失恋の特効薬

めぐみ

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失恋の特効薬

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「ンまぁアレはねぇよな、鈍い。鈍すぎる」

ノアはハーヴィルのことをネタにしてギャハハと下品に笑って酒を煽った。本来は店に出す用として買った生ハムの原木を好きなように切っては赤ワインを飲むと言う贅沢な宴が繰り広げられているのだ。

「可愛い昔馴染みだなんて言うならさっさと好意に気づいて付き合うくらいしてくれりゃよかったんだ。こんな一途に思ってるやつなんていねぇぞ」

ノアは言いづらい私の気持ちを代弁するように慰めてくれる。私もそれに気分が良くなって応えるように注がれたワイングラスを空っぽにする勢いで飲み干した。
披露宴の後の空気感とデジャブを感じるが私の2回目の完膚なきまでの失恋を笑って話してくれるノアがありがたかった。彼は本気で馬鹿にしてるのではなく、思いやった上でこう言ってくれてるのが分かる。

「ノアはさぁ…20年前私が迷子になってみんなが私のこと探してたの覚えてる?」

ソファの上で体育座りをして新しく注いだワインを今度はちょびちょびと啜る。好き放題飲んで文句を言って、整理がついたところでようやく今日の本題へと移ろうと心構えができたのだ。
ノアはグラスを揺らしながら考え込んで何かを思い出したのかぴくりと体を反応させた。

「20年前…?あー…あぁ、あれな。覚えてるよ」

「ハーヴィルは覚えてなかったの…私にとっては大事な記憶だったのに」

「さっきハーヴィルと話して泣いてたのはそのことだったのか?」

さっきの揶揄うような馬鹿笑いはやめて突然穏やかな声色になる。こくりと頷いて曲げた足の間に頭を埋める。泣いてないと誤魔化したかったが彼の前では強がりは通じないのだ。

「…で、あの時あいつは村には居なかったはずだが…どんな思い出だったんだ?」

「……………………………………………………………え?」

ノアの衝撃的な発言でその言葉の意味を理解するのに数十秒かかる。そしてようやく飲み込んだところで出てきた言葉は一音だけだった。

「いやだからさ、あの時ハーヴィルは親父さんと泊まりがけで狩りで遠出してたから居なかっただろ?」

「そ、そんなわけない!だってあの日迷子になった私を助けてくれたのはハーヴィルだったんだもん!」

ノアは私の言葉に考え込んで黙り込むと深いため息を吐いてキッチンへと歩いて行った。あまりにも脈絡のない彼の行動にまたわけがわからなくなる、が…しばらくすると何かを持ってきて私の口の中にそれを咥えさせた。

「あの時森でお前を見つけたのは俺だ。俺の非常食…この味は覚えてるか?」

咥えさせられたのは干し肉だった。まだノアには迷子になった時干し肉を貰った話はしていない。だからこのことは私と、助けてくれた彼しか知らないはずなのに。口の中に広がるその味はスパイシーな香辛料が混ぜられてて、この世で一番美味しい食べ物だと思ったあの味だった。

「そりゃ俺の親父から教わった俺んちでしか作れない味だ。美味いだろ?」

「な、なんで…だってあの時…」

私を見つけた彼の髪色は黒髪だったはずだ。いくら双子のように似ているからと言ってそこだけは唯一彼とノアの見分けがつく箇所だ。

「あー…アレな。仲間内の賭け事で負けちまって罰ゲームで髪を染めさせられたんだ。ハーヴィルに間違われて面倒なことになると思うとしばらく村に戻りたくなくて…村の外を彷徨ってたら迷子のお前と会っちまったってワケでな」

ノアは気まずそうに自分用にも持ってきていた干し肉を齧って酒を啜った。
…じゃあ何、私はずっと初恋の人を勘違いしていたっていうわけで。勿論それ以降の生活の中でハーヴィルを好きになったのはあるが…意識するきっかけになった人を間違えていたのだ。
干し肉のことといい、ハーヴィルが覚えてなかったことといい辻褄が合って疑いようがない。私の初恋はノアだったのだ。

「んで…大事な思い出ってのはなんなんだ?」

恥ずかしい、恥ずかしい…ッ!!!!!ノアにはハーヴィルを好きになったきっかけの話をしようとしたのにそれが実はノアだったなんて言えるはずがない。加えてハーヴィルはその場に居なかったのにハーヴィルが忘れていると勘違いして悲劇のヒロインを演じていたのだ。20年以上も空回りしていた哀れな女の哀れな話を白状するなんて拷問にも近かった。

「まさかハーヴィルを好きになったきっかけがあの出来事だとは言わねぇよな」

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?それ以上言わないで!!!!!」

しかし従兄弟同様勘の鋭い彼は最も簡単に暴いてしまうのだ。…というかこの話の流れで大体察しはつくだろうが。

「はーん…俺もあの時はあんまり人と会いたくなくて事情も話さず立ち去っちまったが…お前に意識してもらうきっかけになるなら名乗り出てればよかったな?」

「口に出さないでってばぁ…」

あまりの羞恥心にその場から逃げ出したくなるがノアが私の腰を掴んで自分の膝の上に乗せ、横抱きにするものだから身動きが取れない。もうしょうがないと割り切ると伝えたかった言葉を本来伝えるべき人間に言う。

「その、遅くなったけど…あの時は助けてくれてありがとう。忘れちゃっててごめんね」

あの時一歩間違えれば死んでいた。照れ臭さとかは捨てて感謝は伝えたかった。ノアはやっぱり誰も見つけられない私を、昔から見つけ出してくれていた。それは偶然のことだったのかもしれないが、私はその後も何度彼の優しさに救われたことだろう。
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