8 / 35
一章
⑥
しおりを挟む起床してからいつものように朝食をとった。普段と違うのは、テーブルにかける影が一つ多い。本来なら食器を片づけてのんびりとする所だが、今日はすぐにソニーの部屋に引っ張られてあれこれと荷物を詰められる。
重くなって負担になってはいけないからと最小限の着替えや食べ物。困ったら使いなさいと路銀も渡された。
「こんな……!持っていけません」
「でも金がないと困るだろ?アンタは無一文なんだから」
確かにそうだが自分の物ではないお金を持つのはすごく落ち着かない。
しかし、ソニーにそうも言われては受け取るほかない。いつかちゃんと返そうと決め、財布はうっかり落とさないように荷物の一番下に詰め込んだ。
「リア、これを持っていきな」
今度は何を渡されるのかとヒヤリとしたが、目の前に差し出されたのは小さな石の付いたアクセサリー。
紐に通された石は、半透明で白く艶めいている。ネックレスにしては少し短い。
渡される意図が分からずに眼を瞬かせていると、焦れたソニーはそれをリアの手に落とす。
「お前は忘れちまってるかもしれないが、リオリスでは子供にお守り代わりに自分の魔力を灯した魔石を渡すんだ。突然だったからこんな小さい物しかなかったけどね……」
「子供に……」
呟いた声はぼんやりとしたものだった。
(ソニーさんが俺に……それってまるで、本当の親子みたいじゃないか……)
掌の上で光る石は確かに小指の先ほどの小さなものだが、見下ろしているリアの目元に熱が籠る。グッと手を握れば、触れた石の冷たさが体に沁みた。
「っ、ありがとうございます……」
「気を付けていくんだよ」
「はい、」
俯いて声を絞る。ソニーはリアの髪を耳にかけて頬に触れた。冷たくカサついた肌にどうしようもなく喉の奥が苦しくなる。
「大丈夫、今だって元気なんだから……どうせ何ともないよ」
体のことを不安がっているわけではないとわかっているくせに、そうぼやいて慰めるようにリアの頭に触れた。
腰の曲がった体では少し辛そうだったので、リアの方から頭を落とす。別に顔を見られたくなかったわけではない。
幼い子供になったみたいだ。リアにも、こうして撫でてくれるような母や父が居たのだろうか。知らない両親を思い出すからこんなに体が熱くなるのだろうか。
「はい」とまともに返事も出来ないリアを、ソニーは呆れた様に息を吐きつつも撫でる手だけは止めなかった。
「行ってきます!何かお土産買ってきますね!」
手を振って声を張り上げた。少し遠くなった家の前で、「馬鹿たれ」と声が聞こえた気がしたが、素知らぬふりで背を向ける。
「随分と仲がいいんだね」
「そうですか?」
「ああ、君とあの人が出会ったのは二週間ほど前だと聞いていたが……」
隣に並ぶハリスの言葉に、「そう言えばまだそれだけの時間しか共にいないのか」と自身でも驚く。他に記憶や頼れると所がないからかもしれないが、リアはあの場所を自身の家のように思っている。
「俺は、本当の家族のように思ってます……拾ってくれた恩人でもあるし」
言葉に出すと照れくさい。口元に笑みを浮かべつつも誤魔化す様に眉を寄せて落とした。情けない顔をしているかもしれない。
ハリスは短く「そう」と返しただけだ。
「あの、ネバスまでは結構距離があるんですか?」
「歩いて明日の昼ごろには着けるかな?こまめに休憩は取るよ。まあ、夜は野宿になってしまうけどね」
気遣うような視線が送られる。
「大丈夫ですよ!ソニーさんに拾われた時も道端で倒れていたみたいですし、きっと慣れてます!」
「……そうかい?」
困惑しながらもハリスは頷く。何か突っ込んでくれるかと思ったがこの反応ではリアの方が恥ずかしい。
(ソニーさんなら馬鹿じゃないのかいって言ってくれるのに……)
明るく振る舞おうと空回ってしまった。
まだ出会って一日しか経っていない。そんな相手と二人でいるなどどうやって接したらいいのかわからない。
(しかも、相手は昔の俺のことを知っているんだし……)
記憶が無くなって変になったとか思われたら嫌だな、と頭を掻いて視線を外に向けた。
ネバスまでは一本道だと聞いているので、今のような草原と木々の並ぶ景色が続くのだろう。時折吹く風がさやさやと緑を揺らして穏やかな心地にしてくれる。
(どんな街なのかな……)
今までソニーの家しか知らなかったリアにはきっと見るもの全てが新しく、楽しい物だろう。
気取られないようにまだ見ぬ街に心を躍らせる。ああ、お土産は何がいいだろうか。
ソニーは年のせいもあってかあそこから離れることはない。この機会に何か名物でも買って帰ってあげようと思うが、今のリアでは土産に何が適しているのかもわからない。
「ハリスさん、ネバスには何かおすすめの食べ物などはありますか?出来れば日持ちするものがいいんですけど」
「うーん……ネバスは住宅街が多いしあまり観光には適さないから定番の土産物とかはないかな……ああ、でも果物は美味しいよ。街の外れに大きな果樹園があるんだ」
それなら、帰る時にいくつか果物を見繕って持って帰ろうか。果物ならソニーも好んで食べていたはずだからきっと喜んでくれる。
せっかくの土産と言っても結局はソニーのお金なわけで。あまり高い物を買うのは気が引けてしまうが果物なら値段も手ごろで一緒に味わえるしいいかもしれない。
「リア」
「はい?」
どんな顔で喜ぶだろうかとソニーの反応を想像してワクワクしていれば、隣から静かに名を呼ばれた。
「私のことはハリスと呼んでください」
「はい、ハリスさん?」
何を言っているのだろうか。先ほどからちゃんと呼んでいたはずだがもしや間違えて口にしていたかと顔を青くさせる。
「敬称もいらないので、ハリス、と」
ゆっくりと語る様に自身の名を告げてハリスが笑う。もしかして、以前のリアはそうやってハリスのことを呼んでいたのだろうか。
久々に会った友人に記憶がないとはいえ距離を取るように呼ばれて嫌だったのかもしれない。
「わっわかりました、ハリス!」
焦って承諾しながら短くハリスの名を繰り返した。
「ありがとう」と微笑む赤毛にほおっと息をつきながら肩を落とす。
傍とそこで一つ思い出した。
「は、ハリス……」
「どうしました?」
声を潜めて袖を引く。不思議そうにハリスが顔を寄せたのでリアは視線を彷徨わせながら慎重に言葉を選んだ。
「あの、その……以前の俺のことで聞きたいことがあるんですが……」
ピクリとハリスの耳が動く。僅かにその身を固くした気がするのはリアの思い過ごしか。口を小さく窄めて戸惑いつつも呟く。告げる内容の方に意識が割かれてハリスを気にしている余裕はなかった。
「あの、俺は女性の服を好んで着ていたりしたんでしょうか?」
「は……?」
耳元で囁いた声に、ハリスは赤い双眸を見開き、間抜けに口を開けていた。
「いや、俺の知る限りではなかったはずだけれど……」
引いていた袖から手を離し、上目づかいに言葉を待っていれば、ハリスはポカンと呆けたまま答える。何を聞かれたのかよく理解していない顔だ。
リアはハリスの言葉に胸を撫で下ろす。人が何の服を着ようが自由だとは思うけれど、昔の知人に出会ったとして昔のリアのような振る舞いを求められても難しいと思っていたのだ。あのヒラヒラとした落ち着かなさはあまり味わいたいものではない。
(でもそうじゃなかったみたいで良かった……)
杞憂だったようで何よりだが、そうすると何故あんな服を着ていたのかとまた首を傾げる羽目になる。本当に記憶を無くす前のリアは何をしていたのだろう。
(あれ?それよりもさっき……)
何か気にかかってハリスの言葉を思い返す。そこであることに気付いて「あっ」と顔を上げた。
「ハリス」
「なんですか?リア」
混乱を残しつつもハリスはすぐにリアに答えた。僅かに上にある瞳を見上げながら微笑む。
「あの、無理にそうしていなくても大丈夫ですよ?」
「えっ?」
「さっき、自分のことを「俺」って言っていたでしょう?記憶がない俺のことを気遣って丁寧に話してくれているの
かもしれませんが大丈夫ですよ」
気遣いに感謝を述べながらやんわりと進言する。
ハッと口元を押さえたハリスからは血の気が引けていく。何か失礼をしてしまっただろうか。せっかくの心遣いを無下にして怒っているのか。
思わず謝罪の言葉をリアが口にする前に、ハリスがだらりと腕を下ろして声を発した。
声と言うにはあまりにも弱々しくて風ですぐに飛ばされてしまいそうなほどに小さかったけれど。
「ああ、ありがとう……リア」
「いえ、そんな……こちらこそ……」
立ち尽くすように力なく言うものだから、ついその手を引いて「早く行きましょう」と早口で捲し立ててしまった。
11
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
坂木兄弟が家にやってきました。
風見鶏ーKazamidoriー
BL
父と2人でマイホームに暮らす鷹野 楓(たかの かえで)は家事をこなす高校生、ある日再婚話がもちあがり再婚相手とひとつ屋根の下で生活することに、相手の人には年のちかい息子たちがいた。
ふてぶてしい兄弟たちに楓は手を焼きながらも次第に惹かれていく。
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
【BL】記憶のカケラ
樺純
BL
あらすじ
とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。
そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。
キイチが忘れてしまった記憶とは?
タカラの抱える過去の傷痕とは?
散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。
キイチ(男)
中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。
タカラ(男)
過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。
ノイル(男)
キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。
ミズキ(男)
幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。
ユウリ(女)
幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。
ヒノハ(女)
幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。
リヒト(男)
幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。
謎の男性
街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。
幸福からくる世界
林 業
BL
大陸唯一の魔導具師であり精霊使い、ルーンティル。
元兵士であり、街の英雄で、(ルーンティルには秘匿中)冒険者のサジタリス。
共に暮らし、時に子供たちを養う。
二人の長い人生の一時。
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
キミの次に愛してる
Motoki
BL
社会人×高校生。
たった1人の家族である姉の由美を亡くした浩次は、姉の結婚相手、裕文と同居を続けている。
裕文の世話になり続ける事に遠慮する浩次は、大学受験を諦めて就職しようとするが……。
姉への愛と義兄への想いに悩む、ちょっぴり切ないほのぼのBL。
【完結】もう一度恋に落ちる運命
grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。
そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…?
【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】
※攻め視点で1話完結の短い話です。
※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる