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しおりを挟む「うへえへえへえへえ、何これ…」
司は服屋のおばさんの家を見ると思った通りの反応をした。
私は得意な気持ちでその家を入ると、人がすし詰め状態になっていた。
「…」
「いやあ、司達か。おかえり」
私がまだ苦笑していると、おばさんもつられて笑った。
「夜風が本当に通らなかったもんだから、みんな押しかけて来ちゃってさ。…私は、急に広くなった家に戸惑って、寝られなかったんだけど」
「それは…悪いことを…」
「そんなことはないんだよ。とても感謝してる。…あら、そこのお嬢ちゃんは?」
「あー、ヘンリっていうの」
「寝てるじゃないか。風邪ひくからこっち来なさい。さあ、戸を閉めて、って…。そうか、あんた達は強靭な体を持ってるんだったわね。そのお嬢ちゃんも外で寝られるってことは…」
「ま、強いんだけどね。疲れてるの」
「そうかい。じゃ、尚更早く横にしたほうがいいよ」
「そうね」
司は立礼をして家に入っていった。
ヘンリを空いている所に降ろすと、私達は再度外に出る。
私達は本来睡眠をとらなくても生きられるから。波動を知って、魔力を取り込める限り。
外に出るとやはり誰からともなくヘンリについての疑問がプツプツと語られ、司が答えた。
ヘンリは自分の能力を除けるだけ吐き出した。
あの力はヘンリの体と完全に同化していたので、まずその力を全て引き出してから、それを司が引き抜こうとしていたらしいが、予想以上にヘンリが強くて隙が作れなかった。それを私達が救ったというわけだ。
「…なんで隠蔽魔法だけはあんなに上手かったの?」
「だって、今までずっと自分の能力を隠蔽し続けてたんだ。そりゃ、あの能力だって伸びるさ」
「それだけ抑えても、トップレベルか…」
「天才肌なんだよ」
ドウランは倒れたヘンリから直接思考を読み取って、力が溢れ出た時期を特定したが、やっぱり何のことはない日常から突発的に出現したものらしい。
「ただ…」ドウランはまだ何か言いたげだ。
「ただ?」
「ヘンリさ、すごく小さい時に能力が開花したんだけど、その時にすでに両親はいなかったよ。何でかなと思って、時間をもっと遡ったら、両親さ、ヘンリを産んですぐに失踪してる。捨て子、になるのかな?あんなトコに捨てるのは気がひけると思うから、そんなつもりはなかったんだと思うけど」
「…色んな人生があるのね…」
「それからずっとヘンリは一人だったんだよ。普通なら数日で死んでもおかしくないのに、何も食べずに生きて、大きくなったんだから、超能力の兆候は前からあったってことだね」
「…ヘンリの両親かあ…どんな人だろ?」
「リリーの親みたいな?」
「……普通にあり得るし」
ヘンリの両親も、何かの争いに関わってどこかへ行ってしまったという匂いがプンプンするぞ。
「…ヘンリの周りの人はそのことに気づかなかったの?」
「その時は魔術師の街は森の一部だったんだ。ヘンリが初めて力を発動した時に、削れてできたのが土地になったってことだね」
「それまではヘンリ以外誰もいなかったんだ?」
「その通り!…モンスターはいたけど」ドウランが頷く。
多分ヘンリの力が一瞬暴走した時にも、犠牲になったモンスターは少なからずいただろう。ああ、悲しい運命。私達はどうして周りにいる生き物を殺さずにはいられないのだろうか。
みんな一斉に崖を飛び降りた。
フワリと着地して、森を見渡す。
グルグルと低い音が聞こえる。モンスターが喉を鳴らしたんだろう。だが、恐れることはない。
「…それにしてもさ、あの街、もっと衰退してたね」
「思った」
「なんか臭わなかった?あの服屋」
「屍臭、みたいなね」
「みんな汚かったから、臭いはそのせいだと思うけど、死んでる人は、確かにいたよね」
「あー、汚いのは私達の術で何とかなるけど、死人は、ねえ」
「うーん」
食べ物を持って行った時に、運悪く居合わせなかった人々。
死人はどんどん増えていく一方だ。空腹に、渇き。それに衛生面も問題ありだ。
「…ね、私達でルートを整備しない?」
「整備?どこを?」
「ほら、みんな崖を降りる時に、途中の洞窟で殺されちゃうんでしょ?あそこ」
「あー、なるほど」
一段と強い風が木々を揺らした。これでも森はそんなに影響を受けない。
甚大な被害を被るのは、街の方なのだ。
崖の上の方が、何倍も風が強いからだ。
「…でもさ、もう夜でしょ?朝になるまで待つとか、どう?」私がおずおずと提案した。
「何でよ」
「気持ちの問題?…司とヘンリが戦った空間でいたら簡単に時間が過ぎるじゃない」
「そりゃそうだけど…」
司が私達の感知の手が届かないようにととっさに選んだ空間は、ここより時間の流れが遅かった。あそこで過ごしたら、朝くらいすぐに来るだろうが。
「…いいじゃん、夜で。このくらいヒンヤリしてた方がやる気がフツフツと沸き立ってこない?」
「そう?」
「…ま、行ってみるだけ行こうよ」
「…分かった」
実際は、私は夜だろうが昼だろうが関係なかったのだ。しかし、あの崖を攻略してしまうと、ますます、この世界から出ていく期間が縮まるのだと、虫が知らせていた。それは、嫌だったのだ。
司は服屋のおばさんの家を見ると思った通りの反応をした。
私は得意な気持ちでその家を入ると、人がすし詰め状態になっていた。
「…」
「いやあ、司達か。おかえり」
私がまだ苦笑していると、おばさんもつられて笑った。
「夜風が本当に通らなかったもんだから、みんな押しかけて来ちゃってさ。…私は、急に広くなった家に戸惑って、寝られなかったんだけど」
「それは…悪いことを…」
「そんなことはないんだよ。とても感謝してる。…あら、そこのお嬢ちゃんは?」
「あー、ヘンリっていうの」
「寝てるじゃないか。風邪ひくからこっち来なさい。さあ、戸を閉めて、って…。そうか、あんた達は強靭な体を持ってるんだったわね。そのお嬢ちゃんも外で寝られるってことは…」
「ま、強いんだけどね。疲れてるの」
「そうかい。じゃ、尚更早く横にしたほうがいいよ」
「そうね」
司は立礼をして家に入っていった。
ヘンリを空いている所に降ろすと、私達は再度外に出る。
私達は本来睡眠をとらなくても生きられるから。波動を知って、魔力を取り込める限り。
外に出るとやはり誰からともなくヘンリについての疑問がプツプツと語られ、司が答えた。
ヘンリは自分の能力を除けるだけ吐き出した。
あの力はヘンリの体と完全に同化していたので、まずその力を全て引き出してから、それを司が引き抜こうとしていたらしいが、予想以上にヘンリが強くて隙が作れなかった。それを私達が救ったというわけだ。
「…なんで隠蔽魔法だけはあんなに上手かったの?」
「だって、今までずっと自分の能力を隠蔽し続けてたんだ。そりゃ、あの能力だって伸びるさ」
「それだけ抑えても、トップレベルか…」
「天才肌なんだよ」
ドウランは倒れたヘンリから直接思考を読み取って、力が溢れ出た時期を特定したが、やっぱり何のことはない日常から突発的に出現したものらしい。
「ただ…」ドウランはまだ何か言いたげだ。
「ただ?」
「ヘンリさ、すごく小さい時に能力が開花したんだけど、その時にすでに両親はいなかったよ。何でかなと思って、時間をもっと遡ったら、両親さ、ヘンリを産んですぐに失踪してる。捨て子、になるのかな?あんなトコに捨てるのは気がひけると思うから、そんなつもりはなかったんだと思うけど」
「…色んな人生があるのね…」
「それからずっとヘンリは一人だったんだよ。普通なら数日で死んでもおかしくないのに、何も食べずに生きて、大きくなったんだから、超能力の兆候は前からあったってことだね」
「…ヘンリの両親かあ…どんな人だろ?」
「リリーの親みたいな?」
「……普通にあり得るし」
ヘンリの両親も、何かの争いに関わってどこかへ行ってしまったという匂いがプンプンするぞ。
「…ヘンリの周りの人はそのことに気づかなかったの?」
「その時は魔術師の街は森の一部だったんだ。ヘンリが初めて力を発動した時に、削れてできたのが土地になったってことだね」
「それまではヘンリ以外誰もいなかったんだ?」
「その通り!…モンスターはいたけど」ドウランが頷く。
多分ヘンリの力が一瞬暴走した時にも、犠牲になったモンスターは少なからずいただろう。ああ、悲しい運命。私達はどうして周りにいる生き物を殺さずにはいられないのだろうか。
みんな一斉に崖を飛び降りた。
フワリと着地して、森を見渡す。
グルグルと低い音が聞こえる。モンスターが喉を鳴らしたんだろう。だが、恐れることはない。
「…それにしてもさ、あの街、もっと衰退してたね」
「思った」
「なんか臭わなかった?あの服屋」
「屍臭、みたいなね」
「みんな汚かったから、臭いはそのせいだと思うけど、死んでる人は、確かにいたよね」
「あー、汚いのは私達の術で何とかなるけど、死人は、ねえ」
「うーん」
食べ物を持って行った時に、運悪く居合わせなかった人々。
死人はどんどん増えていく一方だ。空腹に、渇き。それに衛生面も問題ありだ。
「…ね、私達でルートを整備しない?」
「整備?どこを?」
「ほら、みんな崖を降りる時に、途中の洞窟で殺されちゃうんでしょ?あそこ」
「あー、なるほど」
一段と強い風が木々を揺らした。これでも森はそんなに影響を受けない。
甚大な被害を被るのは、街の方なのだ。
崖の上の方が、何倍も風が強いからだ。
「…でもさ、もう夜でしょ?朝になるまで待つとか、どう?」私がおずおずと提案した。
「何でよ」
「気持ちの問題?…司とヘンリが戦った空間でいたら簡単に時間が過ぎるじゃない」
「そりゃそうだけど…」
司が私達の感知の手が届かないようにととっさに選んだ空間は、ここより時間の流れが遅かった。あそこで過ごしたら、朝くらいすぐに来るだろうが。
「…いいじゃん、夜で。このくらいヒンヤリしてた方がやる気がフツフツと沸き立ってこない?」
「そう?」
「…ま、行ってみるだけ行こうよ」
「…分かった」
実際は、私は夜だろうが昼だろうが関係なかったのだ。しかし、あの崖を攻略してしまうと、ますます、この世界から出ていく期間が縮まるのだと、虫が知らせていた。それは、嫌だったのだ。
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