魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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魔法の姫とファンタジー世界暮らしの余所者たち

調子(ステータス)どうですか?

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 クラングルの下にある地下スーパーマーケットはすっかり変わった。
 あの散らかりようはこそぎ落とされ、店構えも閉店直前ほどには片付いてる。
 ここで末永く稼働していた業務用機器たちはやっと暇をいただいたらしく、着々と『ドワーフ要塞』への改装が行われており。

「……どうだお前ら? そっちに申請行ったか?」

 そんなリフォーム中の店舗のこざっぱりとした広場でPDAをいじっていた。
 向かう先は白髪の二人、クリューサとクラウディアの佇まいだ。

「目の前にフレンド登録だのと出ているところだ。お前たちの名前が書いてあるぞ」
「む、私にも来たぞ。この『すてーたす』とやらは、フランメリアに戻ってから急に出てくるようになったんだ」
「なんてこった、お前らもか……」
「クリューサ先生もクラウディアさんもステータス画面が開けちゃうんですね……ってことは、こっちの世界に戻ってきた人はみんなこうなのかな?」
「かもな――いやまて、それだともれなくリム様あたりもそうならないか?」
「りむサマも開けちゃうと思うよ。お爺ちゃんたちとか、二人がこうなんだし……」
「これで『のちほどチェックリスト』が増えたな。最近次から次へと調べることばっか増えてないか? 気のせい?」

 無事にフレンドリストが増えたところで、俺もミコもそれはもう困った。
 ウェイストランドからきたやつらがステータス画面を開けちゃうお話だ。
 さっきの会話には驚かされたが、もしやと思って移動ついでにクリューサたちを捕まえたところ――

「ここ最近になって空中に画面が出てくることにやっと気づいたが、ARのインプラントを施した身の覚えなどないんだがな……これがお前らのいう『ステータス画面』なのか?」
「お前たちはこういう力を持っていたんだな。私もクリューサが気づいてようやくこの存在を知った程度だが、自分のことが書かれていてけっこうおもしろいぞこれ」
「最初は不気味と思ったが知ってみれば便利なんじゃよなあこれ……自分の腕前が数値化されとったりしてて、なんか己を見直してる気分」
「カメラもないのにこれほどの画質で撮影できるとかチートじゃチート。しかもこれ、フレンド登録した相手にメッセージとかメール送れるそうじゃな? どおりでお主ら意思伝達が早いわけじゃよ、便利極まりなくて草が生えるわ!」
「俺たちみたいなウェイストランドから来た奴らも、あんたら冒険者を真似してみたら開けちまったのさ。開くのにちょいとコツがいるが、なるほど自分の情報がゲームみたいに見えるとはねえ……」

 その場にいたドワーフやらウェイストランド人やらも巻き込んでの大騒ぎだ。
 お集りの現役冒険者の数々で説明してやっと収まったものの、これで分かった。

「つーことはあれか? 向こうの世界からこっちに渡ってきたら、ウェイストランドな方々だろうが俺たちみたいにステータス開けちゃう権利が与えられちゃうみたいな?」

 そこにあるのはタカアキの考え通りだろうな。
 ニクの件といい、目の前のこれといい、世紀末世界からこっちに渡ってきたやつは問答無用でステータスを開けるようになってる。

「そういえばニク君もおんなじ状態っすよねえ? てっきりうちらみたいにヒロインになったのかなって思ってたんすけど、このご様子だとあっちの世界を経験した方であれば誰でもなれるみたいっすよ」
「みんな、ぼくたちとおんなじになってる……?」

 ロアベアも不思議そうなままニクの頬をもちもちしてた。
 本当にどうしたものか。
 まさか『帰還組』が全員ゲームの機能を扱えるようになってるなんて想定外だ。

「ついでに聞こう、スキル項目を開いてくれ。皆さん今どんな感じだ?」

 念のためだ、ステータス画面と縁を持ってしまった連中を確かめてみよう。
 そう尋ねれば誰もがたどたどしく、あるいは慣れたように宙を掻いて。

「……この人様の能力がさも知ったように表示されているやつか。【調合】と【応急処置】が80、などとあるな、【錬金術】というのも上がってるようだが」
「これが私の能力なんだな、どれどれ……? 【弓】が65に【近接】と【生存術】が60だそうだぞ! これが私の技量なんだな、もっと精進せねば」
「自分の力量が数字で表示されるのってなんか複雑じゃな……おお、【鍛冶】が80とあるぞわし! 【機械工作】が70で【重火器】が63じゃとさ、なんか面白いのうこれ!」
「勝ったな、こっち【鍛冶】90越えじゃぞ。他には……【斧】が59とあるのう、そういやわし昔は斧使ってたもんなぁ懐かしい」
「はっ、弾薬作りが生きがいだけあって【制作】が70か。自分の人生見つめ直してる気分だ」

 可視化されてしまった能力に免疫がついてきたんだろうか、画面に前向きだ。
 スキルの高さと低さに喜んだり難色を示したり、意外に楽し気である。

「よくわかった、その単語が出てくるってことはMGOのスキルシステムにG.U.E.S.Tのやつが混じってるらしいぞタカアキ」
「俺と同じ状態だな、小火器だの運転だのこっちのスキル欄にいろいろ付け足されてる状態だ。んで、ステータスを開けるのは向こうからこっちに帰ってきた奴だけってか?」
「間違いないだろうな。ステータス開けちまうケースはニクと同じだ」
「ややこしいことになってやがるなあ……よかったじゃんみんな、これで言うでも連絡できるね!」
「うーわもしかして転移者みんなこうなのか……? 今はこいつの言葉通りに便利っていうことで納得してくれないか? ダメ?」

 タカアキの様子を伺えばこうだ。
 やっぱりだ、ウェイストランドからフランメリアに渡ったやつに作用してる。
 元々こっちの世界にいたドワーフやクラウディアすら開けてるとなると、その実面倒な仕組みがありそだ。

「そうか、てことはウェイストランドから渡ってきたやつらは誰だろうが俺たちみてえな『転移者』になってるやがるってか……?」

 けれども、タケナカ先輩の小さな頷きが妙にあてはまた。
 俺だってこのシステムがプレイヤーやヒロインだけの恩恵だと思ってたけど、間違いだったとこうして証明されてる。

「向こうで見た顔全部がそうだろうな。もう一つ確認、ステータス画面開けるって気づいたのは何時頃だ?」
「俺たちはついさっきだ。教えてもらってから意識して触れてみた途端、いきなり出てきたんだが」
「クリューサと同じタイミングだぞ私は。こう、目の前に集中して指でなぞると出てくるんだ。面白くて気に入った!」
「最近じゃのう、わしらは。里で冒険者どもがしきりに空中に文字を書いとるからなんじゃそれって聞いたら、ステータスがどうこう言われてな。ふと真似してみたらこの有様よ」
「こっちは爺さんに言われてようやくって感じさ、ストレンジャー。開くのにコツがいるが、慣れると自分の身体みたいに動かせてけっこう楽しいぞ? おっと、年齢も書いてあるな……四十五歳だったのか俺って……」
「……じゃ、じゃあ……りむサマとか、女王サマとか、ノルベルト君にオスカー君も……みんなこうなのかな? ここにいる人たちがこうなら、そういうことだよね?」
「ああ、みんなもれなくお土産も足されてたらしい。良かったな、フレンド登録すればいつでも連絡できるぞ」
「こ、これっていいことなのかな……!? でも、気軽にやりとりができるのはちょっと嬉しいかも……?」
「俺には約二名ほど気軽さがいらないやつがいる。特に女王様」

 どこか薄気味悪いところもあるけれども、良いところに目を向けるならこいつで連絡が取れることぐらいだ。
 試しにフレンドリストの【スパタ】にメッセージを入力して。

【こんなこともできるぞ爺ちゃん】

 と、スティングで撮った改造戦車の一枚を送った。
 重火器を増設された佇まいに、車長にされた人間とエルフの砲手が戸惑い混じりで立ち尽くしてる。
 すると向こうは気づいたらしく、目の前を見るなり驚き混じりの笑顔だ。

「おお、画像も送られてきおった。わしらの作った一号車じゃないのこれ!」
「確かオープンカーにされる前の奴だったよな、ライヒランドとやり合う前に記念撮影しといた」
「こうしてみるとわしながら雑なつくりすぎんなあ。でもこいつはよく働いてくれたのう……お前さん、ちゃんと見とってくれてたんじゃな」
「ぶっ壊されて悲しんでたのもちゃんと覚えてる」
「またお目にかかれて感無量じゃよ。残骸は有効利用してきたぞ、今頃スティングの博物館でいい資料として時を刻んどるよ」
「ヴァナル爺さんの博物館のことか?」
「うむ、そういやお前さんの使った擲弾兵のアーマーも飾られとったなあ」
「そうか、あの人ちゃんと稼いでるみたいだな」
「相変わらず入館料にはがめつかったぞ。犬にまできっちり料金取るスタンス貫いておったわ」
「聞いたかミコ、俺のおかげでいい収入源になってるらしい――ケチだなオイ」
「ヴァナルおじいちゃん、相変わらずなんだね……ママさんと仲良くやってるかな?」
「ママのスペシャルディナー食べたくなってきた」

 帰還組のドワーフ――『スパタ』は写真にしみじみしてた。
 このが何かと便利と分かれば、渡ってきた顔ぶれはしきりに空中を気にしだしたみたいだ。
 まあ、それを間近で見てたエルたちはというと。

「ステータスを開けるのは私たちだけかと思っていたんだが、この世界に転移した者たちも使えるというのは驚きだな……ということは、スキルの恩恵も得られるのか?」
「ウェイストランドへ行けば向こうのスキルが増える、こっちの世界に来ればステータスが開ける……って感じですね。軽くとんでもないことになってる気がしますけれども、とりあえずリム様がこれ知ったらセアリさんたちのところに毎日じゃがいも料理の写真送られてきますよ……」
「コミュニケーション手段が増えるのはいいと思うんだけどさあ、悪用しない人がいないか団長ちょっと心配……よーしクリューサ先生にクラングルの面白光景コレクション送りまくりだー」
「うちからもメイド勢ぞろいの写真をどうぞっす~♡」
「おい、さっそくこの機能性を悪用する奴がここにいるぞ。訳の分からん画像を山のように送るのはやめろやかましい」

 ミセリコルディア三人分の心配もごもっともだが、俺の分類じゃいい知らせだ。
 スキル云々はともかく、これがあれば『ストレンジャーズ』の面々とどこでも気軽にやり取りができる。
 ヌイスも同じ状態なのか? それにノルベルトも――あいつ今頃何してるんだろうな。

「クリューサとクラウディアがこれならノルベルトもきっとそうだろうな。あいつ元気か気になってきた」
「わたしも今気になってたよ。ノルベルト君も多分同じ状態だと思うけど、また会えたらフレンド登録したいなぁ?」
「ノルベルト坊主のことか。確かあいつ無事にオーガの里へ戻ったらしいが、それっきり噂一つも聞いとらんのう……」
「あんなにデカいのにか?」
「それってなんだかおかしいよね……? 何かあったのかな?」
「オーガらしくウェイストランドに武勇を響かせとったが、あいつもけっきょく曲がりなりにもお偉いさんのご子息じゃよ。お前さんらの心配する気持ちはよーく分かるがあの坊主にも複雑な背景があるもんさ、分かってやっとくれ」

 あの時のメンバーがこう揃いかけてると、やっぱりあいつの背の大きさが恋しい。
 でもこの世界の事情を俺たちより良く存じるスパタ爺さんがこう言うんだ、ノルベルトらしい理由があるに違いない。
 お前の言う通りミコと仲良くやってるんだ、そろそろしれっと現れてきてくれ。
 
「……ノル様は今頃どうされてるんすかね? うち、またみんなで一緒に冒険したいっす」

 向こうであいつとよく絡んでたロアベアも懐かしんでる頃合いか。
 こうやって集まってると、確かにオーガ一体分の隙間を感じる。

「俺も同じ気分。あのデカい戦友に早くミコを見せてやりたい」
「うん……約束通りこの姿を見せたいし、エルさんたちを紹介したいし、みんなでご飯を食べたりしたいよ。きっとびっくりしちゃうだろうなあって、ずっと楽しみなんだ」
「ぼくも。ノルベルトさまと一緒にクラングルをお散歩したい」
「アレには時々クラウディア以上に振り回されたが、それでもダークエルフ一匹分より思慮深いのは間違いない。あいつがいれば俺の身も一段と落ち着くだろうな」
「ノルベルトの言う通り、クリューサは私と一緒にちゃんといい人生を歩んでるぞ。あいつがきたらクラングルのうまい食い物をいっぱい紹介してやろうと思ってるんだが、こう話題に上がるとやはり寂しいぞ」

 ストレンジャーズの縁は本当に深いものだと思う。
 すっかり頭の中にはステータスがどうこうよりノルベルトだ。
 あいつもきっとこの一件で『転移者』の仲間入りを果たしたに間違いないさ。
 だったら今すぐにでも目の前にやってきて「フレンド登録頼む」とか気軽にもちかけてほしいもんだ。

「ノルベルト坊主もいい縁に恵まれとるのお。こんな便利なもんがあるんじゃ、あいつがここにくりゃお前さんらもなおのこと親しくなるじゃろうよ」
「あんなおっきいガキが便りもよこさんのは心配じゃけどね? わしらにできんのはあやつの置かれる身に少しでもいい知らせを伝えることじゃ、そのためにも今日もフランメリアに尽くそうじゃないの」

 爺さんたちの言う通り、あれでもあいつは俺たちよりずっと上の身分だ。
 あいつがこんな場面で気軽に現れないなんて、ここのやつらじゃ計り知れない事情を抱えてるかもしれない。
 だけどそれもずっと向こうに俺の名が届けば済むことか。

「それもそうか。どうすれば向こうまで知らせが届くんだろうな? ドラゴン討伐? それともウォーカーみたいにデカい白き民を狩るとか?」
「わはは、そりゃ確かにデカいが叶わんじゃろうな。ドラゴンなんて今や狩られすぎて保護対象の種じゃし、やつら白き民にそんな大げさなやつはおらんよ」
「……お前らがどんな友達を共有してるのかはさっぱりだがな、今はっきりしてるのはむしろこのステータスが開けるっていう状況が好都合ってことだ。気になるところだらけだが、今後は爺さんたちと密接に連絡を取れるのが大きな収穫だろ?」
「そうだなあ、クラングルはこうしてサプライズだらけだけど驚いてばっか、考えてばっかじゃ何も進まねえさ。この手の情報はどっかの眼鏡エルフの兄ちゃんに丸投げして、俺たち冒険者はせっせと街のために働こうじゃないの」

 結果的に分かったのは坊主頭の先輩と幼馴染が口にする通りだ。
 色々なやつと迅速に連絡が取れるなら、今はこの『ステータス』がありがたい。
 まさしくその恩恵にあやかる上機嫌な爺さんたちは「こい」と背中で語ってきた。

「後でこのステータスとやらについていろいろ聞かせてもらおうじゃないの。いやしかしツイとるな、こんな便利なもんただでもらえるとかチートすぎるわい」
「無線機ほどじゃないが文字送ってすぐやり取りできるもの、こりゃ使わん手はないぞ。こういうのもっと早く持ってりゃ昔苦労せんかったじゃろうなあ」
「これあれば品の注文から偵察まで気軽にできるぞ、くっそ便利すぎん? まあそれはともかくついてこんかお前さんら、新しいわしらの拠点でお話じゃ」
「拠点? なんか爺さんたちの所有物になった言い方だな? 気のせい?」
「もはやあの構造をいじくれるのはドワーフ族ぐらいじゃし、実質わしらのもんじゃよ。あそこをわしらのドワーフ要塞とする!」
「そ、そんなことしていいのかな……?」
「俺たちの足元にドワーフか。まあいいんじゃないか? クラングル攻め込まれても戦車がデカいのぶっ放してくれるぞきっと」

 ステータス画面を手に入れて上機嫌な爺さんたちが「こい」と背中で語ってきた。
 俺たちは更に奥へ進んだ。向かう先は例のトンネルだろう。

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