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新しい世界
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「――ブハッ!? ハァ……ハアッ……」
暗い海中から逃げ出すように飛び起きた。
腰から下を包む優しい感触に視線を落とせば、それは布団の感触だったと分かる。
汗で湿りきった服に鬱陶しさを感じながら周囲を見渡せば、そこは見慣れた俺の部屋。
どうやら悪夢にうなされていたようだ。どんな夢を見たのか内容は薄ぼんやりとしているが、なんだか後悔の念だけが腹の奥底から込み上げてくる。
「やっぱ寝るんじゃなかった……」
カーテン越しに差し込む陽の光を恨めしく睨みながら布団を抜け出す。
気分は最悪だ。それでも朝が来たら活動を開始するのが人間の性なのか、湿った上着を脱ぎながら顔を洗いに一階へ降りる。
洗濯機の中へ脱いだ服を粗雑に放り込み、新しい下着に着替えて顔を洗う。
冷水で洗った顔を上げれば、洗面台の鏡に写った自分と視線が交差した。
「俺は今日も何時も通りだな。……ハッ! 当たり前だろってな」
間抜けな言葉を口にして思わず苦笑する。
そのままの足でリビングへ向かっていると、食欲をくすぐるような良い香りが鼻孔を刺激してきた。
ドアを開ければテーブルに並んだ料理を口に運ぶ父さんの姿がある。
「おはよう」
「……ああ……おはよう……」
事務的な挨拶、毎日繰り返している行為なだけに別段何も感じない。それよりも、俺の分の朝食がまだテーブルに用意されてないことの方が気になった。
台所に目を向ければ朝食を作る母さんの後ろ姿が見える。
「俺の分って出来てる?」
「……あら……今日は早いのね……ちょっと待ってね……直ぐに運ぶから……」
「いいって。それくらい自分で持ってくから」
「……そうしてくれると……助かるわ……」
母さんが目線で合図した先にあった朝食を持ってリビングへ戻った。
テーブルに置いて椅子に座り、運んできた朝食に視線を落とす。ご飯、目玉焼き、味噌汁と俺の家では基本的な朝食。
けれどそれはどれも冷え切っていて、出来たてとはお世辞にも言えない代物。
「いただきます」
最初から分かっていたけれど味噌汁はやっぱり冷めきっていた。
淡々と食事を進めながらリモコンを手に取りテレビの電源を入れてみる。
「今日も何もやってないんだ」
「……そうだな……」
画面には七色の帯が写り、甲高い機械音だけが流れていた。
最後に見た番組は二日前だったか。夕方あたりにニュース番組をやっていた気がする。
「……拓人……」
「何?」
テレビの電源を落としたところで父さんが話しかけてきた。
「……学校は……ちゃんと行け……」
「毎日行ってるよ」
「……勉学は……疎かにするな……」
「だから行ってるってば」
父さんに嘘をついた。学校には行っていない。
昔は面倒だと思っても嫌いではなかったし、欠席だって一度もなかった。だけど今は学校がとても辛い。
「……昨日……母さんへ……担任の先生から……連絡があった……」
「そう……なんだ」
「……居心地が……悪いんだろ……? 先生も……そう言っていたらしい……」
図星だった。今の学校は居心地が悪い。あそこには俺の居場所がないんだ。だから最近はサボって人気の無い場所で時間を潰している。
「……気持ちは分かる……だけどな……それでも……学校へ行くべきだぞ……」
「いいんだよ別に。どうせ自主登校だし、俺以外にも来ない奴は多いし」
「……拓人――」
「いいって言ってるだろ!」
怒鳴ってしまった。父さんは何も悪くない、それは分かっている。だけど、どうしても許せないこともあったんだ。
俺の気持ちなんて分かるわけがない。こんな孤独感を父さんは絶対に理解できない。
だってそうだろ? 俺と違って父さんは……正真正銘の『ゾンビ』なのだから……
「ごちそうさま!」
無理やり朝食を胃袋に放り込んで食器を台所へ運んでしまう。そこでは母さんが未だに料理を続けていた。
「出かけてくる」
「……拓ちゃん……お父さんの話ね――」
「行ってきます!」
話が聞こえていたんだろう。蒸し返そうとする言葉を一方的に遮って台所を飛び出す。
ゾンビになった母さんが追いつけるわけがない。家を出てしまえばこの雑音ともおさらばだ。
サボりが知られたのなら制服を着る必要もない。私服に着替えて外へ飛び出した俺はアテもなく歩きだす。
住宅街だというのに人の姿は殆どない。時々スーツ姿の人や学生服を着た人が視界に入る程度。
そして当然ながら、その人たちもゾンビだった。皆仲良く土気色の肌で白目を剥きながら足を引きずって歩いている。
この世界にはもうゾンビしかいない。もしかしたら人間がまだ残っているかもしれないけど、人間の世界が帰ってくることは無いだろう。
「まさにゾンビの楽園、ゾンビパラダイスってか。そんな映画あった気がするなあ」
見たことはない、聞いたことがあるだけ。そもそも俺はゾンビ映画とかそういうパニック物が得意な方じゃないんだ。
なのに今じゃ映画のような世界が目の前に広がっている。
「少し違うか。映画のゾンビは喋ったりしないもんな」
ゾンビ化した母親が台所で料理を作り、父親がリビングで新聞を読んでいる映画なんてあるわけない。
我ながら馬鹿なことを考えているなと苦笑した時、視界に入った公園の中にいた人物を見て足を止めてしまった。
本当に馬鹿だ俺は。どうして止まった。今直ぐこの通りを抜けて公園から離れるんだ。
ジャングルジムの天辺に腰を下ろし空を仰ぐ彼女から逃げるように足早に歩を進める。
「ちょっと! なに無視してんのよ!」
焦ったのがいけなかったのか、両足が五歩すら刻むことなく公園から怒声が響く。
見つかって、そのうえ声までかけられたら止まるしかない。
「ナオ……」
暗い海中から逃げ出すように飛び起きた。
腰から下を包む優しい感触に視線を落とせば、それは布団の感触だったと分かる。
汗で湿りきった服に鬱陶しさを感じながら周囲を見渡せば、そこは見慣れた俺の部屋。
どうやら悪夢にうなされていたようだ。どんな夢を見たのか内容は薄ぼんやりとしているが、なんだか後悔の念だけが腹の奥底から込み上げてくる。
「やっぱ寝るんじゃなかった……」
カーテン越しに差し込む陽の光を恨めしく睨みながら布団を抜け出す。
気分は最悪だ。それでも朝が来たら活動を開始するのが人間の性なのか、湿った上着を脱ぎながら顔を洗いに一階へ降りる。
洗濯機の中へ脱いだ服を粗雑に放り込み、新しい下着に着替えて顔を洗う。
冷水で洗った顔を上げれば、洗面台の鏡に写った自分と視線が交差した。
「俺は今日も何時も通りだな。……ハッ! 当たり前だろってな」
間抜けな言葉を口にして思わず苦笑する。
そのままの足でリビングへ向かっていると、食欲をくすぐるような良い香りが鼻孔を刺激してきた。
ドアを開ければテーブルに並んだ料理を口に運ぶ父さんの姿がある。
「おはよう」
「……ああ……おはよう……」
事務的な挨拶、毎日繰り返している行為なだけに別段何も感じない。それよりも、俺の分の朝食がまだテーブルに用意されてないことの方が気になった。
台所に目を向ければ朝食を作る母さんの後ろ姿が見える。
「俺の分って出来てる?」
「……あら……今日は早いのね……ちょっと待ってね……直ぐに運ぶから……」
「いいって。それくらい自分で持ってくから」
「……そうしてくれると……助かるわ……」
母さんが目線で合図した先にあった朝食を持ってリビングへ戻った。
テーブルに置いて椅子に座り、運んできた朝食に視線を落とす。ご飯、目玉焼き、味噌汁と俺の家では基本的な朝食。
けれどそれはどれも冷え切っていて、出来たてとはお世辞にも言えない代物。
「いただきます」
最初から分かっていたけれど味噌汁はやっぱり冷めきっていた。
淡々と食事を進めながらリモコンを手に取りテレビの電源を入れてみる。
「今日も何もやってないんだ」
「……そうだな……」
画面には七色の帯が写り、甲高い機械音だけが流れていた。
最後に見た番組は二日前だったか。夕方あたりにニュース番組をやっていた気がする。
「……拓人……」
「何?」
テレビの電源を落としたところで父さんが話しかけてきた。
「……学校は……ちゃんと行け……」
「毎日行ってるよ」
「……勉学は……疎かにするな……」
「だから行ってるってば」
父さんに嘘をついた。学校には行っていない。
昔は面倒だと思っても嫌いではなかったし、欠席だって一度もなかった。だけど今は学校がとても辛い。
「……昨日……母さんへ……担任の先生から……連絡があった……」
「そう……なんだ」
「……居心地が……悪いんだろ……? 先生も……そう言っていたらしい……」
図星だった。今の学校は居心地が悪い。あそこには俺の居場所がないんだ。だから最近はサボって人気の無い場所で時間を潰している。
「……気持ちは分かる……だけどな……それでも……学校へ行くべきだぞ……」
「いいんだよ別に。どうせ自主登校だし、俺以外にも来ない奴は多いし」
「……拓人――」
「いいって言ってるだろ!」
怒鳴ってしまった。父さんは何も悪くない、それは分かっている。だけど、どうしても許せないこともあったんだ。
俺の気持ちなんて分かるわけがない。こんな孤独感を父さんは絶対に理解できない。
だってそうだろ? 俺と違って父さんは……正真正銘の『ゾンビ』なのだから……
「ごちそうさま!」
無理やり朝食を胃袋に放り込んで食器を台所へ運んでしまう。そこでは母さんが未だに料理を続けていた。
「出かけてくる」
「……拓ちゃん……お父さんの話ね――」
「行ってきます!」
話が聞こえていたんだろう。蒸し返そうとする言葉を一方的に遮って台所を飛び出す。
ゾンビになった母さんが追いつけるわけがない。家を出てしまえばこの雑音ともおさらばだ。
サボりが知られたのなら制服を着る必要もない。私服に着替えて外へ飛び出した俺はアテもなく歩きだす。
住宅街だというのに人の姿は殆どない。時々スーツ姿の人や学生服を着た人が視界に入る程度。
そして当然ながら、その人たちもゾンビだった。皆仲良く土気色の肌で白目を剥きながら足を引きずって歩いている。
この世界にはもうゾンビしかいない。もしかしたら人間がまだ残っているかもしれないけど、人間の世界が帰ってくることは無いだろう。
「まさにゾンビの楽園、ゾンビパラダイスってか。そんな映画あった気がするなあ」
見たことはない、聞いたことがあるだけ。そもそも俺はゾンビ映画とかそういうパニック物が得意な方じゃないんだ。
なのに今じゃ映画のような世界が目の前に広がっている。
「少し違うか。映画のゾンビは喋ったりしないもんな」
ゾンビ化した母親が台所で料理を作り、父親がリビングで新聞を読んでいる映画なんてあるわけない。
我ながら馬鹿なことを考えているなと苦笑した時、視界に入った公園の中にいた人物を見て足を止めてしまった。
本当に馬鹿だ俺は。どうして止まった。今直ぐこの通りを抜けて公園から離れるんだ。
ジャングルジムの天辺に腰を下ろし空を仰ぐ彼女から逃げるように足早に歩を進める。
「ちょっと! なに無視してんのよ!」
焦ったのがいけなかったのか、両足が五歩すら刻むことなく公園から怒声が響く。
見つかって、そのうえ声までかけられたら止まるしかない。
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