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一章
⑦
しおりを挟む昼間は陽光のおかげで温まっていた体も、夜になれば冷え込んでしまう。春も近づいて来たとは思うが、まだまだ夜の寒さは続いている。
ソニーが持たせてくれた体を覆うフードつきのマントは、すっぽりとリアの体を覆うことができ冷たい風を防いでくれた。
膝を抱えるように座って目の前でパチパチと音を立てる焚火を見つめる。ゆらゆらと燃える火を見ているだけで幾分か寒さはや和らぐ。
「寒いか?リア」
「いえ、大丈夫です」
「寒かったらすぐに言ってくれ。俺の魔法では気休め程度にしかならないが……」
数歩分の距離を開けて同じように火を向いて座るハリス。リアのように羽織ったマントでその身を包み、片膝を上げて肘をついている姿は随分と様になっていた。
(絵から飛び出て来たみたいだな……)
暗い森の端で、火にあたってぼんやりと明るさを持つ横顔は綺麗なものだ。
昼間のリアの言葉から、少し口調が崩れてはいるが時々まごつくように口を閉じる姿もある。まだ、ハリス自身戸惑うことがあるのだろう。
「あの、ハリスはこの先の街から来たんですか?」
「いや、俺はカルタニアからだ。ちょうどネバスとは王都を挟んで反対にある街だよ」
「かるたにあ……」
繰り返し呟くが音を真似しただけでよく理解していない。
「……本当に覚えていないんだな……」
リアの様子を見かねたのかハリスは焚き火用にいくつか拾ってあった枝を一本拾って地面に立てて線を引く。
どうやら地図を描いてくれるらしい。
興味深く覗き込めば、地面の模様を指して説明を加えた。
「ここが今から向かっているネバスだよ」
地図には中央に置かれた王都「リフィテル」。そしてそれを囲むようにグルリと「ノストグ」「ネバス」「リリシア」「カルタニア」「ウノベルタ」と書かれた街が時計回りに囲む。
「俺が来たのはこのカルタニアだ」
そう言ってハリスが指さした場所は、確かにネバスとは王都を挟んで正反対の位置にある。ここから来たとなれば随分と大変だったのではないだろうか。
「ちなみにリアが住んでいたのもこの街だよ」
(あ、そっか……俺もこの国のどこかに住んでいたんだ……)
ソニーの話では他国の可能性が高いと言う話だったのでうっかりしていた。
そのハリスがカルタニアから来たのだから当然リアもそこにいたはずだ。
二人の間に火の粉の微かな音が走る。言葉を止めたハリスはジッとリアの様子を窺っている。
(やっぱり優しいな……)
自然と口が笑みを作った。
リアが聞く姿勢を取るまで黙っていてくれている。時間はあるからと思っていたが、いざ聞くとなると怖かった。きっとハリスはそんなリアの心情を察していたのだろう。
(本当なら俺の方からさっさと聞かなきゃいけなかったんだけど……)
深く呼吸をすると夜の冷たい空気が体に流れ込む。その寒さに頭がはっきりと冴えていく。
「聞きたい、聞かせて下さいハリス……前の俺のこと」
「うん……リア、君はカルタニアにある教会で暮らす子供の一人なんだ」
「教会で……?」
ハリスの言葉は、想像していたものと違った。思わず繰り返す様に唱えれば言いずらそうに赤い瞳が逸らされる。
「そう……教会は親のいない子供たちの面倒を見ていて、孤児院としての役割も担っているんだ」
―――ああ、だから。
逸らされた視線の意味がわかった。そこで暮らしていたリアも必然的に孤児なのだ。
どこかに、自分のことを探している血の繋がった家族がいると漠然と思っていた。しかし、それほど傷ついてはいない。自分でも驚くぐらいにすんなり受け入れられている。
(大丈夫、俺は一人じゃない……)
手首に巻かれたお守りに触れる。
一人は、リアの身を案じてくれている人がいる。それにハリスのようにリアを探してくれている人だっているのだから十分幸せだ。
「リアは施設の中でも年長者で職員と一緒によく子供たちの面倒を見ていたよ。子供たちも君にはよく懐いているようだった……」
「教会にはそんなにたくさんの子供がいるんですか?」
「……ああ……」
ハリスは残念そうに首肯する。教会の子供がそれだけいると言うことは、親に捨てられた子や身寄りのない子供がそれだけいると言うことだ。
「じゃあ、俺にはたくさん家族がいるんですね」
瞳を伏せて自分よりも幼い子供たちが一つの場所に寄りそう景色を想像すれば、自然とそう言うことが出来た。
笑って顔を上げると、ハリスはキョトリと不意を突かれたように目をしばたたかせた。
「君はそういう奴だったな……」
どこか含みのある笑みを口元に携えて、弱まった火に手をかざす。掌から小さな火種が現れて火力を強くした。
「ハリスは火を操るのが得意なんですか?」
「髪が赤いから?」
「え、はい……ソニーさんが魔力は色を持っていて相性のいい物の色になるって言っていたので……」
ハリスの声に背筋に冷たい何かが伝った。
不躾に聞いたのはいけないことだったか?
この世界の常識にはまだ疎い所がある。膝を抱える腕に力を込めて更に引き寄せる。チラリと見るがハリスの静かな横顔からは不快さは感じ取れない。
―――気のせい、だったのかな。
「まあ、確かに相性がいいのは火やそれに準ずるものかな……といっても多分火の魔法自体は君の方が扱いは上手かったと思うよ」
「そう、なんですか?でも俺って」
「真っ白な髪だったよ。何の色も持たず、得意も不得手もなく全ての自然から平等に力を借りることが出来る。まあ、万能型と言ったらいいのかな……魔力の量も多かったしね……」
リアの台詞を汲み取って発したハリスは、「俺は平凡な才しかないから」と締めくくった。
自嘲する様に、そして以前のリアを羨んでいる様にも聞こえた。
(こうやって火を起こせるのも十分すごいと思うんだけどな……)
今のリアでは火を起こすことも、水を湧き出すことも出来やしない。
「でも、いま俺がこうして暖かい思いをしているのはハリスのおかげですよ。ありがとうございます」
火の暖かさに緩んだ顔のまま告げた感謝の言葉は、どうやらハリスにはあまり良い意味では受け取られなかったらしい。見たくない物と対峙したようにぎゅっと目元に力が入って伏せられてしまった。
(ああ、どうして俺はいつもこんな顔しかさせられないのだろう……)
口を引き結んでぼんやりと思う。
―――あれ?
はて、と首を傾げる。「いつも」とはどういうことだ?
自然と胸に抱いた感情に首を傾げるが答えは出ない。そのうちにハリスから「もう寝ようか」と声をかけられて曖昧に頷き、疑問を抱えたまま意識を微睡ませた。
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