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人間領へ①
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そんなこんなで、数日後、私と魔王はワイバーンに乗って人間領へと向かっていた。
最初は魔物であるワイバーンが恐ろしかったが、何度も乗る内に慣れてきて、今では頭を撫でる事さえ出来るまでに成長していた。
魔王曰く、ワイバーンは馬みたいなものだと言う。
見た目に反して社交的で群れを作り、雌雄関係なく協力して狩りや育児を行う愛情にあふれた魔物なのだと語る魔王の顔は楽しげだ。
その様子は、人間領で誰もが知る魔王像・・・魔物を手足の様に操り、人間の領土を狙う悪しき魔王とは無縁の様に思える。
「どうして魔物を使役しているの?」
人間にとって魔物は絶対に相容れぬ存在だ。
汚らわしい瘴気から生まれ理性も持たず、ただひたすらに破壊を繰り返すだけの悪。
それをまるで親しい隣人の様に語る魔王の事が分からない。
「俺たち魔族と魔物は共生関係だからな」
瘴気の無い人間領とは違い魔族領は常に瘴気に満ちている。
魔族領に住む魔族にとって、瘴気から生まれる魔物とは切っても切れない縁で繋がっている。
その為、魔物は人間にとっての牛や豚、果ては野生生物と同じものなのだと魔王は言う。
「・・・ああいうのは別だが」
と指差す先には黒い、巨大な猛禽類系の、鷲のような見た目の鳥。
赤い目でギラギラと睨み、猛スピードで私たちの乗るワイバーンを追いかけてくる。
どう見ても私たちを餌として狙っているとしが思えなかった。
「いやあああ!!」
「おい、聖女!首、首が締まってる!!」
悲鳴を上げながら驚きのあまり魔王の襟首をつかみ上げると、魔王は苦しそうな声を上げるが、私はそれどころではなかった。
聖女は魔法が使えないのである。
魔族には劣るが、人間誰しも大なり小なり魔力を持っており、特に貴族ともなると強い魔力を有しているのだが、
聖女は別だ。
聖女は「豊穣」と「浄化」の力を得る代わりに魔力を一切失う。それは聖女としての力を失っても同じだ。
つまり私は、魔物に対抗するすべを一切持ち合わせていないのである。
魔物退治の際にはいつも安全な場所に止めた馬車の中で待機しており、まともに魔物に襲われるのはこれが初めてだ。
ちょっとパニックになったとしても仕方がないと思う。
「助けて!」
「助けてやるから早く手を放せ!」
暴れる私をムズっと押さえつけると、魔王は腰に下げた剣を抜き、アッと言う間に鷲の魔物を両断してしまった。
両断された鷲がクルクルと旋回しながら落ちていく。その際に黒い靄がぼうっと鷲から流れ出てくる。「穢れ」だ。
浄化しなくちゃ・・・。
無意識に私はそれに向かって手を伸ばす。
あと少しで手が届くと思いきや、それを押しのけて魔王が何やらエメラルドグリーンに光る宝石のような物を差し出す。
すると、ゆっくりと穢れがその宝石に吸い込まれていった。
穢れを吸った石が黒く染まっていく。
「それは・・・?」
「穢れを石に吸わせたんだ。・・・ああ、聖女は穢れを浄化出来るんだったな」
お前に任せればよかった。と言って、魔王は黒く濁ってしまった石を懐にしまった。
「その石、穢れを浄化できるの!?」
ちょっと待って!
確かに、聖女のいない魔族領で魔物を倒した時、穢れをどうしているのかなあ。なんて疑問に思っていたけれど、石で浄化出来るの!?
もしそうだとしたら、いや、そうなんだろう。まさに世紀の大発見である。
この石があれば魔物に対抗するすべを持たない、魔力の無い聖女をわざわざ魔物討伐に連れて歩く必要がなくなる。
少し触らせてほしいと頼んで石を触らせてもらう。
期待で満ちた目を向ける私に対して、魔王は「いや」と言葉を濁した。
「浄化するわけじゃない。正確に言えばこの石は穢れを貯め込めるだけだ」
穢れを吸い込むたびに石は淀み、黒くなる。真っ黒になってしまえばそれ以上穢れを吸う事が出来なくなり、また、貯め込んだ穢れを浄化する事も無い。
限界まで穢れを貯め込んだ石は地下の奥底へと埋められ、自然の力で少しづつ穢れを落としていく他ないと魔王は言う。
「でも、穢れが吸い込める石だなんてすごい発見だわ!」
「ただ触れるだけで浄化できる聖女様の方が凄いと俺は思うがな」
そう言って魔王は石を指差す。
私が触れたからだろう、石の穢れは浄化され、元のエメラルドグリーン色に戻っていた。
「核を壊せれば穢れも出なかったんだが、誰かさんが暴れるせいで外してしまってな」
じとりと恨めし気に魔王が私を見たが、私は二度目の驚愕でそれどころではなかった。
「魔物に核がある?それを壊せば穢れが出ないの!?」
「知らなかったのか?」
魔王が困惑した顔をする。
魔物に核があるなんて知らなかった。
何処に核があるのかと詰め寄ると、「見えるだろう・・・こう、核っぽいものが」と何ともう言えない表情を浮かべる。
どうやら、核は魔族にしか見えないものらしい。
「それにしても、怖かったわ」
魔族領で魔物を見慣れてしまったと言っても、やはり魔物は魔物である。
魔族が魔物と共存する道を選んだとしても人間が魔物と共存するのには無理がある。
苦々しい顔をする私を見た魔王はぽつりと、「やはり人間は愚かだ」と呟く。
「まあ、そんな愚かな人間を俺は愛しているがな。なあ聖女、せっかく出会ったんだ。与太話にでも人間領について教えてくれ」
人間の情報は魔族領には全く入ってこないんだ。と言う魔王の要望に応えて、私は人間領で語られる魔族の事、人間領での暮らしを話す事になった。
魔族が人間領を狙っている事、人間にとって魔物は脅威以外の何物でもない事。
人間領での一般常識を説明すればするほど、魔族領との認識の乖離を感じる。
「通りで視線が冷たいわけだ。まあ、別に仲良くしたいわけでもないが・・・・」
人間にとって魔族は悪であると説明した後でも、魔王の態度は変わらなかった。
魔族は人間に対して友好的な感情を持っているが、相手が嫌と言うなら無理に関わらない方が良いのだろう。
そんな認識でいるようだった。
最初は魔物であるワイバーンが恐ろしかったが、何度も乗る内に慣れてきて、今では頭を撫でる事さえ出来るまでに成長していた。
魔王曰く、ワイバーンは馬みたいなものだと言う。
見た目に反して社交的で群れを作り、雌雄関係なく協力して狩りや育児を行う愛情にあふれた魔物なのだと語る魔王の顔は楽しげだ。
その様子は、人間領で誰もが知る魔王像・・・魔物を手足の様に操り、人間の領土を狙う悪しき魔王とは無縁の様に思える。
「どうして魔物を使役しているの?」
人間にとって魔物は絶対に相容れぬ存在だ。
汚らわしい瘴気から生まれ理性も持たず、ただひたすらに破壊を繰り返すだけの悪。
それをまるで親しい隣人の様に語る魔王の事が分からない。
「俺たち魔族と魔物は共生関係だからな」
瘴気の無い人間領とは違い魔族領は常に瘴気に満ちている。
魔族領に住む魔族にとって、瘴気から生まれる魔物とは切っても切れない縁で繋がっている。
その為、魔物は人間にとっての牛や豚、果ては野生生物と同じものなのだと魔王は言う。
「・・・ああいうのは別だが」
と指差す先には黒い、巨大な猛禽類系の、鷲のような見た目の鳥。
赤い目でギラギラと睨み、猛スピードで私たちの乗るワイバーンを追いかけてくる。
どう見ても私たちを餌として狙っているとしが思えなかった。
「いやあああ!!」
「おい、聖女!首、首が締まってる!!」
悲鳴を上げながら驚きのあまり魔王の襟首をつかみ上げると、魔王は苦しそうな声を上げるが、私はそれどころではなかった。
聖女は魔法が使えないのである。
魔族には劣るが、人間誰しも大なり小なり魔力を持っており、特に貴族ともなると強い魔力を有しているのだが、
聖女は別だ。
聖女は「豊穣」と「浄化」の力を得る代わりに魔力を一切失う。それは聖女としての力を失っても同じだ。
つまり私は、魔物に対抗するすべを一切持ち合わせていないのである。
魔物退治の際にはいつも安全な場所に止めた馬車の中で待機しており、まともに魔物に襲われるのはこれが初めてだ。
ちょっとパニックになったとしても仕方がないと思う。
「助けて!」
「助けてやるから早く手を放せ!」
暴れる私をムズっと押さえつけると、魔王は腰に下げた剣を抜き、アッと言う間に鷲の魔物を両断してしまった。
両断された鷲がクルクルと旋回しながら落ちていく。その際に黒い靄がぼうっと鷲から流れ出てくる。「穢れ」だ。
浄化しなくちゃ・・・。
無意識に私はそれに向かって手を伸ばす。
あと少しで手が届くと思いきや、それを押しのけて魔王が何やらエメラルドグリーンに光る宝石のような物を差し出す。
すると、ゆっくりと穢れがその宝石に吸い込まれていった。
穢れを吸った石が黒く染まっていく。
「それは・・・?」
「穢れを石に吸わせたんだ。・・・ああ、聖女は穢れを浄化出来るんだったな」
お前に任せればよかった。と言って、魔王は黒く濁ってしまった石を懐にしまった。
「その石、穢れを浄化できるの!?」
ちょっと待って!
確かに、聖女のいない魔族領で魔物を倒した時、穢れをどうしているのかなあ。なんて疑問に思っていたけれど、石で浄化出来るの!?
もしそうだとしたら、いや、そうなんだろう。まさに世紀の大発見である。
この石があれば魔物に対抗するすべを持たない、魔力の無い聖女をわざわざ魔物討伐に連れて歩く必要がなくなる。
少し触らせてほしいと頼んで石を触らせてもらう。
期待で満ちた目を向ける私に対して、魔王は「いや」と言葉を濁した。
「浄化するわけじゃない。正確に言えばこの石は穢れを貯め込めるだけだ」
穢れを吸い込むたびに石は淀み、黒くなる。真っ黒になってしまえばそれ以上穢れを吸う事が出来なくなり、また、貯め込んだ穢れを浄化する事も無い。
限界まで穢れを貯め込んだ石は地下の奥底へと埋められ、自然の力で少しづつ穢れを落としていく他ないと魔王は言う。
「でも、穢れが吸い込める石だなんてすごい発見だわ!」
「ただ触れるだけで浄化できる聖女様の方が凄いと俺は思うがな」
そう言って魔王は石を指差す。
私が触れたからだろう、石の穢れは浄化され、元のエメラルドグリーン色に戻っていた。
「核を壊せれば穢れも出なかったんだが、誰かさんが暴れるせいで外してしまってな」
じとりと恨めし気に魔王が私を見たが、私は二度目の驚愕でそれどころではなかった。
「魔物に核がある?それを壊せば穢れが出ないの!?」
「知らなかったのか?」
魔王が困惑した顔をする。
魔物に核があるなんて知らなかった。
何処に核があるのかと詰め寄ると、「見えるだろう・・・こう、核っぽいものが」と何ともう言えない表情を浮かべる。
どうやら、核は魔族にしか見えないものらしい。
「それにしても、怖かったわ」
魔族領で魔物を見慣れてしまったと言っても、やはり魔物は魔物である。
魔族が魔物と共存する道を選んだとしても人間が魔物と共存するのには無理がある。
苦々しい顔をする私を見た魔王はぽつりと、「やはり人間は愚かだ」と呟く。
「まあ、そんな愚かな人間を俺は愛しているがな。なあ聖女、せっかく出会ったんだ。与太話にでも人間領について教えてくれ」
人間の情報は魔族領には全く入ってこないんだ。と言う魔王の要望に応えて、私は人間領で語られる魔族の事、人間領での暮らしを話す事になった。
魔族が人間領を狙っている事、人間にとって魔物は脅威以外の何物でもない事。
人間領での一般常識を説明すればするほど、魔族領との認識の乖離を感じる。
「通りで視線が冷たいわけだ。まあ、別に仲良くしたいわけでもないが・・・・」
人間にとって魔族は悪であると説明した後でも、魔王の態度は変わらなかった。
魔族は人間に対して友好的な感情を持っているが、相手が嫌と言うなら無理に関わらない方が良いのだろう。
そんな認識でいるようだった。
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