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剣と魔法の世界のストレンジャー
九尾の子たちと芋の怪異(3)
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研究所という割には、だいぶイメージにそぐわない場所だった。
ガラス張りの多いレンガ色が建物を平たく伸ばし、生垣の緑が周りを遮ってる。
かすかに分かるのは周辺が庭園みたいにこしらえられてる点だけだ。
もう少し威張ったような造りだったら「研究所」というよりは「お屋敷」がちょうどいいかもしれない、そんな具合で。
「こうして見る分には、あんなわけわからん植物を生み出すような場所には見えないよなあ……」
生垣にじゃがいもの魔物から隔たれながら進んだ先で、一度見上げた。
お堅い平屋がガラスの恩恵にあやかって日光をいっぱいに受け取ってる。
入口なんて来客向けに整えられたエントランスの綺麗さが確かにある。
建築そのものも古い感じじゃない、真新しくしっかりとしてた。
「……野菜の匂いがする」
「リム様系の香りは?」
「しないよ、いないみたい」
ニクの鼻的にはリム様は素材しないらしい、いたら面倒だが。
第一印象がまさかの飛んでくるじゃがいものせいでこちとら足が重いものの。
「まず何があったのかここの人に聞かないとね! おじゃましまーす九尾院のものでーす!」
「依頼受けにきましたー! ボクたちにお任せだよー!」
ばーん。
両開きの扉を豪快に開けるキャロルとピナのおかげでそうもいかないらしい。
イロモノ案件の気配を感じながらも渋々についていけば――
「……あの、キャロルねえさま。誰もいないように見えません?」
研究所とやらの中に押し掛けて間もなく、誰よりコノハが首をかしげてた。
エントランスの雰囲気はちょうどそんな仕草にたがわぬ様子だ。
ここにあるのは正面に設けられた受付ぐらいで、左右から伸びる通路が研究室だの休憩室だの案内を向けてる。
その後ろはガラス越しに光の差し込む温室が見えて、植物の数々が元気に育ってた。
「……ニクさま、このあたりから誰かの香りは感じられますか?」
それだけの様子にツキミの落ち着きボイスが混ざれば、何か不穏なものを感じた。
しかもニクは鼻をすんすんさせると、訝しみを込めた耳の倒れ方をして。
「おかしい、匂いがしない……誰もいないよ」
「それは、妙にございますね……。依頼主がこちらにいらっしゃるというはずなのですが、一向に見当たりません……」
表情すらもそうさせながら、ついに物言いまで怪しくなってしまう。
変な植物があってしかも誰もいない、今までの人生的に嫌な想像が働く状況だ。
「おい、今そういうセリフはやめてくれ。俺の経験上ろくでもないパターンが今日も牙をむいてるぞ」
「いきなりどうしたんですかあにさま」
「こういう状況に事欠かない人生だっただけだ。俺たちが来た頃にはもう犠牲者がいたとかそういう話がしたい気分」
「この前の事件からしてそんな感じはしますね……いや、やめてくださいよそういうのはコノハたちのお口に合いませんからね」
狸耳も太い尻尾も警戒心強めになってるコノハと「まさか」と身構えた。
こんな顔ぶれでも冒険者だ。タヌキ系ロリが小刀を抜けば、周りも得物を手にした。
妙に静かなエントランスに警戒心が渦巻く、そんな時だ。
「ねえキャロルねーちゃん、このベル鳴らせって書いてるよ? これで呼べばいいんじゃないかな?」
その中で唯一不用心極まりないピナがとことこ歩き出す。
好奇心いっぱいの顔が受付のテーブルに「これなに」と興味を見出してた。
見れば【お客様へ、当研究所にご用の方はこのベル鳴らしてね】と書き置きがある。
「……そうだな、こいつ鳴らして誰も来なかったら悪い方向性ってことで。誰か鳴らすか?」
律儀にこいつを慣らすべきなんだろうか、もし返事がなければ依頼のムードは『植物ホラー』にシフトするぞ。
ロリどもと愛犬に「どうする?」とそれぞれの顔を交わした後。
「じゃあおねえちゃんが鳴らすねっ! すいませーん依頼を受けた冒険者でーす!」
じりんじりんじりん。
キャロルが引っ掴んだハンドベルを火力オーバーに振り回した。
ちゃんと人がいればさぞ迷惑がる音量が楽し気に響き渡るわけだが。
ざぶんっ。
そんなクソやかましい音色に、受付裏からの水音が続いた……水音?
総員で音の発生源をひょいと覗けば、なんとそこにはきれいな水が激しく揺らめいていて。
「――そんなに鳴らさなくとも結構ですよ、できれば館内ではお静かに願いたいのですけれども」
まさにそこから現れたとしか思えないお姉さんが這いあがってきた。
海が似合いそうな蒼い髪をしっとり濡らし、胸元浮かぶ水着とドレスを掛け合わせたような身なりで周囲を水害に見舞うところだ。
もれなく一番背の高い人物は冷たいお水をプレゼントだ馬鹿野郎。
「……人魚?」
ところが、それよりもっと重要な情報が視覚的にあった。
流れ弾でびしょびしょにされた顔を下げれば、「よいしょ」と机を辿って立ち上がる――魚の下半身だ。
人間的な腰遣いの下で、青と白の鱗模様になぞらえたお魚要素がびちびちしてた。
「人魚ですね……ヒロインにはそういう種族ありませんでしたし、現地の方かと思われます。っていうかどうなってるんですかこれ、なんで人魚のお姉さんが街中で受付やってるんですか」
「この世界には人魚さまがおられたのですね……かようなお方もこうして暮らしておられるとは、クラングルの懐の広さには驚かされるばかりでございます……!」
冷たいお水を頭からぶっかけられた狸&兎も驚いてる。
ヒロイン目線でも確かに人魚が見えてるらしい。
つまりなんてこった人魚だ! とうとう本物の人魚に出会ったぞ!
「おや、こういうのを見るのは初めてでしょうか? ようこそ料理ギルドクラングル支部が保有する【農作物研究所】へ」
「人魚のおねーさんだ!」
「人魚だー! すごい初めて見たー!」
「すげえ人魚だ! マジでいたのか!?」
「……こんなにナチュラルに驚かれるのは久々ですね、そんなに珍しいんですか?」
落ち着きのある口調でその通りに紹介してくれたが、こっちは大興奮だ。
人魚は実在したんだな、まあどうせ未来の俺のせいなんだろうけど。
「……ご主人、これミュータント? なんで魚に人間が生えてるの?」
「あの、そちらの犬の精霊様はなんだか失礼な物言いをされてるように思えるのですが気のせいでしょうか」
「ニク、ミュータントじゃないぞ。本物の人魚さんだ謝れ」
「ん、ごめんなさい」
その点ニクは目を真ん丸に驚いてた。放射能汚染が進んだ魚かなんかを見てるようだ。
耳と一緒に頭をやんわり垂れさせれば、濡れた人間的な半身が机について。
「あなた方が依頼を受けてくれた冒険者の皆さまですね? 私は料理ギルドに仕える職員の『シー』と申します、いかにも人魚です。以後お見知りおきを」
すっ、と眼鏡をかけた受付のお姉さんが完成した。
業務的な表情には冗談が通じそうな物言いがある、そんなに深刻な状況じゃないのかもしれない。
「シーさんだね!」
「可能であればシーちゃんと呼んでください、シーサーペントみたいな言い方で嫌なので」
「シーちゃん! 困ってるって聞いて来たんだけど、ここで何があったの?」
「ええ、まさにその説明を今からするつもりでした。まあそこらでおかけになってくつろぎながら聞いていただけます?」
水でびしょびしょな人魚もといシーちゃんは「ご自由に」とエントランス周りの椅子をすすめてきた。
言われるがままに座れば、キャロルが尻と尻尾を預けてきた――人間椅子だ。
「お言葉に甘えちゃうね! ところでさっきじゃがいもが飛んで来たんだけど、それって関係あるのかな?」
人の膝上に心地よさを見出した自称姉はさっそく仕事の話を始めたようだ。
明るい金髪が顎先にぐりぐりしてきた、しょうがないのでこのままにするとして。
「……そのご様子だとあれの被害にあわれた方がおられるようですね、お怪我はありませんでしたか?」
やっぱりあのジャガイモモンスターが関係してるか、シーちゃんが気まずそうだ。
「それなら心配ありませんよ、あにさま頑丈ですし」
「ああ、ヘルメットがあるから痛くなかったぞ。だからそっちの良心も痛まないはずだ」
そこへコノハがさっき拾ったじゃがいもを掲げたので、同じくしてヘルメットの硬さを強調した。
すると拳銃弾ぐらいなら弾くドワーフの技術力に多少安心したようで。
「そうでしたか……まず、現状の説明からさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「うん、何があったの?」
「あのですね、ここ【農作物研究所】は料理ギルドの管轄下にあるものでして。まあ錬金術師ギルドの利権やらとは無縁のまま、農業都市の作物事情に貢献するという目的があるのですが……」
なんだか言い訳臭いことを口走りながらじろっと横を見た。
目で追えばエントランスから庭園めいた土地の様子が確かにある。
「まず第一に。実はこの頃、料理ギルドマスターの命を受けて新しい作物の研究をしてたんですよね。そうするにあたってまず土壌の質を見てたわけです」
……その様子にリム様の話題が出ると、そりゃもう不安だ。
「ああうん、リム様か……ご迷惑してる感じ?」
「何から何までご存じみたいですね。というか、確かあなたは――」
「ああ、あんたなら分かるか?」
どうも向こうは俺のことをある程度知ってそうだ、なのでヘルメットを取った。
素顔を晒せば、眼鏡をかけた業務的な顔は一瞬だけ「まさか」といった感じだ。
「……そうですか。アバタール様にどこまでもそっくりなお方が来たとお聞きしましたが、貴方がそうなのですね?」
「やってきたのはただのモドキさ、それも面倒ごとと一緒にな。その名前が出てくるってことはあいつの知り合い?」
「我々人魚族が社会に馴染めているのはあのお方のおかげですよ。ご覧の通り水路まで作ってもらって、毎日芋芋やかましいギルドマスターの下でそこそこのお給料をもらってます」
「なんかごめんなさい」
「切実に謝らないでください」
アバタール、つまり未来の俺のおかげでフランメリアは人魚とも仲良くやれてるそうだ。
キャロルが「お知り合いなの?」と見上げてきたがお腹を押して黙らせた、返事は「にゃあ」だった。
「それで何があったんだ? さっきあんたのところのお庭で芋で狙撃してくるやべえのがいたぞ、まさかあの芋の悪霊が悪い儀式でもした?」
とにかく本題について聞いた、特にあの芋ぶん投げモンスターについて。
みんな(芋の悪霊!?)って様子だが、話の分かる人魚の姉ちゃんは微妙な顔だ。
「そういうわけではないのですが、あのですね、まずあの芋……飢渇の魔女リーリム様は土壌サンプルとして"うぇいすとらんど"の土を持ち帰ったのです、それから向こうの植物もいくつか」
どことなく話しづらそうなまま、遠回りな感じで足元を探った。
次の瞬間にはどん、と植木鉢が丸ごとパワフルに出てきた。
茎も葉も真っ赤な植物がよく育ってるし、野球ボールほどの赤い実も一緒だ。
「……俺の故郷の土と果物か、お久しぶりだな」
正体はすぐに分かった、変異したクランベリーとやらだ。
あろうことか剣と魔法の世界で元気に実ってたらしい。
新しい住処で十個ほどの実をたんまり蓄えてるんだから、世紀末世界の植物もさぞ居心地がよさそうだ。
「知っておられるかもしれませんがこちらはミューティ・ベリーです。芋の……飢渇の魔女リーリム様が農業都市で栽培されてるのを聞いて、こちらで調べるようにと頼んできまして」
「ちゃんと育ってるように見えるな」
「ええ、フランメリアの土で育てたところ……実りもいいし酸味が心地よい今までにない果物となりました、これは画期的ですね。ちなみに私のおやつになってます」
そして今では人魚のおやつか、数奇な運命だな。
「……それ、おいしいの? ボク食べてみたい……!」
「とても美味しいですよ。農業都市の次なる名産品不可避です」
今度はうちのハーピーも食いついてしまった。
そうなると「どうぞどうぞ」と木の実がもがれて、ピナの口にかぶりつかれた――酸っぱいけどうまそうだ。
「すっぱいけどおいしい!!」
「こちらのミューティ・ベリーはあちらで農家をやっておられるミノタウロスの方からお譲りいただいたものです、何でもこれのおかげで都市が丸ごと栄えておられるそうですよ」
シーちゃんもむしゃむしゃ食べ始めた、もはやスナック感覚だ。
それに伴って軽く出てきた『ミノタウロス』と耳に当たれば、あの逞しい牛と熊の獣人コンビが浮かんだ――まさか。
「なあシーちゃん。そのミノタウロスって友人に熊のおっさんがいて、人間の子供が一緒だったりしないか?」
「お知り合いみたいですね、その通りです」
「やっぱりか。あの人繁盛してるか?」
「今や巷では有名なお方ですよ。農業都市で一番のミューティ・ベリー畑を持っておられますし、そのご子息や猟犬も害獣退治で名高いものですから」
俺の「まさか」は的中だ。スピロスさんもオスカーも元気にやってやがった。
そんな知らせにニクもちょっと喜んでる。ミコにも聞かせてやろう。
「よしオスカーも元気だな! ……ちなみにその猟犬っていうのは真っ白系?」
「ええ、なんでも白い毛を纏ったいにしえのワーウルフを飼っておられるとか……作物を狙う獣を必ず追い払ってくれる働きぶりから、地元の方々は白狼様と親しまれてるそうですよ」
「まーた白狼様に戻ってるよあいつ……」
「白狼さま、また崇められてるね……」
それから白いドッグマンも神様に戻ったらしい、いい意味で。
カルトに祭り上げられたミュータントが今じゃ農家の神か、元気そうな物語だな。
「それですね、あの……当研究所ではいろいろな作物を研究し、品種を改良するのがその役目でして……」
が、シーちゃんの顔色に気まずさが戻った。
「なるほど、じゃあ今までの話とどう関わるか聞かせてくれ」
「その昔のことです、芋の悪……飢渇の魔女リーリム様が「じゃがいもとオリーブオイル一緒に取れたら便利ですわね!」という発想をされたのです。それで私たちはじゃがいもとオリーブを合体した植物を生んだんですが」
「リム様の言葉通りにマジで作ったのかよ」
「ところがですね、防御反応で種芋を飛ばしてくるようになりまして……当時のわたしたちは危険ということで植木鉢一つ分以外全部処分しました。だって触れたら芋飛ばしてくるんですよ?」
とんでもないことを申し上げてるが、ちょうどさっきのバケモンに当てはまる何かを生んだようだ。
嘘かと願いたいけど、さっきの芋と目の前の気まずさがそれを証明してるわけで。
「……あの、あにさま。じゃがいもを飛ばしてくるってさっきの出来事とちょうど重なっちゃいませんか?」
警戒心を持ち始めたタヌキ耳がずいっと芋を見せてきた。
芋をぶっ飛ばしてくる植物の所業が手のひらに確かにある。
「お前の仕業か?」と六人分が向けば、人魚の美人顔はとうとう不安げな声で。
「それで、ですね……先日私たちは"うぇいすとらんど"の土壌を調べる実験をしていました。後ろの窓から見える大きな栽培室が見えますか? あそこでいろいろな作物の研究をしてるんですが……」
受付の後方に広がるあのガラス張りを見てほしそうにしてきた。
みんなでぞろぞろ覗けば、木製の通路を彩り豊かな食用植物が取り囲んでた。
天井から差し込む陽の光に、トマトからきゅうりまでとても美味しそうに実ってる。
「……いち君、あれってなんだろう? なんだかすごく大きなお花が……」
「あー……よくわかった、つまりここがやばいって証拠だ」
が、そんな光景に妙なものが明らかにあった。
三本の太い根に支えられた緑の幹が、独りでに動き出しそうなほど生き生きしてる。
相変わらず白と黄の花を大きく咲かせたまま、その下に取りつく大きな球状もじゃがいも発射待機中である。
そして――根と『頭』の中間部分には、数本の太いツタが生えていて。
『RATTTTTTTTTTllll……!』
そいつは妙なクリック音を響かせながらこっちを向いた。
次は口を開いて芋だ、分厚いガラスにでんぷん質の音がべちんと奏でられる。
「……お芋おばけだー……!?」
「魔物がいるよー……!?」
「いやホラーじゃないですかあんなの!? まさかあんなの生み出したんですかここは!?」
「……確かにじゃがいもを放っておられるようですね。今のお話と良く当てはまるものかと思われます……」
「ご主人、あれがそうなの……?」
「さっきよりパーツが増えてる気がするぞ、畜生やっぱりここの仕業だったか」
各々急いで引っ込めば、次はシーちゃんのすげえ話したがりそうな顔つきで。
「その際に『白き教え子』の方たちがここに逃げてきたんですよね。衛兵と冒険者の皆様に追い回されておりまして、ほらこんなところですし逃げて隠れるのはちょうどいいですよね?」
今耳にしたくなかった名前ともどもに、どこか遠い目を向けだした。
視線の先にはラブホが収まった静かな通りがある。
「続く言葉次第で今収監中の白き教え子たちに冷凍ブリトーお見舞いしに行きたい気分だ。それで?」
「逃げ戸惑った信者の方が研究所の敷地まで押しかけてきた挙句、こともあろうにあちらの実験室で激しい鬼ごっこを繰り広げられたんですよ。そしたら――」
そのまま嫌なことを思い出すばかりの美顔がそっと後ろに向けば。
『RATTTTTTTTTTTTTTTTTTTTllll……!』
不機嫌そうなクリック音が続いた、いい感じに話に加わってる。
「その方が先ほどお話した植木鉢入りをぶん投げちゃったんですよ、もちろん行く先は"うぇいすとらんど"の土です。そしたら異変が起きてしまいまして……」
「で、その結果がこれか?」
信者のせいなのか? と込めてガラス窓の向こうをまた覗いた。
べっ、と吐き出されたじゃがいもが人のヘッドショットを狙ってきた、あのクソ信者どもマジで許さん。
「気づいたら突然変異を起こしてああなったんです、あんなに大きく元気になって近づく者に無差別にじゃがいもを浴びせるだけの何かに――すごいですよね」
でも人魚の姉ちゃんは生き様にちょっと関心してる、それどころじゃねえ。
「まさかお芋が反逆おこしてる……? 捕食者に回ろうとしてるんか……?」
「じゃがいもが進化しちゃってる! すごいや!」
「いや関心してる場合じゃないでしょうねえさまがた、とんでもないこと積み重なって大事になりかけてますからねこの研究所」
「じゃがいもが牙を向いておられますね……これが魔法の世の理なのでしょうか……?」
九尾院のロリどもも生命の神秘に驚きつつ覗きにいく――芋の連射が始まった。
いや、あの妙なジャガイモンスターの原因はよく考えると俺に根深いものだ。
そもそも世紀末世界を生み出したのは俺で、リム様を連れてったのも俺、そして信者をここまで追い回したのも俺だ――つまり俺が悪い。
「引き受けて正解だと思ったよ畜生、とりあえず信者どもマジでしばきにいってやる」
「……しかもですよ、いつの間にか増えてるんです。多分栄養豊富な土壌とお日様に恵まれてるからでしょうね、とてつもなく元気になってます。試しにそちらの通路を覗いてみてほしいのですが」
因果に事欠かない人生に嫌気がさすが、シーちゃんは横の通路を見てほしそうだ。
資料室や休憩室にまで届く道のりがあって、それが扉で隔てられてる状態だ。
「まだこれ以上何かあるってか……? 今度はなんだ、芋が歩いてるのか?」
その言葉通りに率先して見に行けば。
*がちゃっ*
ドアを開けた先、植物を題材にしてるだけあって温かみのある内装を感じた。
日光をたっぷり取り入れる構造が昼間の明るみをまとっていたものの。
『RATTTTTTTTTTTTTTTTLLLLL……!』
三本の足でよろよろ歩き回る二メートル強の何かが、そこを狭くしていた。
根と思しき太い緑色が今や人類さながらに闊歩してるようだ。
胴回りに生えたツタと芋が詰まった身体は獲物を求めてる気がする――現に白い花がこっちに振り向き。
べっ。
進路を変えながらじゃがいもをぶっ放してきた、ヘルメットに命中。
*がちゃっ*
……見なかったことにした。じゃがいもの反逆が起きてる。
「……何があったのいち君? 今お芋飛んで来たよね?」
「なんてこった、あいつらもう自由を授かってやがった」
「どういうこと!? おねえちゃんも見るっ!」
キャロルも確かめるらしい、なので場を譲って開かせた。
するとべちっとおでこにジャガイモが命中した、急いで封鎖だ。
「――なんかお芋が歩いてる!!」
「だからいったろ、歩き方を覚えてやがったぞあのイモの怪物」
これで姉弟揃って確かめたわけだ。あいつら自走してる。
しかもこの様子だとあれ一体どころの騒ぎじゃないだろう、なにせお外でじゃがいもばら撒く奴がいるんだぞ。
「……ご覧の通りなんかすっごいたくましいじゃがいもができたので、我々はつい先ほどこの新たな生命を"ポテトリフィド"と名付けました」
じゃがいもの反乱から戻ってくると、シーちゃんが生命の神秘性を褒め称えるようにその名を告げてきた。
ポテトリフィドだってさ。リム様が喜びそうなクソネームだ。
「名前つけて遊んでる場合じゃねーだろじゃがいも散歩してんだぞ」
「確かに恐ろしい光景ですけど、現状被害はものすごい勢いでひっぱたくか、ああやってじゃがいもを飛ばしてくるぐらいなんですよね……おかげで他の皆さまは退避しましたけど」
「俺には的確に人の頭を狙って来るやべえモンスターにしか見えないぞ、あれどうにかしろってか」
「あんなじゃがいもばら撒きモンスターなわけですけど、あの繁殖能力は厄介なんですよね。あのまま地上の喜びを分からせてると研究所の環境どころかクラングル全体に及びかねないので、ばさっと駆除していただければ助かります」
「どうやって?」
「あのじゃがいもを蓄えてる頭部に当たる部分を幹からお別れさせれば無力化できることが判明してます。あ、良く燃えますから炎の魔法とか絶対やめてくださいね? 今日の献立が焼き野菜とお魚の煮物になってしまいます」
そしてあのじゃがいもの魔物に俺たちの武力行使が必要らしい。
"ポテトリフィド"を手作業で全部収穫してここを安全にすれば一人あたり5000メルタだ。安いと見るか高いと見るか。
「ふうん、全部やっつけるだけでいいんだ?」
ピナはやる気だ。鋭い足の爪をすいっと構えて切り裂く気概があるし。
「かわいそうだけどやるしかないよね……! 任せて!」
キャロルも背中の大きな剣を軽々抜いてた。可愛そうな要素は今のところ彼女にしか見えない。
「どこかかわいそうなんですかキャロルねえさま、さっき思いっきりじゃがいも越しの殺意向けられたじゃないですか」
「ん、じゃがいものミュータント退治だね」
コノハも小刀を逆手にして、ニクだってもう槍に手が行ってる。
まさかカルトの次はじゃがいも相手か。俺もしぶしぶマチェーテを抜いた。
「……シーちゃんさま、面妖なじゃがいもの魔物は我々にお任せくださいませ。何か気を付けるべき点はございませんか?」
「シーちゃんさま……? あの、ここの設備はくれぐれも壊さないでくださいね、けっこういい値打ちのする機材とか土壌環境がありますので。さもないと飢渇の……芋の悪霊リーリム様が悲しみます」
「ふむ、ギルドマスター様が大切にしておられるのですね、仰せのままに……」
ツキミも依頼の注意を引き出したところで、ばっと大きな杖をその手にした。
火は使うな、研究所を大切に、その上であの地獄のジャガイモみたいなやつを全部駆除しろってことらしい。
今のところ炭水化物を押しつけがましくするだけの何かだが油断はできない。今日もやってやろう。
「……ちなみにシーちゃん、あれ以外に変なじゃがいもはいないよな?」
「幸いにも二足歩行を覚えた品種はあれだけです」
「他にあるのかよ」
「ええ、芋の悪霊様の無茶ぶりに悪ノリした結果いろいろできました。雑草必ずぶち殺すじゃがいもとか、ツタに触れると跳躍して爆発したのちに種子を周囲にまき散らすじゃがいもとか」
「お前らじゃがいもで兵器開発でもしてるのか」
「この前なんて寝不足の研究員がジャガイモゴーレムとか作るところでしたね、それではどうかあの荒ぶる根菜類をどうにかしてください」
眼鏡人魚は「何かあったらベル鳴らしてください」と残して、ざばっと水中へ引っ込んでしまった。
人魚がいらっしゃるわ芋がとうとう歩き出すわどうなってんだフランメリア。
◇
ガラス張りの多いレンガ色が建物を平たく伸ばし、生垣の緑が周りを遮ってる。
かすかに分かるのは周辺が庭園みたいにこしらえられてる点だけだ。
もう少し威張ったような造りだったら「研究所」というよりは「お屋敷」がちょうどいいかもしれない、そんな具合で。
「こうして見る分には、あんなわけわからん植物を生み出すような場所には見えないよなあ……」
生垣にじゃがいもの魔物から隔たれながら進んだ先で、一度見上げた。
お堅い平屋がガラスの恩恵にあやかって日光をいっぱいに受け取ってる。
入口なんて来客向けに整えられたエントランスの綺麗さが確かにある。
建築そのものも古い感じじゃない、真新しくしっかりとしてた。
「……野菜の匂いがする」
「リム様系の香りは?」
「しないよ、いないみたい」
ニクの鼻的にはリム様は素材しないらしい、いたら面倒だが。
第一印象がまさかの飛んでくるじゃがいものせいでこちとら足が重いものの。
「まず何があったのかここの人に聞かないとね! おじゃましまーす九尾院のものでーす!」
「依頼受けにきましたー! ボクたちにお任せだよー!」
ばーん。
両開きの扉を豪快に開けるキャロルとピナのおかげでそうもいかないらしい。
イロモノ案件の気配を感じながらも渋々についていけば――
「……あの、キャロルねえさま。誰もいないように見えません?」
研究所とやらの中に押し掛けて間もなく、誰よりコノハが首をかしげてた。
エントランスの雰囲気はちょうどそんな仕草にたがわぬ様子だ。
ここにあるのは正面に設けられた受付ぐらいで、左右から伸びる通路が研究室だの休憩室だの案内を向けてる。
その後ろはガラス越しに光の差し込む温室が見えて、植物の数々が元気に育ってた。
「……ニクさま、このあたりから誰かの香りは感じられますか?」
それだけの様子にツキミの落ち着きボイスが混ざれば、何か不穏なものを感じた。
しかもニクは鼻をすんすんさせると、訝しみを込めた耳の倒れ方をして。
「おかしい、匂いがしない……誰もいないよ」
「それは、妙にございますね……。依頼主がこちらにいらっしゃるというはずなのですが、一向に見当たりません……」
表情すらもそうさせながら、ついに物言いまで怪しくなってしまう。
変な植物があってしかも誰もいない、今までの人生的に嫌な想像が働く状況だ。
「おい、今そういうセリフはやめてくれ。俺の経験上ろくでもないパターンが今日も牙をむいてるぞ」
「いきなりどうしたんですかあにさま」
「こういう状況に事欠かない人生だっただけだ。俺たちが来た頃にはもう犠牲者がいたとかそういう話がしたい気分」
「この前の事件からしてそんな感じはしますね……いや、やめてくださいよそういうのはコノハたちのお口に合いませんからね」
狸耳も太い尻尾も警戒心強めになってるコノハと「まさか」と身構えた。
こんな顔ぶれでも冒険者だ。タヌキ系ロリが小刀を抜けば、周りも得物を手にした。
妙に静かなエントランスに警戒心が渦巻く、そんな時だ。
「ねえキャロルねーちゃん、このベル鳴らせって書いてるよ? これで呼べばいいんじゃないかな?」
その中で唯一不用心極まりないピナがとことこ歩き出す。
好奇心いっぱいの顔が受付のテーブルに「これなに」と興味を見出してた。
見れば【お客様へ、当研究所にご用の方はこのベル鳴らしてね】と書き置きがある。
「……そうだな、こいつ鳴らして誰も来なかったら悪い方向性ってことで。誰か鳴らすか?」
律儀にこいつを慣らすべきなんだろうか、もし返事がなければ依頼のムードは『植物ホラー』にシフトするぞ。
ロリどもと愛犬に「どうする?」とそれぞれの顔を交わした後。
「じゃあおねえちゃんが鳴らすねっ! すいませーん依頼を受けた冒険者でーす!」
じりんじりんじりん。
キャロルが引っ掴んだハンドベルを火力オーバーに振り回した。
ちゃんと人がいればさぞ迷惑がる音量が楽し気に響き渡るわけだが。
ざぶんっ。
そんなクソやかましい音色に、受付裏からの水音が続いた……水音?
総員で音の発生源をひょいと覗けば、なんとそこにはきれいな水が激しく揺らめいていて。
「――そんなに鳴らさなくとも結構ですよ、できれば館内ではお静かに願いたいのですけれども」
まさにそこから現れたとしか思えないお姉さんが這いあがってきた。
海が似合いそうな蒼い髪をしっとり濡らし、胸元浮かぶ水着とドレスを掛け合わせたような身なりで周囲を水害に見舞うところだ。
もれなく一番背の高い人物は冷たいお水をプレゼントだ馬鹿野郎。
「……人魚?」
ところが、それよりもっと重要な情報が視覚的にあった。
流れ弾でびしょびしょにされた顔を下げれば、「よいしょ」と机を辿って立ち上がる――魚の下半身だ。
人間的な腰遣いの下で、青と白の鱗模様になぞらえたお魚要素がびちびちしてた。
「人魚ですね……ヒロインにはそういう種族ありませんでしたし、現地の方かと思われます。っていうかどうなってるんですかこれ、なんで人魚のお姉さんが街中で受付やってるんですか」
「この世界には人魚さまがおられたのですね……かようなお方もこうして暮らしておられるとは、クラングルの懐の広さには驚かされるばかりでございます……!」
冷たいお水を頭からぶっかけられた狸&兎も驚いてる。
ヒロイン目線でも確かに人魚が見えてるらしい。
つまりなんてこった人魚だ! とうとう本物の人魚に出会ったぞ!
「おや、こういうのを見るのは初めてでしょうか? ようこそ料理ギルドクラングル支部が保有する【農作物研究所】へ」
「人魚のおねーさんだ!」
「人魚だー! すごい初めて見たー!」
「すげえ人魚だ! マジでいたのか!?」
「……こんなにナチュラルに驚かれるのは久々ですね、そんなに珍しいんですか?」
落ち着きのある口調でその通りに紹介してくれたが、こっちは大興奮だ。
人魚は実在したんだな、まあどうせ未来の俺のせいなんだろうけど。
「……ご主人、これミュータント? なんで魚に人間が生えてるの?」
「あの、そちらの犬の精霊様はなんだか失礼な物言いをされてるように思えるのですが気のせいでしょうか」
「ニク、ミュータントじゃないぞ。本物の人魚さんだ謝れ」
「ん、ごめんなさい」
その点ニクは目を真ん丸に驚いてた。放射能汚染が進んだ魚かなんかを見てるようだ。
耳と一緒に頭をやんわり垂れさせれば、濡れた人間的な半身が机について。
「あなた方が依頼を受けてくれた冒険者の皆さまですね? 私は料理ギルドに仕える職員の『シー』と申します、いかにも人魚です。以後お見知りおきを」
すっ、と眼鏡をかけた受付のお姉さんが完成した。
業務的な表情には冗談が通じそうな物言いがある、そんなに深刻な状況じゃないのかもしれない。
「シーさんだね!」
「可能であればシーちゃんと呼んでください、シーサーペントみたいな言い方で嫌なので」
「シーちゃん! 困ってるって聞いて来たんだけど、ここで何があったの?」
「ええ、まさにその説明を今からするつもりでした。まあそこらでおかけになってくつろぎながら聞いていただけます?」
水でびしょびしょな人魚もといシーちゃんは「ご自由に」とエントランス周りの椅子をすすめてきた。
言われるがままに座れば、キャロルが尻と尻尾を預けてきた――人間椅子だ。
「お言葉に甘えちゃうね! ところでさっきじゃがいもが飛んで来たんだけど、それって関係あるのかな?」
人の膝上に心地よさを見出した自称姉はさっそく仕事の話を始めたようだ。
明るい金髪が顎先にぐりぐりしてきた、しょうがないのでこのままにするとして。
「……そのご様子だとあれの被害にあわれた方がおられるようですね、お怪我はありませんでしたか?」
やっぱりあのジャガイモモンスターが関係してるか、シーちゃんが気まずそうだ。
「それなら心配ありませんよ、あにさま頑丈ですし」
「ああ、ヘルメットがあるから痛くなかったぞ。だからそっちの良心も痛まないはずだ」
そこへコノハがさっき拾ったじゃがいもを掲げたので、同じくしてヘルメットの硬さを強調した。
すると拳銃弾ぐらいなら弾くドワーフの技術力に多少安心したようで。
「そうでしたか……まず、現状の説明からさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「うん、何があったの?」
「あのですね、ここ【農作物研究所】は料理ギルドの管轄下にあるものでして。まあ錬金術師ギルドの利権やらとは無縁のまま、農業都市の作物事情に貢献するという目的があるのですが……」
なんだか言い訳臭いことを口走りながらじろっと横を見た。
目で追えばエントランスから庭園めいた土地の様子が確かにある。
「まず第一に。実はこの頃、料理ギルドマスターの命を受けて新しい作物の研究をしてたんですよね。そうするにあたってまず土壌の質を見てたわけです」
……その様子にリム様の話題が出ると、そりゃもう不安だ。
「ああうん、リム様か……ご迷惑してる感じ?」
「何から何までご存じみたいですね。というか、確かあなたは――」
「ああ、あんたなら分かるか?」
どうも向こうは俺のことをある程度知ってそうだ、なのでヘルメットを取った。
素顔を晒せば、眼鏡をかけた業務的な顔は一瞬だけ「まさか」といった感じだ。
「……そうですか。アバタール様にどこまでもそっくりなお方が来たとお聞きしましたが、貴方がそうなのですね?」
「やってきたのはただのモドキさ、それも面倒ごとと一緒にな。その名前が出てくるってことはあいつの知り合い?」
「我々人魚族が社会に馴染めているのはあのお方のおかげですよ。ご覧の通り水路まで作ってもらって、毎日芋芋やかましいギルドマスターの下でそこそこのお給料をもらってます」
「なんかごめんなさい」
「切実に謝らないでください」
アバタール、つまり未来の俺のおかげでフランメリアは人魚とも仲良くやれてるそうだ。
キャロルが「お知り合いなの?」と見上げてきたがお腹を押して黙らせた、返事は「にゃあ」だった。
「それで何があったんだ? さっきあんたのところのお庭で芋で狙撃してくるやべえのがいたぞ、まさかあの芋の悪霊が悪い儀式でもした?」
とにかく本題について聞いた、特にあの芋ぶん投げモンスターについて。
みんな(芋の悪霊!?)って様子だが、話の分かる人魚の姉ちゃんは微妙な顔だ。
「そういうわけではないのですが、あのですね、まずあの芋……飢渇の魔女リーリム様は土壌サンプルとして"うぇいすとらんど"の土を持ち帰ったのです、それから向こうの植物もいくつか」
どことなく話しづらそうなまま、遠回りな感じで足元を探った。
次の瞬間にはどん、と植木鉢が丸ごとパワフルに出てきた。
茎も葉も真っ赤な植物がよく育ってるし、野球ボールほどの赤い実も一緒だ。
「……俺の故郷の土と果物か、お久しぶりだな」
正体はすぐに分かった、変異したクランベリーとやらだ。
あろうことか剣と魔法の世界で元気に実ってたらしい。
新しい住処で十個ほどの実をたんまり蓄えてるんだから、世紀末世界の植物もさぞ居心地がよさそうだ。
「知っておられるかもしれませんがこちらはミューティ・ベリーです。芋の……飢渇の魔女リーリム様が農業都市で栽培されてるのを聞いて、こちらで調べるようにと頼んできまして」
「ちゃんと育ってるように見えるな」
「ええ、フランメリアの土で育てたところ……実りもいいし酸味が心地よい今までにない果物となりました、これは画期的ですね。ちなみに私のおやつになってます」
そして今では人魚のおやつか、数奇な運命だな。
「……それ、おいしいの? ボク食べてみたい……!」
「とても美味しいですよ。農業都市の次なる名産品不可避です」
今度はうちのハーピーも食いついてしまった。
そうなると「どうぞどうぞ」と木の実がもがれて、ピナの口にかぶりつかれた――酸っぱいけどうまそうだ。
「すっぱいけどおいしい!!」
「こちらのミューティ・ベリーはあちらで農家をやっておられるミノタウロスの方からお譲りいただいたものです、何でもこれのおかげで都市が丸ごと栄えておられるそうですよ」
シーちゃんもむしゃむしゃ食べ始めた、もはやスナック感覚だ。
それに伴って軽く出てきた『ミノタウロス』と耳に当たれば、あの逞しい牛と熊の獣人コンビが浮かんだ――まさか。
「なあシーちゃん。そのミノタウロスって友人に熊のおっさんがいて、人間の子供が一緒だったりしないか?」
「お知り合いみたいですね、その通りです」
「やっぱりか。あの人繁盛してるか?」
「今や巷では有名なお方ですよ。農業都市で一番のミューティ・ベリー畑を持っておられますし、そのご子息や猟犬も害獣退治で名高いものですから」
俺の「まさか」は的中だ。スピロスさんもオスカーも元気にやってやがった。
そんな知らせにニクもちょっと喜んでる。ミコにも聞かせてやろう。
「よしオスカーも元気だな! ……ちなみにその猟犬っていうのは真っ白系?」
「ええ、なんでも白い毛を纏ったいにしえのワーウルフを飼っておられるとか……作物を狙う獣を必ず追い払ってくれる働きぶりから、地元の方々は白狼様と親しまれてるそうですよ」
「まーた白狼様に戻ってるよあいつ……」
「白狼さま、また崇められてるね……」
それから白いドッグマンも神様に戻ったらしい、いい意味で。
カルトに祭り上げられたミュータントが今じゃ農家の神か、元気そうな物語だな。
「それですね、あの……当研究所ではいろいろな作物を研究し、品種を改良するのがその役目でして……」
が、シーちゃんの顔色に気まずさが戻った。
「なるほど、じゃあ今までの話とどう関わるか聞かせてくれ」
「その昔のことです、芋の悪……飢渇の魔女リーリム様が「じゃがいもとオリーブオイル一緒に取れたら便利ですわね!」という発想をされたのです。それで私たちはじゃがいもとオリーブを合体した植物を生んだんですが」
「リム様の言葉通りにマジで作ったのかよ」
「ところがですね、防御反応で種芋を飛ばしてくるようになりまして……当時のわたしたちは危険ということで植木鉢一つ分以外全部処分しました。だって触れたら芋飛ばしてくるんですよ?」
とんでもないことを申し上げてるが、ちょうどさっきのバケモンに当てはまる何かを生んだようだ。
嘘かと願いたいけど、さっきの芋と目の前の気まずさがそれを証明してるわけで。
「……あの、あにさま。じゃがいもを飛ばしてくるってさっきの出来事とちょうど重なっちゃいませんか?」
警戒心を持ち始めたタヌキ耳がずいっと芋を見せてきた。
芋をぶっ飛ばしてくる植物の所業が手のひらに確かにある。
「お前の仕業か?」と六人分が向けば、人魚の美人顔はとうとう不安げな声で。
「それで、ですね……先日私たちは"うぇいすとらんど"の土壌を調べる実験をしていました。後ろの窓から見える大きな栽培室が見えますか? あそこでいろいろな作物の研究をしてるんですが……」
受付の後方に広がるあのガラス張りを見てほしそうにしてきた。
みんなでぞろぞろ覗けば、木製の通路を彩り豊かな食用植物が取り囲んでた。
天井から差し込む陽の光に、トマトからきゅうりまでとても美味しそうに実ってる。
「……いち君、あれってなんだろう? なんだかすごく大きなお花が……」
「あー……よくわかった、つまりここがやばいって証拠だ」
が、そんな光景に妙なものが明らかにあった。
三本の太い根に支えられた緑の幹が、独りでに動き出しそうなほど生き生きしてる。
相変わらず白と黄の花を大きく咲かせたまま、その下に取りつく大きな球状もじゃがいも発射待機中である。
そして――根と『頭』の中間部分には、数本の太いツタが生えていて。
『RATTTTTTTTTTllll……!』
そいつは妙なクリック音を響かせながらこっちを向いた。
次は口を開いて芋だ、分厚いガラスにでんぷん質の音がべちんと奏でられる。
「……お芋おばけだー……!?」
「魔物がいるよー……!?」
「いやホラーじゃないですかあんなの!? まさかあんなの生み出したんですかここは!?」
「……確かにじゃがいもを放っておられるようですね。今のお話と良く当てはまるものかと思われます……」
「ご主人、あれがそうなの……?」
「さっきよりパーツが増えてる気がするぞ、畜生やっぱりここの仕業だったか」
各々急いで引っ込めば、次はシーちゃんのすげえ話したがりそうな顔つきで。
「その際に『白き教え子』の方たちがここに逃げてきたんですよね。衛兵と冒険者の皆様に追い回されておりまして、ほらこんなところですし逃げて隠れるのはちょうどいいですよね?」
今耳にしたくなかった名前ともどもに、どこか遠い目を向けだした。
視線の先にはラブホが収まった静かな通りがある。
「続く言葉次第で今収監中の白き教え子たちに冷凍ブリトーお見舞いしに行きたい気分だ。それで?」
「逃げ戸惑った信者の方が研究所の敷地まで押しかけてきた挙句、こともあろうにあちらの実験室で激しい鬼ごっこを繰り広げられたんですよ。そしたら――」
そのまま嫌なことを思い出すばかりの美顔がそっと後ろに向けば。
『RATTTTTTTTTTTTTTTTTTTTllll……!』
不機嫌そうなクリック音が続いた、いい感じに話に加わってる。
「その方が先ほどお話した植木鉢入りをぶん投げちゃったんですよ、もちろん行く先は"うぇいすとらんど"の土です。そしたら異変が起きてしまいまして……」
「で、その結果がこれか?」
信者のせいなのか? と込めてガラス窓の向こうをまた覗いた。
べっ、と吐き出されたじゃがいもが人のヘッドショットを狙ってきた、あのクソ信者どもマジで許さん。
「気づいたら突然変異を起こしてああなったんです、あんなに大きく元気になって近づく者に無差別にじゃがいもを浴びせるだけの何かに――すごいですよね」
でも人魚の姉ちゃんは生き様にちょっと関心してる、それどころじゃねえ。
「まさかお芋が反逆おこしてる……? 捕食者に回ろうとしてるんか……?」
「じゃがいもが進化しちゃってる! すごいや!」
「いや関心してる場合じゃないでしょうねえさまがた、とんでもないこと積み重なって大事になりかけてますからねこの研究所」
「じゃがいもが牙を向いておられますね……これが魔法の世の理なのでしょうか……?」
九尾院のロリどもも生命の神秘に驚きつつ覗きにいく――芋の連射が始まった。
いや、あの妙なジャガイモンスターの原因はよく考えると俺に根深いものだ。
そもそも世紀末世界を生み出したのは俺で、リム様を連れてったのも俺、そして信者をここまで追い回したのも俺だ――つまり俺が悪い。
「引き受けて正解だと思ったよ畜生、とりあえず信者どもマジでしばきにいってやる」
「……しかもですよ、いつの間にか増えてるんです。多分栄養豊富な土壌とお日様に恵まれてるからでしょうね、とてつもなく元気になってます。試しにそちらの通路を覗いてみてほしいのですが」
因果に事欠かない人生に嫌気がさすが、シーちゃんは横の通路を見てほしそうだ。
資料室や休憩室にまで届く道のりがあって、それが扉で隔てられてる状態だ。
「まだこれ以上何かあるってか……? 今度はなんだ、芋が歩いてるのか?」
その言葉通りに率先して見に行けば。
*がちゃっ*
ドアを開けた先、植物を題材にしてるだけあって温かみのある内装を感じた。
日光をたっぷり取り入れる構造が昼間の明るみをまとっていたものの。
『RATTTTTTTTTTTTTTTTLLLLL……!』
三本の足でよろよろ歩き回る二メートル強の何かが、そこを狭くしていた。
根と思しき太い緑色が今や人類さながらに闊歩してるようだ。
胴回りに生えたツタと芋が詰まった身体は獲物を求めてる気がする――現に白い花がこっちに振り向き。
べっ。
進路を変えながらじゃがいもをぶっ放してきた、ヘルメットに命中。
*がちゃっ*
……見なかったことにした。じゃがいもの反逆が起きてる。
「……何があったのいち君? 今お芋飛んで来たよね?」
「なんてこった、あいつらもう自由を授かってやがった」
「どういうこと!? おねえちゃんも見るっ!」
キャロルも確かめるらしい、なので場を譲って開かせた。
するとべちっとおでこにジャガイモが命中した、急いで封鎖だ。
「――なんかお芋が歩いてる!!」
「だからいったろ、歩き方を覚えてやがったぞあのイモの怪物」
これで姉弟揃って確かめたわけだ。あいつら自走してる。
しかもこの様子だとあれ一体どころの騒ぎじゃないだろう、なにせお外でじゃがいもばら撒く奴がいるんだぞ。
「……ご覧の通りなんかすっごいたくましいじゃがいもができたので、我々はつい先ほどこの新たな生命を"ポテトリフィド"と名付けました」
じゃがいもの反乱から戻ってくると、シーちゃんが生命の神秘性を褒め称えるようにその名を告げてきた。
ポテトリフィドだってさ。リム様が喜びそうなクソネームだ。
「名前つけて遊んでる場合じゃねーだろじゃがいも散歩してんだぞ」
「確かに恐ろしい光景ですけど、現状被害はものすごい勢いでひっぱたくか、ああやってじゃがいもを飛ばしてくるぐらいなんですよね……おかげで他の皆さまは退避しましたけど」
「俺には的確に人の頭を狙って来るやべえモンスターにしか見えないぞ、あれどうにかしろってか」
「あんなじゃがいもばら撒きモンスターなわけですけど、あの繁殖能力は厄介なんですよね。あのまま地上の喜びを分からせてると研究所の環境どころかクラングル全体に及びかねないので、ばさっと駆除していただければ助かります」
「どうやって?」
「あのじゃがいもを蓄えてる頭部に当たる部分を幹からお別れさせれば無力化できることが判明してます。あ、良く燃えますから炎の魔法とか絶対やめてくださいね? 今日の献立が焼き野菜とお魚の煮物になってしまいます」
そしてあのじゃがいもの魔物に俺たちの武力行使が必要らしい。
"ポテトリフィド"を手作業で全部収穫してここを安全にすれば一人あたり5000メルタだ。安いと見るか高いと見るか。
「ふうん、全部やっつけるだけでいいんだ?」
ピナはやる気だ。鋭い足の爪をすいっと構えて切り裂く気概があるし。
「かわいそうだけどやるしかないよね……! 任せて!」
キャロルも背中の大きな剣を軽々抜いてた。可愛そうな要素は今のところ彼女にしか見えない。
「どこかかわいそうなんですかキャロルねえさま、さっき思いっきりじゃがいも越しの殺意向けられたじゃないですか」
「ん、じゃがいものミュータント退治だね」
コノハも小刀を逆手にして、ニクだってもう槍に手が行ってる。
まさかカルトの次はじゃがいも相手か。俺もしぶしぶマチェーテを抜いた。
「……シーちゃんさま、面妖なじゃがいもの魔物は我々にお任せくださいませ。何か気を付けるべき点はございませんか?」
「シーちゃんさま……? あの、ここの設備はくれぐれも壊さないでくださいね、けっこういい値打ちのする機材とか土壌環境がありますので。さもないと飢渇の……芋の悪霊リーリム様が悲しみます」
「ふむ、ギルドマスター様が大切にしておられるのですね、仰せのままに……」
ツキミも依頼の注意を引き出したところで、ばっと大きな杖をその手にした。
火は使うな、研究所を大切に、その上であの地獄のジャガイモみたいなやつを全部駆除しろってことらしい。
今のところ炭水化物を押しつけがましくするだけの何かだが油断はできない。今日もやってやろう。
「……ちなみにシーちゃん、あれ以外に変なじゃがいもはいないよな?」
「幸いにも二足歩行を覚えた品種はあれだけです」
「他にあるのかよ」
「ええ、芋の悪霊様の無茶ぶりに悪ノリした結果いろいろできました。雑草必ずぶち殺すじゃがいもとか、ツタに触れると跳躍して爆発したのちに種子を周囲にまき散らすじゃがいもとか」
「お前らじゃがいもで兵器開発でもしてるのか」
「この前なんて寝不足の研究員がジャガイモゴーレムとか作るところでしたね、それではどうかあの荒ぶる根菜類をどうにかしてください」
眼鏡人魚は「何かあったらベル鳴らしてください」と残して、ざばっと水中へ引っ込んでしまった。
人魚がいらっしゃるわ芋がとうとう歩き出すわどうなってんだフランメリア。
◇
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