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剣と魔法の世界のストレンジャー

クラングル支部の面々へ

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 冒険者ギルドの奥深くはずっと埃をかぶっていた。
 かつて酒場があって宿泊施設もあって、いかがわしいサービスすらあった。
 が、酒と女が絡むとトラブルは日常茶飯事だ。そして周辺の治安も悪くなる。
 無視できないほどの悪影響がもたらされたし、ちょうどそのころに冒険者稼業が衰退する時期が重なったらしい。

 街の治安悪化に貢献したからか、それか運営コストの問題か、どうであれここから酒場も宿もさっぱり消えることになった。
 近辺の区域からも切り離されて「酒・食・住は向こうでどうぞ」だ。
 そんな経緯で打ち捨てられてた大部屋は、巡り巡ってまた賑わいを見せていた。

「――で、俺はどうも違うゲームのシステムが使えるみたいでな」

 建物のカーブに合わせられた窓際で、俺は机に工具セットを広げた。
 周囲では新人から先輩まで皆等しく『元酒場』を改装してるところだ。
 インテリアに詳しいやつらがいたおかげでだいぶお洒落さが形作られてるが。

「……イチ、お前の言ってることは嘘じゃなさそうだ。実際ここフランメリアでMGOにありえなかったものが存在しているのを考えるとな……」
「にわかには信じられないが、まあ確かに俺たちとは違う点が多々あったしな……」
「もう一つのゲーム……『G.U.E.S.T』っていう作品と混ざってるって? なんのゲームなんだそりゃ……」

 坊主頭の先輩、具体的には『タケナカ』とかいう先輩冒険者が俺を見ていた。
 周りの仲間もテーブル上の成り行きに困惑しつつ釘付けだ。

「みんな向こうの武器やらを使えないのはそのゲーム側のスキルがないからだ。逆に言えば、そいつを持ってりゃ銃も撃てるし車にも乗れる」
「俺にはまるで実際に持ってるやつがそばにいるように聞こえるんが」
「あの転移事件で『ウェイストランド』に迷いこんだ奴が【小火器】だの【重火器】だの向こうのスキルを手に入れてたらしくてな。で、そいつがそこにいるわけだけど」
「あの人や物がいきなり消えたり、現代的なもんがいきなり出てきた事件か……? 待てよ、じゃあそこにいるのは――」
「ああ、あっちに迷い込んだヒロインがここにいる」

 俺は「こいつだ」とそばを指した。ぴったり静かにいるニクじゃない。
 そこには人間の老若男女が集まる中、かなり浮いている存在がいた。
 薄桃色の髪をさらりとさせ、尖った長耳におっとり顔をした誰かが白い装いをしていたら――冒険者ならすぐ気づくはずだ。

「はい、そうなんです。わたし、ある日突然『ウェイストランド』に迷い込んじゃって……いちクンに助けてもらったんです」
「他にもデュラハンのメイド系ヒロインもいた。そいつも向こうのスキルがあったらしくてな」
「わたしも元の姿に戻ってからすぐに確認したけど、スキル欄に『小火器』とか『運転』とかMGOにはなかったものがあったんだよね……」
「つまりお前も発砲許可証もちってことだな。運転免許も」
「……ちょ、ちょっと銃は撃ちたくないかな……?」

 ミセリコルディアのマスター、ミコだった。
 流石は名のあるクラン、みんなは「なんでこの人が」っていう視線だ。

「なんてこった、じゃあお前が行方不明だったミコさんを連れ帰ったのか?」
「そういえばタケナカ、ミコさんが帰還したって頃に「外国人が沢山流れ込んできた」って噂が流れてたよな……」
「異世界が二つ、しかもどっちもゲームがベースでそれがごちゃ混ぜになってんのか? どうなってんだこの世界……」

 それよりも先輩どもは、いや、周りで耳を傾ける奴らもすごく悩んでた。
 こうして暮らしが安定してきた今、同業者に複雑な生い立ちを話したからだ。
 もちろん「聞いたら頭痛くなるカテゴリ」はある程度抜いたが、それでも十分すぎたらしい。

「例えばこいつがその証拠の一つだ。向こうのクラフトシステムを使える」

 左腕のPDAから【P-DIY・クラフトアシストシステム】を立ち上げた。
 レシピが増えた今、簡単な工具でも作れる品は様々だ。
 【DIYリボルバー】を選択すると、粗い拳銃の部品がごつごつ落ちてくる。

「……おい、マジで何もないところから現れなかったか今」
「サバイバル系ゲームみたいにアイテム作れるってか? 便利だなおい」
「なんだそれ銃かなんかのパーツか……? ってことはなんだ、そういうのも作れるのか?」
「イチ先輩、マジで違うゲームからきたのかよ……」
「なんか他とは違う人だなって思ったら、そんな事情があったなんて思いませんでしたよ……」 

 周りを十分驚かせてから作業に移った。
 感覚的に手が動いた。短い銃身をはめ込む、撃鉄をグリップ上部に差し込む、金具をかちかち固定する。
 仕上げに三発しか打てない弾倉を取り付ければ完成、自家製回転式拳銃である。
 おっとアクセントも忘れずに、握る部分に布を巻きつけて心地よくした。

「この通り武器とか道具とか、まあいろいろ自作できるのさ。ちゃんとした設備とか工具があれば効率も違うし作れる品も増える」

 完成した得物を指でくるっと回してみた、ひどい作りだが殺せる感触だ。
 今までと違って「とりあえず撃てる銃」よりは少し進化してる。まあこれを使えって戦うのはごめんだが。

「ただでさえおかしいやつと思ったが、まさか武器まで作れるってか? どうなってんだお前は……」

 タケナカ先輩はこれを見て「面倒くさい」の最もたる表情だ。
 そこへどうぞと手渡すせば、意外にも手早く品質を確かめ出した。
 シリンダーを回したり。撃鉄を動かしたり。しまいに腕を伸ばすように構えて。

*がちっ*

 トリガを引いたようだ、もちろん弾はない。
 たぶん視界に『スキルがない』とか出てるんだろう。

「今のお前がこのまま日本に戻ったら間違いなく犯罪者になれるだろうな。こいつは本物だぞ」
「分かるのかタケナカ先輩」
「まあな、スキルが云々出た。そしてこんなのをあっという間に作れるのもやばいっての分かるぐらいだ、密造業者になれるんじゃないか?」

 耳にしてもあんまり喜べない褒め方で銃が返却された。
 この人の言う通り、今の我が身で元の世界に戻れたら悪いことし放題か。

「そりゃどうも、でも育ててくれた恩人に「悪用すんな」って言われてるから当分先だろうな」
「……とんでもない事実をカミングアウトさせられた上に、こんなことができるアピールもされた俺の気持ちが分かるか?」
「面倒くさい人間の最上級見てるようなイケメン顔がちょうどあるな」
「ついでにお前にドン引きだ。一応聞くが他に何が作れる?」
「えーと、火薬に爆弾や信管、それから薬とか防具とか」
「よしお前は危険人物だ。畜生、どこまでぶっとんでんだお前は」

 テロリストの素質ありだってさ、そう言いたそうなお顔をされた。
 ミコも否定できなさそうに複雑だ。なんなら周りも「うわあ」である。

「うむ、まとめるとこうか? G.U.E.S.Tっていうゲームを模した世界がもう一個あって、この世界と繋がってると。だから本来あり得ないものがこうして俺たちの目の前にあるんだな」

 そこに濃い茶髪の青年がまっすぐな声でまとめてくれた――キリガヤだ。
 格闘系冒険者を自称する同期だ。もっともそれを生かす機会はまだだけど、街の人達からは信頼されてる。

「イチさんだけその世界でスタートしていて、何らかの理由でミコさんが向こうへ転移。でもこうしてお二人でフランメリアまで戻ってこれた、ということですね?」

 黒井前髪で目が隠れた中肉中背、没個性的なやつも混ざる。名はサイトウ。
 皮鎧に短弓と矢筒が馴染んだ姿がそのまま語るように、落ち着いた弓使いだ。

「そして謎の『転移』現象で二つあるゲームの世界が今こうして混ざってるんですよね、ここフランメリアで……? だからあんな建物があったり、現代的なグッズがあったのか……」
「イチ先輩が銃とか使えたり違うゲームのシステムを使ってたり、少々言動がおかしかったり、異様に攻撃的なのもそんな世界から来たからなんですね……」

 片目が隠れた男子と眼鏡な女子の地味コンビ、ホンダ&ハナコも気難しそうだ。
 新米ながら仕事を着実にこなしてる二人だ、最近気づいたけどハナコは歯に衣着せぬ物言いが多い。

「で、ご感想はどうだ皆さま」

 俺は作った銃を『分解』しながら全員に尋ねた。
 近くにいた先輩どもはクリューサが見せてくれたのよりも面倒そうな顔で。

「まあ、驚くっちゃ驚くがな、正直俺はもう「まあイチなら仕方ない」ぐらいまで達してる。お前がおかしすぎて麻痺してるのもあるが」
「うわ羨ましい、とか、ずるいぞ、とかよりずっと複雑な気持ちだぞ俺たち。なんでか分かるか?」
「お前のことは普段のぶっ飛んだ行いで「クレイジーパン屋」ぐらいには思ってたけどな、その裏にこんな事情があるとかただ面倒なだけだぞ」
「笑顔で「これみんなにどうぞ」って白き民の戦利品持ってきた次の日にこういわれる身になってみろ。話の質量が重すぎるんだよ馬鹿野郎」

 みんな俺のことを理解してくれてたらしい、ただの面倒なやつとして。
 なんだいつもどおりか。なんだか安心してしまったが。

「――そして私がおねえちゃんだよ!」

 なんかきた。クリーム色のさらふわヘアーが眩しいサキュバス系のロリだ。
 俺たちに渾身のドヤ顔とうねる尻尾を見せつけると「ふふん」と得意げで。

「あとなんかお姉ちゃんできました」
「おねえちゃんのキャロルだよ!」

 仕方ないので乗ってやろう、これ俺のお姉ちゃんですって紹介した。

「……お、お姉ちゃん……? えっと、いちクンの……?」

 特にミコが一番困惑してる。大丈夫だ相棒、俺だってまだわけわからんから。

「気づいたら勝手に姉になってたんだ」
「……どういうことなの!?」
「あっミセリコルディアのミコさん! こんにちは、いちくんのおねえちゃんだよ!」
「こ、こんにちは……待ってほんとにどういうことなの!?」
「なんか知らんけどアレクみたいになってるみたいだ」

 唐突のキャロルが可愛らしい(そして不可解の言動による)笑顔を振舞うと。

「……ぶっとんだ生い立ちにあのミセルコルディアとのつながり、世界の異変に関する話、ゲーム基準世界がもう一つあって、しかもそれがゾンビやロボットが出てくる世界観、おまけに姉を自称するガキ。お前ほんとどうなってんだ? その身一つにどんだけぶち込めば気が済むんだか……」

 タケナカ先輩は複雑極まりなさそうにため息をついてる。
 「まだあるぞ」と顔を表すと片手で「ストップ」だ、お腹いっぱいらしい。

「めんどくさくてごめんなさい」
「おまえのせいで修羅場に叩きこまれた気分だよ」
「育ててくれた恩人もそういってたなそういえば」
「じゃあそいつと仲良くなれそうだな……はぁ、訳ありの中の訳ありだったわけかお前は」
「俺だって好きでこんなんになったわけじゃないぞ」
「誰が好きでなるかんなもん。ただでさえパン屋狂いでおかしいと思ったらとんだ最上級の爆弾抱えてやがってこの野郎」

 周りを巻き込んだカミングアウトは集会所の空気をひどく捻じ曲げたみたいだ。
 面倒くさそうな顔はやがて俺からその隣、おっとり立ってるミコの方を向いて。

「んで、お前はあのミセリコルディアのマスターの相棒だって?」

 その関係性についてとても面倒くさそうに質問してきた。

「向こうの世界で長らく連れ回してたんだ、そのころの縁だ」
「で、でも先日は『白き民』を討伐する依頼を一緒に受けてて……」
「ああ、だからこうしてをおすそ分けに至ったわけだ」
「そして私がおねえちゃんです」

 おかえしに部屋の隅を「あれ」と表現した。
 持ち帰った装備品が積まれていたはずの『戦利品置き場』があった。
 平等に分け合ってもう空っぽだけど、ここの人達は喜んでくれたみたいだ。

「……いや、うん、わざわざ新米どものためにたくさん持ち帰ってくれたのは嬉しいがな? 誰がこんな複雑な話も土産にしろっていった?」
「ついでだし話しておこうかと」
「お前の言うついでは殺人級の特盛りだ馬鹿野郎。あとそこの自称お姉ちゃん、ちょっとおじさんたち真面目な話してるから口閉じなさい、ぴって」
「ぴっ!」
「口にしなくていいからね」

 目の前の先輩はキャロルの口を閉じさせて、ついでに距離も置かせてから「まったく」と坊主頭をばりばりかいて。

「まあ分かった、もうどうしようもない事実だ。いったいどうしてかゲームが基になった世界が二つあるってことも、お前がそういう人間だっていうなら受け入れてやるさ。そんな面倒な後輩が、冒険者のくせして馬鹿みてえに純粋にパン屋務めを楽しんでるってこともな」

 周囲の様子を一度見渡して、なんとも嬉しいことを言ってくれた。
 周りも「まあ仕方ない」と言いたげだ。
 少なくと、ストレンジャーは信用できる同業者として認められてるんだろう。

「悪いなタケナカ先輩。でもいつか言わないといけないと思ってたんだ」
「それで今日言うことになったってか?」
「まあちょっといろいろあってな」
「お前の言ういろいろはもう結構だ。だがまあ、正直に言ってくれたのは褒めてやる。俺も「なんだこいつ」っていつも思ってたからな」

 それから、タケナカ先輩はそっと視線を持ち上げてきた。
 どうもキリガヤとサイトウ、地味コンビを目に収めてるように見える。
 二人の共通点といえば俺たちが持ち帰った武具をあしらってるところか。

「その訳をずっと黙ってくのもなんだか悪いって思っただけだ。あんたの世話になってる身だし」
「……まあ、確かにお前は訳ありだがな? 頼んでもないのに勝手に先輩をしばくわ、パンは貰って来るわ、おまけに昨日は白き民の戦利品を馬鹿みてえに持ってくる。おかげでここもこうして賑わってるよな?」
「ああ、みんな冒険者って感じがする」

 何かと深い付き合いになったせいだろう、とうとうあきらめた笑い方だ。

「それでもだ、俺たちのために何かとやってくれてるってのはもう周知の事実だ。実際、お前が来てから旅人冒険者の待遇も少しはマシになってるからな」
「こうして冒険者ギルドに居場所もできたしな。イチ、お前のおかげだ」
「稼ぎやすい仕事も回ってきてるんだぞ、一応。プレイヤーもヒロインほどじゃないけどこの世界に認められ始めてる」

 そしてタケナカ先輩は周囲の仲間と一緒に、くいっと何かを見せびらかす。
 さっき押し付けたアーツアーカイブだ――さっそく使って消えたようだ。

「お前のいいところは律儀さだ、話しづらかっただろうが良く話してくれたな。複雑極まりねえやつだが、これからも先輩らしく付き合ってやるさ」

 今後とも先輩になってくれるそうだ。呆れたように笑ってくれた。
 気づけば周りも多少戸惑いながらだが、いつもとさほど変わらない視線だ。

「イチ、お前はミセリコルディアの人と知り合いだったんだな! 初めましてだミコさん、俺はキリガヤだぞ! あなたがいつも街の人の助けになってると聞いてな、この前俺も冒険者になったんだ!」

 特に気にしてないキリガヤなんてさっそくミコにご挨拶だ、集会所に大声が良く澄み渡ってる。

「ど、どうもミセリコルデです……? キリガヤ君のことはいちクンからいろいろ聞いてました、クラングルの人たちのために冒険者になった人だって……」
「おお、そうだったのか! ミコさんたちにはまだ遠いが、冒険者になった以上お世話になった人たちに恩を返したくてな! よろしくだぞ!」
「ふふっ、キリガヤ君は元気だね、よろしくね? そういえばあなたそっくりなお友達がいたなあ」
「俺そっくりの奴がいるのか!? どんな方なんだろうか……」
「うん、プレイヤーさんでもヒロインでもなくてこの世界の人なんだけど……」

 なんだか相棒はそんな熱い血の持ち主にノルベルトを見出したらしい。

「他のプレイヤーの人達と良くも悪くも違うところがいっぱいありますが、イチさんは周りのことを考えてくれてますからね。俺は気にしませんし、いつも通り付き合えたらなって思います」

 サイトウも目元が隠れた顔にほんのり笑みがある。
 「ありがとう」と伝えると大人し気に頷いてくれた。

「時々パン屋に連れてかれたりするけど俺たちもイチ先輩のおかげで助かってますし、まだまだお世話になりたいですね。むしろ「なんだそうだったんだ」ぐらいに思い始めてますよ」
「た、確かにイチ先輩はワケあり極まりないしサイコ感ありますけれども、正直もう慣れちゃってます。おかげで冒険者として大分気分が慣れてきましたし!」
「ハナコ、失礼だからやめよう。やられちゃうぞ……」

 ホンダとハナコは――地味眼鏡の方がずばっと言ってきて怖い。
 周りのいろいろな冒険者らしい連中も同様だ。
 新米ばっかりだけど、この『イチ』を頼ってくれる目があった。

「そういうわけだ。この世界に本来ないものだとかについては任せてほしいし、何か俺に力になれることがあったらみんな遠慮なく言ってくれ。冒険者の規則に反さない程度だったら大体なんでもしてやるよ」

 俺はそんな連中に改めて「よろしく」と声を上げた。
 返事の声は「ああ」とか「分かりました」とか「その時は頼む」とかだ。
 晴れてストレンジャーは認められた、みんなのために喜んで力を振るおう。

「あの……わたしたち『ミセリコルディア』も、何か皆様のお力になれるなら手伝わせてください。魔法の使い方とか、この世界での戦い方とか、いろいろ教えられると思いますので」

 その横からミコが声を上げると、皆さまなんとも意外そうな顔だ。
 タケナカ先輩も少し驚いてたが――そのままおっとり声な相棒へと向いた。

「あー、ミコさん、ちょっといいか?」
「あっ、はいなんでしょう?」
「どうせこいつが俺のことをあれこれ言ってくれてると思うが、改めて名乗らせてくれ。俺はタケナカ、一応は新人たちの面倒を見るようにとギルマスに頼まれてる」
「ふふっ、タケナカさんのことはいちクンからいっぱい聞いてますよ? いい人だって」
「タケナカ先輩はいい人だぞ、ここにパン屋の広告貼ると毎回怒るけど」
「なんでギルドでパン屋さんの宣伝してるの……!?」
「今朝もまた張りやがったなお前――いや、こいつのパン屋フェチはさておいて。俺たちはあの事件からはや半年以上だが、どいつもこいつも普段は食うに困らない暮らしをしてるのは知ってるな?」
「はい、知ってます。フランメリアの暮らしにみんなうまく溶け込めてるって聞いてました」
「まあ元の世界がだったからな。でも【スキル】なんてもんがある以上、冒険者なんて酔狂な仕事に手を出す奴が最近増え始めててな。この世の中に慣れてきたのもでかいと思うんだが」

 そんな物言いにつられて、俺とミコは周囲を見た。
 この世界に慣れてやっと冒険者らしくなった日本人の見てくれが集ってる。

「そういえば、最近増えてますよね……? ここもこの前より賑やかだし」
「ところが俺たち旅人は、あんたらヒロインより冒険者として勝手が悪くてな。だからあんたみたいな人がここの奴らにこの世界の勝手を教えてくれるなら助かる、どうかよろしく頼む」

 すると、寄り集まる人間冒険者たちを背にタケナカ先輩の坊主頭が下がった。
 いきなりの振る舞い方だけど、相棒は背も視線もまっすぐな受け止め方だ。

「……分かりました、タケナカさん。わたしも頑張ってるプレイヤーさんたちの力になりたいんです、だから分からないことがあったら話してくださいね? よろしくお願いします」

 ウェイストランドの旅がどれだけ人を変えたんだろう、ただの桃色髪の美少女だけじゃない誰かがそこにいた。
 周りからは頼りがいのある誰かを見るような視線が集まってるほどだ。
 タケナカ先輩はいい顔でミコを、次に俺を見てから。

「聞いたなお前ら? これからミセリコルディアの先輩たちも俺たち旅人の力になってくれるそうだが、くれぐれも失礼のないようにな? いいな?」

 集会所のたくさんの顔ぶれにそう広く尋ねた。
 頷いたり、手短に肯定したり、元気に応じたり――ここの連中らしさがある。

「――おねえちゃんもみんなの力になるからね!」

 あとキャロルも戻ってきた。姉を自称する不審なロリに全員困ってる。

「またお姉ちゃん言ってる……!?」
「もう慣れたよ俺。まあリム様みたいなもんだと思ってくれ」
「確かにりむサマみたいに角とか尻尾とかあるけど、あの人とはちょっと違うと思います……」
「じゃがいも押し付けてくる奴の次はお姉ちゃん押し付けてくる奴と知り合うなんて思ってもいなかった」

 やめなさいと抱っこして離した。「にゃあ」とかいって適切な距離が開くも。

「……よし、ここにいる奴は聞いてほしい。ちょうどいい時期だし俺もこいつを話すとしよう」

 タケナカ先輩は取り巻く仲間ごとぞろぞろ歩き始めた。
 注目を集めた坊主頭が壁際まで行けば、当然俺たちもついていってしまう。
 何か話したいことがあるそうだが、そこに『タカアキよりプレゼント♡』と現代的なボードがあって。

「お前たちは『白き民』っていうのは知ってるか?」

 まさにこの前俺たちがぶちのめした存在について触れた。
 フランメリアで冒険者をやれば嫌でも触れるだろう存在だが――反応は意外だ。

「……白き民ってなんだ?」
「あの依頼書で討伐依頼があるやつじゃないか? ほら、なんか最近よく見かけるようになったっていう……」
「名前は聞いたことありますけど、実際に見たことは……」

 新米たちのほぼ全員が馴染みのないワードとして受け取るほどだ。
 いや、俺だって存在を知ったのはつい最近だったか。
 世紀末世界でもフランメリアにゆかりのある人物から『白き民』だなんて耳にしなかったぐらいだぞ?

「俺はその白いやつとまさに一戦交えてきたばっかだ。他には?」

 先日のあの白い連中を思い出しつつ手をあげてみた。
 ちょうどそばでキリガヤが「なんだそれは?」と首をかしげてるが。

「白き民ってのは、古くからフランメリアの各地にいる何かだ。そいつらはいまだに素性も分からず、ただ人の営みへ攻め込むだけの奇妙な化け物といわれてるんだが……」

 タケナカ先輩はそばの前髪刀ひとり――サイトウを指でご指名だ。
 前髪過多な青年がボードに黒線をひくと、どことなく『白き民』の姿ができた。
 当然、たくさんの「なんだそれ」が折り返しやってくるが。

「お前たちが知らねえのも無理はないと思う。クラングルで長らく暮らしてたような人種なら猶更だろうな」

 だそうだ。俺みたいに知る機会に恵まれなかったのも理由があるのか。

「無理もないってどういうことだ」
「イチ、お前は最近クラングルから外へ出たことはあるか?」
「つい先日出たばかりだ」
「そうだ。だいたいはこの無駄にでかい壁の中で事足りるだろ? 食事から仕事や寝床までがここで完結してるはずだ」
「確かにな。外へ出なくたってこうして暮らせてるわけだし」
「ところがだ、フランメリアは安全な場所はとことん安全だが、人の手が及んでいない土地に足を踏み込めば一転して危険になっちまうんだ」

 言われて思った――確かに俺はずっと壁の中にいた。
 門をくぐった先は途方もない広さだが、そこに一人で飛び込んだことはない。
 というのもクラングルが快適すぎるからだ。広い世界を忘れるほどに衣食住が揃ってる。

「ギャップが激しいんだよ、ここは。クラングルは壁の外を忘れちまうほど快適なのは誰もが認めるだろうが、少し人里を離れればこいつだ。国中にある未開の地やらでこいつらがいやがる」

 が、サイトウ作のあのがっしりした身体が指で強調された。
 『白き民』は冒険者になってから初めて知った。
 この都市の外にそんなのがいるのかと驚いたぐらいだ――ぶち殺したけど。

「タケナカ先輩、その……白き民って何なんですか?」
「MGOに出てきたMOBかなんかなんでしょうか? 初めて聞いたんですけど」

 ホンダとハナコが二人がかりでボード越しの怪物を不気味がってる。

「人気のない場所に住み着く化け物だ。全身は青白くて大体がでかい、それで俺たちみたいに武器も使えば魔法も使うのさ。最初は俺もMGOにこんな趣味悪いのがいたのかと思ったんだが」
「……でも、わたしたちヒロインも分からないんです。そんなMOBはいなかったし、それらしいのも目にしたことはなくって」
「ミコさんもいってるが、こんなの作中には登場しなかったそうだ。ゲームの仕様をよく知ってるであろうお嬢さんがたも口を揃えてそういってやがってな」
「フランメリアの人達にもいろいろ聞いたんですけど……この国ができてから現れて初めて、それからずっと人々を襲ってるとか……」

 返事にミコの言葉も付け足されると、周りの面々もさぞ気味悪そうにざわめく。
 かくいう俺も実際目にしてすげえ気味悪かったが。

「こいつらはご覧の通り不気味だ。顔もなけりゃ何も食わねえ、手段は分からねえが気づけば増える、倒すと溶けて消えやがる。そのくせ空いた土地に住み着いて人里を襲いだすときた。建国以来ずっと謎に包まれてる化け物だそうだ」

 タケナカ先輩だってもれなくそうだったか、話に嫌そうな顔が添えられてる。

「そんな厄介なものがいたのか……? だったら俺たちの耳に届いていてもおかしくはないと思うんだが、外で奇妙な化け物が蔓延ってるなんて初耳だぞ」

 キリガヤの疑問もちょうど絡んだ、そんな話がどうして今頃届くのやら。

「いい質問だ――こいつらは俺たちがくる以前は大人しくこそこそやってやがったそうだ。大昔にかなりの数が倒されたそうなんだが、最近はまた姿を見せ出して、しかも各地で大きく動き出したって報告だ。その訳は知ったこっちゃないがな」

 中々耳にしなかった理由はもう一つ、最近になってまた元気になったようだ。

「最近ね。俺たちの食い扶持のために来てくれたわけじゃなさそうだな」

 思わずボードを見たが、少しイケメン路線にされた白き民が棒立ちだ。
 旅人が来るまでひっそりやってたそうだが、何がきっかけでまた世間の騒がせにきたのやら。
 世の中が賑やかになって叩きおこされたか、それか誰かさんが持ち込んだ『ウェイストランド』が刺激したのか。

「それで冒険者の仕事が増えるのは皮肉なことだが、ギルマス曰く今後は白き民に関する依頼が増えるかもしれねえそうだ」

 タケナカ先輩はこの話の要点ってやつを続けた。
 なぜだか白い化け物が元気になった今、そいつらの接待にうってつけな人材がいるってことらしい。
 坊主頭が気難しく見渡す冒険者俺たちがそうだ。

「ここのメンバーでか?」

 例えばだが、ここにあの白いのがいて「戦え」となったら?
 先輩たちはともかくそこらに集まる新米は――さっくり殺られるかもしれない。

「間違いなくな。だからここにいる全員に言っとく、これからも冒険者としてやってくなら白き民と一戦交えるのは避けられえねえかもな」

 話しを切り出した本人がそう言いつければあたりはまた困惑だ。
 しかし「だから」と一言足すと。

「仮にそんな依頼を受けなかろうが、壁の外に出ちまえばこんなのと遭遇する可能性も十分にあるわけだ。よって俺たちプレイヤーはこのいけすかねえ白いのと戦う術を今から身に着けて、そして倒せるという実績を得るべきだろうな」

 そう告げたのだ――あの白いのと戦える人間になれと。
 等級の昇格につれて仕事も増えれば壁の外に行く機会は増えるかもしれない。
 が、同時に白いやつらとの遭遇も近づく。その時みすみす殺されないために「慣れろ」ってか?

「なるほど、確かにちょうどいい話だ」
「イチ、お前はあいつらと戦ってきたんだろ? どうだった?」
「銃がなかったらあんまり戦いたくないな。ありゃバケモンだ」

 感想も求められたが、これが俺の素直な返答だ。
 銃もなく真っ向から挑んだら多分くたばってた。
 今でもエルの剣がえらい目になったのを忘れちゃいない。
 この気持ちをこうして伝えると、周りも腰が引けてるようだが。

「普段やべえこいつがこういうんだ、正体が何であれ仲良くできねえ敵なのは古来よりハッキリしてる。俺たちはせいぜい無様にくたばらんように今日から『白き民』との戦い方を学んで、実際に奴らを撃破するべきだ――やる気のあるやつは?」

 こうして大分形になってきた冒険者姿に向かって質問が飛んだ。
 まだ実際に目にしたことのないやつがほとんどだろうが、キリガヤを始めとする何人かは恐る恐るな形で手を上げてる。

「俺もだな。あの気味悪い奴が気になってな」
「ん、ぼくもやる」

 俺は乗ったしわん娘も続けば、周りが少しざわめいてから手を挙げた。
 結果として集会所の半分にはまだ及ばないという数が揃った。
 まあこれでもタケナカ先輩からすれば上等らしく。

「そうか分かった、無理強いはしねえが覚悟ができた奴は何時でも参加してくれ。それからこの集会所は酒を持ち込まない限り自由に使えとのことだ、お前らの憩いの場にしていいし、必要な設備があれば調達してやるから俺たちに言え」

 参加者の顔ぶれを調べてから離れていった、解散だそうだ。
 気づけば現代人のセンスで彩られたお洒落な憩いの場にリフォームされたようだ。
 ひどい話があったけど、とにかく今日からここが俺たちの活動の場か。

「白き民か。あいつら一体何者なんだろうな……」
「人間じゃないのは間違いないと思う。ちょっと変な匂いしてたし」
「犬の嗅覚的にどう変なんだ?」
「ん……生き物みたいな匂いがしなかった、人間に似せたわざとらしい感じ」
「化け物って一言で片が付くな。あんな怖いのできればもう見たくない」

 あの依頼を思い出しつつ、俺はそっと荷物から広告を抜いた。
 『ビッグチキンバーガー300メルタ』をボードにぺたっと張り付けた、ヨシ!

「やっぱり、わたしが戻ってきてから白き民がどんどん増えてるよね……って何してるのいちクン!? なんでこの流れでパン屋さんの広告貼ってるの!?」
「っておい! またお前は勝手に張りやがって!? どこにこんなタイミングでチキンバーガーの宣伝する馬鹿がいるんだ!?」
「いや、うちの先輩がおいしくできたでーっていうから……」
「こんなところに貼っちゃだめだよいちくん! おねえちゃんがあっちに貼ってきてあげるからね!」
「そもそもギルド内に貼るんじゃないよ! くそっ! シナダ、他に貼られてねえよな!?」
「ダメだタケナカ、さっき通路通りかかったら集会場まで続いてたぜ。まるで道筋みてえだ」
「いちクン、パン屋に染まりすぎだよ……」

 くそっ、ミコとタケナカ先輩に速攻でばれた。
 最後の一枚は自称お姉ちゃんによって集会所を出てすぐのところに行きついたらしい。

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