魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

森での戦い(1)

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 都市の門を抜けた先にあったのは自由で広い世界オープンワールドだった。
 前には緑の風景へと続く街道、振り返れば無駄にデカいと気づく白い壁。
 冒険者たちは外の空気に戸惑いと新鮮さがごちゃ混ぜだ。緊張ともいうが。

 森に巣食う白き民の駆除。この依頼を胸に都市から離れた。
 朝日に恵まれた土地を十人ぞろぞろ行軍すれば、そこは元の世界ともクラングルとも勝手の違う豊かな自然だ。
 狩人のミナミさんの案内で街道をしばらく南へ、やがて東に曲がって進んだ。

 さすがはMGOの世界。向こうに大地の高低差が浮かび、遠景に川の流れが見えた。
 なぜか空を浮かぶ島。滝から水を流し続ける山。川を横切る古びた橋。そんな光景に緊張が持ってかれた。
 だからだろう、次第にいろいろ話が口々に出てきた。
 転移する前は何をしてたとか、冒険者になる前はどんな暮らしをしてたとか、どうしてこの仕事を始めたのか、いろいろだ。
 大学にいたとかコンビニ店員だったとか、しまいにはキリガヤや地味コンビが現役高校生なんてのを聞いて驚いたが。

 そんないろいろな顔ぶれはこの半年をなんやかんやで過ごしてたそうだ。
 人工モノじゃない食品がいつでも食べられ、働く場所にもさほど困らない――元の世界とはえらい違いが俺たちを救ってくれたらしい。

「つきましたよ皆さん。ここが白き民がいる森です」

 程なく、ミナミさんのやけに張りつめた声で足が止まった。

 そこにはアリゾナの小さな山々よりはどうにか勝る背の高さがあった。
 向かうべき先はその根元、土と植物の激しい匂いがする緑の地べただ。
 どうにか歩ける余地と沢山の木々が残されていて、日を遮るうっすらな暗さは人里から無縁になった証拠だ。

「……全員いるな? これから俺たちは森の中を移動する。目的地は白き民がいる砦跡地、ここの中心部あたりだ」

 先頭をゆくタケナカ先輩の言葉が厳しく振り返る。
 ヒロイン不在の人間だらけのところにまた不安が走ったみたいだ。
 キリガヤもサイトウも、大小二人も地味コンビも硬くうなずいてる――けれどもミナミさんは違う。

「先行してる二名によれば『しばらく敵影なし』だそうです。以後我々もそちらの行動に加わります、砦の方へご案内しますのでついてきてください」

 狩人とか言う役割もわきまえてるんだろう、落ち着いた歩きでどんどん進む。
 目で追った先でこの場に合わせた格好が二人、控えめに手を振ってた。

「あれがミナミさんの頼れる同僚か?」

 念のため前にそう尋ねれば「ええ」と返ってきて。

「あの二人がそうです、同じ日本人ですよ。ところで私も頼りにされてますよね?」
「そうじゃなきゃ俺たちが死ぬほど困る」
「それもそうでしたね、ここで死なれて縁起でもない曰くが付くのはごめんですので善処します」
「三度曰くがついた場所なら知ってるぞ。この前行ってきたばかりだ」
「ああ、そういえばミセリコルディアの方々とご一緒したそうですね」
「知ってるってことは俺が白き民とやりあったのもご存じか」
「もちろんです。ですので私も頼りにしてますよ」
「善処するよ」

 信頼いっぱいにいい笑顔だ。頼れる狩人三名がいてくれて助かる。

「今だけはイチを見習えよお前ら、度を越えた緊張は毒だ。その上でいつでも武器抜けるようにして、敵が見えるまで姿を小さく見せるように動け」

 そこにシナダ先輩が槍を手に進み始めた。
 次第にタケナカ先輩も無言で続いた、草に覆われた硬い地面の感触がする。

「……こうしてみる分には特段怪しくもないんだがな、とても白き民というのがいるとは思えん」
「規模としてもそれほど大きくもない森ですね。でも視界が悪いのは確かです、気をつけましょう」

 キリガヤとサイトウも続いたか。後ろを確かめれば二人に他も続いてる。

「あっちじゃこういう場所に来たことなかったな。俺、自然とは無縁だったし」
「それホンダがインドア系陰キャだっただけだからじゃ……?」
「は、ハナコちゃん相変わらず言葉に容赦がないな……?」
「いつもそれ言われても平然としてるホンダ君のメンタルはすごいと思う……」

 ホンダは自然を満喫中、ハナコは変わらず、ヤグチとアオは仲良くぴったり。
 顔ぶれを一通り確かめたところで、俺は早足でタケナカ先輩に追いつき。

「それでタケナカ先輩、ここで白い奴らと遭遇したら俺たちはまずどう動く?」

 まだ武器は抜かぬまま、わん娘と横並びで前を見る。
 先輩たちと視線を同じくすれば森の深みがあった。
 素人目には「平和な森」とでも言いたくなる緑豊かな営みがあるのだが。

「お前らに教えた通りだ、基本は複数で一体に対処しろ。可能なら弓で先制攻撃を仕掛けてもらってから切り込む」
「向こうに弓持ちがいたら?」
「その時はお前をアテにしてる。サイトウにもそういう標的がいた場合、優先して攻撃するように言ってあるからな」

 そうやって話してると、話題に上げた前髪隠れな男が少し早足に抜けていく。
 音も立てない歩き方だ。先を行く狩人たちの後ろについていくのが分かる。

「誤射しないような生き方してるから安心してくれ。ところで最新の情報でも並みの敵が十数ほど、そう見込んでの依頼だよな」
「ああ、確実にそうだって信じた上でのお願いだろうな。だがその通りになると思うか、イチ」
「いいや。経験上、想定外には困らない人生だったからな。それに相手が何考えてるか分からない連中だぞ?」
「だからこそだ。その想定外にぶち込むイレギュラーが必要だったのさ」

 タケナカ先輩はそんな短弓使いの背中を見届けると、今度はこっちを見た。
 静かに歩くストレンジャーとヴェアヴォルフがまさにイレギュラーらしい。
 もちろん信頼に値するという意味でだ、つまりいざという時は俺次第か。

「で、イレギュラーにぶっこむイレギュラーってことでご招待してくれたと」
「あいつと一戦交えたお前なら分かると思うが、向こうだって数に物言わせて連携してくる連中だ。いくら俺たちが机上でもの考えようが、そいつを上回ることを平然としてくるんだぞ?」
「相手の度肝を抜くのは俺の仕事だ、呼んでくれてどうも」
「そりゃ頼もしいことだ。まあ正直言おう、今現在俺たちが白き民慣れできる仕事はこいつだけでな。十ほどならどうにか相手にできると踏んだんだが、それでも全員生きて帰るための確実性が欲しかった」
「俺がその念には念をか」
「ヒロインに頼るわけにもいかなくてな、実際あいつらと組んでるようなパーティーはあの力に頼りっきりだ。俺たち人間でもできるって証明する絶好の機会なんだ」
「妥協に妥協を重ねてようやくってとこさ、うん。俺たちによる手心込めた白き民の討伐ってのは――まあ、お前のわん娘もいるがヒロインじゃないみたいだしな」
「ん、ぼくはオスだからセーフ」

 シナダ先輩も加わってこの依頼の本質について話してくれた。
 白き民が活発になったと噂が立つ今、経験をこうして積んで「旅人プレイヤーはできるやつ」だとアピールする絶好の機会か。
 たまたま巡ってきた森住まいの白い方々をぶちのめす仕事は、確かに冒険者らしく振舞うにふさわしいのかもしれない。

「それに狩人ギルドからもそれほど緊急性を要さない事柄だって言われてますからねえ。やってくれたらやってくれたで土地がマナで豊かになるから興味がある方は是非どうぞ、それくらいの依頼なら下手に気張らず自分の命を大事にしやすいかと思いますし?」

 そんな会話に混じってきたのはミナミさんだ。
 しばらくの安全を保障するようにこっちに足を合わせてきたらしい。

「冒険者トークに加わったってことはこっちの事情も分かってらっしゃるみたいだな」
「まあ私も旅人の地位向上に多少なりとも興味があるんですよ。ヒロインと見比べられて「ああ人間か」みたいに時々見られるのはちょっとあれですしね」
「狩人もそんな感じで見られるのか?」
「そりゃ見られますよ、あの子たち人間の数倍は働きますからね。体力から動体視力もあっちの方が上ですし、そりゃ仕事ぶりも捗るでしょう」
「ワーオ、なんて世知辛くて過ごしやすい世界なんだ」
「イチ、俺たちはいつまでも人外美少女どものご相伴にあずかるわけにはいかねえだろ? 早いうちヒロイン抜きでもできるって示さねえと、フランメリアから人間様が存在する理由がなくなっちまう」
「そういうこった、つまりここの皆さまは人類の希望ってわけだな? ちなみにだけどよ、俺にはヒロインの彼女がいるんだ」
「こんな時に彼女の話するなよシナダ先輩」
「言い忘れてたがお前ら、シナダは気抜くとすぐ彼女の話しやがる。悪癖だから真似するんじゃねえぞ縁起悪い」
「まあ聞けよ、ネコマタっていう種族なんだが包容力のあるやつでな。そいつにカッコつけるためにできる男になりにきたんだ、帰ったらあいつの大好きな魚料理で乾杯って寸法でさ……」

 いつの間にか先頭を歩くのはこの世に物言う連中だ。
 「白き民倒してこい」というゆるい仕事が世知辛くなってきたが、彼女を物語るシナダ先輩を死なないように見守る必要性も出てきたみたいだ。

「そういえばタケナカ先輩」

 そんな時だ、ふと気になったことが口から浮かんだ。
 傍らにいる先輩の冒険者としての生い立ちだ。どうしてこの仕事についたんだろう。

「なんだ」
「なんであんたは冒険者になったんだ? 二か月ほど前になったばっからしいけど」
「大した理由じゃないぞ」
「それが知りたい。彼女自慢より興味がある」

 なんだか話しづらそうだが、雰囲気が雰囲気なのか「分かった」と頷いて。

「そうだな、こうやってRPGさながらに剣を握るまでは商業ギルドのやつに目つけられてな」
「何かと耳にするあいつらか」
「ああ、計算もできて力仕事もできるってことで市場の仕事を紹介してもらったんだ。すぐに落ち着いた生活ができてしばらくはスキルだとかと無縁だったな」
「俺のおつかい先だな。確かにあそこなら仕事も尽きなさそうだ」
「おかげで飯に困らねえ金も溜まるでいいことづくめだったんだが、そこでトラブルに出くわしてな」

 どうもここに至るまでのきっかけになったトラブルがあったらしい。
 この人があの賑やかな市場で働いてたなんて意外だが、何があったんだろう。
 ところが言葉が途絶えた。何やら「それでまあ」と濁されそうになりつつ。

「それがなあイチ、お前がいつも話してる牛っぽい受付の姉ちゃんいるだろ? あの子が旅人に絡まれててな、それを止めに入ったら気に入られちゃったんだよ」
「おい、馬鹿やめろ話すんじゃない」

 シナダ先輩が代わりに話してくれた、すごくニヤニヤしながら。
 坊主頭いっぱいに浮かぶ焦りと怒りがその証拠だ。そうか女のためか。

「そういうことか、助けたらギルマスの娘さんでしたと。だったら冒険者になっちゃうかもな」
「なるほどー、それは確かに始めるきっかけとしてはいいですね。堅物そうに見えて意外と柔らかな理由をお持ちなようで」
「でよ、あの牛みたいなミノタウロスっていう種族の子としばらく市場で会うことがあったみたいでな。そしたら――」
「分かった話すからもう黙れシナダ。いいか、あの受付の姉ちゃんが困ってて助けた、そしたら誘われて冒険者になった、それだけだ」
「まあそういう理由だよ、タケナカは。別に崇高なもんとかじゃない、ギルドのために頑張る理由がただそこにあるってだけさ」

 ネタ晴らしで先頭の雰囲気が崩れた、タケナカ先輩といえば顔をそらして。 

「……そんな理由だ。誘われていざ始めて見たら悪くなかった、それだけだ」

 だからなんだって感じでそう言ってきた。
 いつもこの人の硬い表情を見てきた俺とニクはつい目を合わせてしまった。

「そんな理由か。頑張る理由がそばにあるなんていい職場じゃないか?」
「ん、別にいいと思う。気持ちの方が大事」
「そうだったのか、だがそんな理由で始めるのも立派なきっかけだと思うぞタケナカ先輩。その人のためにこうして冒険者として続いてるんだからいいじゃないか」
「気になる女性がいたからなんですね、俺はてっきりもっとシリアスな理由かと思ったんですが」
「い、意外だ……なんかこう、壮絶な過去とかがあって冒険者になったとかじゃなくて、受付のお姉さんのためだったなんて……」
「タケナカ先輩って硬そうな見た目なのに意外と女性に対しては柔らかいんですね、等級さながらに鋼鉄みたいな男の人だと思ってました」
「いつもみんなにパンをパシらせてるあのお姉さんだっけ……あの人とそういう縁があったのか」
「そういえばギルマスとなんだか仲いいなって思ってたけど、そっか娘さんだもんね……」

 感想を伝えると後から好き勝手に言葉が続いた――しっかり聞き取ってたキリガヤ以下ハナコだ。
 すぐにタケナカ先輩から「お前のせいだぞ」と困り顔で睨まれたが。

「じゃあタケナカ先輩、娘さんのお父さんは俺が貰うんで……」

 俺も気持ちを伝えた。おっぱいの大きなお父さんは俺のもんだ。

「……あの、タケナカさん。イチさんは何を言ってるんでしょうか」
「すまないミナミさん、こいつちょっと頭おかしいんだ。ギルマスにセクハラを含んだ言動を繰り返してるから注意されてる」
「気にしないでくれよ、ギルドに加わったころからこうだから。俺たちはもう慣れたし彼女も面白がってるから俺にとっちゃいい同僚だぜ」
「おまけにこいつのせいで冒険者ギルドがフランメリアのパン屋と結ばれつつある」
「つーかこいつの功績で冒険者はとりあえずパン屋で働けみたいな風潮になってる」
「さ、流石は【キラー・ベーカリー】ですね……名に恥じない活躍をしてるようで」
「俺、いつか立派なパンを焼こうと思うんだ……」
「こいつは間違いなく仕事をこなす逸材なんだろうが、素行がやばすぎてギルマスが頭抱えてやがる」

 狩人のおっさんは森で見かけた未確認生命体みたいな眼差しだ。
 後ろの連中も「またか」みたいな視線を送ってきたが、そんな時だ。

「……待って、奥の方から変な匂いがする」

 いきなりニクが足を止めた。
 ざっ、と止まったわん娘の姿に、俺たちの間にすぐに動揺が走った。

「……しっ! 全員姿勢を低く」

 すると一瞬で制された――ミナミさんが手を突き出してた。
 咄嗟に動いたのは先輩二人にサイトウぐらいで、他はあたふただ。
 ニクと一緒に「かがめ」と他の奴らを押し込めば、生い茂る草木にどうにか今の身なりが馴染み。

『OOOOOOOOOOOOOOOoooooo……』

 あの呼吸が遠く聞こえた。腹の底から低く唸るような音色だ。
 不気味極まりないそれに「ひっ」とハナコの悲鳴が上がった。
 柔らかい土にべったり這ったまま、自然と武器に手が伸びるが。

「……見えますか?」

 隣から狩人が確かめてきた。革手袋越しの指で向こうの地形を指してる。
 爪先から影のかかった森を辿ると……いた、白い何かがかすかに動いた。
 この前会ったばかりの遠い姿だ、森に似つかわしくない姿がうろうろしてる。

「自然を楽しんでるってわけじゃなさそうだな、ありゃ見張ってるぞ」

 今から戦闘モードだ、取り出した双眼鏡をそっと覗く。
 木々の複雑さが段々と解けてくるところに白き民が一つ、装備は弓か。

「まだいる。二つ近くで歩いてるよ、どっちも剣を持ってる」

 ニクも同じように確かめたらしい。
 愛犬のレンズの先をなんとなく追えば、弓持ちのそばで胸鎧の鈍い光が二つ――剣持ちが二人きょろきょろしてた。
 距離にして数十メートルほど、向こうも気づかず隔たれてるようだ。
 情報は仲良く皆平等にだ、双眼鏡を周りに貸してやると。

「……いたな、三人だ。あれは周囲を巡回してるのか?」
「いますねえ。長弓が1に長剣が2、ちょうど砦の方向からですね……っていうかこれ便利ですね、測距機能つきですか」

 タケナカ先輩とミナミさんにもしっかりと敵が見えたらしい。
 他の手にも文明の利器が渡れば「なんだあれは」とか「化け物だ」とか「お化け?」とか不安げにも拍車をかけたようだ。

「どうする? このままやり過ごすか?」

 手持ちの得物を少し考えて、自動拳銃を静かに抜いた。
 少しの離れで狩人たちが矢をつまんで、サイトウも短弓を手にしてたからだ。

「……いや、やり過ごせねえみたいだぞ」

 返ってきたのは坊主頭の引き締まった表情だった。
 尋ねるより早く向こうに変化があった、横から白い人影が増えてるような――

(……こ、こっちに来てます……!)

 後ろでアオが音量をぶち殺してそう広めて、全員嫌でも気づいたはずだ。
 数の増えた白いひと固まりが、足取りゆっくりに近づいてきている。
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