魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち

白い夢、赤い猫、黒い山脈

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 ――いつの間にか知らない場所にいた。

 一言でいえば、室内だ。
 そこにがたがた、ごとごと、あちこちが風に揺らされる不愉快な音がする。
 エンジンが必死に駆け巡るものも混じれば、ようやく自分の置かれた状況を理解できた。

「……まさかいつものあれか?」

 俺のなんとなくから答えは導き出された。
 知らない場所にいる=ニャルの仕業だと経験が物語ってる。
 そう思ってあたりを見渡せば、金属的な内観がずいぶん文明的なものを感じさせていて。

『――もう大丈夫だ、ダンフォース。私と代わるんだ、このまま隣で休んでいてくれ。風の具合を確かめつつキャンプへ帰還するぞ』

 その視界の中、ここの細長なつくりの先に誰かが見えた。
 次第に足元に漂う浮遊感の正体にだって気づけた。
 奥にはガラス張りのコックピットに、座席二つに腰を掛ける影がある――ここはいわゆる、飛行機の中だ。

「おいおい……気づいたら空の上ってか? 何考えてやがるニャルのやつ」

 絶賛フライト中の機内らしい。どういう状況下はさっぱりだが。
 ひとまず安定した航行に身を委ねつつ、向こうで操縦中の様子へ近づくと、

『峠を越えるには二万フィートと少しだ、それまでの辛抱だぞ。それにしてもひどい風だ……!』

 そこにいたのは、ぎこちなく防寒具を被った二人の男だ。
 ついさっきまで激しい運動でもこなしたのか、後ろ姿がひどく興奮していた。
 中々歳を食った片方が操縦桿をいそいそと動かす傍ら、それより若い男が硬い表情でどこかを眺めており。

「……なんだありゃ、街か……?」

 石像みたいに大人しい片方を真似て、とあることに目星がつく。
 機内のガラスの隔ての向こうは横殴りの雪が白色を演出していて、その向こうで山の形があった。
 山脈だ。どこかの深い山の奥、そこに厚く積み重なった銀世界が広がってる。
 ところがそこに妙な黒さが際立っているのだ――ビルだの塔だの、そんなものを思わせる漆黒が都市さながらに伸び連なってた。

『…………山…………山なのか…………?』

 じっとそれを見届ける若い男の口ぶりに、俺の疑問はまさしく重なった。
 さっきからかなり調子が悪そうだ。見開いた目は閉じないし、思いつめた様子をこれでもかと景色に向けている。

「あーもしもし? ここの行き先はどこ? フランメリアじゃなさそうだけど」

 心配になったので揺さぶるが、がちっと妙なこわばりが触れた。
 硬いのだ。まるで土台つきの石像でも押すようなレスポンスがある。
 まさかと操縦桿のおっさんにも触れるとやっぱり硬い――干渉できないみたいだ。

『クスクスクス……♡ あれぞまさしく狂気の山脈、君が本物にしてしまったほんの一部。あそこに眠るは「知る人ぞ」だけあるおぞましい事実なんだよねえ♡』

 と思いきや、やっぱりあの声がした。
 振り返れば無機質な機内にちょこんと座る赤い姿。
 赤い猫のパーツと赤髪に赤ドレスと「赤」を極めた気まぐれさが、分かりやすくその正体のままくつろいでた。

「よく分からないご挨拶どうも、お久しぶりだなニャル」

 しばらく見ていなかったニャルだ。相変わらずにやあっとしてる。

「久しぶりだねえ、そういえば……♡ 元気してた? 元気だよね? 君はそういう子だ」
「ああ元気だよ見りゃ分かるだろ。とりあえず最初の質問はこうだ、この前なんか変なエイリアンのところに連れ去られたけどお前のせいだよな?」

 さっそくだけど問いかけた。あのハサミをちょきちょきしてた円錐体の生き物たちについてだ。

「クスクス♡ イス人の故郷へ送り付けたことかなあ?」
「ああ、おかげでその……椅子星人とかいうやつらと異文化交流してきた。なんだったんだあいつら」
「あれかい? あれはね、大いなる種族さ。エイリアンっていう表現は正しいかもね? 彼らも作り物の神話から本物として飛び出してから、種を存続させるためにあれこれ忙しくやってるみたいだったねえ」
「やっぱりお前絡みだったか、よくわかった。それで? あれも未来の俺が実現したやつらだって?」
「そうだねえ……あれもまた、ゲームの情報と一緒に呼び出されたものの一つ。おかげで君が消えて世に終焉が訪れるそのころまで、彼らはいそいそと自分たちが滅びない道を模索してるのさ」
「なんだか面倒な事情ごと現実に持って来ちまった感じだな」
「うん、だからあいつらぴりぴりしててさ? だからキミを放り込んで和ませようとしたワケ。楽しかったでしょ?」
「おい、まさかお前、そいつらに対する悪戯目的で俺を送り付けたのか?」
「いやあ、あの意識がお高そうな知的生命体が慌てふためくのは楽しかったねえ♡ 自分たちを生んだきっかけがいきなり現れて、キミの処遇をどうするべきかひどく悩んでたよ……クスクス♡」
「お前も俺をフリー素材扱いか、ニャル……」
「*なんでも*するっていったじゃーん♡ だいじょーぶ、ボクたちは協定で「今はなかよし」だからね? キミがなくなるその時までは、こうしておふざけをしたって誰も損はしないさ。楽しかった?」
「まあ、いい経験になったよ。あいつらぶにょぶにょの知り合いみたいだしな」
「……は? ぶにょぶにょ?」

 導き出されたオチとしては、あれも俺が生み出した一部らしい。
 そしてそんな椅子星人の営みにサプライズ目的で放り込まれたとさ。
 確かになんでもするとは言ったけどあいつらもさぞ驚いたはずだ。どいつもこいつも人をこき使いやがって。

「……じゃあ次の質問はこうだな、ここどこ?」

 俺は絶賛飛行中のそこで、座席の一つに腰をかけた。
 この謎の山脈を飛び続ける飛行機はなんなんだろう。そう窓の外を見れば。

「これもまた、君に伝えた「神話」から飛び出た世界の一つ。あの黒い都市が見えるかい? あの黒い山脈が見えるかい? あれは禁断の地で、太古の種が名残惜しくもそのままにしたかつての叡智さ。ちなみに今は1930年だよ、ちょっとしたタイムスリップだね?」

 そんな事実を込めてニャルがすり寄ってきた。
 ひょこっと触れる赤い猫耳にくすぐられつつ見る先は、雪原の白さに負けない黒い不気味さだ。
 この飛行機は見る見るうちにそんな光景から逃げていくようだった。何があったんだろう?

「えらいもんを現実にしたんだな、スクリーンショット撮れない?」
「こんな時でもマイペースだねえ♡ いいよ、後で君のステータス画面に送ってあげる♡」
「マジかよありがとう! じゃあそこのお二人は?」
「ああ、あれはただのNPCさ。ちょっとやかましいけど害はないよ、墜落もしないから安心してね?」

 ニャルはそういって、操縦席の二人の後ろ姿を猫の手で紹介するも。

『あっ、あっ、あ……ああああああああああああああああああああッ!?』

 さっきの若い男が急に金切り声を上げた。どこが安心できるんだこの野郎。

『ダンフォース!? くそっ……落ち着け! 気を強く持て、お前がしっかりしないと――』
『あ、あ、あ、あれはっ、あれは……そう、あれは……!』

 途端に向こうが目に見えて騒がしくなった。操縦手の呼びかけと手ぶりに、ぐらんぐらんと機内が揺れる。

「なんかすっごい取り乱してるけど、どこに安心感があるんだ? このまま地の底に行ったりしない?」
「クスクス♡ どうせこの光景は作り物だよ、落ちたところで死にやしないさ」
「そこはせめて大丈夫ぐらい言っといて欲しかったな。それより……」

 こんな場所に人を呼び込んでなんのつもりだろう。不安げな向こうが気になるが、もっと大事な話がある。

「急に呼び出してどうしたんだ? なんか大切な話でもあるのか?」

 こうして二人きり(正しくは四人だが)になった理由はなんだ?
 そう尋ねれば、ニャルは「にまぁ♡」と親し気に笑んだまま。

「キミも色々活躍したねえ? いやいや、面白かったよ♡ やっぱり君はカルトと何かと縁があるみたいだし、それをぶち壊す性癖もついて実に痛快愉快♡ キミって素敵だね♡」

 ここ最近の所業をしっかり観測したようなそぶりを、にったり漏らしてきた。
 何かと思ったら最近の行いに物言いにきたのか? そんな面白がりかただ。

「おいニャル。こんな墜落しそうな航空サービスに連れてきた理由って、もしかして俺のこの頃に対する感想を申すためか? だったらもうちょっと雰囲気ある場所にしてくれよ」
「クスクス♡ ここが一番さ、キミもきっと喜ぶじゃん?」
「今のところ不安しかねえよ。それで何が言いたい?」
「ご存じの通りずうっと観測してたんだけどね、すっごい活躍ぶりだったねえ♡ 千切っては投げの狂戦士ぶり、不穏な縁の続くカルト集団をまたもやボコボコ、今や白き民が恐れる黒き存在、今度のアバタールは一味違う過激なやつさ。これには世の魔女様もびっくり」
「それ褒めてるってことでいい? ありがとう」
「褒めてるよー♡ 面白かったねえ、どこに冷凍食品でカルトどもを半殺しにするやつがいるのさ? 観客席の皆さまは軽食と飲み物を片手に大満足、笑顔でイカれ野郎どもを血まみれにするスプラッターな光景は外なるお客様も拍手喝采だ♡」
「俺だって気にくわないやつらをボコボコにできてスカっとしたよ。四度目が来たらしっかり見てくれよ」
「クスクス、楽しみー♡ だからね、そんな愛しいキミに、そろそろ話してもいいかなーって思って来たんだけど」

 ところが、こんなここ最近の話もニャルの態度で一変した。
 何か大事な話がありそうな、そんな感じの顔の作り方だ。

「ここ最近の行いでお前の好感度にポイントが入った感じだな、大事な話か?」
「うん、大事な話。どうしてこうして持ち掛けたか、必要なら話してあげてもいいよ?」
「一応聞こうか、いきなりどうした」
「いきなりもなにも、キミはいっぱい白き民をやっつけたじゃないか? つまりそういうこと」

 なるほど、白き民って単語が出てきたってことは――そういうことか。
 あいつらの正体? それともより深い話? なんにせよ興味がわく話題だ。

「あの白くて薄気味悪い奴らについての話か。俺も知ってるやつに尋ねようと思ってたところだ」
「うん。見たところ、この頃の君はどこから見たってあいつらを容赦なくぶちのめす活躍ぶりさ。そんな君なら話してもいいと思ったのさ、それくらいの余裕はありそうだしね?」
「話すに値するところまで達したわけだな。それじゃ質問だ、あのいけ好かない連中はなんなんだ?」

 さっそく、あの白き民について聞いてみた。
 その中心はあいつらの正体だ。ニャル、お前は何を知ってる。

「――いいかい、キミのためを思ってあえてその名は伏すけれども、あれはボクとキミが特段憎むべき存在だよ。この理想の世界を壊そうとしている悪い奴らなんだ」

 ぼかすような言い方はともかく、すん、と不機嫌な顔がその答えだった。
 憎むべき悪い奴。俺の知らない間にそんな設定がついてやがったのか。

「確かに人様に迷惑かけてる連中なのは知ってるぞ。でもお前がそんな嫌悪感たっぷりで蔑むような何かだったのは予想外だな」
「……まだ邪神になりきれてないから言わせてもらえば、あれは腹立たしいやつらさ。ボクとキミの輝かしい未来をぶっ潰してくれた、憎たらしいあん畜生なんだから」
「輝かしい未来をぶっ潰した? どういうことだ?」

 ニャルは本当に憎たらしそうな感じだ。言葉を選びつつだが。
 口を開けばどっとあれこれが出てきそうなものの、あいつはそれすら押し殺すようにして。

「――あの野郎、実はボクに嫌がらせしやがってさ。こんな素晴らしい力を得たのに、最後の最後に制限をかけたんだ。あの白くて汚らわしいやつらに手を出せないように、大事なことをキミに話せないようにね。ああ腹立つ、本物の邪神だったら終わりのない永劫の苦しみにぶち込んでやるってのに」

 甘ったるい声を逆さにした調子で、どんよりと恨めしそうに語り始めた。
 ぼかすように、というよりは、無限に湧く恨みでどうにか伝えようとしてるようにも感じる。

「肝心なことを話せない呪いでもかかってるのか? そんな風に見えるぞ」
「まあ、そんな感じさ。よりにもよってこのボクに、名指しで嫌がらせをしてきてね? それだけあいつらにとっての脅威だったんだろうね、だとしたらその判断は評価してやるさ。重要な情報をいっぱいもってるもの」
「その嫌がらせっていうのはこうして肝心な話が続かなくなるほどか」
「うん、だからよく聞いて? 白き民はボクたちの敵だ、どんどん倒してほしいんだ」

 その話が「白き民を倒せ」に繋がる? 一体どういう風の吹き回しだ?
 だけど相手はマジだ。にやにやしていない真剣な顔つきが、今までにない雰囲気をそこに作ってた。
 おかげで少し呆気にとられてしまった。あれを倒しまくれ、だぞ?

「……なにさ、そんな戸惑った顔して。真面目に聞いてよ」
「真面目に聞いてこれだ。そりゃどんどん倒してるけど、お前の口からあれをぶちのめせなんて言われたらな」
「こうしてキミに話せたのはさ、あの悪趣味なやつらをいっぱい倒してくれたからなんだよ」
「最近の俺のライフワークがこの呼び出しと関わってるってか?」
「そう、キミたち冒険者のおかげともいうべきかな? みんなの活躍がようやくあいつに負担をかけ始めたのさ」

 ニャルはそのまま、そっと窓の外を見た。
 慎重な飛行機の動きが山脈を離れようとしてる。でもそんなものどうでもいい、とばかりに向き直り。

「ねえクリエイター。あいつらはね、無限に湧き出る謎の化け物なんかじゃないんだ。RTSゲームみたいにその分だけエネルギーを使う、その負担は大本が払わなきゃいけないコストさ。ようやく向こうも大目玉を食らって、こうしてボクも少しだけ話せる余裕ができたわけ」

 流れる白と黒を背後に、直接的な表現を避けた物言いが教えてくれた。
 あいつらが漠然と生まれる化け物じゃないという証拠だ。相手の顔色も「どうにか伝えれた」とばかりに得意げで。

「……つまりこうか? 白き民の後ろにはなんかこう、でかいのがいる。そいつのせいでお前は話すのにも難儀してる。俺たちがに勤しんだおかげで、こうしてその制限とやらが緩和されて話す機会ができたってか?」

 俺なりにまとめてみれば、ニャルはそうだとばかりの頷ぎ具合から。

「その通り、まさにそいつの負担になってるんだ。ボクに科した制限を取っ払うほどにね? あの大きいのはもういっぱい倒したでしょ? あれはね、白き民の親玉の焦りさ」
「あれがその、親玉だとかいうやつの焦った証拠なのか? 俺には気分的なあれで突然変異した何かだと思ってたぞ?」
「ほら、分かりやすく言うとだね? 敵がいきなり強くなったら、こっちも相応の駒を用意してけしかけるよね? それと同じだよ」
「そういう気分であてがってきたのかよ、その親玉さんは」
「そうだねえ、しかもあれ、急ごしらえだからね? チェスだよ、チェス」
「チェスも将棋も分からないぞ、分かりやすく言ってくれ」
「今までが歩兵と騎士がまっすぐ進んで飛び越してだけだったとすれば、今度は向こうは駒のバリエーションを増やしてきたのさ。斜めに横に進む術をようやく覚えたって感じかな?」
「斜め上からやってきたってのは確かにその通りだな。ぶちのめしたけど」
「せっかくの自信作なんだろうけど気の毒だよね、キミが何度も台無しにしてあいつもさぞショックなはずだ。それがこうして、やっと話す時間をこじ開けてくれたんだからね」

 白き民を司る何かがいること、そいつのせいで肝心の部分が話せないことをここではっきりと表した。
 こちとらフランメリアのためにぶちのめしてたつもりだけど、まさかニャルの助けになるとは思わなかったぞ。

「……とにかく、こういうことさ。はっきりさせようか、あれはキミとボクに共通する明確な敵だよ。ずうっと前から諦めてなかったんだよ、あいつは」

 落ち着いてきた飛行機の揺れの上で、ニャルは呆れてるのやら、恨めしいのやら、なんとも言えない溜息だった。

「ただの白アリみたいな連中じゃなかったわけか。俺たちに何かしらの縁があるやつの手先って感じか?」
「あはっ、なにそのたとえ?」
「気に入ってる表現だ。勝手に増えて勝手に人の住まいに邪魔してるだろ?」
「いい得て妙だね、まさにあれはこの世に嫌がらせをするための駒さ。そいつをもっと倒してくれたら、世のためにもなるしボクのストレスも減る。まったくいいことづくめだね?」
「よくわかった、もっとお話ししたかったら依然変わりなくぶちのめせってことだな?」

 でも収穫は大きい、あの白い奴らは間違いなく俺の何かに絡んでる。
 これからも仕留めてやる、と顔と身振りで表現すると、相手はにやっと一際いい笑みを浮かべて。

「うんうん♡ ボクも助かるし、フランメリアの人々も喜ぶだろうね? でも肝に銘じておいてね? "何があってもあんなゴミどもに情けをかけるな"」

 最後の一声だけ強めてから、またにっこり親しくすり寄ってきた。
 低い男の威嚇的な言葉が垣間見えた気がするが、見直しても相変わらず怪しげな美女がそこにいるだけで。

「それでね、こうしてめでたいことがあったからさ、ささやかながらキミをサポートすることにしたよ? 近々そっちにボクの化……信用できる人が向かうから、どうか仲良くしてあげてね?」

 猫のような口をふにゃっとさせたまま、膝の上でごろごろし始めた。
 どこまでその言葉を信じればいいかはともかく、苛立ちとご機嫌さが混じった様子はどこか真実味がある。

「白き民を狩りつつ、新しいお友達とどうか仲良くか。情報をどうも」
「クスクス♡ あいつらは今後、あんなおっきいのだけじゃなく、他にいろいろな形で来るだろうねえ? 用心しときなよー?」
「俺のせいで向こうのレパートリーが増えるのか、いやな話だ」
「あれはこの世を煮ても焼いても、どの道こういう運命だったろうね。キミの恐ろしさがそれをちょっと早めただけさ」
「お前になんかしたやつはちゃんと焦ったりするような奴なんだな。そいつとお会いできる日が楽しみだ」
「そうと分かれば怖くないでしょー? 頑張ってね、また制限が緩んだらいーっぱい教えてあげるからね♡」
「もしその時が来たらもっといい場所にしといてくれ、そろそろ航空事故現場になりそうなんだぞ?」
「クスクス♡ だいじょーぶ、目覚めたらどーせ女の子二人に囲まれたお目覚めだよ?」
「おいその話はやめろ」
「ボクも混ざりたいなー♡ そうだ、今度こっそりしちゃおっか?」
「急に色気づくなこの野郎、みんな俺のことなんだと思ってんだ」
「あっ、男の姿になってあげよっか? 年上がいい? 年下が好み?」
「えっまじで……?」
「よかった男好きなのは変わらずなんだね、流石クリエイター♡」

 一際馴れ馴れしいニャルは、そういって猫っぽいスマイルを振りまいた後。

「……今の話はさ、ヌイスとエルドリーチには話してないんだよね。理由はキミの宿題さ、次お会いできる時まで考えておいてね?」

 ぽふっ、と頭を撫でられた。
 ほんの一瞬、視線が後ろめたく落ちたようにも見えた。
 けれどもこいつは自由なやつだ。かと思えば起き上がるなり、こつっと親しく額をぶつけてきて。

「おっとそうだった。ほら、あそこを見てごらん? キミの大好きなあれ/かれ/かのじょがいるじゃないか?」

 ぴたっとくっつく距離感で、どこ行く飛行機の中から「あそこ」を示された。
 一緒に窓を覗けば、そこには黒い山脈が遠ざかろうとする光景だ。
 さっき見えた山中の都市もすっかり見えないが、それでも強く現れる山々は確かにそこにあり。

『てけり・り! てけり・り!』

 そんな時だった、山の形に急に言葉が浮かぶ。
 どこかで聞いたはずだ。あのフレーズが脳のどこかに触れた途端、山の巨大さが動いたような。
 いや違う、蠢いてる。山脈の形が明らかに生物的な揺れを取り始めてた。

『てけり・り! てけり・り』

 ――なんてこった! あれは山じゃない! 

「ぶにょぶにょ! お前だったのか!?」

 つまりぶにょぶにょだ! なにあれでっけー!

「いや、いい加減ちゃんと名前覚えなよ。あれはぶにょぶにょじゃなくてね……?」
「ぶにょぶにょ! 俺だ! どうしたんだお前、なんかすっごいでっかいぞ!?」
「……ねえ、キミって時々本気でおかしいよね。あっそうか脳欠けてるもんね……」

 ニャルのやつめ、あれを見せたかったのか!
 俺は独りでにうごめく山に向かって手を振った、特大サイズのぶにょぶにょがいるなんて最高のサプライズだ!
 ものすごい呆れを隣で感じたが知ったことか。じゃあなぶにょぶにょ、タイミング的にそろそろお目覚めの時間だ。

『――覚えてないのかい? ボクたちにケンカを売って、ヒトが滅びてこそ地球に平和が訪れる、なんて馬鹿げた考えを続けたやつがいたじゃないか。あれが人類の英知? 笑わせるよね?』

 飛行機の針路が白い世界へ深まるにつれて、意識もどこかへ遠ざかっていく。
 寝かしつけるような誰かの声が追いかけてきたが、その内容を少しでも考えるより早く――俺は眠った。


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