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剣と魔法の世界のストレンジャー
淫乱ピンクとストレンジャーと。それから昇格
しおりを挟む――で。
背中に数多の視線を受けつつ、芳香剤の効いた玄関から門まで飛び出す。
前方よし、左右よし、日の出に照らされたクラングルがよく見える。
力の入らない膝下がふるふる安定さを欠くし、腰からひどい疲労感がじんわり全身に広まるが、とにかく……!
「……よし、行くぞ」
狼耳フード(わんこにあらず)をかぶって、後ろの手を引いて進んだ。
今のストレンジャーなら人目を避けて都市部深くに潜るなんて造作もない。
どうもこのあたりは入り組んだ路地が複雑な模様を作ってる――なるほど、こそこそするにはいい土地柄か。
クラングルの洗練された建築の織りなす『後ろめたい帰り道』へ入り込むと。
「う、うん……♡ えへへ……気持ちよく寝落ちしちゃったね……♡」
誰かさんがフードのウサギ耳をみょいみょいさせながら身を寄せてきた。
今朝からもうずっとべったりだ。捕まった腕がぐにゅん♡と重くて柔らかい。
こいつにウサギフード付きの服を渡したやつは誰だ――妙に突き刺さる朝日の下でそう思った。
「……朝までずーっと一緒とはいったけどさあ」
「ふふっ♡ 楽しかったね? 朝ごはんも美味しかったし、朝のお風呂も気持ちよかったなー♡」
「うん、分かったからそろそろ腕を離してみないか?」
「受付の前でぎゅーってしながらキスしたらみんなびっくりしてたよね……♡」
「あの……」
「あっ……昨日のスクリーンショット、店員さんが後で送るねって言ってたよ? 一緒に顔とろけちゃってるのがみんなに好評なんだって♡ なんだか照れちゃうねー?」
「もう勘弁してください…………」
ラブホの機能性を遺憾なく活用する奴って本当にいたんだな。
「誰が」とは言わないが、甘ったるく組み付くデカいウサギと共に歩んだ。
言えることはただこれだけだ。
昨日の昼から今朝までずっとクラングル春の持久力バトルがあった、そして俺が負けた。
【画像を受信しました……】
目撃者を避けて路地の狭さを二人で辿ると、急にそんな通知が浮かぶ。
早朝を示す画面には『アンスリム』という名前でメッセージが届いていて。
【彼氏サンへ♡ こちらホテル・シュガリの優秀な店員アンスリムです! お二人に頼まれた宿泊中のご様子をそちらに送りますね! またのご利用お待ちしております♡ (ミコちゃを可愛がってあげてねー♪)】
そんな注文俺のデータにはないけどスクリーンショットが次々届いた。
茶髪野郎が桃色髪のお姉さんと数々の場面を描いて一つの物語を生んでた。
特に後半は女性に壁ドンされたり、ぐったりしたり、顎をくいっとされたり、押し倒されて恥じらったり――どんな気持ちで撮影したんだこれ。
「あっ……♡ そうそう、こんな顔してたなあ……♡ いちクンにも届いてる?」
「なんでこんなに撮られてるん……?」
「あとでロアベアさんに自慢しよっかなー? ふふっ……♡」
「ノルテレイヤ、俺が何をした……!?」
おかげさまでミコは昨日あたりからずっとご機嫌のままだ。
こちとらヒロインのパワフルさのせいで両足が残念なことになってるんだぞ。
なんでもするとは間違いなく言ったが、翌朝までヒロイン力全開で甘えられるなんて覚悟が足りなかった。
「……思い出したらまたドキドキしちゃった……♡」
むぎゅう♡
なんなら現在進行形で続いてる。片腕いっぱいの体温と柔らかさが証人である。
「ミコ、分かったから落ち着いてくれ。いい思い出になって俺も嬉しいさ、でももう退店したからな? もう戦いは終わったんだよオーケー?」
「……みんなのところに帰る前に、もう一度だけしたいなー……?♡」
「今朝も同じセリフを言ったことは忘れないからな俺」
「むう。けちー」
「いいか? お前は体力まだ五割ぐらいあるだろうけどこっちはもう一割切ってるんだ。つまりまだ死にたくない」
「……そういって押されると可愛く受け入れちゃうくせに」
「恥ずかしいからやめてください」
ラブのつくホテルのおかげでとっっっっても理解したよ、ミコのヤバさを。
とても口で言い表せぬあれやこれやを経たのに、こうして「まだ元気です」とぴんぴんしてるのだ。
元気な顔は艶やかで、つい昨日会った時よりもものすっごいみなぎってる。
誰だこんなヒロインを生んだのは――俺じゃねえか馬鹿野郎。
「……よし、ここまで来れば分からないか」
距離感バグりちらかしてるミコはもう手のつけようがないとして、路地の難しさが解けてきた。
不気味なほどしんと静まり返った入り組みがまっすぐ続いてる。
人の動きが大きな通りに出て、ホテルとは無縁という体で帰路につけるはず。
「…………ねっ、いちクン?」
今朝まで続くミステリアスな経験を振り払おうと臨んだはずなのにだ。
一瞬すり寄る力が解けたかと思うと、恥じらうような甘ったるい声が届く。
「どうした?」
気づけば腕いっぱいの感触も離れてた。
このまま進めばお別れムードだが、まさかまた寂しいとか言うんだろうか?
なら「また会いに行こうぜ」ぐらい言葉を効かせるつもりでどんと構えるも。
「あのね……? ぎゅーって、してほしいんだけど……?」
ここの人気のなさをいいことに、あいつは道のど真ん中で腕を開いてくる。
朝から元気なウサギ耳つきフードの中では、伊達メガネで装った大人しそうな顔に恥じらいが赤く咲いてた。
「別れるのが寂しいとか辛いとかそういう話か?」
まったく、世話の焼けるウサギもいたもんだな。
そんな気持ちがあるならいくらでも気の利いた言葉をかけてやるさ。
「……あのっ……♡」
すると「待ってました」とばかりに抱き着いてきた。
迫りくる恵まれた体にもたれ押されて、染みついた風呂場の香りを強く感じる。
オーケーだ相棒、寂しいっていうなら今日も会いに行ってやるからな――
「今、わたし……はいてなくて……っ♡」
と思ったらまっっっっっったく想像し得なかった言葉が飛んでくる。
なんつったこいつ。なんでそれを今ここでカミングアウトしようと思った?
「……なんで今それいうん……?」
「び、びっくりするかなーって? えへへへ……♡」
「違う意味で実にびっくりしてるよ」
壁に押し付けられてひどい目にあってると、ミコはもじもじ顔を近づけてきて。
「……帰る前に、いっぱいキスしてほしいなあ?」
ウサギ要素をみょいみょうさせて「ん♡」と唇の桜色が可愛く形を作った。
ただしはいてないが。もういいよ、それで済むならいくらでもやってやる。
「……分かった、ちゃんとみんなの場所に帰るんだぞ?」
「それから、えっとね? 思いっきりぎゅーーってしてほしいんだけど……?」
「うんそうするから落ち着こうか、な?」
「……できれば、太もももぎゅーって揉んでほしいな?♡」
「オプション増やしまくるな分かったから!」
「…………そのままこっそりしたいなー♡」
「待ってくれミコ!! ここで段階を踏もうとしないでくれ!!!」
前言撤回だなんだこのクソドスケベウサギは!?
目の前でねっとり熱のこもった緑色の瞳の下、ふわっとした口の形が舌なめずりで潤うのを見せつけられて――
「まったく……近頃はどうして見回りの回数がこうも増えるのやら……」
暴走生物と化したミコの捕食行為の寸前、凛々しい声が奥から混ざる。
向かい合ってた視線が仲良くそっちへ向かうのは言うでもない。
帰り道の先にトカゲ系の四肢と朝日にきらめく鎧が特徴的な女性がいた。
クラングルの衛兵だ! 確か、以前ミコの帰還を伝えたあのお姉さんだ!
「――ん!? おいっ! そこで何をしてる貴様ら!?」
言うまでもなくその勤勉な職務態度はこっちに向いてきた。
よくやった衛兵の姉ちゃん。ミコの胸とぶとももに潰されながらも、訝しむお姿が死ぬほど頼もしく感じたのだが。
「……お取込み中ですごめんなさい、たぶんもう少しで事件です」
「……あっ……♡ こ、こんにちはー……?」
できれば「助けろマジで」と顔で表現するも、ミコの白い手がくすぐったさそうにひらひらすると。
「ミ、ミセリコルデ、お前なのか……!? なっ、何をしているんだ……!?」
本当にその通りだと思う。とんでもないもん見せられて戸惑ってる。
そりゃそうだ。片やウサギ耳でノーパン、片や捕食されてる狼耳をこんな早朝に見せられたらたまったもんじゃないと思う。
「ふふっ♡ 甘えさせてもらってるだけですよー♡ 良かったら、見ていきますか……?♡」
お前は何を言ってるんだ。
すごいこと言い出したせいで向こうが「えっ」ってなってた。
「すっ……すまない……ッ! えっと、その、そういう行為は公共の目を考えてしかるべき場所で済ませてこい! いいな!?」
返ってきたのは正論だった。そもそもしかるべき場所からの帰路なのだが。
まったくその通りだけどリザード系衛兵は恥じらいの片りんを見せながら後にしてしまった――いや助けろよ。
「……怒られちゃったね」
ミコはクスクスしてる。なにわろてんねんお前。
「衛兵さんもああいってるんだ、ここからはその通りにしような? それになんか大変そうだったし、あの人たちの仕事も負担も増やすわけにもいかないだろ?」
でもあなたの勤務態度は無駄にはしない。去っていくトカゲのしっぽに代わってそれらしく切り離そうとした。
「むー。そうだよね、ご迷惑かけるわけにもいけないし……」
よしうまくいった。かなり不満そうだが。
やっと静まったミコに「えらい」と撫でてやった。耳がまたみょいみょいしてる。
「クランハウスまで送ってやるし、いつだって会いにいってやるさ。だから今日はみんなのところに帰るんだぞ」
「……うん。そろそろ朝ごはん作らないといけないし、みんなで依頼も受けないといけないしね」
「連絡先もあるんだからどうぞお気軽に語りかけてください。んじゃ帰るぞ」
「ふふっ♡ でも手は繋ごうね?」
「ぐいぐいくるけど大丈夫かお前……?」
どうにか平常運転まで引きずり下ろせたみたいだ――長い戦いだった。
二人仲良くフードをかぶって、手も繋ぎつつ路地を抜ければ見慣れた風景だ。
広い石畳が市場方面あたりまでの道のりを作る中、ほんのわずかに人と人外の姿が行き交っていて。
「くすん」
そして前の建物の陰、そこで黒髪ジト目のわん娘が寂し気に見守っていた。
後ろで「やりやがったあいつ」みたいなタカアキも一緒だ――ごめん二人とも。
「あっ、ニクちゃんにタカアキ君……! お、おはよう……?」
「ニク!! なんかごめん!!!」
「おい俺は!?」
朝から怪しいマフィア姿は後回しにするとして、ぺたっと伏せた犬耳に向かって謝意を込めて駆け寄った。
新しい朝が来た。ひどくて新しい朝が。
◇
無事にド淫乱ウサ――ミコをクランハウスへ送り届けて程なく。
寂しい思いをしたわん娘と一緒に宿に戻り、冒険者稼業に切り替えたのだが。
「おはようございますお三方~、あなたがたの普段の功績と冒険者としての立ち振る舞いから昇格に値するものと判断されましたので~……どうでしょ~?」
いつもの受付で「どうでしょう」からそんなことを告げられてしまった。
三人仲良く足を運んだ矢先に、牛っぽい職員のお姉さんは「どうぞどうぞ」と横側の通路を示してる。
でもその目は「絶対行け」とばかりだ、それにギルマスの雄っぱいもない。
「もう次の等級とかスピード出世だな、おめでとう二人とも」
「出世のお言葉が「どうでしょう」とかどうなってんだ。つーかお前もだぞ」
「ん……みんなで昇格できるんだ?」
「もちろん受けますよね~? あちらの方で面接を行いますのでどうぞ~」
更に言えば、もう向こうは勝手に何かをさらさらっと書きこんでるのだ。
訳あり三人をランクアップさせるための強制力が間違いなく働いてると思う。
まあフランメリアに尽くすと誓った身の上だ。
周りの目を気に紙を受け取る――シートと手帳を忘れずに、だそうだ。
「……朝帰りしてきたと思ったら次のランクへのお誘いとか忙しいなあ、イチ。まあ俺はブロンズのままがいいんだけどな気楽にやれるし」
タカアキも何か感じるものがあるんだろう、ニヤっと顔を覗いてきた。
「今の俺には「ギルドにもっと尽くせ」って催促な気もする」
「タケナカパイセンの新人教育の件とかも考えるに、この冒険者ギルドになーんか一手間加え始めてるように思えるぜ」
「ここの未来のためにか」
「冒険者稼業始めたからにはきな臭かろうが我慢だ。腐っても鯛、昇格は昇格、素直に喜ぼうぜ」
俺たちの考えが当たってたのか奥に誰かが待ってた。
途中で眼鏡でスラックスを着た緑髪なエルフが「こっちです」と進路変更を求めてる。
やっぱりただの昇格じゃなかったか――なら面接はないのか!?
「そうだな、この様子だと面接もなしだ。アキがいるぞ」
「お前どんだけ面接嫌なんだよ」
「立ち上がって中指立てて部屋出ていく勢い」
本来の道を逸れてそこへ向かえば。
「――いやはや、フランメリアの暮らしにもすっかり慣れたようですなあ。あなたが来てから世の中がまた賑わっていると今日もこの身に染みておりますよ」
待ちわびてそうなアキが「こちらへ」と執務室へと招いてきた。
しかるべき段階を経たランクアップじゃないのは間違いなさそうだな。
二人を背にそっと扉を開くと。
「……あー、昇格おめでとう。シートがここにあるから今付けているのと交換しろ、以上だ」
書類だらけの机の裏でギルマスがとてつもなく不機嫌そうだった。
テーブルで雑に転がった首飾りからして「おめでとう」すらも省略しそうだ。
「冒険者ってこんな適当に昇格できるのか?」
「入ってすぐシート交換しろで終わるとか笑うわこんなん」
「ん、これでいいの? ありがとう、ギルドマスター」
「おいテメエら、まずどうしてこんな態度なのか考えてみることから始めてみろ」
面接なしだやった! とばかりに取ろうとするもミノタウロスの雄っぱいボディから「まて」と手が伸びる。
我らがギルマスは今日も悩ましく忙しそうだ。それくらいしか分からん。
「バサルト殿からの言葉を老婆心で補わせていただきますが。本来であれば普段の素行やら仕事の成果、それらを加味した上でこちらの職員と面談して審査を経たうえで格が上がるものですぞ」
が、アキがそう言ってた。かなり異質な昇格なのは確実である。
「それをすっ飛ばして『ストーン』から『カッパー』になれるなら面接なくてラッキー程度にしか思えません。返答終わりだ、これでいいかギルマス」
「いや、俺なんてアイアンになるんだぞ。特例過ぎてキモいわ、さっさと裏教えてください」
「ん……わかんない。どうして?」
つまり分からん! そう答えを出せばギルマスは深くため息をつき。
「イチ、まず一つ話すがテメエの馬鹿みたいなぶっ飛んだ行いが話題を呼んだせいでご覧の有様だ。フランメリアの有力者から変なお願い事が前回の1.5倍増し、しかも国外からもきてやがる」
確かにそんな気がするおびただしい紙の質量を目で導いてきた。
どんな具合かと調べてみようとすると――。
【近所の魔女が敷地にある壁に落書きを繰り返すので対処お願いします】
【魔壊しを持つ者へ。魔女のいたずらで二度と開かない呪いをかけられた漬物の瓶をあけて頂きたい】
【君、いいセンスしてるね! フランメリア国防魔法騎士団に入らないかい!】
「心中お察しします」
「いいか、もうクソみてえな依頼書は独断で破棄させてもらうがテメエはこれからカッパーだ。前より責任感を持て、ちゃんとパン屋以外の仕事もやれ、なんならカッパー以上の権限もくれてやる」
「ずいぶんいろいろだな。でも新米抜けてすぐの身分だけどいいのか?」
「……じゃあ聞くがな? 街に害をなすゴーレムを魔壊しの力で単身ぶち壊しまくり、誰かさんの仕組んだギルドの厄介者排除のためとはいえ格上の先輩どもを素手で引退まで追い込み、おまけに冒険者のくせして狂ったようにパン屋に勤めて製パン業界を賑わせ、クソ錬金術師を捕らえてぶん殴るような新入りがいて、今やそいつがここの顔になりつつあるんだ分かるか馬鹿野郎。良い意味で不相応な新米がいるなんざ気味悪いことありゃしねえ」
ギルマスは息の続く限り、誰かさんの今日までの所業を読み上げてきた。
ひどい新入りもいたもんだ。確かに面倒くさいのは間違いない。
「こっわ……面倒くさいやつだなそいつ」
「テメエだろうが! 毎日毎日パン屋で働いてるお陰で依頼ボードにクラングル中のパン屋から頼みごとが張られてんだよ!」
「ごめんなさい。でもパン屋が賑わうとかいいことじゃん」
「よくねえ! おかげで冒険者ギルドはパン屋の味方みてえになってるし、料理ギルドの連中がそれでもめてんだ!」
「もめてるって俺のせいでか?」
「あいつら曰く、テメエはフランメリアのパン文化に再び火を注いだ男でもあるし、料理ギルドから製パン関係の仕事を奪っていったやつらしいぜ」
「俺があそこで働いてるのは奥さんが料理ギルドのメンバーがどんどん条件のいい職場に引っ張られて来てくれないって嘆いてたからだぞ。何勝手に俺のことで騒いでんだそいつら」
「まあ確かに老舗のパン屋に気を遣えてねえあいつらの責任だがな、巷じゃ冒険者ギルドが料理ギルドに喧嘩売ってるとかそういうとこまで話が飛躍してやがるんだ」
そして今や俺はパン屋の救世主か、いい名前の広がり方でよかった。
「ここって二つ名とか授けるシステムある? あるなら絶対「パン屋」って単語は入れてくれ」
「ねえよ馬鹿野郎。正直なところ料理ギルドのイカれ野郎どもが騒ごうが知ったこっちゃないが、ここがパン屋の斡旋所みたいになってんのが気に食わねえんだよ。俺もあいつらもな」
「俺はただパン屋で勤めてるだけだぞ」
「てめえが他の新米にパン屋すすめてるからだよ! あのクソ真面目なキリガヤのやつまで行かせたせいでとどめになっちまった!」
「でも奥さん、キリガヤ君配達すぐ終わってすごいねって褒めてたよ」
「ああそうだなおかげであいつもカッパーに昇格だ! いいか? ここは製パン組合じゃねえんだぞ!? それからうちの娘に頼まれたからって毎回毎回パンを買ってこなくていいからな!?」
「いや、最近はいつも頑張ってる職員の皆様にって無償で提供してもらってる」
「なんか最近やたらとうちのやつらがあそこのパン食ってると思ったらテメエの仕業か!?」
「広告宣伝費も浮くから助かってるしどうぞって……」
「それからパン屋の宣伝を貼るんじゃない! 職員のどいつが許可したか知らんが壁に貼るな!」
「お父さんの娘さんです」
「誰がお父さんだ! くそっ、うちの職員たちはどうしちまったんだ!」
俺は膝上に乗ってくるニクを抱っこしつつ、悩み多きお父さんに同情した。
ギルマスって大変なんだな。あらゆる生き物は立ち位置が高くなるとやっぱり苦労が増えていくんだろう。
「いやはや、ギルドマスターというのは気苦労が多き仕事でお忙しそうですなあ。イチ殿も地位というものは高過ぎずの立ち位置が良いものだと覚えておきましょうね」
「でもリム様はそんな感じしてなかったよな。この前も本能全開で芋叩きつけてたぞ」
「あーリム様元気だったよな。居住区で芋撒き魔が現れたとか噂があったぜ昨日」
「ん、久々のリムさまのごはんおいしかった……!」
「料理ギルドに関してはちょっと特殊過ぎる環境ですのでお気になさらないほうがいいですぞ。していかがでしたか、彼女の料理は」
「やっぱあの人のが一番うまかった」
「ミコちゃん泣くほど喜んでたぜ、すげえわあの人」
「ぼくのためにお肉いっぱいにしてくれた」
「いいですなあ、私も隅には飢渇の魔女特製のおやつを口にしたいものです」
話が進むとリム様と深いつながりのある四人でご馳走の数々を思い出した。
そんな俺たちにミノタウロスなギルマスは一際強い呆れを見せつけてきて。
「だがな、テメエが騒いだおかげで冒険者に転向する旅人がまた増えてるのは事実だ。ここはいまだかつてない程賑わってやがる、絶好のチャンスってやつなのには違いねえ」
果たして増えた冒険者たちは誰の功績なのか。まるでそうだといいたげにテーブル上の『シート』を促してくる。
「以前からこちらの人々に問題を起こしていたと裏が掴めた以上、ならばよい宣伝に利用できうると思いましたからなあ。いやはや、問題児たちと引き換えに冒険者ギルドが良き賑わいを見せるならよい買い物でしょうな?」
で、アキはようやくこうして言ったわけだ。
ストレンジャーを利用した追放劇はやっぱり仕組んでやがったと。
「やっぱお前の仕業か、アキ」
「いやなイチ、アキの兄ちゃんがストーンのお前にぶちのめしてもらって『新米でも成り上がれる』実績を作れって言いやがったんだ」
「そしてテメエらの馬鹿に付き合った結果がこれだ。まあ、結果としてギルドは少し綺麗になったわけだ」
アキを見れば実にいい顔だ。タカアキは楽し気だしギルマスは複雑に悩みつつだが。
「でだ。そうなると新人をまともに導いてやる役割も必要だよな? タケナカの奴から新人教育の話は聞いたか?」
「俺もやれって言ってたぞ」
「ならちゃんと伝わってるな。テメエらも不本意だが先輩の仲間入りだ、新入りがこれから増えるだろうが面倒を見ろ。今のギルドの賑やかさを作ったのはテメエだ、責任をもってさっさと先輩になれ。もちろん模範的な方のな」
そして増えてく新人をあんなクソみたいな先輩にしないように導く、という使命も与えてきた。
よしパン屋に導こう。これでクルースニク・ベーカリーは人手に困らないぞ。
「任せてくれギルマス。新人いじめたり決闘は挑む趣味はないからな」
「それからタカアキ、そっちはこのパン馬鹿のストッパーと見込んでの『アイアン』への昇格だ。これもまた特例だし、どうせ喜ばないような人柄だと分かった上だ。拒否してもいいぞ」
「特別扱いで出世ってなんかありがたみねえなあ」
「ニク、テメエはそこの『ご主人』もろともだ。嫌とはいわねえな?」
「ん、望むところ」
けっきょくイレギュラー路線をひたすら進むだけの人生は変わらずか。
冒険者ギルドの実態にまた一つ近づいた俺たちは自ずと「三人仲良く」の方向性だ。昇格することにした。
「よし、本来ならしかるべき形式だがクソ面倒なテメエらだ。現在をもってイチ、ニク、タカアキの三名を特例で昇格とする。今身に着けてるシートを返却してテーブルの上にあるものと取り換えろ、念のため情報が正しいか確認しろよ」
ギルマスは一応記念すべき昇格、という体を作ってくれた。
それぞれのシートを受け取った。
名前はイチ、赤みと暗みが混じった飾りが『カッパー』を表してる。
「了解、マスター。カッパーらしくやってきます」
「ん、ありがとうございます。これからも頑張るね」
「責任もってやらせていただきますよっと。もちろんこの件はご内密にだな?」
感謝の意を込め、さっそく首から古くなった飾りを外そうとするものの――
「ところでイチ、せめてその変な兜を外せ。気に入らねえが冒険者ギルドの組合員が昇格するんだぞ? 顔ぐらいちゃんと見せとけ」
ギルマスの厳つい牛の瞳がバイザー越しにこっちを見てくる。
どの道シートのためには脱がないといけないが、今はちょっと顔を見られたくない理由がちゃんとあるのだ。
「……いや、ちょっと今は顔が……」
「バサルト殿、今はこう、なんといいますかね? 手心だとか表現の自由だとかを尊重した方がお互いのためになるかと」
アキがなんとなく察してくれたみたいだ。
けれどもミノタウロスなお方は不満げに「いいから見せろ」な顔で。
「何を言ってやがるか知らねえが最低限の礼儀だ、それにそんなの被ってちゃ付けられんだろ?」
頑なに言われるのでオーケー分かった見せてやることにした。
てことで脱いだ。首や頬に(ほかの部分にもいっぱい)謎の跡が付いたままだ。
「そうなるとこれが俺の礼儀になるんだけどいいのか?」
堂々と今の自分をさらけ出した。
部屋の鏡を見ればすごくきわどいところに派手な口づけ跡がいっぱいである。
「…………すまなかった。なんというかその、礼儀以前の問題しかなかったな、うん」
「聞いてくれギルマス、好きでこうなったわけじゃないんだ」
「相変わらず女性に愛でられておられるのですなあ、いやはや面白い」
「一体何と戦ってきたかと思ったぜお兄さん、朝帰りしやがってこいつ」
「ん……ミコさまずるい」
「テメエのおかげでギルドの将来が不安だよ……」
◇
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