【完結】花は一人で咲いているか

瀬川香夜子

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 四条と約束していた日曜日。駅前の停留所でバスを降りた撫子は、そのままロータリー沿いに少し進んでから端に避けて立ち止まった。
 ちょうど電車が来たのか、駅から出てきた人たちはそのままロータリーを出てすぐ眼の前のショッピングモールに向かっていた。日曜日だからか、家族連れが多い印象を受ける。
 バスも普段の通学時と違って学生や会社員の姿がなかったせいか、空いていて快適だった。
(四条くんはまだ来ていないみたいだな)
 四条もバスで駅に向かうと言っていたので、ロータリー沿いにある時計台を待ち合わせにしていた。
 辿り着いた撫子がきょろりと見渡したが、四条どころか人影一つない。時計を見上げれば、約束の時間まではまだ少し余裕があった。
 もう少しかな、と撫子は時計台に寄りかかるようにして息をついた。そうしてあまり時間が経たないうちにバスが一台やって来て、そこから四条が降りてくるのが見えた。
「そっか。今日私服だ……」
 普段とは違う装いの新鮮さに、撫子はつい当たり前なことを呟いた。
 白いカットソーの上に黒のジーンズジャケットを羽織った四条は、身長があるので均整の取れた体幹がよりスラリと見えてかっこいい。
 きっちりとネクタイをしめた制服姿を見慣れているせいか、私服だと雰囲気が緩く感じられ、普段は顔を隠してもったいないな……と思う長めの前髪も、今はそれすら計算されているかのような統一感があった。
 撫子に気づいた四条は、小走りで近づいてきた。
 焦った姿も絵になるようで、撫子はそっと自分の格好を見下ろしてからため息をついた。
 撫子だってその容姿を褒められることは多いが、四条のように男の魅力があるわけではない。
 運動をしてるわけでもないから筋肉だってついてないし、顔だって中性的だ。
(うーん。しかも色かぶりした……)
 撫子は白のシャツに黒のスキニーでシンプルにまとめている。完全に色合いが被ってしまっていて、内心で苦笑する。きっと逞しい四条の隣に立つと、撫子はひどく頼りなく見えるだろう。
「ごめん、待たせたか?」
「ううん。俺もさっきついたところ。それにまだ待ち合わせ前だし、気にしないで」
 首を振って言うと、四条は安心したように微笑む。いつも落ち着いた色を宿す瞳が緩く垂れ下がったのを見て、どうしてかドキドキしてきた。
(あれ、またこれだ……)
 この前、四条に助けてもらってから撫子の心臓はときどき誤作動を起こす。
 ふとしたときにこうして速く動き出すのだ。
 ドキドキしてるのを悟られたくなくて、撫子は早速とばかりに行こうと促した。
 鼓動の理由なんて撫子にも分からない。ただ、四条が笑うときにこうなることが多い気がする。
(そういえば、四条くん最近よく笑うようになったなあ……)
 ふと気づいて、隣の四条を盗み見た。
 出会った当初は、無愛想な顔ばかりだった。いや、むしろ嫌悪を滲ませていたと言ってもいい。
 多分、元々表情が大きく動くタイプではないのだと思う。だが、最近じゃよく顔を綻ばせている気がした。
(仲良くなれてるってことなのかな……)
 まだ出会って二ヶ月程度だが、もしかしたら友達になれているのかもしれない。
 そう思うと、撫子の心がぽっと温かくなった。
 歩いて五分もせずに到着したショッピングモールは、出入り口の自動ドアをくぐると、すぐに人のざわめきや店内のBGMで耳が騒がしくなった。
 今月はハロウィンなので、店内の至る所にはオレンジ色のカボチャなど特徴的な装飾が多く飾られている。
 こういった場所にあまり来ないと言っていたのは本当なのか、四条は物珍しさへの緊張と期待を含んだ瞳できょろきょろと店内を見渡していた。
 その姿を見ると、撫子までわくわくした気持ちが湧いてくる。
 夏の終わりに来たときは、まさか同性の友人と出かけているなんて思いもしていなかった。


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