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追放③

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「ちょっと、どういう事なのよ!」

崖の向こう側、魔族領の深い森の中にぽっかりと空いた場所に降り立った私は、まず抗議する事から始めることにした。

正直あの状況ではこの男について行くしか無かったとは思うが、それはそれ。
あの神官や兵士達には完全に私たちがグルだと思われてしまっただろう。
 
「詳しいことは知らんが、どのみち人間領には戻れなかったんだろう?良かったじゃないか。まだ生きていられて」

鼻で笑うように言われて、私はぐうの根も出なかった。

追放。というか、処刑のような物だったけれど、あそこまで悪評を立てられては人間領は兎も角として帝国にはいられなかっただろう。
ワイバーンから放り出されなかっただけまだ良しとしよう。

気持ちを入れ替えた私は、周囲を見渡してみる。
魔族領に入るのは、もちろん初めての事である。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけワクワクする気持ちがあるのを否定できない。

「魔族領は不毛の土地って聞いていたけれど、そうでも無いのね」

生い茂る木々は瑞々しく、木の実らしきものも生えているのが見える。
下に生えている芝生のふかふかと気持ちよく、所々で小さな花が風に揺れている。
空気もりんと澄んでいて、人間領と比較しても謙遜の無いくらい豊かな土地に見えた。

「シーズンじゃないからな」
「シーズン?」
「そんな事も知らないのか」
「魔族領に来たことなんて無いんだから、仕方ないじゃない!」

初めて来たんだから当たり前でしょ!
馬鹿にするような表情を浮かべる魔王にそう言うと、これだから、人間は。とでも言いたげに肩を竦めた。

「後で説明してやる。それよりも、今は助けたお礼を貰わないとな」

にたりと魔王が悪人顔でそう言う。きっと「ありがとう」だけで満足するような奴ではない。
これは絶対に面倒ごとを押し付けられる気がする。

「助けてって言った覚えは無いわよ」
「あそこで放り出してやれば良かったか?」
「それは・・・」
「何、簡単な事だ。お前も気になるだろう?何故、人間領に魔物が出現しているのか」

魔物が出現している?
それじゃあ、まるで・・・・。

「人間領で魔物が生まれているみたいじゃない」

魔物は本来、魔族領でのみ出現する。
その魔物が人間領にまで侵入して来ているだけの筈。
もし、人間領で魔物が発生しているとするなら、大問題である。

人為的なものなのか、それとも自然に発生しているのか。
調べるに越した事は無い。

けれど、それって魔族にとってそこまで関係のある事なのかしら?
あくまで人間領で起こっている事であるなら、魔族が手を出す必要がない。
いや、魔族が今回の原因の可能性もあるのか。

「調べてどうするの?」
「原因を絶つ」
「人間領の事でしょ?あなたには関係ないじゃない」

そう、関係の無い事。
魔族にとって、人間領がどうなろうと興味は無さそうに見える。

「俺は博愛主義でな。この世の全ての生物を愛してるんだ」
「いや、それは無いでしょ」

この男が博愛主義だなんて信じられない。
悪人顔で、破壊と略奪が趣味だと言われた方が納得できる。

とは言え、人間領の魔物大量発生の件は私の懸念事項である。
それが理由で私は追放されたわけだし。
正直、魔物の大量発生に関しては前々から気になってはいた。

信用できるかと言われれば甚だ難しいが、かと言って他に頼る手立ても無いので、一度、この魔王の言う事に従ってみてもいいんじゃないかと思えてきた。
身の潔白を証明すれば、帝国にも戻れるかもしれない。

「分かったわ。それで、どこまで調べは進んでいるわけ?」
「現時点では、人間領で魔物が発生している以外の情報は得られていないな。調べている途中で誰かさんが落ちてきてな」
「悪かったわね」
「いや、むしろ好都合だ。使える手足が増えたからな」

魔王の真剣な眼差しに思わずドキリとする。
正確は兎も角、顔はタイプなのである。
顔面の力って怖い。

「取り合えず、城に戻った方が良いだろう」

そう言って、魔王はワイバーンの背に飛び乗った。
ああ、またワイバーンに乗らなくてはいけないのかと思うとちょっと気が重い。
 
魔王は普通に乗りこなしているが、一応は魔物なのである。
抵抗が無いという方が無茶な話だ。

「どうした?早く乗れ」

と手を差し出され、私は渋々その手を取った。




  







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