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しおりを挟む十月に入ってゆっくりと気温が落ちてくると、クラス内でも長袖のシャツに切り替える者が増えてきた。
暑がりな咲恵は未だに半袖だが、撫子と美南はすでに衣替えを済ませた。
今日は四条との約束の日だ。授業の終了後、ランチバッグを手に立ち上がる撫子を、二人は待ち構えていたように通せんぼした。
「なっちゃん、今日こそは行かせないわ」
「理由を言ってくれないと納得できないよ」
顔をしかめた咲恵と美南を前に、そういえば一楓には言ったが二人にはまだだったと気づく。
てっきり一楓から聞いていると思ったけれど、そうでもなかったらしい。一楓も、他人の恋愛事情などそうそう語るものでもないと思ったのかもしれない。
教室の扉を見てまだ四条が来ていないことを確認してから、周囲に聞こえないようにこっそり告げようと思った。だが、扉に眼を向けた撫子の行動を、二人は四条に助けを求めるように見えたらしい。
自分たちよりも付き合いの浅い相手に友人を取られたような気分になって、咲恵と美南は不服そうにわずかに顔をしかめた。
咲恵が小柄な体を使って素早く撫子の手元からランチバッグを抜き取る。追いかけようと手を伸ばした撫子と咲恵の間に入り、美南が阻止する。
息の合った連携に、思わず撫子は仲良しだなあと場違いな感想を抱いた。
「今日は誤魔化しなしで教えて。なんで急にあいつと二人でご飯食べ始めたの?」
「私たちが訊いても気まずそうに顔逸らすし……なにかトラブルにでも巻き込まれてるんじゃないかと思って心配なんだよ」
必死な様子の二人に、撫子は嬉しいような悲しいような気持ちになった。まさか女子生徒とばかり連んでいた弊害がこんなところで出るとは思わなかった。
心配してくれるのは嬉しい。
同時に、同性と一緒にいることがそこまで怪しく映るほど自分は女子とばかりいただろうか、と自分自身に頭痛を覚える。
(うーん、たしかに男子と絡んだ記憶はあんまりないけど……)
それでも必要にかられて話をすることはあった。相手から声をかけられたときも、無視するわけでも露骨に態度を変えるようなこともしていない――はずである。
「二人とも落ち着いて……べつにトラブってるわけじゃないよ」
身を乗り出して興奮気味な二人をどうにか席に落ち着かせる。二人の席の間――通路に屈んだ撫子はちらりと周囲を見て、人の多さに自然と体が小さくなった。
ここじゃ人が多すぎる。二人になら恋愛相談だと告げるぐらいはいいかもしれないが、さすがにその他の生徒にまで知れるのは四条は嫌がるだろう。
言いふらされると呟いていた下駄箱での姿を思い出し、用心しなければと撫子は決意を露わにする。
口元を隠すようにそっと片手を当てる。すると、自然と周囲には聞かせたくない話だと察した二人も腰を折って耳を近づけた。
「あのね、俺たちはただ――」
「なにしてるんだ? そんなとこで小さくなって」
三人の頭上に影が差し込む。と同時に降ってきた男の声に驚いた三人は、勢いよく顔を振り上げた。
その勢いに驚いたのか乱入者である四条は、肩をびくつかせてわずかに仰け反った。
「悪い。いつまで経っても来ないから……なんか大事な話か?」
猫背気味でだって上背があると分かる体格の良さだが、こうして下から見上げるとはっと息を呑むような均整の取れた体躯をしている。きっちりとシャツをしまってウエスト位置で履かれたスラックスは、彼の両足をより長くすらりと見せていた。真面目な着こなしのわりに、猫背ともたつきを見せる髪型のせいかちょうどよく雰囲気が緩く見えて、まるでこれが模範制服のような錯覚を覚えさせる。
突然現れた四条に撫子が眼を奪われている間、いち早く動いたのは咲恵だった。
「ちょうどいいところにきた! あんたが急になっちゃんのことどっかに連れて行くようになったから、そのことについて話ししてんのよ!」
「授業で一緒になるまで会ったことないよね? どうして急に二人で?」
咲恵に続いて美南が補足すると、四条は「そんなこと?」とでもいうように首を傾げた。
「ああ、ただ俺の恋愛相談に乗ってもらってるだけだ。先に言っとけば良かったな」
そいつのこと借りてる。悪いな。と全く悪びれる様子もなく軽い口調で言うものだから、撫子は慌てて立ち上がった。
「そ、そんな簡単に言っちゃって良かったの?」
「べつに恥ずかしいことでもないし。事実だしな」
「そうだけど……噂になったりしたら嫌じゃない?」
「変に騒ぎになるのは面倒だけど……そこまで暇じゃないだろ。恋バナなんてみんなしてるだろうし」
「たしかに……そう、なのかな?」
普通は好きな人の有無などはみんな隠したいものではないのか?
目の前の四条の堂々とした態度に、自分の思考に自信が持てなくなりそうだった。
今まで散々恋バナを聞いてきた撫子の経験が、四条の言葉により説得力を持たせる。
「なーんだ、ただの恋バナかあ。それならもっと早く言ってくれたらよかったの……」
「なっちゃん一人よりも、私たちも入れて三人で意見出したほうがいいんじゃない? 数があればその分いい案に巡りあえるかもだし!」
恋愛相談と聞いた途端に、さっきまでの訝る様子はどこに行ったのか。美南も咲恵も空いた席を引き寄せて、キラキラした瞳で四条に座るように呼びかけた。
この年代の女子の多くがそうであるように、美南も咲恵の恋バナに眼がない。
だが、さすがに衆人環境下で赤裸々に語るのはまずいだろう。そもそもこのクラスには、恋の相手である宇崎だっているのだ。
「人がいるところでする話じゃないし、急だから二人はまた今度ね! 今日は俺たちだけで話してくるよ」
なにを考えているんだか暢気に座った四条の手を取り、撫子は教室を飛び出た。最後に振り返りつつ二人に手を振ると、彼女たちも不満そうにしながらも振り返してくれたので了承とみていいだろう。
一つ下の階は一年生の教室で、さらに一つ下に降りると、生徒が常駐している教室はないため静かなものだ。
その階の隅にある教室が、撫子たちが二人で会うときに使っている相談場所だった。撫子は一目散にそこに向かった。
空き教室は使う機会が少ないせいか、扉を開けるとこもった空気が鼻につく。だが、廊下から入り込んだ外気と混ざり、すぐに気にならなくなった。
背後で四条がドアを閉めた音が聞こえ、大きなため息とともに振り返る。
「なに考えてるのさ! あんなところで話なんてしたら、誰が聞いてるか分かんないし、あっという間に噂になっちゃうよ!?」
怒りと心配を交互に出すように撫子の顔色がころころと変化する。その器用な様子に四条はきょとりとしばたたいた。
「……なんだ。お前、そんな顔もするんだな」
「今はそんな話じゃないよ! あそこには宇崎くんだっていたのに……あのまま咲恵ちゃんたちに押し切られて話したりしたら、本人に気づかれちゃうところだったじゃん」
「いや、いつも笑った顔しか見たことなかったから意外で……って、そうか」
そこで四条は片手で作った拳をもう一方の手のひらにぽんと置いた。次いで、宇崎もいたんだっけ、と呟いた言葉に、撫子は眼を剥いた。
「いたんだっけって……一番大事なことだよ! もう~……!」
なんだかここまで気を揉んでいるの自分が馬鹿みたいじゃないか。そう嘆きたくなるほど、四条には危機感が感じられなかった。
「俺が用事あったのは香月にだしなあ」
「それでもさあ……嫌でも視界に入ってくるのが好きな相手じゃないのかな?」
ドラマなどで聞いたことのある言葉を並べれば、
「そうなのか?」
と素朴な疑問とばかりに訊ね返されて、つい口ごもってしまう。だって撫子は恋をしたことがないので、本当のところはどうなのかなんて分からない。
「いや、詳しくは分かんないけど……自然と眼が追っちゃって、ドキドキして心臓が痛くなっちゃう、なんてよく言うでしょ?」
「そういうものか。たしかに宇崎のことは気になるが、痛くなるほどドキドキしたことはないな」
「痛いって言うのは比喩だけど……まあ、恋なんて人それぞれだよね」
べつに宇崎にバレたわけでも本当に噂になったわけでもない。そんななかで気を揉んで言い争っても良いことなんてない。
それに、このぐらいでやめておかないと昼食を食べる時間がなくなってしまう。
「そろそろお昼食べよっか。早くしないと昼休み終わっちゃうし」
空き教室には予備のためか、いくつかの机が放置されている。撫子たちはその中の二つを向かい合うように並べて昼食を取っていた。
いつものように机を移動しようとしたところで、後ろから四条に呼ばれた。
なんだって堂々と言ってのける彼にしては珍しく、少し戸惑うような声だ。
「なあ香月」
「うん? どうしたの?」
振り返ると、カーテンの隙間から差し込む温かな陽光のせいか、四条の顔は普段よりも血色がよく見えた。
「また手つなぐのか?」
「手……?」
きょとりと落ちた声に、四条は「これ」と言って自分の片腕を持ち上げた。すると、どうしたことか撫子の手も一緒に浮かび上がる。
しっかり結ばれた両者の手を見て、ゆっくりその事実を認識した撫子の瞳がじわじわと大きくなった。
「俺、さすがに引率してもらうほどガキじゃないぞ」
と、照れ隠しなのかそれともからかっているのか。わずかに赤みのさした頬で四条が言った。
撫子は慌てて繋いでいた手を離した。
「ごめんね。小さい頃から眞梨ちゃん、いや妹と手を繋いでたから癖なのかときどきやっちゃうんだよね」
眞梨はどこへ行くにも撫子の後ろをついてくるのが好きな子で、あんまり小さい頃だと眼を離した隙に転んで泣き出すなんてしょっちゅうだった。その打開策として、撫子は眞梨と手を繋いで転びそうになれば支えてあげるようになったのだ。
眞梨がある程度大きくなると、それもなくなった。しかし、妹とはぐれてはいけない。危ない眼に合わせてはいけない。と気を張ってしっかり手を繋ぐのが癖だったせいか、こうして切羽詰まったり急いでいるときはひょこりと思い出したようにこの癖が顔を出す。
去年、咲恵相手にやらかしてからは気を付けていたのだが、またやってしまった。
思い出せば、教室を飛び出たときも彼の手を取っていた気がする。
咲恵の時は彼女が特別気にすることもなかったため、なにもなく終わったが、今回は撫子と四条だ。男子高校生二人が手を繋いでいたらさぞ目立っただろうと撫子は青くなった。もしかしたら宇崎も眼にしているかもしれない。
「途中で言ってくれたらよかったのに……」
「お前がそこまで気にすると思ってなかった。それに俺もビックリしてたからなあ……」
四条は少し照れたように横髪をかきあげた。
「これが噂になって宇崎くんの耳に入ったりしたらどうしよう」
「たかが噂だし大丈夫だろ。こんなちっぽけなこと……噂になるかも怪しい」
だから気にするな。そう励ますようにと声をかけられて肩を叩かれると、撫子の心臓がこそばゆさを覚えた。
本当は気にしなきゃいけないのは四条のほうだろうに、どうしてか撫子のほうが慰められている。そのことにソワソワするような妙な居心地の悪さを覚えたが、それを悟らせないように四条の言葉に明るい声で同意した。
「そうだよね! 悪ふざけだと思われるだろうし、気にしすぎてもしょうがないもんね」
よーしご飯食べよ! と、ハキハキし出した撫子に、四条も安心したように笑って昼食に手をつけた。ここからは近況報告の時間だ。
「最近は調子どう? 順調?」
「言われたとおり挨拶は毎日するようにしてる。そのおかげか最近はあっちから挨拶されることもある」
「ほんと? それならよかった~」
撫子がまず提案したのは、とりあえず相手の見知った顔になることだった。急に距離を詰めすぎても不審に思われるかもなので、さりげなく挨拶を続けて親しみを持ってもらおうというのが作戦だ。
ほとんど話したことがないと言っていたが、去年同じクラスだったからか、それとも所属が違うとはいえ同じ部活だからか、宇崎は四条のことを覚えていたらしい。最近ではロッカールームでの軽い雑談に混じることがあると聞いて、撫子はほっとした。
「まあ話すって言っても、ほとんど聞き役だし。その輪にいるだけって感じだけどな」
「それでも十分だよ。一緒にいられるってことは距離が近くなってる証拠だもん」
頑張ったね。微笑んだ撫子につられるように、四条の顔も少し綻ぶ。
「じゃあ次は話の輪に入れるように頑張ろう。みんないつもなんの話してるのかな? 同じ部活だし、やっぱりサッカーの話とか?」
「まあサッカーの話が多いか。どことどこの試合見たとか、だれそれのプレー動画がーとか」
「でも、サッカーのことなら四条くんも話しに入りやすいじゃない?」
同じサッカー部なんだし、と言うと、四条は途端に気まずそうに苦い顔をした。
「さすがにルールは覚えたが、元々興味のないことだったからなあ……わざわざ試合を見たりはしない」
ああ、そうだった。撫子は内心でガクリと肩を落とした。
四条は、宇崎を追いかけるように入部しても、一軍と二軍で離れてしまってから一切進展のなかった人なのだ。
(行動力はあるのに、変なところで積極性がないんだよね……)
わざわざ同じ部活に入ったのだから、その共通の話題を上手く利用できれば良かったのに。
「サッカー初心者で、て言うと温度差が出ちゃうかもだし、サッカーの話題は今は避けるのが無難かなあ……それ以外には? 学校のこととか、ほかの趣味とか」
「まあ試験だったり課題のことを話すときもあるし……ああ。あとは、駅前のショッピングモールか?」
「駅前のって、あの駅の眼の前にあるやつ?」
「ああ。土曜は午前練だけだから、そこで買い物して昼を済ませるのがルーティンらしい」
「じゃあそれで話題が出来るじゃん! おすすめのお店教えてあげたり、好きなお店が被ったら一緒に出かける口実にもなるかもだし」
意外と身近なところに話題があったと明るくなった撫子とは裏腹に、四条は腕を組んで難しい顔で黙ってしまった。
「問題は、俺があそこに一度も行ったことがないことだ」
「え、そうなの?」
こくりと生真面目な顔で頷かれ、撫子はその深刻そうな面持ちに笑ってしまった。なんだそんなことか。
「それなら事前に行っておけばいいんだよ。四条くん、日曜なら部活ないんだよね? そしたら俺と一緒に行こう? まあ俺もそんな頻繁に行くわけじゃないけど、初めてでもないから案内ぐらいは出来ると思うし」
胸ポケットから出した生徒手帳のカレンダーを開き、二人で見られるように机の真ん中に置く。次の日曜日の日付のところを指さし、「ここはどう?」と訊ねて顔を上げた。すると、四条が眼を白黒させて瞬きを繰り返していた。
撫子に嘆かれるとでも思っていたのか、予想とは違う撫子の様子に驚いたようだ。
初めての相談の時、全く接点がないと知った撫子が、自分の手に余るのではと頭を抱えたせいだろうか。悪いことをしてしまったな、と苦笑してふと、そういえばあそこまで自分の感情を正直に出したのは初めてかもしれないと気づいた。
(……さっきだって危機感のない四条くんを怒っちゃったっけ)
誰に対しても笑顔で頷くような自分が、感情のままに怒って、呆れて、話をした。それだけで十分に目から鱗だ。
そこで撫子は、四条と一緒にいるときに胸の内の黒いもやを感じたことがないと気づいた。
どうしてなのかは分からないが、撫子は四条の前では取り繕うことなく自分を出して接していられるらしい。
彼があまりに隠すと言うことをしないから触発されたのか。それとも嫌な気持ちになったらその場で指摘してくれて、なおかつそれが尾を引かなさそうだという安心があるからか。
突然気づいてしまった自分の変化に対する衝撃で、頭は上手く回らない。そんな中でなんとか気を取り直してカレンダーを見せながら再び訊ねると、四条は頷いてくれた。
手帳に差し込んでいたペンを使って強調するように日付を囲い、四条の名前と目的地であるショッピングモールを空欄に書いた。
書き終えた撫子が色のついた日付を見ながら、そういえば男の子と出かけるのって初めてだなあと感慨に耽っていると、まるで心を読んだように四条からぽろりと声が零れた。
「そういえば、同級生と出かけるのって初めてだ」
「ほんと? 俺も男の子と出かけるの初めて」
初めて同士だね。そう言って笑う撫子のことを、四条がなにかに気づいたようにじっと見つめる。しげしげと探るような視線に、どうしたのかと問えば、
「お前、なんで女子とばっか一緒にいるんだ?」
と、心底不思議そうに訊かれた。
「俺と話してるお前は、べつに男嫌いだとか女好きだとか噂されてるようなやつには見えない。他のやつともこうやって話してればあんなこと言われないだろ……」
苦々しい面持ちで言った四条に、撫子は少しの違和感を覚えた。その表情には随分と強いもどかしさが浮かんでいて、実際にそういう場を目の当たりにしたような口ぶりだった。
そこから思考は連鎖的に繋がっていく。もともと人との関わりが薄い四条のことだ。たまたま噂する現場にかち合ったのか、それとも――。
「もしかしてサッカー部の子がなにか言ってた?」
宇崎の名前を出さなかったのは、配慮のつもりだった。誰かから聞いたのだとしたら、最近になって話をするようになった部員からの可能性が高い。そして、四条が輪に入って話をしているということは、高確率でそこに宇崎がいるだろうことも分かった。
けれど、ここで宇崎の名を出すのは、まるで四条の好きな人が陰口を言う意地の悪い者だと言っているようで嫌だったのだ。
撫子の問いに、四条は否定も肯定もしなかった。だが、いつだって真っ直ぐにものを言うこの男が否定しない。それが答えだろう。
嘘をつくことだって出来るのに、それをせず沈黙を選ぶところが四条らしいと思った。
彼の不器用なところが垣間見え、つい笑ってしまう。そしてふと思い至る。この真面目で正義感の強い男が、人の陰口を言うように噂を口にした人物に対し、果たしてじっと黙っていただろうかと。
なんせ小学生相手にも情けを見せずに堂々と叱ることの出来る人なのだ。
「ねえ四条くん……・もしかしてだけど、そのときになにか言い返したりした?」
途端、図星とばかりに四条の肩がぎくりと震えた。誤魔化しているのか、彼は素知らぬ振りで弁当を食べ続ける。一向に答えの返ってこない沈黙に、撫子はいっそおかしくなって笑ってしまった。
「もうダメじゃん! そんなの聞き流しておけば良かったのに!」
ここまで嘘がつけない馬鹿正直な人間がいるだろうか。しかもその場には自分の好きな相手がいるのだ。なのに言い返すなんて、彼の正義感には果てがないのだろうか。
他人の目を気にしないのにも限度がある。しかしそれが四条なのだと思うと、撫子は感動したような嬉しさに身が震えた。
ここまで真っ直ぐな人間がいるということが、なんだか希望のようにも思えたのだ。
「そんな噂、どうせ今に始まったことじゃないんだしさあ……四条くんだって、最初は誤解してたでしょ?」
言うと、あからさまに顔色が悪くなった四条に申し訳なくなった。責めたくて言ったわけではないのだ。
撫子は、すぐにもう怒ってないよとつけ加えて誤解を解いた。
「男子と一緒にいないのは事実だしさ。女にばっかりすり寄って~、なんて現状をみて誤解するのもしょうがないもん」
実際、撫子は同性と上手く接することが出来ない。しかし一人でいるのは嫌で、女子生徒の輪に入れてもらっているのだから。
どんな噂をされたって仕方のないことだ。あっけらかんとした態度の撫子に、四条が眉根を寄せて渋い顔をした。
「そう見られると分かってて、どうして女子とばっかり連むんだ? 同性と一緒にいたほうがなにかと気が楽じゃないのか?」
訝るというより心底不思議だという眼差しには、撫子を気にかける四条の想いが透けて見えた。その優しさに、つい過去が口から飛び出そうになった。
しかし、頭に蘇った光景と共に、腹の皮膚を撫でられたような錯覚を覚え、気持ち悪さに肌が粟立った。気づかれないように咄嗟に息を止め、撫子は動揺をひた隠しにした。
そうして一呼吸分だけ間を開けてから、得意の笑みを浮かべた。
「俺はただ、女の子と仲良くしたいから一緒にいるだけだよ」
呑み込んだ唾が下っていく感覚が、嫌にハッキリと分かった。ぐるぐると胸に渦めく気味の悪さとともに、久しぶりに黒いもやの存在を強く感じた。
笑いながら言った撫子の言葉を、四条はどこか釈然としない顔で聞いていた。
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