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剣と魔法の世界のストレンジャー
苦労する先輩、荒ぶるパン屋、レイドクエストを添えて
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クルースニク・ベーカリーで働いてしばらく、身の回りは着実に変化していた。
まずホワイト・チェインズとか言う先輩どもがギルドの光景から消えた。
くだらない話だ。あの陽気なやつらは表面上お行儀よくしてた裏で、けっこうな悪事に没頭してたらしい。
罪状は俺たちの恩恵である【スキル】を使って窃盗に恐喝、新人いじめも追加だ。
事情聴取は「叩けば埃が出る」の最上級になったわけだ。
他にもつるんでいた連中もいたが居心地が悪くなったのか姿を見せなくなった。
代わりに新米冒険者たちが増え始めた。
『旅人による悪行』があからさまになったばかりなのにだぞ?
今までこの世界で不自由なく暮らしていたであろう旅人が急に訳あり稼業に踏み入ってるのだ。
おかげで冒険者ギルドは少し慌ただしいし、依頼の数も増えて賑わってる。
そして俺は――今日もパン屋で立派に働いています。
ニクと部屋代を払って残り一万メルタほどの自由が財布にできた。
等級は『ストーン』だが仕事をどんどんこなして街の人達に顔が広まった。
"パン屋のアイツ"と、ただしまだパンは焼けない。
「前より賑わってんなあ……なんか初々しい感じがするやつばっかじゃねーか」
そんな冒険者ギルドに足を運んで、最初にそう口にしたのはタカアキだ。
ヒロインだらけの光景にいかにも初心者といった不慣れな姿が混ざってる。
市場で買えるような使い古しの武具と、おぼつかない足取りと不安を伴ってきたようなやつだ。
そこにサングラスにスーツを着た赤黒い髪の男なんてひどく目立ってるし、ジャンプスーツ姿もなおさらか。
「そうだな、俺にもいかにも新米って顔がちらちら見えてる」
「お前も新米だろうが、まだストーンだろ? わん娘と一緒にな」
「でも宿代ぐらい自分で払えてるぞ。わん娘と一緒にな」
「ん、ぼくも。親父さん喜んでた」
「その点はマジでえらい。安定した仕事ってやっぱ大事だよな」
この日はパン屋――じゃなく、別の依頼を受けてみようという話になった。
というのも先輩どもからこう注意されたからだ。
【頼むからパン屋の仕事以外受けてくれマジで……】
かなり深刻な顔でそういうんだから従うしかなかった。
現場は壁に貼った広告の前だ。タケナカ先輩のどんより顔を初めて見た。
「なんか面白そうな仕事ないかあっち見てくるわ。三人で受けれる奴な」
「害獣退治あたりもどうかなって最近思ってたところだ」
「銃で狩るつもりかよ」
「弓も使えるぞ。それに「獲物の解体ができる方は歓迎」とかたまにあるだろ?」
「まさにその狩ったばかりの新鮮な獲物を解体できるのか、お前?」
「訓練で習ったからな。完ぺきとは言えないけどできる」
「そりゃすごいな。俺たち現代人に死体をバラす技術なんて持つ奴そういないからな、頼もしいこった」
「俺以外にできるやついないみたいな言い方だな」
「そういてたまるか。それに今どきの日本じゃ狩猟文化なんて絶滅危惧種だ、こっちで誰かに教わるか独学でやるかしかねえのよ」
「そうだったのか……」
「つーか狩人ギルドに任せろよそんなの。なんで俺たちにやらせんだまったく」
「考えてみれば悪い獣退治ってのはそのいかにも狩猟って感じのギルドの仕事じゃないのか?」
「そんなもんよかもっと深刻な害獣だの環境保護だの他に優先することがあるんだとさ。困ってる農家の人達とかいるんだから名前通りに働けよって話だ」
「確かにひどい話だ。で、それがマジならワールウィンディアみたいなのよりヤバいやつがいるってことか」
「ああ、クラングル近郊からずっと離れた土地だともっとやべえのがうじゃうじゃだとさ。そういう深刻度マシマシなやつをこっちじゃ【魔獣】って呼ぶらしいぜ」
「魔獣ね。魔物とどう違うんだ?」
「えーとなんだったかな、フランメリアの環境だとか国民の安全にバチクソ良くないようなやつが魔獣で、それよかまだマシなやつが魔物だったか? ま、都市周辺でお勤めするのが多い俺たちにはまだ縁がないかもな」
今日も『朝定食』を食ってから、どんな依頼を受けようかずっと考えていた。
一つはたまに見るくせに誰もやらない『害獣駆除』だ。
近隣のコミュニティに害なす魔物を退治してくれ、と耳あたりはいい依頼だ。
もちろん俺たちが敬遠する理由もちゃんとある、それは単純にやばいからだ。
例えばあのドッグマンすら蹴り殺すワールウィンディアをとことん駆除しろと言われたら無理だろう。
更にそういうのが恵んでくれる皮だの肉だのは価値も需要もあるので「はぎ取ってくれ」と頼まれることもあるそうだ。
「個人的には狩りあたりがいいと思うんだけどな」
「どうしてだ?」
「腕を鈍らせたくないしな。それにこの世界の土地柄も知っておきたい」
俺は背中を親指で示した。
タカアキのサングラス越しには括り付けられた弓と突撃銃が見えるはずだ。
手札の扱い方を忘れないように武器の扱いから獲物の解体までやっておきたい。
「お前が「敵ぶっ倒して終わりだ!」なんてRPG脳してなくてお兄さん嬉しい」
「そんな考えで受けた奴がいるみたいだな」
「ああいた。んで痛い目見て帰って違約金払うまでがセオリー」
「ワールウィンディアか? ガストホグか? もしくはクレイバッファロー?」
「どれもだろうな。この世界の害獣は俺たち一般人からすりゃ十分バケモンだ」
「……もしかして害獣退治の依頼を受ければ、お肉食べれる?」
「あとその化け物が好物のわん娘がいるぞ」
「なんてこった、捕食者がここにいやがった」
「ウェイストランドにもそいつらが繁殖しててな。おかげで向こうの人は飯に困ってなかったよ」
「そりゃよかった、俺の送った作物の種いまごろどうなってんだろうな」
「食糧事情が戦前より豊かだってハーヴェスターが言ってたな。リム様がいつもうまい飯作ってくれたのもお前のおかげなんだよな……」
「そりゃあうまいに決まってるわ羨ましい――リム様どうしてんだろうな」
「俺も気になる話題だよ。あの馬鹿騒がしいのがそろそろ恋しい」
「……ん、ぼくも」
三人で害獣退治の依頼を眺めて頭に浮かぶのはあのロリ顔だ。
いつどんな場所だろうがうまい料理を作ってくれたな、リム様。
俺の皮肉がもたらしたものの一つは小さな魔女が作る品々だ、彼女にかかれば異世界の害獣も最高級のご馳走である。
「ま、俺たちにできんのは「本日も元気にやってますよ」って冒険者稼業を頑張ることだ。向こうがやってくるようにせいぜい名をあげようじゃねえか」
タカアキはリム様に元気な知らせを作るために向こうを見に行った。
俺も依頼を探そうと壁際のボードを追いかけていくものの。
(……うわっ、あいついるぞ……)
(あの新米だ……! ちょっと移動するぞ、関わったらやばい)
(イチさんがいるぞ。やべえ近寄るな)
(今日もまたパン屋やるのかあいつ……ほんとなんなんだ……!?)
(彼、一体何者なのでしょうか? 銃を使えるらしいですけど)
(ゴーレムを殴り壊しまくってたって聞いたわ。何か妙よあの人)
(噂のパン屋のお兄さんだ……!)
(あれでストーンとかマジ? ねっ、ちょっとあいつ誘ってみない?)
(テリヤキサンドください……)
ざわざわ。がやがや。
依頼書とご対面した直後に聞こえるのはざわめきだ。
なんだと思って見回せば、多種多様な顔ぶれがじろっと俺を見つめてた。
「あー、なんかご用で? 一緒に依頼でも探してくれるのか?」
振り返ってそこらに向き合った。
プレイヤーのご一行が引きつった顔で「どうぞ」と後ずさる。
横を見れば可愛い人外の女の子たちがひそひそと訝しむ。
この前定食屋で会った先輩冒険者を見つければ「マジかよ」と微妙な顔だ。
「……ご主人、怪しまれてるね」
「たったいま見世物になってる気分だ。ウケ狙いのジョークでもする?」
「よかったな人気者だね! そんじゃうまい依頼でもないか見て来るぜ」
怪しくないぞと両手を広げてアピールしてみた。なおさらひどくなった。
まあいいかと依頼を眺めようとすると。
「おい。イチ、ちょっとこっちこい」
タケナカ先輩が手をくいくいしてる。
何か用らしい。おかげさまで訝し気な視線から切り離された。
「タケナカ先輩か、どうした?」
「ちょっと話がある。それから目立ってるのが気の毒だから呼んでやった」
「お気遣いありがとう、愛してる」
「気持ち悪いこというんじゃねえ。ったくお前のおかげで大変だ」
鋭い目の坊主頭はいっぱいに呆れてるところだ。
そんな面倒見の良さについていけば、ホールの隅に他の先輩どもがいた。
「どうも先輩がた」と手を振ればなんとも言えない表情があって。
「いいか、まずこいつは自慢じゃないって点を頭に叩き込んでおけ」
ソファーにどんと腰をかけるとタケナカ先輩は悩ましそうに何かを持ち上げる。
輝かしい板がぶら下がってる。別名『シート』で等級を示す首飾りだ。
ブロンズ総統のものじゃない鈍くて頼もしい輝きが埋め込まれている。
「見た目が前と違うな。いかにも昇格しましたって感じがする」
「ん、もしかして等級が上がったの?」
「お前のおかげで俺たちみんな昇格した。俺はスチール、他はアイアンだ」
先輩の代表格はそういって「はぁ」とため息をついていた。
おめでたい話なのにタケナカ先輩はなんでこうも悩ましそうなのか。
「昇格したのか。出世おめでとう先輩がた」
「お前のせいでな」
「まあ、ちょっとぶつかってくるような言い方なのが気になるけど」
「期待の新人を生み出してギルドの問題を解決した実績だとさ」
「俺たちも新人の面倒を見たことが評価されたってことなんだがな」
「ああ、みんな揃って出世したよな」
続く他の先輩たちの反応もどんよりだ。
こんなにうれしくない出世をどうして見せつけられてるんだろうか、気分を労って茶化そうとしたものの。
「どうして喜べないか聞いたほうがいい?」
そう聞いた次の瞬間、皆が一斉に「この野郎」と呆れ始めた。
この判断は間違ってたと俺は判断してやるが。
「そりゃ嬉しいだろうさ、普通だったらな! いいか、お前が話題に事欠かないせいで風評被害食らいつつの昇格だぞ!?」
「銃はぶっ放す。ゴーレムを棍棒一振りで殴り壊す。格上冒険者四名をボコってリタイアさせる。そのくせパン屋にずっと勤める変なやつを輩出した実績になってんだよ!」
「お前のせいでズボンを脱がすやべえやつを育てたやつらみたいに思われてる」
「俺たちまでやばいやつらに思われてるんだぞ、声かけた新入りに逃げられたんだが今朝」
「ていうかお前なんでパン屋になってんだよ! しかも壁にまた知らない広告貼ってあるし!」
ギルド内部によく響くトーンで怒られてしまった。
そうか、俺のせいで一回り偉くなれたんだな。この調子で恩を返そう。
「それは気の毒に……じゃあちょっと仕事探しに行ってきます」
「おいコラしばくぞ」
「誠にごめんなさい」
逃げようと思ったがタケナカ先輩に捕まった、全力で頭を下げた。
「……じゃあ聞くが。こいつを見てくれ、どう思う?」
そんな彼は絶望的に呆れつつ空中を指でいじったところだ。
ステータス画面を操作してるんだろう。しばらくするとPDAに通知が来る。
メッセージ機能を開けば――写真が送られてた。
受付とボードの間の賑やかさをぶち壊す誰かが、むき出しになった尻をぶっ叩きながらぶんどったズボンを四着抱えてる。
「こっっわ、なにこいつ。人の尻丸出しにして笑顔とか正気じゃないだろ」
「いやお前しかいねえだろうが」
「他人事みたいに言うなよサイコかお前!?」
「俺たちがこんな狂犬飼ってるような奴だと思われてるんだが」
「どおりでみんなに目そらされたわけか……」
「自覚あるじゃねえかこの馬鹿野郎」
「お前の大活躍が職場の雰囲気変えちまってんだよ! 異質過ぎて冒険者ギルドがなんかこう、やばいんだ!」
先輩どもはこのスクリーンショットの邪悪な笑顔に不満そうだ。
見なかったことにするとして、皆さま等しく肩をがっくりさせつつ。
「それでだ、お前らに伝えることが二つある」
タケナカ先輩は深刻そうなまま向き合ってきた。
ニクと一緒にちょこんと座ると、いまだ視線が怪訝なギルド全体を見渡した。
「俺たちに伴ってお前も巻き添えだ。じきに『カッパー』への昇格の話が持ち掛けられるからな」
「おめでとう」という仕草で悩ましく祝ってきた。
俺たちがランクアップ? ということは『ストーン』から格上げになるのか?
今までの冒険者の行いを思い出すも――パン屋で働いてばっかだったな。
「俺が? なんか思ったより早いな?」
「ん、ぼくたちもう上がるの?」
「気楽に言いやがるが訳を全部話してやろうか? お前に冒険者としての責任を持たせるためだ」
「ちゃんとやってるぞ」
「ああそうだなパン屋の仕事ばっかりな!! いいか、あんな派手に暴れ回って、クソ嬉しいことにギルドの問題の解決の糸口としてあの馬鹿どもの罪状丸裸にしたんだからな!」
「そんな『ストーン』いたらおかしいだろって話の上でこうなったんだよな……」
「ギルマスからすげえ不本意そうに言われたからな、これ」
「パン屋以外の仕事もやれ馬鹿野郎って意味も込めてるからな、いいな? 話持ち込まれても断るなよ?」
なるほど、あの騒ぎもあって昇格するに値する存在になったらしい。
でもどんな手続きが必要なんだろうか?
「だから昇格か。ちなみに何すればいいんだ?」
「面接だ」
「面接……?」
しかしタケナカ先輩は言うのだ、面接と。
一言聞いて嫌なものが思い浮かんだ。お祈りメールの数々が。
すげえ嫌だ。俺は恐る恐る先輩どもの顔を伺った。
「先輩、聞いてくれ」
「なんだ」
「俺面接とか苦手なんだ」
「いや、何お前泣きそうな顔してんだ。何があったんだ」
「得意だけど苦手なんだ……」
「得意だけど苦手ってどういうことだお前」
説明を求められたがしたくない。
苦労の数々を言えばいいのか? そう思って言葉が詰まるも。
「ああ、こいつね。就職失敗しまくりのトラウマで就活大嫌いになってる」
タカアキがしれっと戻ってくるなり説明を果たしてくれた。
そうなんです。そんな感じでみんなの顔を見た――呆れてる。ごめん先輩。
「ええ……」
「なんて世知辛い弱点抱えてやがるんだこいつ」
「なあ、こいつ昇格しても大丈夫なのか……?」
「タケナカ先輩、俺面接やだ」
「いや…………うん、分かったからそんな顔するな。なんなら練習付き合ってやるから、な?」
ところが事情を知るとタケナカ先輩はすげえ何とも言えない顔で励ましてくれた。
なんていい先輩なんだ。分かった、頑張るよ俺。
「頑張る。お祈りメールとか来ないよな?」
「こねえよ! お前一体何があったんだ!?」
「ギルマスめ、俺たちになんて仕事押し付けやがったんだ……」
わん娘によしよしされながら昇格を受け入れることにした。
またタカアキが去るなり「じゃあ頼むわパイセン」という言葉がかかって、嫌な顔にさぞ磨きがかかったが。
「もう一つはもっと大事な話だ。この前の馬鹿どもは覚えてるな?」
今度はあいつらの話題だ。下半身露出の罪に問われた連中のことか。
「ああ、そういえばパンツどうなったんだ」
「なんの心配をしてんだお前は!」
「いや、納品所に引き渡したんだけどちゃんと出荷されたかなって」
「馬鹿野郎! 納品所なんだと思ってんだお前!? つーかあそこは落とし物預かり所でも配送センターでもないんだぞ!?」
「着払いでいけるかなって」
「いけるか!! いいか、パンツの件はもういいとしてだ、あいつらが衛兵に引き渡されてからえらいことが起きてんだ」
どうやら続きがあるみたいだ。パンツの行方が気になるが聞くことにした。
「脱走したとかそういう類か?」
「ある意味そうかもな。まずあの五人組の罪状が浮き上がった話は知ってるか?」
「ああ、冒険者が市民相手に犯罪を犯したって実績もな」
「こともあろうに街の有力者である魔女の皆さまにも手を出しやがってな。降格どころかお尋ね者だ」
「ワーオ、罪深い。じゃああいつら逃げたのか」
「んで、今の冒険者ギルドを見て何か感じることはないか?」
どうもあの連中は冒険者の資格をズボンと共に失ったらしい。
タケナカ先輩どもは「見ろ」と冒険者ギルド支部の様子を促してきた。
前よりもやや活発だ。訝しむ目線はともかく、知らない顔が増えてる。
「風通しが良くなった気がするな、賑やかですこと」
「お前は天才か? いや皮肉だけどな。あの野郎ども、他にもつるんでるやつらと一緒に新人相手あくどいことしてやがってな」
「なるほど、その仲良したちもどっかいってそうだな」
「その通りだ畜生め。居心地悪くなって去っていきやがった、永久にな」
そうか、なんとなくじゃなかったわけか。
露出野郎どものお友達は淘汰されたらしい。新顔が増えたのもこれか。
「でだ、すると今度は新参者やらが増えてきた。なんでか分かるか?」
じゃあそんな新入りがどうしてきたのか、と言われると。
嫌でも分かってしまった。ギルマス殿にどう話を持ち掛けたのか、新米VS上級をマッチングしてくれた眼鏡エルフの笑みが蘇る。
ついでにポケットに突っ込んだままの汚い5000メルタもだ。
「こうか? ギルドに不都合な連中を一網打尽にするチャンスに使われて、しかも「格上に勝つ新人」なんて実績を作らせた奴がいるからか」
俺はジャンプスーツから紙幣を取り出した。
すると向こうもだ。さも忌まわしそうに丁重に折りたたまれてる。
「その通り。前々から問題を見せてたやつらをどうにかして、おまけに冒険者ギルドの広告として都合よくこき使われたからだ」
「なるほど、じゃあここにいらっしゃる新顔さんたちはそれを聞きつけて希望を持った方々か?」
「お前は馬鹿なんだか知恵が回るやつなんだかよくわからんな。だがその通りだ、俺とお前も浄化のために立場を使われたのさ」
「ああうん、俺たちの『冒険者は仕事を選べない』が良く出てることで」
そういうことだ。きっと前々からホワイト・チェインズはどこかしら素行が割れてたんだろう。
アバタールの名を持つ新参と面倒見のいい先輩はこうして人身御供かなんかみたいに利用されたわけだ。
たった5000メルタで。ひどい事実にお互い笑うしかない。
「この件でギルマスにあれこれ話を持ち掛けられてな。昇格の件もなんだが」
「他にもあるみたいだな」
「ああ、新人の面倒をどうぞもっと見てくださいだとさ」
で、我らがタケナカ先輩は新人冒険者ともっと仲良くするように言われたそうだ。
奇しくも周りを見ればそんな連中が増えて、おかげで先輩たちは悩ましい。
「そりゃご苦労だな、押し付けられたみたいだけど」
「もちろんタダ働きじゃないさ。新人の教育をするなら支援してくれるらしい」
「冒険者ギルドがか?」
「ここだけの話――っていってもどうせ意味ねえか、国がだよ」
「……フランメリアが? おいおい、スケールデカくなりすぎだろ」
「おまけに市や魔女とか言う連中もだ。どうぞ新人教育を捗らせてくださいってばかりの勢いを、こともあろうにお前の先輩どもに頼んできたのさ」
なんて壮大な話になってしまったんだ、タケナカ先輩。
バックアップはするからこうして増えた旅人どもの面倒を見てくれだとさ。
そこには色々な意図があるはずだ。
余所者の問題が浮き彫りになった点だとか、いわゆる「餅は餅屋」さながらに同郷同士効率よくやれという意味すら感じるが。
「えらくぶっ飛んだ話になってないか、タケナカ先輩」
「俺たちも試されてるってわけだ」
「試されてるって?」
「こうして根付いたわけだしな。どういう意図か知らんが、余所者の俺たちにどれだけやれるか探りたいって魂胆も感じる」
「外から来た奴に「はい金やるから鍛えてね」なんてただの善意には思えないけどな、そいつら全員フランメリアを害する勢力にでもなったらどうすんだ」
「さあな。得体のしれないやつらが丸ごと盗賊団が何かになるより、監視しやすくて始末も楽な冒険者になってくれた方が都合がいいのかもな」
「首にぶら下げた身分証が怖くなってきた。今日からちゃんとお行儀よくしよう」
「シートを身に着けた時点で全員訳ありみたいなもんだ。そういうわけだから昇格したらお前も新人とのお付き合いに関わってくれねえか? 先輩としてな」
そして先輩たちはこんな目で見てきた――『お前も先輩になるんだよ』と。
厄介な話も感じるがこんな複雑な身だ、それを受け入れてくれた恩もあるし。
「いいぞ」
「あっさりだな」
「その代わりパンはうちで買ってください」
「……まずアドバイスするが、どうしてギルマスが頭抱えてるか少し考えろ」
「なんで悩んでんのあの人?」
「お前が狂ったようにパン屋の仕事ばっかやってるからだよ……」
「俺たちは「パン屋以外やれ」ってお前に注意するように頼まれたんだからな。なんかパン屋の救世主みたいに思われてるんだぞ冒険者ギルド」
その上でパン屋以外の仕事にやるように、そんな命令らしい。
了解だ先輩。だったら期待に応えなきゃいけないな。
「俺も他の仕事をするべきだよなって今朝からずっと考えてたところだ」
俺は依頼書の方を見た。
タカアキがお戻りだ。千切った依頼書を目ぼしそうにぶんぶんしてる。
「お前のいいところは律儀な面だ。頼むぞイチ」
「大丈夫だ任せろ。それに今日はキリガヤとサイトウにパン屋行かせてるからな」
それに今、他の新米に店を任せてる。キリガヤとサイトウっていう同期だ。
奥さんも若い冒険者が二人向かって嬉しいはずだ、頑張ってくれよお前ら。
「おい今なんつった」
「いや、二人に「代わりに行ってくれ」って頼んだ」
「ああそうか――いやなんでパン屋すすめてるの!?」
「あいつらずっといないと思ったらそういうことかよ!!」
「パン屋の仕事を紹介してるんじゃないよお前!」
「あ、それからこれ奥さんから先輩方へだって。当店自慢のサンドイッチだ」
そうだ忘れるところだった。バックパックを漁って紙袋を取り出した。
中には紙包みのサンドイッチが人数分。ズッキーニ、チーズ、トマト、ハムがおいしい奥さんの力作である。
「とうとうサンドイッチの差し入れすら持ってきたぞこいつ!?」
「お前パン屋にでもなるつもりか!?」
「心配するな先輩、俺まだ料理できないから」
「まずお前はギルマスを心配させるな頼むから……」
「神様は残酷だよな。どうしてこいつに強さと一緒に教養を与えなかったんだ」
「じゃあ仕事探してきます、頑張れよ先輩」
俺はサンドイッチを押し付けてタカアキの方へ向かった。
相変わらず避けていく人混みを抜ければ、サングラス顔はニッコリしてた。
「お帰り、ちょうどいい仕事があったぜ。お前の力を存分に震える職場だ」
はぎとった紙を見せてきた。
そこには【緊急依頼。錬金術師の館の鎮圧】とある。
ついでに隣に――透き通る青髪に、ドレス風の防具が映える球体関節なお姉さんがいて。
「こんにちはイチ君! 良かったら私と一緒にお仕事受けませんかー?」
人形系ヒロインのリスティアナえらく元気な一声で俺を招いてた。
そんな彼女の首元にぶら下がるのはブロンズ相応の首飾りだ。
無垢なにっこり顔は「行こう」と手を差し出してる。
◇
まずホワイト・チェインズとか言う先輩どもがギルドの光景から消えた。
くだらない話だ。あの陽気なやつらは表面上お行儀よくしてた裏で、けっこうな悪事に没頭してたらしい。
罪状は俺たちの恩恵である【スキル】を使って窃盗に恐喝、新人いじめも追加だ。
事情聴取は「叩けば埃が出る」の最上級になったわけだ。
他にもつるんでいた連中もいたが居心地が悪くなったのか姿を見せなくなった。
代わりに新米冒険者たちが増え始めた。
『旅人による悪行』があからさまになったばかりなのにだぞ?
今までこの世界で不自由なく暮らしていたであろう旅人が急に訳あり稼業に踏み入ってるのだ。
おかげで冒険者ギルドは少し慌ただしいし、依頼の数も増えて賑わってる。
そして俺は――今日もパン屋で立派に働いています。
ニクと部屋代を払って残り一万メルタほどの自由が財布にできた。
等級は『ストーン』だが仕事をどんどんこなして街の人達に顔が広まった。
"パン屋のアイツ"と、ただしまだパンは焼けない。
「前より賑わってんなあ……なんか初々しい感じがするやつばっかじゃねーか」
そんな冒険者ギルドに足を運んで、最初にそう口にしたのはタカアキだ。
ヒロインだらけの光景にいかにも初心者といった不慣れな姿が混ざってる。
市場で買えるような使い古しの武具と、おぼつかない足取りと不安を伴ってきたようなやつだ。
そこにサングラスにスーツを着た赤黒い髪の男なんてひどく目立ってるし、ジャンプスーツ姿もなおさらか。
「そうだな、俺にもいかにも新米って顔がちらちら見えてる」
「お前も新米だろうが、まだストーンだろ? わん娘と一緒にな」
「でも宿代ぐらい自分で払えてるぞ。わん娘と一緒にな」
「ん、ぼくも。親父さん喜んでた」
「その点はマジでえらい。安定した仕事ってやっぱ大事だよな」
この日はパン屋――じゃなく、別の依頼を受けてみようという話になった。
というのも先輩どもからこう注意されたからだ。
【頼むからパン屋の仕事以外受けてくれマジで……】
かなり深刻な顔でそういうんだから従うしかなかった。
現場は壁に貼った広告の前だ。タケナカ先輩のどんより顔を初めて見た。
「なんか面白そうな仕事ないかあっち見てくるわ。三人で受けれる奴な」
「害獣退治あたりもどうかなって最近思ってたところだ」
「銃で狩るつもりかよ」
「弓も使えるぞ。それに「獲物の解体ができる方は歓迎」とかたまにあるだろ?」
「まさにその狩ったばかりの新鮮な獲物を解体できるのか、お前?」
「訓練で習ったからな。完ぺきとは言えないけどできる」
「そりゃすごいな。俺たち現代人に死体をバラす技術なんて持つ奴そういないからな、頼もしいこった」
「俺以外にできるやついないみたいな言い方だな」
「そういてたまるか。それに今どきの日本じゃ狩猟文化なんて絶滅危惧種だ、こっちで誰かに教わるか独学でやるかしかねえのよ」
「そうだったのか……」
「つーか狩人ギルドに任せろよそんなの。なんで俺たちにやらせんだまったく」
「考えてみれば悪い獣退治ってのはそのいかにも狩猟って感じのギルドの仕事じゃないのか?」
「そんなもんよかもっと深刻な害獣だの環境保護だの他に優先することがあるんだとさ。困ってる農家の人達とかいるんだから名前通りに働けよって話だ」
「確かにひどい話だ。で、それがマジならワールウィンディアみたいなのよりヤバいやつがいるってことか」
「ああ、クラングル近郊からずっと離れた土地だともっとやべえのがうじゃうじゃだとさ。そういう深刻度マシマシなやつをこっちじゃ【魔獣】って呼ぶらしいぜ」
「魔獣ね。魔物とどう違うんだ?」
「えーとなんだったかな、フランメリアの環境だとか国民の安全にバチクソ良くないようなやつが魔獣で、それよかまだマシなやつが魔物だったか? ま、都市周辺でお勤めするのが多い俺たちにはまだ縁がないかもな」
今日も『朝定食』を食ってから、どんな依頼を受けようかずっと考えていた。
一つはたまに見るくせに誰もやらない『害獣駆除』だ。
近隣のコミュニティに害なす魔物を退治してくれ、と耳あたりはいい依頼だ。
もちろん俺たちが敬遠する理由もちゃんとある、それは単純にやばいからだ。
例えばあのドッグマンすら蹴り殺すワールウィンディアをとことん駆除しろと言われたら無理だろう。
更にそういうのが恵んでくれる皮だの肉だのは価値も需要もあるので「はぎ取ってくれ」と頼まれることもあるそうだ。
「個人的には狩りあたりがいいと思うんだけどな」
「どうしてだ?」
「腕を鈍らせたくないしな。それにこの世界の土地柄も知っておきたい」
俺は背中を親指で示した。
タカアキのサングラス越しには括り付けられた弓と突撃銃が見えるはずだ。
手札の扱い方を忘れないように武器の扱いから獲物の解体までやっておきたい。
「お前が「敵ぶっ倒して終わりだ!」なんてRPG脳してなくてお兄さん嬉しい」
「そんな考えで受けた奴がいるみたいだな」
「ああいた。んで痛い目見て帰って違約金払うまでがセオリー」
「ワールウィンディアか? ガストホグか? もしくはクレイバッファロー?」
「どれもだろうな。この世界の害獣は俺たち一般人からすりゃ十分バケモンだ」
「……もしかして害獣退治の依頼を受ければ、お肉食べれる?」
「あとその化け物が好物のわん娘がいるぞ」
「なんてこった、捕食者がここにいやがった」
「ウェイストランドにもそいつらが繁殖しててな。おかげで向こうの人は飯に困ってなかったよ」
「そりゃよかった、俺の送った作物の種いまごろどうなってんだろうな」
「食糧事情が戦前より豊かだってハーヴェスターが言ってたな。リム様がいつもうまい飯作ってくれたのもお前のおかげなんだよな……」
「そりゃあうまいに決まってるわ羨ましい――リム様どうしてんだろうな」
「俺も気になる話題だよ。あの馬鹿騒がしいのがそろそろ恋しい」
「……ん、ぼくも」
三人で害獣退治の依頼を眺めて頭に浮かぶのはあのロリ顔だ。
いつどんな場所だろうがうまい料理を作ってくれたな、リム様。
俺の皮肉がもたらしたものの一つは小さな魔女が作る品々だ、彼女にかかれば異世界の害獣も最高級のご馳走である。
「ま、俺たちにできんのは「本日も元気にやってますよ」って冒険者稼業を頑張ることだ。向こうがやってくるようにせいぜい名をあげようじゃねえか」
タカアキはリム様に元気な知らせを作るために向こうを見に行った。
俺も依頼を探そうと壁際のボードを追いかけていくものの。
(……うわっ、あいついるぞ……)
(あの新米だ……! ちょっと移動するぞ、関わったらやばい)
(イチさんがいるぞ。やべえ近寄るな)
(今日もまたパン屋やるのかあいつ……ほんとなんなんだ……!?)
(彼、一体何者なのでしょうか? 銃を使えるらしいですけど)
(ゴーレムを殴り壊しまくってたって聞いたわ。何か妙よあの人)
(噂のパン屋のお兄さんだ……!)
(あれでストーンとかマジ? ねっ、ちょっとあいつ誘ってみない?)
(テリヤキサンドください……)
ざわざわ。がやがや。
依頼書とご対面した直後に聞こえるのはざわめきだ。
なんだと思って見回せば、多種多様な顔ぶれがじろっと俺を見つめてた。
「あー、なんかご用で? 一緒に依頼でも探してくれるのか?」
振り返ってそこらに向き合った。
プレイヤーのご一行が引きつった顔で「どうぞ」と後ずさる。
横を見れば可愛い人外の女の子たちがひそひそと訝しむ。
この前定食屋で会った先輩冒険者を見つければ「マジかよ」と微妙な顔だ。
「……ご主人、怪しまれてるね」
「たったいま見世物になってる気分だ。ウケ狙いのジョークでもする?」
「よかったな人気者だね! そんじゃうまい依頼でもないか見て来るぜ」
怪しくないぞと両手を広げてアピールしてみた。なおさらひどくなった。
まあいいかと依頼を眺めようとすると。
「おい。イチ、ちょっとこっちこい」
タケナカ先輩が手をくいくいしてる。
何か用らしい。おかげさまで訝し気な視線から切り離された。
「タケナカ先輩か、どうした?」
「ちょっと話がある。それから目立ってるのが気の毒だから呼んでやった」
「お気遣いありがとう、愛してる」
「気持ち悪いこというんじゃねえ。ったくお前のおかげで大変だ」
鋭い目の坊主頭はいっぱいに呆れてるところだ。
そんな面倒見の良さについていけば、ホールの隅に他の先輩どもがいた。
「どうも先輩がた」と手を振ればなんとも言えない表情があって。
「いいか、まずこいつは自慢じゃないって点を頭に叩き込んでおけ」
ソファーにどんと腰をかけるとタケナカ先輩は悩ましそうに何かを持ち上げる。
輝かしい板がぶら下がってる。別名『シート』で等級を示す首飾りだ。
ブロンズ総統のものじゃない鈍くて頼もしい輝きが埋め込まれている。
「見た目が前と違うな。いかにも昇格しましたって感じがする」
「ん、もしかして等級が上がったの?」
「お前のおかげで俺たちみんな昇格した。俺はスチール、他はアイアンだ」
先輩の代表格はそういって「はぁ」とため息をついていた。
おめでたい話なのにタケナカ先輩はなんでこうも悩ましそうなのか。
「昇格したのか。出世おめでとう先輩がた」
「お前のせいでな」
「まあ、ちょっとぶつかってくるような言い方なのが気になるけど」
「期待の新人を生み出してギルドの問題を解決した実績だとさ」
「俺たちも新人の面倒を見たことが評価されたってことなんだがな」
「ああ、みんな揃って出世したよな」
続く他の先輩たちの反応もどんよりだ。
こんなにうれしくない出世をどうして見せつけられてるんだろうか、気分を労って茶化そうとしたものの。
「どうして喜べないか聞いたほうがいい?」
そう聞いた次の瞬間、皆が一斉に「この野郎」と呆れ始めた。
この判断は間違ってたと俺は判断してやるが。
「そりゃ嬉しいだろうさ、普通だったらな! いいか、お前が話題に事欠かないせいで風評被害食らいつつの昇格だぞ!?」
「銃はぶっ放す。ゴーレムを棍棒一振りで殴り壊す。格上冒険者四名をボコってリタイアさせる。そのくせパン屋にずっと勤める変なやつを輩出した実績になってんだよ!」
「お前のせいでズボンを脱がすやべえやつを育てたやつらみたいに思われてる」
「俺たちまでやばいやつらに思われてるんだぞ、声かけた新入りに逃げられたんだが今朝」
「ていうかお前なんでパン屋になってんだよ! しかも壁にまた知らない広告貼ってあるし!」
ギルド内部によく響くトーンで怒られてしまった。
そうか、俺のせいで一回り偉くなれたんだな。この調子で恩を返そう。
「それは気の毒に……じゃあちょっと仕事探しに行ってきます」
「おいコラしばくぞ」
「誠にごめんなさい」
逃げようと思ったがタケナカ先輩に捕まった、全力で頭を下げた。
「……じゃあ聞くが。こいつを見てくれ、どう思う?」
そんな彼は絶望的に呆れつつ空中を指でいじったところだ。
ステータス画面を操作してるんだろう。しばらくするとPDAに通知が来る。
メッセージ機能を開けば――写真が送られてた。
受付とボードの間の賑やかさをぶち壊す誰かが、むき出しになった尻をぶっ叩きながらぶんどったズボンを四着抱えてる。
「こっっわ、なにこいつ。人の尻丸出しにして笑顔とか正気じゃないだろ」
「いやお前しかいねえだろうが」
「他人事みたいに言うなよサイコかお前!?」
「俺たちがこんな狂犬飼ってるような奴だと思われてるんだが」
「どおりでみんなに目そらされたわけか……」
「自覚あるじゃねえかこの馬鹿野郎」
「お前の大活躍が職場の雰囲気変えちまってんだよ! 異質過ぎて冒険者ギルドがなんかこう、やばいんだ!」
先輩どもはこのスクリーンショットの邪悪な笑顔に不満そうだ。
見なかったことにするとして、皆さま等しく肩をがっくりさせつつ。
「それでだ、お前らに伝えることが二つある」
タケナカ先輩は深刻そうなまま向き合ってきた。
ニクと一緒にちょこんと座ると、いまだ視線が怪訝なギルド全体を見渡した。
「俺たちに伴ってお前も巻き添えだ。じきに『カッパー』への昇格の話が持ち掛けられるからな」
「おめでとう」という仕草で悩ましく祝ってきた。
俺たちがランクアップ? ということは『ストーン』から格上げになるのか?
今までの冒険者の行いを思い出すも――パン屋で働いてばっかだったな。
「俺が? なんか思ったより早いな?」
「ん、ぼくたちもう上がるの?」
「気楽に言いやがるが訳を全部話してやろうか? お前に冒険者としての責任を持たせるためだ」
「ちゃんとやってるぞ」
「ああそうだなパン屋の仕事ばっかりな!! いいか、あんな派手に暴れ回って、クソ嬉しいことにギルドの問題の解決の糸口としてあの馬鹿どもの罪状丸裸にしたんだからな!」
「そんな『ストーン』いたらおかしいだろって話の上でこうなったんだよな……」
「ギルマスからすげえ不本意そうに言われたからな、これ」
「パン屋以外の仕事もやれ馬鹿野郎って意味も込めてるからな、いいな? 話持ち込まれても断るなよ?」
なるほど、あの騒ぎもあって昇格するに値する存在になったらしい。
でもどんな手続きが必要なんだろうか?
「だから昇格か。ちなみに何すればいいんだ?」
「面接だ」
「面接……?」
しかしタケナカ先輩は言うのだ、面接と。
一言聞いて嫌なものが思い浮かんだ。お祈りメールの数々が。
すげえ嫌だ。俺は恐る恐る先輩どもの顔を伺った。
「先輩、聞いてくれ」
「なんだ」
「俺面接とか苦手なんだ」
「いや、何お前泣きそうな顔してんだ。何があったんだ」
「得意だけど苦手なんだ……」
「得意だけど苦手ってどういうことだお前」
説明を求められたがしたくない。
苦労の数々を言えばいいのか? そう思って言葉が詰まるも。
「ああ、こいつね。就職失敗しまくりのトラウマで就活大嫌いになってる」
タカアキがしれっと戻ってくるなり説明を果たしてくれた。
そうなんです。そんな感じでみんなの顔を見た――呆れてる。ごめん先輩。
「ええ……」
「なんて世知辛い弱点抱えてやがるんだこいつ」
「なあ、こいつ昇格しても大丈夫なのか……?」
「タケナカ先輩、俺面接やだ」
「いや…………うん、分かったからそんな顔するな。なんなら練習付き合ってやるから、な?」
ところが事情を知るとタケナカ先輩はすげえ何とも言えない顔で励ましてくれた。
なんていい先輩なんだ。分かった、頑張るよ俺。
「頑張る。お祈りメールとか来ないよな?」
「こねえよ! お前一体何があったんだ!?」
「ギルマスめ、俺たちになんて仕事押し付けやがったんだ……」
わん娘によしよしされながら昇格を受け入れることにした。
またタカアキが去るなり「じゃあ頼むわパイセン」という言葉がかかって、嫌な顔にさぞ磨きがかかったが。
「もう一つはもっと大事な話だ。この前の馬鹿どもは覚えてるな?」
今度はあいつらの話題だ。下半身露出の罪に問われた連中のことか。
「ああ、そういえばパンツどうなったんだ」
「なんの心配をしてんだお前は!」
「いや、納品所に引き渡したんだけどちゃんと出荷されたかなって」
「馬鹿野郎! 納品所なんだと思ってんだお前!? つーかあそこは落とし物預かり所でも配送センターでもないんだぞ!?」
「着払いでいけるかなって」
「いけるか!! いいか、パンツの件はもういいとしてだ、あいつらが衛兵に引き渡されてからえらいことが起きてんだ」
どうやら続きがあるみたいだ。パンツの行方が気になるが聞くことにした。
「脱走したとかそういう類か?」
「ある意味そうかもな。まずあの五人組の罪状が浮き上がった話は知ってるか?」
「ああ、冒険者が市民相手に犯罪を犯したって実績もな」
「こともあろうに街の有力者である魔女の皆さまにも手を出しやがってな。降格どころかお尋ね者だ」
「ワーオ、罪深い。じゃああいつら逃げたのか」
「んで、今の冒険者ギルドを見て何か感じることはないか?」
どうもあの連中は冒険者の資格をズボンと共に失ったらしい。
タケナカ先輩どもは「見ろ」と冒険者ギルド支部の様子を促してきた。
前よりもやや活発だ。訝しむ目線はともかく、知らない顔が増えてる。
「風通しが良くなった気がするな、賑やかですこと」
「お前は天才か? いや皮肉だけどな。あの野郎ども、他にもつるんでるやつらと一緒に新人相手あくどいことしてやがってな」
「なるほど、その仲良したちもどっかいってそうだな」
「その通りだ畜生め。居心地悪くなって去っていきやがった、永久にな」
そうか、なんとなくじゃなかったわけか。
露出野郎どものお友達は淘汰されたらしい。新顔が増えたのもこれか。
「でだ、すると今度は新参者やらが増えてきた。なんでか分かるか?」
じゃあそんな新入りがどうしてきたのか、と言われると。
嫌でも分かってしまった。ギルマス殿にどう話を持ち掛けたのか、新米VS上級をマッチングしてくれた眼鏡エルフの笑みが蘇る。
ついでにポケットに突っ込んだままの汚い5000メルタもだ。
「こうか? ギルドに不都合な連中を一網打尽にするチャンスに使われて、しかも「格上に勝つ新人」なんて実績を作らせた奴がいるからか」
俺はジャンプスーツから紙幣を取り出した。
すると向こうもだ。さも忌まわしそうに丁重に折りたたまれてる。
「その通り。前々から問題を見せてたやつらをどうにかして、おまけに冒険者ギルドの広告として都合よくこき使われたからだ」
「なるほど、じゃあここにいらっしゃる新顔さんたちはそれを聞きつけて希望を持った方々か?」
「お前は馬鹿なんだか知恵が回るやつなんだかよくわからんな。だがその通りだ、俺とお前も浄化のために立場を使われたのさ」
「ああうん、俺たちの『冒険者は仕事を選べない』が良く出てることで」
そういうことだ。きっと前々からホワイト・チェインズはどこかしら素行が割れてたんだろう。
アバタールの名を持つ新参と面倒見のいい先輩はこうして人身御供かなんかみたいに利用されたわけだ。
たった5000メルタで。ひどい事実にお互い笑うしかない。
「この件でギルマスにあれこれ話を持ち掛けられてな。昇格の件もなんだが」
「他にもあるみたいだな」
「ああ、新人の面倒をどうぞもっと見てくださいだとさ」
で、我らがタケナカ先輩は新人冒険者ともっと仲良くするように言われたそうだ。
奇しくも周りを見ればそんな連中が増えて、おかげで先輩たちは悩ましい。
「そりゃご苦労だな、押し付けられたみたいだけど」
「もちろんタダ働きじゃないさ。新人の教育をするなら支援してくれるらしい」
「冒険者ギルドがか?」
「ここだけの話――っていってもどうせ意味ねえか、国がだよ」
「……フランメリアが? おいおい、スケールデカくなりすぎだろ」
「おまけに市や魔女とか言う連中もだ。どうぞ新人教育を捗らせてくださいってばかりの勢いを、こともあろうにお前の先輩どもに頼んできたのさ」
なんて壮大な話になってしまったんだ、タケナカ先輩。
バックアップはするからこうして増えた旅人どもの面倒を見てくれだとさ。
そこには色々な意図があるはずだ。
余所者の問題が浮き彫りになった点だとか、いわゆる「餅は餅屋」さながらに同郷同士効率よくやれという意味すら感じるが。
「えらくぶっ飛んだ話になってないか、タケナカ先輩」
「俺たちも試されてるってわけだ」
「試されてるって?」
「こうして根付いたわけだしな。どういう意図か知らんが、余所者の俺たちにどれだけやれるか探りたいって魂胆も感じる」
「外から来た奴に「はい金やるから鍛えてね」なんてただの善意には思えないけどな、そいつら全員フランメリアを害する勢力にでもなったらどうすんだ」
「さあな。得体のしれないやつらが丸ごと盗賊団が何かになるより、監視しやすくて始末も楽な冒険者になってくれた方が都合がいいのかもな」
「首にぶら下げた身分証が怖くなってきた。今日からちゃんとお行儀よくしよう」
「シートを身に着けた時点で全員訳ありみたいなもんだ。そういうわけだから昇格したらお前も新人とのお付き合いに関わってくれねえか? 先輩としてな」
そして先輩たちはこんな目で見てきた――『お前も先輩になるんだよ』と。
厄介な話も感じるがこんな複雑な身だ、それを受け入れてくれた恩もあるし。
「いいぞ」
「あっさりだな」
「その代わりパンはうちで買ってください」
「……まずアドバイスするが、どうしてギルマスが頭抱えてるか少し考えろ」
「なんで悩んでんのあの人?」
「お前が狂ったようにパン屋の仕事ばっかやってるからだよ……」
「俺たちは「パン屋以外やれ」ってお前に注意するように頼まれたんだからな。なんかパン屋の救世主みたいに思われてるんだぞ冒険者ギルド」
その上でパン屋以外の仕事にやるように、そんな命令らしい。
了解だ先輩。だったら期待に応えなきゃいけないな。
「俺も他の仕事をするべきだよなって今朝からずっと考えてたところだ」
俺は依頼書の方を見た。
タカアキがお戻りだ。千切った依頼書を目ぼしそうにぶんぶんしてる。
「お前のいいところは律儀な面だ。頼むぞイチ」
「大丈夫だ任せろ。それに今日はキリガヤとサイトウにパン屋行かせてるからな」
それに今、他の新米に店を任せてる。キリガヤとサイトウっていう同期だ。
奥さんも若い冒険者が二人向かって嬉しいはずだ、頑張ってくれよお前ら。
「おい今なんつった」
「いや、二人に「代わりに行ってくれ」って頼んだ」
「ああそうか――いやなんでパン屋すすめてるの!?」
「あいつらずっといないと思ったらそういうことかよ!!」
「パン屋の仕事を紹介してるんじゃないよお前!」
「あ、それからこれ奥さんから先輩方へだって。当店自慢のサンドイッチだ」
そうだ忘れるところだった。バックパックを漁って紙袋を取り出した。
中には紙包みのサンドイッチが人数分。ズッキーニ、チーズ、トマト、ハムがおいしい奥さんの力作である。
「とうとうサンドイッチの差し入れすら持ってきたぞこいつ!?」
「お前パン屋にでもなるつもりか!?」
「心配するな先輩、俺まだ料理できないから」
「まずお前はギルマスを心配させるな頼むから……」
「神様は残酷だよな。どうしてこいつに強さと一緒に教養を与えなかったんだ」
「じゃあ仕事探してきます、頑張れよ先輩」
俺はサンドイッチを押し付けてタカアキの方へ向かった。
相変わらず避けていく人混みを抜ければ、サングラス顔はニッコリしてた。
「お帰り、ちょうどいい仕事があったぜ。お前の力を存分に震える職場だ」
はぎとった紙を見せてきた。
そこには【緊急依頼。錬金術師の館の鎮圧】とある。
ついでに隣に――透き通る青髪に、ドレス風の防具が映える球体関節なお姉さんがいて。
「こんにちはイチ君! 良かったら私と一緒にお仕事受けませんかー?」
人形系ヒロインのリスティアナえらく元気な一声で俺を招いてた。
そんな彼女の首元にぶら下がるのはブロンズ相応の首飾りだ。
無垢なにっこり顔は「行こう」と手を差し出してる。
◇
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