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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち

スイカときどき、魔獣エーテルブルーイン

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 はじめはこそこそ、次第に警戒するのも馬鹿らしくなってきた。
 石畳に触れる頃には、手つかずのまま何十年と朽ちた様子しかなかったからだ。
 一軒一軒静かに閉ざされ、開けっ放しの納屋は農具を錆びさせ、ついには未完成の建物も匙を投げられたままだ。

 タカアキに言わせれば「情熱が途中で途絶えてしまった」ような村だった。
 その証拠は村の入り口に建てられた看板が示していて。

【ここは花咲き誇る村――】

 ……と、思い悩んだように名乗り損ねてたせいだった。
 花に囲われた村に対して、肝心の名前を思いつけないままぶん投げたようだ。

「……どうも次の家主にも恵まれてないみたいだな。どうなってんだここ」

 すっかり警戒心もないまま、俺は突撃銃を手に民家の戸を押した。
 ところが、形を残す家屋には埃まみれと蜘蛛の巣がセットの廃れ具合である。

「ほんとに廃墟って感じですねー? ここから段々と人がいなくなっちゃった感じが、なんだかひしひし伝わってきます……」

 リスティアナもひょこっとついてくれば、建物のスケールもよく分かった。
 大家族でもぶち込めばやっと賑やかになれそうな間取りには、当時のやる気と一緒にどうでも良さそうな家具が捨てられてる。

「熱心さもここに残していったんだろうな。みんなこぞって飽きたような投げやりな気持ちがよく表現されてないか?」
「確かに、投げ出しちゃったようなものも見えますよね……。家具とかもかさばるものとかがほったらかしですし、かといってゴミとかがいっぱい残ってるわけじゃないですし……?」
「スパタ爺さんが言ってたことがそのまんま形になってるな。こいつは開拓精神が途切れてギブアップしたいい例ってことか」
「ぼろぼろですけどけっこういいお家ですしね……ここに住んでた人たち、未来のあなたがいなくなっちゃってよっぽどショックだったんでしょうか?」
「どうだかな、でもけっこう複雑な気分だ。最近は白き民も実は俺のせいなんじゃないかって考えもある」
「私、そんなことないと思いますよ? 少なくともMGOにあんなMOBなんていませんでしたし、私たちヒロインのことを大切にしてくれたゲームですから」
「そうだな、今後ゲームを自由に作る権利を与えられたってああも趣味の悪いのは絶対に実装しないつもりだ。デザインしたやつは相当センスないと思う」

 二人分の目をしても、ここはただひたすら埃っぽいだけだ。
 収穫もないまま抜け出せば、雑草豊かな廃村に他のやつらもまさに冒険中で。

「過疎化極まった結果がこれかよ。まあ当時の人達は円満にこの場を離れたってことは分かったな」
「大事なもんとかきれいさっぱりお持ち帰りしとるしのう……その昔、数多の開拓者が手を引いたと聞いた時は驚いたもんじゃが、実際こーしてその者たちが残した思い出を見るとよほど萎えたんじゃろうなあ」
「でもよお、おじいちゃん。アバタールショックが来た途端にけっこー杜撰な開拓だったことが分かったんだろ? これ絶対萎え落ちしただけじゃねーわ」
「いってみりゃ黒歴史じゃもんなあ……」

 そこらを訪問してたタカアキとスパタ爺さんも、あれこれ言って戻ったところだ。
 こっちに気づくと揃って「どうだった?」な顔だ、否定的に首を振った。

「ほんとに拍子抜けするぐらいなんにもないや。何かお宝はあるかなって期待してたんだけど、そういうのなくてちょっと残念だよ」
「ここは敵の気配すらも感じませんからね……それならそれで特に苦労することなく追加の報酬をいただけるのですが、かつての栄華が廃れるさまがこう残されていると感慨深いものがります」
「あはは、何感傷にふけってるのさホオズキ?」
「……廃墟とか少し興味をそそられませんか?」

 違う場所からも新入りパーティの猫と鬼が家宅捜索からお帰りだった。
 人間の四肢が猫のそれに置き換わった【ワーキャット】のトゥールと、角二本そのままに【オニ】なホオズキだ。
 人外コンビも収穫なしか。今ここに成果のなさが募り始めてると。

「興味を引くものすらないっすねえ、ここまできれいな廃墟は初めてっすようち。他の皆様はなんか見つけたっすか?」
「こ、ここも異常なしです……!」

 横合いからも白黒メイド姿が二人分お帰りだ。
 この廃村は実につまらなさそうなロアベアと、あせあせついてくメカが表現するような場所なのかもしれない。
 結果、砂利道の上に八人ほどの『家宅捜索チーム』が集まって。

「こっちはクリアだ、今口にできる報告はびっくりするぐらい目を引くものがないってとこだ。なんかオチが目に見えてるけど他の奴らは?」
「イチ君といろいろ調べましたけど、どこも綺麗に片付いててずーっと手つかずって感じでした。白き民はいませんでしたけど……」
「なーんにもって感じだぜ。分かったことはお住まいだった人たちが後腐れなく去っていったっていう背景ぐらいだ、んで今お爺ちゃんと勿体ないなって話し合ってたとこ」
「熱意が冷めてなけりゃけっこー面白い村になったかも知れんのになあ、ここが自然の花畑を売りにした村にしようと意気込んでたのは分かったぞ。まあ、結果この通りなんじゃが」
「はい報告、わたしたちも何の成果も得られませんでしたー。特に脅威が見当たらないってことはさ、このまま5000メルタ貰っていいのかな?」
「我々が来るまでずっとこのままだったようですね。異常はありませんでしたが、かといって特段気になることもなく……」
「何もなくてつまらないっす! 以上っす!」
「建物の方は、これでだいたい調べたみたいですけど……お外を調べてる人たちの方はどうなんでしょうか……?」

 出てきた答えは『異常なし』だ。
 呆気なさすぎて肩透かしが交差し始めてる。
 だがまだ報告はある、パーティの何人かに村の外側を調べてもらってる。

「レフレクただいま戻りましたー。周囲に異常はなしです、でも近くに小さな林が見付かりましたよー」

 まさにそんな報告が頭上からやってきた――見上げると縞ぱ……橙色の妖精がはたはた降下中だ。

「ワオ、敵の気配ゼロなんて平和だね。で、その林ってどの辺にあった?」
「あっちです!」
「西の方か、村で隠れてて気づかなかったな。お疲れさん」

 肩を差し出すと擲弾兵のプロテクターにくったり座った、もはや定位置だ。
 村に異常はなし、西に林、そうなるとここはいよいよただの廃墟である。

「……怪しい匂いはしなかったよ。本当に何もいないみたい」
「動物の気配すらもない。その代わりいいものを発見したので確保した」
「見ろ、収穫はあったゾ! 畑にスイカ生えてタ!」

 最後の報告もたった今来た、わん娘とチビエルフとお魚系ヒロインだった。
 片やダウナーにとてとてすり寄ってきたが、エルフとマーマン――オリス&メーアは黒と緑の手ごろな真ん丸を抱えてる。
 叩けば「ぽん」と締まった音を奏でそうなスイカだ。冷やせばうまいと思う。

「良かったな、前の住人はスイカぐらいは残してくれたみたいだぞ。つまりここはただのスイカの産地ってわけだ」
「あらご立派なスイカ、誰か塩持ってるか? そうだ拠点で栽培するのはどうだ、スイカ食い放題になるぞ」

 オリスとメーアはわりと得意げに黒緑模様をこっちに持ってきた。
 そんな唯一の成果をタカアキと一緒に指で叩いてみた――ぽんと澄んだ音色。

「調査先で見つけたものはもらい受けていいとのことだった。このスイカは我々のモノという認識でいい?」
「美味しそうなのがいっぱいだっタ、冷やして食べたいけどいいよナ?」
「きれいなスイカです! レフレクも食べたいです!」
「二人ともスイカ抱えて嬉しそうだね……でもおいしそう」
「ここはどんな村だったのでしょうか……? しかし見事なものですね、こんなものがまだ育っているとは良い土地なのかもしれません」
「食べやすそうなスイカですね……オリスさん、メーアさん、それ持ち帰るんですか……?」
「っていってるぞ爺さん。所有者もいないだろうし別にいいよな?」
「まさかこんだけ探し回って見つかったのがスイカぐらいとはのう……まあ敵がいないっつーなら別に構わん。嬢ちゃんたちには5000メルタのボーナスが入るだけじゃ、おめでとう」

 スパタ爺さんの顔を伺うに、スイカに喜ぶロリパーティに気を削がれたらしい。
 つまり村の安全を確保して、うまそうなスイカが幾つかの戦果だ。
 リスティアナなんて「後でみんなで食べましょうね!」と笑んでる、それほど得るものゼロというわけだ。

「……じゃあここは制圧か。どうする爺さん? このまま例の墜落した飛行機とやらに向かうか?」

 このままスイカと一緒に冒険する気か、と和気あいあいなロリどもを見てると。

「敵がいないと分かっただけで収穫ありじゃ、このままもっと北を目指したいところじゃがちと小休止を挟むぞ。後ろの連中に現状報告とかするのにいい頃合いじゃろ?」

 緊張の解れたドワーフの小柄さは休憩のタイミングを見出したらしい。
 座り心地のいいどこかを探った末に、むなしく残る木造りのベンチで一休みだ。

「それもそうか。言われてみればアサイラムからそれなりに離れてるしな」
「武器だのなんだの担いで野外で活動するなら足を休める時を見逃さないことじゃよ。まあさほど遠出しとるわけじゃないし、頭の整理がてら一息ついたほうがよいぞ」
「了解、爺さん。全員探索お疲れさん、スイカも収穫できたし一旦休憩だ」

 あの人が重い荷物をどっしり降ろしてしまえば、俺たちもつられて一息整えられる場所を探った。
 この廃村をどうするか、だの考えるのはアサイラムに戻ってからだ。
 程なくみんなが思い思いに休み始めると。

「……っていってもな、こんな居座るのに都合が良さそうな場所の癖に何もいないっていうのも気味が悪いぞ」

 一体俺は誰にそう聞かせたか、たまたま尻を休めようと向かったベンチの先か。
 白き民がいてもおかしくないのに、こうももぬけの殻なのは妙な気がする。
 そう思いつつ水筒を一口含んだ。

「確かにそこは気になるがの、今はここが奴らの手にかかってない安全地帯だと考えるべきじゃぞ。まあ、どの道いずれはこの廃村をどう処分するか下さんといかんが」

 お隣ではスパタ爺さんも一口だ、瓶をかしゅっと開けてうまそうに飲んでる。
 ただしアルコール入りだが。ドワーフの気持ち的にビールも水らしい。

「今後白き民の居場所になる可能性もあるよな、やっぱ……」
「そうならんように他の連中にも頑張ってもらっとるわけじゃよ。あいつらが頑張ればこのなぜだか手つかずの土地も持ってかれずに済むじゃろうさ」
「みんなの頑張り次第か」
「つっても当初の想定以上に怪しい場所多いからのう……追加で冒険者呼ぼうか検討しとるぞ」
「だったらミコたちをご指名してくれ。俺の名前と一緒にな」
「そりゃいいアイデアじゃ、ミセリコルディア名指しで呼んじまうか」

 一緒のベンチで水分補給をしてると、不意に気になることが浮かんだ。
 ハックソウに乗ってクラングルを目指したディセンバーとミナミさんはどうなったんだろうか?

「そういやアサイラムからクラングルまで向かった奴らはどうなってる?」
「ようやく都市までの道のりが見付かったとさ」
「やっとか。ハックソウがあるくせにけっこうかかったみたいだな」
「目につかん土地は徹底的に未開拓なとこと、中々複雑な地形をもっとるフランメリアの事情を考えてみんか。まっすぐ進めばつくほど単純な道のりじゃないんじゃぞお前さん」

 そんな疑問を解決するのは「ぴこん」というメッセージの受信音だった。
 見れば、無骨な車内を背景に助手席乗りのミナミさんが自撮りを披露してる。
 お気楽にエナジーバーをかじる運転手も一緒だ、二人して楽しそうな気がする。

「なるほどな。まだ向こうにいた頃はフランメリアはすごい奴ばっかで苦労してない場所だろうなと思ったけど、実際はそうでもなかったみたいだ」
「うまくいくときはうまくいくが、その反対も然りってやつじゃよ。まだ大失敗引きずっとるからな」
「だから志半ばでぶん投げたもんばっかなのか? こんな風に」
「まさに頑張ろうってとこで失速したらこうなるじゃろうなあ」
「そこでアバタールがまた戻って来ちゃったと」
「戻ってきちゃっとるなあ……そーなるとじゃぞ、また開拓し始めとるお前さんのことが国民の目にどう映っとるか分かるよな?」
「期待の目が向けられてるってことか。添える言葉は「頑張れ」あたり?」
「そうじゃなあ、となれば面倒ごともどんどん増えてくぞ。お爺ちゃんその辺心配」
「その時は面倒ごともぶち抜いてやる。白き民もな」
「よう言った、その意気じゃ」

 で、第二の開拓者たる俺は世間の目を良く引いてるとさ。
 頑張るよ、と水筒を掲げてからその場を後にした。
 くたばった偉人が戻ってきてフランメリアの皆様の心境はさぞ複雑そうだな。
 いや、俺が考えたって仕方がないか。今はまだブロンズほどのご身分だ。
 
「蘇りしアバタールねえ。お前一体何をしてきたんだって話だ」

 村の通りを抜けながらだが、未来の俺についていろいろ考えが浮かんだ。
 そいつは沢山の誰かを突き動かして、各地で未開の地を拓かせるほどの影響力があったらしい。
 けれどもこうして村一つが萎えてるのを見ると、この国とどれだけ根深かったかが分かる。
 国民の皆様に良き隣人として広まっていたのか、それとも奉られてたか、どうであれ共通点は「死んだら困る」か。

「ご主人、悩んでるみたいだけど……どうかしたの?」

 気づけばニクがダウナー声でぴったりくっついてた。
 自然と村の西側に足を運んでたみたいだ、そこから緑が広がってる。

「この村も未来の俺が与えた影響の産物かなって思ってたあたりだ。その生い立ちからこうして匙ぶん投げられてるところまでな」

 後ろで廃村をほんのり賑やかにしてるヒロインやらから離れて、まっすぐ見た。
 そこは一歩踏み出せばもう未開の土地だ。
 人の手には持て余しそうな木々が、向こうまでを八割がた隠してしまってる。

「……全部ご主人がいたからこそ、だったのかな?」
「俺のためにそうもやってくれる理由はなんだろうな。なんでだと思う?」
「ん、きっと喜んでほしかったんだと思う」
「俺がか」
「うん。それに、その人たちはご主人と一緒に頑張るのが楽しかったのかも」

 向こうの光景へあてがったはずの質問に、うちのわん娘はなんて律儀に返してくれるのやら。
 でもきっとアバタールはそういう人たちとこの地を開拓したんだろう、それもなんやかんやで楽しく。
 なんでそう思うって? 今の俺がそうだからだ。

「そうだな。ちょうど俺も爺さんたちとアサイラムをいじっててすごく楽しいと思ってたし、案外持ちつ持たれつでフランメリアの人達と仲良くやってたのかもしれないな」
「ぼくはそうだと思うよ。一緒にいて嬉しいし、楽しいから」
「奇遇だな、俺もだ」
「ん、一緒だね」

 結果、大量の廃墟と数多の無念をこの世に残して消えた。
 そして皮肉なことに、死んだ男が死ねない状態で帰ってきてこうして目の当たりにしてるわけだ。

「……まあ、つまりだ、それと同じぐらいこっちの連中を悲しませたのかもしれないよな」
「ぼくもご主人がいなくなったら、寂しくて死んじゃうぐらい辛いと思う」
「今のところまだ死ぬ予定は入ってないぞ。まだ一緒だ」
「……ねえ、ぼくがいなくなったら、ご主人は寂しい?」
「当り前だろ、死ぬほど寂しくなると思う。どうにか二人で長生きしたいもんだな、グッドボーイ」

 心配そうにみてくるニクを撫でてやった。
 精霊になろうが夜に激しいスキンシップをしてしまおうが、変わらぬブラックジャーマンシェパードの毛並みだ。

「んへへ……♡ 耳の間とろけちゃう……♡」
「そういえばお前、あの時からずっと撫でられるの好きだったよな――ん?」

 そうやって黒髪黒犬耳をふわふわ堪能してる時だった。
 視界の隅っこにあった林の景色に、白さが浮かんだ気がした。
 もちろんニクも気づいてる。緩んだ顔をきりっとさせて身構えており。

「……待って、ご主人。今何か動いた」
「ああ、お前も見えてるってことは気のせいじゃすまされない類の奴だ。嫌なタイミングで出やがったな」

 すぐに身体がR19突撃銃に働いた、その違和感へどことなく銃口を持ち上げる。
 わん娘の308口径の銃口も共にしたところで、向こうの景色に目検討を効かせた。

「おい……なんだあの白いの、白き民……にしちゃずいぶんボリュームたっぷりだな」

 いた。大きな白い形が、木々を抜けてずんずん重たげに歩く姿だ。
 人型だった。そのくせ歩幅が大きくて、足の進め方に一切の迷いがない。
 昼の明るみにあおられて色合いを強く感じた。白というか、かすかに青色を感じるところもある。

「……あれ、獣くさい」

 しかしニクがこういうのだ。
 お構いなしにやってくる何かは、よく見ると風でふわりと表面がなびいてた。
 毛皮だ。豊かな毛並みがあって、もっというならところどころに黒色が立ってる。

「……っていうか、あれじゃ獣だよな」

 目に狂いがなければだが、段々近づくそいつには黒くて大きな爪数本の質感がある。
 毛で誇張された頭には黒色の角が前向きに尖って、そこでやっと『獣みたい何か』程度が分かるも。

「ヴォオオオオオオオオオオオ……!」

 気づいた頃にはもう、走れば物理的邂逅を果たせる距離感だ。
 ちょうど白き民がおひとり様いたとして、、そいつに少しばかりのぜい肉と毛皮をかぶせれば似せられるかもしれない。
 ただし爪と角も足して、それが親し気のない唸り声を出すとなればだいぶ危険だ。
 ……まあ、ここまで近づけばそいつの顔もはっきりと分かった。

「ご主人、これって……」
「白き民じゃないのは確かだろうな、問題は……」
「ヲォオオオオオオオオオオ……」

 まるで獲物を見つけたぞ、とばかりにそいつは立ち止まってた。
 律儀に姿を見せてくれて感激だが、間近の毛むくじゃら顔には目なんて一つもない。
 代わりに、毛むくじゃらの顔はぐぱぁ……と大きく裂けた口をこっちに向けてる。

「……もしもし? ひょっとしてここの利用者?」

 突撃銃の狙いを持ち上げつつ、念のため聞いてみた。
 向こうに返答する余地はなさそうだった。
 なぜなら既に向こうは身構えているし、しかも後ろ遠くからは。

『ヲオオオオオオオオオオオオ……』
『ヴォオオオオオオオオオオ……!』

 ……白いクマモドキが、顎を開けて真っ白な牙を覗かせていたのだから。
 分かることはこうだ、こいつは白き民じゃない。
 かといって動物保護の観点に当てはまる生き物じゃないってことで。

「ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 そいつは爪を上げて、いや、草地にあった大きな石を掴んで振りかぶってくる。
 ニクと別れるように飛べば合間をごどっと抉った――さっきの小玉スイカほどが地面をバウンドしていく。
 威力のほどは民家をばぎっと抉る不快な音だ、つまりヤバい!

「ワーオ、違うみたいだな――やべえぞなんか出やがったあああぁぁッ!?」

 何だあの化け物は!? 理解も及ばぬ存在だが、下がりつつ突撃銃を数連射。
 5.56㎜の衝撃が青まじりの白い毛皮にいい当たり心地を披露してくれるだろうが。

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
「……おいおい冗談だろ小銃弾だぞ!?」

 怯まない、それどころか効いちゃいない気がする。
 熊にも見えるその格好は想像以上に速く大きな歩幅で近づいてきた。
 後ろに続く仲間たちも然りである、白い獣の群れがストレンジャーまっしぐらだ。

「ご主人、下がって!」

 突撃銃じゃだめだ、村まで下がればニクが割入った。
 白クマもどきの爪がびゅっ、とひと薙ぎする瞬間だ――そいつを槍で弾いて。

*BAAAM!*

 くるっと穂先を向けて至近距離からの308口径弾だ。
 払ったついでの胸元への射撃が決まれば、廃村から「どうしたんですか!」とリスティアナの声が一番に届くが。

「――!? ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥ!」

 そいつは本当に生き物なのか、胸から血も流さずに早足重たく迫ってくる。 
 咄嗟に腰に手が伸びた、ニクを爪で凪ごうとする動きにクナイを投擲。
 『ピアシングスロウ』を込めた一撃が短い振りかぶりに命中、そこで持ち上げた黒爪ごとぐらっとよろめくも。

「ヴォオオオオオオオオオオオオウゥゥゥ……!」

 タイミング悪く後ろの奴らが追いついてきた。
 援軍第一号がクナイ刺しにされたやつを追い越してやってくる。

「おいおいなんだこのミュータントは……!? 趣味悪すぎだろ!?」
「ご主人、この動物何かおかしい……!」
「ああそうだろうな、口しかないからな! 一旦引くぞ!」

 こいつらは勢いが違い過ぎる、下がって銃をあきらめてマチェーテを掴んだ。
 ところが頼もしいことに、俺たちの後退に水色の髪がふわっとすれ違って――

「え……エーテルブルーイン!? イチ君、ニク君、私にお任せくださいっ!」

 がきんっ、と自慢の大剣を遮るように叩きつけてくれた。
 リスティアナだった、振り下ろされるはずの腕を高く抑え込んでる
 結果は剣の勝利だ。更に払いのけて体勢を崩して、白い獣の無防備な腹を晒した!
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