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しおりを挟む11年前…私達姉妹は家族と家を失った。
盗賊が村一帯を襲って、全てが炎に包まれたのだ。
「あなた達はここにいなさいっ!盗賊が居なくなるまで絶対にでちゃダメよ!」
母にそう言われ、姉と隠れたクローゼットの中。そこで震えながら父と母が殺される様をただ見ていることしかできなかった。そしてその盗賊は私たちの存在に気付いていて…ゆっくりと扉を開けたのだ。
「見ぃつけた」
そう、楽しそうに笑って。
お姉ちゃんは私を逃そうと腕を引いて勢いよく出るが、あまりの突然のことに私は躓いてしまう。そんな私は盗賊の格好の餌食だった。剣を突きつけられ、もうダメだと思った瞬間、盗賊と私の間にはお姉ちゃんがいて、剣はお姉ちゃんの胸に突き刺さっていた。
「お姉ちゃん…っ!!!」
「ぐっ、あ、妹に…っ、てを…出すなぁっ!!!」
いつ死んでしまってもおかしくないという状況だというのにお姉ちゃんは私を守ることを一番に考えて、お母さんの近くに落ちていた短剣で相手を深々と突き刺した。
だが、盗賊はもう一人いた。お姉ちゃんは短剣を握りなおすがとてもじゃないが動いていい状態じゃない。もうダメだと思った瞬間、盗賊の背後、脳天から真っ直ぐに剣が振りかぶられ、絶命した。そこに立っていたのはハーヴィル・ウルフェンデン。今のお姉ちゃんの旦那さんだった。
急ぎ彼は私とお姉ちゃんを担ぎ上げ、火や敵が少ないところへと駆けていく。途中顔に傷を負わされても走り続ける。だけど、彼は背中には傷など負ってない。
確かに彼は私にとってヒーローだったが、それ以上のヒーローがいたのだ。
「おい大丈夫か、嬢ちゃん」
彼と出会ったのはお姉ちゃんの治療中、一人教会の外で座って泣いている時だった。両親も亡くなり、唯一の姉も私を守って死にかけている。怖くて怖くてしょうがなかった。世界中になんで勇気ある姉ではなく弱虫のお前が生き残ったのかと後ろ指を刺されている錯覚に陥るほどに。
「お姉ちゃん、お姉ちゃんが…」
「お姉ちゃん…?あの治療中の嬢ちゃんの…妹か?話は大体ハーヴィルから聞いたが…」
その男性は私に声をかけると横に座ってポンポンと私の頭を撫でた。
「変に色々背負うんじゃねぇよ…怖かっただろ。もう大丈夫だから」
誰だかも分からないその男性の声があまりにも優しくて、溜まっていたものが全て溢れ出した。
「私、何も出来なかった…私が、死ねば良かったのに…っ!!!!お姉ちゃんが死んじゃう…っ、私のせいだ、私の、私のせい…っ」
「馬鹿野郎、嬢ちゃんは何も悪くねぇよ。悪いのは全部あのクソ野郎共だろう…」
男性は私の涙や鼻水で服を汚れることも気にせずギュッと私を抱き締めた。土と石鹸の混じったような匂いが何故だかすごく落ち着いて私を肯定してくれる彼の存在が私の救いになった。
「泣いてもいい、俺が全部聞いてやるから…」
「ありがとう、ございます…おじさん」
「おい、俺はまだ25だぞ。ベイリー・ウッド、それが俺の名前だ」
不機嫌そうな声で答え、見上げた彼は顎に髭があって、13歳の私にとってはおじさんにしか見えなかったのだった。そこで私は事件の後初めて笑うことができた。
「おじさーん」
私はあれ以来毎日ベイリーさんに会いに行っていた。彼はまた来たなと言いつつ毎回優しく迎えてくれて私を妹のように可愛がってくれた。
「だからおじさんじゃねぇって…お。これ木苺のジャムか?うまそうじゃねぇの。」
「近くの森で実ってたから、共用のキッチン借りて作ってみたんです。いつも色々お話聞いてくれてありがとうございます」
「嬢ちゃん料理もできんのかい。いっつも姉ちゃんばっかり褒めてっけど嬢ちゃんもすげぇじゃねぇの」
瓶に詰めたジャムを手渡すとベイリーさんは笑顔で受け取ってくれた。
「お姉ちゃんの方が上手ですけどね」
「それでも、俺は嬢ちゃんが俺のために持ってきてくれたってのが嬉しいんだよ」
彼は私を妹のようにしか思っていないだろうが、私は一人の男性として好意を抱いていた。思春期によくある年上の男性をカッコいいと思うお年頃、では片付けられないほどに私は真剣に彼に恋をしていた。お姉ちゃんと比べて卑屈になりがちな私を温かい言葉で修正してくれる。太陽のような人間だと思っていたのだ。
「姉ちゃんは元気になったか?」
「はい、もう一人で座れるくらいには」
「そっか、そりゃ良かった。嬢ちゃんも看病頑張ってたもんな」
「そのおかげだといいんだけど…」
そうやっていつものように撫でてくる手の感触が好き、低くて優しい言葉を紡ぐ声が好き、笑うときに困ったように下がる眉が好き、実はたくましい体付きにドキドキしてしまう時がある。
夜ベッドに入る前に彼を思い出して、好きだと実感するのが幸せだった。幸せは、いつも私のせいで壊れると言うのに─
「昨日は取りきれなかったからな、今日も残ってるかな」
私は翌日再び木苺を取りに森へと訪れていた。危ない生き物も出ないし、となんの気無しに出歩いていただけだったのだ。
「あった、あの木だ…まだ実がなってて良かった。」
安心しきった私は真横から向かってくる剣の存在に気付かなかった。
「おい嬢ちゃん!!!!」
そんな声と共に私に向かってきたのは1匹の白い狼だった。真横からの剣は私を庇うように飛び込んできた狼は背中に斬撃を浴びた。いや、それは私から庇うために狼から姿の変わった人間、ベイリーさんだった。
「おじさんっ!!!!!」
「クソがっ!!!この子に手ぇだすんじゃねぇ!!!!てめぇ、その格好…この前の盗賊の残党だな」
襲ってきた男はベイリーさんの怒声に怖気付いて腰を抜かす。まさか私を狙ったのに男が出てくると思わなかったのだろう。
「お前、じゅ、獣人か…」
「だったらなんだっつーんだよ、このヤロウッ!!!!」
ベイリーさんの姿がまた狼の姿に変わり、悲鳴を上げる間もなく盗賊の首元に噛み付いて絶命させた。しかし、その直後ベイリーさんも力尽きて、その場に倒れ込んだ。私を命がけで守ってくれた私の大事な人、私の、ヒーロー。心も体も救ってくれた、記憶の奥底に封じられていた私の初恋。
じわじわと地面に血が滲んで頭の中がこの人が死んでしまうという恐怖でいっぱいになる。
「おい、泣く、んじゃねぇよ…大丈夫だから…」
「おじさん…っ!死なないでよぉっ!!」
「おじさんじゃ、ねぇって…なん、かい、いやぁわかんだよ、嬢ちゃん…ベイ、リー…って呼べって…」
それからの記憶はぼんやりとしている。近くにベイリーさんの仲間が通りかかり、私が狼の姿の彼を『おじさん』と呼んでいることに真っ青になった後慌てて村へとベイリーさんを抱え込んだ。その後彼とハーヴィルさんとの会話が聞こえて何故私たちを見てあんなにも慌てふためいていたのかを知った。獣人は神秘であり秘匿されるべきもの、つまりベイリーさんは私のために禁忌を犯したのだ。そして知られてしまったからには村人の自分たちに関わる記憶を全て消すしかない。全部、私のせいで───
立ち尽くすしかない私の存在は、会話を終えたばかりのハーヴィルさんにすぐ見つかり、記憶はそこで消された。
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