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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
ストレンジャー、森へ(いきたくないけど)
しおりを挟む「グラフティングパペットとはいわゆる木の魔獣。太い木の幹から生えた手足のような接ぎ木がうねっていて、さながら操り人形のごとく動く。ゆえに接木の操り人形、すなわちグラフティングパペット」
ちょこんと座った表情筋乏しいオリスが、無機質な言動でそう触れてくれた。
うねうねしてる木の操り人形だってさ。そんなもんが森にお住まいとかどうなってんだこの世界。
「教えてもらって悪いけど第一印象がお化けかなんかだ、木がひとりでに歩いてるとかホラーだろ。もしかしてその森呪われてない?」
「問題ない、私たちがAIだったころは序盤の雑魚敵であり金策の種だったから。種族的には精霊と思えばいい、悪しき方の」
「経験者がいるなんて死ぬほど頼もしいな、でも今と勝手が同じだとは限らないだろ? それと悪い精霊っていうのは要は悪霊の一言で済むよな、攻撃手段に呪いとかあったらごめんだぞ」
「あなたがなぜ怖がっているのか理解できない。あれはそれほど大層なものではないといっておく」
「じゃあなんだ、呪われた森の呪われた草か?」
「それが適切かと思われる、あれはいわばうじゃうじゃ生えた森の雑草、しかし厳密には植物ではなく獣らしい。その生態たるや、森の豊かさを好き勝手に食らい近づく動物を叩きのめしていただく獰猛さ」
「んなもんうじゃうじゃ出すなよ、やっぱ呪いの森かなんかじゃないのかそこ」
魔獣についていざ聞いてみればこれだ、ろくなイメージがない。
ポテトフィリドみたいなバケモンが住む森だぞ? ああいう怪異はこの世に一種類だけで間に合ってる。
嫌な想像ばかり働くが、テーブルの隔ての向こうで桃色髪なあいつもいて。
「それでねいちクン、ストライクリザードっていうのは大きなトカゲの魔獣で……えっと、どう説明すればいいのかな……確かに四足で動くんだけど……」
「あれはトカゲというよりはもはや恐竜かと思われる」
「うん、そうだね……フランさんとか『もうちょっと頑張れば二足歩行になりそうだね』っていってたぐらいだし」
「ワニともトカゲともおぼつかない1.5メートルほどの生き物を想像してほしい。それが頭を突き出して頭突きを見舞い、翻り尻尾を叩きつけ、鋭い爪で斬り払ってくるようなもの。見かけはすごいけれどもたいしたことはない」
「確か、序盤で相手にするにはちょうどいいぐらいだったよね。わたしたちもよく狩ってたなあ……」
「鞄を作る素材としても需要があったから良き稼ぎ先だった。懐かしい気分」
そうやって長耳同士が【ストライクリザード】を懐かしがってた。
これらを足せば北西の森の生態系に木の悪霊とトカゲのお化けが二つだ。
ふざけるなと作者にいいたい、誰が化け物度合いまで豊かにしろといった。
「……ミコ! やっぱ俺いきたくない!! そんな呪いの森イヤだ!!!」
ということで気が変わった。スパタ爺さんの頼みでもそんな場所ごめんだ!
「落ち着いていちクン!? お化けじゃないし呪われた森じゃないからね!?」
「ミコ先輩、どうして戦場で鬼神のごとき振る舞いを見せる彼がそこまで恐れているのか理解できない。説明を求む」
「あのねオリスちゃん、いちクンはその、お化け苦手なの……」
「おお、お化けが苦手とはなさけない。それゆえエーテルブルーインの皮に恐れおののいていた?」
「好きなやつがいたら紹介してくれ。くそっ、燃やしちまうかそんな場所」
「ぜったい燃やしちゃダメだよ!?」
ヒドラがいたらナパームでも撒いてもらって広大な焚火にしてたところだ。
とうとう地図上の【ユルズの森】の広がりに霊的恐怖を感じてると。
「ばかもん、んなことしたら冒険者ギルドも狩人ギルドもブチギレ案件じゃぞ。魔獣がいるっつーことは良い森の証拠じゃ、そこにある薬草に木の実はもちろんだが、そのグラフティングパペットがドワーフ的に需要大ってところでのう」
スパタ爺さんがごろん、と樽をゴールさせてきた。
飴入りの樽だ。分解して資源にできるってことは美味しくない証拠だ。
「木のお化けを何に使うつもりなんだ? 生け捕りにしろとか無茶ぶりはやめろよ、おまじないに使うとかいうのもなしだ」
「できりゃぶち殺したやつをそのまま持ってきてほしいが、いかんせんかさばるからのう。まあそいつから切り取った幹と、傷つけるとどばどば流す樹液がたっぷり欲しいんじゃよ」
「そいつが古い地図の情報通りにいてくれると思うか?」
「ありゃ意地の悪い雑草みたいなもんじゃ、絶対に根強く居座っとるぞ」
木の魔獣について物欲しそうな語り方になってきた。
幹に樹液か。そんな気味悪いのをドワーフ的にどう生かすのかって話だ。
しかし心当たりがあるだろうオリスとミコは長耳同士頷いていて。
「これは私たちヒロインの経験に基づけばの話。グラフティングパペットの芯材は矢に使えるし、樹液は木工や調合を主に幅広く活用できた」
「そういえば、樹液の方は何かと使うからけっこう需要があったよね。初心者から上級者までおすすめって言われてたなあ……」
「よーくわかっとるじゃないのお嬢さんがた。あれの素材っつーのはトレントから採ったもんに比べりゃだいぶ劣るが、普段使いする分には別に問題ないもんよ。で、今回特に欲しいのはその樹液なんじゃよ」
「お目当てはバケモンの樹液か。何に使うつもりで?」
呪われてそうな樹液がまさに大事らしい。
いざ用途が気になれば、スパタ爺さんは夢が広がったような目つきで。
「そこでウェイストランドで培った知識と技術じゃ。そいつを蒸留するなりで加工してやりゃ、見事なまでに植物由来のプラスチックもどきができることが分かったのよ」
なんとも楽しそうに「こいつとかな」と腰のホルスターを見せびらかしてきた。
308口径をぶっ放すリボルバーだが、よくみるとグリップに金属感がない。
握り心地の良さそうな柔軟性のある質感だ。なるほどそういう用途があるのか。
「そいつのグリップ部分みたいに? ファンタジー世界でえらく近代化してるなオイ」
「ぷ、プラスチック……!? そんなもの作っちゃったんだ……」
「なんという現代技術舐めるなファンタジー。魔獣を素材にそんなものを作っていたとは驚くばかり」
「わはは、ヌイスのやつと共同で試行錯誤したんじゃよ。けっこー苦戦したが、やり方さえつかめば頑丈で自由自在なもんよ。最近じゃゴムと組み合わせりゃすっごいタイヤもできるんじゃねって気づいていろいろ試しとるそうじゃぞ」
「だからその木のお化けの樹液が欲しいと」
「うむ、加工するための設備の第二号も里から輸送してもらっとる。なんならクラングルにある地下スーパー跡地で作る気満々じゃぞ、電力も腐るほどあるしの」
なんてやつらだドワーフめ、ヌイスの手も借りて化学に手を染めてやがる。
この世界の文明を数段飛ばしで駆けあがる様子に俺たちはびっくりだ。
と、そこへ話に浮かんだ金髪白衣もすたすたやってきて。
「グラフティングパペットはフランメリア各地で自然に害成す存在だけれど、向こうでお勉強してきたドワーフ族にかかればもはやおいしい獲物さ。建材、舗装材、電子機器、粘着剤、近代化学に必要なことは大体できちゃうからね」
湯気立つ湯呑片手に、害獣ならの魔獣の活用法を淡々と説明してくれた。
そんな各地で「うじゃうじゃ」してるやつに科学的な需要が乗っかったらしい。おいしい獲物とみなされるほどに。
「そーゆーことよ。里にいる冒険者もそれで儲かっとるし、そやつらから自然は守れるし、わしらの生業も幅広くなって良いことづくめよ」
「ちなみに里はあれこれと近代化してるけど、元の世界やウェイストランドとは違って環境に対してしっかり配慮済みだよ。なんたってでたらめな魔法やらがある世の中だからね」
「うむ、少なくと森とかの養分食い荒らす魔獣よかずっと自然のためにやっとる。そういうのしっかりやらんとエルフだのがやかましいからのう」
二人が揃った言い方につくづく思う、ドワーフの里はどうなってるんだろう。
「そりゃすごいことになってるようで。でもこの世には過ぎた技術なんじゃないかって気分だ、その辺配慮してるのか?」
「本来あるべき段階を踏まぬほどの急な発展には多大なリスクがつきもの。確かに心配でもある」
「そうだよね……まだこの世界にはないものを、そんなにいっぱい作っても大丈夫なのかな……?」
そう聞かされて、果たしてこの世界で好き勝手に先を行っていいのかと心配だが。
「その点についてだけど、里の総意は良くわきまえてるさ。なにも私たちは現代技術でフランメリアの文明レベルを押し上げて最強の国にする、なんて野望はないからね」
「かといって、わしら一族や里の連中で圧倒的な技術力をその手に世の中を牛耳る……なんざ無粋な考えもないぞ。あくまでわしらドワーフ族の趣味の延長ってところがせいぜい、既にある技術を邪魔せんようにうまく適当にやりくりしとるだけじゃ」
「これに関してはドワーフの技術力が世に出回ってる影響があるから、さほど煩わしい問題は起きないから安心さ。というか、ウェイストランド帰りのフランメリア人たちにもけっこうな権力者がいたものでね」
「そいつらの出資も受けて発展しとるのよ、向こうの快適さを知っちまったせいじゃろうなあ……いやわしらもそうだけどな?」
「更に言えば、こうして積み上げたもんは歯車仕掛けの都市と共有して少しずつ広めているのさ。そのうち里で開発したプラスチックもどきもすんなり受け入れられるんじゃないかな」
こうも揃ってすらすら言ってるんだ、よく分からないけどたぶん大丈夫だろう。
だからこそ、俺は新しい地図を見せびらかして。
「そういうわけで是非とも樹液を持ち帰ってきてくださいってことだな。何リットル持ち帰ればいいんだ?」
魔獣の注意書きがついた森林地帯を強調した。
まだ見ぬ木のお化けは、この北西部を濃く覆う緑のどこかにいる。
「欲を言えばトラックの荷台いっぱいに欲しいもんじゃが、別に大量に使うわけじゃないからの。今回はあくまで樹液の質を確かめたいんじゃよ」
「何をテストするつもりなんだ? 味か?」
「まあ似たようなもんよ。あやつの樹液は土地柄によって性質がちと変わるからの、わしらの住んどる荒地みたいな場所で生まれたやつとどう違いがあるのか調べるつもりじゃ」
「グラフティングパペットの樹液は他にもいろいろ利用法があるからね。ドワーフと言わず、職人気質な人たちにとっては手元に常備しておきたいものなのさ」
「そうじゃなあ。魔獣としては厄介じゃが、そいつらの身体に巡っとる樹液となりゃ話は別じゃよ。だいたいジェリカン一個分、いや三個は欲しいかの?」
二人の返しからして、そんな便利なものがなるべくたくさん欲しいそうだ。
そう耳に届いて咄嗟に手が動く。
ハウジング・システムの建設メニューから【収納オブジェクト】を選び。
「いっぱいか。じゃあ容器持参で行って持ち帰ってくればいいのか?」
プラスチックを対価にジェリカンをがらん、とテーブル上に呼び出した。
20リットル入りのカーキ色をした燃料容器が目の前で転んだ。
これにはスパタ爺さんも「おおっ」と驚き喜びまじりのいい反応だ。
「お前さんそんなのも作れるんか! わしの欲しいもんをこうも容易く出しおって!」
「本屋で学んだ甲斐があったらしい。こいつを三個分満杯にすりゃいいのか?」
「運ぶのも大変かもしれんしな、最悪一個でも構わんが持ってきてくれた分だけ報酬を支払うぞ。全部持ってきてくれりゃ9000でどうかの? 大きさ次第じゃが幹も持ち帰ってくれればなおよしじゃ」
ジェリカン一個分の樹液で3000メルタ、高いか安いかは実際の重み次第か。
ヒロイン特有の馬鹿力、特にメカあたりを頼れば軽々かもしれないが、じゃあそこに俺が行くかどうかだ。
「で、その呪われた森に俺も行けと?」
「いや別に呪われとらんからな。なにすっごい嫌な顔しとんの」
「最初はまあいいやって思ってたけど、いざ木の悪霊みたいなやつがいるってしったらこうならないか? 俺も行かないと駄目?」
この『おいでよ、呪われし森』みたいに待ち構えてる場所について尋ねた。
ミコから「呪われてないからね!?」と注意を受けたが、スパタ爺さんの視線がじっとこっちを見てきて。
「よいかイチ、お前さんはせっかくこんな場所におるんじゃ。これから先は魔獣だのとの付き合い方や、フランメリアの自然がもたらす恵みの扱いも慣れとけって話よ。冒険者らしい身の振る舞いっつーのは白き民相手に喧嘩ふっかけるだけじゃないと、今のうちによーく学ぶべきじゃぞ」
そうアドバイスをくれた――言われて振り返れば、確かにそうかもしれない。
パン屋と巡り合う、暴走ゴーレムを物理的に落ち着かせる、アホな先輩引退させる、それっきり白き民絡みの案件ばっかだ。
「せっかく壁の外にいるんだから、もっとこのあたりの土地柄を知っとけって話か」
「もっと砕けた言い方すりゃ、冒険者らしく冒険しろってことになるかの。都市部で堅実に経験を重ねるのもよいが、この広大なフランメリアの地を理解すりゃ稼ぎにもなるし白き民との戦いにも利がつくぞ」
「そのために是非ともこの先輩がたについていけと?」
続けて隣に気が移れば、まさにちびで白髪で長耳なやつが「ふんす」と得意げだ。
「我々はレフレクやメカを除けば、元々は壁の外を主な活動場所とした集まり。遠出して有用な素材を求めて狩りをすることもあれば、薬効のある植物を求めて森を探るのも慣れたもの。ゆえにこのユルズの森へ偵察に赴きたい」
オリスが「だから来ないか」とでも繋がりそうな調子で小さな胸を張った。
一メートルほどの小柄さは地図上の森林地帯にえらく自信たっぷりだ。
そこに俺が行くかどうかに、スパタ爺さんはちょうどいいとばかりに頷いて。
「明日に皆の者をしっかり休ませる前に、わしらも行けるとこ行ってちょっとばかり縄張りを広めた方がいいじゃろ? ヌイス嬢ちゃんのおかげで周りがよく見えとるし、ここの整備やらも進んでだいぶ余裕もできとるし、外に赴くなら今こそじゃぞ」
太い人差し指が情報量の多くなった地図を強調した。
冒険者がだいぶ及んだとはいえ、まだ手付かず目につかずの場所だらけだ。
だけど制圧された場所や、切り拓かれた道に安心感を感じるのは間違いない。俺たちの苦労が報われてる証拠だ。
「だから動けるやつはどんどん冒険しにいってくださいってか」
「うむ、今日は外へ出ていく奴がいっぱいじゃぞ。拠点の守りもありゃ、いざという時にゃディセンバーの戦車が105㎜ぶっ放してくれるから心配いらん、後ろ盾は十分さ」
「敵の戦力が分かればこっちも動きやすいものさ、動けるパーティは全て近場の調査及び制圧に出払うそうだよ。攻めるにせよ守るにせよ、今後有利に事を運ぶには歩ける場所は多いに越したことはないだろう?」
そこにヌイスがペン先を挟み込んできた。
東西南北に散らばる手近な場所を丸く囲うと、今日の冒険者の素振りが見えた。
森に山に廃墟に湖、そういった場所へ向かって押さえようとしてるらしい。
「あ、わたしたちも探索に向かうつもりだよ。川を北へ辿った先にある、この湖なんだけど」
と、そこにミコもおっとり混ざってくる。
指先がユルズの森あたりからずっと北東に位置する湖を示してる。
古い地図に基づいた【ベオクル湖】という場所だ、ただし白き民のマークつきの。
「ミセリコルディアもお勤めか。で、なんだこのベオクル湖って場所は? 白き民もセットでついてきてないか?」
「ずいぶんと大きな湖がある。しかしなぜここにやつらがいるのか疑問」
「ここはドローンの飛行可能範囲ぎりぎり、なるだけ拡大してどうにか確認できた湖さ。西で流れてる川と繋がってるんだけど、どうも放棄された集落があってね」
「えっと、ヌイスさんがいうには白き民がいるらしいの。ゴライアスも三体守りについてるとか……」
「最低でも大きいのが三つも保証されてるってことだよ。そうなってくるとあいつらの取り巻きも当然さ、この前の遺跡ほどじゃないだろうけどそれなりの数がいるだろうね?」
「そこにミセリコルディア総出で行くってのか。お前らだけで大丈夫なのか?」
問題はその白き民大盛セットに個性的な四名が押しかけにいくそうだ。
つい先日あんな目にあったのにチャレンジ精神豊富なこった――と思ったら。
「にひひっ♡ あーしたちがついてくからだいじょーぶ!」
「こういう時のおねえちゃんだよ!」
陽気な羽付きギャルが自称姉の金髪ロリを抱っこしてきた。チアルとキャロルだ。
白い羽と黒い翼は相反しそうだけど、そんなのお構いなしに仲睦まじい。
「チアルさんとキャロルちゃんも一緒に来てくれるみたい。それに今回は敵がいるってはっきりしてるから、この前みたいにはさせないつもりだよ」
「ヒロインいっぱいで押しかければらくしょーじゃね? 今度はよゆーで勝ってくんね!」
「新手が来てもおねえちゃんがやっつけてあげる! お土産楽しみにしててねいちくん!」
目を細めれば姉妹にも見えなくない二人もあって、ミコはクランマスターらしく返してきた。
可愛い顔してすっかりやる気だ、人間より強いヒロインの血がよく出てる。
「チアルたちに九尾院も足してヒロイン一個分隊ほどか、男が混じったら肩身が狭そうだな」
「た、たしかにそうだね……? でも、あの灰色とかが出たり、よっぽど予想外なことが起きない限りは大丈夫だと思うよ」
「なんかあったらロケットランチャー持参で付き合うさ。やべえ時は全力でお帰りになってくれ」
「どうしてもダメな時はお願いします……いちクンはどうするの? オリスちゃんたちと森へ行くの?」
「スパタ爺さんの言う通りに拠点籠りはやめだ、俺も調査がてら冒険者らしくやってくるよ――あの呪われた森で」
「だから呪われてないからね!? そんなにお化けダメなの!?」
「やっぱ怖い」
「いっち怖がりすぎ~♡ てかそろそろ準備した方よくね? エルっち早めに出るっていってたし」
「お化け出るんかあの森……!? 気を付けてねいちくん! アンデッドには聖水だよ!」
「あ、もうこんな時間……じゃあ、行ってくるね? いちクンも気を付けてね?」
「おう、行ってらっしゃい」
ミコはそろそろお勤めみたいだ、やいやいするチアルとキャロルを連れて行ってしまった。
木の悪霊とトカゲのお化けなんざごめんだが、こうも頼まれちゃ仕方ないか。
野外での振る舞いを覚えるついでだ、この未開の地の平和に貢献しよう。
「てことで俺も参加だ。いつ出発だ?」
隣で大人しく座る白髪青目なちんまりしたやつに「オーケー」を出した。
すると口元を柔らかくして嬉しそうだ、そんな上目遣いをしてる。
「昼前にはここを発ちたいけれども、その前に"エルダー"の防具を受け取るのが先。革職人が来るまで準備をするように、必要なものは今から教える」
したっ、と椅子を降りて支度を始めた。
軽々持ち運べそうな体格が「ついてきて」な振り向き顔だ、追うことにした。
「了解、パーティーリーダー。聖水はいるか?」
「聖水はいらない。繰り返しいうけれども悪霊の住まう森じゃない」
「おう、いってこいいってこい。準備はぬかりなくな、バーンスタインのやつは午前中に来るからの」
「可能であれば現地の様子をスクショで何枚か撮影してくれるかな? にしてもウェイストランドの英雄が幼女まみれか、よく考えてみるとすごい構図になっちゃうね」
「俺だって好きでこうなってるんじゃないんだよ……」
◇
それからオリスに言われるまま準備を済ませた後だ。
水、食料、道具と見繕えば、革職人とやらを待つだけになったわけだが。
「……ほんとにどんどん出発してくな。やっぱ事前に危険が分かればこうも違うか」
またも広場のテーブルにつきつつ、拠点の様子を眺めてた。
道路の上でちょうどヤグチたちが『行ってきます』と手を振ってる。
タケナカ先輩に代わって南西へ向かうって話だ、手をぶんぶんして見送った。
「敵の有無と規模がわかりゃ「突然の白き民!」を防げるんだ、そりゃでけえだろ。ところでお前もどっか行くらしいな?」
横からタカアキの覗き見だ。マフィアがずかずか横に座った。
「ああ、オリスたちと一緒に呪われた森に行くことになった。ニクも連れてくけどお前もどうだ?」
「パス、大人しくみんなでお留守番だ。ここ最近連戦続きだってのにお前が元気そうでお兄さん羨ましいよ」
「俺の取り柄の大部分は戦うことだからな。じゃあお留守番頼んだ」
「すっかり思考がガチの戦士じゃねーか。で、何してんだお前」
「バーンスタインさんが革装備届けに来るの待ってるんだよ。お前もなんか作ってもらっただろ?」
「そういやそうだったわ。やべえ忘れてた――ところで呪われた森ってなんだ」
あとはこうして革職人のお届けサービス待ちだ。
どうせ時間はまだある、今のうちにHE・クナイでも作るかと手が動くも。
「問題は今日のお相手が木の悪霊にトカゲのお化けってとこだ。手榴弾でも作っとくか」
「さらっとおっかないこというんじゃねえよ。どの口から自然体で手榴弾とか出てくるのこの子は」
件の森を恐ろしくしてる存在を考えるに、こういうのがいいだろう。
クラフト画面に映る【グレネードモジュール】を選択。
すると【フレキシブルグレネード】に【グレネードシェル】の二択だ。
「前にあるやつから作り方が書き込まれたメモリスティックをもらったんだよ。今まで大体は爆発するクナイで十分だったから、すっかり忘れてたけど……」
「とんでもねえプレゼントをするやつもいたもんだ。俺の幼馴染を爆弾魔にするつもりかよ」
「ついでに言うとだな、万能火薬のレシピも同封してくれたのはそいつだったぞ。今思うととんでもないもん送られたな」
「なんつー大盤振る舞いだ。つーかさ、万能火薬の作り方ってG.U.E.S.Tじゃレアアイテムの類だった気がするぜ。ゲーム終盤のやつだ確か」
「そんなの軽々しくくれたやつがいたってことだ。ありがとうアリフ」
思えばあのアリフ・フィーンとかいうやつ、とんでもない土産をくれたな。
今頃あいつはファクトリーに馴染めてるんだろうか。そう思いつつ【フレキシブルグレネード】を選ぶと。
ごろんっ。
金属と火薬と少量の化学物質を元手に何かが転がり落ちた。
軍事的な意図のあるオリーブドラブで彩られた、手で握り込めるほどの円筒だ。
信管の差し込み口がある一方、反対側にはねじの切られた小さな出っ張りがある。
「……いや、なんだこれ。空き缶みたいな手榴弾出てきやがったぞ」
PDAの主張によるとこれがれっきとした手榴弾らしい。
そっと持ち上げればさほど重くもないし、図体も握り隠せる大きさだ。
なんか思ってたんと違う、ところころむなしく転がせば。
「おいおい、作中に出てきたフレキシブルグレネードじゃねーか。そんなもんも作れるのかよお前は」
タカアキの興味を喜ばしく引き出すような品だったらしい。
「オーケー、がっかりしてる俺のために説明してくれ。なんだこの手榴弾は」
「言葉で言い表すなら『万能手榴弾』ってところだ」
「万能手榴弾? 便利な言い方だな」
「こいつは用途に応じていろいろな使い方ができるぜ。反対側に出っ張りがあるだろ? そこを同じ手榴弾と接続できるんだ、ちょっとやってみ?」
こいつが言うには手榴弾に手榴弾を接続できるそうだ、くるくるした手振り込みの説明を信じてもう一個クラフト。
それから底部のねじを信管用の穴に差し込むと、きゅるっと小気味よくはまった。
「……そうか、これで爆薬の量を調節できるのか」
ワオ、ひとつながりになったぞ。これで大きさ二倍、威力も二倍だ。
いつだったか、コルダイトのおっさんが笑顔で放り込んだあの手榴弾を思い出させる火薬量になった。
「これで分かったろ? 必要に応じて威力をコントロールできるってわけよ。そいつはそのまま使うとなんていうかこう、爆風と衝撃で対象をずたずたにする効果で……」
「衝撃手榴弾か。立てこもってるやつにぶん投げたおっさんが知り合いにいたな」
「ひでえことする知り合いがいらっしゃるようで。そいつには破片効果のある外殻をかぶせられるんだ。そうすると広範囲に見境なく破片をぶちまける嫌なお友達になるぜ」
しかもアレンジも自在らしい、お次は【グレネードシェル】をクラフト。
濃い緑色をした重たい円筒がごとっと落ちてきた。
表面は握りやすいぎざぎざの刻みがあって、中を覗けば小刻みな溝が走ってる。
「だからフレキシブルってわけか。しかもこのまま接続できるみたいだな」
「シェルをつけて繋げりゃ破片も二倍だ。使う時は気を付けろよ、ヤバさも倍だからな?」
手榴弾本体を押し込めばがちりと合体。これで破片が飛び散るようになった。
信管用ポケットだって安心のファクトリーだ、好きな信管を取り付けられるぞ。
「気に入った。擲弾兵にぴったりだ」
「お前の職選びは正解だったかもな、白き民にパスしてやれ。そいつ見てるとバグ技使って十個ぐらい連結してたの思い出すぜ」
「今ならバグじゃなくてもそれくらい繋げられるぞ。お前もいるか?」
「いいね、何個かくれ。まさかお前のおかげで本物の作中アイテムに触れられるなんて嬉しくて涙が出ちまうね」
「信管も作るから差し込んどけ。ピンは抜くなよ」
となるとお行儀よく扱うための信管もいるな、手榴弾用の信管もクラフト。
レバーと安全ピンが織りなす発火装置に、導火薬と起爆剤入りのキャップがひとまりまとになったものが無機質に出てきた。
ひとたびピンを抜けばレバーが外れた拍子に雷管が叩かれ、五秒ほどの燃焼が起爆に至る仕組みである。
「よおイチ、なんか過去一番やべーことしてるけどちょっといいか?」
「うわー手榴弾作ってるよ……イチ君、それ爆発しないよね?」
手榴弾に信管を差し込んでると、シナダ先輩とキュウコさんの声がふと触れた。
見上げれば槍持ちと曲刀持ちのカップルもそろそろ旅立つ装いだ。
「こいつのピンは頑丈にできてるから心配するな。それよりどしたん?」
「いやな、俺たちこれから東の市街地へ向かうわけだけど、キリガヤがこいつ連れてくとか言い出してな……」
いったいどうしたのか、シナダ先輩は何とも言えない顔で「こいつ」を示した。
そこには軽鎧をきっちり固めたキリガヤに、前髪隠れのサイトウだ。
「ああ、ゴライアス級がいるとなればノルベルト師匠がいれば心強いからな!」
「えーと、なんだか腕試しに同行するという話になってしまったんです。ノルベルト……さん? はご覧の通りやる気なんですけど……」
問題といえば、そいつらの熱意と落ち着き具合の後ろである。
四人の背後には異質な大きさと、今日も得意げな顔が一際際立っており。
「――うむ、こやつらが腕試しに行くというものでな。ゆえに俺様もこの地の勝手を知るべく同行を求めたわけだ」
ノルベルト以外の何物でもないやつが戦槌を担いでやる気満々だった。
続く四人の総意は連れてっていいのか迷う「どうしよう」な空気だ。
お前も行くのかノルベルト。強い表情筋がコロッサスを仕留めようとしてる。
「デカいやつ狩ってこようって魂胆が見えるぞ、気のせい?」
「フハハ、出くわしてしまったら戦わざるを得ないかもしれんなあ?」
「オーケーやる気だな。俺もこれから北西の森へ冒険だ、全員五体満足で帰れる程度にシナダ先輩たちの力になってやってくれ」
「よかろう、心得たぞ。そちらも良き狩りを楽しむといい」
「ちょっと怖いけどがんばる」
「いやいいのかよ!? まあ、いてくれりゃ助かるけどよ……?」
「いいじゃんシナダ、ノルベルト君のおかげで戦力アップだ!」
「やったなノルベルト師匠、よろしく頼むぞ!」
「思うんですけど、この人絶対に【ストーン】等級じゃないですよね……なんかすみません、すごく強い人お借りしちゃって」
「よし、許可も下りたぞ! さあいざゆかん、今日は白き民でたっぷり得を積もうではないか!」
まあいいか、こいつなら死亡フラグが立ってもへし折ってくれる。
四人はオーガの異質さに引っ張られてしまった、白き民が死ぬほど気の毒だ。
「イチ、アサイラム最強と思しきやつが行っちまったけどいいのか?」
「あいつが動けばとりあえず全部いい方向になる、行かせた方がみんな幸せだぞ」
「俺たちのバランスおかしくなるぐらい強いもんな、飛び級でアイアンぐらいになってもいいだろあの子」
「あいつなら例外的に一気に昇級してもおかしくないと思う。ゴライアス殴り殺すとこ見ただろ?」
「フランメリアの住人ってほんとぶっとんでるよな……すげえのお友達にしやがってお前は」
『イチ様ぁ、タカ様ぁ、バーンスタイン様きてるっすよ~』
新たな一団を見送って残りを完成させると、ロアベアの声が漂ってきた。
席を立てば革エプロンのおっさんが、続く日本人の見習いたちと拠点の変りように戸惑ってる。
「よお親方、しばらくぶり。お仕事は捗った感じか?」
「……捗ったから意気揚々と届けにきたんだが、なんだか少し見ないうちにすさまじい化けようだな。魔女の力でも借りたのか?」
「さ、更に現代的になってる……」
「車に戦車も停まってるぞ……ここだけ世界観全然違わないか……!?」
「あれ、俺たち最後に来たのって割と最近だよな? 夢でも見てるのか?」
少し見ないうちに機械だらけ、建物だらけなんだから驚くのも仕方ないか。
けれどもバーンスタインさんは自信にあふれた顔つきだ、見習いたちに持たせた包みを手で示して。
「まあとにかく、ここに依頼された完成品がある。久々のエルダーの革だったが、おかげでこの世にまたとない上等なものができたぞ」
よっぽど捗ったに違いない、一苦労混じったいい笑みだ。
広場のテーブルまで案内してやると、革職人の親方はいそいそ完成品を並べだした。
すかさず宿舎近くで寄り集まるロリに「ぴゅいっ」と口笛を送った、六人分がわらわらやってくる。
「だから我々は犬ではないと言っている。革職人がいるということは、もしや革防具が完成した?」
「いい仕上がりだってさ。そっちで防具を希望したやつはお前とトゥールとメカだったか?」
「わっ、できたんだ? わたしの新しい防具はどんな感じかな~?」
「あ、あたしもです……エルダーの防具、すごく楽しみでした……!」
チーム・ロリ(仮名)で防具を所望したのはオリスとトゥールとメカの三人だ、ぐいぐい食いついてる。
そこにニクが「ん」と割って入ってきた、こいつもだったな。
あわせて六人が揃うと、バーンスタインさんはえらくご機嫌で。
「いや、あんたらから毛皮をもらってからというものの、実に有意義な日々だったよ。こいつは昔ながらの製法にドワーフどもの技術も取り入れた、まったく新しい革防具ってやつだ。まずはそこの嬢ちゃんたちから確かめてくれないか?」
恐らくこの場で一番そわそわしつつ、見習いに「見せてやってくれ」と促した。
チビエルフに猫ッ娘に単眼メイドな三人の前で包みが解かれると、そこに灰青の質感が現れた。
青白さをどこか残したなめらかさが、身体つきにあわせて防具を形作ってる。
「チヨコ、お客様に説明を頼む」
「……えーと、依頼主がヒロインの女の子と聞いて、そちらのお三方の防具は私がデザインさせていただきました。それぞれタイニーエルフ、ワーキャット、キュクロプスの特徴、それからご要望や戦い方にあわせて構造を変えてあります」
そこへ、親方に押し出されるように作業着姿の一人が説明しにきた。
黒い長髪に眼鏡な日本人女性だ。そいつが「どうぞ」とオリスにすすめると。
「おお――私のリクエストした『将来有望なエリート弓使い』という言葉を反映したようなつくり。それに驚くほど軽いし、手に馴染むような触りを感じる」
その場に広げられたのは、一体どんな注文をしたのか弓使いらしい格好だ。
大きく目立つのはノースリーブの革鎧、なめされた色は動きやすいつくりで胴を守ろうとしてる。
弓の動きを妨げないような手袋に、下半身のプロテクターと革靴、そしてベルトと矢筒も揃った組み合わせだ。
「オリスさんはちっ……革をふんだんに使って防具以外の装備も充実させた感じですね。弓をお使いになるということで、過酷な現場でも軽やかに立ち回れるようにと身に合わせた手袋や革靴、ポケット付きのベルトに長弓用の矢筒をご用意しました」
そう説明が伝わるとさっそくごそごそ身に着けたようだ。
普段の白色なイメージに鎧や小物を重ねると、青灰の守りがぴったり重なった。
「……動きやすいし軽い。まったく妨げにならない」
「はい、一見柔らかく軽いと感じるかもしれませんが、エルダーの皮の硬さが閉じ込めてあるのでご安心ください。耐久性も基になった魔獣さながらにありますので野外での活動も安心ですね」
いざ出てきた一言は深い驚愕だ。
身体に張り付くしなやかさに信じられなさそうにしてる。
次第に嬉しいのか具合を確かめてるのかぴょんぴょんした、最後はドヤ顔だ。
「次に、トゥールさんは敵に切り込む軽装の戦士……ということですので、主要な部分をしっかり守りつつ敵に肉薄できるように保護面積を増やしました。特に籠手とブーツは至近距離での白兵戦を想定して実戦的に作っています。エルダーの皮を使った鞘も二振り作りましたので、武器の出し入れも前より滑らかになるはずです」
お次はトゥールだ。説明を伴って装備がきれいに広げられる。
黒寄りに近いエルダーの革色で作られた、肩と胴回りに張り付くような防具だ。
中でも猫の手足を守るような籠手や靴はこだわったみたいだ、小柄さを補うようにがっしりしてる。
「お~……わたしの『おしゃれにしてね』っていう意見も取り入れられてる! 鞘もカッコよくできてていいじゃん、気に入ったかも!」
剣を収めるための鞘も対になって揃えば、注文した本人はとても満足だ。
そうやって二人目に説明が回ると、見習いの女性はロリどもに隠れたメイド服に目をつけ。
「メカさんは仕事着に合う黒い鎧が欲しい、とのことでしたので……大切な白黒をけっして殺さない、戦うメイドさんをイメージした革の防具一式を揃えました。籠手と足鎧と胸当てが主ですが、大きな武器を扱うようなので背中に装着可能なホルダーもあります。いいですよね、戦うメイド」
メイドから―に好意的なものを込めつつ、少し早口で装備をてきぱき並べた。
ダークグレーのなめし革で揃えられた軽装一式だった。
メカはおどおどしつつだが、それを手にして。
「…………すごくいいです、あたしのイメージぴったりです」
一目見て感極まって、身に着けるのもすぐだった。
籠手を取り付け、足鎧をバックルで固定して、胸当てを重ねると――『戦うメイド』の完成だ。
これには革職人見習いの姉ちゃんも深い頷きだ。
「良かったな、みんな笑顔だぞ親方」
「満足してもらえたみたいだな。で、残りはあんたらなんだが」
「――おう、わしらがウェイストランドで学んだ知識と技術をぶっこんだ『次世代の鎧』じゃぞ。エルダーの皮をこれでもかと使っとるから軽いしアホみてえに硬い代物じゃ」
残りの包みとご対面してると、親方の説明に唐突のスパタ爺さんが混入した。
急かされるように見習いたちがブツを開けば、俺とニクとタカアキの野郎三人に用意されたそれが露になり。
「確かにこいつは鎧だな。なんか俺たちだけ現代的すぎない?」
「魔獣の皮がまさかのボディアーマーかよ。でも嫌いじゃないぜ、カッコいいじゃねえか」
「ん……着やすそうだね。防具は苦手だけど、これなら平気かも」
そこにあったのは、黒く染まった革が表現する現代的なボディアーマーだ。
胴体の保護に集中しつつ、面ファスナーで着脱可能な腕部装甲が上半身の弱さを守ってる。
襟だって首の保護を目当てにした実戦的な形だ、世界観ぶち壊しである。
「これはいうならば【エルダー・アーマー】ってところかの。向こうで戦前のぴーえむしーってのが使っておった防具を、こっちのもんと掛け合わせたもんよ。ついでに戦闘用のリグも一緒じゃ、小物やら弾倉、手榴弾もぶち込めるようにポケットがついとるぞ」
おまけでチェストリグも一緒だ、幾つもあるポケットが物持ちの良さを作ってる。
そんなものをすすめられたので仕方なく手に身に着けると――軽い。
硬いような、柔らかいような、爪先に馴染む独特な感触がする。
「…………触った感じはいいけどさ、軽すぎないか? 大丈夫なのかこれ」
「俺のスーツにぴったりじゃねえか、気に入った。ちょいとお洒落なのが個人的にポイント高いぜ」
「軽い……? 全然邪魔にならないし、着てるとなんだか安心する」
黒いボディアーマーがすんなりと身体に落ち着いてしまった。
防具というかまるで服だ。締め付けはあるが息苦しさが全然ない。
腕を動かせば擲弾兵のアーマーよりも軽々だし、体幹もうまく取れる気がする。
「そいつはエルダーの皮じゃぞ? これくらい食らっても全く問題ないわ、ほれ」
問題は防御力だが、対してスパタ爺さんは自身たっぷりに何かを持ち上げた。
馬鹿でかい弾倉を浮かべるご自慢のリボルバーだ。
さて、一体どうしてか撃鉄ががちりと起こされていて。
「おい、これくらいってどれくらい――」
新しい防具の感触を我が身で味わってると、ふとそれが持ち上がった。
俺の見間違いだろうか? 308口径相当の銃身がこっちを睨んでいるような。
*BAAAAAAM!*
次の瞬間には耳をぶち破るほどの銃声だ。
腹にずん、と捻じり込むような衝撃を感じた。
状況を飲み込むよりもずっと早く、身体が後ろに突き飛ばされる。
「……ちょっ!? お……お爺ちゃん!? なにしてんだぁぁぁ!?」
「ご主人!? な……何を考えてるの……!?」
「だ、だんなさまああああああああああああああああああああ!?」
衝撃に尻から転ぶと、タカアキからメカまでの心配が全力で追ってきた。
漂う硝煙の香りが嫌に甘酸っぱい――おいまさか、腹をさすって確かめた。
からん。
妙に重たい何かがぽろっと地面に転がった。
どんぐりほどはあるひしゃげた銅色だ。
フルメタルジャケットの弾頭というのがちょうどいいだろう、308口径の。
「ほれこれくらいじゃ。ちっとも痛くなけりゃ、着弾時の勢いも腹まで届かんじゃろ?」
これくらいがよく身に染みた――えーとつまり無断で撃たれたってことだ。
とんでもない試し方をしてくれたご本人はにっこりだ、何笑ってんだこのジジイ。
だけど足はまだ現世についてるし、なんなら人もアーマーも無傷だ。
「お、おいスパタさん!? あんた一体何やって……!?」
「撃った……撃っちゃったよおい……!?」
「今この人銃を……え……? 弾、防いでね……?」
「ライフル弾ぶち込まれて平気とか馬鹿じゃねぇの。すげえ防具手に入れちまったな……おい、だからって笑顔で腹に撃ち込むかよお爺ちゃん」
「……スパタさま、次そういうことやったら怒るよ」
「なんという野蛮な性能テスト。しかしこれではっきりした、この防具は銃弾すら防ぐ素晴らしいもの」
「あのさあ……そういう試し方、よくないと思うよ。お兄さん大丈夫だよね?」
「だっだんなさまをいきなり撃たないでください!? だんなさま、ご無事ですか!?」
「コイツ、笑顔で躊躇なく撃ったゾ。サイコかなんかカ」
「いっいきなり撃ちますか普通!? というかそれを防ぐのもどうかしてませんか!?」
「おにーさん撃つなんてひどいです!? ちゃんと謝って下さいっ!」
『イチ様ぁ、また身を張った防弾性チェックされてるっすねえ』
ただし周りは騒然だ。革職人ズ含む拠点の面々を巻き込んでざわざわしてる。
「ワーオすっげえ、弾防いじゃった……じゃねえよ! 殺す気かボケが!?」
「ご覧の通り、素材元にしたがって308口径ぐらいは通用せんわけじゃな。どうよ、痛くもないじゃろ?」
「おま……いきなりそんなもんぶち込んだのか!? 人の腹に無断で撃ちこんでいい口径じゃねえだろそれ!?」
「なに、やる前にちゃんとテストしたから心配はいらんぞ。つまりお前さんらはこれでエルダーの防御力を得たわけじゃな。理論上は五十口径も防げるぞ、死ぬほど痛いがの」
「実演ありがとう××××野郎! 次からタカアキにやれ!」
「ひっでえ! 俺かよ!?」
なるほど、クソひどい方法で防御力を証明してくれたみたいだ。
これで安心して冒険に出かけられるな、ふざけんな畜生が!
◇
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