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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち
サクラメント・ステーション(2)
しおりを挟む「……こういうのに乗るのは久しぶりだな。考えてみりゃ俺たち、あっちの世界からやってきてもう半年以上だったか?」
連なる『冒険者専用車』の一両目で誰かがそう口にする。
向かい側を見れば――きっと元の世界のことを考えてるタケナカ先輩がいた。
硬い座り心地をもぞもぞ気にしているようだ。これじゃ電動式の快適な乗り心地も台無しだ。
「そういえばこっちの世界の移動手段ってどうなってんだ? あんまり壁の外に出る機会がないから、どうもその辺良く知らないんだけどさ」
「せいぜい馬とかフランメリアの魔物ぐらいだ」
「馬は分かるけど魔物ってなんだ」
「実際には見たことはねえがデカい狼とか恐竜みてえな生き物だよ。そいつに鞍つけて乗れるそうなんだが、乗ってるやつの話なんて聞いたこともねえな」
「マジかよ乗ってみたい!」
「何食いついてるんだお前は。まあ、もっとも俺たち現代人にそういうやつの面倒を何から何まで見てやれる奴なんてそういねえし、そこらの馬車に乗せてもらうのがやっとってところか」
「そんなもんか」
「そんなもんだぞ」
「なんていうか地道なんだな。てっきり空を飛ぶ動物の背中に乗せてもらったり、魔法でひとっとびとか期待してたのに……」
「残念だが都合のいい足はまだ見当たらないみてえだぞ。空を飛ぶ同業者なら知ってるんだがな、羽が生えてるやつだとかが羨ましいさ」
「いたなあ、ハーピーだの妖精だの……そういや天使とか悪魔とかそのまんまの奴もいたよな? あの現世に一緒にいちゃいけないようなやつ」
「レッサーエンジェルとレッサーデビルか。本人たちは「モドキだからセーフ」と公言してたしいいんじゃねえか?」
「じゃあフランメリアで天使と悪魔の戦争なんてことは起きなさそうだ」
「キリストの教えが広まってる国が見たら発狂不可避だろうよ。モンスターな女子供と仲良くできるなんて日本だから許されるノリだ」
「そういや日本人は妖怪となじみ深い歴史だったな」
「なんならちょうど後ろにネコの妖怪と付き合ってるやつがいるじゃねえか」
冒険者をいっぱいに背負ったカートはうすら赤い照明を辿っていた。
本来なら時速200kmほどでひとっ走りするはずだろうが、進む先が未知数な限りはそうもいかない。
【テュマー飛び出し注意】の看板もなきゃレールを妨げる何かも不透明だ、いつでも停車できる速度が関の山である。
「いま俺の彼女の話でもしなかったか? ネコマタってのはいいぞ、朝起きたら挨拶代わりに鼻でキスしてくれるんだ。日本の妖怪文化に万歳」
後ろの二両で話題に上がった槍持ち先輩が今日も彼女自慢をしてた。
おかげで先輩格の坊主頭の顔が「また始まったぞ」と苦笑いだ。
「なるほど、この頃のクラングルにはジパングの妖怪もいるのかシナダ! 種族も違うというのに仲良くやってるようだな!」
「いやそれがなクラウディアさん、初めて会った頃はなんつーかお互い警戒しててさ。でもある時一人で飯食いにいったら奇跡が起きたんだよ、お魚交換事件だ」
「む、食い物の話か? 詳しく教えてくれ!」
「定食屋ってのがあってな、知ってるか? 昼飯すぎに食いに行ったらちょうど注文した品で焼き魚が品切れだったんだ。そんな時に同じくしてあいつがきてさ、俺の魚を欲しがるもんだから……」
「おいおいシナダパイセン、一仕事する前に恋人の話とかスリル不足か? 死亡フラグ的な意味で」
「景気づけだよ景気づけ! 俺はな、彼女の話すると強化バフつくんだよ!」
後ろを見ればやっぱり座り心地に難儀してる面々がいた。
彼女に自慢げなシナダ先輩の隣で食い気盛んなダークエルフ、死者への伏線を茶化して曲げようとする幼馴染と楽し気だ。
「それなら心配はいらないぞ、マフィア崩れ。そういう手合いの運命はお前の幼馴染が何度も捻じ曲げてきてるのを俺たちはよく知ってるからな」
「どゆこと? あいつまたなんかしたん先生?」
「たびたび戦場で彼女がどうこう、無事に戻ったらこうするだの言う縁起の悪い奴らが満ち足りててな。そいつらが死なないように念入りに妨げるものをぶち壊して生かしてきた馬鹿だ」
「ここに来るまでおっ立ってた死亡フラグへし折ってきたのかよ。派手に旅してきてるねえ」
「けっこうなやつらが"死すら殺す男"だとか恐れおののいていたぞ」
「うそ、俺の幼馴染攻撃力強すぎ……?」
それから【恋人と死の条件付け】に関する話題を良く存じてるお医者様も。
幼馴染の奇抜極まりない格好と言動にもだいぶ慣れたようだ。
「……ふふっ。なんだかシナダさんを見てると思い出しちゃうよね、エミリオさんにヴィラさんのこと」
俺のすぐ隣ではブルヘッドを懐かしんでる相棒もいる。
シナダ先輩の口ぶりは確かにブルヘッドの二人を思い出させてくれるな。
「エミリオのことか。そういえばあいつが恋人云々の話をする時も、ちょうどタケナカ先輩みたいなやつが縁起悪いからやめろって文句言ってたよな」
「……そういえばそうだったね。ボレアスさんもだいぶあの街の騒ぎに振り回されてたけど、今頃どうしてるんだろう?」
「仲睦まじい様子に加わって悪いが、お前に振り回されたような奴がまだ他にいてちょっと安心してるぞ。どんな奴なんだか」
「スカベンジャーっていう戦後の技術やら物資を回収して食ってる連中がいてさ、そこに彼女馬鹿と坊主頭の厳ついおっさんがちょうどいたわけだ」
「その人たちが困ってて、いちクンが助けて以来しばらくのお付き合いになったんですけど……うん、だいぶ振り回されてました」
「そう言われると毎日文句いいながら最後まで付き合ってくれたよな、あいつら」
「でも、ちゃんとデュオさんが終わった後に補償してくれたからよかったよね……みんな元々の住まいを失ったり、悪い人たちにずっと狙われたり大変だったし」
「俺だってまさか都市が戦場になるなんて思ってもなかったんだぞ。くそっ、ラーベ社思い出したら腹立ってきた」
「……そいつらと仲良くなれそうだな。お前は一体ウェイストランドってところで何して来やがったんだマジで」
世話になった顔を一緒に思い出してると次第に「人様の命に金かけるわ都市丸ごと一つ危険に晒すわ」の迷惑な企業も浮かんだ。
この世界でもラーベ社の所業を恨んでるとタケナカ先輩が心配してくれたが。
「イチ様は道中でいろいろとお邪魔が入ったんすよねえ。軍隊丸ごと一つとか、テュマーの群れとか、無人兵器に企業お雇いの傭兵だとかがお売りになった喧嘩をことごとく買ってぶち破ってきたんすよ、あひひひっ♡」
お隣座りのメイドの相棒がものすごく分かりやすい説明をしてくれた。
取り外した生首がそう語るもんだから聞かされた本人はさぞ不気味そうだ。
『――あんたタケナカだったか? 言っとくがその人はな、向こうじゃ英雄だぞ。いや、かつての英雄が育てた集大成とも言われてたか?』
嫌な思い出混じりの旅をこう思い出せば、それに加わるやつもまた一人。
ハッチから出てきたディセンバーだ。銃座から何か思いを馳せてる。
「この面接嫌いで、しかもパン屋務めでブロンズになったようなこいつが英雄だって?」
まあ、そんなことを言われて当然「こいつが?」と難しく眉が寄せられてた。
でも俺からしたら『英雄』だなんてごめんだ。ボスがそうだったように。
「そりゃあなあ、心もとない頭数で2000の大軍を根こそぎぶちのめしたきっかけになったからのう……一人で戦車を何両もぶち壊すわ、仲間連れて敵陣潜り込んで予備の弾薬丸ごと爆破して帰ってくるわ、敵の物資根こそぎ奪って兵站台無しするわで、敵にとって歩く悪夢みたいな感じじゃったぞ」
しかし楽し気に便乗する後部ハッチのドワーフがいた。
スパタ爺さんにとってスティングの戦いはいい思い出らしい。
「……また私は信じがたい話を聞かされてるぞ。ミコ、これは作り話か? そうだな? そうじゃなきゃ今そいつを疑うような活躍を耳にしたんだが」
「その話が全部真ならいち君化け物なんですけど、お爺ちゃん。人間と思えない所業重なってません?」
「団長さ、なんかこの頃のイチ君見てるとそれくらいやっても仕方ないやってそろそろ思ってるよ。何があったの教えて教えて?」
ミセリコルディアの三名も自分の聴覚を疑いつつ知りたがってるご様子だ。
するとまあ、ドワーフの髭面もハッチ上の車長もすっかり『楽しかったスティングの戦い』な表情で。
「人をどう扱おうがそれで心の支えになってるならどうぞご自由にだ。でもあんな馬鹿騒ぎしたのは俺だけじゃないからな、いいな?」
『分かってるさストレンジャー。俺たちみんなでやってやったいい思い出だ』
「スティングって街が悪い奴らに攻め込まれてのう。んでそいつらの邪魔をしたからってイチが名指しで賞金首になってそこからどんどんでっかい騒ぎになったのよ」
「ああ、俺を育ててくれた恩人とか今まで知り合った奴らも来てくれて一大イベント開催だ。ちょうどその時スパタ爺さんたちと知り合ったんだよな」
『この人の恩師も来てくれたおかげで街の連中がひとまとまりになったんだ。俺も『悪者退治』な義勇兵に志願したわけさ、何したらいいか分からないところを爺さんたちに拾われてこのザマだ』
「つまりわしらは戦友じゃなあ。毎日毎日イチが暴れ回っとって耳が楽しかったわ、いやわしも戦車乗ったりして戦ったけどね? こう見えて機甲部隊の中で戦績No1じゃよわしら」
「俺は休みもほどほどに好き放題に戦い続けるフランメリアの奴の方が怖かったよ。どこに寝る間も惜しんで殺戮するバケモンがいるんだってボスが心配してたぞ」
『で、最後は人間とフランメリア人揃ってそこの英雄殿を掲げての突撃だ。俺たちで敵を全部押し潰して、恩師の仇である敵軍のボスを三人で仕留めたって向こうじゃ語り継がれてるころだ』
「スティング・シティはそりゃあボロボロじゃったけどなあ、イチがあんまりにも戦果上げ過ぎてそれが市民たちの心の支えになっとるんじゃよ。街を出てった後もまた戦車壊すわ無人兵器ぶっ飛ばすわで、わしら後続組にいい道しるべ作ってくれて分かりやすい帰り道じゃったな」
「確か俺たちで壊滅したんだったか?」
『あいつらの落とし物で街が潤うぐらいにな。大量の鉄くずは今頃ファクトリーの倉庫のなかさ』
「ライヒランドの奴らはご親切に物資たんまり置いて、どっかに異世界転移しちまったぞ? まあ行先は地獄っていうんじゃがな、うわっはっはっは!」
そんな感じで向こうの硝煙まみれで鉛弾絶えない暮らしをしんみり思い出してると、冒険者の顔ぶれは微妙だ。
俺を人外とみなす目だ。んなことないと人間らしさを指でアピールした。
「今はのんびりパン屋務めしながらこうしてフランメリアに尽くしてる。まああっちの暮らしのおかげで肝がかなり据わったよ、うん」
「……ここの車長とスパタ爺さんが嘘いってるって可能性はないだろうが、念のため事情を知ってるやつに聞くぞ。正気かお前ら?」
「の、ノーコメントでいいかな……!?」
「ん、毎日危険がつきものだったけどみんなと一緒で楽しかった」
「こうしてフランメリアに戻ってくると、こっちがいかに平和だったかしみじみっすねえ。向こうで首狩りメイドの名が広まってるといいんすけどね、あひひひっ♡」
「いいか、こいつらのおかしさに俺とミコをカウントするんじゃないぞ。その上で言わせてもらえば全て事実だ、狂った方のな」
「リム様のご飯も食べれるし徳も詰めるし面白いものも見られるしと楽しかったぞ! ここにノルベルトがいればなあ……」
現場の声で証言も入れば続く視線は完全にドン引きだ。
「露出罪で追放された馬鹿どもが一層気の毒になったぞ俺は。そんなやべえやつに喧嘩売るとは人生最大の苦難にぶちあたったみてえだな、あいつら」
「そうだな、五体満足で円満に冒険者クビになったのが奇跡だ。タケナカ、なんていうか俺やキュウコはもう「イチだししょうがねえ」って思ってんぞ」
「おお……ただならぬ奴だと思ったがそんなすごい人生を歩んでいたんだな、イチは。どおりで戦場で落ち着いているわけだ!」
「……キリガヤの前向きな受け取り方には関心します。にわかには信じがたい話ですが、ここ最近来てくれたドワーフの方々を見るに真実なんでしょうね。ブロンズで留まってるのが奇跡なぐらいだと思います」
タケナカ先輩率いる日本人組は熱血系男子を覗いて悩ましい驚き方だし。
「毒親とカルトに人生追われてきたような奴がそれ以上にやべえやつになってて笑うわこんなん。これでまた宗教勧誘あたりが来ても平気だな、もれなく相手に不幸をもたらしてくれるぜ」
「そいつらの信じてる神様でも仕留めてやるよ」
「やる時は教えてくれよな、また冷凍ブリトーでもご賞味させにいこうぜ」
俺の幼馴染なんていい笑顔だ。
ありがとうタカアキ、お前が送ってくれたゲームのおかげで立派に育ったぞ。
「貴様がこうも強い理由がようやく分かった気分だよ私は。ずっとこんな男のストッパーになってたとは成長したんだな、ミコは……」
「……わたし、いちクンはいろいろな意味で律儀な人だって分かってるから、うん……」
「いち君のおかげでミコさんのすごさと大切さを再認識しました、ありがとうございます」
「ミコってさ、イチ君のダメなところ絶妙にコントロールしてるよね。もう猛獣飼いならしてる美女じゃんこれ」
「猛獣……!?」
ミセリコルディアに至ってはひどい言いようだ、でもなんもいえねえ。
みんなのじっとりした視線がいかに二つの世界を狂わせたか疑ってきたので。
「――ぱ、パン食う……?」
申し訳なさから俺はバックパックを開いてサンドイッチの包みを差し出した。
なんなら十個ある。今日は市場の塩焼き豚とトマトのピクルスだ。
「申し訳ないからってサンドイッチをすすめるなお前は!? いやそもそも依頼にんなもん持ってくるな何考えてるんだ!?」
「なんでここでサンドイッチ出しちゃうのいちクン!? ていうかそれ何個入れてるの!?」
「作りすぎちゃった……」
『あんたらストレンジャーにさぞ驚いてるみたいだが、俺はその人がパン屋で楽しく働いててあまつさえ手作りサンドイッチを振舞ってるのにびっくりだよ』
「わしもそいつが冒険者なのにパン職人に片足突っ込んでるのが信じられんよ。送り出した弟子が妙なエプロン着てパン売っとるなんてボスが知ったらどんな顔するんじゃろうな……」
「食べる?」と見渡せば、わん娘の手と褐色の指先が何個か持っていった。
「……しかしけっこう走ったわけじゃが、レールに異変をきたしてる原因がまだ見当たらんのう。そろそろ何かしらあってもよいじゃろうに」
戦車カートの爺さんたちも「くれ」と手を伸ばしてきたのでくれてやった。
だけどハッチ越しにもぐもぐする様子がいうように、しばらく進んでもトンネルの異常とやらはまだだ。
「今のところはまだ退屈で済んでるな。どれくらい走ったか分かるか?」
俺も手作りの一つを食べつつ、操縦中の誰かに進行具合を尋ねた。
ワオ、こんがり塩辛い肉にスパイシーな酢漬けの混ざった絶妙なお味。
『それがなあ、あれからもう七割ほどは進んでんだぞ。何か出くわさねえか心配でゆっくりしてたのが損に感じるぐらいだ、スピード上げちまおうか?』
覗き窓とにらめっこ中のドワーフの背中が語るにはそれくらいらしい。
もうまもなくで目的地に踏み込む頃合いらしいが――そう不安すら覚えると。
『……警戒! 前方に何か見えるぞ!』
心配が募ってしばらくのことだ。急にディセンバーが指示を飛ばした。
カートが足を緩め出すと、止まりゆく車の上で誰もが続々と身構える。
「ディセンバー、その何かってちょうどその原因とやらか?」
『ああ、向こうに何か見える。あれは……脱線したカートだな』
向こうに障害物が見えたらしい。
その報告に武装したEVカートが思い出したようにそろそろ進むが、程なく完全に車輪が止まって。
「停車! たぶんこいつが原因じゃろうな、こんなとこで横倒れになっとんぞ」
原因がはっきりとしたところで俺たちはひとまず降車した。
広くもないトンネルに全員がねじ込まれると、ちょうど進行方向上にそれはあった。
「ほんとだ、カートが倒れてる……?」
誰がいったか、いやミコか。その通りのものが道を塞いでいた。
発着場で持て余すほどに置いてあったあの乗り物だ。
何らかの原因で横転し、壁をなぞって乗り上げてだいぶ無様にスタックしてる。
「ワオ、ただならぬ事故の仕方だな。何があったんだ?」
「それを調べに来たわけじゃよ。一応用心しとけよ、何があるか分からんからの」
スパタ爺さんが妙に大きな拳銃を取り出したように俺たちは気を引き締めた。
しかし持ってる得物は45-70のものより弾倉が妙にデカい。
なにそれと目で聞けば「308口径じゃ」と得意げだ、んなもん拳銃に装填するな。
「……なあスパタ爺さん、これくらいのカートがこうも転ぶ理由って相当なもんだろうな?」
自動拳銃を軽く向けつつそっと近づいた。
狭い足場を無理に辿れば、天井へ旅立とうする格好の下で黒い肌を感じた。
「あちゃー、お前さんの言う通り相当なもんじゃなこれ……」
「あー、つまり人身事故ってやつか? なんでこんな死に方してんだ」
「そりゃこのトンネルの向き的にそうじゃろうな、カートが突っ込んでくる側じゃぞこっち馬鹿じゃねえのこいつ」
事故の詳細が判明した、勇敢にも車に向かってぺしゃんこになったお馬鹿なテュマーだ。
周囲にひびが入るほど強烈だったらしい。無事なのは足元を這うレールだけだ。
「……そのテュマーは下敷きになって膝上から頭部にかけて念入りに潰されたようだな。ちょうどこいつが脱線コースどおりか、何を考えていたのやら」
つられたお医者様の検視結果によればそういうことだ、不幸な出来事で運航中止になってるらしい。
「こいつがテュマーか? この黒い見てくれは一体どうしちまってるんだ、それになんだか機械っぽいぞ……?」
タケナカ先輩も白き民より汚らわしいご遺体に気味を悪くしてる。
なんなら日本人顔も揃って一歩引いてお近づきになりたくなさそうだ。
「あのシェルターで見たような感じだが……私が気になるのはこいつの格好だ。これはなんだ? 軍服か?」
「迷彩柄のお召し物にヘルメット……これってあれじゃないっすかねえ」
が、エルとロアベアの蜥蜴でメイドな組み合わせがある点を気にかけてた。
そうなのだ。この死体のおめかし具合はなんというか緑色で。
「おいおい、戦前の米軍の装備じゃねえかこれ。ってことはこいつは元軍人だったに違いねえぞ」
『ああ、間違いないぞ。そのテュマーが付けてるのは150年前の陸軍の仕事着だ……待て、なんでそんなのがここにいるんだ?』
そういうのに詳しい幼馴染と車長の知識がそうだった。
このひどくひしゃげた戦場向きの姿は戦前の軍人が変異した誰かだ。
「……みんな、奥から敵の臭いがする」
「ええ、向こうからなんだか嫌な臭いがしますね……あの時嗅いだテュマーのものとそっくりです、それもけっこう濃いんですけど」
そこにニクとセアリの嗅覚が悪いニュースを仕上げてくれた。
テュマーの事故現場があって、ずっと先から似た奴らがいるような感想だ。
「ここの換気システムが正常に稼働してることに感謝しておくべきだろうな。ドワーフたちの嫌な予感が的中してるようだ」
クリューサがまとめるに確実に敵がいるようだ。
『ストレンジャーズ』やら帰還組やらの世紀末めいた脳なら「やっぱりか」だが、冒険者の顔ぶれは緊張してる。
無理もない話か。向こうは元人間で機械らしい知能もあるバケモンだ。
「この様子を見るに奥に敵がいることもわかったし、こいつが150年ぐらい悪さを働いてたことも発覚したわけだ。じゃあ次はどうする? お邪魔しに行くか?」
ここまで分かったんだ、一旦得物を下ろして俺らしく聞きまわった。
するとスパタ爺さんがテュマー添えの事故現場に興味深そうにして。
「ならまずはこのカートをどうにかするだけよ。こいつのせいでここのシステムがマヒしとるし、わしらの地下戦車も進めん、となれば……」
「こんだけぶっ壊れてるならバラしたほうがはえーな。手伝えディセンバー、分解して持ち帰るぞ」
さすがドワーフたちだ、車載の工具を手にぞろぞろカートの処分に向かった。
壊れかけの外装やらもさっそく剥がして解体作業に入ってしまったようだ。
これなら少ししないうちに丸裸になるんじゃないか、という手際の良さである。
「ならここは爺さんたちに任せて少人数で偵察に行くべきだな。私たちはこれほどの数だ、このトンネルの構造次第だが敵の規模を調べなければ不利なままだぞ」
サンドイッチをもごもご噛みしめながらのダークエルフがやってきた。
クラウディアの提案はもっともだ、今のうちに向こうを調べるべきだろう。
「タケナカ先輩、様子見いってきていいか?」
「分かった、やる気があるならサイトウも連れてけ。気づかれんなよ」
「じゃあさくっとみてくる。こっちの様子は任せていいか?」
「ああ、今のうちに後方へ現状を報告しておく。やばいと思ったらすぐ後退しろ、いいな?」
「いちクン、気を付けてね……? わたしたち、ここで待ってるから」
「了解。行くぞクラウディア、サイトウ」
なのでいったんお別れだ、ダークエルフと前髪隠れ男を連れて進んだ。
「やはり偵察と言えば私だろう。共に旅してた頃を思い出すな」
「こんなに窮屈な場所を一緒にした覚えは今初めてだけどな。お前が相変わらずで俺安心」
「ふふふ、私だってただ食って戦うだけじゃないんだぞ。ちゃんとお前たちと再会するその時に備えて訓練もしてたんだ」
「頼りがいがあって嬉しい限りだよ」
ほのかな赤色を先走ってくれるのはクラウディアだった。
人の足には優しくないトンネルを三人で進めば、道すがらのくねりが後ろを遮っていく。
「……今だから言わせてほしいんですけど。正直なところ、テュマーというのを目の当たりにしたら射貫けるか心配なんですよね、俺」
仲間が見えなくなってだいぶ不安だが、キリガヤは特にそうだ。
ブロンズに昇格したとしても、電子機器にやられた元人間のバケモンなんて相手にするのは初めてだろう。
心配事は白き民よりよっぽど人間らしい化け物を射抜けるかどうか、か。
「何が心配なんだ? 元人間相手だと気が引けるとかそういうの?」
「まあ、そんな感じです。さっきの姿がこっちに襲いかかってくるって思うと、ちょっといい気分じゃないですね」
足取りそのままに聞いてみるが、白き民とは勝手の違うあれに腰が引けてる。
それに対して俺たちの答えは「そうだな」と顔を見合わせてからの。
「ならアドバイスだ。向こうがなんか喋ろうがこっちに殺意と武器向けた時点で立派な敵だ、『知るか馬鹿』の精神であきらめてもらえ」
「うむ、向こうだって機械で強引にああなってるんだからな。さっさと楽にしてしまえばお互い幸せになるだけの話だぞ、相手を人と思わず化け物と割り切れ。そして射貫け」
ウェイストランド生活に基づくアドバイスをしてやった。
見れば前髪隠れの顔が「ええ……」と困ってたが、すぐ口元が笑った。
「……二人ともすごいですね、その前向きさが羨ましいです」
「そうじゃなきゃやってられない人生なだけだ。躊躇うのは大事だけど時と場合をわきまえないと、いつだって最悪の結果が待ってる」
「何でもかんでも情けをかけるのは二流の仕事だぞ、サイトウ。一流は自分の裁量でそいつの命を生かしたり殺したり手早く仕分ける、できるやつはみんなそうなんだ」
「そうですね、こういう職業なんですし、自他の命のためにも力を振るわないといけない時なんて今後山ほどあるでしょうね……アドバイスありがとうございます」
「そうだな、敵と面と向かったら基本はハナコの言葉ぐらい遠慮なくていいぞ」
「……そういえばイチさん、ハナコさんからきつく言われてますよねいつも」
「毎朝サンドイッチもって絡みに行ったのが駄目だったらしい」
「流石に女性に押しつけがましいのは良くない気がしますよ、俺」
「あと言葉の冷たさに流石氷属性とか皮肉いった」
「やっぱりイチさんが悪いと思います」
「シナダ先輩とその彼女にも同じこと言われたよ」
緊張が和らいだようだ、足取りがしっかりしてる。
そう進むにつれて『サクラメント・ステーション』を探って間もなくだ。
まっすぐと伸びたトンネルのどこかに差し当たった――すると。
「む、トンネルの終わりが見えてきたぞ。何か見えないか?」
向こうの様子にクラウディアの腕が注意を向けてきた。
ずっと遠くで頼りない照明が稼働していて、発着場と思しき様子が浮かんでる。
一度止まって双眼鏡を覗けば――先に見えたのは土嚢だ。
「……土嚢が積んであるぞ」
最初は見間違いかと思った、色あせた土嚢がパターンをもって積み上がってる。
トンネルを出てしばらくのところでささやかな陣地が構えられて、他にも障害物と思しき何かがこっちを向いていた。
慎重に近づくと、金属製の粗末な防壁がステーションの見晴らしを悪くしてるのもはっきりとした。
「土嚢だと? どういうことだイチ?」
「ありゃ陣地だな……発着場を守ってる感じだ」
「テュマーがか」
「ああ。厳密にいえば生前の軍人が、とでもいうべきだろうな」
まだ敵の姿は見えてない。もっと近づいた。
皮肉にも土嚢やらがEVカートを何両も置ける空間に死角をもたらしていて、俺たちはそれにあやかった。
(――やっぱりか。ここにいらっしゃるのは生前国のために尽くしてた連中だ)
トンネルを出てすぐのところで土嚢越しにステーションを眺めた。
エラー表記の電子広告と集うカート、それと青と白の国旗が立ってる。
――がしょん、がしょん。
もちろん嫌な音もした。機械音と地面の揺れを混ぜたものだ。
ひたひたという人間の歩き方もだ。オゾン臭だってする。
『交信中、エラー、交信中、エラー、不具合に対する報告、不満、苛立ちは全てボストン本社へお問い合わせください。不具合、エラー』
ついに電子的なあの声もして、サイトウが見るのを少しためらった。
陣地の中で150年も熟成された軍人が機械的な動きであたりを練り歩いてる。
テュマーだ。どいつも銃を手にしてるし、何より――
『ブル・ドー・ザーはオンライン。ブル・ドー・ザーだ、繰り返す、ブル・ドー・ザーだ、警戒中』
『任務を確認、サクラメント・ステーションを防衛せよ。この指示はVER2.1から非感染者の殺害も含まれる、殺せ、殺せ』
錆びだらけの装甲をまとったエグゾアーマーが二体もいた。
骨董品として値打ちがついていそうなやつは嫌にデカい銃を握ったまま、的当てに都合のいい相手をずっと探り回っているらしい。
(……軍人テュマーにエグゾのおまけつきだ。よし、お土産は悪いニュースだ)
(なっ……なんですかあの、ロボットは……!? いや、中に誰か人がいるのか……?)
(お前の想像通りだ、テュマーが乗ってるぞあれ)
(テュマーがエグゾを乗りこなすのか……器用なやつらだな。このことをみんなに伝えて次の策を練ろうじゃないか)
三人でやれることは速やかに戻ってこの有様を伝えることだ。
俺たちは息をそっと殺して早足で戻っていった。
◇
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一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
関白の息子!
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天下一の出世人、豊臣秀吉の子―豊臣秀頼。
それが俺だ。
産まれて直ぐに父上(豊臣秀吉)が母上(茶々)に覆いかぶさり、アンアンしているのを見たショックで、なんと前世の記憶(平成の日本)を取り戻してしまった!
関白の息子である俺は、なんでもかんでもやりたい放題。
絶世の美少女・千姫とのラブラブイチャイチャや、大阪城ハーレム化計画など、全ては思い通り!
でも、忘れてはいけない。
その日は確実に近づいているのだから。
※こちらはR18作品になります。18歳未満の方は「小説家になろう」投稿中の全年齢対応版「だって天下人だもん! ー豊臣秀頼の世界征服ー」をご覧ください。
大分歴史改変が進んでおります。
苦手な方は読まれないことをお勧めします。
特に中国・韓国に思い入れのある方はご遠慮ください。
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