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三章
エピローグ
しおりを挟むネバスを出て長く平坦な道を辿れば、深い森が一面に広がる。その手前にポツンと佇む一軒の家には老婆が一人住んでいた。
そこに珍しく年若い青年の声が響き渡る。
「これはネバスの果樹園で買った果物、こっちはウノベルタの図書館の売店で買った栞とブックカバー」
リアが腕の中の袋から次々と机に並べれば、ソニーは呆れた顔で首を振った。
「こんなにたくさんアタシ一人じゃ食べきれないよ」
「そこら辺は俺とハリスがいるから」
指をさして笑えば「随分仲良くなったね」と含み笑いが返って来る。
「それと、最後のお土産」
「なんだ、まだあるのか、い……」
リアがポケットから出したペンダントに、ソニーは皺の寄った細い目を見開いて口をはくはくと揺らす。
「それは……」
信じられないといつも以上に声が掠れている。
その反応にリアは自分の予想が正しかったと内心安堵した。
震える指が伸ばされたが、それはペンダントに触れる前に動きを止めた。引っ込んでしまう前にリアが捕らえて冷たい手の上にそのペンダントを載せる。
この様子では中を見ないかもと危惧して、リアはチャーム部分も開く。
そうすると中に収められた一枚の写真が姿を現す。母娘と思わしき二人の女性とチャームの内側に刻まれた「レーネ・ラジューネ」の文字。
それを見下ろしたソニーの瞳はわななき、呻くような声が喉を揺らした。
「ソニーさん、レーネさんの顔を見に行きませんか?」
「アタシに行く資格なんてないよ……娘を殺した母親なんだよ」
涙が頬に細く線を引く。それは幾重にも重なり、顎先からポタリポタリと滴る。
「俺もハリスも一緒に行くから……ね?」
「ああ……ああぁ……」
ペンダントを握りしめてソニーが頻りに頭を上下に振る。崩れ落ちるように上体を曲げて両手を強く握る姿を視界から外す。見守っていたハリスと顔を合わせてソッと部屋を後にする。
ゆっくりと扉を閉める時、泣き叫ぶように娘の名を呼ぶ母の声が聞こえた。
「ソニーさん、大丈夫かな……」
「しばらくはそっとしておいてあげよう」
「うん……」
二人で連れ立って外に出れば、小さな光がふわりと寄ってくる。
「あ、妖精……」
「人の前に現れるなんて珍しいな」
リアの指先に停まったと思えば、すぐにふるふると首を振るように揺れてサッと森に帰ってしまう。
「嫌われちゃったかな……」
「さあ、どうだろうな……」
陽が高いこの時間帯は、やはり少し汗がにじむ。風が吹くと木々が揺れる。影の濃淡が移り変わる様を眺めた。
―――春の木漏れ日で艶めく髪が夏の風に攫われる。
(あれを書いたのはあなただったんだね、ルカ……)
しかし、タイトルが自分の名前と言うのも変な気分ではなかったのかな。
実は自分の名前を書いていただけだったりして、と考えてそんなわけないかと考え直す。
「ハリス」
「うん?」
クルリと振り返ってハリスと向き合う。赤い髪が爽やかな風で揺れる。陽光の下で暖かみを増すその赤が、リアは好きだ。
「この後はさ、ハリスの家に行こうね」
「えっ? いや、いいよ。家には年の離れた従兄弟がいるし、俺はどうせ勘当されるだけだ」
「それでも、一度はちゃんと話をしよう?飛び出してきてそのまま俺に付き合ってくれたでしょ?俺も一緒に行くからさ」
そう言えば、渋い顔のままハリスがためらいがちに頷く。
「それなら教会にも早く行かないと」
「子供たち?」
「ああ」
子供は成長が早いし、きっと大きくなっていることだろう。もしかしたらリアのことなんて忘れているかもしれない。
それにもハリスは苦い顔で首を振った。
「そんなことはありえないよ。きっとたくさん怒られるぞ」
「え、そうかな……」
急に心配になって来た。子供の責める声にはひどく心が痛む。
「怖いのは俺の方だ。長い間君を独り占めしていたからひどい目に合う」
「その時は俺も一緒に怒られるよ」
「そうしてくれ。みんな君には甘いから」
指先が触れて、自然と掌が重なる。肩を寄せて顔を上げると同じようにリアを見下ろす赤い瞳とかち合う。
「ハリス」
「うん?」
「これからも、ずっと俺のこと独り占めしていいんだよ」
お互いの吐息が交ざって目の前の瞳が瞬く。
「もちろん、誰にも渡す気はないよ」
薄い唇がリアの名前を形作ると、後頭部に手を回されて柔らかな熱に包まれた。啄むように重ねられた唇が離れた短い時間に「愛してる」と囁く。
リアも同じ言葉を返したくても息も出来ないほど深く交わっているせいで応えられない。
それを不満に思いつつ、瞼を下ろしてキスを受け止める。
涼やかな風が頬を撫でていくが、リアの体温は少しずつ上がっていく。
飛び立つ小鳥の鳴き声を聞きながら、リアはハリスの愛に酔いしれた。
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