【完結】『ルカ』

瀬川香夜子

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三章

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「他には誰もいないよ。キミと話がしたくて二人きりにさせて貰ったんだ」
 だから警戒しないで、と。そう表情を緩めながら少女はリアに近づく。
 真っ白なワンピースから延びる細く長い足がゆったりとした動きで床に触れる。リアを通り過ぎて少女は絵に手をつくとジッと二人の人物を見つめた。
「あの子たちの前では、私は神様じゃないといけないから……」
「あなたは……」
 眉が下がり、寂しげな雰囲気を纏わせて少女は言った。距離を取りながらリアは問いかける。既に答えはわかっているが聞かずにはいられなかった。
 信じられない気持ちの方が強い。
 振り返った少女は、そんなリアのことをわかっていたのかはっきりと明言はしない。
 白く長い髪。真っ白な衣服。違うのは瞳の色と性別ぐらいだろうか。
 絵の中の青年は透き通る水色の瞳。少女は灰色の瞳をしている。背はリアとそれほど変わらない。そのせいでその大きな瞳がよく見えた。
「まずお礼を言わせて欲しいんだ。アリタイツキと出会ってくれてありがとう。そのおかげで彼に魔力を渡すことが出来た」
「え、」
「あの時の私には彼をこちらに呼ぶだけで精一杯で魔力を分け与えるまでは出来なかったから……だからきっと辛い思いをさせてしまった」
「どういうことですか……」
 喉が渇く。皮膚の張り付く不快感のまま掠れた音を出す。この人は、今なんて言った?イツキが力を使えるようになったのはリアと出会ったから?
「私が表舞台から姿を消して人々はひどい混乱に陥ったらしい」
 自分のことなのに少女、ルカは他人事のようにぼんやりとした口調で続ける。
「その時には私は身体が変わっていたから民衆の前に姿を出すことは出来なかった……だから神様がまだこの国を見守っている証として神子と言う存在を作った」
 告げられた事実に腹の奥がカッと熱くなる。
「そんなことのためにイツキくんが!関係のない人がつらい思いをすることになってもですか!」
「すまない。あの時の私には考える余裕がなかった。目が覚めれば知る人はみんな死んでいて体は知らない誰かのもの……アレクの残した国を消させるわけにはいかないとただそれだけは残っていて……だから請われるままに神子を降ろした」
「ルカ……」
「ふふ……そう呼ばれるのは一体いつ振りだろうね」
 本当に目の前の人物が神と呼ばれている者なのかわからない。もっと威厳を持った人離れした存在を想像していたから。
 だが、目の前で顔を歪める姿は、過去を思い返して苦しさを滲ませる姿はリアと変わらない人のようだ。
(皆の前では神様にならないといけない……この人は今は神ではないんだ……)
 さっき言っていたじゃないか。少女、いや彼はただの「ルカ」としてリアの前に立っているのだ。
「一応考えてはいたんだ……ひどい扱いを受けるとは思っていなかったけれど何か特別な力があればより丁重に……幸せな暮らしが送れるんじゃないかって……失敗してしまったけれど」
 罪を告白するように少し早口でルカは募る。少女から発せられる高い音の中に、夢で聞こえた青年の声が重なる。
「それはどういう」
「私の与えた魔力に神子の体が耐え切れずみんな早く亡くなってしまうんだ……平均ではこの国に来てから四十年ほどで……ああ、心配しないでアリタイツキには大した魔力はあげられなかったから彼にそこまでの異常はでないよ」
 強張ったリアの表情に気付いてルカは慌てて首を振った。
「それなら、力を与えることを止めればよかったじゃないですか」
 今度は声を荒げることは出来なかった。目の前の人物があまりに罪を押し殺した声をしていたからか。勝手に子供をいじめているような気分になった。
「人は一度手にしてしまったらもう元には戻れない。神子はそうある者だと認識してしまった民衆は彼らに同じ力を求めた。なければ偽物ではないかと糾弾し、ひどい目にあいそうになった子を知っている……」
 イツキの泣いた顔が浮かんだ。そんな力は知らないと泣き叫んでリアに縋った子供。そんな目にあった子が他にも……。
「どうすればよかったのかっていつも考えるよ。私はただ、アレクと過ごしたこの国で皆が笑って幸せに生きていてほしかっただけなのに間違えてしまった……いつもアレクが私に物を教えてくれていたから自分で考えるのは苦手なんだ……慌てると何をしでかすか分からないってよく笑われたから……」
 誰に、など聞かずとも分かった。台座にもたれかかって項垂れる姿と夢で見た青年の姿。あまりにも違っていて痛々しい。アレクがどれだけルカの中で大きな存在だったのかありありとわかる。
(あんなに楽しそうに笑っていたのに……)
 大切な国を守りたかっただけで、それだけだったはずなのに間違えてここまで来てしまった。それは、苦悩の日々だったのではないか。
「身体を移らないとあなたはどうなるんですか」
「人と同じように死ぬだけだよ」
「今まで、死のうとしたことはなかったのですか」
 この人には、神様でいることはずっと辛かったはずだ。罪の意識に苛まれてそれでも生き続けたのはどうしてなのか。
「さっきも言ったけれど……人の体が私の魔力に耐えられる時間は限りがある。四十年から長くても五十年……信徒たちはそれを知っているから時が来れば是非自分にと声をかけられる。それがひどく恐ろしかった」
 先ほどまでの苦しく歪んだ声とは裏腹に淡々とした無機質な囁きだった。
「自分の命を投げ打ってまでどうして私の生を繫ごうとするのか……私にそんな価値などないのに、でも……また神がいなくなって神子がいなくなってあんな風に国に混乱が訪れるのが怖かった……見届けると守ると、約束してしまったから」
「それは、いつ……」
 先ほどの言葉を聞くに、ルカは最初は自分の意志で身体を移ったわけではないはずだ。しかし、身体が移った後にはアレクはいなかったはず。約束をしたとするなら彼以外考えられないが。
「キミは賢い子だね……約束したのは私が本来の身体だった時……元々私の体は不老だったんだ……外的な要因で怪我でもしなければ死なない身体だったよ」
 自然とリアの瞳は絵に向けられる。
(ああ、そっか……)
 黒い髪の男―アレクは夢の中よりも年を重ねた様子が見られるがルカは何も変わっていないんだ。
 不老だったというのなら、そもそも身体を移る必要もなく今の状況にならずに済むと思うのだが……。
 その時、初めてルカが苦悩以外の表情を露わにした。僅かに少女の頬が赤くなり、こそばゆそうに視線を揺らす仕草。しかし、眉だけは未だ深い皺を刻んでいるちぐはぐな顔。
 リアの疑問に応えるように移り変わった表情に驚く。よく考えたらリアがイツキと接触しただけルカが魔力を分け与えることが出来たのだ。一度失敗した儀式の際にリアたちの間に何か繋がりが出来ていてもおかしくはない。
「人と交わってしまったんだ」
「えっ、え?」
「縋られたら、振り払えないだろう?」
 潤みを増した灰色の瞳は、ぎゅっと力を込めて細まったが涙が出てくることはなかった。「交わる」の正しい意味を理解してリアは自身の顔が火照ったのがわかる。
「キミは初心だな……そんなんじゃハリスとこれからどうするのさ」
「ど、どうしてハリスが……?」
 その名前を聞くだけで心臓が跳ねる。リアの戸惑いにルカは大きく瞳をしばたたかせた。驚いたとでも言いたげなその仕草に居心地悪く身を竦める。
「キミ、もしかして気づいてないの?」
「何にですか……」
「彼の気持ちに」
 ハリスの気持ち……?そんなのとっくの昔から知っている。
 そんなリアの心を見透かしたのかルカは呆れ眼で首を振る。
「私だってさすがに口を重ねたら気づいたよ?」
 からかいを含んだ声にムッと口角を落とす。ルカはリアのその様子にさえ笑って子供を見るような眼差しを寄越した。
「アレクはさ、春の木漏れ日の下でも夏の暑い日でも……秋の紅葉や雪の白さに染まりながらいつも笑ってる人だったよ。ずっとそうやって笑っててくれるなら何もいらなかった。それなのに、やっぱりこちらを見てくれるって言うのはとても幸せなことだったよ」
(あれ、今の言葉……どこかで……)
「ハリスはこれから苦労しそうだな」
「な、何ですかそれ……って」
―――これから……?
 まるでこの先があるような言い方じゃないか。
 タイミングを計ったように台座にかけるルカと視線が交わる。
「心配しないで……私はキミの身体を奪う気はないから」
「でも、それじゃあルカが……」
「正確にはね、もうキミの身体に移るほどの力も残ってないんだよ」
「えっ」
 続いた言葉に息を呑む
 ああ、そっか。ひどくゆっくりな体の動きも、台座に腰掛けているのも。普通に歩くことも立っていることも困難だから……。
「見た目は移った時のままなんだけど、中身はそれなりに年数を重ねているからボロボロでさ……もう限界なんだ……」
「そんな……」
 本来なら安堵する場面なのかもしれない。それなのに、目の前の人物が死に向かっていることに衝撃を受けた。素直に悲しかった。
 あまりにも、ルカが親しみを持って接してくれたからだろうか。
「大丈夫。今の王様の息子は結構豪胆な子でね。神子なんて、神なんていなくても上手くやるって言ってくれたから……民衆の信仰心も昔に比べたら落ち着いたし……」
 ルカは長い息を吐いて台座に横たわった。先ほどまでのリアのようにその細い肢体を預け、真っ白な髪を台座から落とす。
「ルカッ!」
 駆け寄って覗き込めば灰色の瞳は瞼にしまわれている。ルカは震えた手で、胸元のペンダントを外す。
「これを、彼女の親族に返してあげて欲しいんだ」
 彼女というのは、この身体の少女のことか。銀色の丸いロケットペンダント。リアの手に零れ落ちてひんやりと肌に冷たさが伝う。
「彼女はすごく綺麗に笑う子だったよ……神のためではなく、自分の母の為に死ぬのだと言ってた……」
 声が途切れ途切れに繋げられる。掠れて少しずつ声量を落としていく姿に、ルカの命も零れているのを感じる。
「ほら、お迎えだよ」
「え……」
 反射的に長い廊下を振り返る。眼に映るのは暗い闇だけだ。しかし、ルカが嘘を言うとも思えない。
 ジッと願うような気持ちで暗闇の先を見つめる。シンと静まり返った空気の中、微かな音をリアの耳は捉えた。
「―――ッ」
 遠く聞こえるそれは確かに誰かの声だった。少しずつ近づいて来る声は段々と明瞭になり、その音がはっきりと鼓膜を揺らす。
「―――ア、リアッ!」
 自身の名が呼ばれたのを合図に立ち上がって相手の名を叫んだ。
「ハリスッ!」
 悲鳴のような擦り切れた音でも、気づいてくれたらしい。一瞬音が止み、次いで手元に火を携えたハリスの姿が遠い闇の中に浮かぶ。
 それだけで涙が滲む。
(こんなところまで来てくれた)
 無意識に指が唇に触れる。あの時、あのまま死んでもいいと思えた。
 あなたの熱を覚えたままいけるのなら、何も悔いはないと思っていた。それでも、姿を見ればどうしようもなく心が揺さぶられる。
―――俺にとっては、ハリスがそうかな……
―――見つけてくれてありがとう
 あの日、感謝で隠してしまった本当の意味をあなたに伝えたい。
「キミと最後に話せてよかったよ……だから、もう行きなさい」
 リアの背中を押すように、ルカが言った。親が子を慈しむような柔らかな声は、リアの足を動かした。
 気持ちばかりが先走って足が縺れそうになる。それでも強く地を蹴ってただ真っ直ぐにあの人の元に向かう。
 少しずつ露わになるハリスの姿。頭に白い包帯を巻いて、普段よりも汚れの目立つ格好。
(そんな姿で……)
「リアッ!」
「ハリス!」
 胸に込み上げる感情の溢れるままにその体に飛び込んだ。少しぐらつきながらもハリスはリアを受け止めてそのままの勢いでグルリと回転する。
 リアの足が地につき、しばらくお互いの存在を確認するように抱き合った。
「どうして、こんなところまで」
 嬉しさよりも、どうしても疑問が先に出る。
「言っただろ、君を死なせたくないって……まだ身体は無事か⁉」
 肩を掴まれて離された。ジッと一縷の隙も見逃さないように赤い瞳がリアを見分する。
「あ、ハリスそのことなんだけど、ルカが」
「ルカ⁉まさか相手に絆されたのか⁉」
「あの、話を」
「君はそうやって誰彼かまわずすぐに心を開く。それで俺がどれだけ焦っているかも知らないで」
 ハリスがこんなに捲し立てるように話すのは初めて見た。
「落ち着いてよハリス」
「落ち着けるわけないだろ!……君が死ぬかもしれないのに……」
 先ほどまでの忙しなさとは反対に、最後の言葉はひどく静かに落とされた。
 肩は強く掴まれたまま、ハリスの頭がゆっくりと項垂れてリアの胸元に押し付けられる。
「どうして、そこまでするの……」
 赤い髪から覗く白い包帯。そんな怪我をした状態で、そんなに必死な様子でどうして……。
「君を、愛しているからだ」
「え、」
「愛しているんだ、リア……俺のルカッ……」
 頬を撫でられる。輪郭をなぞるような弱い力にもかかわらず、もう一方は腰を抱き留めてリアを逃がさない。
 ゆっくりと下から覗き込むようにハリスの顔が近づく。互いの額が当たってすぐ眼前では、ハリスの瞳が潤んでいた。
「一度目は諦められた。でも二度目はもう無理だ。君を失ったら、きっと俺は生きていけない」
 まっすぐ向けられる瞳が、言葉が、リアの心に光を灯す。
「俺はまだ、君のルカで居られているか……?」
 切実な響きを宿した言葉と共に、一粒ハリスの頬を滴が伝った。リアと目が合うと怖がるように赤い色が揺れる。
 息が止まった。
 胸が、暖かな思いで溢れてあの日のように泣き叫びたくなった。それでも、子供の頃のように声を上げることは出来ない。しかし体は素直なものでボロボロと涙だけが止まらずに次から次へと零れだす。
「ちが、違うの、俺はハリスにそんな感情を向けて貰えるような人間じゃない!」
 駄目。こんなこと言ったら、ハリスに本当に嫌われる。一部の理性的な心が叫ぶけれど一度漏れた言葉をしまい込むことは出来ない。
 あなたにルカと、そんな言葉を向けられていい人間じゃない。
「おれ、自分が嫌われたくないからみんなに優しくしてる。子供たちが笑って名前を呼んでくれる度に安心して、でも心ではいつも怖がってる」
 赤い瞳が驚愕に見開かれた。それもすぐに視界が歪んで見えなくなる。
「りあ、記憶が……」
「イツキくんだって、俺は多分自分のことを救いたかっただけ。人のためじゃない、全部自分のためなの!そんな人間なの!俺は!」
 荒い呼吸を整えながら、ハリスの肩に手を伸ばす。力を入れてもハリスはリアから離れなかった。
 子供たちに無邪気な顔で好きだと言われたら嬉しくなる。ハリスに愛していると言われて死んでもいいぐらいに幸福に包まれる。そしてどうしようもなく怖い。
―――アンタなんて誰が好きになるの
 もし、この人たちにまで俺はあんな、母のような瞳で見られたら生きていけない。
 だから、どんな時も打算的に笑っている。嫌われないように、ビクビク怯える自分を隠してみんなと接している。笑うのも、優しくするのも全部自分のため。
 俺はそんな人間なんだよ。
「リア」
「なに……」
「誰かに嫌われることを恐れるのは当たり前の感情だと思うよ。俺だってそうだから」
「そんなこと……」
 ハリスのような優しい人を、一体誰が嫌いになるというのか。
「馬車の中で君に手を振り払われた時、俺はあのまま死ぬかと思うほどに目の前が真っ暗だったよ」
 息を呑んでハリスを見る。
「ほら、君は元々そういう人間なんだよ」
 ハリスが満足そうに笑って見てみろと顎で示す。首を傾ければ、自身の肩の上でハリスの手に重なるリアの手が。
 ハリスの言葉に、反射的に置いたのだろうか。自分でも無意識で?
「リア、君の根本は何も変わらないよ」
 心にそのまま溶け込むような柔らかな低音が耳を打つ。
「悲しみよりも喜びを見出す。蹲っている者がいたら手を伸ばさずにはいられないお人好し」
 両手を頬に添えられて顔を上げられた。
 すぐ傍で、ハリスが笑っていた。緩く上がった口角がリアの名前を紡ぐ。赤い瞳が細くなって愛しいと告げるようにリアを映す。
「記憶があってもなくても、君はずっと君だったよ」
「ハリス……」
「それにイツキの好きだよって言葉を忘れたのか?あんな状況でイツキが打算的な奴にそんな感情を向けるわけないだろ?癪だが、あいつは君にひどく懐いていたから……本当に腹立たしいぐらい」
 優しい微笑みはどこへやら。急に険しくなったハリスのその顔につい笑みが零れてしまう。
「ふ、ふふ……なにそれ……」
「俺は随分と嫉妬深いんだ……君に会うまで自分でも知らなかったけど」
 教会でも子供たちを見ていつも羨ましかったと、眉と目尻を垂れさせながらハリスが呟く。
(そんなに前から俺のことが好きだったの?)
 からかうように言ったつもりだったのに、自分の口から漏れたのは嗚咽だけ。口は笑みを作りながら、目からは止めどなく涙が落ちる。
――ああ、あなたはずっと前から俺のことを見ていてくれたんだね。
 親指の腹が、リアの頬をさすって涙を拭う。それでも泣き続けるリアのことを、ハリスは困ったように、愛おしさを滲ませながら微笑んでいる。
「リア」
「ひくっ、うん?」
「俺は、まだ君のルカで居られているか?」
 まだ答えを聞いていないと少し焦れた様子のハリスに、今度はリアが腕を伸ばした。頬に触れたリアの甲をハリスの赤い髪がサラサラと流れる。
「ハリス、俺もずっとあなたのことが好き、大好きっ、愛してうわぁッ!」
「リア、リア……俺のルカ、俺のリアだ……」
 痛いくらいに抱きすくめられて肩口でハリスの涙に濡れた声が永遠とリアの名を呼ぶ。行き場を失った自身の手は、ハリスの丸まった背中に添えた。
(俺だってずっとあなたを見ていたんだよ)
 肩が湿った感触がしてそれだけで嬉しくなって笑んでしまう。それほど自分が愛されているのだと思えたら、何も怖いものなんてないような……。それでもやっぱりハリスに嫌われたらって考えると身が竦む。
 でも、それもハリスが言うように当たり前のことなら。それなら、今はただこの幸せに浸っていてもいいのかもしれない。
 母の声を上書きするかのようにハリスの声がリアの心に響く。強く回された腕が、涙で滲んだ声が、震えた体が、全部がリアを好きだと伝えてくれる。
 幸せが降りかかって死ぬことがあるのなら、今の自分は一体何回死んだだろうか。
 そんな風に思えるほど、ハリスはリアの心を照らしてくれた。
(本当に、ハリスは俺のルカだね……)


 少し目元を赤らめたハリスが居心地悪そうに視線を逸らして顔を上げる。リアはそれを微笑ましく見守っていた。
「そういえばリア、ルカと一緒にいたんじゃないのか?あいつは君の身体を狙っているから」
「ううん。違うの、ハリス」
「えっ?」
 首を振ったリアを、ハリスは意図が分からず不審そうに眉をひそめる。
 リアはそんなハリスの手を取って歩き出した。自身がいた広間とは反対、ハリスの来た方角に。最後に一度だけ背後に眼を向けてから。
「一回外に行こう。長くなりそうだからさ、歩きながら聞いてくれる?」
 ハリスの指を摘んで強請れば、すぐにハリスは隣に並んでリアの指に自身のものを絡めた。
「ああ、君の話ならいくらでも」


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