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最初はのんびり歩きつつ、魔界のことを聞いたりしていたが、アーケードが見えるほどになってくると、私はいつものように駆け出していた。
「ちょっと、そんなに焦ることないでしょうに」
「違う違う!車がぁ!」
「なんですか?」
「………」
「えーと」
「……ぷはぁ」
走るスピードを少しずつ調節しながら、青信号になるタイミングを見計らって、その瞬間に横断歩道を渡り切ると、私は大きく息を吐いた。
「どうしたんです?息を止めてたみたいですが」
「排気ガスを吸い込まない工夫よ」
「なるほどね」
「…さて、ここからは商店街。歩行者と自転車しか行き交うことができない場所よ」
「……あれ?あそこをゆっくり通ってんの、車じゃないですか?」
「あぁ、横に突っ切って行く車はカウント外だから」
そうしてグイグイ進んで行く。
アーケードは薄い茶色に着色されてるから、太陽光が柔らかく加工されて降りかかる。
「どこですか?日雇いバイト」
「もうすぐだよん」
小石は周囲の人を警戒したらしく、声を潜めた。私は変わらずおんなじ音量で話す。
「…ほれ、着いた」
「……確かに、さびれてますね」
「そうでしょ。ここに通う常連なんて、三人だけなんだよ。あいつらは私が初めてここに来た時から元気にやってるんだぁ。実質、あの人達だけでここは辛うじて運営できてるんだよね」
店と店との間に強引に押し込んだような小さな店、これがマンネンショップだ。
「マンネンショップ?」
「通称だよん。マンネンってチームがその三人組なの」
「へぇ」
「元々国営の店だし、マンネンもいるから、まだ潰れないだろうと思うけど、どっちにせよ時間の問題だよね」
「国営だったんですか」
「そう。ホントは、今も補助金出てるらしいんだけど、嘘っぽいよね。こんな調子じゃあ」
赤い取っ手を引いて、曇ったガラスでできている扉を開けた。さすがに軋みはしない。
するとその瞬間、横を歩いていた人々がこちらに顔を向けたのが、そのガラスに映る。
「お邪魔しまぁす」
「……」
静かだ。誰もいない。
電気すら付いていない。
音楽もない。
人々のざわめきも消えて、ガラス戸がふっと定位置に戻ると、完全に隔絶されたような気になる。身震いした。
「……不思議な場所ですね」
「分かっちゃった?…ここね、長居してたらすごぉく心細くなるの。だから、独り言でも呟かないとやってけない」
白い壁に、淡い茶が上塗りしている。水を多くし過ぎて、すっかり薄まっちゃったような色だ。絵画の授業の片付けをする時、絵筆を洗う、あの、水に溶け出て排水溝へ流れて行く茶色。
その壁には、小さな穴がプツプツと空いている。
一番最初は、国を挙げての事業だったから、かなり栄えていたんだなぁと、どこか懐かしく思える。その時、私はまだ生まれてなかったんだけど。
……この一帯に画鋲跡があるということは、依頼書がこれほどまでに溢れかえっていたということなのだ。この狭い店に人々が押しかけて、時間をかけてどれを選ぶか吟味したのだろう。
それが、今は全くなくなってしまった。このなんとも言えない空気は、そういうことだ。
「ちょっと、そんなに焦ることないでしょうに」
「違う違う!車がぁ!」
「なんですか?」
「………」
「えーと」
「……ぷはぁ」
走るスピードを少しずつ調節しながら、青信号になるタイミングを見計らって、その瞬間に横断歩道を渡り切ると、私は大きく息を吐いた。
「どうしたんです?息を止めてたみたいですが」
「排気ガスを吸い込まない工夫よ」
「なるほどね」
「…さて、ここからは商店街。歩行者と自転車しか行き交うことができない場所よ」
「……あれ?あそこをゆっくり通ってんの、車じゃないですか?」
「あぁ、横に突っ切って行く車はカウント外だから」
そうしてグイグイ進んで行く。
アーケードは薄い茶色に着色されてるから、太陽光が柔らかく加工されて降りかかる。
「どこですか?日雇いバイト」
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小石は周囲の人を警戒したらしく、声を潜めた。私は変わらずおんなじ音量で話す。
「…ほれ、着いた」
「……確かに、さびれてますね」
「そうでしょ。ここに通う常連なんて、三人だけなんだよ。あいつらは私が初めてここに来た時から元気にやってるんだぁ。実質、あの人達だけでここは辛うじて運営できてるんだよね」
店と店との間に強引に押し込んだような小さな店、これがマンネンショップだ。
「マンネンショップ?」
「通称だよん。マンネンってチームがその三人組なの」
「へぇ」
「元々国営の店だし、マンネンもいるから、まだ潰れないだろうと思うけど、どっちにせよ時間の問題だよね」
「国営だったんですか」
「そう。ホントは、今も補助金出てるらしいんだけど、嘘っぽいよね。こんな調子じゃあ」
赤い取っ手を引いて、曇ったガラスでできている扉を開けた。さすがに軋みはしない。
するとその瞬間、横を歩いていた人々がこちらに顔を向けたのが、そのガラスに映る。
「お邪魔しまぁす」
「……」
静かだ。誰もいない。
電気すら付いていない。
音楽もない。
人々のざわめきも消えて、ガラス戸がふっと定位置に戻ると、完全に隔絶されたような気になる。身震いした。
「……不思議な場所ですね」
「分かっちゃった?…ここね、長居してたらすごぉく心細くなるの。だから、独り言でも呟かないとやってけない」
白い壁に、淡い茶が上塗りしている。水を多くし過ぎて、すっかり薄まっちゃったような色だ。絵画の授業の片付けをする時、絵筆を洗う、あの、水に溶け出て排水溝へ流れて行く茶色。
その壁には、小さな穴がプツプツと空いている。
一番最初は、国を挙げての事業だったから、かなり栄えていたんだなぁと、どこか懐かしく思える。その時、私はまだ生まれてなかったんだけど。
……この一帯に画鋲跡があるということは、依頼書がこれほどまでに溢れかえっていたということなのだ。この狭い店に人々が押しかけて、時間をかけてどれを選ぶか吟味したのだろう。
それが、今は全くなくなってしまった。このなんとも言えない空気は、そういうことだ。
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