スターチスの思い出

めぐみ

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「お、待ってたぞ」

中に入ると大きなベッドとサイドテーブルがあるぐらいでここが何をする場所なのかと知らしめていた。ハーヴィルはそのベッドの上で胡坐をかきながら飲み物を飲んでいる。

「さっきあれだけ飲んだのにまたお酒ですか?」

「いや、違ぇよ。ただの水…柄にもなく緊張しちまってな」

ハーヴィルはコップをサイドテーブルに置くとまだ立ったままの私の腕を引いてベッドへと導いた。処女でもないというのに触れられたところが強張って独特の空気に緊張感が走った。

「ミサも俺と一緒…緊張してるのか?」

ここで誤魔化したところですぐにばれることだ。…というか既にばれていそうだが。私はおとなしくうなずいた。そんな私をハーヴィルは本当に緊張しているのかと疑わしくなるような手つきで力強く引き寄せる。そして私の左手に手を重ねると深く眉間に皺を寄せた。

「ミサ…お前指輪は?」

婚姻の証である指輪は、外して手の中に握りこんでいた。

「ちゃんと持ってます」

「ならなんでつけない、つければいいだろう」

「いつ返せと言われてもいいように…外しているんです。」

つけていたら未練が残ってしまう、返したくないと泣きわめいてしまいそうで。震える声でそう言うと地響きでも起きたかと思うくらい低くて恐ろしい声がハーヴィルから発せられる。

「つけろ、誰が返せなんて言った」

「ハーヴィル…でも…」

「お前は何をそんなに怖がっている。ここにきてからずっとだ。俺に何か予防線を貼って傷つくまいと保険をかけている」

私は意を決して服を脱いだ。本来これを脱いだら裸になる、はずだが私の胸には何重にも包帯を巻いてもらっていた。

「それは…」

「ひどい…怪我の跡があるんです。今まで見てきた男性はすぐにベッドから出るくらいとても見ていられない傷です」

ハーヴィルの手を取って右胸の形を確かめさせた。今までは下着やパッドで誤魔化していたが本来膨らんでいるべき胸の一部が不自然にへこんで肉が抉れている。

「それを知られて…拒否、されるのが…怖くて…ずっと、男性と添い遂げることはあきらめていたんです。」

泣くつもりなんてなかったのに、全て明かしてしまうと涙があふれた。ぽたぽたとシーツに染みを作って止めたいのに呼吸もままならなくてただそれを見つめることしかできなかった。
しかしハーヴィルは私の背中に手を添えて包帯の結び目を乱暴に外した。そのままその包帯を引きちぎるような勢いで外していく。包帯越しでもひどい有様だとわかっているはずなのにこれ以上見られたくなくて必死で抵抗するが腕はまとめてベッドに押さえつけられる。数日間私が彼を拘束したのと同じように。

「お願いっ、やめて…っ」

彼から拒否される覚悟はできていたはずなのにいざ全てをさらす状況になると包帯の存在に縋り付きたくなる。これを取られたらもう後戻りはできない。胸を隠すこともできない状況で抵抗できるのは口だけだがそんなもの聞き入れてもらえるはずもなく、無情にもそこは空気に晒されることになる。
包帯を解いて露わになった胸は肉を抉るようにしてグロテスクな傷跡が残っている。右胸は半分以上なくなって不格好にへこんでしまっている。10年も前の傷だが痕は一向に消えることはない。

「ほ、ら…っ後悔したでしょ?こんな体じゃ誰も私を娶ろうとは思わない。」

自らの体を嘲り、そう言ってやる。どうせあなたもほかの男性と同じなんでしょ、と。本当は期待や希望をするなと自分に向けた言葉だった。しかし予想外にも彼はそんな私に熱い口づけをした。
突然のことに目を見開いたまま抵抗もできない。大きな腕ですっぽりと抱き寄せられて彼の心臓の音まで鮮明に聞こえるほどに密着させられる。分厚い舌がその形とは反対に丁寧にねっとりと口内を舐め回して角度を変えて何度も口付けをした。彼とは初めてのキスだというのにあまりに濃厚なそれに意識がもうろうとする。

「誰がこんな怪我させやがった」

唇が離れたと思ったらまた低い声がハーヴィルから発されていてぴくりと体が強張る。

「じゅ、10年前…村を襲ってきた野盗に…妹が襲われかけて…その時」

「そいつは、逃げたのか?」

「その時は、無我夢中で…妹を守るために、私が殺した」

震える声でそう答えると、ハーヴィルは息を吐いて私の肩に頭を寄り掛からせた。

「こんなに綺麗な肌してるっつーのに…俺がぶち殺してやりたかったくらいだ」

「き、もちわるく…ないの…?」

「見せてやっただろ、俺たち村民は狩人だ。もっとエグいもんも見てる。これくらいどうってことねぇよ」

そう言ってハーヴィルは私を抱き寄せて私の腕を自分の背中へ回した。

「ほら、これはクマに肉を抉られた痕、これは狼に噛まれた痕だ…これは何にやられたかは忘れたが緊急時で自分で縫った事だけは覚えてる」

ハーヴィルは傷自体は見せないようにひとつひとつ触らせる。そうやって私を安心させてくれる姿になんだかホッとしてしまう。
そして、体を少し離すと躊躇いがちに胸を揉んだ。ピクッと反応してしまうと「痛いか?」と問いかけてくる。
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