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starting over

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どうやら私はスマフォ中毒らしい。
現代では珍しくも無い症状の男が、これまた誰もが手を出している動画投稿に見事に嵌まった。
生きづらいかつてない時代を迎えて久しいからか、メッセージを伝えようと熱くなってしまった。
今更ながら目覚めたとでも言うのだろうか。
ただ勢いだけはあった。

ある日、プライムタイムを過ぎた頃、私は初めて生配信というものに挑んだ。
世間からぶつかって来るであろう風を想定することは出来なかった。
けれど、怖さは無かった。
インフルエンサーには遠く及ばない底辺から、いったいどこまで届くのか楽しみだった。

出演者は私一人。
顔出しに抵抗は無い。
それから、収益を目的とはしていない。

「人は誰かより裕福なら満足かもしれない。でも、誰よりも裕福になりたい人ばかりじゃないと思うんだ」

私は上から目線で話すことがないよう気を遣った。
たとえ短くて小さくても、言葉の火種は侮れない。

「健康で文化的な最低限度の生活を営むことは悪いことじゃないはずだ」

この数年で私が至った考えだった。
青臭いとしても、深く根を張っていた。

「それすら叶わない社会だから不幸をたくさん産んでしまっている。格差を育てて続けている」

私は聴き慣れた言葉の実態を知らな過ぎた。今もそうだ。

「裕福ではない者だって頑張っているんだ。怠けているわけじゃないよ」

成功していないことは悪いことだろうか。
貧しいことは悪なのか。
相当たる報酬というものは不明瞭。
もらい過ぎている人がいるのも事実。
追い求めて手に入れたものか。
求めていなかったが、手に入ってしまったものなのか。

「近頃は品の無い金持ちが目立っている。
上品である必要はないかもしれないけれど、不快に感じている人もいるはず。嫉妬しているだけと言われれば、そうだろうけど。正直、嫌な奴らだと思ってしまう」

私にとっては、それだけのことなのかもしれない。

「世の中、成功者と同じ考えの人ばかりじゃない。だから私は無症状の不幸に気付けなかった」

ある時、ふと考えたことがあった。
褒められる考えでは無いかもしれなかった。
それでも口から押し出した。

「立場に関わらず、巨大な富を得ている有能と言われる人にも家族や仲間がいる。そんな人たちは、たくさん稼ぐ世帯主をどう思っているんだろう」

世帯員に問いかけることはタブーだろうか。既に大勢の偏った層の声を聞いてみたいと思った私は、おそらく嫌な奴だろう。

「どうしたって格差は無くせない。経済力の違いは現れてしまう。このまま明確に分断されなくても、誰もが自分未満を切り捨てるなら、貧困を無くすことは難しいかもしれない」

やむを得ない事態だと分かっていても、大切な人と自分の為なら、性別は関係なく、迷わず拳を握る時が来る。

「お金は天下を回れなくなってる。今は重さの無い大金が瞬間移動を繰り返しているだけ。やがて現金は老いて動けなくなるんだ」

これ以上話しを長くしたくなかった。
それでも私は、かつてないほどに満足した。
静かに締めへと向かうことにした。


「私がこの世界で暮らし始めてから数百年が経過している。この国を選んでからは、約三十年。今がいちばん苦しい」

私は事実と本音を伝えた。

「干渉せずは、ありきたりの掟。溶け込んで生活することは試練でした。それでも決められた期間をまっとうできれば、私の未来は安泰だった」

視聴者はついて来てくれているだろうか。
苦しくても投げ銭は無しのまま。
今日はコメントも受け付けていない。
たとえ一方通行になってしまっていても、こうやって時間をとったことに後悔は無かった。

「私は長寿命だ。この星で生まれた生命ではないから」

信じる者がいなくても、告白した。

「再び大洪水が起きることがないように戒めなければならない。やり直しが必要な時が今
だとは思うけれど、簡単にリセットするわけにはいかない」



配信終了後、極地で異常が観測された。
当然、人々は騒ぎ始めた。
北半球の永久凍土の下から現れた物体は、そのまま沈黙した。
南極の氷床の下から何かが現れ、空中に浮遊した。

最後の配信が終わった後、私は呟いた。

「ここは実験惑星。けれど、私たちは人間を見捨てはしない」 

随分時間がかかったけれど、私は戦う覚悟を決めたのだ。 ~終わり
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