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剣と魔法の世界のストレンジャー
卵かけごはんと冒険者と
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朝六時のファンタジーな都市のど真ん中にひっそりと暖簾があった。
どういうわけか西洋の街並みに和風の彩りが『定食屋』と名を振りまいてる。
誰が言ったか、タカアキだったか、朝飯食おうって話になった。
だったら和食が食べられる店あるし行こうぜ、と誘われた結果がこれだ。
「――ここはプレイヤー御用達、そして俺の行きつけの店ってやつだ。朝六時から営業、毎日やってるから朝飯にちょうどいい。いっぱい食う冒険者に大人気だぜ」
そんな場所に幼馴染の奇妙なスーツ姿はさも当然のように片足を突っ込む。
もう一度見上げたが、魔法の都市とか言う癖に和風な店が謙虚に構えてる。
「剣と魔法に和食か、まったくいい世界だな」
「ん……いい匂い、おなかすいた」
「店主はプレイヤーだから心配すんな。ちなみにヒロインの奥さんと一緒に経営してるぞ」
「あー待て、ヒロインが奥さんだって?」
「先月結婚したんだってさ、俺びっくり。ちなみにお前タコとか大丈夫?」
「MREに突っ込んであるパスタ以外だったら大体いけるぞ。で、なんでこの話の流れでタコがお好きかどうかって質問になるんだ?」
「いや、なんつーか割と大事な質問でよ」
良く喋る背中に続けば、日本的な色合いを感じさせるカウンター席があった。
その隔てを経た厨房でそれらしい格好の中年男性が仕事をしてるところだ。
中は広いわけじゃないけれど、整然としたテーブル席がいい意味でつつましい。
「はーいいらっしゃい……ってなんだ、タカさんか。最近見なかったけどどうしたの?」
さっそく店奥から出迎えだ、冒険者の連中に料理を運ぶ――タコだ。
いや、厳密にいえばタコの下半身をうねうねさせた赤褐色髪のお姉さんか。
化け物という表現が合うほど大きなタコの足がにゅるにゅるしてる。
しかもそれで器用にお盆を持ってるのだ、そりゃホールのお仕事が捗るはず。
「おはようオルトさん。見てくれ、行方不明の幼馴染がようやく見つかったぜ」
そんなエプロンを着た人間の半身にぐいっと押し出された。
持ち主の心境でも浮き出てるのか、彼女の足先がぬるっと『?』に曲がった。
「へえ、これがあんたの幼馴染? 日本人っぽくない見た目してるけど……プレイヤーさんだよね?」
まじまじ見てきた。
タコさながらの漢字の一みたいな瞳は訝しんでる。
奥で和気あいあいと朝食を食べてる冒険者らしい格好からも視線が飛んでくる。
俺はそばでじとっと佇むわん娘と顔を合わせてから。
「ひょっとして俺が箸を使えるかどうか心配してくれてるのか、ご親切にどうも。ところでここってご飯特盛にしてくれるサービスある?」
客だ、と冗談を込めて主張してみた。
店内には炊き立てのご飯とみそ汁の香りが漂ってて、まさにそれが食いたいと顔でも訴えてやれば。
「あのなあ、お客さんに失礼じゃないかオルト。すまないねお客さん、こいつ仕事はできるんだけどまだまだ接客がアレでね……」
カウンター越しのおっさんが手の動きを止めていた。
現代日本だったら冴えないの一言で済む顔だけど、ここじゃうまそうな朝飯を作ってくれる貫禄がある。
「仕事ができるなら悪い奴じゃない証拠だ。それよりここって元の世界の朝飯が食えるんだって? 白米とみそ汁がセットのやつだ」
「ああ、うちはあっちの料理をこうして提供してるんだ。何かリクエストがあったらどうぞ、俺の手が届くなら何でも作るよ」
そんな店長は「どうぞ」と落ち着きのある笑顔だ。
招かれるままにカウンター席につくとほんのり日本に戻ってきた気分がする
「ファンタジー世界で定食か。何でもありだな」
「……定食ってなんだろう」
「ほら、日本人って食にうるさいだろ? どうしても元の世界が恋しくて、こういう感じで向こうの飯を出す店がけっこう増えてるんだよ。おかげで料理ギルドが栄えてるとか」
三人で横並びになるとメニューが目に付いた。
朝食向けのラインナップが『農業都市直送食材を使ってます!』と謳ってる。
ごはんの特盛無料、お値段大体400メルタ。まさか異世界で定食屋とは。
「感覚バグりそう。おすすめは?」
「朝ならこのくっそ安直な『朝定食』だ。卵は生、目玉焼き、だし巻き卵が選べる。もちろん人工食品じゃねーやつだぞ」
「もう一度確認するけど俺たち今フランメリアにいるんだよな?」
「おう、それも元の世界よりずっといい環境だ」
「ん、お肉食べたい」
「あとうちのわん娘が肉食べたい言ってる」
「じゃあベーコンエッグ定食肉マシだな。ご飯は特盛までいけるぜ」
「どこまで対応してんだこの店は。朝から久々の和食とか最高だな」
三人で話し合ううちに注文が決まった。
するとさっきのタコっぽいお姉さんがにゅるにゅるやってきて。
「プレイヤーさんだったんだ、ごめんなさいね? 私はオルト、ヒロインで『スキュラ』よ。そこの人と一緒にこのお店をやってるんだけど」
謝罪混じりの挨拶しにきたようだ。
タカアキが「タコはお好き?」と尋ねた理由が良く分かった。
でもご安心を、こちとらそれ以上を目の当たりにしてきたストレンジャーだ。
「ヒロインだったか。俺はそいつの幼馴染のイチだ、隣のわん娘が犬の精霊のニク」
「犬の精霊……ってことはその子もヒロイン?」
「まあそんな感じ。注文いいか?」
俺たちは半タコの店員さんに注文を送り付けた。朝定食ご飯特盛生卵。
三人分の使命を受けた彼女はにゅるっと軽やかに仕事をこなしにいった。すごいぞ、ここの先客はその姿にも動じてない。
「……そうか。タカさん、やっと幼馴染が見つかったんだな?」
「おう、こうして元気で安心したよ」
「良かったじゃないか。でも最近、妙な出来事もあったよな? 今度は外国人っぽいのが急に現れたとかなんとかそういう噂だ」
「あー、あったな。まあ大丈夫だろ、フランメリアだし」
「はは、何があっても大体フランメリアだからしょうがないって言葉で済むよな。俺たちもすっかりこっちに染まってるよ」
厨房のおっさんはタカアキと親し気にしてた。
朝食をこしらえつつの視線はすぐに俺の方にも向かって。
「お客さんプレイヤーだよな? 俺はヒラノ・トウマ、ここの店長だ。元の世界が恋しい人のためにこうして飯を作ってるんだ」
合間合間だがこうして挨拶してくれた。
日本人らしい名前もずいぶん久しぶりだ。俺もそれなりの顔を返した。
「いい名前だな。タカアキがいろいろ話したみたいだけど、俺のことどこまで知ってる?」
「色々聞いてたよ。面倒の見がいがある人だとか」
「てことは俺の生活能力のなさまでご存じ?」
「お前のことならだらしない部分全部話したぜ、心配するな」
「後で覚えてろ馬鹿野郎」
「ははっ、本当に仲がいいんだな。いや本当に良かったよ、タカさんあんたのことずっと心配してたんだ」
「大変な目にあったけど無事に再会できたんだ。んで現在進行形で無職、幼馴染に養ってもらってるご身分だ」
「どうも、こいつの食い扶持探しを手伝ってるご身分です」
「えーと……今も大変そうだな、うん」
ついでだが現状も打ち明けた。
そう、無職だ。更に言えばストレンジャーはこの世界をなめてた。
特にクラングルの生活となればなおさらだった。
向こうで回収したブツを換金したところでここじゃ消えるのもあっという間だ。
よって「ノルテレイヤ云々」以前に稼ぎを探せと心配される体たらくである――宿の親父さんからも。
「なら手っ取り早いのは冒険者ギルドに登録することなんだよなあ……というか、現状それしかないとでもいえばいいのか」
とうとうカウンター越しからも心配が飛んできた。
「雇ってくれる場所はいっぱいあるんだけど、身分証明とお金がすぐにでも欲しかったらけっきょく冒険者ギルドなのよね」
タコお姉さんにもそう言われるのだ、冒険者とやらになるしかないのか?
別にそんなのにならなくても食い扶持はある。じゃがいものヒモになるか紅茶奴隷になるかの二択だ。
頭を抱えた。地獄の二択とやむを得ない一択が俺の選択肢だ。
「そうだなあ。イチさん、ここで働くアテは見つかったのかい?」
「最悪のコネが二つあるぐらいだ」
「なんだいそりゃ」
「じゃがいもと紅茶――ああ、ちなみに今のは隠語だ。意味知ったらやばいぞ」
「うん、なんだかすごく訳ありだなイチさん」
「半年も経ってるのにギルドも知らないとか何なんだ、とか絶対聞かないでくれ」
「大変な目にあったんだと割り切っておくよ」
「どうも店長、あんたのことは一生恩人として覚えとく」
本当にどうしよう。ジャガイモの魔女のヒモとして繋がるのはなし、どこぞの女王様の性欲発散道具兼紅茶のしもべは死んでもごめんだ。
でも冒険者ギルドがなんたるかは調べがついてる。
「冒険者ギルドについてはある程度知ってるんだけどな。えーと確か元々は傭兵かなんかが発端だったとか」
飯が来るまでの間、タカアキから渡された本の内容を思い出した。
冒険者ギルド。聞き心地のいい言葉だけど、要は身分も保証してお仕事くれてやるから組合員として尽くしなさいという場所である。
「最悪ここいきゃなんとかなる」だとか最初に書かれてたほどだ。
そしてまさに今「なんとかなる」という部分にすがろうとしてる。
「国やら魔女やら貴族やら、果てには企業から他ギルドまでいろいろとつながりのある斡旋所って感じ。他ギルドと掛け持ちOK、ルールは守ってみんな仲良く。ならず者がいて「なんだテメエ」と喧嘩を売られることはねえし「お前パーティー抜けろ」なんて事態もなしだからな」
本当にそこしかないんだろうかと悩むも、タカアキは隣で流暢だ。
少なくとも本には問題を起こす人種は淘汰される場所とある。
「そこに入るとどんな仕事をするか、っていうのが気になるな」
コップを手に取った。つめた~いお冷だ、おいしい。
「色々だぞ。人探しから猫探し、お届け物から荷運びの護衛、素材集めに調査に魔物という名の害獣退治。本にはあれこれ書いてるけど、思うほど堅苦しい場所じゃないからな」
飲み干そうとすると横から声が挟まった。
俺たちよりずっと早く朝飯を食ってた連中からだ。
今まさに働きにいこうと降ろしていた防具をかちゃかちゃ付け直してる。
「なんでもするって感じか。で、あんたらがまさにそう?」
「ああ、今からお仕事だ」
「ゴーレムに窃盗させてた錬金術師がいるから調査しろってやつ」
「先輩からのアドバイスですけど、冒険者ギルドはとにかく他人とうまくやれる人が重宝されますよ。怖がらずに何でも試してみるべきです」
「でも料理ギルドはやめとけ、ありゃマジで変人の巣窟だ。俺の友達頭おかしくなって死にかけた」
「商人ギルドもいいけど冒険者が無難だぞ。下積みにもいいって言われてるし」
「そういうことなのであなたも冒険者になってみては?」
日本人顔に洋風の鎧が混ざった和洋折衷が二人に、エルフの姉ちゃんが一人という集まりだ。
そんな三人のアドバイスは実に頼もしかった。なるほど、悪くなさそうだな。
「ごちそうさん店長。頑張ってくる」
「それじゃ行ってきます。まったくこの街は変なトラブルばっかだなぁ」
「ご馳走様でした。お仕事いってきます」
「まいど。みんな気をつけてな」
冒険者らしい顔ぶれは代金を置いて颯爽といってしまった。
「どうも」と手で送るとリーダーらしい男は頷いてくれた。そうか冒険者か。
「つまり俺はストレンジャー兼擲弾兵兼冒険者か」
「お? なっちゃう? なっちゃうんか?」
「さっきの人柄を見るに悪くなさそうだ」
「ん、ぼくもなれる?」
「誰でもなれるぜ。お兄さん嬉しいよ、お前がやっと就職できそうで」
「問題はうまくやってけるかって話だ」
今後の路線が決まったところにタコ足が器用に料理を運んできた――和食だ。
「……おお、日本の食事だ」
思わず息が詰まった。こいつは理想の和食なのだ。
茶碗を飛び出る白いご飯、海藻と豆腐の味噌汁、焼き魚、生卵。
いつぞやタカアキがこういうのを作ってくれたが、お盆いっぱいの迫力はあの時と段違いだ。
しかも人工食材じゃない。フランメリアに来て良かった理由がまた増えたぞ。
「……お肉」
気づけばニクも目をキラキラさせてた。白皿いっぱいのソーセージとベーコンが目玉焼きを圧殺してる。
さっそく食らいついた。熱々の白米が妙に懐かしい。
わん娘も店の心遣いでスプーンをたどたどしく使ってる、どうも店長。
無言で食った。塩気のある鮭を食らって、ご飯をかっこんで、みそ汁を含んで――何食ってもうまい。
「うまいなこれ!!」
「はは、本当にうまそうに食べるんだなイチさんは」
「友達が「食べることは生きること」って言ってたからな。その感謝の気持ちだ」
「そんな考えに至るまで何があったか気になるけど、うちの料理をそんなに食べてくれるのは嬉しいことだよ」
「色々あったのさ」
店長は嬉しそうだ。感謝しながら生卵を見た。
確かこうだったか? 殻を割って小鉢に入れた、出てきた中身を混ぜる。
そばにガラスの醤油入れがあった。熱々の米に黄と黒をぶちまけてまぜまぜだ。
「ご主人、何してるの? どうして卵と混ぜてるの?」
「卵かけごはん」
「おっと、お前のわん娘はたまごかけご飯を知らねえ感じだな。いいか、こいつは混ぜた卵を飯にかけて食らう完全栄養食だぜ」
「タカアキの言う通りだ、うまいぞこれ」
卵かけごはんが完成した。ニクは「なにそれ」と不思議そうだ。
一気にずるずるかっこんだ。元の世界よりずっとうまいしのど越し爽やか!
おかげで瞬く間に特盛ライスが消えてしまったけど、この食べがいに店長は感心してるようだ。
「やっぱりプレイヤーなんだな。その食べっぷりを見るとそう思うよ」
おかげでいいプレイヤーの証明になったらしい。
そうだろ? と表情で返してやった――それから空の茶碗も持ち上げて。
「だからいったろ? ところでご飯おかわりもらえる?」
「卵かけご飯食う人種なんて俺たちぐらいだろうからなあ。俺もおかわり」
タカアキと「おかわり」が重なった。
朝飯食ったら準備して冒険者ギルドだ、次のステップは「金を稼げ」さ。
◇
どういうわけか西洋の街並みに和風の彩りが『定食屋』と名を振りまいてる。
誰が言ったか、タカアキだったか、朝飯食おうって話になった。
だったら和食が食べられる店あるし行こうぜ、と誘われた結果がこれだ。
「――ここはプレイヤー御用達、そして俺の行きつけの店ってやつだ。朝六時から営業、毎日やってるから朝飯にちょうどいい。いっぱい食う冒険者に大人気だぜ」
そんな場所に幼馴染の奇妙なスーツ姿はさも当然のように片足を突っ込む。
もう一度見上げたが、魔法の都市とか言う癖に和風な店が謙虚に構えてる。
「剣と魔法に和食か、まったくいい世界だな」
「ん……いい匂い、おなかすいた」
「店主はプレイヤーだから心配すんな。ちなみにヒロインの奥さんと一緒に経営してるぞ」
「あー待て、ヒロインが奥さんだって?」
「先月結婚したんだってさ、俺びっくり。ちなみにお前タコとか大丈夫?」
「MREに突っ込んであるパスタ以外だったら大体いけるぞ。で、なんでこの話の流れでタコがお好きかどうかって質問になるんだ?」
「いや、なんつーか割と大事な質問でよ」
良く喋る背中に続けば、日本的な色合いを感じさせるカウンター席があった。
その隔てを経た厨房でそれらしい格好の中年男性が仕事をしてるところだ。
中は広いわけじゃないけれど、整然としたテーブル席がいい意味でつつましい。
「はーいいらっしゃい……ってなんだ、タカさんか。最近見なかったけどどうしたの?」
さっそく店奥から出迎えだ、冒険者の連中に料理を運ぶ――タコだ。
いや、厳密にいえばタコの下半身をうねうねさせた赤褐色髪のお姉さんか。
化け物という表現が合うほど大きなタコの足がにゅるにゅるしてる。
しかもそれで器用にお盆を持ってるのだ、そりゃホールのお仕事が捗るはず。
「おはようオルトさん。見てくれ、行方不明の幼馴染がようやく見つかったぜ」
そんなエプロンを着た人間の半身にぐいっと押し出された。
持ち主の心境でも浮き出てるのか、彼女の足先がぬるっと『?』に曲がった。
「へえ、これがあんたの幼馴染? 日本人っぽくない見た目してるけど……プレイヤーさんだよね?」
まじまじ見てきた。
タコさながらの漢字の一みたいな瞳は訝しんでる。
奥で和気あいあいと朝食を食べてる冒険者らしい格好からも視線が飛んでくる。
俺はそばでじとっと佇むわん娘と顔を合わせてから。
「ひょっとして俺が箸を使えるかどうか心配してくれてるのか、ご親切にどうも。ところでここってご飯特盛にしてくれるサービスある?」
客だ、と冗談を込めて主張してみた。
店内には炊き立てのご飯とみそ汁の香りが漂ってて、まさにそれが食いたいと顔でも訴えてやれば。
「あのなあ、お客さんに失礼じゃないかオルト。すまないねお客さん、こいつ仕事はできるんだけどまだまだ接客がアレでね……」
カウンター越しのおっさんが手の動きを止めていた。
現代日本だったら冴えないの一言で済む顔だけど、ここじゃうまそうな朝飯を作ってくれる貫禄がある。
「仕事ができるなら悪い奴じゃない証拠だ。それよりここって元の世界の朝飯が食えるんだって? 白米とみそ汁がセットのやつだ」
「ああ、うちはあっちの料理をこうして提供してるんだ。何かリクエストがあったらどうぞ、俺の手が届くなら何でも作るよ」
そんな店長は「どうぞ」と落ち着きのある笑顔だ。
招かれるままにカウンター席につくとほんのり日本に戻ってきた気分がする
「ファンタジー世界で定食か。何でもありだな」
「……定食ってなんだろう」
「ほら、日本人って食にうるさいだろ? どうしても元の世界が恋しくて、こういう感じで向こうの飯を出す店がけっこう増えてるんだよ。おかげで料理ギルドが栄えてるとか」
三人で横並びになるとメニューが目に付いた。
朝食向けのラインナップが『農業都市直送食材を使ってます!』と謳ってる。
ごはんの特盛無料、お値段大体400メルタ。まさか異世界で定食屋とは。
「感覚バグりそう。おすすめは?」
「朝ならこのくっそ安直な『朝定食』だ。卵は生、目玉焼き、だし巻き卵が選べる。もちろん人工食品じゃねーやつだぞ」
「もう一度確認するけど俺たち今フランメリアにいるんだよな?」
「おう、それも元の世界よりずっといい環境だ」
「ん、お肉食べたい」
「あとうちのわん娘が肉食べたい言ってる」
「じゃあベーコンエッグ定食肉マシだな。ご飯は特盛までいけるぜ」
「どこまで対応してんだこの店は。朝から久々の和食とか最高だな」
三人で話し合ううちに注文が決まった。
するとさっきのタコっぽいお姉さんがにゅるにゅるやってきて。
「プレイヤーさんだったんだ、ごめんなさいね? 私はオルト、ヒロインで『スキュラ』よ。そこの人と一緒にこのお店をやってるんだけど」
謝罪混じりの挨拶しにきたようだ。
タカアキが「タコはお好き?」と尋ねた理由が良く分かった。
でもご安心を、こちとらそれ以上を目の当たりにしてきたストレンジャーだ。
「ヒロインだったか。俺はそいつの幼馴染のイチだ、隣のわん娘が犬の精霊のニク」
「犬の精霊……ってことはその子もヒロイン?」
「まあそんな感じ。注文いいか?」
俺たちは半タコの店員さんに注文を送り付けた。朝定食ご飯特盛生卵。
三人分の使命を受けた彼女はにゅるっと軽やかに仕事をこなしにいった。すごいぞ、ここの先客はその姿にも動じてない。
「……そうか。タカさん、やっと幼馴染が見つかったんだな?」
「おう、こうして元気で安心したよ」
「良かったじゃないか。でも最近、妙な出来事もあったよな? 今度は外国人っぽいのが急に現れたとかなんとかそういう噂だ」
「あー、あったな。まあ大丈夫だろ、フランメリアだし」
「はは、何があっても大体フランメリアだからしょうがないって言葉で済むよな。俺たちもすっかりこっちに染まってるよ」
厨房のおっさんはタカアキと親し気にしてた。
朝食をこしらえつつの視線はすぐに俺の方にも向かって。
「お客さんプレイヤーだよな? 俺はヒラノ・トウマ、ここの店長だ。元の世界が恋しい人のためにこうして飯を作ってるんだ」
合間合間だがこうして挨拶してくれた。
日本人らしい名前もずいぶん久しぶりだ。俺もそれなりの顔を返した。
「いい名前だな。タカアキがいろいろ話したみたいだけど、俺のことどこまで知ってる?」
「色々聞いてたよ。面倒の見がいがある人だとか」
「てことは俺の生活能力のなさまでご存じ?」
「お前のことならだらしない部分全部話したぜ、心配するな」
「後で覚えてろ馬鹿野郎」
「ははっ、本当に仲がいいんだな。いや本当に良かったよ、タカさんあんたのことずっと心配してたんだ」
「大変な目にあったけど無事に再会できたんだ。んで現在進行形で無職、幼馴染に養ってもらってるご身分だ」
「どうも、こいつの食い扶持探しを手伝ってるご身分です」
「えーと……今も大変そうだな、うん」
ついでだが現状も打ち明けた。
そう、無職だ。更に言えばストレンジャーはこの世界をなめてた。
特にクラングルの生活となればなおさらだった。
向こうで回収したブツを換金したところでここじゃ消えるのもあっという間だ。
よって「ノルテレイヤ云々」以前に稼ぎを探せと心配される体たらくである――宿の親父さんからも。
「なら手っ取り早いのは冒険者ギルドに登録することなんだよなあ……というか、現状それしかないとでもいえばいいのか」
とうとうカウンター越しからも心配が飛んできた。
「雇ってくれる場所はいっぱいあるんだけど、身分証明とお金がすぐにでも欲しかったらけっきょく冒険者ギルドなのよね」
タコお姉さんにもそう言われるのだ、冒険者とやらになるしかないのか?
別にそんなのにならなくても食い扶持はある。じゃがいものヒモになるか紅茶奴隷になるかの二択だ。
頭を抱えた。地獄の二択とやむを得ない一択が俺の選択肢だ。
「そうだなあ。イチさん、ここで働くアテは見つかったのかい?」
「最悪のコネが二つあるぐらいだ」
「なんだいそりゃ」
「じゃがいもと紅茶――ああ、ちなみに今のは隠語だ。意味知ったらやばいぞ」
「うん、なんだかすごく訳ありだなイチさん」
「半年も経ってるのにギルドも知らないとか何なんだ、とか絶対聞かないでくれ」
「大変な目にあったんだと割り切っておくよ」
「どうも店長、あんたのことは一生恩人として覚えとく」
本当にどうしよう。ジャガイモの魔女のヒモとして繋がるのはなし、どこぞの女王様の性欲発散道具兼紅茶のしもべは死んでもごめんだ。
でも冒険者ギルドがなんたるかは調べがついてる。
「冒険者ギルドについてはある程度知ってるんだけどな。えーと確か元々は傭兵かなんかが発端だったとか」
飯が来るまでの間、タカアキから渡された本の内容を思い出した。
冒険者ギルド。聞き心地のいい言葉だけど、要は身分も保証してお仕事くれてやるから組合員として尽くしなさいという場所である。
「最悪ここいきゃなんとかなる」だとか最初に書かれてたほどだ。
そしてまさに今「なんとかなる」という部分にすがろうとしてる。
「国やら魔女やら貴族やら、果てには企業から他ギルドまでいろいろとつながりのある斡旋所って感じ。他ギルドと掛け持ちOK、ルールは守ってみんな仲良く。ならず者がいて「なんだテメエ」と喧嘩を売られることはねえし「お前パーティー抜けろ」なんて事態もなしだからな」
本当にそこしかないんだろうかと悩むも、タカアキは隣で流暢だ。
少なくとも本には問題を起こす人種は淘汰される場所とある。
「そこに入るとどんな仕事をするか、っていうのが気になるな」
コップを手に取った。つめた~いお冷だ、おいしい。
「色々だぞ。人探しから猫探し、お届け物から荷運びの護衛、素材集めに調査に魔物という名の害獣退治。本にはあれこれ書いてるけど、思うほど堅苦しい場所じゃないからな」
飲み干そうとすると横から声が挟まった。
俺たちよりずっと早く朝飯を食ってた連中からだ。
今まさに働きにいこうと降ろしていた防具をかちゃかちゃ付け直してる。
「なんでもするって感じか。で、あんたらがまさにそう?」
「ああ、今からお仕事だ」
「ゴーレムに窃盗させてた錬金術師がいるから調査しろってやつ」
「先輩からのアドバイスですけど、冒険者ギルドはとにかく他人とうまくやれる人が重宝されますよ。怖がらずに何でも試してみるべきです」
「でも料理ギルドはやめとけ、ありゃマジで変人の巣窟だ。俺の友達頭おかしくなって死にかけた」
「商人ギルドもいいけど冒険者が無難だぞ。下積みにもいいって言われてるし」
「そういうことなのであなたも冒険者になってみては?」
日本人顔に洋風の鎧が混ざった和洋折衷が二人に、エルフの姉ちゃんが一人という集まりだ。
そんな三人のアドバイスは実に頼もしかった。なるほど、悪くなさそうだな。
「ごちそうさん店長。頑張ってくる」
「それじゃ行ってきます。まったくこの街は変なトラブルばっかだなぁ」
「ご馳走様でした。お仕事いってきます」
「まいど。みんな気をつけてな」
冒険者らしい顔ぶれは代金を置いて颯爽といってしまった。
「どうも」と手で送るとリーダーらしい男は頷いてくれた。そうか冒険者か。
「つまり俺はストレンジャー兼擲弾兵兼冒険者か」
「お? なっちゃう? なっちゃうんか?」
「さっきの人柄を見るに悪くなさそうだ」
「ん、ぼくもなれる?」
「誰でもなれるぜ。お兄さん嬉しいよ、お前がやっと就職できそうで」
「問題はうまくやってけるかって話だ」
今後の路線が決まったところにタコ足が器用に料理を運んできた――和食だ。
「……おお、日本の食事だ」
思わず息が詰まった。こいつは理想の和食なのだ。
茶碗を飛び出る白いご飯、海藻と豆腐の味噌汁、焼き魚、生卵。
いつぞやタカアキがこういうのを作ってくれたが、お盆いっぱいの迫力はあの時と段違いだ。
しかも人工食材じゃない。フランメリアに来て良かった理由がまた増えたぞ。
「……お肉」
気づけばニクも目をキラキラさせてた。白皿いっぱいのソーセージとベーコンが目玉焼きを圧殺してる。
さっそく食らいついた。熱々の白米が妙に懐かしい。
わん娘も店の心遣いでスプーンをたどたどしく使ってる、どうも店長。
無言で食った。塩気のある鮭を食らって、ご飯をかっこんで、みそ汁を含んで――何食ってもうまい。
「うまいなこれ!!」
「はは、本当にうまそうに食べるんだなイチさんは」
「友達が「食べることは生きること」って言ってたからな。その感謝の気持ちだ」
「そんな考えに至るまで何があったか気になるけど、うちの料理をそんなに食べてくれるのは嬉しいことだよ」
「色々あったのさ」
店長は嬉しそうだ。感謝しながら生卵を見た。
確かこうだったか? 殻を割って小鉢に入れた、出てきた中身を混ぜる。
そばにガラスの醤油入れがあった。熱々の米に黄と黒をぶちまけてまぜまぜだ。
「ご主人、何してるの? どうして卵と混ぜてるの?」
「卵かけごはん」
「おっと、お前のわん娘はたまごかけご飯を知らねえ感じだな。いいか、こいつは混ぜた卵を飯にかけて食らう完全栄養食だぜ」
「タカアキの言う通りだ、うまいぞこれ」
卵かけごはんが完成した。ニクは「なにそれ」と不思議そうだ。
一気にずるずるかっこんだ。元の世界よりずっとうまいしのど越し爽やか!
おかげで瞬く間に特盛ライスが消えてしまったけど、この食べがいに店長は感心してるようだ。
「やっぱりプレイヤーなんだな。その食べっぷりを見るとそう思うよ」
おかげでいいプレイヤーの証明になったらしい。
そうだろ? と表情で返してやった――それから空の茶碗も持ち上げて。
「だからいったろ? ところでご飯おかわりもらえる?」
「卵かけご飯食う人種なんて俺たちぐらいだろうからなあ。俺もおかわり」
タカアキと「おかわり」が重なった。
朝飯食ったら準備して冒険者ギルドだ、次のステップは「金を稼げ」さ。
◇
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そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
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ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
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