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剣と魔法の世界のストレンジャー

クリューサのこれからはここに。

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 一足先にこの世界に踏み込んだクリューサが言うにはこうだ。

『いろいろ大変だった』

 たった一言をとても深刻そうに語るんだからよっぽどだと思った。
 いざ『いろいろ』のあたりを口で探ってみたらすぐ納得した。

 クラウディアに引っ張られダークエルフの里へ行ったらご両親に病人扱い。
 二人でまた医者として旅をしたら錬金術師ギルドに目をつけられる。
 金のために錬金術師になったら医療技術と薬学を評価されて出世まっしぐら
 特製の『おクスリ』を披露したら変な貴族どもに変に懐かれてしまう。
 たびたび問題を起こす同業者に巻き込まれることも幾度――などなど。

 クラウディアと持ちつ持たれつで刺激的な毎日を過ごしてたらしい。
 そこへ冒険者ギルドに人員を派遣する噂を聞いて、歯車仕掛けの都市から逃げ……志願したとのこと。

「お前が再会間もなく人の顔色を笑ったことは一生の思い出として覚えてやるが、この世界のあべこべ加減に毎日うんざりだ。ウェイストランドより豊かかと思えば医術は医学史的に近代以下、魔法生物の脱走に爆破事件は日常茶飯事、同業者の間で派閥があって勝手に一派の顔にされる、おまけにさっきは噴水の中でラッコが貝を叩いてたんだからな。医者の観点からこの世界を生み出した神がどんなクスリをキめてるのか心配になってきたぞ」
「あーうん、確かにひどい世界だな。そいつ多分シラフだぞ」
「だったら次に疑うべきはそいつの脳か心か、手術と薬どっちがいい」
「注射を伴うならどっちも嫌だろうから、カウンセラーでも呼んでやってくれ」

 クリューサはストレスの宿った調子で苛立たしそうに物語ってくれた。
 そんなあんまりな情報量がぶちまけられるのは、トカゲやら狼やら竜やらのヒロインがいらっしゃるクランハウスの中だ。

「貴方がミコの言っていたクリューサ先生か。なんというか、話に違わず気苦労の多そうなお方だな……」
「お前たちがミコの仲間だそうだが、どう話しても苦労の多い人物像として描かれるぐらいに人様を振り回す輩に恵まれてるのがこれで分かったろう。そろそろあっちの世界の方がマシだと思い始めてる」
「主にいち君にぶん回されてたんですね、分かります。なんですかこの苦労人キャラ煮詰めたような人」
「ミコはともかくだが、そばにいるこの礼節すら戦闘力に回したような奴と、それを取り巻く珍妙なやつらがここまで引っ張ってくれたのは確かだ。ミセリコルディアとやらも俺にストレスをよこすような集まりじゃないことを願おう」
「大丈夫だよ噂のクリューサ先生、セアリはともかく団長たちは世のため人のため常識的に振舞ってるから! ミコがお世話になったって言ってたよ、ありがとね」
「ちょっとどういうことですかフランさん、セアリさんだけ自由が過ぎた生き方してるみたいじゃないですかそれじゃ!」
「冷蔵庫にあった団長のシュークリームの隣に食べかけのドッグフード飾った罪は忘れないからね……」
「仕方がないじゃないですか他に置くスペースなかったんですし! それに冷蔵庫の大部分をお菓子だらけにする人が悪いんです、セアリさん悪くなーい」
「……お前たちはお前たちでミコを苦労させてるようだな、なんだこいつらは」

 リビングいっぱいのミセリコルディアの賑やかさに気苦労が増えてそうだ。
 その目つきがオープンキッチンに流れると、そこに知ってる魔女が立っており。

『今日は何を作るんだリム様!』
『旅人の方から教わった"おむらいす"というものを作りますの! いっぱい練習しましたからしゅばばばって作りますわよ!』
『どおりで最近お屋敷でオムライスがやたらと出てきたんすねえ、リーゼル様あれ気に入ってたっすよリム様ぁ』
『……あの、りむサマ? 付け合わせがポテトサラダなのはいいんだけど、カリフラワーのシチューにもじゃがいも入れちゃうの……?』
『大丈夫ですわ、じゃがいもの量は身体の毒になる一歩手前をゆきますから!』
『どうしてぎりぎりを攻めちゃうの!? やっぱり多すぎだよりむサマ!?』

 またしても調理場を陣取るリム様が腕を振るってた。
 芋が織りなす小山と、そばで目を輝かせてくっつくダークエルフの組み合わせががなんだか懐かしい。
 今ではそこにミコも立ってて感慨深い――芋の多さに台無しにされてるけど。

「リム様も相変わらずだぞ。芋タワーができるのが見えるだろ? ああやってこの世を芋で支配しようとしてる」
「向こうでも芋をばら撒く魔女の噂などさんざん耳にしてきたぞ。いやそれよりもだ、昼飯のためという勝手な理由でここを借りていいのかという話なんだが」
「クランマスターがいいって言ってるしいいんじゃないか? つーかリム様と一緒に飯作ってるし……」
「リーゼル様はクランハウスをレンタルキッチンか何かと勘違いしてないか……? いや、私はミコがいいなら別に構わないんだが」
「料理ギルドマスター直々の料理が無料で食べられると思えば役得じゃないですか。費用も全部向こう持ちですし、困ることなんてまたじゃがいもが押し付けられるぐらいですよ」
「玄関から出てすぐのところにじゃがいもいっぱいの袋が置いてある光景にもだいぶ慣れてきたよね……」
「だってさ。じゃがいもに困らない暮らしをしてるみたいだぞ」
「お前たちは人様の住まいに芋を押し付けて迷惑に思ってきたあたりで、あいつをそろそろ悪霊か何かと認識を改めた方がいいかもな。芋に対する強迫観念か崇拝か知らんがあれはもはや病の一種だ」
「イチ、まさかクリューサ先生もじゃがいもの被害にあわれた人なのか……?」
「あの人、あっちでも狂ったようにじゃがいもを広めてたんですね」
「良かった! 向こうの人から見てもやっぱりおかしかったんだ芋テロ!?」
「向こうで旅してる間は芋に困らない食生活だったよな、俺たち……」
「あいつが「顔色が悪い」というだけで芋をすすめたことはいまだに根に持っているからな俺は」
「まだ覚えてるのかよお前」
「どんな理由なんだ!? 流石に失礼だろうそれは!?」


 こんな光景があるのも「昼飯どうする」と俺が持ち掛けたからだ。
 当然リム様はぺたぺたついてきたし、ミコもクランハウスを快く貸してくれたおかげで昼飯の場になった。
 街の案内と食材の買い出しまで続いてしまえば、クリューサをもてなす行事に変わってしまったのである。

「……別にあれが炭水化物を押しつけがましくしようと別に驚かんが、あいつにお前たちのような仲間がいたとはな。もずいぶん物怖じしない人柄になったものだ」

 あいつの向こうにはエプロン姿で忙しそうな誰かさんがいた。
 大鍋の中から立ち込めるシチューの湯気に巻かれながらも楽しそうだ。

『ミルクも入りましたわね! ひと煮立ちしましたし後はじっくり煮込むだけですわ~!』
『ふふっ、ニクちゃんがいるから鶏肉が多めなんですね?』
『味見なら任せろ! くれ!』
『まだ早いですからねクラウディアさん、小皿持ってこないでください……』

 そこに良く食うクラウディアも混じれば、確かにお医者様の苦労の一片がある。

「その点クラウディアは最後に見た時そのまんまだな」
「ウェイストランドより少しは落ち着くだろうと思ったが逆だ。向こうの数倍騒がしく人をあちこち連れ回してる」
「良かったな、犬の散歩みたいな感じならさぞ健康にいいんじゃないか?」
「いい得て妙だな、ここにきてから制御不能の大型犬を隣に置いてる気分だ」

 こっちを向いた顔色の悪さは「あの通りだ」って具合だ、少しまんざらではなさそうな気持ちを残して。

「……クリューサ先生も、ミコのことを良く知ってるみたいだな」

 こうやって眺めてるうちに、しれっとエルが混ざってきた。
 お医者様のまっすぐな顔の向きにどこか信頼を寄せてる感じだ。

「俺がずっと見てきたのは誰かの肩に下げられてる姿だったが、それでもあの妙な集まりの一員として唯一無二の存在だったのは間違いないだろうな」
「そのことについていろいろと話は聞いた。良く話相手になってくれたとか、暇があれば医学についての見聞を聞かせてくれたとか、嬉しそうな笑顔で私たちに教えてくれたよ」
「二人で馬鹿どもに振り回されたよしみというやつだ。まともな感性を持ち合わせてたのはあいつぐらいでな」
「ああ、こうして思い返すとぶっ飛んだ奴ばっかだったよな」
「イチ、お前は鏡を見る習慣でもつけたらどうだ? もれなくお前もイカれたやつの一人だ馬鹿野郎が」
「……心中お察しする」

 向こうには一目で楽しそうなあいつらがいる。
 魔女だのメイドだのダークエルフだのに取り巻かれる桃色髪の女性がそうだ。
 そこに大きな男の不敵な笑みでも混ざれば完璧だ。クリューサは穏やかに見てた。

「……そうか、あなたもミコのそばにいてくれたんだな」

 エルも同じだった。成長したクランマスターを見守ってる。
 まあでも、ぶっきらぼうなお医者様はすぐに呆れた様子で俺を狙って。

「厳密にいえば、そこの患者の面倒を一緒に見なきゃならなかったのが大きな理由だがな。誰がいったか自走する銀の銃弾も見境なければただの災害だろう、世話の焼けるやつだった」

 まるで患者でも見るように俺を紹介した。
 おかげでミセリコルディアのは実に微妙な顔揃いだ、否定はしてくれない。

「……またあなたにお手数をかけるかもしれないが、ミコと一緒にそいつを見てやってくれ。私たちでも予測不能だからなイチは」
「いや自走する銃弾って。でも確かにいち君通りすがりの先々で破壊を招いてますし、適切な命名だと思いますね……」
「団長、ミコとクリューサ先生がいかに大切だったかしみじみ感じてるよ。どんな旅してたのさキミたちぃ……」
「こうも言われるなら『ストレンジャー』じゃなく『シルバーバレット』がよかったよ。でもお前と別れた時点で円満に"クリューサ診療所"から退院したはずだろ?」
「残念だがお前の病は再発性のあるものだ、お前がまた変な面倒ごとを絡ませにきたら躊躇なく脳みその患者として受け入れてやるからな」
「そりゃどうも、心が折れた時はお前を頼りにしてやるよ」
「その時が来たら気分が良くなるドラッグでもどうだ、在庫ならいっぱいあるぞ」

 お医者様は準備万端で来たらしい、得意げに革の鞄を開いてみせた。
 カラフルさに満ちたガラスの吸引器や小瓶が仕事道具に紛れ込んでるようだ。
 ドラッグという響きも絡んでエルもセアリもフランも一瞬置いてぎょっとした。

「……ちょっと待て、クリューサ先生。そのドラッグっていうのは健全な響きな意味での医薬品という意味合いだろうな?」
「嗜好品としての側面もあるお得な医薬品だぞ。さっきもギルドの奴らがあんまりいい顔をしてなかったが、どうもこっちはそういう文化を敬遠してるようだな」
「いやいやいやいやちょっと待ってください!? それあれですよね!? 後ろめたい方のお薬ですよね!?」
「そういう薬作っちゃう方の先生だった!? イチ君さあ!? どうして物騒な人ばっかり連れてきてるの!?」
「クリューサ、基本的にクラングルにいる旅人とかヒロインはそういうのと遠ざかりたい人種だと思った方がいいぞ」
「歯車仕掛けの都市に住まうやつらは歓迎してたんだがな。ここのやつらは健康意識が高いようだ」
「麻薬でも横行してんのかあっちは」

 これで分かったがクリューサの職場はドラッグ歓迎の環境らしい。
 歯車仕掛けの都市っていうのはたぶんヤバイところだ。
 あいつはドン引きするヒロインにもお構いなく「例えば」という名の瓶を手にして。

「心配するな、俺は身体に悪い安っぽいドラッグなんざ作らん。ちゃんとしたデザイン・ドラッグだ」

 と、ペンほどのガラス容器を見せてきた。
 簡単な注射針のつく使い捨てのそれが、由緒正しい歯車印つきのラベルで『リアリティ』と紹介されてる。
 まるで都市が認めたようなおクスリだ。どうなってるんだ向こうは。

「デザイン・ドラッグってなんだ? 俺の脳に優しい説明をしてくれ」
「依頼主の体質などにあわせて作った害のないドラッグだ。つまり依存性や副作用がないオーダーメイド品だが、これがよく売れるものでな」
「耳に優しく当たる言葉だけど日本人の鼓膜には厳しい響きだ」
「貴族の連中が喜んで買ってくれる上にわざわざ実験台になってくれる親切なやつでいっぱいだからな、お互い得をしているぞ」
「さぞ儲かってそうだな」
「俺の儲けの何割かが食費に持ってかれることを考えてみろ」

 そうやって薬物をちらつかせる先だが、ちょうどクラウディアがいるはずだ。
 今頃ベーコンと卵いっぱいのポテトサラダの味見を引き受けるという大役だ。

「やっぱりじゃがいも料理はリム様のものが一番だぞクリューサ!」

 向こうのドヤ顔にクリューサは深刻そうなため息だった。

「なるほど。その代わりいっぱい食べて元気みたいだぞあいつ」
「お前たちと別れても依然変わらず常人の数倍は食うんだからな。それにダークエルフの里とやらへ行った時なんてひどく驚かされたものだ。どこを向いても飯だらけで口を開けば食い物の話、おまけにあいつの親戚はこぞって人の顔色に「いっぱい食って治せ」などという無礼者ばかりだからな」
「どんなとこだよあいつの故郷。まあほら、お前に気を使ってくれるようないいご両親に紹介してくれたんだな、良かったじゃん」
「それだけならまだいいが、あいつらめ頼んでもいないのに人を勝手に里の一員として迎え入たんだぞ。適当に軽々しく決めるなそんなことを」
「我らが長も我々ダークエルフと親しくしてくれる人間だと喜んでたからな! 良かったな、これでいつでも里へ遊びに行けるぞ!」
「どうだイチ、フランメリアには変なやつしかいないことを良く学べたぞ」
「ワオ、面白そう――今のは皮肉じゃないからな」

 キッチン側からもミコが「心中察する」顔だ、こいつの苦労もまだ続くだろう。

「……イチ、ミコは今までどんな環境に取り巻かれていたんだ? なんというか、お前の周りにはどうしてこう色濃い者ばかりが……」
「なんですかこの面白い人たちは。ミコさんが逞しくなって帰ってきたのもなんだか頷けますね……」
「ロアベアさんといい個性が強い人が常にそばにいたんだね、団長たちも中々濃い集まりだと思ってたけど井の中の蛙だったよ」

 このキャラの濃い白肌と褐色肌にエルたちが戸惑うのもしょうがない気がする。
 向こうで暇そうなメイドも「なんすかなんすか」とニヨってる、自覚ありらしい。

「……ご主人、見て」

 そんなところで、クランハウスの扉の向こうからニクが帰ってくる。
 外の空気を味わってたそうだけど、手土産は足元にいるふわふわ白毛な猫だ。

「にあぁー」

 人懐っこいか馴れ馴れしいかの中間的存在が、青い上目遣いで押し入ってきた。
 クラングルの猫だ。野良にしては上品な毛艶を誇らしげにしてる。

「猫だな。どうしたそいつ」
「お~、クラングルのにゃんこっす。おいでおいでー♡」
「目があったらついてきちゃった。かわいいでしょ?」

 知らない猫はクランハウスの置物のごとくその場に座り始めた。
 俺たちを目でひとなめすると、ロアベアの好奇心で撫でられてさぞ気持ちよさそうに喉を鳴らした。

「そうだな、ついでに言うと腹減ってるように見える。違うか?」
「にぁあー」
「正直なやつだ、匂いにつられたらしいぞ」

 まあ、お目当てはいい匂いがする台所の方だ。
 何かあやかろうとする魂胆が見え見えなものの、この猫は幸いなことにリム様の興味を引いたようで。

「まあ、猫が来てくれるなんて幸運ですわ! きっといいこと起きますわよ!」
「にゃんこだー! かわいいなあ、美味しそうな匂いがするから来ちゃったのかな?」
「クラングルでは猫が自分から寄ってきたら幸せの予兆ですの! よしよし、そんなあなたには焼いた鶏肉を上げちゃいますからね」
「そうだったんだ……あ、ミルクも余ってたから上げちゃおうかな? 飲むかな?」
「にあぁー」
「ふふっ、飲むんだね? ちょっとまっててねー?」

 無事に二人の善意でチキンとミルクにこぎつけたらしい。
 幸運な知らないにゃんこはお行儀よく昼飯の成り行きを見守り始めた。

「勝手にお客さんが一匹入ってきてるけど皆さんいいのか?」
「私は構わん。この街の猫は綺麗だし穏やかなものばかりだからな」
「ここの生活にしれっと混じってくるんですよねえ、クラングルのにゃんこたち。ミコさんに感謝するんですよ、いいですね?」
「撫でようとしたら大人しく触らせてくれるしねー、いらっしゃいにゃんこ」

 「よかったな」と視線を送ると返事は「にゃあー」だ、幸せそうだ。

「……まさか生きてるうちに本物の猫を拝むことになるとはな」

 そんなもてなし相応にわきまえてる猫にクリューサは感慨深げだ。
 そういえば向こうじゃ猫なんていなかったな、ましてこんな育ちの良さそうなのはなおさらか。

「向こうじゃこんなのいなかったよな。野良ネコの代わりに見てきたものなんて魔物かミュータントぐらいだ」
「俺たちがいた州は戦前からも厳しい自然環境だったからな。汚染が進んだ後ならなおさらだ、ボブキャットほどならともかく家猫だのが生きられる環境じゃないのは確かだろう」
「てことはお前、こういうの見るの初めてか?」
「いや、歯車仕掛けの都市にもうんざりするほどいた。クラウディアのやつが餌付けするせいで付きまとわれたものだ」

 一方で、白猫由来の青い目はのんびりとそこらじゅうを見回してる。
 つまらなさそうだ。昼飯の待ち遠しさに呑気なあくびをはじめた。

「見ろクリューサ、こいつの白い毛を。私たちそっくりだな!」
「飯をたかろうとふてぶてしいところは特にお前にそっくりだろうな」
「ここの猫ってみんな妙にお行儀がいいんすよねえ、お屋敷に来る子もちゃんと許可貰ってから入ってくるぐらいっす」
「……この子もお行儀よく待ってたね。よしよし」

 勝手に加わった対価は「どうぞお撫でください」という姿勢らしい。
 ロアベアやニクの触れ方に目を細めて待つ先では、手早く炒められた赤色の米がミコによって多少大ぶりに盛られていた。

「間もなく完成ですわー! 暇なお方配膳お願いしますのー!」

 オムライスの仕上げらしい、リム様が卵を軽やかに焼き始めてた。

「そろそろご飯だよー? 誰か手伝ってほしいなー?」
「あの大量の芋の行方が気になるが、リム様の料理だからな……行くぞみんな、働かざるものなんとやらだ」
「ほんとにオムライス作ってますね……あの人なんでも作っちゃうからすごいですよね、作れないものなんてないんじゃ?」
「オムライスにもじゃがいも入ってないか団長心配だよ。流石にないよね?」

 シチューもいい感じに仕上がってて、クランマスターの招集でメンバーは総出で向かったらしいが。

「まったく、お前を知ってから俺も奇妙な人生に迷い込んでしまったようだ。この足がどこへたどり着くのやら見ものだな」

 「ご飯だ!」と食いつくクラウディアに、クリューサが気だるげに続いた。
 意外だった。食事にさほど執着してなかったやつがこうして自分で進むんだから。

「あっ、クリューサ様はそこでイチさまとごゆっくりしててくださいっす~」

 ……まあ相変わらずのロアベアだ、そのせっかくもニヨニヨ顔で台無しにされた。
 ニクも「お肉」とつられて、残されたのは擲弾兵に医者に猫という組み合わせだ。

「一つはっきりしてるのは俺もお前もここに来る前と変わっちゃいないってことさ」
「そうだろうな、お前は相変わらずストレンジャーだ」
「誰かさんの言う通りにちゃんとストレンジャーだ。目の前にはまた長い付き合いになりそうなお医者様がいる気がする」
「もしそう思うならこれだけは言わせてもらうが、俺一人じゃあの馬鹿エルフの面倒は見切れん」
「だと思ったよ。こっちもお前やノルベルトがいなくて張り合いのない毎日だ」
「そうか。俺だって曲がりなりにもあの食欲馬鹿のストッパーになるような奴に恵まれていたものだと思っていたばかりだ」

 向こうで料理が仕上がる一方で、クリューサは小さく笑いを含ませてた。
 そんなあいつの様子に――俺は首元の飾りに手がいき。

「じゃあそうだな、リーダーはいらないか? まだ『カッパー』だけどな」

 猫の視線の上で銅色の首飾りを見せた。
 紆余曲折を経て新米を抜けた程度だけど、遠回りばかりのストレンジャーに相応しい冒険者の証だ。
 果たして『スチール』ほどの錬金術師に見合うものなのかはさておき、お医者様は「ふっ」と鼻で笑って。

「経験上の話だが、お前の滅茶苦茶加減にあやかれば人生が楽になることが多々あったものだ。利用させてもらうのも手か?」
「ずっと前からそれが俺の仕事だろ、任せろよ」
「お前は何時だってストレンジャーか。まあよろしく頼む、これであの無駄に大きな奴もいれば文句はないんだがな」
「俺たちが騒げば向こうも気づいてくれるさ」

 本当に珍しいことに、向こうは握った拳を突き出してきた。
 ウェイストランドらしく同じものを返してやった。
 世界は変われど、俺たちの仲はまだ長く続くらしい。

「お待たせっす~♡ こちらメイドさんの愛情が籠ったオムライスっすよ~」

 またこの世界で一緒にやっていける具合を確かめてると、やっぱり混ざってきたのはロアベアだ。
 半熟トロトロの卵の黄色さに覆われたオムライスだ。
 ケチャップで書いたであろう理解できない言語が呪詛のような風格を持っている以外は完璧だと思う。

「……なにこれ、のろい?」
「うちが書いたイチ様への愛っすねえ」
「恨みつらみじゃなくて?」
「濃い味がお好みかと思って多めにしたらこうなったっす!」
「んもーどうしてミコに書かせなかったの……」

 メイドの呪いつきのオムライスを手に入れた。
 クリューサへ不安げに見せれば、医者目線でもまがまがしいものだったらしい。

「……今のでよくわかった、お前らは相変わらずだな」
「リム様の姉ちゃんの屋敷にいったらもっとすごいぞ、ロアベアみたいなのが数十もいる」
「あいつみたいなのがこれ以上いてたまるか、そこは地獄か何かか?」
「あながち間違っちゃいない気がする」

 誰かにマッサージを頼んだばかりに冥土が近づいたお屋敷のことは忘れよう。 
 フラッシュバックするメイドを振り払ってるとテーブルに料理が次々運ばれた。

「旅人の皆さまから教えてもらった『ニホン』のお料理、オムライスですわ! さあ召し上がれ!」

 全員の食事が届いたところでリム様が一声かけてくれた。
 とろっと熱々なオムライスに野菜と肉がごろごろしたシチュー、そしてベーコンの比率が多いポテトサラダ。
 ウェイストランドにはなさそうな献立にクリューサもクラウディアも珍しそうだ。

「これが旅人の料理というやつか! うまそうだぞいただきます!」

 ダークエルフが真っ先に食らいつくのはまあいいとして。

「けっきょくお前の飯をまた食うことになるとはな、リーリム。人生とは何があるか分からないものだ」
「だからこそ良いのです、分からぬ道を進むのが人生なのですから。また貴方たちにご飯を振舞えて、私とっても嬉しいですわ――召し上がれ♡」
「クラウディアもお前の飯が食いたいなどとやかましかったからな、助かる――やはり芋が多すぎる気はするがな」
「芋はいくらあってもいいんですのオラッ喰えッ!」

 医者の不健康さも追いかけるように一口運んだようだ。
 俺も「いただきます」だ。
 赤い呪詛ごと口に運ぶと、バターまじりのとろけるような卵にきりっと味の付いた米が混じってとてもうまい。
 半熟オムレツに甘酸っぱさが良く絡んでる――ちょっとケチャップが多い。

「……ああ、うまいな」

 けれども、意外なことにそう味について触れたのはクリューサだった。
 ミコも「えっ」と少し驚くほどで、あいつはそれっきり静かに食べ続けた。

「とってもうまいぞリム様! 旅人というのはいつもこんな食事なのか!?」
「うふふ♡ そんなに気に入りましたの? おかわりもありますからね?」
「とろとろしてておいしい……♡」
「わたし、なんやかんやでオムライスを食べるの初めてかも……! すごくおいしい……自分でも作れるかな……?」
「クリューサ様が自分からすすんで食べるなんて珍しいっすねー♡ ちなみにうちらメイドどもはこの前三日連続でオムライスだったっす、今日で四日目っすよみなさま……」
「やはり料理ギルドマスターが作るものは信じられないほどうまいな……じゃがいもが多すぎる気がするが」
「今日もセアリさんたち舌が肥えちゃいますね! ちゃんとお肉いっぱいでうれしいです!」
「またじゃがいもダブってるけどなんやかんや美味しいから食べちゃうんだよね……」

 特にこうしてみんなの前で言われたリム様なんてとても誇らしげだ。
 そうか、何も変わったのは俺だけじゃなかったんだな?
 足元で解された鶏肉にありついた猫も含めてみんながうまそうに食べ始めれば。

 *ぴこん*

 PDAに通知だ。お食事中失礼して画面を覗けば。

【良い知らせだ、お前とニクの昇格が控えてるそうだ。明日にはもう【ブロンズ】になると思え。それからホンダだのアオだのよく知ってるやつらもまた一つ出世だ、おめでとう。もしその気なら3000メルタと手帳を持参して窓口へ行くんだぞ】

 タケナカ先輩からのメッセージだった。やっと等級が上がるらしい。

「クリューサ、一つ撤回する。カッパーじゃなくブロンズだ」
「なんだいきなり、急だな」
「ストレンジャーの生態上やむを得ないことだ。おめでとう俺」

 お食事中にとうとう【ブロンズ】か。
 じゃがいもが多い気がするシチューを食らいながら、片腕から目を下ろした。
 にゃもにゃもいいながら肉を食べてた猫が満足げにしてる――撫でてやった。

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