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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
こちらでも北へ、ストレンジャー
しおりを挟む「……ほんとに和食なんだな。言ってみるもんだ」
冒険者が行き交う食堂の中、お手元のトレイを眺めた。
大き目の茶碗に盛られたご飯にキノコ尽くしの味噌汁、そして茶碗蒸しと焼き魚と煮物にサラダと事足りてる。
カウンターに行けばどれもおかわりし放題。なぜかスイカもあるぞ。
そろそろ日本人的な顔に「これ元の世界で食ったらいくらするんだろう」という不安が出てる。
『どうしてこの世界に来ちまった奴らが帰りたがらないか分かった気がするぞ。どこ見ようが故郷よりずっと生活水準が高いからだろうな』
『そうですねタケナカ先輩。俺たちあれからずっと、あっちよりいいものばっかり食べてますからね……』
『しかもこれ、全部人工モノじゃないんですよね……私の友達もみんなフランメリアに来てから太ったって身体で物語ってます』
片目隠れと眼鏡な地味コンビ(またの名をホンダとハナコという)を連れて歩くタケナカ先輩だって複雑な顔だ。
けれども一口食べれば、そんなこと気にしてられないほどうまそうだった。
「肉食不可の種族に考慮してうまく材料を変えるに飽き足らず、わざわざ品目を増やすとは頭が上がらない、あの女性は喫食者に対する配慮が行き届いている。茶碗蒸しおいしい」
「お肉とお魚ぬきのご飯を用意してくれました! レフレク幸せです!」
外に出て広場のテーブルに割り込むと、タイニーエルフと妖精が喜んでた。
一体なんなんだ、食堂のやつらのサービスの良さは。
「お前らには分からないと思うけど、俺たちプレイヤーからすると天然モノが食えるだけですごいことだからな? 本物の魚食えるだけで感動するぐらい行くところ行っちゃってるんだぞ」
俺はそんな可愛らしくもぐもぐしてる隣で、皿の上の焼き魚をつついた。
この赤い魚は肉厚だし、小さなレモンみたいなものと大根おろしもついてる。
一口運べば都合よく美味しい身だけを再現した人工モノとはえらい違いだ、味も食べ応えもじんわりくる
「それ気になるなあ。プレイヤーさんたちって、向こうで人工食品ばっか食べてたんだっけ?」
「うろ覚えですが、肉類から魚介類までほぼ人工的に作られたものと置き換えられたと聞きました」
「ネットの記事デ「本物と全然変わらない味」だって見たゾ、ワタシすごく気になってたんだガ」
周りじゃそんな疑問を口々に猫ッ娘、鬼ッ娘、魚ッ娘も美味しそうにしてる。
「こうなっていろいろ美味しいもん食って知ったんだけどな、人工食品ってうまいけど……やっぱり本物と食べ比べると全然違うなこれって気づいてくるんだ。確か原材料は豆か、誰が言ったかその名も『第二の肉』ってやつか?」
いろいろ思い出しながら答えてやった。ブルヘッドの経験が特にそうだ。
するとヒロインな面々はしっかり耳にするなり『肉なのに豆?』とか『どんな味なんだろう』と謎めいてる。
「お嬢さんがた、人工食品ってけっきょく雑味がないのさ。あれ確かにうまいっちゃうまいけど、味付けを大胆に変えねえと飽きるぞ。でも体質上の問題だとか宗教上の理由だとか肉が食えないやつが助かったのは確かだな」
謎解きはタカアキがお椀片手にやってくれた。
そう広がれば人工知能的に興味がわいたらしい。
まあ、未来の俺が生んだ人工食品は沢山の人を助けて同じ分だけ困らせたという救いようのないオチがあるわけだが。
その点は青空の下で焼き魚をつつくヤグチとアオたちも良く感じてたらしく。
「うん……養殖したものですら高級品だったよね。俺の好物のフライドチキン、気が付いたら作り物の鶏肉に変わってたし」
「牛乳とかも人工モノになってきてたよね……お菓子作りが趣味な身としては「正気か!?」って思ったよ。チーズすらも本物じゃなくなってきてたし」
「そういえば前にスーパーの精肉コーナーが日に日に置き換わってさ、あれマジでビビったんだけど……」
「わかりみ……あれさ、人類終わるとかすっげえ騒がれてなかった?」
「私のお母さん、逆に肉食べ放題だって前向きに言ってましたね……」
「焼肉が全部人工肉になってたぜ……!」
チャラそうなやつらも黒髪ボブも少年魔法使いも口々だった。
そこまで情報が伝わると、オリスも元の世界の複雑な有様に小難しい顔だ。
「以上現場の声でした。どうよ?」
「なんたる混沌。さぞ産業が滅茶苦茶にかき回されたと思う」
「正解、美味しさの裏には不安が付きまとうような感じだった。だから俺はこっちで食う食事には毎日感謝してる」
プレイヤーの身の上がこっちに落ち着いてる理由はそういうことなんだろう。
あっちみたいに電子マネーも使えなきゃネットもないが、フランメリアは努力さえすりゃ衣食住が簡単に手に入る。
元の世界よりよっぽどできてるのだ。それはもう未練が薄れかけるほどに。
このテセウスの生い立ちを辿ればけっきょくは俺だが、おかげで野垂れ死んだ転移者は一人もいないそうだ。
「た、大変だったんですねー……本物の食べ物が食べられないなんて、ちょっと想像しがたいです……!」
リスティアナもぺろりと平らげたついで、信じられなさそうなご様子だ。
思い返すと俺たち日本人もため息が出る――なんて世界だったんだろう、ほんと。
「このごろ思ってることはこうだ。転移したやつらが食べ物のありがたみを良く分かってるのも、俺たちが冒険者になって武器持って戦うぐらいの度胸があるのも、あっちの世界のありさまから来るものじゃないかってな」
「労働環境と物価の話はやめとけよ、お兄さんますます帰りたくなくなっちまう。いやもう永住する気だけどね?」
「最初は周りで帰りてえとかいうやつがいっぱいいたんだがな、今じゃ誰一人そんなことを言わねえぐらいだ。人を変えるほどよくできた環境だってのは認めるが、そのうち元の居場所を忘れねえか心配だな」
最後にタカアキとタケナカ先輩と言葉を重ねれば、ヒロインたちの顔色は気の毒そうなものだ。
ここにいる人類の皆さまが命かけてゲームシステムに則って戦えるのも、数千年前の日本がもたらした皮肉なわけか。
そしてフランメリアの環境の良さは俺たちにモラルをもたらしてる。人間は余裕ある生活あってこそだ。
「誰がそうしてくれたんだか、こんな恵まれた世界を作ってくれて感謝してるよ。飯もうまけりゃ俺たちが心にゆとりを持ってファンタジー暮らしできるんだからな? ああ、マジでな」
誰に言ったか、皮肉込みで感謝した。
向かい側でタカアキが「おいおい」仕方がなく笑ってるけど仕方ない。
どう頑張ったってみんなの『何から何まで』は俺にあるのだから。
「でしたらあんなでっかい熊さんがおられるのもその方のおかげっすねえ。職人の皆さま、朝っぱらからずーっとあそこでエルダーの毛皮と格闘中っすよ」
こんなしょうもない話をどこまで聞いてたのか、ロアベアが食堂からやってきた。
道路の隔ての向こうでこっちを見るぺしゃんこの顔のことだ。
切り分けられたエルダーのご遺体と、そこから角を取り除かれた頭部がおどろおどろしい雰囲気で見てるような……。
「今その生首と目が合ったのも誰かさんそいつのせいだな」
「まだびびってるんすかイチ様ぁ」
「なあ、あれほんとに大丈夫なん……?」
「スパタ様が言うにはお祓い済んだそうっすよ、エルダーの毛皮を加工しやすいように裁断してるらしいっす」
「じゃあなんで揃いも揃ってこっち見てんだよ」
「たまたまじゃないっすかねえ、あひひひっ♡」
「それかわざとか? くそっ、呪われてる気がするぞ!? なんてもん実装しやがったMGOの作者め!?」
「そんなに言うならイチ様もお祓い受ければいいじゃないっすか~」
「そりゃいい考えだ、ちょっと聖水分けてもらうか。頭からかぶればいいか?」
「ところで皆様ぁ、ムツミ様が「豆乳プリンが出来上がったのでよろしければどうぞ」って言ってたっすよ。魔法で冷たくしっとり仕上がってるっす~」
こうなったのも自分を恨むとして、今朝のデザートはプリンだそうだ。
オリスとレフレクが「プリン!」と飛んでくのもすぐだ。ほんとに元の世界より恵まれてるな。
「もー、イチ君ったら怖がりさんなんですね? ちゃんとバーンスタインさんが祓ってくれたんですから大丈夫です、きっと気のせいですよ」
「そーだそーだ、大げさだぞ。俺たちのこと呪われたとか言い出しやがって、そういう風に気にするからじゃねえの?」
「お前らちゃんと聖水はかぶったよな?」
「はい、ふりかけてもらいましたよー? これで安心ですね☆」
「そう言うから律儀にやってきたんだぞ俺たち。おっちゃん笑ってたぞ」
横から魔獣の圧を感じるが、呪われた二人はちゃんと祓われたことが分かった。
ということは俺も受けるべきなんだろうか、いやそうだな聖水分けてもらおう。
「……イチ、お前はお前で一体何にびびってやがるんだ。まさか幽霊が苦手な類だったのか?」
「好きなやつがいてたまるか」
タケナカ先輩の心配もやってきたが、そこに小さなメイド姿が重なった。
食器を返してきたようなメカだ。目が合えば明らかにとてとて向かってきて。
「だんなさまー……? プリン、おもちしましょうか……?」
と、メイド慣れしてないような心遣いをこしょっと伝えられた。
そこまで気使わんでいいのに。ということで両手で頬を挟んだ、もちもちだ。
「ここまでメイド業しなくていいからな、そういうのはお屋敷でしなさい」
「あっあっ♡ だ、だんなさまっ♡ いけません、もちもちしないでー……っ♡」
「……ご主人、プリンもってきた」
メカの頬をパン生地のごとく扱ってると、代わりに食堂からプリン入りのガラスをたくさん運ぶわん娘がいた。
ムツミさんのこだわりのもと、底深な器にカラメルとミントを乗せた白さが気品を振りまいてる。
メカがショックを受けてるが頂こう――なめらかで甘くてするっといける!
「ワーオ、上品。よしよし、グッドボーイ」
「んへへへへ……♡」
「あたしのお仕事……」
「お前らが何やってるか知らんが俺もいただくとするか。ところでイチ、今日の探索についてなんだが……」
タケナカ先輩が冒険者らしく話を持ち掛けてきたのは、ニクとメカをダブルもちもちしたところだ。
自ずと集まってる顔ぶれはすぐに切り替わったらしい。
というかハナコが地図を広げていて。
「イチ先輩、ここからしばらく東側に見張り塔と町の廃墟があるそうです。チアルさんが言うには周囲に転移物は見受けられなかったようなので、私たちはここに行こうかという話になりまして」
そういって今日行く面々をその場に集めてた。
俺もプリン片手に近づけば、書き足された情報に十二人の戦力が集まった。
「見張り塔ね。今度は誰が見張ってるかって話だ……いや、なんか森のど真ん中に町できてね? なにこれ記載ミス?」
「ご丁寧に道まで描かれてるんですから本当のことだと思いますよ。自然の中にいきなり町作ろうとするとか何考えてるんでしょう、ゲームじゃあるまいし。しかも『風と緑纏う町エアロス・タウン』ってやかましいこと極まりないですそれ自然にただ飲み込まれてるだけじゃないですか」
「落ち着けハナコ、怖いぞお前」
地図からして森の深みをどうにか抜けた先から二つの連なりが見えた。
開けた土地の奥に立つ見張り塔、更に奥の森の中で『風と緑纏う町エアロス・タウン』と記されてる。
敷かれた道を追うに、町と自然を一体化させようとした馬鹿がいるらしい。
「どっちもいると考えて二チームで調査しにいくつもりだ。今回はアサイラムが近いからな、ヤバくなったらすぐに尻尾巻いて逃げるさ」
「そいつらがもう一組か?」
「ああ、今朝来てくれたやつらだ。志願してくれたから同行させることにしたんだが……」
こんな東側の調査に付き合ってくれる顔ぶれはすぐそこにいた。
コスプレ抜けしてない日本人男女が合わせて六人、年齢もバラバラだ。
ハイ・スクール程度のやつから筋肉強めなおっさん、根暗そうな女性まで揃った個性はどこまでこの世に通用するのやら。
「心配ありませんよ、筋肉がありますから」
不安が読まれたらしい。ブロンズを下げるおっさんが白い歯と筋肉を見せてきた。
「筋肉?」と首で尋ねると、鬼から力づくで奪ったような金棒も掲げた。そうか筋肉か。
「ほとんど新入りだがブロンズが一人いてな、そいつに率いらせることにした。この面子で東の調査をしてくる」
「分かった、クリューサがライトニングポーションを作ってくれたそうだから持ってけ」
「そりゃ助かるな。後で扱い方も教えねえといけねえな」
「今度【投擲】スキル練習用のスペースでも作ろうか?」
「余裕があったらでいい。もし向こうで転移物を見つけたら触れずに下がってお前に任せるからな」
タケナカ先輩たちは東へいくらしいが、次にヤグチが手を上げて。
「俺たちなんだけど、北にある屋敷へ行こうと思うよ。本当は昨日のリベンジってことで西にしようと思ったんだけど……」
「チアルちゃんたちが行ってくれるんだって。あの水車小屋の向こうにある風車の町っていう場所が気になるとか」
アオも小さく続けば、食堂からひょこっと誰かが抜け出てくる。
話に上がった戦乙女ご本人が明るい茶髪で間に挟まってきた、プリン片手に。
「はいはい! あーしこっち行くね! オリスたちも連れて風車の町ってとこみてくる!」
紙上の地形を辿って、前にヤグチたちが制圧した場所から西へ行くそうだ。
地図の情報が本当なら、平たい土地にスイカ村(仮名)よりもずっと大きな町が置き去りにされてる。
「オリスたちも?」
「うんっ、なんかいっぱいいそうじゃん? だからヒロインみんなで数の暴力ってわけ。強くね?」
「そりゃ頼もしいな、問題はその自信がなんかのフラグにならないかどうかだ」
「大丈夫っしょ! それにあーし、ストーンだけどけっこー強いよ?」
チアルは俺の隣で人懐っこくやる気満々だが、じゃあベレー帽エルフどもは?
「先の戦いで自信を得たこの名もなきチームを侮るなかれ。そこな胸も尻もだらしなくぱんぱんなおなごどもと違いフットワークの良さがある、作戦は「ロリなめんな」でゆく」
「私も行きますから心配しないでくださいね? 白き民だろうが魔獣だろうが、私のスペシャルスキルでどかーんです!」
ご本人の様子はふんす、と自信いっぱいに胸を張ってた。
オリスもその気ならリスティアナもそうだ、東はヒロインパワー全開らしい。
「分かった、その代わり現代的なもん見つけたら触らず報告してくれよ」
「え~、いっちゃダメなん?」
「どうしても行きたきゃ俺も同行させるんだな」
「んじゃ今度一緒に行こーよ、そん時よろね? 楽しみ~♡」
「そのお気楽さを分けてほしいもんだ」
明らかに危険な南側はまた今度、今日のところは東に西に北と三方向か。
白き民だらけの街はいずれ死を手土産にお邪魔するとして、俺たちはここだ。
ヤグチたちが向かうという屋敷。そこからやや離れた転移物の書店だ。
「俺たちは拠点でやることやったらヤグチたちと同じ方向へ行く。転移してきた書店でお買い物だな」
地図の上でホルスターの【リージョン】自動拳銃を抜いて確かめた。
店内はどうせお客様がいるだろう、そろそろ退店のお時間だ。
「……お前たちに処方した薬は倉庫にあるからな、喧嘩をしないように持っていくことだ。タケナカ、悪いが知らないような奴にライトニングポーションの扱い方を教えてやってくれないか?」
「知らないやつに言うと電撃と閃光をまき散らす投擲用ポーションだぞ。扱い方に気をつけないと危ないが、きっとお前たちの稼業を捗らせてくれること間違いなしだ」
ちょうどクリューサも食堂から満足したような雰囲気でやってきた。
後には当然心も腹も満ち足りたダークエルフもご一緒だ、プリン片手に。
「今言った通りだお前ら、クリューサ先生が俺たちのためにポーションを作ってくれた。強力なやつだから使い方を出発前に教えるぞ、下手に扱って自爆したのち全滅だなんてごめんだからな」
タケナカ先輩はもう仕事の気分みたいだ、プリンをするっといただいてから食器を下げにいった。
周りにいたやつらも思い出したように「ごちそうさま」を伝えにいく頃だが。
「クリューサとクラウディアはどうすんだ? お留守番か?」
「戦前の知識がタダで得られるならついていくべきだろうな。どうせ患者だらけだろうが」
「またお前たちと冒険だな、よろしく頼むぞ!」
お医者様と護衛は俺たちに同行してくれるみたいだ。
メンバーは決まったな、他のやつらには拠点の雑用と見張りを頑張ってもらおう。
「剣と魔法の世界でも医者的に長い付き合いになりそうだな」
「それはどっちの患者のことだ? あいにく二種類いるんだが」
「好きな方を選んでくれ。少し拠点いじったりしたら出発だ、それまで準備な――みんな、ちゃんと料理ギルドの皆さんに「ごちそうさま」言っとけよ」
今日一日の話がまとまったところで、俺も食器を下げにいくことにした。
その途中、チアルの矛先は「ん?」と肌色真っ白なお医者様に向いたようで。
「クリューサセンセ、大丈夫なん? 顔死にかけじゃね?」
「イチ、なんだこの無礼極まりない戦乙女は。俺をヴァルハラに連れていくつもりか?」
「そいつはチアルだ。お前の命を司るやつじゃないぞ、仲良くしてやってくれ」
「あーし【ヴァルキリー】のチアルね、よろー♡ ってかセンセ顔色やば、回復魔法かけよっか? ヒール使える友達いるよ?」
「そうかお迎えじゃないか。じゃあこいつは俺のストレスを司る悪魔か? いいか、お前が死者の館絡みの職務中か知らんが顔色のことをやかましく指摘したらストレンジャーだろうが神だろうが許さんからな」
「おおなんという肌白さ。これは恐らく不死者」
「そしてこの小さなクソガキはなんなんだ。お前たち冒険者は人の見た目にいちいち物申さないといけない決まりでもあるのかこの馬鹿どもが、その態度はまとめてギルマスに報告してやるからな」
「おお、本物の戦乙女じゃないか! 縁起がいいぞクリューサ、今日はいっぱい徳を積めるに違いないぞ!」
タイニーエルフにも興味津々に見上げられて、お医者様は今日も顔色の話題をふられてた。
なんていうかこいつらが相変わらずで安心した。
◇
その後、拠点造りをすすめながら戦利品の処遇について決めた。
魔獣の毛皮だけでも30万、それもご立派な黒い角を除いてだ。
20万ほどの見積もりが増額して、角にも価値があるとなれば話も盛り上がる。
さらに【エルダー】を使った防具も作ってやると言われてしまえば、使うか売るかでますます悩ましい。
親玉取り巻き揃っての抜け殻は全部おっちゃんに任せるとして、あれをどう分けるかって話だ。
まずスパタ爺さんは完成した革をいくらか貰うとのことだ。そして防具の設計にも関わりたいらしい。
リスティアナは「エルダーの分は新米たちに回してほしい」とさ、いい奴め。
ロリ六人はもらっていいかと心配だったそうだが、いろいろ付き合ってくれた礼におしつけることにした。
そうなれば向こうも悩んだ挙句、オリスとトゥールとメカのチビ猫一つ目な三人が防具を欲しがった。
どういう懐事情なのかはさておき、金にしたいと出たのはメーアとホオズキとレフレクだ――それからロアベアも。
そしてニクとタカアキは防具だ。魔獣で作った装備が気になるらしい。
じゃあ最後の一人はどうなったかって? かなり不本意だけど防具を選んだ。
あんなぺったりした呪物なんざ売り飛ばしたいが、ドワーフどもが揃いも揃って。
『すげえ装備になるから使え』『いいデザイン考えちゃったから防具にしろ』『逆に考えろ着こなせば悪霊の居場所もなくなる』
などというのだ――勝手に採寸しながら。
一つ一つ聖水をぶっかけられて「どうか休んでくれ」などと丁重に語りかけられる、あの曰く付きの毛皮をだぞ?
しまいにはおっちゃんに『使ってやった方が後腐れもないだろう』といわれて、あきらめて受け入れた。
切り取った角の行く末も決まった、ドワーフの総意で8万メルタだ。
なんでもいい武器になるとかなんとか。喜んで向こうにぶん投げた。
半額ほどになった稼ぎは適当に分配だ。防具がいらないやつらには多めにくれてやった。
『――こいつはいわゆる柄付きの手榴弾と同じだ。まあお前らはそういうものと縁のないような暮らしだったそうだが、こいつを投げればかなりの電撃と閃光が散らばって相手の動きを奪う。つまり万が一足元に落とそうものなら……』
『下手すりゃ全員感電して敵に命を差し出すハメになりかねねえってことだな。そういえばクリューサ先生、この容器部分は前とつくりが違うようだな? こりゃカバーか?』
『うっかり落として不名誉な死に方をされるのは困るだろう。ドワーフに頼んで構造を変えてもらった、投げる前は安全リングを引いてガラス部分からカバーを外してから使え。使わないときは逆の手順で保管できる』
『俺たちに優しいつくりにしてくれるとは助かるな。こいつはできれば肩の力があって投擲に自信があるやつが使った方がいい、誰か自信はあるか?』
気づけば朝飯時も過ぎてここもすっかりお仕事モードだった。
完全武装した冒険者たちがそろそろ旅立つ手前だが、空き地に設けられた臨時の訓練場で一生懸命やってる。
重りをくっつけた鉄パイプを向こうに投げ込むという簡単な形式だ。
「ん、みんなやる気いっぱい」
「タケナカ先輩がいるとみんな気が引き締まるからな。うちのギルマスが重要視するだけあるよ」
「ギルドのみんな、タケナカさまを慕ってるよね」
「俺もな。あの人いなかったら冒険者稼業もうまくいってなかったはずだ」
その一方で、アサイラムの主とその飼い主は呑気なもんだと思う。
建築を終えたら装備を整えて、後は訓練の様子を傍目にタカアキやロアベアの準備を待つだけだ。
「やれやれ……とんだ大仕事になったな。そこらの普通のクマ公ならまだしも流石はエルダーだ、毛抜きをするのは骨が折れたぞ」
ホンダが『あっやべっ』と真後ろに落とすところまで眺めてると、ひと汗かいた革エプロン姿が爽やかに混ざってきた。
バーンスタインさん、親しみを込めるならおっちゃんだ。
「毛抜きってことはあの青白い毛を引っこ抜いたのか?」
そう言われて進捗が気になれば、おっちゃんはくいくい親指を向けて。
「もちろんさ。良かったらどうやったかも説明してやっていいぞ?」
と、向こうで一息つく見習いたちの方まで案内された。
少し時間があるし興味もわいた。
招かれるままに近づけば、そこにあの亡骸の面影はほとんどなく。
「さあ見てくれ、まず皮ってのは毛を抜かないけないんだ。そこから手を付けないと何もできないし、かといって丁重にやらないと革の性質をダメにする大事な工程だ。『毛は抜いてもいいが気は抜くな』だとか伝統的に語られてるぐらいだ」
真っ白で大きな平べったさが、テーブルの上でひと並びになってた。
あれがエーテルブルーインの毛皮だとすぐ分かったのは、草の上で小高い山を作る青白さゆえだ。
しっとり濡れた毛がきれいに積み重なってた。全部引っこ抜いたとばかりに。
「……あれもしかしてその気を抜かなかったやつ?」
「一瞬たりとも抜かなかったぞ。まずはああやって毛を処理してからがスタートなんだが、どうやってやったか気にならないか?」
「すごく気になってる。魔法でも使った?」
いったいあの毛の量をどうやってここまで引き抜いたんだろう。
ニクも「?」と疑問を首で表現してるし、この不可解な脱毛は後学のために知っておきたい。
「だいたい正解だな。その昔、錬金術師ギルドがエーテルブルーイン用の薬剤を開発して以来こいつを頼ってるんだ」
謎の答えはあっけないというか単純というか、鞄から取り出した大瓶だ。
ポーション瓶を頑丈にしたような容器がインディゴブルーを揺らめかしてる。
「飲んじゃいけない薬だってのは分かるな、それなに?」
「……すごく青いし変なにおいがする」
「犬の精霊さんは鼻が鋭いようで。特定の魔獣の毛皮に良く作用する溶液ってやつで、これをしっかり塗りたくると毛根がきれいに緩む」
「あーそういうこと、それで後は手作業?」
「ちょっとお茶でもして待てばするする抜けるもんだよ。従来のやり方じゃえらく時間がかかるが、こうすることで質も落とさずすぐに抜けるぞ」
その青いとろとろが脱毛効果てきめんだったらしい、フランメリアの謎技術だ。
「本当だったらどれくらい時間がかかるんだ?」
「そうだな、例えばエルダーだったらまともにやろうものなら一か月丸々使うはめになる。あれだけの毛の量を抜けやすいように漬け込むなりしないといけないんだ」
「それがこうして男数人で頑張るだけで全部抜けちゃうと。なんて時短テクニックだ」
「あとは広げて包丁でこそげ落とすだけの肉体労働さ。こいつの欠点は一度使ったら早く抜かないといけないってところだが、そこは体力と慣れの勝負だ」
「だから皆さんあんなぐったりしてるんだな」
「逆にいや体力にさえ自信があれば毛抜きに必要な時間をとことん減らせるんだ、使わない手はない」
真っ白にハゲた皮をまじまじと見せてもらった。
こうして間近に眺めるときれいだ、でもエルダー級は一際違って分厚い。
ニクと二人でつつけば、ぐぐっと指先が強引に押し返された。どうやってあのデカい亡骸を切り分けたのやら。
「エルダー場合は毛抜きの前に裁断してから一度サイズを整えるんだ、そこからさっきの溶液を塗って毛を抜く。これでまず最初の工程だ」
「その次は?」
「毛抜きから皮が乾いた頃にまた違う溶液をていねいに塗るんだ、それを何度も繰り返したりして革として育てていく。普通の動物のものと違ってここからが忙しくてな」
「よくわからないけど時間がかかりそうだな。どれくらいで仕上がるんだ?」
「なめすだけでも数日だ」
「意外とかかるんだな。そんなの即日でできると思ってたのに」
「おいおい、軽く言うが昔は何十倍もの時間がかかったんだぞ? 今じゃそこらの動物の毛皮ですら普通の『渋』で作ろうものならなめし少なくとも一月はかかるってのに、錬金術師どものおかげで僅か一晩でできるんだ。この仕組みがどれだけぶっ飛んでるか分からないか?」
「オーケーよくわかった、ぶっ飛ばし過ぎだな。品質の方も縮めてないよな?」
「おまけに皮の質は落とさないどころか一層良くなってるきらいもあるぞ。錬金術師の野郎どもは変な生き物は逃がすわ、意図的に怪しいポーションを市場に流すわで世間をお騒がせしてるんだが……こんなもんがあれば、それでもこの国には欠かせないもんだと思うよ」
おっちゃんはまた鞄をごそごそした。
今度は灰色の液体が入った大瓶をゆらめかせてる。
それがなめしに使う薬らしい。粘度があるのかとろっとした感じだ。
「それがその、毛抜きした後に塗るやつか?」
「こいつがな。おかげで革細工のやり方は大きく変わったもんだ――まあでもやっぱり『渋』で作るのがいいっていうおしゃれな客も沢山いる。あれにはあれのよさが、これにはこれのよさがあるからな」
「伝統的な方法も需要ありか。すごい色してらっしゃる」
「アゥルス溶液だ。これは持ち運び用の仮塗り用だけどな」
「アウルス?」
「ア・ゥ・ルスだ、途中で食むように一気に読み上げる。作ったやつがそう言えって触れ回ってる変わり者でな」
「ほんとに変わり者しかいないんだなあそこって」
「こいつで作ったなめし革は適度に軽くて柔らかく、耐久性に長けた仕上がりになるのが特徴だ。それと手入れの回数を減らせる点だな、革製防具はもっぱらこっちの仕事だ」
「なるほど、こっちは実戦的ってことか」
「お、冒険者らしいこと言うじゃないか。その通りさ、魔獣の皮とこいつがあれば金属鎧にも劣らぬ防具ができるんだから売れるもんができる。自然な革を表現する伝統的な植物と皮の組み合わせも、美しさや富の象徴として求められる。つまりこの世は革職人が儲かるからくりだ」
そんな革細工職人らしい言葉を楽しそうにして、最後に見せつけるのは自前の革エプロンだ。
長年の仕事が浮き出てる。まさにトレードマークといわんばかりである。
「ちなみに、俺のシンボルたるこのエプロンは兄ちゃんの言う実戦的なほうさ。フランメリア人なれば戦いに備えよだ」
なるほど、かくいうおっちゃんも実戦的な人らしい。
ご丁重に説明が終われば、皮の具合を見るなり次の仕事へ動き始めた。
「最初の加工が終わったらクラングルへ運んで続きをしてくる。支払いについてはドワーフどもに話はつけてあるから楽しみにしててくれ、あんたも大変そうだが頑張ってくれよ――どうかいい一日を」
「そっちも頑張ってくれ。食堂の人が喉が渇いたりしたらどうぞおいでってさ」
「ご親切にどうも。おい、次の仕事に取り掛かるぞ」
こうして話して良かったことはあの呪われそうなイメージが薄れたことだ、せいぜいいい防具になってくれ。
訓練も終わったみたいだ、出発とばかりに軽い打ち合わせが始まってる。
「お、何してたんだ? まだ幽霊気になってるの?」
「お待たせっす~、うちらもそろそろ出発っすね。忘れ物ないっすか?」
タカアキとロアベアも宿舎で準備を済ませてきたか。
向こうからもクリューサとクラウディアも戻ってきた、こっちもそろそろだ。
「わしも準備完了じゃ、書店とやらにいざ行かん! 昨日より遠く歩くことになるからの、水とか多めに持っとけよ」
おっとスパタ爺さんも。俺たちも足並み揃えて出発するとしよう。
◇
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