がある王都の邸宅にユーリスを招くことも憚られた。
どうしようかと悩んでいたところを、リシャーナと同様に招待を受けていたヘルサが自分の邸を使うといいと声をかけてくれたのだ。
未婚の妙齢の女性が一人で男性貴族の邸に行くなど、本来であれば控えるべきだ。しかし、その日はパートナーとして参加する夫人も一緒に出迎えてくれるというし、ヘルサであれば研究室繋がりでいくらでも言い訳は立つ。
そこで、ユーリスはヘルサ宅で着替えなどの準備を済ませ、後からリシャーナが準備した馬車に乗ってユーリスを迎えに行くことになった。
ユーリスの衣装は、王都にある貴族御用達のテーラーにお願いして作らせたものだ。採寸などには付き添ったが、実際にユーリスが纏った姿を見るのは当日が初めて。
一度馬車を降りてヘルサと夫人に挨拶をしようとしたとき、一緒に現れたユーリスの姿にリシャーナは見惚れたものだ。
(ほんと、こんな様になってるなんて……)
もっと着飾ったらどうなってしまうのだろうか。リシャーナは感嘆と同時に、ほんの少し恐ろしくもなった。
いつもなら瞳を隠すほど長い前髪は、器用に半分は後ろに撫でつけられ、もう一方は緩く耳にかかっていた。
惜しみなく晒されたその美しい容貌はもちろんのこと、華奢ながらも男性だと分かるしっかりした肩幅。締まったウエストから長く伸びた足に沿う黒いスラックスの輪郭はため息が出るほど上品だ。
なにより一縷の乱れもなくスッと伸びたたるみのない姿勢は、見ているこちらの背筋さえ自然と伸びるように品があって優雅だ。
ほお、とリシャーナは気づかれないように何度目かのため息をついた。
(ユーリスってこんなに綺麗だったっけ……)
もちろん美しい造形をしていることは百も承知だった。昔からこの美しい男の横に立つことは、どこか見劣りするようで嫌だった。
けれどそれは、まるで美術品に息を呑む感覚とよく似ていた。今みたいに心臓がうるさく高鳴ったりはしない。
(やっぱりフード被ってもらってた方が良かったかも……)
人の視線が気になるなら無理をしなくてもいい。リシャーナはそう伝えたのだが、ユーリスがそれでは悪目立ちするからと首を振られた。
同様の理由で、彼は手首のバングルも外していた。
試作品だからとシンプルすぎる無骨なデザインだったので、礼服には合わないと判断されたのだ。
キッチリとした品のある姿に、たしかにあのバングルはノイズとなるだろう。それは理解できるが、リシャーナはあのバングルがユーリスにとってどれだけ大事なものかもよく知っていた。
心配になって訊ねてみても、ユーリスは存外あっさりした顔で、「きみがそばに居てくれるなら大丈夫」としか言わない。
(なんの根拠があってそんなこと言うんだろ……)
あんまりに早く動く心臓に、リシャーナはひと息つきながらユーリスから目を逸らして馬車の窓を見た。
陽の落ちた外の暗い闇に、車内で照明に照らされたリシャーナの姿がくっきりと映っていた。
黒曜石のように艶やかな長い黒髪は、今は編み込んで綺麗に後ろでまとめている。
瞳の色とよく似た藍色のドレスはシンプルなデザインだが、スカートの表面を覆う上質な白いレースによって軽やかな印象になり、少女然とした華やかさをもたらしていた。
ハイウエストで、かつくびれに沿うようにきゅっと締まった腰からふわりと曲線を描いて広がるスカートの華やかな柔らかさは、自分自身も着ていて心が弾むものだ。
馬車の窓に映る今世の両親によく似た少女は、落ち着いた黒髪と深い藍色の瞳によって神秘的な美しさを持っていた。
美人であることは、喜びべきことのはずだ。この姿なら、ユーリスの隣に並んでも見劣りされることもない。それなのに、ズンと胸が重くなるのは、リシャーナ自身がこれがハリボテであると分かりきっているからだろう。
どれだけ美しくても、礼儀をたたき込んだとしても、その中身が貴族でもなんでもない異なる世界からの紛れ者――糸田清花なのだから。
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