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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
アサイラムはぼろぼろ、だけど親愛なる友だちとやさしき心がある
しおりを挟む――アサイラムの高みから、まだ火薬の酸っぱさが残る土地を見渡した。
戦火に半ば晒されたばかりの拠点が朝日に照らされていた。
あれだけ用意した守りは残さずぶっ壊され、内側の建物にも被害が及んでた。
南の景色を奥へなぞって分かのは、いまだ草地で野ざらしの武器や防具が生む金属的な光景だ。
「……まあ要するに今日も変わらずいろいろ、訳ありの人生だ。パン屋で働いてたと思ったらいつの間にかここの持ち主になって守ってましたよ、と」
そして、見下ろす光景にあわせて雑なまとめに入っていた。
アスファルトに生えた螺旋階段で語るにはずいぶんと情報量が多いが、手すりに寄り掛かる金髪の大男といえば。
「フハハ、楽しそうにこの世界を謳歌してたようだな?」
「パンに携わってから特にそうだ、今度パン屋の奥さん紹介してやるよ」
「お前の人生を楽しくしてくれるとはさぞ良き人と巡り合ったようだな、どんなお方か俺様気になるぞ」
「今じゃパンも焼けるぞ。っていうかお前、こうも話したんだからもうちょっと驚いてくれていいんじゃないか?」
「ふっ、驚かんさ。なにせ前もっていろいろな噂を耳にしてからはるばるやってきたからな?」
「ワーオ、その余裕な顔からしてそっちにいろいろ届いてそう。どんな感じ?」
「近頃クラングルにて破竹の勢いで活躍する冒険者がいる、と西の地まで届いてな。もしやと思ったが白き民を崇める狂信者どもをねじ伏せたなどと話が続けば、どうにも思い当たる節が一人しかいなくなるのも当然だろう?」
「だったらあのクソ野郎どもの存在価値がようやく見えたな、こうしてお前の耳に届けてくれたわけだ。お礼に今度会ったらぶっ殺すのはやめにしてやる」
「よもやフランメリアでもそのような輩とまた絡むとはな、ずいぶんと深い縁に結ばれてるではないか?」
「そう、またカルト。その手の連中の撃破数が人生で三つ目だ、ボスに教えて自慢したい気分」
「その知らせが届けばさぞ喜ぶだろうよ、お前の活躍に誇らしげにするに違いあるまい」
「また会えたら「ボス、カルトの撃破数記録更新しました。何か褒美ください」って言ってもいいんじゃないか? ジンジャーエール一本ぐらいは恵んでくれそうだ」
流石ノルベルトだ、「冒険者に転職」から話を広げても、けっしていい顔を崩すことなく受け入れてる。
「んでけっきょく、幼馴染同士仲良くぶちのめしたってわけよ。凍えてカッチカチのブリトーご馳走してやったぜ」
その大きな背の後ろで座り込んだ、幼馴染のサングラス姿に対してもだ。
分け隔てない人の良さは「よくやった」とばかりに気持ちいい笑顔で。
「よくぞ戦ったな、タカアキとやら。であればやつらも愚かなものよ、イチとお前を招くなど枕もとに悪夢を呼び寄せたようなものではないか」
「二人してカルトにろくな思い出ねーからな、老若男女問わず平等にボコボコにしてやった。気持ちよかったです」
「これがたびたび口にしていたあの幼馴染か! 気に入ったぞ、強き者の周りには強き者が引き寄せられるわけだ」
「なあイチ、この兄ちゃん攻撃力高すぎねえ? すげえ友達作りやがったなマジで、ガチャ的に言えばSSR級だぞ」
「あのでかいの一発で殴り殺しただけあるだろ? こんなやつだ、よろしくやってくれ」
「うむ、よろしく頼むぞ。お前がこの地で古き友と再会できて感無量だ」
あいつはタカアキの奇抜な姿も快く受け入れれば、渦巻く階段のところどころににいる面々もしっかり見たようだ。
俺の隣にいるニクや、ちょこんと座るメイドに、ダークエルフと階下で仕方なく座っている医者も見れば満足なもので。
「ニク、お前もこの世界にすっかりなじんでいるではないか? どうだ、フランメリアの大地はウェイストランドより緑豊かだろう?」
「ん、見たことないものばかりで毎日が楽しい。ご飯もおいしいし」
「そうかそうか、ここで充実した生き方をしていたのだな。しかしロアベアもイチと共に冒険者をやっていたとはな、楽しく過ごしていたか?」
「あひひひっ♡ それはもう楽しいっす~♡ リーゼル様のもとでまた雇っていただきまして、今度はイチ様のお目付け役という形で冒険者をやらせてもらってるっす。あっ今度お屋敷に遊びに来るといいっすよ、あの人暇そうにしてるんで……リム様もおられるっすよ」
「かの魔女様にまだ仕えていたのだな、良きメイドとして務めを果たしていたか。それにリム殿も間近にいるとは羨ましいことだ、あのお方の手料理のおかげで俺様も舌が肥えたものよ」
「ノルベルト、私たちは見ての通りだぞ。クリューサが錬金術師になったんだ、あっという間にスチール等級だ。里に連れ帰って私の家族に紹介したり、一緒においしいものを食べたりながらこの世界を謳歌してたぞ」
「それからご家族に不治の病扱いされたらしいぞ、気の毒に」
「そいつの言葉そのままに「ご覧の通り」だ。この馬鹿エルフが事あるごとに腹が減っただのと口にするわ、今朝もぐっすり昼まで寝込んでやろうと思ったらたたき起こされるわ、苦労の多い日々ばかりだが傍らで医者らしく振舞ってるさ――おいイチ、次そのことで俺を笑ったら怪しげな薬で不健康にされると思え」
「フハハ! クリューサ先生もクラウディア殿と仲睦まじく歩んでいたのだな? あなたもこの世が気に入ったような良き顔ではないか、あれから少し肌色も良くなっていて何よりだ。フランメリアの良き食事をしっかり食べて鍛錬すればなおのこと良くなるぞ!」
「お前もかノルベルト。くそっ、異世界に来ようが俺の周りには人の顔色を嘲るやつしかいないのか?」
こうしてよく分かった、ノルベルトのデカい存在感は欠かせないものだ。
角の生えた金髪を目印にストレンジャーズが募ってるからだ。
やっぱりこいつがいてこそだったんだろうな?
『――もしかして、チアルさん!? チアルさんだよね!?』
『みこだー! おひさ! ゲームの中以来じゃん、元気だった~?』
お気に入りの螺旋階段で話を広げてると、やがて広場で二人の絡みも見えた――ばったり会ったチアルとミコの関係だ。
『本物のチアルさんだ……久々だね、会えてすごく嬉しい……!』
『にひひっ♡ 覚えてくれててあーしもまじ嬉しいし! 本物のみことようやく会えちゃったもん!』
『ふふっ、良かった……わたしは元気だよ、ミセリコルディアのみんなと活動してたの。チアルさんはどうしてたの?』
『あーしね、首都の方で配達の仕事してたんだけど、冒険者が今熱いっていうしミセリコルディアの名前も聞いて飛んできちゃったの! わっ、みこあの時みたいにすっごいもちもちだー♡』
『そんなところまで届いてたんだ、わたしたち……ってもちもち言わないで!? 太ももぎゅってしちゃだめっ……んぉっ……♡』
より詳しく言うなら、親密に乳繰り合ってる。
こうして見るにあいつら知り合いだったのか? 意外な縁にびっくりだ。
「おい、あのお前を空に連れてってくれた子、ミコちゃんの知り合いだったみてえだぞ? そんな縁があるなんてお兄さんびっくりだ」
「俺も今驚いてる。あいつら友達だったか、奇妙なめぐりあわせだな」
「お二人ともMGOの頃からの仲だったんすねえ、意外っす」
「俺たちの視線も気にせず太もも鷲掴みにするぐらい仲良しなことで。つーか陽気な戦乙女だなあの子」
「あのアクティブさで空飛んだぞ俺、高いところすげえ怖かった」
「イチ様の悲鳴が戦場に良く通っておられたっすよ、あひひひっ♡」
背後から実り具合豊かな太ももを鷲掴みされる誰かを眺めてると、急に誰かが「ふっ」と笑った。
誰かと探ればまさかのノルベルトだ。
両手いっぱいに溢れるもも肉の何がおかしいのか面白そうにしていて。
「どうしたいきなり笑って、あれのどこが……いや、いろいろとおかしいか」
流石に気になった、するとノルベルトは「いや」と最初に付け足してから。
「俺様もまだまだといったところか、こちらも精進せねばな」
「どういうこった」
「お前の相棒を見て思うのだが、絵で描いた時よりもずっと美しいではないか? 画力には自信があったが、ああして実際に立ち振る舞う姿にはまだ遠く及ばんな?」
オーガサイズの鞄からがさごそとスケッチブックを取り出してきた。
いつ描いたのやら、ノルベルトの手で作られたお淑やかなミコの表情だ。
俺には向こうの(揉まれ喘ぐ)顔立ちと寸分変わらないように見えるけど、本人が言うなら間違いない。
「困ったな、どっちも良く見えるぞ」
「フハハ、やはり本物にはかなわんさ。おはようだなミコ! あの時はろくに挨拶もせずにすまなかったな!」
気のいいデカいやつはそう言って飛び降りてしまった。この螺旋階段から。
俺たちもぞろぞろ段を踏めば、チアルの太ももマッサージ現場もちょうど終わって。
「みんなおはよ! なんか朝からぞろぞろじゃん、何してたん?」
「戦乙女殿もおはようだ。少々懐かしい顔ぶれがこうして集まっていたものでな、賑やかにやっていたぞ」
「わっ……! お、おはようみんな? こっちこそごめんね? けっきょく慌ただしいまま眠っちゃって……」
「なあに、ここにおわす美人たちには良き眠りの方が大事だろう? 久しいなミコよ、また相まみえて光栄だ」
華麗な着地を決めるなり、二足で立つ相棒を親し気に見つめてた。
けっこうあるミコの背を軽く追い越せば笑みも一際だ、まるで願いが一つかなったような様子だった。
「……ふふっ。ノルベルト君、約束通り元の姿だよ?」
「うむ、以前描いたものよりずっと美しいではないか。無事に戻れたのだな?」
「うん、またみんなと楽しく過ごしてるよ。いちクンとも仲良くやってたからね?」
そして約束もかなった。今度は誰かの肩じゃなく、自分の足で良く見せてくれたのだから。
強い表情に感極まったような何かが一瞬浮かぶも、「ふっ」となかったことにして。
「それは良かった。お前も相棒と同じく律儀なものだ、こうして我が足で元気な姿を披露してくれて嬉しいぞ。なるほど俺様は良き旅路を歩んできたのだな?」
にぃっ、と穏やかな笑いを振りまいてから、今の相棒を優しく抱きしめた。
オーガの巨体に触れてミコがそっと泣いていた。泣き虫め。
今はそんな彼女にそっと寄り添うやつもいる。たまたまそこにいたチアルとか言う戦乙女で。
「……そっか、みこの友達だったんだね? あんなにおどおどしてたのに、すごく成長してるじゃん。えらいぞ!」
「フハハ、戦乙女の友もいるとはなんと至れり尽くせり。ミコよ、お前はこの世に愛されてるのだな?」
「うん、今すごく幸せだよ。ミセリコルディアのみんなもずっと待っててくれたし、いちクンも元気だし、一緒に旅をしてくれてありがとう――ノルベルト君」
「ミセリコルディアの噂もしっかりとオーガの耳に届いているぞ、やはりお前は気高い者だったのだな」
「ふふっ、お礼、取っておいたからね?」
「そうか、そういえば俺様こう言っていたな? 礼は次会う時に取っておくが良い、だったか。であれば、我々はずいぶんきれいな形でまた巡り合ったわけだ」
ノルベルトはフランメリアで生きてるミコに一際安心したようだ。
クソ頼もしい強い男の顔をまた見せてくれてる。
それから、厳つくも爽やかな態度でのしのしこっちにやってきて。
「まごうことなきストレンジャーズだな。すまないなイチよ、最後の一人なのにずいぶんと遅れてしまったな?」
「のんびりと待ってたよ。戦場でな」
「その顔は俺様の遅刻も許してくれる度量を感じるぞ。よいのか?」
「俺たちのルールは早い者勝ち、遅刻ぐらい実力で挽回する方針だろ? 見事な一撃で帳消しってところか?」
「ふん、俺様が本気になればもう二体は狩ってやったぞ。この世の中も面白くなってきたではないか?」
「そりゃ頼もしいけど残念だったな、それでもあのデカいのはもう四体もやっつけたところだ。まあ、そこの陽気な戦乙女と半々だけど」
あの時と同じやり取りを返してきた。
握った拳がぶつかった。何度かそれを交わして、掌も不釣り合いに重ねて、ここ一番の力を込めて抱き合った。
最後はお互いのいい笑顔だ。俺たちの旅路がまた続いてる証拠だった。
アサイラムはボロボロだけれども間違いなく俺の親友が元気でいる、これほどいい知らせがあるもんか。
「これで戦線復帰だ、おかえりノルベルト。戦うたびにお前が待ち遠しかったよ」
「ふふっ、おかえりなさい。"ストレンジャーズ"が揃っちゃったね?」
「おかえり、ノルベルトさま。ずっと会いたかった、また一緒にあそぼ?」
「おかえりっすノル様ぁ♡ これでうちらも賑やかっすねえ、白き民が来てもヌルゲーっすよ」
「おかえりだ! ノルベルトよ、今日の朝ごはんはうまいぞ! ムツミさんというすごい料理人が三食うまいものを作ってくれるんだぞ!」
「朝から騒がしくするがまた戻ってきたか。まあいい、今更一人増えたところで変わらんさ。せいぜい暴れて厄介なやつらを蹴散らしてくれ」
「フーッハッハ! ただいまだ、我が戦友たちよ! 確かにここへ戻ってきたぞ、またよろしく頼むぞ?」
けっきょく、俺たちは螺旋階段の根元で一人ずつ抱き合った。
デカい戦友は今まで見たこともないほどに嬉しそうだった。
それもそうだ、かくいう俺だってすごく嬉しいさ。
「なんか賑やかだからあーしも混ざっていーかな? よろしくねノルっち!」
そして興味津々なチアルも混ざってきた、新しい呼び名を伴ってだが。
浅茶色のロングヘアが織りなす人懐っこい顔が「いいなぁ」と羨ましがれば、あいつはそれにも快いもので。
「ノルっちか! よき響きだ、気に入ってしまったぞ?」
「にひひっ♡ 気に入ってくれたならうれしーな、ノリよすぎじゃんこのでっかいおにーさん!」
新しい名前がついてさぞ嬉しそうにハグだ、流石オーガ、包容力もデカい。
「見よイチ、俺様もさっそく新しい呼び名を授かったぞ。しかも戦乙女からだ、今日はなんとめでたいことよ」
「おめでとう、俺みたいにいっぱいあだ名を作ってくれ。ちなみにこっちに来てからまたいっぱい増えたぞ」
「ほう、そういえばお前はいろいろと名付けがついていたな。今度はなんだ?」
「新しい奴だと行く先々で戦車ぶっ壊して行くから大砲鳥だってさ、俺の上官たちがボスの公認のもと勝手に決めやがったらしい」
「それは名誉なことではないか! 俺様羨ましいぞ」
「おかげで夜に人間爆撃機やらされたんだぞ? 畜生、グレイブランドの地を踏むことがあったら文句言ってやる」
「でもノリノリだったじゃんいっち! あーしたちで三体も倒したんだよ!」
「それといっちだ、ここに来てからめっちゃ増えた。お前が来る寸前こいつにお空へ連れてってもらって急降下爆撃してた」
「……待って!? そういえばみんないちクンが爆撃してたとか言ってたけど、もしかしてチアルさんと一緒に飛んでたの!?」
そんなノルっちに真夜中の思い出を語ってると、ミコが「もしや」を煮詰めたような顔で触れてきた。
それがストレンジャーズに広がれば、誰もが顔で分かるほどの肯定具合だ。
「あっ」となんか察した顔である、なんなら。
「うん! 夜のデートいってきたよ! いっち連れて上からぎゅーんって!」
「すげえ怖かったよ畜生。ドワーフの爺さんたちが俺に爆弾持たせてチアルに運んでもらって突っ込め言いやがった」
「待ってあの人たち二人にそんな危ないことさせたの!? 何考えてるの、あのお爺ちゃんたち!?」
「信用されてる証拠だ、それにいろいろ世話になった礼を身体で返しただけさ。すげえ怖かった」
「にひひっ♡ みんなびっくりしてたよ、ほんとにやるかーって顔でまじうけたし!」
「ええ……」
チアルの口からも陽気に人間爆撃機のくだりが伝わった、ミコもドン引きだ。
俺だってまさか暗い夜の中を落ちてくとは思わなかったさ。すげえ怖かった。
あんまりよくない顔色も込めて内臓(場所は伏す)が引っ込んだ思い出を語ってると、またタカアキがいないことに気づき。
「――ノルベルトの兄ちゃん、こいつはお近づきの印兼、キャプテン蹴とばしてお亡くなりにした詫びだ。冷蔵庫で良く冷やしといたぜ?」
いつの間にか消えたのやら、というかちゃんと罪悪感があったのか、食堂から戻ってくるところだ。
誇らしげに携えたクーラーボックスをどんと置くと、中で黒色を蓄えた瓶が良く冷えてた。
「おおっ! これはもしやドクターソーダか!? 良く冷えてるではないか!」
「へへ、こいつが好きって聞いたから朝一でクラングル戻って持ってきたぜ。まだストックはいっぱいあるからな?」
「ほう……! どれほどだ?」
「少なくともあの地下スーパーにあった在庫全部の半分は保証してやるよ。なるほどな、イチがドクターソーダをキープしとけって言ってた理由はお前のためを思ってか」
「ここまではるばるやってきた甲斐があったものよ。実にありがたい、さっそくいただくぞ?」
「おう、好きなだけ飲んでくれ。ただし飲み過ぎによる不健康はお前の責任だからな?」
まるで「キャプテンを奪われて良かった」みたいにあいつはご機嫌だ。
慌てた手つきで一本取れば、そのままぐいっと……ではなく、わざわざ一人ずつ丁重に配って。
「おおそうだ、俺様分かったんだが、これは独り占めするより皆で飲んだ方がうまいぞ。今初めて巡り合った者たちも何かの縁だ、一緒にどうだ?」
ドクターソーダの新しい飲み方をいつの間にか編み出してたらしい、その名も「ご一緒」だ。
「オーケー、今日はジンジャーエールじゃなくこいつだ」
「フハハ、お前もあれが相変わらず好きなのだな」
「たまにはこういうのもいいさ」
ならいただこう。その前にデカい相棒の瓶からキャップをむしってやった。
あいつは冷たい奴を一番でひと煽りしたようだ。オーガの顔もほころぶお味。
俺も一口大きく含めば……うーん、あんず風味の爽やかな酸味。
「ウェイストランドらしい味だな、乾杯」
「良き再会に乾杯だな。いつ飲んでもうまいものだ、これは」
「……うん、フランメリアにはない味だよね。でもおいしいね?」
「……ん゛……鼻に来る……」
「エナジードリンクに比べると刺激がまだまだっすねえ」
「こういう飲み物も隅には悪くないものだぞ、うまい!」
「朝から剣と魔法のファンタジー世界で炭酸飲料か。俺の人生は混沌たる道を進んでる気分だ」
「しこたま戦った後の一杯ってやつだぜ、この現代的な味がたまらねえ」
「お~、あーしこういうの初めてかも……おいしーじゃん、くせになりそう!」
周りもぷしゅっ、という音に続いて飲み始めた。
ドクターソーダのいいところはわずかに癖があっても、誰が飲んでも大体は「うまい」といえるところだ。
そうやって朝の乾杯を済ませてると。
「わはは、朝からまーた変な階段建ておってお前さんは。なんで隙あらばんなもんおっ建てるんじゃ」
「はっ、朝から得体のしれない螺旋階段の下で集会するほど余裕らしいな、あんな激戦があったからさぞ疲れてると思ったら全然元気じゃねーか」
アサイラムの名物にする予定の螺旋階段のもとに、スパタ爺さんの訝しみとタケナカ先輩のお疲れな顔がやってきた。
後者は特に疲労困憊な感じだ。「いる?」とすすめると、ふらっと受け取ってくれた。
「おはよう、いい朝だな」
「おお、おはようだな。朝から景気よく乾杯していたところだ」
ノルベルトと瓶を掲げて出迎えれば、二人はまだ激戦の疲れを引きずってるようだ
「あんなに派手に戦ったのに元気じゃないの、実によいことじゃ。けが人はいれど皆息災じゃ、よくやったなお前さんら」
「とはいえ、南の守りがかなりひでえことになってるがな。おまけにあんな得体の知れねえもんが出たんだ、また課題が積み重なったが大丈夫か?」
そんな様子につられてみれば、ボロボロになったアサイラムの南側があった。
建物の一部が損壊、見張り台は吹っ飛び土嚢は崩れ鉄条網は潰れて台無しだ。
『でっっっけーなオイ!? こんなバリスタもっとるとかなんじゃったんじゃあの巨人は!?』
『それよりこの大量の戦利品はどうすんだよ、ドワーフ的に財宝の山に見えるがこいつの処分が厄介だぞ?』
そして奥には転がるドロップ品に頭を悩ませるドワーフたちがいた。
特に巨人が使っていた等身相応の武器には驚き半分興味半分といったところだ。
「とりあえずあれを見て思ったのは拠点の修繕だろうな。せっかく作ったのにぶち壊しやがって……」
自信を込めて頑張って築いた守りがこうもぶっ壊されれば憂鬱だ。
けれども今じゃ俺たちが良く戦った証拠だ、あれは前向きに受け取ろう。
「見事にやられてんな。イチ、ああいうのはハウジングの機能で修理できるし、それか解体すりゃ楽に片づけるついでにある程度【資源】が還元されっから覚えとけよ」
「片付けが楽なのはいいことだ、いい情報ありがとう」
そこに関わるタカアキのアドバイスもあれば、だいぶ気楽なもんだ。
お試しで巨大な矢で屋根の機能性を欠かしたところに近づいて、焦点を合わせると【修理】と選択肢が出て。
*がらんっ*
押した。あの音と一緒に新品同様に戻った。
ミコが「今の何!?」と顔で表現してるが、なるほどこりゃ楽だ。
「おーおー、簡単に直しおって。わしらひと働きするつもりじゃったけど、その調子なら全部任せてよさそうじゃな」
「お前が魔法が使えねえ効かねえの身分らしいが、チートでも見せられてる気分だぜ……つーことは建物の修繕で手伝うことはないか?」
「心配してくれてどうも、アサイラムのことは任せろ。ところで朝飯まだ?」
「んで心配ごとが朝飯か、逞しい奴め。今ムツミちゃんが朝飯作っとるぞ、そろそろできるとさ」
「あの人もすげえよな……澄ました顔で帰ってきて何事もなく仕込み終わらせていつの間に朝飯作ってやがる。戦利品だの積もる話はあるが、ひとまずお前に伝えることは全員が無事で落ち着いてるってことだ。お前たちのおかげで助かったぞ」
「空ですげえ怖い思いした甲斐があったよ」
「確かにお前悲鳴上げてたよな。いや、だからってどこにマジで爆撃かますやつがいるかって話だが……」
そして大事なことも分かった、朝飯がもうすぐってことと、アサイラムに来た奴らは全員無事ってことだ。
現に増築したもう一つの宿舎からは、食堂から漂う香りにつられたと思しき金髪ロリの寝ぼけ姿があって。
『……おねーちゃんだよー……いち君どこー……?』
『キャロルねえさま! はしたないですよ!? 下着姿でお外に出ないでください変質者ですか!?』
いや、気のせいだったみたいだ。狸耳なロリに引っ張られていった。
あれから増援にきてくれたやつは俺の作った寝床でお泊りだ。
本当なら後日に来るはずが、救援要請から一斉に駆けつけてくれたわけだ。おかげで助かった。
「ここもまたぎやかになったな。ノルベルト、この強そうな人がタケナカ先輩だ。いつも世話になってる」
「おお、お前の先輩か! 初めましてだな、ノルベルトだ。よろしく頼むぞタケナカ先輩」
「……また癖の強いやつが増えてやがる、なんだこの……鬼みたいなのは」
「オーガだ、こっちの世界の住人さ」
「フハハ、案ずるな。人の肉など食わんし好物は戦とドクターソーダだ」
「えっと、タケナカさん、この人はわたしたちと一緒に旅をしてた人なんです。ちょっと見た目に驚くかもしれませんけど、すごくいい人ですから大丈夫ですよ?」
坊主頭いっぱいにオーガの大きさに困惑してるが、ミコと一緒に大丈夫だとこれでもかとアピールした。
「気さくな戦友じゃよ」とスパタ爺さんの一言もあって、少し気を緩めてどこかへいってしまったようだ。
「……ま、遅れながらご挨拶だ。アサイラムへようこそお前ら、朝飯できるまでちょっと修理してくる」
その後、俺はアサイラムに初めて踏み込んだ二人にご挨拶だ。
なあに、ボロボロだけどすぐ元通りさ。まずは崩れた建物を直しに行くか。
「あの、いちクン、ずっと気になってたんだけど……この階段は……?」
ところがだ、そこでようやくミコがあれに触れてくれた。
さっきからずっと拠点内にそびえたつ謎の螺旋階段だ。俺の力作である。
「俺のお気に入りスポットだ。こうやってハウジング・システムってやつが使えて、好きな時に呼び出せるぞ」
そして俺は『図面』というシステムを知ったところだ。
自分の作った建物の設計を(限度はあれど)記録できる機能で、それを使えばあら不思議。
*がらんっ*
何もない場所からこれほどの螺旋階段が! これで双子だぞ。
「ミコ、こいつは一体どうしてか階段に執着してる。今後はそのような癖か病気だと思って接してやれ」
「クリューサ先生、またいちクンが変なことしてるけど大丈夫なんですか……?」
「俺の力作だぞ! すごいだろノルベルト!」
「見ぬうちにまた特技を身に着けたようだな、なんと芸術的よ!」
「オラッ更にもう一個!」
「分かったからこれ以上クソみたいな階段を増やすなこの馬鹿者」
「落ち着こういちクン!? なんで階段に執着してるの!?」
「あははっ、またいっち面白いことしてる! ここの名物になってるよね、この謎階段」
「名物ってどういうことなの!? ねえやめよう!?」
◇
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ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
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