魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

ようこそ冒険者ギルドへ

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 冒険者。そんな口にしても耳にしてもあたりのいい職業がある。
 【フランメリア・サバイバルガイド。著者、黒井ウィル】という本曰く。

 ――フランメリアが混乱期にあった頃に流れ込んできた傭兵が起因した稼業。
 ――その身が資本のフリーランス。お金と君の身分は国が保証してあげるね!
 ――もちろん国に何かあったら尽くしてね! ギルド職員には従おうね!
 ――でも君の言動や行いはみんな(隣人から貴族から魔女まで)見てるぞ!
 ――冒険者になると特典いっぱいだぞ! 等級が上がるともっとよし!
 ――とりあえず冒険者になっとけばどうにかなる!
 ――度が過ぎた奴には全身全霊の刺客が送られます。

 と、要は我が身をフランメリアに捧げてひたむきに頑張るお仕事だ。

 そんなユニークな文化は半年ほど前まではひどく廃れてたらしい。
 アバタールが消えた影響で栄え続けた一国の勢いが落ち込んだからだ。
 そこへこの国の複雑さも混じった。
 頑丈長寿なバケモンどもは代わり映えのしない世に飽き飽きとしてしまい、脆弱な人間たちが年々減り、いまだ未開拓地の多い過酷な環境ばかりと例を挙げるときりがない。

 冒険者ギルドも例外なくその影響を受けたわけだが、そこに変化が訪れた。
 どこからともなく湯水のごとく湧いてきたプレイヤーやヒロインだ。
 突然の流れの民はいい刺激になってしまい国はまた活気づいてしまった――冒険者稼業が再び賑わうほどに。

「俺って行く先々で皮肉をもたらすジンクスでも手に入れたみたいだ。最高だな」

 そんな背景に放り込まれた俺は見上げた。
 ここは都市の北側、前に足を運んだ【赤金通り】とかいうお使い先の近辺だ。
 とにかく横に広く構えられた二階建てが【冒険者ギルド・クラングル支部】と濃い外観をアピールしてる。

「その皮肉ってのはよ、この国が俺たちプレイヤーやらのおかげでまた賑わってるってやつか?」
「誰かさんがくたばったせいで廃れたところまで全部だ。こうしてみる分には別にそんな感じしないけどな、絵に描いたような賑やかさだ」
「いやそれがよ? 俺たちがやってくるついこの前まではマジでひっそり寂しくやってたみたいだぜ?
「へえ、ひっそり寂しく何やってたんだ?」
「こんだけ市内がデカいんだ、そうなると膨大な配達依頼やらがあるわけだけど、どうせやることねーならそういうのやってろって押し付けられてたってさ」
「つまり郵便局かなんかかよ」
「下手すりゃそうだったかもな。それが今や持ち直してるんだからもう滅茶苦茶だよこの国」

 周りを見張ってるとタカアキが今の心境を見事になぞってきた。
 配達ギルドだとか揶揄されてた白塗りの建物の前には多くが行き交ってる。

「……ここが冒険者ギルドなんだ。色々な人がいて、ちょっとわくわくする」

 こんな様子にニクは好奇心旺盛だ、尻尾をふりふりしてた。
 俺? 元の世界の就職難のトラウマが蘇って足が重い。

「タカアキ聞いてくれ、歯医者に行く気分だ」
「いいニュースだ、ここに歯科医はいねえぜ。だから無事に職についてくれ」
「オーケー、冒険者になろうか」
「おいおい、緊張してんのか?」
「お祈りメール来たらどうしよう……」
「あるわけねーだろんなもん、どんだけ元の世界のこと引きずってんだ」

 けっきょくタカアキに先導されて、ニクと手を繋いでしぶしぶ進んだ。
 ジャンプスーツと擲弾兵のアーマーは既にもう十分なほど目立ってる。
 なんでそんな格好なのかと聞かれたらこう答える、着るもんこれしかない。

「ここが冒険者ギルドだ。仕事は建物に入って横のボードに依頼書あるからそこで探して、手続きやらは奥の受付、他にも冒険者用の設備があるから自由にお使いくださいってな」

 タカアキの説明と共に見えてきた光景はずいぶんと賑やかだった。

「これが冒険者ギルドか……思ったより落ち着いた場所だな」

 ギルドの内側は戦車を数台預けても余裕のある広さだ。
 人混みの向こうに受付の横列があって、ブースの一つ一つが立て込んでる。
 横には壁いっぱいの紙を前に悩む姿が並んで、大きな階段のふもとには気だるげに話し合う一団も見えるが。

「……なにあの格好、銃持ってるわよ」
「ほんとだ……コスプレかなんかかな」
「あの人、日本人なんでしょうか? 後ろにいる子はヒロインみたいですけど」

 当然ストレンジャーなんてものはクソ目立つ。
 この格好に対するコメントはまあ仕方ないとして、一つ気がかりがある。

「なんか世界観ぶち壊すような人います……」
「たまにいるわよね、自己表現で妙な格好して仕事する奴」
「ちょ、ちょっとカッコいいかも……ところであの隣のマフィアみたいな人、いつも衛兵ギルドにお世話になってる人じゃない?」
「一つ目の女の子にセクハラしたお兄さんがおる……!」

 なんだか女性が多いのだ――そう、ヒロインの数が。
 右を見れば獣系から機械系な四肢を持つ女の子たちがいる。
 反対側なんてどうだ、ロリからお姉さんまでよりどりみどりだ。
 男女比がおかしい。プレイヤーと分かる見た目よりもはるかに女性が多い。

「……なあタカアキ、女性多くね?」
「そりゃあヒロインの比率の方が多いしな」
「どういうことだ」
「単純だ。ヒロインの数が接続してたプレイヤーよりずっと多かったそうだ」
「つまりヒロインだらけってわけか」

 「そのとーり」と幼馴染は苦い頷き方だ。
 冒険者ギルドは目のやり場に困るぐらい美少女だらけなのだ。
 しかもは装備も立ち振る舞いもしっかりして冒険者らしい風格だ、だいぶこの世慣れしてる。

「それにな、ぶっちゃけいうとこの世界じゃ俺たちプレイヤーよかヒロインの方が立場は上だ。そもそも向こうは見た目もパワーも人外だし、出自的にもこの世界に対して馴染みやすいからな」

 なるほど、理由はこういうことか。
 人間よりクソ強い人外なお嬢様方は一足先にこの世界に順応してたみたいだ。
 彼女たちがプレイしてたゲームの前情報もあわせれば、プレイヤーよりもアドバンテージがあるのは仕方ないかもしれない。

「なるほど、ここじゃヒロインが優位に立ってるような感じなのか?」
「確かにそうだけどな、プレイヤーだって【スキル】で強くなってこの世界に順応したやつだっているんだ。まだまだこれからさ――まあヒロインが上位存在なのは確かだけど」
「つまりそこらにいる美少女は全員俺たちより強いってか」
「……ご主人、女の人がいっぱい。でも居心地は悪くないかも」
「ま、お嬢さんがたはみんなフレンドリーさ。変な意識は持たないで仲良くやっていったほうがいいぜ? 女性いっぱいでラッキーぐらいに思いながらここで働くのが一番だ」

 今朝の先輩がたのアドバイス通り「仲良くやれるなら」いい場所かもしれない。
 問題はこの女性だらけの職場でどう働けるかという不安だけだ。

「じゃあ受付行くぞ。なあに筆記試験もなけりゃ面接もねえから心配すんな」
「お祈りメールは……?」
「ねえから心配すんな! んもーどんだけトラウマなのこいつ」
「大丈夫だよご主人。いざという時はぼくが養ってあげるから」
「その時は頼んだぞ」
「おいこれからってところでみっともねえこと言うなよお前ら、ほらいくぞ」

 タカアキの背中は不安な俺たちをぐいぐい引っ張る。
 職なし二人でついていけば受付の一つがちょうどよく開いていた。

「よう、タカアキだ」
「あら~、タカアキさん~、お久しぶりです~」

 そこでなんとも大きな女性が気の抜ける声で対応してくれた。
 お淑やかな仕事着を振舞ってるものの、殺人も可能なほど突き出る胸の形と白髪から伸びる角が人外を主張してる。

『……おい! うちの娘に変な気起こすんじゃねえぞ!』

 そんな笑顔のずっと後ろから野太い怒鳴りが聞こえた。
 建物の奥で黒白毛のミノタウロスが腕をがっしり組んで見張っていた。
 スピロスさんみたいなマジモノだ。立派な雄おっぱいを服に浮かべて不機嫌そうにしてる。

「タカアキ、あのたくましいミノタウロスは?」
「冒険者ギルドクラングル支部のマスターだ。んで目の前にいるのがその娘さん、ヒロインじゃねえからな?」
「あら、初めまして~。私は受付嬢の一人、ホルスです~……後ろのお父さんのことは気にしないでくださいね~」
「ああやって怒鳴ってるから娘さんが困ってんだぞ、まったくひでえお父さんだ。ちなみに俺は単眼がいい」

 この受付の牛娘はヒロインじゃなくて現地の奴か。
 しかしそのお父さんとやらは職務も忘れてずっと俺を訝しんでる。

「心配しないでくれ! 男の人のおっぱいのほうがいい!!」

 なので全力で気持ちを表明した。

『な、なんだテメエ!? んなこといって実は娘の気引こうとしてんだろ!?』
「なんてこと大声で言いやがるんだお前は」
「男のミノタウロスとか特に好きだから!!!」
『くそっまた変なやつが来やがった! なんなんだ最近は濃いやつばっか!』

 お父さまは黙ったらしい。これでよし。
 周りも引いてるがまあいいだろう、俺は事実を言っただけだ。

「オーケー、これで手続きができるな」
「ナイスだイチ、でも周り見てみろめっちゃ引いてるぞ」
「本心だから悔いはない! ここで頑張れそう!」
「お前、性癖だいぶ変わったな……うん、成長した証拠なんだろうな」

 立派な雄っぱいは退散してしまったが、その娘さんはにっこりしていて。

「ふふふ~変わった方ですね~? お父さんったらいつもああで困ってました~」
「そうか~……じゃねえよ、職務に私情挟むとかどうなってんだここ」
「まあここの名物だ、変なところだが人情はあるさ。それよりこっちの二人が冒険者登録したいんだとさ? いいか?」

 タカアキの言葉もあってすぐに手続きが始まった。
 といっても出されたのはシンプルな書類と羽ペンだ。
 歯車仕掛けが描かれた紙にあれこれ書かれてる。

「え~~~と……こちらに書いてあるルールをご確認くださいね~。冒険者になることで受けられるサービスから禁止事項まで書いておりますので~」

 ニクと一緒にまじまじと見つめた。
 身分はフランメリアに保証してもらうだの、いざというときは国のために働けだの、ギルドの品位を落とすな、仕事には違約金が発生するから気を付けろなど。
 大体はフランメリア・サバイバルガイドに書いてあった通りだ。

「要するにこうだな、お前の品質管理はこっちでしてやるから上手に仕事をこなして依頼者のご機嫌をとってお金作ってくれと」
「……ん、トラブルは起こさないから大丈夫」
「ご理解が早くて助かりますね~、もしかしてあのクロイ・ウィル先生の本をお読みなくちですか~?」
「その通りだ。で、何すればいい?」
「こちらの書類に名前、性別、年齢、種族などと書面に従ってお書きくださいね~」
「りょ~かい。ところで加入するにあたって変な測定があったり決闘とかない?」
「測定に決闘~……? そんなものありませんけど~?」
「そっか~良かった~……今言ったことは全部気にしないでくれ」

 黒井ウィル先生とやらに感謝だ、さっそく記入しようとするも。

「あっ、先に言っておきますけれども~、旅人プレイヤーさんの言語で構いませんので~」
「日本語でいいんだな?」

 そう言われた。なるほど、日本語でオーケーか。
 さらさらっと書いた。名前は『イチ』で性別は男、年齢は21、たぶん人間だ。

「……これでいいの?」

 同じタイミングでニクも書き終え……いや書けたのかこいつ。
 元はジャーマンシェパードなんだぞ? ところがいざ横目で覗くと、少しふにゃっとした文字があいまいに個人情報を示してる。
 名前は【ニク】で犬の精霊、性別は男で年齢は――ワーオ信じられねえ!

「なあ、お前文字書けたのか……? 誰かに教わったりした?」
「サバイバルガイドの文字を見て覚えた。どう?」
「すげえなニク君。っておい待てよ、この年齢マジか? 俺より年う……」
「あら~男の子だったんですか~♡ それにわんこの精霊なんて珍しいですね~」
「ん、これでも立派な大人のオスだよ」

 ニク、お前が文字を書けることよりもずっと年上だったことにびっくりだよ。
 タカアキも重たげな「マジかよ」一言で驚いてたが――ふと『感覚』が働く。

 ふわふわな発言と笑顔の後ろでどうもさっきの白黒ミノタウロスが訝しんでる。
 見れば他の受付からも違和感を感じる、というか俺を見てひそひそしてた。

「うちは仕事ができて掟を守れれば誰だって大歓迎、抜けるのも戻るのも自由ですから気楽にやって稼いでくださいね~」
「そして身体を資本にギルドと国に尽くせって本に書いてたな」
「その通りです~、ご理解が早いお方は大好きですよ~」
『おい! 娘に色目つかってねえよな!?』
「大丈夫ですお父さん! 男の雄っぱいがいいです! お父さんみたいな!」
『誰がお父さんだ!? いやそもそもなんだ雄っぱいって!?』

 お父さんからまた一言入ったがこれで登録完了だ。
 受付の胸のでっかいお嬢さんは二人分の紙を丁重に受け取ると。

「ではイチ様、ニク様~、お二人の証明書を発行いたしますので少々お待ちくださいね~。ちょっとお時間がかかるのでてきと~に暇をつぶしててください~」

 そういって俺たちに「てきと~」に時間を潰すように促してきた。
 彼女のせいでここの雰囲気はだいぶゆるくなってると思う。

「……こんなもんなのか、登録って」

 逆に不安になるほどだ。大丈夫なのかと一瞬心配になったが。

「あー、イチ。良く聞け」

 受付から離れるとタカアキの表情が面倒くさそうにしてた。
 なんなら言いぶりだってそうだ。何かあったとばかりの様子だが。

「なんだ、その雰囲気はあんま良くなさそうだぞ」
「普通だったら速攻で登録完了なんだがな、この様子からしてアバタール案件かもしれないぜ?」

 あいつのサングラス越しの目はカウンターの奥へとまっしぐらだ。
 まだ視線を送ってくる職員がいるし、なんだか慌ただしさが立ち込めてた。
 『魔壊し』が伝わってる場所だったのかあの立派な胸のお父さんも頭を抱えてる。

『あの~、ちょっといいですか~』

 そこでふわっとした声に呼びかけられた。
 受付嬢がほんわかこっちを待ってる。

「もしお暇なら少々お仕事を手伝っていただけませんか~? 実は急にギルドにいっぱい荷物が届いたものでして~」

 いきなりそんなお願いをされてしまった。
 横広な受付の向こうのわめきを感じてタカアキが視線をあわせてきた。

 ――出来すぎだねえ、暗に「用件がある」って伝えてるようなもんじゃねえか。
 ――ああ、お前の予想大当たり。じゃあ手伝おうか。

「あ、それなら私も手伝いますけどー……?」

 そんなところにそこらのご親切なヒロインが横から親切にしてきたが。

「ごめんなさい~……ちょっとこのお兄さんじゃないと駄目なんです~♡」

 受付のお姉さんはこれでもかと甘ったるい声でにこにこした。
 うまいやり方だ。そんな猫なでボイスに美少女顔はあっけなく去っていく。

「なるほどな、ご指名どうも。せっかくだし手伝わせてくれ」
「ふふ~、ご理解が早いのは流石ですね~?」
「何のことやら。で、どこいけばいい?」
「横の通路を渡って、そのまままっすぐどうぞ~」

 人外な受付嬢の人間的な手が「あちらです」とどこかを示してきた。
 関係者以外立ち入り禁止とばかりの雰囲気を匂わせる通路だ。

「ありがとう。初仕事といきますか」
「おう、冒険者らしくな」
「誰かがぼくたちを待ってるみたい。行こ」

 てっきり「はいこれで冒険者」と思ったがそうもいかないらしい。
 まあいつも通りか。親切な新入りという体でヒロインたちをかき分けた。

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