魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち

明日に備えていももちいっぱい

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 人里離れた癖に近代化した食堂、その文明的な明るみの下でいいざわめきがある。
 今日一日の仕事を終えた冒険者たちやらが元気に飯を食ってる証拠だった。

「……うまいなこれ」

 俺はそんな背景で皿に乗った一品をもちもち食ってた。
 掌に軽く乗るほどに丸く整えられてきつね色に焼かれた――だ。
 表面カリっと、噛めば素朴なじゃがいもの甘さがもちっと弾力を返してくる。飴色のタレが甘辛く絡んでなおいい。

「もちもちしてて、甘くておいしい……」

 隣じゃわん娘も絶賛してる。もちもちしながらだが。

「こいつは俺とタカアキの故郷、ホッカイドウの料理なんだ。フランメリアで久々に食うとは思わなかった」
「そうなんだ。ホッカイドウってどんなところなの?」
「冬になるとクソ寒いし雪がすっごい降って大変なところ」
「……雪ってなに?」
「そこからかー……雪っていうのは要するに空から降ってくる氷だ、冷たいぞ」
「空から氷……? 見てみたい」
「お前ならきっと気に入るさ。どうかこっちでも雪かきに苦しめられませんように」

 いももちを通じて故郷のことだの「雪」だの教えつつ、二人でまた食った。
 今度はチーズとベーコンが入ってる。一緒にうにょーんと糸を引いた。
 飼い主と揃ってこの「いももち」をもっちもっち食べる傍らじゃ、似たような有様で食事中のメイドもいて。

「じゃがいもなのにお餅みたいっす、うち好きっすよこういうの。ていうかタカ様って料理できたんすね~?」
「ずっと俺の飯作っててくれただけあるぞ、ゲーム的に言うなら料理スキルもけっこうあるんじゃね?」
「うちよりずっと高いのは確かだと思うっすよ」
「お前が料理するところなんて想像できないぞ、メイドなのに」
「いやあ、うちは他人が作るご飯をおいしくいただくのが務めなんで~? あひひひっ♡」
「リーゼル様ってこんなやつばっか集めてるのか……? そういえばロアベア、いまお屋敷って誰が飯作ってるんだ?」
「主に料理が得意な子たちっすねえ、リム様いる時は教わりながらいろいろ作ってるっすよ」
「じゃあ食事環境は大丈夫か。料理ギルドマスターの指導をいただけるなんて至れり尽くせりな職場だ」
「その代わり毎日じゃがいもっすよイチ様」
「良かったなロアベア、こっちでもじゃがいもだぞ」
「でもなんやかんや知らぬ間に頂けちゃうお味なんで誰一人として文句もいえないんすよねえ、おかげで不健康極まりないリーゼル様が時々食べ歩きにいくようになったっす」
「それじゃがいもに飽きてないか?」

 三人でうにょーん、とチーズ入りのやつを伸ばした。
 ここの様子はアサイラムの照明よりもずっと明るい。
 みんな無事に帰ってきて良く稼げたって感じか、カウンターに並んだ料理の数々に盛り上がってる。

『肉食不可な種族のためにわざわざ何品も準備するとは何という周到さ。私は今とても嬉しい、ということで一人アイス祭りを開催する』
『あのさ……そんなにアイス食べて大丈夫なの? お腹壊しても知らないよ? っていうかいまさら聞くけどオリス、エルフって乳製品とかはいいんだ……?』
『エルフ系ヒロインの食事事情はよく分かりませんね……肉を食べる子もいれば、オリスさんみたいに乳製品も口にできる子だっていますから』
『レフレクもオリスと同じだナ、ちなみにワタシたちマーマン系ヒロインは魚を食わないと思ってるようだが違うゾ。みんなお魚大好きダ』
『レフレクでも食べれる料理がいっぱいです! 天国です!』
『あ、あの……おかわりが欲しい方は、あたしが持ってきますけど……?』
『気遣いは不要、リーダー命令でメカも共に食すこと』

 テーブル一区切り分の先ではベレー帽エルフどもの楽しそうな食事風景だ。
 肉はもちろん、野菜料理から魚料理、しまいにアイスすら出てくるのだ。
 クラングルですっかり舌の肥えた日本人冒険者もご満足な様子で、ヤグチとアオが仲良く食ってるのも分かる。

「どうよ、いももち? 久々に作ったけど口に合うか?」

 こんがり焼けたソーセージにフォークを入れてると、向こうから幼馴染がやってきた。
 マフィア姿にエプロンと頭巾なちぐはぐ姿だ、誰が見たってとても厨房を手伝う身なりじゃない。

「ああ、向こうで食うよりずっとうまいな」
「そりゃあ元の世界よかずっといい食材を惜しみなく使ってるからな。作ったやつの愛情入りでうまいに決まってるぜ」
「その愛情って誰のだ? 場合によっちゃ異物混入案件になるぞ」
「そっちの担当は俺じゃなくあの二人だ、安心しろ」

 良かった、どうやらこの奇抜な格好由来の愛情は入ってないようだ。
 代わりに案内されたのはカウンター越しの二人分で。

『美味しさと食べやすさを両立するために甘くて口当たりが軽くて、それでいてバターのような風味のするお芋を使いましたの! お肉が食べれない子のためにチーズだけもありますわよ~!』
『この"いももち"とやら、まるでクネーデルやニョッキをおもわせるりょうりだね? きみたちプレイヤーのいたせかいのしょくぶんかはじつにきょうみぶかいものさ。ところでギルドマスター、ばんごはんもじゃがいもだけどずっとこのちょうしなのかい?』

 調理担当のリム様やキュイトがそこで料理を振舞ってる。
 ちょうどおかわりを求めるホンダが『オラッ食えッ』と芋を押し付けられてた。

「なるほどな、本職の方が作るならうまいわけだよ」
「それなんだけどよぉ、いつまでもリム様の飯食えるってわけじゃねえからな?」
「なんだ、明日にはお別れみたいな言い方だけどなんかあったのか?」
「考えてみろよ、あの人だってギルドマスターとしての務めがあるんだぜ? ずっとアサイラムに居続けるってわけにはいかないってことだ」

 ところが幼馴染の言葉も絡めば、確かにそうだった。
 リム様はあんなわけわからん奇行種でも料理ギルドの長だ。ここで飯を作る以外にもやるべきことは山ほどあるはず。

「ってことは、リム様はただ遊びに来たわけじゃなさそうだな」
「ああ。実際のところなんできたかっていうとだな、ただの下見だ」
「誰のためのだ?」
「明日料理ギルドから新入りをよこすから、今後はそいつらに作らせるってさ。つまり――」
「読めたぞタカアキ。は新入りに学ばせるいい機会だと思ったってか?」

 今謎は解けた、あの人もここで新人研修をさせるつもりだったか。
 タカアキの「ご名答」なにやつきがそうなんだろう、つまり料理ギルドもここに期待してたわけか。

「――その通りですわ! ということでイっちゃん、ここに私のギルドメンバーを派遣させていただきますの! 経験を積む良い機会ですから!」

 どこまで聞いてたのやら、もれなく正解の景品もご本人が持ってきてくれた。
 白くつるっと湯気を立てる小さな球状に、チーズらしい黄金色がとろりとかかった一皿だ。

「どうも大正解みたいだな、景品つきだ」
「何も経験を積むのにうってつけなのは俺たち冒険者だけじゃねえってことか、いやそれもそうか狩人のミナミさんとかいるし」
「ふふふ、都市から離れた場所で沢山の冒険者にご飯を提供するなんて中々いい思い出になるでしょう? 地下交通システムで繋がりもありますし、今のうちにここで学ばせますの」

 次は新米料理人と仲良くする、か。イロモノじゃありませんように。

「三食作ってくれる奴を送ってくれるなら文句も言えないよ、よろしく頼む。それでこの料理は? いももちのソースがけ?」
「学ぶ機会を設ける大切さを分かってくれてるいいギルマスだねえ。ところでこのお洒落な料理はどしたん? 茹でたいももちにソースかけた感じがするけど」
「仲良くしてあげてくださいね? ちなみにこれは余った生地を茹でて特製チーズソースを絡めた一品ですわ、いっちゃんこういうの好きでしょう?」

 けれども、やわっこい銀髪の笑顔が突き出すのはうれしいものだ。
 言われてみればマカロニアンドチーズを思わせるデザインで。

「ああそうか、俺の好物だな――いや、うまいなこれ……!?」

 一口運ぶとすぐ分かった、やっぱりあの料理の雰囲気だ。
 もちもちしたじゃがいも団子にうっすら酸味のあるチーズが濃く絡んだお味、多めのコショウが刺激的だ。
 周りにも勧めると、ニクもロアベアもタカアキももちもち味わった。

「……もちもちとろとろ」
「お~、焼いたのとだいぶ印象変わるっすねえ……ちなみにリム様はお屋敷に戻るそうなんで、また会いたくなったらどうぞおいでくださいっす~」
「良かったな、リーゼル様んとこいけばいつでも会えるらしいぜ? ……あれ、これひょっとしてニョッキじゃね……?」
「どの道あそこでいつでも会えるんだな、行きたくないけど」
「ふふふ、私クラングルが活動の場なのです! たまにはお屋敷にきてくださいね? メイドの皆様がイっちゃんを楽しみにしてますわよ?」
「ああ、じゃがいもが恋しくなったら遊びに行くよ。行きたくないけど」
「ちゃんと顔出さないとメイドの襲撃があるかもしれないっすよイチ様」
「俺が何をしたんだノルテレイヤ……!」

 好きな料理と面影が重なる一皿を残して、リム様は満足げに戻っていった。
 屋敷に足を運べばいつだってふんわり出迎えてくれそうだ――行きたくないけど。

「ねーねーなに食べてんのいっち? それってスペシャルメニュー? あーしも食べてみたーい」

 そこへ押しの強い絡み方をしてくる、雰囲気も茶髪も明るいお姉さんが一人。
 鎧もなければ着こなした制服もどきのせいで「お前どこの学生さん?」といいたそうな、そんなチアルだ。

「リム様が俺の好物に仕立ててくれたいももちだってさ」
「へー、いっちの好物なんだ? どんなん?」
「マカロニアンドチーズだ。つまんでもいいけど俺の分残してくれよ」

 好奇心旺盛なやつめ、少し分けてやった。
 もちもち食べて「これがそうなんだ~」と美味しそうにしてる、もう半分しか残ってないが。

「イチ君ずるいですよ! 私にも食べさせてくれませんかー? なんだかチーズがたっぷりかかってますねっ☆」

 ……賑やかさに引っ張られてきたリスティアナもきてしまった。
 物欲しそうな目は純真極まりなく料理を求めてる、図々しく構えたフォークがそう示すように。

「……俺の分残しといてくれよ」
「わーい♪ どれどれ……? むっ? さっぱりもちもちしたじゃがいものお団子に、塩味強めのチーズソースがよく絡んで……アメリカンですね☆」
「おいしーよねー♡」
「美味しいですねー♡」
「……三度言ってやるけど俺の分残しといてね?」

 捕食者のせいでマカロニチーズ風のいももちはそろそろ全滅しそうだ。
 ストレンジャー感覚で5回スプーンをたぐれば命の灯が消えそうだけれど、不運にも聞きつけたヤグチとアオがやってきた。

「何食べてるの? 良かったら俺にも――」
「イチ君モテモテだね、私たちにも――」
「食えよ畜生!!!」

 残り少ない皿を突き出して大学生カップルを迎え撃った、もう好きにしろ。

「なんかごめんねイチ君!? 食べづらいよ!?」
「迫真の表情で突き出してくるんだから食べないと駄目だよこれ……イチ君の犠牲は忘れないからね」
「どうぞご自由に、その代わりちゃんとリム様にごちそうさまって言っとくんだぞ」
「うん、あの人喜んでくれるしね。ちゃんと言っておくよ」
「さっきちらっと聞いたんだけどリム様行っちゃうんだね、ギルマス料理食べられなくなるのは残念だなー……それに面白い人だし、ちょっと寂しいや」
「なに、今生の別れになるわけじゃないさ。隙あらばまた俺たちに絡みにくるから楽しみにしてろ」

 差し出すとそれはもううまそうに(そして半ば申し訳なく)食べてくれた。
 まあいいか、リム様の料理で喜んでくれてるならそれで何よりだ。
 残った料理も「どうぞ」と差し出せば、あれやこれやとスプーンフォークが刺さってものの見事に全滅だ。

「けっきょく全部くれてやったのかよ、善人かお前」
「プレッパーズでいいものを独り占めするように育てられた覚えはないからな」
「そりゃ殊勝なこった。もう大体品切れだけどおかわり行くか? デザートのアイスもあんぞ? スイカもな」
「じゃあデザートだな。アイスとスイカ両方食ってやる」
「こんなあぶねえ土地だってのに食うに困らねえのはあのレールのおかげだろうな。この調子が数日続いたら俺たち体重数割増しだぞ?」
「その分働けってことだろうな。食うのも訓練だ」
「なんだよそれ」
「あっちでそういう鍛え方されたんだよ」

 しょうがないので締めといこう、賑わい方も「ごちそうさま」に変わった頃だ。
 幼馴染とカウンターに赴けば、ガラス容器に収まったアイスが冷たくしてた。
 魔法でひんやり保たれてるらしい。ディッシャーで抉られた模様からして好評だ。

【新鮮なミノタウロスミルクを使ってます!】

 ただしそんな文面がえらく誇らしげに飾られてたが。

「ほんとにアイスあるよ……ところでこのミノタウロスミルクってなんだ?」
「あー、読んで字のままだ。気にしなくていいぜ」
「ちょっと待て、今ギルマスが思い浮かんでる。そういうことか?」
「おい馬鹿やめろォ! お前それでいいのかイチ!?」
「俺ならいける」
「これ以上クソワードが出る前にさっさと食うぞ! トッピングは俺のチョイスで砕いたチョコチップクッキー、みたらしときなこ、煮たレインロッドといろいろでございます」
「ワーオ、だいたい俺の好物。和風いただき」
「明日にはクラングルから食堂用にお茶だのジュースだの送られてくるそうだぞ。酒はなしだから爺さんどもがっかりしてたけどな」
「なんて充実してやがる。どうしてみんな壁の外に出たがらないか分かったよ」
「都市から離れた時のギャップがなあ……みんなが良く口にするように「どうなってんだフランメリア」だ」

 意味はともかくごそっと削って小皿に丸く収めた。味付けはきなこで和風だ。
 ついでに果物コーナーからもスイカを数切れ物色してると。

「いっちってさぁ、めりのんのいう通りまじおもしろいお兄さんじゃん? 他のプレイヤーさんと違ってなんか雰囲気つよつよなのに、ユーモアみあってあーし好きだよー?」

 いつのまについてきてたのやら、背後でチアルがけらけら笑ってた。
 人をこうも真っ向から評価してくれるのは嬉しいけど、はて、めりのん? どこか引っかかる名前だ。

「感想どうも。んで、そのめりのんっていうのはもしかして黒髪で羊っぽいメイドのことか?」

 なので角の形状を思い出しつつ尋ねてみた――「うん!」といい笑顔だ。
 なんてこった、あの羊メイドのお友達か。どう紹介されたか気になる。

「そそ、めりのん! あいつリーゼルさまのとこで働いてんだよね」
「あいつの知り合いだったのか……じゃあ次の話題は「俺のことなんていってた?」になるな」
「いっちのこと? 見た目超怖いけどけっこう頼りなくて、メイド的に愛着湧くっていってたなー?」
「俺のダメなところを好意的にとらえてくれてありがとうあの羊め、寝る寸前にあいつにお礼のメッセージ送って睡眠妨害してやるよ」
「あはははっ♪  否定しないとかいさぎよしじゃん。あ、それからめりのんが「また会いたい」ってさ~? あいつに好かれるとかすごいよ、何あったし?」
「オーケー良く分かった、もういいぞ。屋敷に行くときは大漁のお土産がいりそうだな」

 メリノは俺のことをよく話してくれたみたいだ。
 屋敷にまた来てほしい旨も付け足して――行きたくないけど。
 背中の羽をぱさぱさしてごっそりアイスをさらう様は、すぐにそばにいるマフィア姿にも向いたようで。

「ところでこのマフィアみたいなお兄さんなんなん? 本職の方? いっちってそういうのと縁あったりする?」
「少なくとも俺とお前だけに見える特別なマフィアじゃないのは確かだ。こいつはタカアキっていう幼馴染に属する何かだぞ」
「ああどうも、こいつの幼馴染のタカアキです。仲良くしてね!」
「じゃあ今日からたかちって呼ぶね!」
「俺も呼び方バリエーション一つ増えたぞイチ。お嬢さん、アイスのトッピングはどうなさいますか?」
「じゃあこの映えそうな青いヤツ! ……レインロッドってさ、お菓子になったんだね。あーしヒロインのくせに知らなかったよ」
「俺たちだってリム様が調理してくれるまで青い草程度の認識だったぜ」
「今から食べるのに草とかいうなし! でも美味しかったよね、リムさまの作ってくれたパイ」

 どっかの明るい海みたいな青さをトッピングして、満足そうにその場を去っていった。
 途中で「メリノの先輩あいつだぞ」とロアベアを教えるとそっちに方向転換だ、すぐやかましくなった。

「またお前、一癖あるやつと仲良くなってんな……」
「そろそろ世界記録を塗り替えられそうだ。まあぶっ潰した仲良くなれないやつの数には遠く及ばないと思うけどな」
「そっちの方も記録更新中だと思うぜ、あの世は利用者増えまくりじゃねーの? ていうかお兄さん、お前があんな陽キャ系女子と堂々と話しててなんだか嬉しいよ」
「なに、戦う時はどうせ陽も陰も関係なくなるぞ」
「なんでお前は自然体でそんな恐ろしいことを引き合いに出すんだよ」

 そのままアイスを戦利品に戻ろうとすれば、そっと手を持ち上げる姿が幾つか。
 丸テーブルを囲うタケナカ先輩とドワーフたちだ、飯も終わって地図やら囲んでる。

「皆様俺をお呼びで? アイスとスイカ食いながらでもいい?」
「お呼びだ。良く食うやつだなお前は」
「お前さんもすっかり女子に囲まれる生活しとるのう。なに、明日に備えてちと話し合いしてたところじゃよ」
「今回の探索でだいぶ進展があったもんでな、ここの防御を固めたり、外部へのアクセスを考えて北ヘ道作ろうかとか、いろいろとやることが増えたぞ」
「そうなっちまうとお前の出番だぜ、イチ。食後にこんなこと言うのもなんだけど「できるか?」って話になるんだが」

 むさくるしいそこに招かれれば、目に入ったのはアサイラム周辺の地図だ。
 ここの形がドワーフの几帳面さで分かりやすく広がってる。
 ただし、フェンスの増築やら銃座の設置やら防御を固めた上でだが。

「……周囲を囲ってるフェンスをもうちょっと大きくして、四方に見張り塔と銃座を作るって感じか。敵だらけなこのあたりだとちょうどいい感じに見えてくるな」
「特に南側を固めるべきだとさ。あっちには発電施設とステーションがあるからな、二重にしたぐらいの囲いできっちり守ってほしいとのことだ」
「それから北側の森は思いっきり拓いてでっかい道作ることにしたぞ。戦車をこっちに引っ張って配備することにした」
「四方向をカバーできるように視界を確保したのち、そこから弓なりなんなりで狙える監視塔作っておきたいんじゃよなあ……」
「それからあの外の毛皮についても話が進んだぜ。クラングルから職人が来るから、分け前やらについてはその時決めてもらうからな?」

 それから渡されたのは何枚もの紙媒体だ。
 手ごろな紙に写された予定図、アサイラムの見張りのシフト表、明日運ばれる物資のリストと見るだけで忙しい。
 ひとまずできることといえば……図の通りフェンスを取っ払って地面を埋めて、新たに守りを固めるところか。

「ちょうど旅客機の積み荷で資源を補充したばっかだ、この前よりはいろいろ作れるぞ」
「そりゃ頼もしいの。ひとまずはアイス食って落ち着いたら、ここらの防御を構えなおしてくれんか? さすがに暗いから本腰入れてやんのは危険じゃし、今できる範囲でよいからな?」
「こんなのアイス食いながらできる簡単な仕事だ。ちょっと行ってくる」
「わはは、ずいぶん余裕そうじゃなお前さん。どれ、わしもちと付き合ってやろうかの」
「酒飲みながらか?」
「150年モノのウィスキーと一緒にできるような簡単な仕事じゃろ?」

 まったく、土地主ってのはどこまで忙しいやつだ。
 あまじょっぱくて香ばしいアイスと酒瓶片手のドワーフを友達に外へ出た。
 するとちょうど広場からくる冒険者たちとすれ違う、空の食器からして外で食う飯はよっぽどうまかったらしい。

「……スティングもこんな感じだったな、周りが危なっかしいのにあそこだけは綺麗だ」

 それから、すぐ真上を見た。
 ウェイストランドとはまた違う澄んだ夜空があった。
 月も白ければ星も見えて、とてもここが敵だらけとは思えない静けさを感じる。
 ここに来て良かった理由がまた一つ追加だ。綺麗な夜がタダで見れる。

「敵がやってくるところまで同じじゃなけりゃいいがのう」
「そうならないように頑張るのが俺の仕事なんだろ」
「もちろんよ、そこに転がっとるエーテルブルーインの亡骸みたいに敵の屍築きまくっちまえ」
「……あれに関して言いたいことがある、祟られないよな?」
「お前さんお化けとかほんと苦手なんじゃなあ、何そんなびびっとんの」

 ……ただし、下を見れば待ってるのはあの抜け殻だ。
 肉なし骨なし等身大な毛皮が積み重なっていて、ぺしゃっと歪んだ顔で作ってこっちを見てる。
 食堂から出てきたホンダも「うわっ」と夜の暗さに紛れたそれにびびってた、すごく分かる。

「死んだはずの奴が蘇るなんて気持ちよくないだろ? 出てすぐの毛皮とか特にそうだ、メルタとかいいから早く処分してくれって気分」
「わっはっは!  そういやあのクマ公に関してはいろいろ面白い話があってのう」
「あの絵面だけでもう十分面白いけどな、なんかあったん?」
「例えばあの抜け殻あるじゃろ? あれに綿詰めて人ん家に勝手に置いて驚かせたりする悪戯が流行ってたんじゃよ」
「ひでえことしやがる。迫力ありそうなこった」
「他にはこんなのもあんぞ。まだあのクマ公のことがさほど知れ渡ってなかった頃なんじゃが……フランメリアに移住した意識の高そうな奴が『人と分かり合える生き物なんです!』などといって、たいそう数揃えて触れ合いにいってな」
「大体オチ読めたぞ」
「うむ、わらわら近づいたらなんとエルダーがやってきたそうでの。おそらくちょうどいい餌がいっぱいきたと思ったんじゃろうな、みんなその場で美味しくいただかれたそうじゃ」
「じゃあ全員ご馳走イベントで美味しくいただかれたのか?」
「たった一人を除いて昼飯になったそうじゃぞ。ちなみに真っ先に食われとったのはリーダーな」
「食べがいのある指導者だったみたいだな」
「最後まで骨のあるやつじゃったらしいからのう。残さずいただかれちまったがな!」
「ワオ、動物を喜ばせるなんてたいした愛護精神だ。心温まるいいお話」
「文明の営みと獣の営みってのは線があるんじゃよ、それを引けん、見えん、読めんじゃ強い方に食われちまって当然よ」
「その点俺たちはちゃんと線引きできてるな」
「わはは、ここをもって区別しとるさ。次からはもっと強力な火器持っていかんとな」
「それだけどああいう魔獣が来ることも想定して指向性地雷でも設置しようと思う。どうよ?」
「いいと思うぞ、でもそういうの置くならみんなと相談しとけよ。さもないと事故でも起きてお前さんの撃破数にここの冒険者が加わっちまうぞ」
「それだけはごめんだ。今日は暗いしさっさと置くもん置いて早く寝るか」
「おう、ゆっくり休めよ。とりあえず穴埋めて、ステーションだのブラックプレートだの重要な場所に被害が及ばんように囲ってくれるかの」
「了解、爺さん。土地主ってこんな大変なんだな」
「ハウジングとやらで楽できる分まだマシなもんじゃよ、贅沢言わんの」

 その日の業務は爺さんと一緒に穴を掘ったりフェンスを張り替えたりして、特に何事もなく終わった。


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