魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち

オールド・チャプター・ブックストア(3)

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 一世紀は居座ってた客を退店させた後、しばらく書店を漁った。

 テュマーがいてくれて良かった理由一つ追加、店の在庫は豊かなままだ。
 きっと厄介な常連のせいだろう、他の客足がずっと遠のいていたに違いない。
 多少ダメになった商品はあるが、もう一度店を開けるぐらいには満ち足りてる。
 ただしそこに教養があるかどうかは自分で確かめるほかない――つまり読み漁る必要がある。

「……こいつはどうよ、その名も【アパラチア・ボーイスカウト・ガイド】だ」
「……どれどれ? レシピ追加だ、手作り軟膏に野草茶に狩猟用の罠だってさ。スキルは上がってないぞ」
「やっぱ生存術系のレシピだったか。次はこんなのどう?」
「えーと【戦争史から学ぶ建築術】か。お、なんかいろいろ覚えたぞ……コンクリートの建築物とか有刺鉄線とかだ、当たりか?」
「実戦的なラインナップだな、大当たりだ。他には……この【混沌の時代を生き抜く自家栽培】っての読んでみ」
「ワーオ、またPDAの引き出しが増えた。温室とか水耕栽培とか肥料の作り方がアンロックだ」
「いいねえ、今のところは宝の山って感じだ。今のうちに覚えれるもんは覚えちまえ」
「イチ様ぁ、胸筋逞しいおじさまでいっぱいの雑誌見つけたっすよ」
「直ちにキープしろよくやったロアベア!」
「お前はなんてもんに反応してやがるんだ。個人のプライバシーのため持ち帰ってどうするかまでは聞かねえぞ」

 そんな全品無料フェアの中、俺は片っ端から本を斜め読みしていた。
 休憩スペースを陣取って、幼馴染おすすめの品を眺めては手放すの繰り返しである。
 するとクラフトシステムのレシピがどんどん増えていく、建築のレパートリーもだ。

「こんなところで勉強とはえらいぞ! 私も二階から色々持ってきたぞ、ほら食い物の本がいっぱいだ!」

 どすん。
 たった今おかわりも追加だ。クラウディアが本のタワーを飾りにきた。
 少し見上げなきゃいけないほどのそれは料理の哲学だの、食文化史だの、食のお話ばっかである。

「ああどうも、俺に食育でもしたいのか?」
「私の選りすぐりだぞ。アパラチアの料理とか言うのがうまそうでな、是非読んでくれ」
「それは俺じゃなくてリム様に言ってくれ。おっ、パンの本だ……奥さんたちへのお土産にするか」

 試し読みした結果は特に意味なし、ただのアメリカ南部の料理本だった。
 他にクラフトシステムのレパートリーを刺激するやつを探ろうとするも。

「……ざっと見るだけでも疲れるな。なあ、この調子で全部見ないと駄目?」
「勝手に持ってきてなんだけど、これ一人で全部流し読むってのもひでえ話だよな。休憩タイムはいりまーす」
「じゃあ休憩。電子書籍ってすごかったんだな、寝転がってもARグラス使えば楽に読めるし」
「こればっかりはああいうのが羨ましくなるぜ。紙媒体は高級品とか言われる前は、きっとみんなこんな風に読書してたのかね」
「かもな。さっと読めば要点を掴めるのは俺だけの特権だな」
「はは、本読んだだけでスキル上がれば現代人も苦労しなかっただろうに」

 目に触れて覚える仕様は助かるけど、一冊一冊そうする必要があるんだぞ?
 まもなくテーブルに要塞を築けそうなほどの質量に、とうとう身体の中で拒否反応が働いた。
 本の読み過ぎだ。紙媒体が高級品になった元の世界を考えると贅沢な話だな。

「……ご主人。このぬいぐるみ、なんだろう?」

 脳が本を拒んで一休みしてると、横からニクが獲物を連れてきたようだ。
 抱っこされてわん娘パーカーの黒さに背を預けた……虫なのか鳥なのか曖昧な未確認生命体だ。

「そいつに関してはこうコメントしたいな。なんだこのバケモン」
「鳥、なのかな……? 大きな羽が生えてるし」
「虫と鳥が不幸な形で合体したような生物にも見えるぞ。タカアキ、こちらの方はご存じで?」

 パスされた。擲弾兵のブラックカラーに馴染む真っ黒ふわふわなお姿だ。
 こうもりのようなそうでもないような翼に、首元のふさふさ感に、可愛さを作る赤い瞳に「w」な口がキモ可愛い。
 その名もモスマンだ。付属する札がそう紹介してくれてる。

「ああ、モスマンね。G.U.E.S.T作中に出てくる蛾のミュータントだよ」
「なんだ、ミュータントか。ちゃんと実在する方をモデルにしてたみたいだな」
「ミュータントだったんだ……可愛いのに」
「おいおい、そうはいってもゲームのマスコットみたいなもんだぜ。つまり悪いミュータントじゃございませんってことだ」

 ところがそんな不思議な魅力も、幼馴染のゲーム知識で割と台無しだった。
 親しそうに微笑むこの異形はミュータントだとさ。なんて世知辛い事実だ。

「……モスマンというのは東側で伝説になっている未確認生物だったそうだがな。ウェスト・ヴァージニアではそいつをシンボルにコミュニティが形成されてるとだいぶ前に耳にしたんだが」

 本のお供にモスマンを添えてると、クリューサが掴んだ一冊を近づけてきた。
 【弓は狩猟文化と共に】という本だ、さらっと読むと【弓】に経験値が入ってSlevが5に上昇。

「いい本をどうもクリューサ先生。このモスマン君と知り合いか?」
「あいにく初対面だ。1960年代にモスマンという蛾人間と遭遇したという事件があってな。いわゆる都市伝説というやつだが、その噂は戦後もなお続いているとまでは聞いたぞ」
「なるほど。で、その謎を解くカギがどうも近くにいるとさ」
「宇宙人だとか先住民の呪いだとか言い伝えられていたようだが、その正体を知ったやつがいるとなれば是非教えてほしいものだ」

 なるほど、戦前の世じゃ正体不明のバケモンだったのか。
 興味はすっかり「モスマンの正体について」だ、どうなんだとタカアキを伺うと。
 
「正体はこうだ、ボストンで遺伝子組み換えされた挙句、脱走した先のウェスト・ヴァージニアで変異した蛾だ。それが戦前からの都市伝説に重なっちまって本物になっちまったわけだな」

 おめでとう、ウェイストランドの謎が一つ解けた。
 昔の人々が生み出したユニークな生き物だったらしい、またあいつらの仕業か。

「夢のない話だったわけか、正体はただの蛾だってさ」
「戦前のやつらのやらかしというなら納得だ。どうしてお前が知っているのかはともかく、それが事実なら東のやつらはミュータントを崇めてるわけか」
「もうバケモン崇拝するのはお腹いっぱい。餌は人間か?」
「いんや、変異してもけっきょくは草食性だぜ? 実際のところは草花食って飛び回るだけのでっかい蛾だ」
「こんな見た目して健康的かよ、フランメリアでやってけそう」
「変異したところで所詮は蛾か。この気の抜けるような人形のデザインは正しかったようだ」
「こっちの世界にも来てたりしてな、モスマン。もし見かけたら攻撃すんなよ? ありゃ友好的なミュータントだ」

 一応「こいつみたいにか?」とお座り中のモスマン人形を確かめた。
 幼馴染の笑顔的に仲良くできるってさ。
 テーブルに着いたニクにじっと見られても「w」な口で応じるんだから、実物もそんなもんだろう。

「都市伝説の真実はミュータントか。クリューサ、びっくりしたか?」
「残念だがさほど驚くようなものではない。なにせ俺の人生はいつのまにか真実味のある人外どもに囲われるような道を歩んでいるからな」
「例えば?」
「今目に見える分には暴食の化身とイングランドの妖怪だが、モスマンよりかは恐ろしいだろう」
「そう言われると首が取れるメイドの方がよっぽど深刻だったな」
「それから脳天に銃弾を食らおうが、腹を串刺しにされようが中々死なない戦闘マシンだ。これに比べれば蛾のミュータントなど可愛いものだ」
「おい、それ誰のことだ? お前の目の前にいるやつか?」
「うちのことお呼びっすかお二人とも」

 続く話は誰かさんをバケモン扱いする方向性になったようだ。
 ロアベアが興味深そうに挟まってきたのでモスマン君に誘導しておくとして。

「どおりでモスマン絡みの本がいっぱいあるわけだ。戦前のやつらもこういうので楽しんでたみたいだな」
『ニク君、このお人形気に入ったんすか』
『ん、ちょっとかわいい……?』

 俺は近くの本棚をそっと見た。
 地元の歴史だのが集うラインナップに、モスマンつきの表紙があれやこれやとオカルト味を付け足してる。

「……ふう。どうじゃお前さんら、なんかよいものは見つかったか?」

 ちょうどそのタイミングで、スパタ爺さんが外から戻ってきた。
 黒く汚れた髭面が手持ちの工具やらを抱えてる、いい知らせの面構えだ。

「おかえり、ちょっと他所の文化を学んでたところだ。そっちはどう?」

 収穫あり、とテーブルの方を示せば、対して向こうもまさにそんな感じだ。

「わしも収穫ありよ、あのトラックは少し修理すりゃ使えるぞ。エンジンが故障しとるが、周りの車からかき集めたパーツでまた動かせそうじゃ」
「あれがかよ、ツイてるな」
「じゃろ? タイヤの方も問題なしじゃ、エンジンが動きゃあとは自動で空気圧を調整してくれるようになっとる。流石は戦前の軍用車といったところかの」

 親指の向きは店外だ、拭き取られたガラスに軍隊色のトラックがよく見えた。

「乗って下さいって感じだな。後は燃料と運転手か?」
「タンクは穴あいとったが塞いどいたぞ。燃料は周りの残骸からかき集めりゃなんとかなるじゃろう」
「うまくいけば帰りは快適になりそうだな、手伝うことはあるか?」
「強いていや帰りの無事を祈って欲しいぐらいかの。とはいえ、なんか雨降りそうじゃしなあ……とりあえずわしからの報告は以上、ちょいと休憩じゃ。掘り出しもん多すぎて大興奮!」
「了解、スパタ爺さんも適度に休んどけよ」

 このままトラブルが立たなければ文明の便利さにあやかれそうだな。
 「どうぞ」と店内をすすめれば、興味をそそるものはないかと技術的な品ぞろえを見に行ったようだ。

「確かに降りそうだよな、雨……大丈夫か?」

 でも外はますます曇りだ、機嫌が少し傾けば雨が降ってもおかしくない。
 そうなっても暇つぶしが山ほどあるのが救いか、他の冒険者たちが心配だ。

「その大丈夫ってのは俺たちだけじゃさそうだな?」
「ああ、他の連中に対しても含めてる。今頃他のやつらはどうしてるんだか」
「ここで無事を祈るしかねえさ。なあに、みんなできる奴だからそう心配しなさんな」
「だといいんだけどなあ……」
「そうだ、屋上いけばヤグチたちの様子分かるんじゃね?」
「それもそうか、ちょっと行ってみるか」

 タカアキと見て分かることは、そんな外の様子に身体がうずくことぐらいだ。
 この感覚からして間違いなく雨だ、早めにこの書店を制圧して良かった。

【昨今、ここウェスト・ヴァージニアではハチミツのもたらす『一石三鳥』が経済と自然環境を回復させていると話題になっている。その甘さには飲食業から医療まで幅広い需要があり、ハチの営みは炭鉱で損耗した環境を修繕し、減少したハチの個体数の復活にも働いている。国は養蜂業を推奨しており、それらがもたらす「甘い結果」に期待しているようだ】
【――しかし近年、それにまつわる良からぬことが増加傾向にあるのも無視できない事実である。近隣住民とのトラブルや、最近も養蜂場を巡った話が手製の銃器による銃撃戦に発展して死者が多数出たことから、他州から流入する万能火薬の取り締まりを厳しくするほか、ボストンで開発された新たな蜜源植物の導入を検討しており……】

 屋上へ向かう途中、ふと壁を見れば新聞の一面が張り付けられていた。
 近くの棚には話題通りに蜂蜜絡みの書籍でいっぱいだ、あの手この手で稼ごうと努力してたらしい。

「戦前はどこだろうがこんな調子か。新聞を見かけるたびにずっとこんな感じの文章しか見てないぞ」
「蜂蜜のために銃撃戦ねえ……そういやあのゲーム、万能火薬のせいで銃器絡みの犯罪が多発してた設定だったな」
「俺の知り合いも万能火薬のすごさについていろいろ教えてくれた。少しの手間で性質も自由自在に調節できることもな」
「植物由来の火薬か。おかげで火力を伴うトラブルは急造したとか言うひでえ話だったような」
「弾薬から爆薬まで簡単に作れるんだ、社会が不安なら使う相手もいっぱいいるんじゃないか?」
「元の世界の良さは銃口が隣り合わせじゃないとこだな。お兄さんはご近所トラブルで撃ち合いとかごめんだぜ」

 相変わらず穏やかなじゃない戦前を垣間見た後、二人で階段を上った。
 なんというか、クラウディアが活躍したという二階はその通りの有様だ。
 本棚ぎっしりの空間に強制退店させられたお客様テュマーがざっくばらんに倒れてる。

「どうだ、すごいだろう? 頭上に隠れるのにちょうどいいダクトがあってな、そこを利用して一人ずつ始末したんだ」

 その犯人たるダークエルフもいつの間にかついてきてた、ドヤ顔で。
 見て分かるのはナイフで急所を刺突された奴が多数、自動レジ近くに太矢で射貫かれた制服姿が幾つかだ。

「五……十……大体十五か、遺憾なく活躍したみたいだな」
「うーわ……これ全部クラウディアの姉ちゃんがやったのかよ。ちょうど虐殺後の現場じゃねえか」
「真っ向から相手取るには少々厄介だが、裏をかければ簡単だぞ。ところでどうしたんだ二人とも、本でも探してるのか?」
「いや、ちょっと同業者の様子を見に屋上だ。ついてくるか?」
「こっからならヤグチたちが見えるだろ? 冒険者ウォッチングってやつだ、一緒にどう?」
「そうか、ここからなら遠くを見渡せそうだからな。屋上は綺麗にしておいたぞ、部屋の奥に階段化があるから」

 ご遺体は後回しにして、先行くクラウディアの背中を頼って階段を上がった。

「……この空気の感じ、間違いなく降るだろうな」
「空気がしっとりしてるからな、じきに雨が降ってくるぞ。体調は大丈夫か?」
「まだ平気だ。で、これがさっき俺たちを狙ってたやつのいた場所か?」

 開けっ放しの扉をくぐると、すぐ肺に引っかかるような湿った空気を感じた。
 曇り空は濃くなってるし、土嚢に囲われた屋上にテントや雨除けが立ってる。
 周囲が伺えるいい場所だ。ゆるやかな地形を少し挟んで西の屋敷も遠く見えた。

「なんで分かるんだ? そういう機能あったっけか?」
「最近実装されたんだ、古傷センサーってやつ」
「あー、そういうこと。でもなんか調子悪そうだぞお前」
「だいぶ慣れたつもりだ、まあ良く当たる天気予報だと思ってくれ。それよりも……」

 タカアキと気になるものが目に付いた、そこで横たわるうつ伏せの三名様だ。
 それぞれ不意の一撃を喰らって立ち上がり損ねたような死に方を晒してる。

「どうやって狩ったか気になるか? まず後ろからクロスボウを打ち込んで、残りは背後からざっくりだぞ」

 死因はドヤ顔の説得力が示す通りだ、クロスボウと二本のナイフにある。

「こんな三人仲良く並んで死ねるなんてあの世でも喜んでるんじゃないか? 良くやった」
「気づいた時には遅かったみてえな死に様だな。ていうかこいつら同じ銃持ってやがるな? 生前何してたんだ?」

 テュマー三人分の共通点は芋虫みたいに這いつくばる姿勢だ。
 土嚢の間にある穴はいかにも銃口と照準が通る大きさだ、ここで狙ってたか。
 だけどここらの地形にだいぶ射線を拒まれたらしい、フランメリアに感謝だ。

「ここらの土地の高低差が守ってくれたみたいだな、もう少し見晴らし良かったら誰か撃たれてたぞ」
「マジで俺たち狙ってやがったのか……うかつに近づいたらウェルカムライフルだな、つまり死ぬってこと」
「南側の起伏に射線が遮られてたわけだ。良かったなイチ、お前はこの世界に愛されてるぞ」
「お前とこの地に対する感謝の気持ちはどう示せばいい?」 
「うまいものでもおごってくれ! 最近ジパング料理のスシとやらが食えると聞いたんだが」
「喜んで。それで……こいつらが持ってるのは……」

 死因と恩人の活躍が分かったところで、そいつらの得物を拾った。
 一言で言い表せるぞ、年季を感じさせるボルト・アクション式の小銃だ。
 銃口まで行き届いた木製のハンドガードと、実戦的な箱形弾倉がくっついてる。

「スコープつきが三つだな。なんだこりゃ、リー・エンフィールドか?」

 タカアキも拾った。俺の知らない名称を口にしつつ珍しそうだ。
 照準器は狩猟対象向けにセットされてる、こんなもんで狙われてたのか。

「リー……なんだって? 誰の名前だ?」
「しいて言うならこいつの名前かもな。いや、こういう銃がリアルにあってだな……まあ実銃がモチーフってことだな」
「なるほど、次に気になるのはその元ネタが強いかどうかだ」
「308口径弾だぞ、当たったらきっと痛えだろうな――ロアベアちゃんちょっとおいで!」

 するとなぜか首ありメイドが呼ばれて「なんすかなんすか」と走ってきた。

「どうしたんすかタカアキ様ぁ」
「ちょいとこれ持ってみ?」
「小銃っすかこれ。テュマーの遺品みたいっすねえ」

 そして屋上の殺人現場に小銃を担いだメイドさんの誕生だ。
 何がしたいかさっぱりだけど、新しい得物でによによしてる姿は様になってるようなそうでもないような……

「タカアキ、メイドに武装させようって意図は分かったぞ。何したいんだお前」
「いや、イギリス製の銃にメイドさん……」
「くれるんすかこれ、ならお屋敷に持ち帰るっす!」

 良く分からないがロアベア向けらしい、本人が面白そうにしてるし別にいいか。
 試しに手にしてみれば、手に感じたのはけっこうな弾倉の重みだった。
 十発ほど入ってるな。ボルトを引くと以外にもしゃきしゃきっと軽やか。

「む、キャンプの中にこんなものがあったぞ。書き置きみたいだが」

 小銃を指に馴染ませてると、テントをごそごそしてたクラウディアがお帰りだ。
 手土産は色褪せた紙が一枚、手書きで何やら表現がへばりついていて。

【ゾンビ狩りのシーズンだ! インドの友人から譲ってもらったこの"イシャポール"でここを我が家族のアラモ砦とする! ここは見晴らしも良ければ、この小銃だって家族三人分もあるんだ、こいつで見つけ次第撃ちまくればモスマンが攻めてこようが平和になるだろうよ。社会崩壊が始まる前にここで戦士たちを集って徹底抗戦だ! アラモ砦のように!】

 ……という感じで人生最後のメッセージが残してあった、周囲と見比べるにキャンプ中のご一行のものだ。

「遺書だな。お前が仕留めたのは持ち主みたいだ」
「であれば私はテュマーの檻から解き放ってやったことになるな。成仏してほしいものだ」
「あーあー見事にフラグ立てやがって……それで死ぬならまだしも、延々とテュマーとして働くことになるなんて気の毒だぜ」
「こちらでお休みになってるのがそうなんすねえ、この銃はうちらが頂いておくっすよ」

 タカアキも拝借したらしい、これで小銃三挺は俺たちのものだ。
 ついでに弾やらチップやらもごそごそいただくと、ふと西側の様子が目に付く。

「で、ここに来た理由はヤグチたちのことだ。あいつら今頃どうしてるんだか」

 屈んで双眼鏡を手にした。
 測距機能と一緒に見つめれば――あった。
 おおよそ370mほど、屋根が崩れた白煉瓦の屋敷が見える。

「ん~? イチ様ぁ、なんか庭園の方でヤグチ様たちが頑張っておられるっすよ」

 そこに大学生カップルが見えないか探ってると、ロアベアの言葉通りに目が行く。
 咲き放題荒れ放題の花と生垣の向こうで動きがあった。

「おいおい、あいつら交戦中かよ。あれは善戦って感じなのか?」

 いた、チーム・ヤグチだ。
 冒険者の格好が陣形を組んで、庭園の向こうからやってくる白い姿と対峙してる。

「あれちょっと苦戦してる感じっすねえ。ヤグチ様とアオ様押されてるっす」
「む、あいつらだな。白き民たちに押されてないか? それに奥で構えてるのは【キャプテン】じゃないか、統制の取れた連中と出くわしたようだな」

 ロアベアとクラウディアがそう言うなら気のせいじゃないだろう。

「揃ってほしくないやつらオールインワンだ畜生、あいつら大丈夫か?」

 集中して見渡した、転がる鎧を見るにナイトをいくつか仕留めたようだ。
 それでも鎧姿はまだまだいるし、軽装のソルジャーを率いてヤグチたちへ押し迫ろうとしてる。
 冒険者側が防御しつつ引っ込んだかと思えば、放り込まれたライトニング・ポーションが黄色に輝く。
 起きた雷撃が敵の前衛を巻き込むと反撃に転じた。
 ヤグチがどこから飛んだ魔法を盾で防いで、アオの長柄武器が一匹薙ぎ払う。

「おい、もしかしてヤバい感じか?」

 タカアキもサングラスを凝らして伺ってたが、俺はそこに双眼鏡を預けて。

「かもな、ちょっと観測してくれ」

 手に入れたばかりの"イシャポール"の調子を確かめた。
 照準器を軽く整えて、土嚢に銃身を預けて発射準備完了だ。

「観測ってなんだ? まさかお前」
「そのまさかだ、的当てするぞ。距離と敵の位置と着弾した場所を教えてくれ」

 狙撃なんてガラじゃない生き方をしてるが、あいつらのピンチならそんなこと言ってられるかって話だ。

「へへ、じゃあやるか。こういうの一度やってみたかったんだよな」
「幼馴染との共同作業だ。とりあえず――」

 ピントをあわせると、軍用のミル・ドットに戦場の様子がはっきりと映った。
 ケイタが杖を構えて一言発して、そこから現れた黄金色の線が白き民に直撃。
 電撃魔法ってやつなんだろう、かなりの衝撃を受けたのかソルジャーが固まる。
 そこにハル……チャラオが斧で切り込み撃破、その綻びにセイカが両手剣をぶん回し、避けた敵をイクエが叩くいい連携だ。

「イチ様ぁ、お屋敷の屋根に弓持ちが登ってるっすよ。裏取りっすねえあれ」

 そこでロアベアの報告が入った、屋敷の平たい構造に銃を手繰らせる。
 崩れかけた白煉瓦の屋根にうまく溶け込んだ奴らが数名、横から矢を放つ気か。

「まず弓持ちだ、胸を狙う」

 狙いをそこに合わせた。長弓を引き絞る様子、皮鎧に守られた胸だ。
 呼吸を整えて、数百メートルほどの狙いにそれが重ねた――トリガを絞る。

*BaaaaM!*

 発射。銃床から来る衝撃を肩で、ボルトを引いて次弾装填。
 落ち着いた照準を見ると、弓持ちの白い姿が腹を抑えて転がっていた。

「お見事、腹に命中。ほんの少し右にずれてる気がするぜ」
「お~、当たってるっす。でも着弾が下っすよ」
「けっこうずれたな。気持ち横にずらすか」

 二人の報告もあわせるに着弾にずれがあるようだ。
 そのことを忘れずにその隣、急に転げ落ちた仲間に唖然とするやつを見かけ。

「次はその横。狼狽えてるやつだ、胸を狙う」

 直した照準に胸が重なったところで、狙いを爪先一つ分ずらした。
 さっきの着弾から考えるに、これが正しければ風通しがよくなるはずだ。

*BaaaaM!*

 撃った――ボルトをかちゃっと小気味よく引き直す。
 すぐレンズを覗いた一瞬、次の獲物が背から倒れて屋根をずり落ちる。

「ワーオ、胸ど真ん中だ。びっくりして屋根から転がってったぜ」
「お見事っす~♡ 他にまだいるっすよ、もう一体が異変に気付いて逃げようとしてるっす」
「大当たりだぞイチ、今ので敵が崩れ始めた」
「報告どうも。そいつは逃せないな」

 ヒットだとさ。これでコツは掴めたぞ。
 屋根のあたりを辿ると発見、突然倒れた仲間に狼狽えて腰が引けてるやつだ。
 その姿を追った。裏に逃げようとする背中をなぞって、レンズ上のドットを左側頭部あたりにあてがい。

「三匹目だ、ヘッドショット」

 また撃った、しっかり見据えた先で敵がするりと転んだ。
 やったか。戦況を見るに白い奴らが慌てふためき、ヤグチたちも狼狽えてる。
 次弾装填と共に次の獲物を探した、背景の右側、庭園で杖を持つ【マジシャン】を発見。

「ヘッドショット! いいねえ、一発も外してねえぞお前」
「きっとおばあちゃんもにっこりっすねえ。右に杖持ち、魔法使いがいるっすよ」
「敵の足が止まったぞ。もっと撃ってヤグチたちにこっちの存在を知らせるんだ」

 慣れればこっちのもんだ、混乱する仲間をフォローしようとする杖持ちを狙う。
 生垣に下半分を隠した姿が杖にマナを集めてる、おかげで狙いが良く通るぞ。

「今そいつを見つけた。思うにボスだったら俺がこうしてちまちまやってる間、倍は仕留めてるだろうな……」

 横っ面を晒すところに重ねて発射、間をわずかに挟んで「ヒット」と幼馴染の声だ。
 詠唱する頭をぶち抜いた、ばたっと倒れて敵も味方も等しくざわめいてる。

「おーおー、なんかやっとるのう。もしかしてヤグチのを援護してるんか?」

 ヤグチたちが勢いづくのが見えてくると、後ろからスパタ爺さんの声がした。
 にやついてる声色はよくわかってくれてる、狙撃鑑賞に加わったようだ。

「今いいところだ、あいつら無事に巻き返したっぽい」
「ほほう、キャプテン相手に頑張っとるわ。せっかく善戦しとるんじゃし、このまま後は成り行きに任せてもよいんじゃないかの?」
「アサイラムで一仕事してくれてるんだからもう一発ぐらいいだろ?」

 突然仲間が死んで白き民は総崩れ、そこへヤグチ一同は勢いづいてた。
 大学生カップルが息の合った連携で二体同時にソルジャーを叩き斬る。
 そこをセイカが両手剣でかき回し、立ちふさがるナイトの風格を電撃魔法が打ち据えた。
 流れ込むハ……チャラオとイクエがそれも叩き伏せると、鎧と兜で偉そうにした指揮官らしさがついに一歩踏み出す。

「あいつがキャプテンだな……って……」

 ところが、敵のお偉いさんは腹をくくったみたいだ。
 覚悟を決めるなりすさまじい剣さばきをおっ始めた。
 叩き込まれたセイカの一撃を軽々いなして吹っ飛ばして、続くチャラオの斧も撃ち上げて無力化した。
 それならばと電撃が飛ぶも、あろうことか剣一振りで弾いた――あれがキャプテンの本気か。

「すげえ、魔法を剣で弾いたぞ。やるじゃん」
「キャプテン本気っすねえ、ボスって感じっすよあれ」
「あっという間に数人に勝ってるじゃないか、あのキャプテンは実力を積んだ個体みたいだぞ」
「見事に怒らせとるのう、気抜くと死ぬぞありゃ」

 対してこっちは呑気なやつらばっかだ。ごめんお前ら、俺たちそういう人種なんだ。
 せめてものお詫びだ。ヤグチの剣を盾で受け止め、鋭く退くキャプテンを狙った。

「――残念だったな、六人プラス一人だ。後は自分でどうにかしろよ」

 
 次の攻撃に備えてお互いがぴたりと止まる、照準を落として敵の下半身に重ねて。

*BaaaaM!*

 撃った。ほんのわずかを置いて「攻撃!」という姿が崩れる。
 足をぶち抜いてやった。これで冒険者の前にいるのは跪いたキャプテンだ。
 見守る先のヤグチは多少のためらいがあったものの、すぐ分かってくれた。
 すかさず迫り盾で顔面を殴打。仰け反るところに片手剣をぶち込み、通りすがるようにアオが穂先でぶった斬る。

「……お見事だ、ちゃんとあいつらの手柄も守ったみてえだな。見ろよあれ、きょろきょろしてるぜ?」

 ぽん、とタカアキに肩を叩かれた。つまりそういうことだ。
 息の合った連携に相手は身もだえしたのち、青く散って戦利品を残したようだ。

「おー、お二人とも仕留められたようっすよ。皆さまぐったりっす」
「良くやったなイチ! みんな無事だぞ!」
「わはは、お前さんもヤグチのもいい腕しとるな。まあ、ボスの方に比べたらまだまだってところじゃけどな?」
「精進するよ。これで向こうもクリアだな」

 みんなで様子を伺ってると、次第にハル……チャラオがこっちに「あれ」と指をさすのが見えた。
 つられて豊かな個性が揃って顔を向けてきた。
 向こうのリーダーもまさか、とばかりの様子で。

【まさかイチ君? そうだよね?】

 だってさ、そんな疑問形を送ってきた。
 俺は立ち上がって、そんな様子に手を振りつつ。

【言い忘れてたけど俺も戦力に入ってる、盾で殴るあたりがカッコよかったぞ。スパタ爺さんがトラック直してくれるから帰りは楽だ、見守ってやるからゆっくり戦利品厳選してくれ】

 と、送り返してやった。
 返事は疲れた身振りで「ありがとう」な手の持ち方だ、しっかり見てるぞ。


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