魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

先輩冒険者に見送られて

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 さて、仕事を探しにボードに向かえば依頼書が山のようにべったりだ。
 同業者たちのなりふりを見るに一枚剥がして窓口へ向かうしきたりらしい。

「……これ、全部お仕事なんだ」

 ニクがぼうっと見上げていた。
 俺だって同じだが、まずはその前に確認することがある。

「問題は俺みたいな新入りが入り込める余地があるかってことだな」

 最初にわが身に宿したこの首飾りを確かめた。
 俺たちを表す『シート』がはめ込まれた黄色い石を新入りらしく輝かせてる。

 そう、この稼業には等級という格付けがある。
 最初はストーンという等級、続いてカッパー、ブロンズ、アイアンと格は上がる。
 こいつは仕事ぶりや普段の素行で判断されるもので、高いほど信頼されるし負うべき責任も増すという。

 そして新人の『ストレンジャー』と『ヴェアヴォルフ』はストーンだ。
 また新兵からスタートである。おかげで依頼書の山に隔たりが生まれてる。

「ま、なんだ。どこの馬の骨かもわかんねー新入りより、そこらで信頼されてるやつの方が仕事を任せられるって話だろ? たとえここがファンタジーな世界でもな」

 腕を組むタカアキの姿が伝える通りだ、依頼には等級が良く絡む。
 例えば目と鼻の先の【どこからともなく現れた魔獣の駆逐】なんて大層な仕事を狙うとしよう。
 じゃあ背中の突撃銃を掲げて「さあぶっ潰すぞ」って思いかけるだろう。
 ところがそうもいかない、冒険者としての身分が阻んでくるのだ。

「冒険者らしい良識があって文句も言わずしくじらずにやってくれて、なおかつ信頼されてる方のみどうぞって感じだな」
「どこだってそうだろ」
「ウェイストランドとはひどい違いだ」
「向こうじゃどうだったん?」
「ぶちのめしてくれるなら誰だっていい、ほらチップをくれてやる」
「わーおシンプル、俺そっちの方が良かったなあ」
「こっちの煩わしさは健全な世界の証拠として受け取っておくよ」

 俺は今一度、その依頼書を見直した。
 【ブロンズ等級以上の冒険者に限ります】とある。信頼と実績とその身の三つが揃ってやっと受けられるみたいだ。

「一応聞くけど、お二人とも等級のルールについては分かってるよな? 仕事ぶりと品性からくる格付け以外のところだ」
「なったら最後仕事は必ず受けろ。しばらく受けないと降格、ストーンだったらお前ギルド降りろだろ」
「ん、抜けて戻ってきても一からやり直し」
「そして昇格の際は俺の苦手な面接に貢献してるかどうかの審査だ。あってるか?」
「等級を上げるにはお金も必要って書いてた。あってる?」
「えらいぞ二人とも。後で好きなものおごっちゃう」

 そう、更に言えば冒険者になった以上は仕事を続けなくちゃならない。
 等級を上げるとしても金もかかる、相当な事情がない限り依頼を受けなきゃ格下げが待ってる。
 本には「どうにか生活する程度ならブロンズ程度でいい」と書かれてたが、本気で取り組む人間は一体どれほどいるんだろうか。
 じゃあどんな仕事があるかって? 目につくものは――

【農家のお手伝い。拘束期間は数日間、住み込みで食事つきです】
【猫探し。クラングルで飼い猫を探して連れ帰ってください】
【大量発生したフレイラビットから農園を守って欲しい】
【料理ギルドからの要請。近々料理対決するので野外で食材を調達して!】
【宿屋のスタッフ募集! 住み込みで一週間ほど働いてもらいます】
【冒険者の皆様へお願いしたいことがある。クラングル住まいの魔女より】

 というラインナップが『ストーン』の手の届くものだ。
 どれも報酬は数千メルタほど、高くても5000が限度か。

「タカアキ、ちなみに質問」
「どした」
「お前が払ってくれてる宿代っておいくら?」
「まとめて支払えば安くなるシステムを含んでも一月3万メルタだな。ちなみに同室してるニク君の分は親父さんがお前を思って目を瞑ってくれてる」
「オーケー、なおさら稼がなくちゃいけなくなった」
「ぼくたちを気遣ってくれてるのかな……」
「もっと責任感持たせようか? アバタール絡みの噂を耳にしてその点もちょっと配慮してるかもな」
「お前と親父さんに全力で感謝してるところだ」

 たった今幼馴染が立て替えてくれたメルタも把握できた、まとめ払いで三万。
 いま目に見える依頼を仮に消化できるとしてまだ手は届く範囲だと思う。
 しかしここに生活に必要な費用を加えたらあっというまだ。
 じゃあどうすればいいって? もっといい仕事につけるようにするか、なりふり構わず仕事をこなしまくるかのどれかだ。

「ちなみにタカアキ、お前の等級は?」
「ブロンズ。ほんとはアイアンになれるはずが単眼美少女へのセクハラ発言数回で投獄されてこのままだ」
「真面目に頑張ろうと思う。で、どれくらいでブロンズだ?」
「資金調達のために一か月丸々頑張ったな。しかもまだ楽でおいしい仕事もあった期間に隙あらば働きまくってこうだ」
「元の世界よりまだマシって言った方がいいか?」
「あっちのディストピアみてえな労働環境よかマシだ、なあにお前なら大丈夫さ」

 良く分かった、できる仕事を見つけてとにかくやるしかない。
 蔓延る依頼の山を見つめて、時には目をつけたものを取られつつ、俺たちはできることを探した。
 ボードは曲がり角を挟んでまた違う壁の一面を飾ってる。まだありそうだ。

「ちょっとあっちも見てくるわ、三人でできるやつとかあるかもしれないしな」
「じゃあ俺たちはこっちだな」
「ご主人と二人で働けるお仕事、あるかな?」
「けっこうあるみたいだぞ――だらしないご主人で本当に申し訳ない」

 タカアキも向こうを探してくれるらしい。
 こうしてわん娘と一緒に初めての依頼を求めて壁をなぞっていけば。

「――おい、そこのお前」

 声をかけられた。人混みでもはっきり聞こえる力のこもった声だ。
 何かと思って振り向けば、そこで「いかにも」な人相が見張ってた。
 ガラの悪い男が数名だ。身軽な鎧にポーチやら留めた冒険者らしさがある。

「俺のことか?」
「変な見てくれしてやがるが、まさかプレイヤーか?」
「ご名答。訳があって今日初めて稼ぎに来た身だ、こっちは……まあヒロインだ」
「……ぼくたちに何か用?」

 特にその先頭、坊主頭で目つきも強いやつがまじまじ見てきた。
 俺のストレンジャーな格好に理解しがたい気持ちが浮かんでるようだ。

「本当にプレイヤーか? その銃はなんだ? まさか自己表現か?」
「まあ己を体現してる証拠だろうな。もちろんプレイヤーだ、わけあってMGOの世界でスロースタートになった誰かさんさ」

 二度もプレイヤーかどうか確かめられたのでそれらしく答えた。
 すると向こうは少しごそごそと話し合った結果。

「ちょっとお前こっちにこい。少し用がある」
「用ってなんだ? ツラ貸せ、金貸せ、時間よこせのどれだ?」
「いいからこい、ギルドのルールに則ってるから変な心配はすんな」

 リーダー相応であろう坊主な男が招いてきた。
 依頼書の壁を沿った先にソファやらが揃ったささやかな休憩の場がある。
 手持ちの得物に気を配りつつだが、そいつらの足並みを追ってみると――

「こいつを見ろ、プレイヤーの新入りだ」
「なんだ、プレイヤーかよ!」
「そんな装備してるから何事かと思ったら同郷のもんか、脅かしやがって」
「最近俺たちも落ち着いて来たからか冒険者に転向する奴が増えてるな」
「そこのワーウルフみたいなのはヒロインか、いやそうか、この頃はヒロインと一緒にデビューするのも珍しくないもんな」

 ヒロインだらけのホールから離れたそこに日本人的な顔つきが揃ってた。
 さっきの男はなぜだか脱力して、嬉しそうに俺たちを紹介してる。
 ニクと「なんだこいつら」と顔を合わせれば。

「いや悪かったな? そんなユニークな格好してるやつなんて初めて見るし、さっき窓口で登録の手続きしてるとこみてまさか同郷かと思ったらやっぱりか」

 どうにも元の世界という故郷を持つ身だったらしい、同じ日本人か。
 周りの奴らもそれなりに経験を積んできたんだろうか、顔つきも装備も冒険者としてあか抜けてる。
 安心したのは俺だって同じだ。賊かと思ったら同郷の人間だったんだから。

「俺からしたら定番の「なんだテメエ」から始まるご挨拶だと思ったぞ」
「そりゃなんだテメエって言いたくなるだろ! お前日本人だったのかよ、なんだその格好はどっかのFPSゲームみてえな格好しやがって!」
「訳ありなんだよ、誤解させたら悪かった」
「まあ表現の自由がある程度効くのも冒険者ギルドの気風だ。お前もこの世界に慣れてきて、刺激を求めて冒険者になりにきた感じか?」
「幼馴染に宿代払ってもらうのが申し訳なくて働きにきた感じだ」
「あーうん、訳ありってのはマジらしいな。俺はタケナカ・ヒロト、ここで冒険者稼業をやってる」
「イチだ。最近クラングルに来た、こっちのわん娘はニクだ」
「ん、ニクだよ。よろしく」

 タケナカ・ヒロト。そう名乗る日本人冒険者に手を伸ばした。
 少し戸惑ったようだが、ちょっとしないうちに握ってくれた。

「お前が来てくれて良かったよ。周りどこ見ても女の子だらけだろ? だから目のやり場にも行く場所にも毎日困ってんだよ俺たちは」
「奇遇だな、俺もちょうどヒロインだらけで困ってた」
「周り見たら女だらけで不安なんだよ! 分かるか?」
「すげえ分かる!」
「分かってくれるか!」
「話が通じる新入りだな。かわいい子多いのはいいけどよ、かえって居づらいんだよなここ……」
「しかもヒロインの奴ら俺たちより基本強いからなぁ。恐れ多いっていうか」

 どうもここの連中はヒロインだまりから逃れてきたようだ、意気投合した。
 そりゃそうだ、どこ見ても美少女なのは嬉しいけど野郎の肩身が狭い。

「てことはあんたらは先輩なんだな」
「おう、ここにいるのは大体ブロンズ、そして俺はアイアンだ」
「じゃあタケナカ先輩だな、どうかよろしく」
「おう、よろしくな。つっても俺だって二か月ほど前になったばっかだからな、まだ手探りだよ」
「二か月前か。そう遠くないようなそうでもないような」
「別にならなくたってなんやかんやでやってける場所だが、やっぱり早めに身分を作っていい生活をするには何かしらギルドに入ったほうがお得でな」
「だからか」
「そう、だからさ。ヒロインならともかく、俺たちみてえなプレイヤーはこの世界に慣れてからってやつばっかだ」

 周りの面々はまさにこの世界に順応できた人種ってことらしい。
 先輩どもはフレンドリーだ、少なくとも幼馴染に金払ってもらった誰かさんより立派だろう。

「その感じだとお前、サバイバルガイドをあてにしてきた感じだな。大体のシステムは分かってるか?」
「大体理解してきたつもりだ」
「ここじゃ「酔っぱらって喧嘩売る」とか「生意気なやつに絡む」とかはご法度だからな、絶対すんなよ」
「先輩方を見てるとそんな空気はしないから安心できるな」
「それがいたんだよな、かなり前は……」
「いたのかよ」
「ああ、スキルが高いとかなんとかでイキる奴だ。そいつどうなったと思う?」
「誰かが颯爽と退治したオチでもありそうだな」
「まあそうだろうな」
「正解か?」
「そういう問題児がいたら叩きのめすのがここのルールらしくてな、数十名ぐらい人間ヒロイン問わず襲い掛かってたぞ」
「ワオ、治安も最高だな。てっきり意地の悪い先輩に絡まれて決闘でも始まるのかとびくびくしてたよ」
「残念だったな、ここにいる先輩どもは生活のために必死なやつがほとんどだ。そんな歓迎の仕方してる暇もねえよ」

 良かった、ここじゃろくでもないトラブルはないようだ。

「ところでお前、さっき依頼書見てたよな? それでちょっとアドバイスさせてほしいんだが」

 ところがタケナカ先輩は「あれについてだ」と親指でボードを示した。
 その親切心から依頼書の山に物申したいことがあるらしい。

「いきなり親切だな」
「いや、割とガチ目の親切心で言わせてくれ。どうせお前、農家の仕事とか猫探しとか魔女の依頼とか目をつけてただろ?」
「まさにその通りだ、いけるかなって思ってた」

 さっき目星をつけたような依頼に物申したいそうだ。
 するとみんなどうしたのか「やっぱりな」と悩ましそうで。

「いいか、まず農家の手伝いはやべえ。気を付けろ」

 鋭い顔の先輩はかなりシリアスな顔でそう言うのだ、どういうことだ。

「そんな風に深刻に忠告してくれるってことは訳ありみたいだな」
「報酬も良くて住み込みで三食ついて至れり尽くせりだが、大体が害獣退治も兼ねてるから騙されるな」
「害獣?」
「ああ、こっち世界のクソみてえの逞しいイノシシやらシカだ。分かるか?」

 害獣。そう言われて脳裏にあの屈強なシカやら豚やらが思い浮かんだ。
 シカの癖に殺意にじみ出るワールウィンディア、遭遇しようものならひき殺されそうなほどデカいガストホグ。
 あれか。あれと戦えってのかまさか。

「ワールウィンディアか? ガストホグ? それともクレイバッファロー?」
「その三つが分かるってことはそこそこフランメリア慣れしてるみてえだな、その通りだ。この世界の農業ってのはどうもそういう魔物が付きまとってる。分かってるは思うがあいつらは雑魚なんかじゃねえ、むしろすこぶる危険だ」
「……あのおにく?」
「おいその子どうした、肉とか言ってるぞ」
「その三つがこいつの好物なんだ」
「ん、クレイバッファローのおにくが一番いい」
「正気か!?」

 ニクの考えも触れたらしい。じゅるりしてる――違うそうじゃない。
 なるほど条件がいい裏にはそういう事情があるのか。ふざけんな。

「農作業して終わりじゃないのかよ……」
「つーかこの世界の農家は元の世界と全然違う。俺たちよりいい装備してるしクソ強い人ばっかだ。ていうかあっちの方が地位もパワーも俺たちよりずっと上だぞ」
「そのくせ対して報酬が高くないところに悪意を感じるな」
「飯と寝床がつくんだから仕方ない。でもいいか、農家の手伝いをやるなら薬草畑のやつにしとけ。薬草をすき好んで食う害獣なんていないからな、少なくともバケモンと命がけで戯れるチャンスはねえ」
「ちなみに先輩はやったことあるのか?」
「犠牲者はもう俺たちだけでいい」
「初めての依頼が畑仕事だと思ってたら突然現れたガストホグと死闘だぞ」
「こっちは格闘戦挑んでくるウサギの群れにボコられた、最悪の思い出だ」
「心中お察しします」

 先輩どもはこうして言えるほどに苦労されたようだ。助言に感謝しよう。
 ボードを見て「他には?」と続きを促せば。

「それと料理ギルドと魔女の依頼だけはできればやめろ、心死ぬぞ」

 さっき見かけた仕事もだめらしい。どうしてなんだろうか。

「ぱっと見ても安泰そうなんだけどな、ダメなのか?」
「まず料理ギルドは変人ばっかだ。しかも料理対決するとかいって危ない場所に食材取ってこさせて、しかも審査員やれっていうんだぞ」
「料理ギルドの飯が食えるなら役得じゃないのか?」
「それが料理人が両方メシマズで地獄絵図だった。なんだよサソリの佃煮って」
「待ってくれ情報量が多すぎる」
「あと魔女の依頼なんて頭おかしいのばっかだ、つまりこっちも頭おかしくなって死ぬ」
「例えば?」
「依頼内容は実際に会ってから話すっていうから聞いてみりゃ、野生の馬と恋して子供作りたくなったから捕まえてくれとかだったぞ」
「聞いてるだけで頭おかしくなりそう」
「冒険者はな、ストレスとの戦いなんだ……俺はもう正気度がゼロになってやめていく後輩や同僚を見送りたくねえ」

 タケナカ先輩は周りの強面仲間と共にかなり深刻な顔だ、相当恐ろしい目にあったに違いない。

「それからだな新入り、フランメリア国防魔法騎士団の勧誘だけは絶対避けろ」

 ところがロビーの皆さまは、そんな言葉をきっかけにとてつもなく重たい雰囲気と化した。
 蘇るトラウマや悪夢、もうやだあんなん、そんな感じの空気だ。

「すごいな先輩、もう喋る前から雰囲気が全てを物語ってるぞ。何があったんだマジで」
「この国のやべえやつらだ、たびたび冒険者ギルドにやってきて「貴公!」って呼びかけてから褒めちぎった挙句にスカウトしてくる」

 いやガチで震えあがってる。その恐怖は周りの面々にも伝わっていって。

「俺たちのギルマスも常識的な生き物でいたかったら目を合わさずに逃げろって触れ回ってるほどだ」
「屈強なヒロインすらも本能的に避ける狂人集団だろ」
「見かけたら逃げろって世界の連中が心配してきていよいよやばいって思った」
「現世から弾かれる代わりに人智を超えた強さを得られるって噂されてね?」
「というかギルマスが俺たちに「国防騎士団に連れてかれないように注意喚起しろ」って頼んできたレベル」
「もしギルドがしーんってなったら速攻で逃げろ新入り、奴らが来た証拠だ」
「間違えても喧嘩売るなよ、やべえぞあれ。歩く災害だあんなん」

 どうも冒険者ギルドはこのヒロインまみれの内部構造相応にカオスらしい。
 就職初日に聞きたくない不穏な話だと思う。もう不安しかない。

「なあ先輩方、冒険者ギルドってひょっとしておかしい場所だった?」

 なので今の気持ちをお尋ねになってみたところ。
 しーん。
 「なんもいえねえ」である。誰も口を閉ざしたままだし顔すらそらされる始末だ。

「――頑張れよ新入り」
「おいせめてちゃんと顔見て言ってくれタケナカ先輩」

 更にかかった言葉はタケナカ先輩からの投げやりな応援だった。
 おかげで加入を軽く後悔した。まあでも話の出来る同郷がいるのは大きい。

「いいか、とにかく金を稼ぎたかったら仕事を積み重ねろ。最初は無難な配達とかお使い程度の仕事をこなして、ギルドの施設で【スキル】を鍛えろ。ステータス画面にある方だぞ?」
「ステータスの方ならちゃんと鍛えてあるから大丈夫だ」
「お前がどんななのかは分からないが、まずは外の危険な生き物と戦って稼ぐ、みたいな仕事は力と経験を積んでからだ。必要ならプレイヤー向けのスキルの講習もやってるから参加しろ、とにかく死なない程度に頑張れ」
「なんかびっくりするほど親切だな、なんか裏でもある?」
「俺たちの肩身を広くするため、それと新人の面倒見て評価されるためだ」
「正直な先輩は大好きだ。行ってくるよ」
「おう、頑張れよ」
「ついでにできればだけど、仕事が終わったらどんな感じだったか教えてくれないか? 新人に教える時の参考にするからさ」
「寄り道しないでちゃんと帰ってこいよ新入り」
「いやガキのお使いじゃないんだぞ失礼だろあいつに」

 変な連中に絡まれたと思ったけどそうでもなかったらしい。
 俺は寄り集まるプレイヤーに一礼してから依頼書まみれの場へ向かった。

「……これでいいか」
「ん、見つけたの?」
「ああ、パン屋のお仕事」

 人混みをかき分けて、少し吟味してあるものを選んだ。
 【パン屋のバイト。諸事情により一日だけパン屋"クルースニク・ベーカリー"で業務を手伝っていただきます。経験不問、お強い方歓迎、多人数で来ていただけると助かります。パンとかサービスするよ! 期限は本日十時まで】
 時間も間に合うしちょうどいいと思う――パン屋で働いたことないが。
 タカアキはどうしたんだろう。PDAでメッセージを送ってみるか。

【仕事見つけた、パン屋の手伝いだ。人手が何名か欲しいってある】
【クラングルのパン屋なら安泰だな、冒険者のこと分かってくれてるやつ多いしな。俺も行くか】

 あいつも加わってくれるらしい。すぐに人混みからスーツ姿がやってきた。

「初めての仕事がパン屋か、まあ無難じゃねえの」
「クルースニク・ベーカリーとか言うところらしい。一人あたり3000メルタだ」
「そこうちの宿屋の仕入れ先だぞ、ていうかご近所じゃねえか」
「マジかよ……じゃあミスはできないな」
「だったら好都合だ、受けに行こうぜ。すぐに終わりそうな仕事だな」
「ところでタカアキ、なんで冒険者ギルドにパン屋の仕事あるんだ」
「……そう言われるとなんでこんなとこにあるんだろうな」

 俺は依頼書をそっと剥がした。
 まさかストレンジャーがパン屋で働くとはボスも思ってもないだろう。
 窓口を目指せば、胸のでかい受付のお姉さんが関心したような目をしていた。

「さっそくお仕事ですね~?」

 新入りの仕事を期待してくれてるみたいだ。さっそく紙を渡した。

「ああ、クルースニク・ベーカリーだ」
「あそこのパンおいしいんですよね~……」
「そうなのか」
「おいしいんだけどお仕事が忙しくて~……」
「そうか~」
「特にお昼を過ぎちゃうと、大好きなジャム入りのクロワッサンサンドが売り切れちゃいまして~」
「うん、気の毒だな~」
「そう思いますよね~?」

 向こうは何かを暗に訴えつつ手際よく手続きをしてくれてる。
 今にも「ついでにパン買ってきて」と職権を乱用しそうな勢いだ。それでいいのか冒険者ギルド。

「おい新入りパシらせるのかここの職員」
「ん……? パンを買ってくればいいの?」
「オーケー、しょうがねえ俺たちが買ってきてやるさ」
「分かってくれましたか~、それじゃあこれ、お釣りはいりませんのでクロワッサンサンドと適当に甘いものをお願いしますね~」

 ノルテレイヤの美顔が描かれた1000メルタ紙幣を添えられて仕事の準備完了だ。
 クエスト追加で遠くのお父さんも「何やってんだ馬鹿」といいたげだ。

「初日でパシりとか新入りは大変だな」
「なあに頼られてる証拠さ。まあお前が1000メルタ渡せば絶対に買ってきてくれるって伝わってるからだろうよ」
「そういうことにしておいてやるよ。いくぞ」
「……パン屋って、何すればいいんだろう」

 サインやらを受け取って仕事へ向かった――1000メルタと共に。

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