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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
アサイラム二日目、呪われた熊はお帰り下さい。
しおりを挟む――高いところから見下ろす早朝のアサイラムはよく晴れ渡っていた。
フェンスに囲い直され、南には四角い土嚢が壁を作り、前より一段と土地を使いこなした感じがある。
地下を上ってぞろぞろやってくる姿だってそこにいた。
多分、クラングルからよこされたやつらか。手土産の重たそうな木箱をせっせと広場へ運んでた。
「こんな時間に熱心なやつらだな、まだ朝の六時にもなってないんだぞ?」
「そりゃ気合も入ってるんじゃねーの? 冒険者にとっちゃクラングルから離れて稼げるチャンスなんだぜ?」
「つまり稼ぎ時か」
「そしてお前の仕事も増えると。良かったな土地拡張しといて」
「寝床増やさないと駄目ってことだな。確かレージェス様が排水用パイプに魔法かけてくれたよな、水回り作ったらそのまま繋げれば浄化される仕組みか」
「もし魔法付与したいものがあったら気軽にどうぞってさ。あの人しばらく居座るつもりらしいぞ」
「ここの快適さに一役買ってくれたから「帰れ」って言えないのが辛いな」
「なんかあったのか」
「なんかあった。夜な夜な昨晩人の部屋に侵入しようとしてきたぞ」
「あの八尺様未遂の姉ちゃんが突然現れたらただのホラーなんだよなあ……」
「陽キャが一晩守ってくれたから助かったよ、後で全部屋に鍵つけとく」
「昨晩の騒音騒ぎは無駄にならなかったな。建築リストの生活環境って項目に防音加工できるからそいつもやっとけ、必要材料はプラスチックとガラスだ」
「なんであるんだよそんなの」
「ゲームの方だと拠点の利用者に幸福度があるんだよ。騒音とか聞こえるとガンガン下がってやる気なくすめんどくせー仕様だ」
「世紀末って設定の癖に贅沢な住民抱えてるんだな」
「プレイヤー視点だったころはそんなんガン無視して働かせてたぜ。文句言うやつは晒し台に配備して休ませてやったな」
「ひでえことしやがって。言っとくけどここじゃ独裁者ムーブはご法度だぞ」
「今日も今日とてここの管理者としてみんなに気を使わねえといけないのが辛いところだな」
一方でここを好きなだけこね回せるご身分は高みの見物だ、物理的に。
昨晩はひどい目にあった。深夜を超えて元気だったなあの陽気なやつらめ。
数時間しか眠れなかったけど、パジャマパーティーのおかげで魔女の夜這いを防げたんだから文句は言えない。
『――ごきげんよう! あなた達には今日からここで冒険者の皆様においしいご飯を作っていただきますの。食堂をご案内しますから私についてくださいまし~』
二人で手すりに寄り掛かってると、広場に小さな集まりが見えた。
それを取り仕切るとんがり帽子と銀髪のロリがちょこちょこ食堂につれてくあたり、あれが料理ギルドの新入りたちか。
タカアキと一緒に眺めて分かるのは、現代的な建築に度肝を抜かれてる様子だ。
「……物資が届いたよご主人。これ、宿から贈り物だって」
「あっちから食料品やら日用品やらいろいろ来てるっす。気前がいいっすね~」
そんな時、誰かが階段のうねりを上ってくるのを二人分感じた。
振り向くとわん娘とメイドがじとじとによによと場に追いついてた。
犬の手がザクロの描かれた赤い瓶を大事そうして、メイド業にならってお盆に乗ったグラスが朝の一杯を示してる。
「ワオ、ザクロジュース。まさか親父さん気使ってくれたのか?」
「お前のおかげでドワーフが宿のメンテしてくれるからご機嫌なんだろうさ。さっそくここでいただく感じか?」
「ん、伝言も貼ってあったよ。"これ飲んで張り切れ"って」
「ちょうど見晴らしがよろしいのでここらで優雅に飲むっすよ。ていうかどうなってんすかこの階段、物理法則をお忘れっすよイチ様」
ロアベアも高いところがお好きなようだ、腰かけるなりザクロの香りをとくとくつぎ始めた。
ほどほど満たされたグラスが手元に回った、揃ったところで優雅に乾杯だ。
「いや、うん、タカアキと悪ふざけしたらほんとに建っちゃったんだよな……」
「ああ、どこまでゲームの仕様なのか調べたら何もないところに螺旋階段ができちまったよ。柱ないのにどうして直立してんだこれ」
俺たちは一口ふくんだ――アスファルトに突如現れた謎の螺旋階段の上で。
冗談でそこらに建築したところ、手すり付きの見事な曲線が誰の支えもなしに独立してしまった。
二十人は乗れそうな二階建て相当の高みで、今こうしてゆったりしてるわけだが。
「この階段、どうやって立ってるんだろう……にがい」
「アサイラムに到着した方々がこの唐突の階段にびっくりしてたっすよ……わ~お苦゛い゛っす゛……」
「この階段記念に残していい? にがーい……」
「アサイラム名物ってやつか? そいつはいいな……にっが……」
甘酸っぱ……苦いザクロのお味にみんなで等しく渋い顔だ。
おかげで目も覚めた。このジュースは慣れるとハマる。
『……おい、今度は何事だ。どうしてこんなところに景観を損なうような階段が建ってるんだ』
『おはようだなイチ! なんだその階段、面白そうだな!?』
みんなで苦いと口々にしながら優雅にしてると、白髪の二人も見えた。
ステーションから出てきた訝しみと興味津々の組み合わせだ、クリューサとクラウディアともいう。
「クリューサか。ご覧の通り冗談で作ったはずがマジになった螺旋階段だ」
「ようお二人さん、ご一緒にどう? 見晴らしいいよ?」
「おはよう、クリューサさま、クラウディアさま。ご主人が建てた」
「きてくれたんすねお二人とも~♡ こちらは文化財に指定しようか検討中の物理法則ガン無視階段っすよ、良かったらどうぞっす」
『そんな得体の知れないものに体重を預けたくないものだ。というか揃いも揃ってどこで一杯交わしてるんだお前たちは』
『私も行くぞ! すごいなこの階段!』
グラスを掲げると好奇心の強い方がするっと上ってきた。褐色肌エルフもこれにはにっこりだ。
まあ「どうぞっす」と一杯すすめるときゅっと渋い顔に変わったが。
「にがいぞ……!」
「すごいだろクリューサ、五人乗ってもまだ平気だぞこの階段」
『人がポーションを持ってきてやった矢先に変なものを作るとはな。お前は聖ヨゼフだったか?』
「誰だそいつ、お前の知り合いか?」
『その昔、設計に欠陥があった修道院に突如現れてこんな階段を勝手に作ったお人よしだ。お前に分かりやすく言うと神みたいなものだ』
「なるほど、じゃあ俺は今日から神か。何かご所望の奇跡ある?」
『ああ、邪神ともいうべきだろうな。とりあえず図が高いから降りてこい』
下々からのリクエストは地上に降りてこいだとさ、仕方なく降りてやった。
螺旋を回ってお医者様にご対面すれば、ユニークな建築に呆れながらも「あれだ」と背後を示して。
「向こうで冒険者どものためにライトニングポーションを作ってきた。2ダース分あるから配っておけ」
「とっておきが2ダースか、俺たちの仕事もはかどるだろうな」
「こら何やっとんじゃお主、変なところに階段建てるのやめんか。邪魔じゃし景観損ねとるからな、せめて別のところでやりなさい」
「なんだよこの世の法則ガン無視した階段は、里の奴らが見たらドン引きだぞ。そこ車の通り道になるから後でどかしとけよ」
「せっかく作ったのに消さないと駄目なのか……?」
「そこら歩いてる時にそんな気味の悪いもん見せられる気持ちになってみんか。いやすごいけどね? この世の法則無視しておっ建っとるもの……」
「ありゃ俺たちでも作るのは難しいだろうなあ……クリューサ先生の薬は倉庫にしまっとくからな。追加の冒険者どもにはここの状況を説明しといたぞ、寝床作っといてくれ」
「了解、爺さん。今日も頑張るか」
そこで朝から精が出てるドワーフが瓶入りの箱を抱えてた。
上向きの取っ手が並ぶ一箱は倉庫へ運ばれたようだ。
「お薬をどうも。あれ、もしかして代金は着払い? 今手持ち少ないんだけど」
「費用はギルドからもらってる。医者がお前たちに求めてるのはあれを使った臨床試験のフィードバックだぞ」
「俺たちでいろいろ試しに来たのか」
「あいにく錬金術師ギルドはよりよいものを探求するようなルールでな。こんなスペイン内戦のごとく実地試験の機会に恵まれた場所を逃すものか」
「お前らもここにあやかりにきたみたいだな。朝飯は食ったか? 今日は派遣された新入り料理人がご馳走してくれるってさ」
「どうせただで食えるからすきっ腹で来たところだ。その新入りとやらにクラウディアの暴食に応えられるか見ものだな」
『クリューサすごいぞ! こんな見た目なのにしっかりした階段だぞ!』
「お前は遊んでないで降りてこい馬鹿エルフ。そういうわけだ、しばらくここで活動させてもらうからな」
「ようこそアサイラムへ。何か必要な設備は? 作れる範囲なら作っとくぞ」
「安全でやかましくないラボでも作ってくれ。あとで部屋を借りるぞ、荷物を置いてくる」
クリューサは渋々降りてきた相棒と居座ってくれる気概だ。
後で防音やら施錠やらしとかないとな。グラスの苦い残りを一気に空けると。
「イっちゃ~ん、食堂の業務を引き継ぐ料理人の方々をお連れしましたわ~!」
食堂の方から荷物をまとめたリム様がぺたぺた駆け寄ってきた。
早足でついていかざるを得ないのは『シート』をぶら下げる料理人の顔ぶれだ。
人間だったりヒロインだったりの合わせて五名ほどが、丸い飾りに【ストーン】や【カッパー】を示してる。
「そいつらが俺たちの胃袋の面倒を見てくれるのか?」
「ええ、たった今ここアサイラムでの活動について指導してきましたわ。今日から依頼が終わるまで三食作っていただきますの」
「そりゃどうも。てことはリム様とはしばらくお別れか」
「ふふふ、寂しくなったらお屋敷にきてくださいね? 私はフランメリアに戻りますけれども、どうか皆さまと仲良くしてあげてくださいまし」
「もちろんだ。何かあったらメッセージで連絡してくれよ」
先日言った通り、これでリム様はクラングルにお帰りだ。
けれども今の俺たちにはこいつがある。
メッセージ機能を立ち上げて【リーリム】宛てに一言書いて。
【この通りな。暇なときは気軽に送ってくれ】
と、試しに送ってみた。
伝わったようだ。宙を見てたリム様が小さく笑って。
「うふふ♡ こんな便利な機能が使えるなんてびっくりです、寂しくなったらじゃがいもの写真をいつでも送って差し上げますわ」
「そうじゃないんだよなあ……」
「"めっせーじ"がつかえると知ってお仕事がはかどりますの! 何かお困りの時は遠慮なくお声をかけてくださいね?」
果たして正しい用法ができるかさておき、指でたどたどしくステータス画面を突き出した。
ちょっと前に使い方を教えたところ、やっぱりリム様も俺たちみたいに扱えることが判明したのだ。
これでいつだってお話ができるわけだが。
【さみしくなったらこれをみてくださいね♡】
さっそく画像が送られてきた。ニーソと長手袋だけの白肌な――変態だ。
何送ってんだと露骨に嫌な顔を返せば、リム様は後に控える面々を案内して。
「アサイラムの食堂で調理を担当する班ですわ。取り仕切るのはこちらの『ムツミ』さんですの」
ヒロインやらの見てくれが多いがゆえに目立つ、日本人的な振る舞いを押し出してきた。
そうして一歩踏み出てきたのは、なんというか古風で品のあるおばちゃんだ。
この世界感にあわせた落ち着きのある服を着て、とても穏やかな雰囲気を振りまいてる。
「こんにちは、私は班長のムツミと申します。今日から冒険者の方々にお食事を提供させていただきます、どうかよろしくお願いしますね」
物腰だってえらく丁重だ、自然な笑顔がもう気品の良さを語ってる。
まだ白髪はない髪色相応に足取りもいい、ボスほどじゃないけど体幹がしっかりしてる――きっと中身も。
それによく見ると飾りの色が一番高い、形は違えど『ブロンズ』だ。
「あー……どうも、ムツミさん。ここを任されてるイチ……です」
さすがにかしこまってしまった、なんていうか雰囲気が全然違うのだ。
良くできた人間を表す背筋につい口が詰まるも、向こうは品位相応に笑んできて。
「あらあら、「おばちゃん」で結構ですよ。もしご要望がありましたら私たちに申してくださいね、イチさん」
ストレンジャーよかずっとできてる人柄で返されてしまった。
確信した、この人には絶対かなわないだろう。すごい人を連れて来たもんだ。
「だったら俺のことも好きに呼んでくれ、よろしく」
冒険者の多様性を案内すれば、ムツミさんも取り巻くヒロインやらを紹介しながらにっこりで。
「じゃあ、イチ君と呼ばせてもらいますからね。さっそくご飯を作らせていただきますけれども、何か食べたいものはあるかしら?」
「食べたいもの……」
もう仕事を始めるつもりだ。食堂を背に俺たちのご要望を伺ってる。
様子を見るに今朝の飯は俺の判断にゆだねられてるようだ、俺は少し悩んで。
「朝から和食とか作れる? ごはんとみそ汁がセットのやつ」
食糧事情がまだ把握しきれてないゆえに、恐る恐る尋ねてしまった。
ところがなんてこった、ムツミさんは周囲の子たちと一緒にずいぶん余裕なもので。
「はいはい、和食ならできますよ。クラングルからいっぱい食材や調理道具が送られましたから和食に洋食、なんでも作れますからね」
だいぶ無茶ぶりにも聞こえる注文を笑顔でこなすつもりだ、なんて人だ。
こんな都市から離れたところで和食が食えるなんて誰が思ったことか。
「マジかよ……じゃあそれで頼む。聞いたかタカアキ、こんな場所で和食だ」
「クラングルから離れて和食とか最高かよ。よろしくおばちゃん、俺タカアキな」
「何か必要なもんあったら俺に言ってくれ、遠慮はいらないぞ」
「あら、お二人とも和食が好きなのかしら?」
「こっちに来てから大好きだよ。なあ?」
「おう大好き。もし人手必要だったら言ってね、俺たちなんでも手伝うよ」
「気軽にこき使ってくれ。いい人選をありがとうリム様」
頼もしいおばちゃんは「行きますよ」とヒロインたちの保護者みたいに食堂へ向かった。やったぞ和食だ。
リム様が得意げに見守るのも納得である。ただ芋を振りまく悪霊じゃなかったか。
「うふふ、うまくやっていけそうで良かったです。けれども食堂の皆さまはクラングルの外で活動するのは初めてですので、どうか力になってあげてくださいね?」
「任せろリム様。雑用からやべえ時に颯爽と助けに行くところまで完璧にこなしてやる」
「代わりにレージェスちゃんがここに残るそうですわ、承認欲求クソ強陰キャですけれど構ってあげてね? イっちゃんのことめっちゃ気にしてますの」
そんな彼女の代理を務めるのは……ずっと遠く、ハウジングテーブルのある小屋から顔を高く覗かせる誰かだ。
青白肌のせいでホラーみの増した長身は賑やかさに阻まれてる。悪霊だ。
「お化け……?」
「レージェスちゃん! こそこそしなくて大丈夫ですわよ! イっちゃんが幽霊と勘違いしてますから堂々といらっしゃいましー!」
リム様に召喚のお言葉を向けられるもさっと消えてしまった。
けっきょく来なかった。まあそれはともかく料理ギルドマスターは拠点を目でひとなめして。
「――それでは皆さま、頑張ってくださいませ。じゃがいもが恋しくなったら気軽に呼んでね!」
とんがり帽子をみょんみょんさせながらステーションへ向かってしまった。
遅れて食堂の方から「HONK!」とガチョウが追いかけていった。
これでしばらくじゃがいもと縁が切れそうだ。
「……とりあえず拠点いじるか。お前ら好きにしてていいぞ、暇だったら食堂でも手伝ってやってくれ」
「俺ムツミさんのとこいってくるわ、ここの説明は任せとけ」
「あの人、気品のあるお方っすねえ。じゃあうち、ニク君と散歩してくるっす」
「ん、おさんぽいってくる……!」
「ウェイストランドとはずいぶんかけ離れた顔ばかりが揃うものだ、俺は朝飯ができるまでくつろがせてもらおうか」
「私も食堂に行くぞ! 味見係というやつだな!」
朝ごはんが楽しみなこった。建築メニューを開いて一仕事することにした。
◇
アサイラムにご飯やみそ汁の香りが漂うころには、ぐっすり眠ってたやつらも目が覚めたらしい。
人の部屋をパジャマパーティー会場に選んでくれた奴らもだ、安眠を妨げたことは一生覚えてやるぞ。
朝食を前に広場がわいわいがやがやしてる傍らで、ストレンジャーのやる仕事はいろいろだ。
例えば空いた土地に宿舎のガワだけをさくっと作ったり配管したりだ。
しかも居住空間の快適さもどうにかしなきゃいけない、鍵やら防音対策やらしっかりと。
ハウジングシステムは分かれば分かるほどやることが増えていく。
今日だってタカアキの言ってた『防音化』というやつを試したぐらいだ。
こいつは部屋と定義される空間を一つ指定して実行すれば、その名の通りにしてくれる機能である。
便利だが先立つものはやっぱり資源だ、全部屋に施すには手持ちじゃ間に合わなかった。
「お~……いっちちょーおもしろ~♡ なんでも作れるじゃん、このまま立派なお城とかもいけんの? いけるくね?」
そしてもれなく、お目覚め一番やたらと絡んでくる羽系女子もセットだ。
がらんがらん建設してるとチアルがついてきてこの有様である、めっちゃ話しかけてくる。
「フランメリアの建築法ガン無視して資源つぎ込めば立派に建つだろうな。んなもん作ってどうするかまで聞かせてほしい」
「ん~……このままいっちが国作っちゃうとかどーよ? そしたら王様なれんじゃん?」
「残念だけど似たようなことはもうやったみたいだぞ」
「ん? どゆこと?」
「今言ったことは気にするな。それより鳥みたいに追いかけてるけど、お前暇なのか? あっちで大人しく朝飯待ってろ」
「むー、じゃあお空飛んで見回りしてこよっか? アサイラムの平和はあーしに任せろし!」
「そりゃありがたいけどあんまり遠く行くなよ、南にやべえのいること忘れないように」
「うぇーい、んじゃ行ってくるね! あっ見上げんのなしね、見たらマジ怒るよ? ……別にいいけどっ♡」
「はよいけ」
人の睡眠を妨げた奴はばさっと白く羽ばたいていった――マジで飛んだ。
お空へ向かったやつはさておき、屋根ぐらいは保証された二階建ての新築から広場へ戻ると……。
『がおーーーーーーーーーーーーーーっ! 悪い子はいませんかー!?』
なんてこった、エーテルブルーインが蘇ってやがる!
あのしぼんだ青白の毛なみが立ち上がって、肉食動物のごとく掲げた両手で悪い子を威嚇してた。
ただし生前よりほっそり萎んで、裂けた大口からリスティアナの攻撃的なドヤ顔が覗いてる――腰抜かした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおなっ何してんだ馬鹿野郎!?」
「――あっイチ君。これはですね、朝ごはんできるまで暇なので魔が差しちゃいまして☆」
「そんなクソみたいな理由でそいつを蘇らせるな! そっとしといてやれよ!?」
クマ公も可愛そうに、骸に鞭打たれて着ぐるみ扱いだ。
お人形系ヒロインの「えー」な抗議を受け流せば、なぜだかあの毛皮置き場からもう一体のそのそ歩いてきて。
「んなこと言われたら登場しづらいじゃねーかよせっかく着たのに」
サングラス顔を生やしたバケモンが不満そうにやってきた。何やってんだぶち殺すぞタカアキ。
「なんでお前も着てんだよ」
「口でけえからさ、これ入れるんじゃねって思ったらもう着ぐるみ感覚でいけちまったわけよ。似合う?」
「サングラスかけたやつがバケモンに食われてるように見える」
「しぶとく粘ってるように見えねえか?」
「ついでに言うと馬鹿に見える。頼むから脱いでくれ……」
あの世から蘇りしクマどもはしぶしぶ同族の元へと帰ったみたいだ。
ちゃんと脱ぐところまで追いかけようとすると、チアル絡みのヒロインどもがくすくすしてた――何笑ってんだと顔で訴えると。
「ところでよ、こいつの中どうなってるか気にならねえか?」
化け物の中から帰還したタカアキが、そこで一際でかいやつをまじまじ見つめていた。
エルダーの抜け殻だ。大きさ相応の不気味さをずっと放ってる。
「ああ気になるな、何か出ないか心配だ」
「お前どんだけ心霊系ダメなんだよ……よし、ちょっとこいつの中冒険してくるわ!」
「あっ私も行きます! 魔獣さんの身体の中ってどんな感じか気になります!」
「あのさあ……おい、呪われても知らないからな」
なんてひどい話だろう、そんなお姿に馬鹿二人がいってしまった。
大きな口をがばっと持ち上げて不法侵入を果たしたらしい。口中が人間大に膨れてキモいこと極まりない。
『すげえまだあったかい! これが魔獣か!』
『おおおおっ! すごいです、本当に中身空っぽなんですね!』
『つーか暗えッ! 暗えよッ!! いや待てなんだこの……硬い感触は!?』
『こっこれはたぶん角の付け根です! なるほどこうなってたんですね魔獣の中身!』
エルダーがフリー素材のごとくぞんざいに扱われてる、巨体がぼこぼこ持ち上がって虫が蠢いてるようだ。
広場で朝飯待ちの冒険者たちとダイナミックな死者への冒涜を前にしてると。
「……いや何しとんのお前さんら、どこのどいつじゃ毛皮で遊んどるやつは」
歳を食った声が呆れてるのに気づく、振り返ればその通りのスパタ爺さんだ。
けれども今日は変わった連れがいるらしく、作業用のエプロンを着た灰色髪のおっさんが目を奪われており。
「こりゃ驚いた、エルダーの毛皮をお目にかかるなんて久々だ。それもずいぶんと歳を食ったやつを狩ったみたいだな……」
中にいる悪霊はともかく、ぺたんと潰れたデカさをさぞ珍しそうにしてた。
「どうなってんだここ、近代的じゃね……?」
「いや、っていうかなんだこれ……バケモン……だよな?」
「でっっか……親方、これなんなんですか?」
ついてきた数人ほどの野郎どもも、そんなおっさんに格好から心境までそっくり寄せてるようだ。
日本人的な顔が数名エルダーにぽかんとしてる。どういうやつらなんだろう。
「ご覧の通り馬鹿二人が冒険してるぞ。スパタ爺さん、そいつらは?」
「こいつらがクラングルから連れてきた革細工職人じゃよ、見習いも一緒じゃ」
聞いてみれば先日話した通りの奴らだったか。
この環境にもさほど動じないおっさんはこっちを見るなり、見習いたちを背後に関心気味に頷いて。
「エーテルブルーインの毛皮に困ってるって爺さんから持ちかけられてな、そこで来てやったってわけだ。クラングル市民に愛されてはや数十年、革細工で食ってるバーンスタインだ」
「別にわしらドワーフでも毛皮の加工ぐらいはできるんじゃがな、こればっかは腕も長けりゃ手先もいい人間のほうが良くての。本職の者に来てもらったぞ」
「勝手かもしれないがうちの見習いも連れてきた。お前らの同郷のもんだ、今のうちに革の付き合い方を学んでほしくてな」
「毛皮の行方はこいつ次第ってことじゃな。この茶髪の若いのがイチじゃ、よろしく頼むぞ」
「ドワーフにご指名されるなんて嬉しいね。それにしてもまあ、知らぬ間に面白い場所ができてるんもんだ」
バーンスタインさんは握手を求めてきた。
返せばさぞ満足で、仕事道具の重さを感じる革鞄をずしりと降ろしたようだ。
「イチだ、よろしく」
「あんたが噂のイチか。色々聞いてるよ、冒険者なのにパン屋が大好きな変わり者とか」
「パンは是非クルースニク・ベーカリーでどうぞ。後ろにいらっしゃるのは旅人か」
「そうさ、半年ぐらい前からの付き合いになるうちの従業員だ。よく働いてくれるし覚えもいいし、気持ちのいい奴らだよ」
「ちょうどここはいろいろ学びに来る奴が集まってるところだ。新入りにいっぱい学ばせてやってくれ」
「そりゃ嬉しいな、いい機会をくれて感謝だ。嬉しいことに、半年前からあんたら冒険者がきてからは俺たちの食い扶持も中々減らないもんさ」
「知らぬ間にいい関係を築けてるみたいだな」
「ああ、魔獣だのの毛皮を調達してくれたり、革製の防具を欲しがってくれるのもあんたらだ。そろそろうちの家族に毎日ご馳走してやれるぐらい儲かってる」
なるほど、おあつらえ向きの人材を選んでくれたのか。
冒険者たちの好奇心を引きながらもさっそく毛皮の様子を確かめてる。
「……で、これがエルダーか。あんたら一体どんな戦い方したんだ? 炎で反対側まで貫かれてるが……」
まあ、スティレットで空いた穴に難色いっぱいだが。
「それってよろしくないって意味が込められてそうだな」
「もうちょっときれいに倒してくれって意味もあるぞ。まあ、それでも十分な皮の量なんだがな」
「わはは、ちと張り切りすぎてのう。バーンスタインよ、お前さんにこの毛皮どもの価値を任せたいんじゃがいいかの?」
「ここは是非お互い納得できる取引をしたいもんだな。皮は何時だって需要があるし、あんたら冒険者が頑張ってるなら防具の需要もあるからな」
「もちろん納得のゆく色も付けたるぞ。手数料に加えて腐るほどあるミスリルで作った仕事道具くれてやらあ」
「朝からとんでもない仕事にありついちまったな。市民の間で「アサイラムさまさま」が飛び交うのも無理ねえ話だ」
もうビジネスの話に切り替わったそうだ。そんな顔でこっちを見てきた。
なので向こうに集まるベレー帽エルフに「ぴゅいっ」と口笛で誘った、六人がちょこちょこ駆け寄ってくる。
「我々は犬じゃないといっておく。毛皮の処遇についての話?」
「こいつらと一緒に狩ったんだ。つまり俺たちの戦利品ってことだ」
「こんなちっちゃな嬢ちゃんとねえ……世も変わったもんだ。それで、この毛皮の価値について話がしたいんだが」
当事者が集まったところで、革職人のおっさんは今なお不気味な毛皮を見渡して。
「まず金の話からしよう。例えばだが、もし俺が買い取るなら角やら除いてあわせて30万メルタだ。そこで置物みたいに積まれてるあいつらにはそれだけの成果があるってわけだ」
なんとも「お互い儲かる」ぐらいの笑みだった。
いきなり飛びぬけた価値が広まれば周りもびっくりだ。ロリパーティも嬉しそうにざわめくほどに。
「皮だけで30万メルタ……!? 驚きが隠せない、なんたる価値」
「わーすごーい……依頼の報酬より高額だよね、うん。ほんとにわたしたちも貰っていいのかな、これ」
「な、なんという額……! いいんですか? 本当に私たちと分け合っていいんですか?」
「しかもこレ、角の価値を除いたやつだよナ……?」
「すごい金額です……! レフレクびっくりです!」
「30万……!? だんなさま、あたしたちも貰っちゃって、本当にいいんですか……?」
「たいした金額だな。その上で買い取ってくれる感じか?」
「俺だったら買い取った後は30万以上の価値をたっぷりつけてから誰かに売りたいって話だ、需要的に逃したくない。どうだ?」
「正直な取引相手なら是非とも頼みたいところだ」
「こっちもカミさんに自慢したいし、長年のライバルにマウント取りたいから是非とも売って欲しいところだ」
「ずいぶん正直に言ってくれたな」
「これがうちの長続きの秘訣その1だ」
なのに向こうは30万ぽっちとばかりに余裕そうだ。
俺たちには計り知れない価値をよくご存じなようだ、その上で提示されたのは現状満足できる額だ。
まあ、そこに「ただし」と一言加えられて。
「エルダーの抜け殻ってのはな、この青い毛にはさほど価値はないんだが、皮の持つ頑丈な質感は貴重な素材だ。俺に売ってもいいがあんたらの命を守る皮にするってのもありだ。そんじょそこらの金属鎧よかずっと頑丈で、しかも使いこなすほど強くなる防具に化けるぞ?」
と、魅力的な提案もしてきた。
そこまで言われたらそりゃ困る。当事者も集まって「どうしよう」って顔揃いだ。
「……売っても良し、着ても良しか。どうするオリス」
「悩む。良い防具は命綱、けれども金も懐で守っておきたいもの」
「そこのタイニーエルフは革の価値を理解してくれてるな。まあすぐに決められる話じゃないか、良く話し合って決めたらどうだ?」
「でも革について魅力的に話してくれる奴が他にいないからな、あんたが頼りだ。俺個人としては全部委ねたいぐらい」
いろいろ悩ましいが、今の俺たちにはここにいる本職こそが頼りだ。
みんなの顔色も次第にこの職人を信じる色合いだ。そうなると向こうは頷いて。
「そうだな、こういうのはどうだ? この毛皮はどうであれこっちが引き取る、もし防具にしてほしいなら手数料なしで請け負ってやる。その代わりここで鞣しをやらせてほしいんだが……」
「一応言っとくがイチ、わしはノーコメントじゃ。お前さんの判断にゆだねるぞ」
毛皮と付き添う見習いを見比べてそういってきた。
持ち帰るには重たそうな抜け殻の数々がまさにいい機会だと言いたげだ。
「分かった、同郷の奴らにいろいろ教えてやってくれ」
決めた、この人に任せよう。
「いいよな?」と幼馴染からヒロインまで見れば、どれも納得がいったらしく。
「そうか、じゃあ決まりだな。ドワーフにもあんたにも期待されるなら「喜んで」だ、皮のことは任せてくれ」
また握手を求められた。返せば、しっかり握り返したところに信頼を感じる。
「オーケー、頼んだよ親方」
「こんな大物久しぶりだ、うちの見習いの教育にうってつけだろ? ああ、それからこのエルダーの毛皮をちょっとだけくれないか? 今後の仕事に生かすための見本として取っておきたいんだ」
「化けて出てきても恨まないでくれよ」
「化け……なんだって?」
「こいつお化けとかダメらいしんじゃよ、気にせんでいいぞ」
一番の収穫は世にも恐ろしいクマモドキの死骸をやっと処分できるってことだ。
今にも復讐しそうなあのホラー要素をどうにかしてくれるなら、この見知ったばかりのおっさんに全て委ねたっていい。
「それなら心配しないでくれよ、しきたり通り加工する前はお祓いを済ませるからな」
そう思った矢先だった――親方は鞄から何かを取り出した。
いかにもそれらしい十字架のシンボルがついたポーション瓶みたいなものだ。
おいまさか。すげえ不安になった矢先。
「よし、お前ら。エーテルブルーインの亡骸にお祓いをするぞ、聖水をふりかけるから良く見とくんだぞ」
「……おい今なんつった? お祓いっていわなかったか?」
「落ち着けイチ、お祓いいっても悪霊的なあれじゃないからの?」
「ははは、本当に怖いみたいだな。なに、害獣いえども曲がりなりにもこの世の生けるものだ、後腐れなく使わせてもらうためにちょっとお祈りをしてやって亡骸をいただく寸法さ」
「やっぱり曰くつきじゃねーかクソッ!! 枕もとに出てこないようにしっかりやっといてくれ、いいな?」
「おいドワーフの爺さん、この兄ちゃんどうしたんだ?」
「きっと子供の頃なんかあったんじゃろうなあ、そっとしといたれ」
「この前から怪しいと思ってたらマジかよふざんな! 早く祓ってくれ! いいな!? タカアキ、リスティアナ、お前も浄化されとけ!」
「ほんとにこれそういうのあったのかよ、笑うわこんなん」
「大丈夫ですよイチ君! 私はそう簡単に祟られませんから!」
「気分の問題だ畜生着ぐるみみたいにきやがって!? 綺麗になるまで俺んところ来るなよ!!」
思った通りだ! 呪われてやがったあの毛皮!?
ようやく大事なことに気づけた俺は全力で退避した。
何せあの抜け殻、ここでずっと俺のことを見てたんだぞ?
◇
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