魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち

雨が晴れれば大体ヨシ!

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 灰色の空と湿った空気の中、軍隊らしいオリーブ色をした四角いキャビンが大きく開いていた。
 手動油圧ポンプで持ち上がる車体の裏には、だいぶ歳を食ったエンジンがあった。
 一目見て口に出せるのは、ぼかすようで悪いがとにかく複雑ってことだ。
 太いチューブやこまごまな機械が混ざって、知らないやつが見れば難解なパズルと勘違いされそうだが。

「……すげえッス、これ本物の軍用車両じゃん。このエンジン、けっこう錆びてるけどまだ使えそうだし……」

 意外なことに、チーム・ヤグチのチャラいやつが慣れた感じで触れあってた。
 ハルオ――チャラオだ。俺には分からない部品の数々に手袋を汚していて。

「車が分かるやつがおると助かるのう。チャラオや、お前さんこういうのに詳しいようじゃがいったいどこで学んだ?」
「ハルオです! いやまあ、そういう学校で自車科やってたんスよ俺。ディーゼルの整備とかも実習でやったんで」
「つまりそういうのを学ぶ場所におったんじゃな。気に入った、今度わしらと共にその腕を生かしてみんか?」
「マジっスかお爺ちゃん、俺こういうの好きなんで是非やりてえッス」
「決まりじゃ、今後こういう仕事がありゃお前さんを雇ってやるぞチャラオ」
「だからハルオですって! あっ、このパイプ痛んでるな……」
「こりゃ交換じゃな。そこらのトラックから代用できそうなもん引っこ抜いてちょいといじったやつがある、外して置き換えるぞ」
「……ドワーフの技術力ってすごいッスね、車も野外で直せるなんて」
「戦車丸ごと一つ修理するのに比べりゃ楽じゃよ。ったくディーゼルエンジンってのは頼もしいが構造が複雑で重たすぎるわ、まあ世話のかかる子ほどかわいいもんよ」

 そこによじ登ったスパタ爺さんの作業風景も相まって、車の修理が捗ってた。
 器用なやつが二人いれば作業もスムーズらしい、見る見るうちにトラックのご機嫌が直ってる。

「……意外だな、あいつ車の整備とかできたのか?」

 そんな様子を一目見て、正直驚かざるを得なかった。
 チーム・ヤグチが戦利品を背負って誇らしげに合流しにきた矢先、スパタ爺さんが修理に付き合わせたのが事の発端だ。
 ハル――チャラオが興味を示したのでご指名されたところ、実は車の構造に理解があるやつだったのだ。

「ハルオってさ、工業高校出身なんだよね。あいつ車とか好きだからなんとなくで入ったらしいんだけど、まさかこんな時に役立つなんて面白くね?」

 そんな意外さを眺めてると、そばでセイカが口ぶり通りに面白がってた。
 あいつと親しい仲なんだろう、綺麗な金髪の容姿いっぱいにハ――チャラオに対する理解が詰まってそうだ。

「あれが「芸は身を助ける」ってやつか。良かったなチャラオ、冒険者以外の稼業も手に入れてるぞ」
「あはっ、ファンタジー世界なのに自動車整備士になっちゃうとか予想外。でもあいつ、ほんと車とか大好きなんだよね」
「確かにそんな気がする。俺より真摯に軍用トラックと向き合ってるんだからな、いてくれて助かったよ」
「うちらだってイチパイセンのおかげで助かったじゃん、ありがとね?」
「どういたしまして、約束通り援護したぞ。後はスパタ爺さんとチャラオの活躍次第で楽に帰れるからな」
「良かったー、こんなに荷物抱えて歩いて帰るとかめんどかったし……がんばれよ~チャラオ~」
「あいつと仲がよろしいようで」
「ん、まあガキの頃からの腐れ縁ってやつ?」
「いい縁だな、大事にしろよ」
「もちろんだし。あー、さっきの戦いマジ緊張したし疲れたしお腹減った……」

 次第に作業風景に見飽きたらしい、書店へ一休みしにいった。
 そういえば『だからハルオ……!』と抗議が聞こえてきたが無視するとして。

「…………電撃魔法で一気に充電とかダメ?」
「いやダメですからね? ケイタ君、気持ちはわかりますけど攻撃魔法なんて当てたらたぶん吹っ飛びますよ?」

 車体側面でのやり取りに気が向けば、イクエとケイタがじっとしてた。
 ひとつながりになった四つのバッテリーに弾薬箱ほどの機械が接続されて、その進捗を見守ってるようだ。

「そりゃいいアイデアだな、でもあの……なんか痺れそうなやつは車じゃなく気にくわないやつとかいけ好かないやつに使ってくれ。思うにその方が利益があるぞ?」

 一応、帰る手段を失うような不幸な事故防止のために一声かけといた。
 するとまあ元気なことに、白いパーカージャケットに包まれた中学生らしさは得意げな胸の張り方だ。

「イチ先輩、あれは電撃魔法の最初のスペル、その名も【ライトニング・ショット】っていうんだ。当たると大体の敵の動きが止まる!」
「ライトニング・ショットか。もちろんしっかり見届けたぞ、うまく味方の間からぶっ放して攻撃の隙を作ってたな」
「見ててくれたんだな! 電撃属性って与えられるダメージが少ないからって使うやつ少ないんだけど、俺は敵の足止めに重宝してるんだ。自分の身も守れるし、仲間の援護もできるし」
「ちゃんと理解して扱えてるな。どおりで活躍してたわけだ」
「ああ! 日頃使いまくったおかげで電撃魔法のスキル値も50いきそうなんだ、いつか電撃魔法を極めてやるぜ……!」
「でもその属性って他に比べてマナの消費量が激しいんですよね。ちゃんとその点に管理とかもしないといけないのに、ケイタ君ってお構いなしに撃つからすぐにマナ切れ起こしちゃって……」

 その得意げな様子に黒髪ボブな表情が穏やかに混ざれば、意気込んでた男子中学生は苦い顔である。
 あいにくこっちは魔力と縁が遠い人生だけど、魔法っていうのは何も手放しで便利なものじゃないんだろうな。

「なるほど、消費量ね。魔法はそういうのにも気を使わないといけないんだな」
「そうですよ? マナって自然に回復していきますけど、戦闘中に切れちゃったら絶対間に合いませんからね? そんな時のためにマナポーションっていうのがあるんですけど」
「あの青い奴だろ? お忙しい中あれ飲むって大変じゃないか?」
「戦ってる時にあれ飲み干すなんて難しいと思います。それに一本あたりの値段も最近じゃ1000メルタほどに値上がりしてますし……」
「は? あれ一本で1000メルタ?」
「はい、だいたい1000メルタです。うっかり落としちゃった時の悲しみも相応ですよ?」
「……魔法って思ってた以上に大変なんだな」
「便利な分手間もお金もかかりますよ、使える種類増えたらもう管理だけでも大変です」
「ちなみにだけどイチ先輩、マナってのはベース・スキルの【精神】って数値で上限が決まるんだ。自分がどれだけ使えるか考えないといけないから魔法ってマジ大変だぜ……」

 いざ深くまで聞けば、イクエもケイタも口を揃えて悩ましそうな物言いだ。
 どうも魔法は利便性と引き換えに悩みの種が増えるものらしい。
 何より驚いたのはマナポーションの価値だ。あれ空にするたびに1000メルタか。

「うーわめんどくさ……ちなみにケイタ、その精神ってのはどれくらいあるんだ?」
「休みの日もトレーニングで欠かさず撃ってやっと43になった、すごいだろ」
「すごいのかよくわからないな。魔法撃つだけで上がるならなんか楽そうだけど」
「楽じゃねーし! 大変なんだぞここまで上げるの!?」
「魔法ってアーツと同じで使えば使うほど疲れますからね……それで精神が鍛えられるのは間違ってないと思います」
「うん、だからさ、俺この世界で魔法使ってから心の成長を感じるよ……」
「魔法の世知辛さに鍛えられたみたいだな、そりゃご苦労なことで」

 男子中学生と保護者のコンビはこの世界で悩ましく生きてるみたいだ。
 そんな苦労をねぎらってとっておきだ、荷物からボトルと紙コップを取り出した。
 「どう?」とザクロのイラストをちらつかせると受け入れてくれた。
 鮮やかな赤色を注げば三人で乾杯――にがーい。

「イチ、周辺を探索したんだがこの辺りは自然豊かだぞ! なんか見知らぬ果物がいっぱいだ!」

 どんよりした空を頭上に気つけの一杯をキメてると、廃墟のはずれからダークエルフが帰ってきた。
 東側にある林を存分に探検してきたのか、赤黒青と甘酸っぱい見た目を胸いっぱいに抱えてる。

「まーたお前はいっぱい持ってきて……何見つけたんだ?」
「これがすごいんだ、こんな大きなベリーは初めてだぞ。ああそれからサクランボもだ! 黒くて甘くておいしいぞ!」

 そうドヤ顔で差し出すのはいいものの、なんだか果物のスケールがおかしい。
 ブルーベリーにブラックベリー、黒いサクランボといった甘そうなのがゴルフ・ボールほどのサイズを保証されてるのだ。
 幸いなのは「カリカリ」言わないところだ。そしてもぐもぐしてる持ち主からして毒はないんだろうが。

「……なんかデカいな、大丈夫か?」
「味の心配か? 大味じゃないしみずみずしいぞ、安心しろ」
「俺が気がかりなのは食レポじゃねえよ。まあお前が美味し頂くならセーフだな」
「うむ、いっぱい持ってきたからみんなも食うといい。店の中に運んでおくぞ」

 クラウディアは俺たちにいくつか押し付けて書店へ戻ってしまった。
 訝しむケイタとイクエの前で妙に大きなサクランボをかじってみた――しゃりっとして甘い。

「……アメリカンチェリー……? いやそれにしちゃデカすぎる気がするぜ……もしかしてフランメリアの植物か?」
「ブルーベリーをそのまま大きくしたようなやつですね……なんかしれっと食べてますけど、大丈夫なんですか?」
「あいつが平気な顔してるなら大体は大丈夫だ。味もまあ悪くない、心配ならクリューサに相談しとけ」

 二人は少しの迷いの後、思い思いに甘酸っぱさを堪能することにしたようだ。
 トラックを見れば、整備士たちはひと汗かきつついい表情で進捗を物語ってる。
 もう少しらしい、ついでにチャラオに「あ」と口を開けさせて果物をぶち込んだ。

「イチ、むしゃむしゃしてるところ悪いけどちょいとお兄さんのところにおいで!」

 ブルーベリーもかじってるとご指名だ、隣の瓦礫の山でタカアキが手招きしてる。
 甘酸っぱさを飲み込んで向かえば、何かの理由で崩れた建物が小山を作っていて。

「どうした? お前も果物食いたいって感じじゃなさそうだけど」
「うわそれウェイストランドの変異植物じゃねーか……大丈夫か?」
「おい食ってからの心配事が「大丈夫」ってなんだ、あれもしかしてこれ有毒なやつ?」
「いや、それ放射能で汚染されて……ないみてえだな、PDAが反応してねえぞ。まさかフランメリアの土壌パワーか……?」

 なんだか恐ろしい単語が出てしまったが、あいつも訝しみを込めて試食に踏み込んだらしい。
 黒いベリーにさぞ酸っぱそうだ、世紀末世界から流れ込んできたやつだったか。

「その反応的に変異した果物らしいな。食う前に見せるべきだったって後悔してる」
「わーお酸っぱい……こっちでもっと変異したみてえだぞ。まあ食えるしまずくもねえから大丈夫か」
「ここから東側にいっぱい生えてるみたいだ。クラウディアが書店に置いとくからどうぞってさ」

 二人で果物をかじりつつも「ご用件は?」と伺えば、サングラスが向かうのはどうにも瓦礫だ。
 触って欲しそうな手ぶり身振りにならって、足元の瓦礫にタッチすれば――

【分解可能!】

 と、表示が浮かんだ。なるほどそういうことか。

「どうよ? 分解できるか?」
「ああ、【リサイクラー】を習得しといてよかったな」
「へへ、そのPERK覚えてるとか分かってるじゃないの。つまりなんだ、コンクリだのレンガだの、こういう瓦礫を分解すりゃ【建材】っていう資源が手に入る。ハウジングをやるならマジ大事だぞ」
「俺も拠点に手を出してからいかに大切か分かってきてる頃だ」
「G.U.E.S.Tじゃハウジングやろうものならガンガン減ってくからな、ゲームに慣れてくるといかにたくさん集めるかが重要になってきてたぜ。今後はそういうのも意識しとけよ」
「じゃあ俺も慣れてきたんだろうな、アドバイスどうも」

 ありがとうタカアキ、そうと分かればアサイラムのためにひと働きしよう。
 一面の瓦礫をごっそり分解すると、その質量は資源に早変わりだ。
 目につく残骸を消せば景観もさっぱり、ゲージも溜まっていいことづくめである。

『ご主人、雨降ってきた』

 ところがだ、フランメリアをきれいにしているとニクの声が降ってきた。
 ぽつっと水も感じた。見上げれば黒い下着と、雨を滴らせる灰色がある。

「タカアキ、俺の預言は大当たりだ。マジで降りやがった」
「当たって欲しくはなかったなあ……お爺ちゃんども、そろそろ雨宿りの時間だぜ」

 さっさと書店に退避だ、トラックを伺えば向こうもちょうど終わったらしく。

「よっしゃ、整備完了じゃ。充電器外してカバー閉めろ! いったん書店の中に戻んぞお前さんら!」

 帰る準備も完了か。電気も通った証拠に、開いたキャビンが機械的に閉じてた。
 それならさっさと荷物積んで雨の中を突っ切ろう、と思ったけどひどい話か。
 未開の地を応急処置したトラックで走るんだぞ? 雨の中だったらなおさらだ。

「……雨宿り先見つけといて良かったな、想像の数倍降ってる」
「いきなりこんなに降るんじゃねえよって話だ。全員退避だ退避ー」

 次第に大粒の雨がそこらじゅうをびたびた叩きだすほどだった。
 書店へ駆け込めば、ヤグチたちも混じってだいぶ人気のある空間が待っており。

「あ、おかえり。ひどい雨になってるね……」
「降りそうだなって思ったけど、これはちょっと想定外だよ……他のみんなは大丈夫かな?」

 のっぽとチビ、冒険者的にヤグチとアオという組み合わせが作業中だった。
 どうやら白き民から分捕った武具を並べて戦果を確かめてたらしい。
 【キャプテン】の鎧と兜は特に誇らしげで、カウンターにアーツアーカイブやスペルピースが並ぶほど充実してる。

「たった今爺さんたちがトラック直したってさ。一応俺から言っとくけど、雨の中突っ切るってのはなしだからな?」
「その辺は大丈夫だよ、自然の過酷さならアオと一緒にしってるからね」
「この雨の中、野外を車で走るってちょっと自殺行為としか思えないなー……」
「いやあ、流石の俺もごめんッスね……悪天候と悪路舐めちゃダメッスよ、マジで……」
「そうするにしても荷台開放的すぎるしね、うちらずぶぬれのまま走るとかごめんだし」
「それなんですけど皆さん、ケイタ君が「雨の中突っ切ればいいじゃん」とか言ってましたよ」
「ダメなのかよって思ったけどイクエ姉ちゃんに危険性を説明されて諦めました、反省してます」

 良かった、総意は雨宿りを選んだらしい――潔く反省してるやつも含めて。
 むしろちょうど良かったかな、皮肉にもこの足止めのおかげでみんな休めてる。

「こーゆー時は焦ったらいかんのよ。それにお前さんらも白き民どもの部隊相手によく立ち回ったみたいじゃないの? まだ少し緊張しとるようじゃし、ここで休んで解しとくとよいぞ」
「っていってるんだ、ここらはもう安全だし少し力抜け。どの道こうなったら雨が止むまで待つしかないしな」

 スパタ爺さんもそう伝えれば、日本人的な顔はやっと身軽になっていった。
 ずっとつけていた防具も外して、そこらで落ち着く休み方を思い思いに始めた。
 ヤグチなんて「ふう」と重そうな息で椅子に座り込むほどだ。大丈夫か?

「お疲れさん。お前らあんな数相手によくまあ戦えたな」

 アオと一緒に仲良く腰を下ろすところに混じれば、二人そろって本当に疲れたような笑みだ。

「なんかここ最近、こっちより多い白き民と戦ってばっかな気がするよ……」
「うん、そうだよね……なのにこうしてみんな生き残ってるんだから、なんかすごいよね……」
「覗き見してたけどいい連携だったぞ。特に二人同時の攻撃でキャプテン仕留めたところとかな」
「いや、あれはイチ君のおかげだよ。俺たちあのままじゃやばかったんだ、あいつが予想以上に暴れてどうすればいいか頭の中真っ白でさ」
「いきなり敵が次々やられてって「まさか!」って思ったよ私! もしかしてイチ君、ここから撃って当てたの? ぱーんって!」
「そう、ぱーんだ。約束通り援護はしてやったぞ」
「すごいなあ……みんなびっくりしてたけどさ、あれで巻き返せたんだ。本当にありがとう」
「三人でキャプテンを仕留めたことになるのかな? じゃあ成果は山分けしないとね!」

 大学生カップルの憩いに混じってると、流れはキャプテンのもたらす利益についてたどり着いたらしい。
 とはいえ勝手に横から狙撃して、それがうまくいっただけの話だ。
 だから照準器つきの小銃を見せて「けっこう」と気持ちを伝えた。

「いや、俺はただ新しいおもちゃの試し撃ちをおっ始めただけだ。戦利品はお前らで勝手にやってくれ、それか――」
「……それか?」「それか……?」
「パンはリニューアルしたクルースニク・ベーカリーでどうぞ」
「はははっ、良かったちゃんとパン屋の宣伝してる」
「そういえばドワーフのおじいちゃんたちが改装してくれたんだよね。今度買いにいこっかヤグチ」
「奥さんがほとんどタダで増築してもらえてすげえ喜んでたよ。店広くなったのをいいことに料理ギルドから職人一人雇うらしいぞ」

 礼はパン屋で是非どうぞ。そう伝えると快く引き受けてくれた。
 そういえば奥さん、店が大きくなって張りきってたな。

「読書中いきなりやかましくなって何事かと思ったが、やはりお前の仕業だったわけか。満足のゆく結果が出せたようだな」

 雨が止むまでそう話してると、横から甘酸っぱい匂いが漂ってきた。
 皮肉が好きそうな声を辿れば、お隣の席で鍋と向き合うお医者様だ。
 電気ホットプレートを使って何かをぐつぐつ煮込んでるらしいが。

「やかましくして失礼、でも一発も外さなかったぞ。それでお前は呑気に……お薬の調合中? なにそれうまいの?」
「いったいどこで見つけたか知らんが、誰かさんが持ってきた変異した果物で茶を淹れてる。ブラックベリーティーだ」

 中身の心配をしに覗いてみれば、濃い赤紫色がくつくつと煮立ってた。
 そこにあるのは崩れたあのベリー類だ、葉っぱと一緒に良く味が出てそうだ。
 でもどこか懐かしい、この甘い香りは……ああそうか、あの時のお茶か。

「……ブラックベリーティーか」
「アリゾナの西側じゃよく飲まれるものだ。クラウディアが無駄に水を持ってきていたからな、しかも何に使うか知らんが砂糖までアホみたいに持ってくるものだから、こうして有効活用させてもらってる」
「一人で飲み切れる感じじゃなさそうだな、それかあいつが全部飲み干すのか?」
「ただの作りすぎたというやつだ。飲みたい奴は勝手に飲むといい」

 親切なお医者様はこの甘酸っぱいお茶を全員に処方してくれたらしい。
 ご丁重にも突っ込んであるお玉がそうだ、荷物からマグカップを取り出して頂くことにした。

「お茶をどうぞってさ。こいつはお薬じゃなくてただの甘酸っぱいお茶だ、疲れてるなら飲むといいぞ」

 ついでに紙コップも近くに添えておく、どうぞご自由に。
 ヤグチとアオが恐る恐る興味を示すのを見てから、俺は窓際に向かった。

「なんだかあの時の同じ匂いだな……こんな感じだったか?」

 それからガラスの向こうを見た。
 現代的な町の一部ごと、フランメリアの緑が雨にぼたぼた打ち据えられてた。
 ずずっとカップを啜った。お茶っぽい味に甘ったるさと酸っぱさが追いかけてくる。

 ……あの時よりもっと甘い気がする。
 間違いない、アルゴ神父の教会で飲んだのと大体同じだ。
 確かミコに「疲れも吹っ飛ぶぞ」とか言ったか、ほんとにその通りだ。

 変な話だな。甘ったるいブラックベリーのお茶をこうして剣と魔法の世界でまた口にしてるんだ。
 今思えばこのお茶も、あの人なりの最大限のもてなしだったんだろうか。
 いや、きっとそうだろうな。俺とミコに会えてあんなに喜んでたようなお人柄だから。

「ん、ご主人。外が気になるの?」

 雨の心地悪さをじっと見てると、ニクがぽてぽて近づいてきた。
 見つめる先も一緒になったらしい。飼い主と仲良く雨の鑑賞だ。

「まあ大体そんな感じだ。お前も飲むか?」

 天気を伺いながらだが、わん娘に飲まないかと聞いた。

「……なにそれ? 果物のにおいがするけど」
「ブラックベリーティーだ、クリューサが淹れてくれた。疲れが吹っ飛ぶぐらい甘いぞ」

 マグカップも近づけるとくんくん確かめた後、一口含んで甘そうな顔をされた。

「どうだ?」
「すごく甘いし、匂いがすごく鼻に来る……」
「ベリー系のスパイシーさは駄目だったか。無理しなくていいぞ」

 残念、お気に召さない感じだ。それでも飲み込んでえらいと思う。
 そのうちニクは鞄をごそごそすると、小袋から何かを取り出した。
 からからの木片――じゃなくて口直しの干し肉の塊だ。わん娘め、とうとうおやつを自分で調達したか。

「……干し肉、一緒に食べる?」

 そしてご主人にもすすめてくる始末だ、丸かじりしながらだが。

「少しくれ。ところでそれどうしたんだ?」
「ん、アサイラムに荷物が届いた時、タカアキさまが「おやつだ」ってくれた」
「あいつかよ。ずいぶんデカイおやつだな、食べ過ぎるなよ」

 甘い飲み物のアテにちょっとだけ頂こうか。
 銃剣でごりっと大きく削れれば、良く乾いた色からにくにくしさが立ってる。
 一口頂こうとするも、「じゅるり」してる犬耳美少女(男)の視線を感じた。

「――ほら、キャッチだ」

 期待に添うことにした。削ぎたてをぽいっと投擲。
 待ってましたとばかりにニクはキャッチしたらしい、八重歯輝かしい口は獲物を逃さない。

「ぐっどぼーい、もう一枚いくか?」
「んへへへ……♡ もう一回したい……♡」

 撫でてやってからもう一度だ、削いで投げてキャッチ。
 愛犬は今もなお相変わらずか。俺も一枚かじってから持ち主にパスした。

「――そういうプレイっすか?」

 ところが二人で肉の味をがじがじしてると、やっぱり来たかロアベアめ。
 ニヨニヨしながら面白さを求めてきやがった。お前はいつだってそうだ!

「もう俺たちはそういう習性だと思って割り切ってくれ」
「ん、すごく楽しいから大丈夫」
「お二人とも仲睦まじいっすねえ。ところでどうしたんすか、そんなところで思いにふけってるようっすけど」
「お前にはそう見えたか?」
「いやあ、なんかそういう顔してお茶飲んでおられたんで気になったんすよねえ……」

 しかもこいつは変なところで敏いやつだ。
 にやつく顔が俺の心境を半分ぐらい察したように見える。
 諦めて横にずれれば、生首つきのメイドも土砂降りウォッチングに同伴してくれたようで。

「ちょっとこいつを懐かしがってただけだ」

 と、答えをバラしてやった。正解は片手に握ったカップである。
 するとダメイドめ、わざとらしいぐらい訝しむ仕草をしてさぞ興味深そうだ。

「クリューサ様が作られたこの甘いお茶っすか?」
「前に飲む機会があってな。その時を思い出してる」
「なんかあったみたいっすね」
「少なくともこうしてフランメリアで思い返すほどには濃い話だぞ」
「なるほどー、イチ様にとっていろいろな思い出が詰まってるんすね」

 二人で一緒にまたすすった。干し肉のせいで余計に甘い。
 思えばこの甘いお茶は複雑だ、作ってくれた人の死も絡んでるのだから。

「こいつをまた飲めて良かったかもな、なんだか懐かしい気分だ。まあ、ちょっとこっちのは甘すぎる気がするけど」
「すごく甘いっすよねえ、クリューサ様も甘すぎて顔しかめてたっすよ」
「自分で作っといてそんな顔するなよ」
「いえ、さっきクラウディア様が「砂糖が足りないぞ」って勝手に大さじ四杯ほど追加で入れてたっす」
「あいつが犯人か、甘くしていいかどうか聞きまわってから入れろよあの野郎」
「エネルギー補給にはいいんじゃないんすかねえ、ヤグチ様たちは満足しておられるっすよ? 甘そうっすけど」

 やけに甘い理由はダークエルフの所業だったか、しかも本人は向こうで美味しそうに飲んでる。
 でもヤグチたちは甘そうに喜んでた、疲れた雰囲気に良く効いてるみたいだ。

「しばらく降り続けそうっすね、これ。皆さまご無事かうちも心配っす」

 程なくして、ロアベアも他の連中が気になったようだ。
 俺たちがうまくいったのは喜ばしいけれども、今じゃタケナカ先輩にメカにチアルと現状が気になるやつばっかである。

「……ほんとはメッセージ送りたいんだけどな。今はそうもいかないだろ?」

 進捗どうですかと送れば済むだろうが、だからって軽はずみに送るのはなしだ。
 もしあいつらが雨の中励んでいて、そこにいきなり通知が届いたら迷惑だろう。

「その辺は大丈夫だと思うっすよ? メッセージ機能は設定であれこれいじれるんで、戦闘中に気を取られないように予防するのも簡単っすよ」
「それくらい俺も知ってるけどな、タケナカ先輩が講習で触れ回ってたし。でもあの人ならともかく、他のやつがちゃんとそうしてるかは分からないだろ?」
「けっこう見落としがちみたいっすからねえ、ちなみにうちらヒロインは通知そのまんまにしてる子ばっかりっすよ」
「解放的だなお前らは、戦闘中に昼飯の写真送り付けられることになったりしないか心配だ」
「ヒロインを舐めてもらったら困るっす、そういうミスをする子は中々いないんすよ。あっでも間違えてミコさまにうちのえっちな自撮り送ったことならあるっす!」
「もっと致命的なエラー犯してるじゃねーか馬鹿野郎」
「イチ様へのご挨拶も一緒に送っちゃってすっごい問い詰められて怖かったっす……」
「俺も怖えーよ……なんてことしてくれたんだお前は」

 目の前にもっと迷惑なことをしてくれた馬鹿メイドがいらっしゃるが、一応確認は取ってもいいかもしれない。
 そうと決まればフレンドリストからタケナカ先輩を選んで。

【ヤグチたちと合流したぞ。全員無事だ、そっちはどうだ?】

 と送ってみたが、そうすると程なく既読マークがついて。

【揃いも揃って無事だったか、良かった。こっちは西側の廃墟が思った以上に大きくて諦めたところだ、ハナコの言葉を借りるがフランメリアのやつらは森の中に一体何作ろうとしてやがったんだ?】

 現場の苦労を感じる返事と一緒に写真が送られてきた。
 石材の質感でどんよりした薄暗さから、雨をかぶった森の様子が映ってる。
 筋肉強めのおっさんが白い歯を見せて親指を立ててるが――本当にその言葉通りだ、廃れた市街地が広がってた。

【え? なにこれ? 街?】
【街が作られてやがった。しかも歯車やらがいっぱい落ちてて、街のつくりも機械仕掛けって感じだ、一体あそこで何があったか全員で推測してるぞ】
【なんだそりゃ。っていうかそんなデカい廃墟ってことはがいたか?】
【白き民もその分だけいやがるぞ。直前の見張り塔は制圧したがあのデカさは現状無理だ、んで檻悪く雨も降って雨宿りってわけだが】
【そっちも無事に雨宿り先を確保してたみたいだな。メンバーの様子は?】
【誰一人欠けちゃいねえから心配するな。それからライトニング・ポーションが役に立ったぞ、クリューサ先生には感謝してる】
【了解、先輩。こっちも成果ありだ、アサイラムで会おう】

 はっきりしたのは向こうの安否だ、これで一つ安心できる。
 どうせだし休憩所の面々を撮影して送信、これでこっちの具合も伝わるはず。

「クリューサ、タケナカ先輩がお前のポーションで助かったって感謝してるぞ。あいつらもちゃんと雨宿りしてるみたいだ」
「そうか。あいつは俺のポーションの使い方から価値まで良く理解してくれてるようだな、いいモニターが手に入ったものだ」
「そこは正直に「どういたしまして」でいいんじゃないか?」
「こらクリューサ、ちゃんとタケナカに応じるんだぞ」

 ただし調剤してくれたやつは正直じゃないようだ、お茶と一緒に読書に励んでる。
 心配事が一つ減ったところだが、そこにまた*ぴこん*と着信が届き。

【こちらオリス、濡れ鼠のごとき様相になりつつ風車の町を制圧。そちらは無事?】

 チビエルフの口調そっくりのお知らせだった。
 続く画像には、さっきの森の廃墟よかこじんまりとした光景がある。
 どこかで雨をしのぐついでに撮影した感じだ、石畳を挟むようにところどころ風車が立つ町並みが続いてた。

【タケナカ先輩も俺たちも無事だ、逆にお前らが心配だったほどにな。大丈夫か?】
【川の向こうはソルジャーとアーチャーが跋扈していた。しかしヒロイン十二人もいれば敵ではない、余裕】
【ああうん、その文面からして問題なさそうだな】
【現在制圧した建物で雨宿り中。暇なので全員でメカの恵まれた下半身を観察してる】
【やめなさい】

 あっちもうまくやってたか、犠牲者はせいぜいメカぐらいだ。
 そうなるとやっぱり追加の通知がやってくる。今度はチアルからで。

【うへーびしょびしょー、いっち大丈夫? あーしら総ずぶぬれなんだけど~】

 スクリーンショットと一緒に現状報告してきた。
 どこかの建物の中、ずぶぬれで嫌な顔をするギャル系戦乙女の自撮りである。
 制服みたいな格好から見える谷間をこれでもかと強調して、にやつく顔がなんだか腹立たしい――喧嘩売ってるのか?

「……えーと、さっきの雑誌……」

 せっかくなのでお返しすることにした。
 バックパックからバッキバキの胸筋をセクシーに見せるイケオジの表紙を発見。艶めかしい目つきごと撮影だ。

【濡れてるのはお前たちだけみたいだな、こっちは雨が止んだらすぐ帰る予定だ。あとメカがいじられてたら止めてやってくれ】

 そして雄っぱいも送付――既読されて返信が停滞した、ハッハァざまあみろ!

「何してるんすかイチ様」
「胸には胸をだ、お前が見つけてくれたおかげで仕返しのレパートリーも増えたよありがとう」
「うち、まさかその雑誌でそこまで喜ばれるとは思わなかったっす……」

 さぞ理解に苦しんでるに違いない、こればかりはロアベアを褒めてやろう。

【報告、何故かチアルが爆笑してる。一体何の仕業?】

 と思ったらオリスからそうでもなかった報告が入ってきた、クソが!

【草w こーいう返し方想定外なんですけど! いっち何送ってんのさw】

 しまいには本人がそういうのだ、騙しやがったなあの羽女。

「許さんぞチアル……」
「なんすかいきなり、チアルちゃんとなんかあったんすか」
「自撮り送ってきたから仕返しに雄っぱい見せたら笑われた」
「わ~お、斬新な返し方っす。多分そういうことするのイチ様ぐらいだと思われるっすよ」

 続けて送ろうと思ったが負けた、あきらめよう。
 とにかくだ。チアルの件はさておき、これで西も東もまた一つ安全になった。
 全チーム成果ありってところか? 後は雨がやんでくれれば完璧だな。

「ヤグチ、他のやつらも無事だってさ」

 それまで本でも読んで勉強と洒落込むか。そう思いつつ席に着いた。
 だいぶ疲れが取れたヤグチとアオも誰かと連絡してたようだ、宙をひっかいてる。

「あ、今タケナカ先輩と連絡してたよ。見張り塔を制圧したらしいね」
「でもその奥に廃墟があるとかびっくりだよ! あの人絶対頭悩ませてると思う……」
「あれが丸ごと白き民の生息地だからな、アサイラムで合流したら嫌な顔してると思うぞ」

 この二人にも拠点東の様子が伝わってたか。甘ったるいお茶に苦い笑みだ。
 つーか全方位白き民とかシャレにならないぞ、フランメリアのやつらめ。
 そりゃどうにかしてくれるなら支援も惜しまないだろうさ……。

「わしからも報告じゃよ、昼過ぎにはディセンバーが戦車を運ぼうと思ったが中止じゃ。この雨の中こっちまで突っ切るのは危なっかしいからの、やめさせといたぞ」

 次はスパタ爺さんからの報告だ、この雨じゃ戦車は無理だそうだ。
 それもそうか。履帯の力でも舗装されてない道を悪天候の中突っ切るのは危険だ。

「そりゃ残念だな、どうしてもだめか?」
「戦車にもうちっと余裕がありゃ多少の無理はさせたいんじゃがな。ただ荒れてるだけのウェイストランドならともかく、未開のフランメリアの土地柄を突破するにはリスクがデカすぎんぞ」
「仮に何かあったら戦車一台分助けないといけなくなるからな……じゃあ仕方ない、無理しない方がいい」
「なあに、今んところあの火力が必要になる事態はないし大丈夫じゃろ」
「そうだな、帰ったらまた拠点いじって防御固めとくか。書店のおかげで引き出し増えたし」
「わはは、収穫いっぱいじゃな。本もいくつか持って帰るぞ、向こうの知識は貴重じゃからな」
「だったらあっちで本棚でも作るか。帰りの運転は誰がやるんだ?」
「タカアキがやってくれるとさ。助手席わしがもらっていい?」
「どうぞ、のんびりしててくれ。帰りが楽しみだな」

 この天気事情じゃ戦車も来れないそうだがやむなしだ。
 まあいいか、砲弾をぶちかまさないといけない相手がいるわけでもないし。
 段ボールにこだわりの本が収まるのを傍目に残った本をまた斜め読みだ。

「――む? みんな、雨の勢いが弱くなってきたぞ」

 そうして雨音をBGMに好きにしてしばらく、クラウディアが外に気を向けてた。
 ちょうど流し読んだ数が百でも超えるんじゃないかというあたりだった。
 つられれば確かに静かになってた、細くなった粒がだいぶ穏やかだ。

「……やっとかよ。ひどい雨だったな」
「おっ? 止んできたみてえだな、まったくいきなり降るもんだからお兄さんびっくりしちゃったぜ」

 次第にぴたりと止んだ。曇り空の色も明けてきてる。
 幼馴染と空の機嫌を伺えば青色が戻り始めてた――程なく濃い晴れ模様だ。

「ついでに快晴だ。これならみんな安心して帰れるだろうな」
「お爺ちゃん、そろそろ帰り時だぜ。皆さま忘れ物はございませんかってな?」
「見事に晴れ始めとるのう……お前さんら、今のうちに荷台に今日の成果運んどけよ! やることやったしアサイラムへ帰還じゃ!」
「聞いたかお前ら、そろそろ帰宅時間だ。荷物積んでさっさと撤収するぞ」

 そうなれば後は帰るだけだ、俺たちは回復する天候を理由に片づけを始めた。
 ああそうだ、モスマン君も忘れずに。キモカワイイこいつは食堂に飾るか。

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