魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

晩御飯はカレー

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 装甲車に戦利品と八人をぎゅうぎゅう押し込め、トラブルもなく帰還した。
 が、忙しいのはそこからだ。
 手に入れた戦利品をクランハウスまで運び、先輩たちに『お土産』を引き渡し、次は依頼の報告だ。
 美少女7:野郎3ぐらいを代表してミコが商業ギルドへ報告しにいった。
 「何があったか」をドロップ品ごと伝えると、向こうは満足したらしい。

 一人当たり20000メルタを受け取って解放されれば、昼もとうに過ぎていた。
 仕事を終えたばかりのヒロインどもの第一声は「お腹すいた」だ。
 こうして分かった。今この世にごまんといる人外美少女は強さの代償として大量のエネルギーが必要らしい――カロリー的な意味で。
 おかげでクラングルの飲食業が栄えるわけだ、彼女らがいればパン屋もずっと安泰である。

 じゃあ「飯でも食うか」とタカアキが切りだせば、時計塔の針が昼飯とも言い難い時間を指してた。
 食事を囲むには微妙だし、人によっては紅茶とお菓子の時間かもしれない。
 けっきょく俺たちはちまちま買い食いしつつ、戦利品の処分に移った。
 集めた武具にアーツやスペルをフランのツテでそこそこに買い取ってもらった。
 これを更に分配して、本日の稼ぎは一人35000メルタほどだ。

 そのころには「今日の晩飯どうしよう」と悩む時間帯だ。
 きっとほとんどの奴らがそう思ってたに違いない。
 そして我らがリーダーがいよいよ「晩御飯どうしよっか」と口にしたところで、なぜかタカアキがこういったのだ。

『カレー食いてえ!』

 じゃあカレーにしよう、そうだみんなで食べよう、よしクランハウスへGO。
 そういうわけで気づけば総員で買い出し、ミセリコルディアの住まいへ押しかけて夕飯の支度が始まったのである。

 ちなみに晴れてレベル16になったわけだが、恒例のPERK習得である。
 ステータスの変化は【小火器】がようやく7から8に上がった。
 この世界でも成長したストレンジャーが選んだPERKは【マーク&ショット】だ。

【死体を漁り、ゴミをかきわけてきたウェイストランド人らしい目ざとさは敵を殺す手段にも便利とそろそろ気づきましたか? あなたの研ぎ澄まされた感覚と小火器スキルは直感的に敵をなぞり殺す技術を会得するに至ったようです。コツはこうです――息を吐く、敵を数える、息を吸う、敵をなぞる!】



 クランハウスのキッチンのそばで、ぐつぐつと煮立つそれを覗いた。
 魔法で動くコンロとやらの上で大きな寸胴鍋が濃い湯気を立てている。
 「お前それ何十人分だよ」と疑いたくなるサイズからは煮込まれた肉や野菜の香りがいっぱいだ。

「よーし、もうちょいでルー完成だ。できたら鍋に入れとく」
「あ、お願いします……タカアキさんってお料理上手なんだね?」
「料理できねえ奴がそばにいるとこうなるもんだぜ」

 そばじゃタカアキがフライパンの中をしきりにかき混ぜてた。
 炒った小麦粉とスパイスにバターを混ぜたものがまとまってる。
 コーヒーの粉みたいに深い色をしていて、確かにカレーの香りがする。

「……カレーって、ルーなくても作れるんか……?」

 そして俺が驚くのも無理なかった。
 俺からすればカレーなんて「スーパーでルー買ってくる」から始まるんだぞ?
 なのに幼馴染は小麦粉から作ってるのだ――知らんかった。

「……えっとね、いちクン? カレーはこうやって、とろみと香辛料の風味をつけるためにルーを作るんだよ。小麦粉を炒めて香ばしくして、スパイスを加えてスープに溶かすの」
「難しいことじゃねえぜ、カレーってのはこうして作れんだよ。ショウガとニンニクをすりおろしたのを炒めてから、小麦粉とカレー粉を足して混ぜるようにじっくりだ――ちなみにカレー粉は市場で買えちゃうぞ!」
「そういえばわたしたちがこの世界に来てから、カレー粉が出回るようになったらしいね……」
「日本人は食事にうるせえからな。気合でカレー粉開発するやつが続出したみてえだ、おかげで今晩は特製カレーさ」

 二人がそう言うのだからまた驚きだ。カレーは一から作れると覚えとこう。
 生活能力のないストレンジャーに代わって、タカアキは鍋からとったスープを時々足して練っていく。

「おいしそうな香りがするし、そろそろかな……?」
「おう、スープに投入だ。俺のこだわりでルーは黒めの濃い味カレーだ」

 やがて濃い黒まで仕上がると、ひとまぜしてから底深き鍋にぶち込んだようだ。

「今のうちに少し味きめときたいな。なんか入れるもんあるかい?」
「えっと……料理用のワインとかハチミツとか、お醤油とかかな……?」
「全部入れちまうか。醤油多め、はちみつもちょいと多めにして……」

 タカアキは作ったルーを溶かしながらいろいろ入れ始めた。
 ミコがワインにはちみつに醬油も足してどんどん変わっていく。

「カレー粉ちょっと足したほうがいいか、これ」
「んー……その方がいいかも? 味は煮込めばちょうどよくなると思うよ?」
「辛さと甘さのバランス考えたら足すべきか。じゃあこれくらい……」

 どんどんカレーとしてのクオリティが上がっているのが見て取れた。
 ただの具材一杯のスープは知ってる香りのする何かに変わった。
 まさしくカレーだ、ご飯と一緒に食べるアレである。
 そんな様子を目の前に俺は何をしてるって? やることないから見学だ。

「ほんとにカレーができてますねー? カレーってこういう風に作られるんですね、知りませんでした……!」

 同じくして隣にいるリスティアナもだ。目を輝かせてる。
 ミコとタカアキの手際の良さに、こうしてぼーっと見るのが俺たちの役目で。

「まだですよっ! おら行けっ! セアリさんのお肉ども!」

 鍋をじゅうじゅういわせてたセアリが割り込むのを見届けるのがせいぜいだ。
 美味しそうな焼き目のついた角切りの肉がカレーにごろごろ流れていく。
 ミコが「えっ」と引くほどに寸胴鍋は肉に支配された。

「……おい待たないかセアリ、今何を入れた?」
「セアリさんが自腹で買ったお肉ですよ。皆さまにご馳走しようかと」
「入れ過ぎだ馬鹿者!? カレーを肉料理に変えるつもりか貴様は!?」
「ふっ、カレーは肉料理だって知り合いのワーウルフが言ってましたから」
「カレーがお肉だらけになっちゃってる……!?」

 由々しき事態にリビングからエルが来てくれたが手遅れだ。
 ドヤ顔ワーウルフによってにくにくしさ数倍である。

「……おにく?」

 ついでにニクもきた。尻尾をふりふりしてる。

「ニクちゃん、今日はご馳走ですよ。お肉いっぱいですからね」
「ほんと? 楽しみ……!」
「はっはっは、すげえ肉の量だな。まあ煮込めばさぞうまいだろ、楽しみにしてろよ?」
「すまないミコ。セアリの奴がいつもみたいに肉を焼き始めたと思ったらまさかカレーにいれるとは」
「だ、大丈夫みたいだしいいんじゃないかな……? セアリさん、このために一杯お肉買ってきたんだね……」

 ひどい魔改造を見たがタカアキは笑って受け入れてるみたいだ。
 エルもミコも「まあ仕方ない」って感じだ、今日の晩飯は肉料理だな。

「……というかイチ、そこで黙って見てるならせめて止めたらどうだ」

 が、エル曰くそんな犯行現場をじっと見過ごした俺にも責任があるらしい。
 二人の隣で肉を焼きだしたんだから、てっきりそういう段取りかと思ってた。

「いや、なんかめっちゃ肉焼いてるしそういう趣向なのかと」
「どう見ても入れ過ぎだろう……!? あれが全部入ったらおかしいと思わないのか貴様は!?」
「心配すんなよエルちゃん、なんか隣で肉特盛おっ始めたから「もしかして」って思ってカレーの味も合わせておいたぜ」
「ほら見てください、たか君を! ちゃんとセアリさんのニーズに応じてくれてますよ! つまりセーフ!」
「わたしてっきり、いつもみたいにおやつにするのかなって思ってたよ……」

 しかしそんな予期せぬ事態にも幼馴染は「そんなこともあろうかと」だった。
 こうしてセアリがまたドヤ散らかすほどにしっかりと。

「おやつに肉食うやつがここにいるって?」
「いいですかイチ君? ワーウルフとかの獣系ヒロインにとってはお肉は主食でもありおやつなんです。覚えておくとよいですよ」
「……ん、ぼくもわかる」
「流石ですね。やっぱりイヌ科の子とは気が合います、今度セアリさんがおいしい肉屋さんを紹介してさしあげましょう」

 念のため確かめたけど、お返しはセアリのどやっとした表情だった。
 じゅるりするニクも加わって敵なしだ。ここには肉食動物が二匹もいらっしゃる。

『肉ばっか食べて栄養偏ってるから胸育たないんじゃないのー?』

 そこにソファでごろごろしてたフランから一撃が送られてきた。
 残念なことにあるのは言葉通りだ、ショートパンツをばっつん押し上げる下半身は今日も胸より目立ってる。

「誰が下半身ぶっといですってこらあああああッ!」

 セアリは片付けもせず挑発に乗ってしまった、クランハウスから飛び出てく竜の尻尾を追いかけたようだ。

「あの二人は騒がなければ死ぬ病でもかかっているのか? まったく……」

 二人は晩御飯前には帰ってくるだろう、エルが調理台をしぶしぶ片付けていく。
 あとは鍋が煮えるのを待つだけだ。うまそうな香りが強くなってる。

「あいつらいつもああやって食事前の運動してるのか? えらいな」
「な、仲がいいってことで……。えっと、後はじっくり煮込んだら完成だよ。台所はわたしが片づけておくからお客様はくつろいでてね?」

 見てるだけのお客様にどうぞおくつろぎください、だそうだ。
 お言葉に甘えてカレーができるまでの時間をいただくことにした。

「分かった、お行儀よく待ってるぞ。なんかあったら言えよ」
「はーい♪ カレー楽しみですねー?」
「あいよー。いっつも思うんだけどほんとこの世界来てから俺たち恵まれてるよな、食事事情がさ……」
「今度は本格的なカレー、それも肉たっぷりか。この世界に来た奴らみんな「もう帰りたくない」って思ってそうだな」
「そう言えばプレイヤーの皆さん、元の世界より美味しいものばっかりだって喜んでましたけど……あっちのご飯ってどうだったんですか?」
「イチの言う通りがそのまんま浮き出てる感じだぜ。人工食品ばっかでみんな心の奥底でうんざり、どんどん飯がまがい物に置き換わってく感じでな」
「ああ、養殖のエビが超高級品だったのを今でも忘れないぐらいだ」
「た、大変だったんですね二人とも……? ところで人工食品ってどんな味なんでしょうか? お味も完璧らしいですけど」
「完璧だけど雑味がねえんだよ。食材の美味しいところだけを集めた面白みのないお味」
「完璧すぎて食べ続けると飽きるぞあれ。最初は俺たち喜んでたよな……」

 外からのゲストたちは元の世界に思いを馳せつつ一時撤退だ。
 ただしニクだけはキッチンにひしっとしがみついおり。

「……あの、ニクちゃん? ずっとお鍋見てるけど、どうかしたの?」
「ん、おにくまだ?」
「おにくまだだからねー? 時間がかかるからちゃんと待っててね?」
「ここで待ってる」
「ふふっ、相変わらずおにく好きなんだね? かわいいなあ?」

 わん娘の背を見れば、揺れる尻尾が肉を待ち遠しそうにしてた。
 犬耳の間を撫でられるのを見届けてから俺たちはテーブルを囲った。

「……で、リスティアナ」

 ソファに腰を預けるなりお淑やかに座った相手を見た。
 水色髪のきれいな身なりは「どうしたんですか?」と小さく首をかしげてる。

「はーい? なんでしょうか?」
「まず今のうちに言っとく。俺がMGOのシステムに則ってないところとか何度も目にしてきたよな?」

 そんな大人しい態度にこんなことを告げるのは酷な話だろう。
 でも何度か冒険者として共にして、危ない場面から命を救ってもらった身だ。
 こいつはもう赤の他人でも、まして宿を共にする程度の誰かじゃないのだ。
 つまり――俺の事情をいい加減打ち明けておくべきだと思う。

「それって……イチ君が他のプレイヤーさんとは違うところについて、ですよね? みんなが使えないはずの銃を使えたり、あのシェルターについて何か知っている部分があったりとか……?」
「まさにそいつについてだ。なんていうか……かなり複雑で、自分でもどこまで話せばいいのやらってレベルの話なんだけど」
「お兄さんも勝手にこの話に加わるけどよ、さっきあたりリスティアナちゃんに「G.U.E.S.T」だとか話したよな? そいつが関わるようなお話さ」

 俺は人形のお姫様をまっすぐ見た。
 普段のにっこり顔は心配事が浮かんでる。

「……あの、実は私もずっと前からイチ君が気になってました。なんだかプレイヤーの皆さんとどこか違うし、この世界のことも何も知らなかったし、どうしたのかなーって思っちゃって」

 声の調子もそうだ、感情が良く出る口の形が良くも悪くも俺を疑ってる。

「そいつは心配してくれるってことでいいか?」
「ごめんなさい、あなたのことは心配もしてましたし、どんな人なのか気になってました……あっ、別に変な意味じゃないですからね? 他の方々とは違う何かに興味が湧いちゃったって意味ですよ?」
「そうか。宿に来たのもそれが理由か?」
「……そうなっちゃうかもしれません。でも、あなたの人柄の良さはちゃんと知ってますからね? この『人形姫リスティアナ』が証明しますから!」

 こうして分かるのは、俺の事情を本気で気にかけてくれてるってことだ。
 よくわかった。やっぱりお前は話すべき相手なんだろうな。

「へへ、ありがとなリスティアナちゃん。こいつのことちゃんと見ててくれてたみてえでお兄さん嬉しいよ」
「ふふふ♪ だってユーモアもあるし、他の人達のために頑張れる方ですからね? そういういい人は大切にするのが私のポリシーなんです」
「オーケー、だったら同じ宿のよしみってことで話させてくれ。いいな?」

 タカアキと顔を合わせて最終確認だ、結果は「話してよし」だ。
 一緒に頷いて、まず俺の身の上から話すことにした――

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