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しおりを挟む週の真ん中、午後の五・六限目の授業。
撫子たち三人が教室に移動したときには、すでに十数人の生徒が席についていた。多すぎることもなく、少なすぎるほどでもない。
担当の教師は古典の非常勤講師で、すでに六十を過ぎた初老の男性だ。ふくよかな体型にこじんまりした背丈で、撫子も苦手意識が少ない。
撫子が反射的に怯えてしまうのは、自分よりも背が高く体格の良い男性なのだ。
空いている席を見つけて座った頃、ちょうどよくチャイムが鳴って教師の声で授業の開始が告げられた。
といっても、この授業は初めてではない。去年も前学期でもやったことなので、どう進めればよいかはみんながよく理解している。担当していないクラスの生徒もいるからと、簡潔に教師の自己紹介が終わると、すぐにめいめいに学習を進めるよう指示があった。
この総合学習は、個人でテーマの研究を進めてもいいし、グループでの発表も認められている。一人で机に向かう生徒、数人で話し合いを始める生徒など、それぞれだ。撫子は黙々と机に向かって、自身のテーマを決めていた。
空いた時間を自習に使えるといっても、最終的なレポートは必須。その内容が決まっていないのでは話にならない。
まずはレポートの完成目処をつけること。それがひとまずの撫子の目標だった。
始まって十分ほど過ぎた頃だろうか。
ノックとともにわずかに扉が開き、若い女性教諭が困った様子で顔を覗かせた。担当教諭がゆったりした動きで近づくと、ちょっぴり居心地悪そうに身を乗り出してそっと耳打ちする。途端、担当教諭はあっと言って大きなお腹を反るように驚く。どうやらなにか忘れていたようだ。
すぐに扉は閉まって女性教諭は小走りに去って行く。教師はさっきよりかは多少きびきびした動きで教壇に戻ると、手元の厚みのある資料から一枚の紙を探し出した。
「すみません、連絡を忘れてました。当校が小学生の見守り活動をしているのはご存じかと思いますが、今年はいつもの見守り地点の配置人数が希望者だけでは足りないらしく、このクラスからは毎週二名ずつ生徒が参加することになっています。……ああ、ちょうどみなさん一回ずつ当番が来る形ですね」
にわかに騒がしくなった教室内に気づきつつも、教師は「それで」と話を続けた。
「実は今日から実施なんですが、連絡を忘れてまして……申し訳ないですが、最初のお二人、急いで校門まで行っていただけますか?」
ちなみに組み合わせはこちらで勝手に割り振らせていただいてます。
と告げて、教師は老眼故か名簿らしき用紙に顔を突っ込みながら名前を呼び上げる。
「えー……今日は、香月撫子さん。それと四条丞くん」
はいと素直に返事をしながら、撫子は内心で女子生徒と間違えられてるなとため息をついて立ち上がった。こういうことはよくあることだ。特に文字だけで判別される名簿からの読み上げで、合っていた例しがない。
同じように名前を呼ばれた四条は、撫子よりも前方の少し離れた位置に座っていたようだ。立ち上がった厚みのある後ろ姿に見覚えがあり、撫子はあっと息をのんだ。
「一時間もせずに戻ってこれると思いますから。二人で仲良くお願いしますね」
教師の言葉に、おもむろに四条が振り返った。少し丸まった猫背な体。それでも隠せない長身と逞しい体つき。
眼にかかるような長い前髪の下、撫子に気づいた四条も同じように眼を見開いて驚きを露わにした。
――四条丞。
ほんの一週間前。昇降口で背中を見送った、あの男子生徒だった。
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