魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

お姉ちゃんだよ!

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 今日も順調に仕事をこなしてたら自称姉がそこにいた。
 店じまい直後に姉をカミングアウトするようなやつは客じゃない、よって今のは悪質ないたずらか何かだ。

「イチ君、どうしたのかしら? お客様?」
「ご主人、今の子って屋敷の依頼で会った子だよね……?」
「クソガキでした」

 誰かと思ったが知ってるやつだった、俺を不審者呼ばわりしたクソガキだ!
 見なかったことにして業務に戻ろうとすると。

 がらん。

「――おねえちゃんだよっ!!」

 また開いた。まだドヤ顔な上に今度は白い身なりのお供も付き添ってる。

「……なんの前触れもなくお邪魔してしまい、申し訳ございません。あなたがイチ様ですね?」

 姉を自称する金髪ロリの横で白髪の女の子がぺこっと頭を下げてきた。
 ウサギだ。しっとりした髪の上に真っ白ふわふわなウサギの耳が立ってる。
 声も表情もはかないお淑やかな子だ。ワインみたいな瞳はじっと俺を見てた。

「ようこそクルースニク・ベーカリーへ、とりあえず前触れもなく失礼するか、前触れもなく人を弟にするかどっちかにしてくれないか? お前らあの時の依頼でご一緒したよな?」

 よく覚えてるとも、屋敷のゴーレム退治の時に関わったやつらだ。
 しばらくぶりだけどなんだか顔つきは柔らかいし、それに態度が懐っこい。

「ふふん、あの時のお礼をしにきたんだよ? 助けてくれてありがとね?」
「どういたしまして、こうして閉店直後の店にお礼を伝えにきたのか?」
「うん! きみにお礼がしたいの! だから――」

 謎の金髪ロリは俺に会えてさぞ嬉しそうな満面な笑顔だ。
 お礼がしたいそうだが、そいつは両手で「おいで」と抱っこを求めてきて。

「今日からきみのおねえちゃんになってあげるね!」

 などとコメントしている、なんの冗談か姉の押し売りが始まってた。
 指で「お前が?」示すと頷かれ、「俺の?」と確かめればにっこりだ。

「どういうことだ」
「いちくんは弟、そしてわたしがおねえちゃんだよ! よろしくね!」
「どういうことだ!?」

 お姉ちゃんをゴリ押された。
 幸いなのはあんまりにも主張が強すぎて裏表がない点だと思う。
 どうも本気で姉になろうとする意志を感じる、つまりクレイジーだ。

「……はじめまして、イチ様。突然このように押し掛けられてお困りかもしれませんが、キャロル様は「みんなの姉」としてあなたに助けられたご恩を返したいと申されております」

 うさぎなロリが姉を貫き通す特殊な言語を補ってくれた。
 みんなの姉とかいう特殊過ぎるワードが出たが、とりあえず助けてくれた恩云々なのは分かった。

「とりあえず俺から言わせてほしいのは「お前ら誰」で「君は何様」だ。店に押し掛けて姉を自称するのやめろ分かったから」

 二度と姉と言えないように金髪ロリの頬を優しくもんだ、嬉しそうだ。

「ひゃふぁふぁ……♪ おふぇーふぁんふぁひゃふぉふふぁふぉ! よふぉふぉふぃふふぇ!」
「キャロルさまは「お姉ちゃんだよ、よろしくね」と申されていますね」
「訳してくれても意味が分からないんだよ、なんだこのクレイジーロリ」
「わたくしは【九尾院】というクランに所属する『ツキミ』と申します、種族は『ヴォーパル』でございます。以前わたくしたちを助けていただいて本当に感謝しております」

 パン生地みたいに捏ねてるとちんまりした白髪ウサギ耳の子が続けた。
 お礼を言いに来ただけか。それならと頬をぷるっと離すと、金髪ロリの無邪気さが見上げてきて。

「あの時はピナちゃんも助けてくれてたんだよね? それなのに、何度も助けてもらったのに怪しい人なんて言っちゃって本当にごめんなさい」

 そこから一変して真面目そうに謝られてしまった。
 不審者扱いしたことは心の奥底にしまっておくとして、ちゃんとお礼もごめんなさいもできるなら上等なもんだ。

「今度は不審者じゃないところからお付き合いしたいもんだな。俺はイチで、そっちでじとっと見てるのが相棒のニクだ」
「ん、ニクだよ。……この人、ご主人のお姉ちゃんなの?」
「んなわけあるか。んでそちらにいらっしゃるのが我らの奥さんと、店の名物スカーレット先輩だ」
「あらあら、可愛らしいお姉ちゃんができちゃったわね? 私はジョルジャよ、いらっしゃいお嬢ちゃん」
「お人形さんみたいなサキュバスの子やなあ、かわいいなぁ? うちはスカーレットやでえ、よろしゅうなあ」

 なので改めて自己紹介してやった、店の雰囲気もひとまとめにして。
 お互いが伝わると、ちっこい金髪サキュバスは途端にぱあっと明るい表情で。

「わたしはサキュバスのキャロルだよっ! 九尾院っていうクランに所属してるの、よろしくねー♡」

 とことこ歩いて抱き着いてきた。なんなら両手が抱っこを望んでる。

「サキュバスか……リム様思い出した」
「リムさまってだーれ? はっ、まさかお姉ちゃんもう一人いたんか……!?」
「お前と大体似てると思うよ。家族関係を押し付けるとことか」

 しょうがないので返してやると、ひとしきりふにっとハグされたあと。

「――そしてきみはわたしの弟くんだよ! 何かあったらおねえちゃんが助けてあげるね!」
「お前まさかリム様の親戚か? くそっ、今度は姉押し付けられたぞ」

 着地させるなり、続けてそう高らかに主張が飛んだ。
 人様を弟扱いした挙句に姉を主張してドヤ顔をするようなやつとどう付き合えばいいんだろう。
 そばにいたウサギ耳の子に助けを求めると。

「……我々が属している九尾院のマスターがキャロル様やピナ様を助けていただいたことに大変感謝しております。そのご恩に報いたいとのことで、是非ともクランハウスへ足を運んでほしいとおっしゃっていました」
「あっそうだった! シズクおかあさんがね、いちくんにお礼を言いたいから会いに来てほしいって言ってたの!」

 ようやくその小さな口から用件を聞きだすことができた。
 儚げな声によればこいつらはクラン所属の身で、そのマスターがロリどもを助けたお礼がしたいそうだ。
 先にそれ言えとキャロルの頬をまたもちっとつまむとして。

「つまりお前らは人のことを勝手に弟扱いしにきたんじゃなく、感謝したいからうちにこいって言ってるんだな?」
「そうだよ、お礼がしたいからクランハウスにおいでーっていってた!」
「無理強いはいたしませんが、シズクお母様はあなたさまにとても感謝しておられます。どうかお会いしていただけないでしょうか?」
「行かなきゃ困るほど感謝されるようなことした覚えはないんだけどな、今すぐじゃないと駄目か?」

 二人はものすごく来てほしそうだ、キャロルもツキミも。
 どうしよう、とニクと目が合うも。

「あら、そうだったのね。あなたの行いで結ばれた縁なら行くべきよ、その子たちもずいぶんと信頼してくれてるみたいじゃないの」

 カウンターの向こうで奥さんは「いってらっしゃい」な笑顔だ。

「じゃあいちくん連れてっていーい?」
「奥様、お忙しい中申し訳ございません。それでは言伝はお伝えしましたので……」
「いいのよ別に、ちょうど今暇だったしね? それよりイチ君、そこのお姉ちゃんたちの感謝の気持ちは新鮮なうちに受け取るべきよ?」
「九尾院いうたら、強い子たちでいっぱいの名のあるクランやでえ。そんなところに感謝されるなんて、イチ君すごいやんかあ」

 元気な金髪をはかない兎ッ娘がくいくい引っ張って退店しかけてるが、奥さんたちのいい表情はすっかり見送りムードだ。
 店の雰囲気は仕込みも掃除も終わって明日へ備わってるし、まあいいか?

「……分かった、じゃあ案内してくれお姉ちゃん。てことでいってきます」
「ん、いってきます。お疲れさまでした、奥さま」
「気を付けていってらっしゃいねー、今日も二人のおかげで助かったわ」
「お土産話楽しみにしとるでー」

 店に一声かけて出発だ。
 そうなるとキャロルはそれはもう明るい笑顔で。

「うんっ! さあおいでいちくん! おねえちゃんが案内したげるねー♡」
「ふふ、分かりました。それではわたくしたちがご案内いたしますね」

 くるっと翻り、まるでついてこいとばかりに尻尾をふりふりしてくる。
 目印とばかりにみょいみょいウサギの耳も揺れて、俺たちはどこかへと連れていかれることにした。

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