上 下
138 / 187

138

しおりを挟む
「レンジ!お前カッコいいよ!!」思いっきり叫ぶ。

「はああ?急に何言ってんだお前…」レンジがビクッとしてこっちを振り返った瞬間…

「ワアアアアアア!」六つあるベッドの布団が全部めくれて十二人の生徒が出てくる。

「おわっ!」レンジは驚いて動きが止まった。

だがこれで終わりではない。
その寮室の戸がバン、と開いて何人ものクラスメイトや上級生が入ってきた。

「ウオオオ!お前は俺らのてっぺんだああああ!!」
「何、何、何?!」

レンジは突然のことに驚いて耳を塞ぐこと以外何もできていなかった。

それからワアワアみんな騒いで、まだお疲れのレンジもそれに巻き込まれてモミクチャにされる。
その騒動も時間が経つごとに徐々に鎮火して、やっとレンジが身動きできるようになった。

「何なんだよ、もう…」
「へへへ、やっぱり回復するのに時間かかるんだね」私はみんなと目配せして笑いあった。

「どういうことだ?」
「クサカベ先生が言ったんだ。『レンジ君、数時間経ったら起きるだろうけど、そうなっても少しの間能力は鈍っているだろうね。そこで、だ』」私は食い入るように見つめてくるレンジの前で朗々と喋った。

「ほら、あそこ見て!」いったん話を区切って部屋の隅を指す。
「あれは…?」
「ああ、そっか。お前、今は視界が霞んでるんだったっけな。ま、目の疲れもすぐに消えるから、すぐはっきりするとは思うけど。……あれね、カメラ」
「カ…カメラって、お前!!」
「うん、高級品ね」

カメラというのは、設置した場所でその時何が起こったのかを後のために記録してくれるっていうシナモノだ。記録したデータは暗闇の中で取り出すことができる。

「…分かりづらかった?」
「俺は知ってるから、言いたいことは大体分かる。だが、全く知らなかったら、分かんないだろうな」
「お前に分かったらいいんだよ」私はちょっと顎をシャクって笑った。

クサカベ先生は、レンジが疲れて無防備になることなんてソウソウ無いんだから、早く昼ご飯をかき込んで、その後の授業はレンジの周りで潜むことにしなさいと言ったのだ。

「おい、そんなの良いのかよ」
「だって先生が許可を出したんだもん」もっと言えば、発案者自体クサカベ先生だ。

そして、十二人をベッドの下、他の人は外で待機させた。
「いやあ、我ながらとってもウマい案だと思ったよ。楽しいし」
「先生…」はあ、とレンジが寝転がった。完全に脱力したって感じだ。

そしてみんなに合図する役、その重役には、私が抜擢された。
何で?って思ったけど、クサカベ先生が「やってみなよ」、って。

「ほら、そこのベッドの下に鉛筆が転がってるでしょ?その鉛筆を越えたら合図することになってたんだ」
「うわ、ホントだ」

レンジはベッドの下からちょっとだけはみ出している鉛筆を手に取った。

「一番レンジが油断してて、しかもいきなり戸を開いてもレンジの頭をぶつけない位置を探したんだ!」とクサカベ先生が嬉しそうに言う。寮の各部屋の入り口は基本的に片開き戸なのだ。

「はは、してやられたなあ。でも」レンジが目を伏せた。「みんな忘れてることがあるよ」
「ん?」

「俺のために先生がカメラ借りて来たんだろうけどさあ」
「あ、いや、僕、自分の持ってるんだー」
「分かったから!……あのカメラって、中に魔法石を詰めると、魔法石の質にもよるけど平均して一時間二十七分程度しか記録できないの知ってたか?」

「へえ。詳しいね」素直に褒める。
「俺が寝てから、その時間は既に過ぎてるんだよ!つまり後で見たって、俺の寝顔しかデータに無いと思うぜ?」レンジが鼻で笑った。レンジが寝ていたのは約五時間。ということは…。


「こらこら、僕を誰だと思ってるんだ」クサカベ先生が出てきた。「そんな、カメラの使える時間が限られてるなんて、僕だって知ってるさ。君みたいに正確な時間は知らなかったがね。それで…僕、感知能力を使って、君が起きそうになった時に、空間移動の魔法で魔法石をカメラの中に詰め込んだから大丈夫」

クサカベ先生がニヤリと笑い返した。
レンジはそれを見ると、何秒間か絶句していたが、やっと顔を背けると「どこに魔法使ってんだよ…」と呟いた。


それからはそのデータの評論会だ。評論をしない評論会。
まだ昼だから、カーテンを閉めて部屋の中を暗くする。
それでもまだ明るかったから、クサカベ先生が闇魔法で真っ暗にした。ホント、訓練時間に何やってんだか。

そしてその闇の中で、先生が魔法石に触れて魔力を流すと、浮かび上がるように寝ているレンジが出てきた。

「映像っていうんだよ。これ」と、先生がコソコソ解説する。

「うーん」と、小さくレンジが唸った。質が良い魔法石らしく、かなり細かい音も拾っている。

ーー私がレンジに話しかけているのも全部映ってる。

「そうそう、『映る』って言うんだ。君も物知りだねえ。こんなに高くて生活必需品でもないモノ、普通買わないんだけどねえ。魔法石の費用もバカにならないし」
「母さんが持ってたんだ」私はうっとりと、噛みしめるように言った。懐かしい。

途端にうるさくなった。映像の中のレンジが驚いているのが伝わってくる。
その頃になると、見ているみんなは、また楽しくなってきて笑いだした。

すると、なぜだかホッとしたように、静かに笑っていたレンジが、ピタリとその笑顔を止めてクサカベ先生の耳元で小さく囁いた。

私はレンジを目で追っていたので、その言葉を頑張って聞いてみる。

「先生、生徒間の、年上と年下っていう関係が薄くなってる気がする」
「だろ?僕もさ、君の実力に劣らない、素晴らしい授業すると思わないかい?」

それを聞いて私もハッとした。
上級生も、レンジにフルボッコにされて、思うところはあっただろうが、それよりも、こうしてみんなで楽しくワイワイやってると自然に距離も縮まるというものだ。

クサカベ先生のウインクが、レンジに向かって飛んでいくのを、私は新たな笑いを感じながら見ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...