魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

約束通りのラザニアを

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「――イっちゃん、ニクちゃん! お元気そうで何よりですわ! ちゃんとご飯食べてました? 寂しくありませんでした?」

 不当な手段と圧力で押し入ったリム様がぺたぺた抱き着きついてきた。
 それはもう嬉しそうだし俺たちだって嬉しい。全開の笑顔を受け止めた。

「元気だしちゃんと飯食ってるし寂しかったぞリム様」
「ん、ぼくも。どうしてるんだろうって気になってた」
「ふふふ、二人ともやっぱり寂しかったのですね? ごめんなさい、本当はすぐにでも会いにいきたかったのですけれども、私が運営しているギルドのことなどもあってとっても忙しくって……」
「気にするな、きっといろいろ忙しいんだろうなって思ってたよ」
「件の転移の影響で世の中はまた変わりつつありますわ、まだまだこれからなのです! ところで風の噂でイっちゃんのことを耳にしましたの!」
「どんな噂だった?」
「ふふふ、ゴーレムを殴り壊した新米冒険者がクラングルのパン屋業界を賑やかにしているとか……」
「リム様に伝わってるってことはいい宣伝になったみたいだな」
「まさかイっちゃんが飲食関係のお仕事についてるなんて、お母さん嬉しいですわ~♡」
「おかげでフランメリアでうまく暮らせてるよ。まあパン焼けないけど」

 高く抱っこしたリム様を見上げれば、何度も目にしたふんわりした笑顔だ。
 もう何年も見てなかったような気がする。頭をよしよしされた。
 元気なのをよーく確かめて、小さな魔女をそっと下ろすと。

「あ、どうも皆様ぁ。うちはリーゼル様のお屋敷で働いてるメイド系ヒロインのロアベアさんっすよ、以後お見知りおきを~」

 大きな荷物を手放したロアベアがスカートをメイドらしく持ち上げてた。
 内容物は数多の芋の輪郭だ。通称芋のおすそ分けともいう。

「で、なんでロアベアいるんだ?」
「じゃがいものプレゼントですわ! 運んでもらいましたの!」
「じゃがいもいっぱいっすよイチ様ぁ、なんかすっごい高級なやつっす」
「知らない人の家の庭に芋植えながらやってきて、あまつさえここにじゃがいも押し付けに来るとか相変わらずで安心したよ」
「居住区全体にお芋を行き届けさせるのが今年の目標なのです!」
「阿鼻叫喚じゃねーかついでにテロしながら来るなこの芋」
「皆喜びの悲鳴を上げていましたわね! ロアベアちゃん、お芋を向こうへ」
「りょーかいっす~♡ どうぞお召し上がりになってくださいっす」

 安心した、こっちでもいつもどおりのリム様だ。
 そんないつもの小さな魔女はすぐにミコをロックオンして

「あの……わたしです、りむサマにロアベアさん。お久しぶりです、お元気でしたか?」

 あのおっとり声も届けば、リム様は「まあ」と嬉しさいっぱいの顔で駆けた。

「ミコちゃん、元のお姿に戻られたのですね? あれからどうしたのかと私ずっと気になってましたわ」
「変身が解けたんすねえ、すっごい美人っすよミコ様ぁ」
「……うん、無事に戻れました。ずっとあの姿だったからしばらく違和感はあったけど、最近やっと慣れて普通に暮らせてるよ」
「良かったですわ。こうしてあの時の姿で立っているミコちゃんを見れて、とっても嬉しいです……よしよし♪」
「ふふっ、わたしもリム様が来てくれてとっても嬉しいや」

 しゃがんで目線を合わせたミコとご対面だ、ぎゅっと抱き合ってる。
 二人とも本当にうれしそうだ。しばらく会えずにいたけど、俺たちの仲はまだちゃんとあったんだな。
 確かめるようにハグした後、リム様はミコの身体つきを見上げるものの。

「私安心しましたわ、ぶとももむっちりでえっちなミコちゃんがまたクランの皆様と仲睦まじくしていて……本当に良かったです」

 秒で雰囲気をぶち壊しやがった。お前はいつもそうだリム様。

「ぶともも……!?」
「おいやめろミコになんてこといいやがる、しかも言葉詰めすぎだ馬鹿!」
「ほらっ! 見てくださいましイっちゃん! ご覧の通りむっちりお肉が乗ってふるふるしてますもの! まるで霜降り肉!」

 もっとひどいことになった。俺にぶと……豊かな太ももをぺちぺちしてる。
 太鼓のごとく叩かる片割れがハイソックスの上でばるんばるん波うってた。

「……リーリム様、お願いですからミコの身体で遊ばないでください。本人は気にしておりますので」

 さすがにこれにはエルからも苦情が入った。

「太くないもん……」

 ミコは致命傷だ、顔を赤らめて悲し気に俯いてる。
 だがその手は止まらない。手のひらでこれでもかとべちんっとドラミングだ。

「ダメですよリム様、ミコさんのコンプレックスなんですからそこ。泣いちゃいますよ」
「っていうかイチ君の目の前でそこいじるのやめてあげようよリム様。いや確かにぶっといけどね? お尻もセアリほどじゃないけどでっかいし」
「は? セアリさんに喧嘩売ってます? クラン随一のデカケツとでもいいたいんですかこのセンシティブ代表格は? でもぶっといですよねミコさんの太もも」
「確かにもっちもちっすね~、背の高さもあって際立ってセクシーっすねミコ様」
「おい貴様ら、こんな時に妙な話をするんじゃない! というか揃いも揃ってミコの太ももをいじるな!?」
「太くないもん…………」

 クランメンバーからお付きのメイドまで太ももを指摘し始めて阿鼻叫喚だ。
 当の本人はずももも、とどんよりした空気で落ち込んでる。やめてやれよ。

「やめてあげなよ」
「ほらイっちゃん! ご覧のとおりですわ! 触り心地いい太ももですからきっとあなたも気に入るはず!」
「お腹周りちょっとぷにっとしてるっすけどすんごい豊満っすね~♡ 歩けばところどころ揺れちゃうっすよこれ、重量感すごいっす」
「へいへ~い♡ イチ君こういうの好きだろ~? ミコっておっぱいデカいしケツもデカいふわとろボディだよ、どの辺好きか言ってみなよ~?」
「あっ……♡ だ、だめっ……♡ そんな、持ち上げないで……っ♡」
「こ、こらっ! やめろ馬鹿者がッ! ミコが泣くだろうが、変なことをするなっ!?」
「なんでミコさんまんざらでもない感じでもじもじしてるんですか……いち君か、いち君ですか?」
「いまだイチ君! 好きな場所を触るんだ、好きだろこういうの!」

 可愛そうなミコ。そう思ってニクと一緒に眺めてるとセクハラの魔の手が及んだ。
 具体的にはリム様にスカートをめくられ、横からダメイドに太ももをたぷたぷされ、後ろからフランとセアリに胸と尻の大きさをだゆんだゆんされてるが。

「――男のミノタウロスのおっぱいが特に好きです」

 負けじと自分の意思を貫いた。今のところ冒険者ギルドのマスターのおっぱい。

「おい今なんと言ったこいつは」
「ミノ……え? おと……男のおっぱ……え? そういう趣味でしたもしかして?」
「団長さ、こういうシチュエーションで男のミノタウロスのおっぱいとか言われると思わなかった。えっ本気で言ってるの? まさかそういう……」
「最近は冒険者の先輩方もいけそうでヤバイ」
「いちクンは何言ってるのさっきから!? っていうか助けて!?」
「わ~お、イチ様相変わらずでうち嬉しいっす」
「まあ、いけませんわ! おっぱいならここにありますわ! ママの!」
「チェンジで……」

 あのカチカチの雄っぱいを思う気持ちはだれも理解してくれないようだ。
 悲しいけど、おかげでミコをこね回す手は収まった。
 もみくちゃにされてふっくら加減が増した相棒が逃げてきた、俺が肉盾だ。

「ん、ぼくの胸は?」

 するとニクも乗った。白い上着をめくってすらっと丸いお腹が半見えだ。

「いける! オラッ見せろッ!」
「んぉっ……♡ い、いきなり掴んじゃ……っ♡」
「やめなさいいちクン」
「すいませんでした」

 腰を掴んでがばっといこうとしたらミコに止められた。後もう少しだった。

「……ミコ、こいつはいろいろと大丈夫なのか」
「注意したら素直にやめてくれるからたぶん大丈夫です……」
「心配するなエル。ギルマスにおっぱい触らせてって公衆の面前で言ったけど特に罰せられてないし、冒険者としては無違反でやってるぞ」

 なんだかトカゲ系女子に品格を疑われたので、俺はあれからクリーンにやってますと首飾りをちらつかせた。
 ゴーレムを壊し、悪い先輩をぶちのめした新米の黄色い輝きが誇らしい。

「何をやってるんだ貴様!? ギルマスってまさかあの人か!? あの人のことか!?」
「それあそこで言ったの!? もしかして受付前で言ってないよね!?」
「ああ、先輩どもにもうやるなって注意された」
「ミコ。いろいろ物申したいがやはりこいつはどこかおかしいぞ!?」
「待っていちクン!? 注意されるような場所で堂々と言ったの!? そうだよね!?」
「冒険者になる意思表示も込めたつもりだった。面接にも支障はなかったぞ」
「どんな冒険者だ! というか待て貴様、もしかして登録前にいったのか!?」
「初めてきた場所で言うセリフじゃないよそれ!? 何してるの本当に!?」
「だって受付の娘さん狙ってるとか誤解されて悔しかったから……」
「誤解されるよりよっぽどひどいと思うんだが……」
「そんな理由で言っちゃったの……?」

 もう一度『シート』を見せた、二人とも呆れてるが元気な生き様の証だ。

「……それで、リーリム様。イチから話を聞いたのですが、貴女は約束通りミコを連れ帰ってくれたのですね?」

 ストレンジャーから目を思いっきりそらしたエルはリム様を見てた。
 見れば料理道具でいっぱいの鞄をぶら下げてご機嫌にキッチンを狙ってる。

「いいえ、私だけではありませんの。イっちゃんや彼を取り巻く良き人々たちのおかげですわ。誰もがミコちゃんをあるべき場所へ無事に帰そうと心を一つにしておりましたから」

 小さな魔女はというと気さくな笑顔だ。

「……そうですか。ありがとうございます、リーリム様」
「私は最初、ミコちゃんをなんとしてでも料理ギルドへ入れようと思ってましたけれども……今は違いますわ。だってこんなにも楽しそうなんですもの、水を差すわけにはいきませんわね?」

 それから、いつもの銀髪ロリの豊かな表情は俺たちを見てきた。
 楽し気な視線の先にはミコを取り巻く顔ぶれ豊かなやつらがいるはずだ。
 こうも賑やかなクランハウスの雰囲気に相棒は「くすっ」と頷いて。

「うん、みんなのおかげだよ。リム様は、そんなみんなを美味しいご飯で支えてくれたよね?」
「私がいる限りはひもじい思いは絶対させませんから! そういうことですので、今日は勧誘でもなくお祝いのお料理を作りに来ましたの」

 きっとこの人が何をしに来たか分かってたんだろうな、ミコのやつは。
 そんなリム様を整然としたキッチンに手招きしてた。まるで我が家みたいに。

「ふふっ、うれしいなあ。りむサマのご馳走、やっと食べれるんだ……?」
「なるほどな、パーティーの題材は「おかえりミコ」でメインはラザニアか?」
「ええ、もちろんですわ! とびきり美味しいラザニアを作りに来ましたの!」
「ラザニア……!」

 しかも好物をわざわざ作りに来たそうだ、律儀な料理人め。
 リム様は不思議な鞄から仕事道具を取り出してせっせと準備してる。
 いつものエプロンをしゅるっと身に着け、ケース入りの包丁やら耐熱容器を取り出して本気モードである。

「ではキッチンをお借りしますわ! 拒否権はなしですの!」

 そしてとびきりの笑顔で言うのだ、「今からご馳走作ってやる」って。
 緊張気味だったエルもここまでくると大人しく諦めが回ったようで。

「分かりましたリーリム様、ミコのために存分に腕を振るってください。何かお手伝いすることはありませんか?」
「ふふふ、全力で行きますわ! 手伝って頂けるのであれば料理に使う道具を並べて頂けるかしら?」

 リム様のご馳走づくりを手伝うことにしたらしい。
 そのついでに「イっちゃん手伝ってくださいまし~」とお呼びだ、行くか。

「今まで通り手伝うぞ、ニク」
「ん、行こう」

 俺はお望み通りにすることにした。鞄からがばっとエプロンと頭巾を展開。
 クルースニク・ベーカリーの戦闘衣装だ。さあ待ってろミコ今作ってくる。

「……ってなんでエプロン常備してるの二人とも!?」
「いつでもパン屋に行けるように心がけてる」
「急なときも安心」
「パン屋に染まりすぎだよ……。あっ、わたしも手伝うね?」
『ミコちゃんは立ち入り禁止ですわー! 私の使い魔のガチョウの面倒でも見ていてくださいまし!』
「が、ガチョウ……?」

 キッチンへと足を運ぶと入れ替わるように何かがぺたぺたやってくる。
 リボンを付けたガチョウだ。羽を広げて「HONK!」と鳥類アピールをすると、ミコの足元に疾走していった。

「料理ギルドのマスターのご飯が食べれるとか役得ですよ。でかしたミコさん、じゃあセアリさん完成まで身体を休めて備えておきますので……」
「じゃがいも以外もちゃんと出そうだよ。良かったねセアリ。でも団長めんどいからちょっと外で運動してお腹すかせてくるね」
『おい貴様ら、下ごしらえぐらいできるだろう。逃げようとするな』

 おまけでフラン&セアリも捕まった。すべてはミコのためにだ。
 ロアベアは――やる気なさそうに生首を抱っこしてる、強いサボりの意志だ。

「……お前は?」
「ガチョウとミコ様をお守りしてるんでどうぞっす」

 ダメなメイドは「ミコ様~♡」ととことこ行ってしまった――まあいいか。



 じゃがいも洗ったり、野菜をみじん切りにしたり、じゃがいもの皮剥いたり、ソースを煮詰めたり、じゃがいも刻んだり――じゃがいもばっかだ俺の仕事。
 リム様といろいろ話を交えてると前よりずっと近い距離感を感じた。
 向こうから流れた人間が各地にいるとか、そこから新しい食文化が入り込もうとしてるとか、料理ギルドも賑やかになったとか、楽し気な話し方だった。

 それにリム様は俺のことをやたらと褒めてくれた。
 タカアキと元気にやってたことから、ちゃんと自分で稼いでどうにかやってるところまでとにかく褒めた。
 でもパン屋は予想外だったらしい。そのまま極めて職人になれとか言われたが、果たして俺にできるのやら――。

「……ごちそう」

 そんなこんなでニクが目を輝かせてじゅるりとしていた。
 色鮮やかな料理の見てくれが昼頃のクランハウスを明るく彩ってる。
 大皿いっぱいのラザニアを主に、じゃがいも尽くしのパイ、赤黄緑と見た目も美味しいサラダの山、分厚く焼かれてしっとりレアなステーキ、大きな魚のハーブ焼きに料理ギルド秘伝のフライポテト。
 その他色々、ご馳走の山でテーブルがひどく重そうだ。

「フランメリアであれば存分に腕を震えますからバチクソ全力で作りましたわ! 本日は料理ギルドに代々伝わる秘伝のフライドポテトもご用意しましたの。オリーブオイルと塩で味付けしたお湯でゆでたじゃがいもを豆と素揚げして、そこへニンニクを効かせたソースを……」
「じゃがいも料理何種類あるんだこれ……」
「わっ……ご、ご馳走がいっぱいだー……」
「……作りすぎではないのですか、リーリム様」
「これお店で食べたら大変な額になっちゃいますよどーするんですセアリさんお腹すきました早く食べましょう」
「ガチでご馳走じゃん! 料理ギルドの本気ってやつがにじみ出てるねー」
「ミコ様の好物を作ると聞いて上等なチーズとかを使ってるっすよ。買い出し大変だったっす」

 ミセリコルディアもびっくりだ。いや俺だってかなりびっくりだが。
 もしこれをどこかで食べようとすれば、一体どれだけ金がかかるんだろう。

*Knock Knock*

 料理の数々とみんなで対峙してると、急にクランハウスの扉がとんとんされた。
 俺にはどこか馴染みのあるペースだ、見てくると向かえば。

「よう! 幼馴染参上! ロアベアちゃんに呼ばれたぜ!」

 木製の一枚を貫通するあの声がした。タカアキだ。
 まさか呼んだのかあいつ。振り向けば「そっすよ」とニヨニヨしてた。

「タカアキ、来てくれたのか?」
「タカアキさん! えっと、お久しぶりです……あの時はありがとうございました」
「タカちゃん! 生きとったんかワレ!」
「おーリム様だ。しぶとく生きてるぜ俺、飲み物持ってきたよ!」

 あいつは飛んでくるリム様も受け止めて「これさ」と紙袋を見せてきた。
 ジンジャーエールにドクターソーダにコーラ――なるほどいい手土産だ。

「あっ……それってもしかして、ウェイストランドの?」
「おう、向こうの飲み物だ。ちゃんと飲めるから心配いらねえぞミコちゃん」
「ジンジャーエールもか。しっかり冷えてるな」
「炭酸以外もあるぜ。どうだいみんな、現代の飲み物には興味ねえか?」
「……コーラだと? ファンタジー世界には似つかない飲み物だが」
「世界観ぶち壊すようなもの持ってきましたねこの人。そういえばMGOにはこういうのありませんでしたもんねいただきます」
「団長こういうの飲んでみたかったんだよね……じゃあコーラもらい!」

 ちょうどいい品々にミコたちも食いついてる。おっと、エナジードリンクもあるぞ。
 誰かが「よっしゃ~」とカフェインたっぷりなやつを分捕る横で、いつもの辛くて甘いあれを掴めば。

「ふふ、イっちゃんとタカちゃんがこうして並んでるなんて……ママ嬉しいですわ。やっと二人そろって仲良く過ごせる日が来たのですね?」

 俺とタカアキの並ぶ姿にリム様がほっこり笑顔だ――ママかどうかはともかく。

「おいママとか言ってんぞあの人、なんかあったん?」
「――チェンジで」
「いやチェンジするんじゃないよこの流れで」
「いちクンまたチェンジいってる……」

 「ママだオラッ!」と体当たりしてくる芋はともかく食卓についた。
 ミセリコルディアの女四人に魔女にメイドにわん娘、そして幼馴染も込めた中々な顔ぶれだ。
 ここにオーガや医者や褐色エルフがいればもっと賑やかだろうなと思う。

「それではミコちゃんの帰還を祝って――料理ギルド特製のご飯をめしあがれ、ですわ!」

 そして次には「乾杯」と「いただきます」だ。
 思わず我先にとがっつきかけるものの、ニクに「ん」と引っ張られる。
 ダウナーな目線の訴えもそこにあった。辿れば目を輝かせるミコがいるわけで。

「……ラザニアだー……!」

 わん娘に負けないほどじゅるりとしてたのだ。
 そうだな。まずはあいつからだ、ずっと楽しみにしてたんだしな。
 見守れば受け皿からチーズの焼き色とソースたっぷりなそれを削って、ぱくっと熱々を口に放り込んだようだ。

「ふふっ。やっぱりリム様の作るラザニアはおいしいなぁ?」

 あいつはその言葉通りに深くほころんでた。
 両手を使って食べるんだ、ニルソンで食べた頃よりずっと美味しいはずだ。

「良かったなリム様、泣くほどうまいってさ」
「あら……ミコちゃん、泣きながら食べちゃダメですわよ。喉に詰まらせたりしたら大変でしょう?」
「おーおー、泣くのと並行して食うなんて器用だな。いったん食うのやめとけよ、余計な塩味ついて味変しちまうだろ?」
「み、ミコ! 大丈夫か? 落ち着け、そんな急がなくてもご飯は逃げないからな!?」
「あーあー泣いちゃいましたよミコさん。どうしてくれるんですかリム様」
「ミコの舌にクリティカルヒットだね! よしよしいっぱい泣きなよー、とりあえずスプーン置こっか?」
「そんなに泣いたらご飯にかかっちゃうっすよミコ様、よしよし」
「泣かないでミコ様。よしよし」

 みんなが全力でよしよしするはめになってる。だが手は止まらない。
 ……そうだなミコ、約束通り一緒にうまいラザニアが食えたな?

「ありがとう、みんな。えっと……ごめんね? すごく美味しくって……」

 きっとあの約束は覚えてるんだろうさ。
 ミコは涙ぐみながらにっこり笑んでくれていた――誰かに対して。
 もちろんだよ相棒。俺はしっかり頷いて返した。

「……なあミコ、うまいなこれ」

 あいつと向き合いつつ、同じように一口ぱくっと食べた。
 濃いトマト系の味に香ばしい肉のうまみが混じってる。チーズも濃ければむちっとした生地が混ざったまさしくの「ご馳走」だ。
 二人でラザニアにありつけば、幸せそうな相棒の顔がすぐそばにある。

「……うん。おいしいね、これ」

 まだ俺たちの間に深いつながりがあることを教えてくれた。
 こうしてまた一つ約束を果たせたわけだ。いっぱい食ってくれ相棒。



 ミコも泣き止めば飯を食うペースも増していく。
 ここで一つ分かったのは、ヒロインは食い気も盛んだってことだ。
 あいつら可愛い見てくれしてるくせにかなり食うのだ、ミコですらものすごい量をむしゃっと軽々いってしまうほどに。
 ここが飲食業で賑わってる理由が分かった気がする、需要と供給だ。

 食事の後、俺たちはしばらく話に花を咲かせた。
 例えばミセリコルディアが一週間拘束される依頼をこなして大変だったとか。
 リム様はしばらくリーゼル様のお屋敷に住むとか。
 あと『キラー・ベーカリー』の名を刻んだエプロン作りたいけどどうすればいいんだろうとか。

 そうやってお茶も飲みつつしばらく話せばあっという間に夕方だ。
 ぞんぶんにくつろいだ俺たちは「じゃあそろそろ」と帰ろうとするわけだが。

「もうこんな時間ですわ! リーゼルお姉さまにご飯作ってあげる約束でしたの! それでは皆様ごきげんよう、今晩も明日もじゃがいも料理をお見舞いしてきますわ!」
「リム様来たからうちらもおいしいご飯に困らないっす~、ではでは皆さま、このあたりでお暇っすよ。何かありましたらフレンド欄のメッセージから何なりとお申し付けくださいっす」

 魔女とメイドはフランメリア人らしく律儀に台所を片付けて帰ってしまった。
 遺された大量のじゃがいもにエルが「どうするんだこれ」とまた悩んでる。

「……行っちゃったね。でもまた会いにきそうだよね、りむサマ」
「明日起きたら目の前にリム様いたらどうしよう、怖い」
「あの人だとマジでやりそうだよなあ。いや相変わらず芋キャラで安心したぜ」
「それよりどうするんだこのじゃがいもは。またあのお方はすさまじい量を押し付けてきたんだぞ」
「たぶん定期的にじゃがいも来るでしょうねえ」
「あっ、それなら近所のクランハウスの知り合いいるし……って思ったけど、もう既に配ってそうだよねあの人」
「うん、あの人ぜったいここに来る途中で配り回ってた思うよ……」
「ん……ご近所からジャガイモの匂いがする、たぶん配ってたんじゃないかな」
「んもーまーたじゃがいもテロしまくってる……」

 ミセリコルディアの面々とじゃがいもばら撒き犯を見送ると「お芋が足りてませんわね!」とどこかに突撃したのが見えた。
 もう知らん。あのやべーのはとにかく俺たちもそろそろ行くとするか。

「あの人来たってことは明日から賑やかだぜ、覚悟しろよイチ」
「鍵閉めても入ってきたらどうするかって今悩んでる」
「神出鬼没だからなあの人、ショック死しねえように心臓鍛え溶け」
「親父さんのストレスにならないことを祈ろう。ミコ、俺たちも帰るよ」
「あの調子じゃ完璧にハゲちまうからな……そういうわけでお嬢様がた、この辺でさようならだぜ」

 ニクも「ん」とついてきて、ヴァルム亭へと石畳を辿ることにした。
 夕暮れの綺麗なクラングルはこれからといったところだ。
 やがて夜が来ようが、この都市は明るく振舞い続ける。

「あっ……うん、もう行っちゃうんだ。えっと、来てくれて本当にありがとね? とっても嬉しかったよ」
「いつもいるとは限らんが、暇なときは気軽に来るといい。何かあれば私たちにメッセージを送れ」
「またパン持ってきてくれたらセアリさんの好感度上がりますよ、お仕事頑張ってくださいねいち君」
「またおいでイチ君。ていうかミコに顔見せてやるように、団長命令です!」

 クランハウスから見送りの声が届いた。
 今や親しみのある雰囲気はもちろんだけど、フレンド登録も全員に回ってして気軽にやり取りをできる仲だ。
 また遊びに行こう。手を振って「じゃあな」と立ち去っていくと。

「……なあイチ、ミコちゃんまた寂しがってたぞ」

 その道中だ、十分離れたのをいいことにタカアキがそう口にした。
 まさかと振り返ればもう遅い、どんな様子だったのかも分からずだ。
 しくじったと幼馴染の顔色を窺えば、こんなの分かってたような意地悪さだ。

「…………どうしよう、とかいったら怒るか?」
「いんや、ちゃんと具体的な解決案を出してやるつもりだぜ」
「どんな?」
「そうだなぁ、そういえばミセリコルディアは明日暇らしいぞ?」

 ところがその口から出たのは果たしてアドバイスなのやら。
 「まだ間に合うぞ」みたいな顔で後ろを見てる――そうだな、タカアキ。

「……よし、ならこうだ」

 困難はぶち破ったし、うじうじしたやり方は避ける、それが俺だ。
 さっそくPDAを開いて。

【ミコ、明日二人で出掛けないか? デートってやつだ】

 いろいろ書きたかったが、はやる気持ちを押さえて手短に伝えた。

【うん、行こう!】

 が、数秒後にはもう返事が返ってきてた。それはもう食いつくように。

「へへっ、どうだ? お兄さんのアドバイスは効いたか?」

 見ればタカアキはニヤっと気持ちのいい笑顔だ。
 人の肩をぱしっと小突いて、楽しげに先へ行ってしまった。

「お前にはいつも助けられてばっかりだな」
「そういう性分でな。礼はデートが終わった後にしとけよ?」
「ノープランだけどな。まあどうにかなるか!」
「そう、どうにかなるもんさ! ったく成長しやがってこの野郎!」
「ん。ご主人とタカ様、相変わらず仲良しだね」
「腐れ縁だ」
「おう、腐れ縁さ」

 俺たちは馬鹿やりながら、散歩を交えてじっくり帰った。
 ぱたぱた揺れるわん娘の尻尾も一緒だ。フランメリアは何時だっていい日だ。

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うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

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