魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

墓前報告

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 アバタール。未来の俺はそう名乗っていたらしい。
 もしかしたら親しいやつには本当の名や素性を明かしたかもしれない。
 でも満足に言えなかったんだよな? この世界を守るため、言いたいことも言えずにこの世を去ったんだろう。

「あれがあやつの墓じゃ。ケヒトとか言う馬鹿者がドワーフ族総出で勝手に作りおった」

 茜色と青色の混じる空の下。屋敷からそう遠くない場所にそれは立つ。
 ご丁重にも、花壇に挟まれた石畳がそこまでを示していた。
 広い敷地の中にぽつんと誰かさんの墓が立ってるのだ。
 芝生に乗った墓石は夕焼けを白く跳ね返して、なぜだか遠い懐かしさがある。

「……これがアバタールの墓なんだな」

 リーゼル様と立ち止まってそっと見上げた。
 四角い土台の上に円形と混ざった十字架が構えられてる――変わった形だ。

【親愛なる我らが息子、アバタールへ】

 根元に添えられた一文はこれだ。
 たったこれだけの言葉がこの墓に重みをもたせていた。
 ようやくこうして向き合ってると、ギザ歯の小さな魔女はぞろぞろついてきたメイドたちに「下がれ」と目配りしたようだ。

「ロアベア、クロナ、お主らは残れ」
「はい、リーゼル様」
「分かったっす」

 そう付け加えて、だが。
 何事かと探ろうとする個性豊かな面々は去って、残ったのは黒髪ビッグなお姉さんといつものニヨニヨ顔だ。

「なあ、これ見てるとすげえ微妙な気持ちになんの俺だけ?」

 タカアキがすぐ横にやってきた。
 言葉通りの複雑な顔で十字架を見上げてるが、俺だって同じだ。

「……これが、ご主人のお墓なんだ」

 ぎゅっとニクがすり寄ってきた。撫でてやった。
 二人のメイドは静かにそこにいた。魔女リーゼルに忠実な様子だ。

「なあ、リーゼル様」
「なんじゃ」
「ケヒト爺さんってどんな人なんだ?」
「儂にとっては気に食わんことこの上ないお調子者の賢者じゃ。まだ生きとったのか」
「好ましくない方の知り合いみたいだな」
「そろそろ老いて死ぬ頃かと思ったんじゃがの。しぶとい奴め」

 どことなくあのお茶目なドワーフの爺さんについて尋ねてみたが、一応知り合いという体らしい。
 そうだったのかケヒト爺さん。この墓はあんたも関わってんだな。
 あの世界でまた会えてどんな気持ちだったんだ? 嬉しかったのか、悲しかったのか、両方か。

「あの人も墓から蘇ったような奴と出会ってさぞ複雑だったろうな」

 自分の墓に触れた。ひんやりしていて、それでいて清潔だった。
 屋敷の誰かがずっと手入れをしてくれたんだろう、大事にされてる。

「まったく、なんなんじゃおぬしは。フランメリアが珍妙なことになったかと思えば、アバタールのやつが帰って来たなどと揃いも揃って皆うつつを抜かしおって」

 しばらく触り心地を確かめてるとリーゼル様が寄り添ってきた。

「残念だけど今の俺はそいつのなり損ないだ。いやなりかけって言ってもいいか? まあ傷あり訳ありのクソ面倒くさい生まれ変わりってことで」
「ふん、ならばあやつとさほど変わらんわ」
「面倒くさいやつだったみたいな言い方だな」
「今のお主のように面倒なものばかりよこす厄介者じゃったな、あの馬鹿者は」
「世話かけてすみません」
「現にこうして世を騒がしとるからの。まったく、どこまでそっくりなんじゃ」

 どことなくギザ歯の魔女は懐かしんでた。
 しばらく無言になった。この静寂をいいことに話を続けることにした。

「……こいつの世話になるところまで同じだろうな」

 俺は自分の手を墓石に重ねた。
 いつか、どこかの武器商人が褒めちぎってくれた手だ。
 だが不思議なものをぶち壊す力が宿ってる。異能を全て台無しにし、ミスリルを溶かし、剣と魔法の世界を壊すような何かだ。
 最後は持ち主をこの世から消した。それだけの力だった。

「その魔壊しの力か」

 リム様そっくりの銀髪の女の子が見つめてきた。
 彼女の知るように、俺もいずれこの力で消滅させられるのがオチだ。
 おまけに遺伝子も残せない死んだも同然の存在はこうしてフランメリアにいる。

「困ったことにこの力と子供を作れない体質をクソ律儀に受け継いでるんだ。たぶん人生のゴールすら同じ路線だぞ」
「であれば、お主のその力を求めてくる不埒な輩もまた集うことじゃろうな」
「心配するな、気に食わないやつはぶっ飛ばしてやるつもりだ。今まで通りにな」

 心配ないと握りこぶしを掲げて見せた。
 この力が悪いものを招こうがぶちのめしてやる、と意思表示だ。
 向こうは呆れたような、期待するような、むずがゆい反応だった。

「今度のアバタールは頼もしいことじゃな。あやつに群がる阿呆は全て取り巻く者どもがどうにかしてくれたからの」
「自分でどうにかできなかった感じ?」
「生まれたての童のごとく周りの手を借りねば生きられぬ奴じゃったぞ」
「じゃあ俺の方がマシだな、ご飯ぐらい炊けるぞ」
「……まあ、あちらの方が幾分賢かったじゃろうな」
「しかたねーだろ脳欠けてるんだし」
「何いっとんじゃおぬしは」

 今のうちに脳みそカミングアウトでもしてやろうと思ったがやめた。
 未来の自分の墓に面と向かって挨拶をしようと思えば。

「――アバタール。ヒンドゥー教において至上の存在たる神、その化身を表す単語、ひいては永遠の存在を示す言葉でしたか? いやいや、なんだか親近感を覚えてしまいますね? 化身のあたりとかが特に」

 背後から流暢な言葉遣いが混ざってきた。
 なんとなく耳に触れたことのある声だ。振り返れば執事がそこにいた。
 褐色肌と黒髪でよくつくられた男だった。
 整い過ぎた顔で人懐っこく細められた目が妙に馴れ馴れしい――ブルヘッドにいたやつだ。

「いや誰だお前」
「ああ、お気になさらずイチ様。私も死を悼んでいる身ですよ」

 突然のイケメンは人目もくれずずかずか押し入ると何かを見せてきた。
 緑色の瓶とお菓子の袋。世紀末世界で見た辛口のジンジャーエールとトルティーヤチップスが当てはまる。
 俺の好物だ。墓の元にそっと添えて、本人は一仕事終えたように勝手に頷く。

「これでよしと。お取込み中失礼いたしました、前々からの約束だったもので」
「人の好物をわざわざ添えてくれるってことは友達だろうな。で、なんだお前は」
「そうご所望されたのを思い出しただけです。あ、用が済んだらどうぞ召し上がってください」

 そいつはまるで「探ってみてください」と挑戦的な顔でくすっとしてる。
 腹立ったのでノーモーションで胸に触った。ワーオ、立派で柔らかい胸筋。

「外なる観客は今日も楽しんでおられますよ。引き続き良き混沌を」

 イケメン執事は最後にそんな言葉を置き去りにしていった。なんなんだあいつ。

「あいつって屋敷で雇ってる執事かなんか?」
「知らん。お主の知人ではないのか、気さくに胸板を触れるほどの仲に見えたんじゃが」
「誰っすか今のイケメン執事さん。ていうかイチ様、そんな知らない人のおっぱいいきなり触るとか大胆っすね」
「あのような殿方は私も存じません。あなたのお知り合いでは?」

 関係者はみんな首を否定的に振ってる。ならタカアキとニクの顔を伺うが。

「今のはニャルの奴だな。良かったなイチ、ずっと見守ってるみたいだぜ」
「あれが?」
「他にいろいろな姿があるって本人が自慢してたからな。お前の好物をピンポイントで知ってる点も見るに、まさにあれがそうなんじゃね?」

 幼馴染の口から出てきたのはあいつの名前だ。お前だったのかニャル。
 姿を追えば、執事姿は遠くでメイドさんたちの前をご機嫌に横切ってた。
 ――いや、振り返った。「しー」と人差し指で訴えてにっこり消えた。

「確かにそんな匂いがする。わざとらしいけど」

 そんな姿にニクの鼻は胡散臭さを感じ取ったらしい。訝しんでる。
 まあいいか。こうして墓参りに来てくれたなら悪いやつじゃないはずだ。

「……待たせたな。悪いな、ごたごたしてて」

 それから物言わぬ墓石に話しかけた。
 十字の交差部分を囲うような輪の中には花の紋章が刻まれていた。

「さっそくだけどフロレンツィア様から伝言があるぞ? 「先生はまだまだ元気です」ってさ、あの人俺を見てすごく懐かしんでたよ。しかもリム様とも知り合いだったんだ、どういう仲だったのかちょっと気になってる」

 そう言葉を投げかけたところでただの空っぽの墓だ、返事するわけないか。

「色々な人と出会って、そいつらに世話になりながらここまで来たんだけどさ……やっぱ同じなんだろうな。お互い誰かに世話になってばっかの人生だ」

 思えばその色々な人に助けてもらいつつの人生だったな。
 じゃあ一緒じゃないかと思わず笑った。

「でも、そんなやつらと巡り合わせてくれたのは間違いなくお前のおかげだ。自分にこんなこと言うのは変だけど、こうしてデカい借りができたな?」

 それでも二人の加賀祝夜には決定的な違いがある。
 未来の俺はこうしてフランメリアを形作ってくれて、今の俺は妨げるものは全部ぶち壊す擲弾兵になった。
 その距離はずいぶん遠く離れてしまったけど、だからこそできることがある。

「もう俺はお前みたいになれないんだろうけど、だったら開き直って1イチから始めてやるさ。大げさに言うならその無念を晴らしてやるって感じか?」

 俺は隣にいたタカアキの背中を押した。
 あいつは「待ってました」とばかりに口元をほころばせて。

「よお、元気にやってるぜ。くたばる前の幼馴染だよ、とりあえずこれで悲劇的な死に方は避けられたみたいだ」

 帽子を取ってお気楽に接し始めた。いつも通りの幼馴染の様子だった。

「お前をかばって撃たれて死ぬとかどんな未来だよって話だよマジで。いいか、俺はそもそも死ぬときは派手に爆死するって決めてんだよ。ガチャの話じゃねーぞ、物理的な大爆発だ」

 語りかける姿だってそうだ。きっと未来の俺たちもそうしていたんだろう。
 けれども墓は答えない。そんな様子にタカアキはガバっとスーツを開いて。

「見ろ、クラス4のボディアーマーだ。毎日撃たれてもいいようにスーツに隠してるんだぜ――あっそうか頭撃たれたら意味ねえか、まあいいや。とにかく死なずに生きてっからめそめそすんじゃねえぞ。さもなきゃ俺の単眼美少女コレクションを接着剤で飾ってやらぁ」

 鈍い黒色の目立つボディアーマーを見せつけた。たぶん世紀末世界のものだ。
 遠い未来でこいつは全身穴だらけ、頭もぶち抜かれて死ぬ予定があった。
 ところがこうして路線がずれたんだからもうその心配はないはずだ。

「――だってさ、良かったな。タカアキの安全については心配するな、今度のアバタールは一味違うぞ? 相変わらず生活能力はクソだけど、その代わり腕には自信があるんだ。全力でこの単眼フェチのこと守ってやるからな」

 その証拠にカーゴパンツの中にたくし込んでいた物をちらつかせた。
 45口径の自動拳銃だ。我が身にはストレンジャーらしい戦い方が染み付いてる。

「後は俺に任せろ、もう恩人を見殺しにするつもりはない。お前の代わりっていっちゃ偉そうかもしれないけど、頑張るよ――にな」

 せめてもの気持ちだ。強く笑ってやった。
 きっとお前は、自分が死ぬことよりもフランメリアの良い人たちと会えなくなる方がずっと怖かったはずだ。
 俺が言うんだから間違いない。ああそうだ、そばにいるニクも招いて。

「それとわん娘もいるぞ。ニクっていう元ジャーマンシェパードだ、こんなに可愛いけど俺より強いからな? 羨ましいだろ?」

 長らく共にしている相棒を紹介してあげた。
 ニクは墓を見てどんな気持ちなのか。黒い犬の手でそっと触れて。

「……ぼくがいるから心配しないで。大丈夫」

 しっとりとした声で表面を撫でていた。
 こいつと持ちつ持たれつな関係を結んでくれたのも、この墓に刻まれた誰かの記憶があってこそだ。

「見ろ、俺はもう寂しくないぞ。しっかりと目に焼き付けてくれ、これがお前のもたらしたいい結果ってやつだ」

 最後に周りにいる奴らを見せた。
 ここにミコやノルベルトたちがいればどれだけ良かったんだろう。
 けれどもひとりじゃないのだ。馬鹿な幼馴染とわん娘に、ロアベアが確かにいる。

【きっと過酷な運命を背負っているのだろう。だが案ずるな、お前さんは強き人間だ。そんなお前さんを信じる良き人々がこれから先、数え切れぬほど現れるだろう】

 あんたの言う通りだ、アルゴ神父。
 あの言葉はきっと異世界にたどり着いた後の俺にも向けてたんだろう。
 少し墓石を見つめて、足元に供えられた品に手を伸ばした。

「もらっていいよな?」

 念のため周りに聞いてみた。
 みんな止めやしない。それもそうか、ご本人なんだし。
 遠慮なく瓶を開けた。「どうだ」とすすめるもつられたのはタカアキだけだ。
 半分飲んだ。甘くて辛かった。

「自分の墓の前で飲むジンジャーエールってどんな味だ?」
「生まれて初めての味がする」
「じゃあこっちは友の墓の前で飲む味だ」

 幼馴染は一気に飲み干した。少しむせた。
 トルティーヤチップスも袋を破いて一気に口に流し込む。
 PERKでかっ食らう力も強化済みだ、あっという間に瓶も袋も空っぽにした。

「……またな。暇なときは会いにくるよ」

 最後に【分解】してこの世から消した。挨拶はこれで終わりだ。

「墓の前で飲み食いするとは品のないやつじゃな。で、もう良いのか?」

 墓から離れるとリーゼル様が尋ねてきた。 

「すっきりしたよ。やりたいことを一つかなえた気分だ」

 そう答えてやった。「そうか」と短い返事だけだった。
 墓参りはお開きだ。メイド二人をお供に俺たちは離れていく。

「ああそうだ、ところでこの左右にある花壇は……?」

 ついでだった。ふと石畳の両脇に目が行ってしまう。
 花の種類なんて知るはずもないが、白くて黄色い花が花壇を彩ってたからだ。
 あの墓の持ち主の心遣いなのかとリーゼル様に伺うも。

「……その馬鹿の極みみたいな看板を見ればわかるじゃろ」

 お返しの言葉は辛辣というか、死ぬほど呆れているようだ。
 そんな視線を辿れば花壇に張り付くプレートに気づいた。

 【飢渇の魔女専用じゃがいも畑! 大事にしてくださいまし!】

 だってさ。何してやがるあの芋。

「そちらはリム様のお芋畑っすねえ、良く実ってるっすよイチ様ぁ」
「リム様か。墓の近くで芋植えるとかいい趣味してんな、どんな味するんだか」
「そろそろ収穫時っすねこれ、どうするんすかリーゼル様」
「知るか。ほっとけばあの芋馬鹿が勝手に収穫しにくるじゃろ――というかここ、儂の土地じゃぞ? なんであやつ毎回毎回芋を植え付けるのか……」

 立ち止まってロアベアとガン見したが、掘り出せばかなりの芋が出てきそうだ。
 そんなリム様の侵略地点を眺めてると。

「そう言えば、じゃがいもの花言葉は「慈悲」と「恩恵」だそうですよ」

 黒髪のデカいメイドがすらっとそんなことを伝えてきた。
 慈悲と恩恵。なんというか今までの旅を振り返るにちょうどいい言葉だ。

「そうか。だったらあの人らしい花言葉だな」

 それもそうか。妙に当てはまって笑ってしまった。
 実際、ウェイストランドの食糧事情はあの人のおかげで良くなった気がする。
 持ち込んだ種やら芋やらもそうだが、食への情熱と知識はストレンジャーズ以上に多くを助けてきたはずだ。
 ならその花言葉通りの生きざまだ。ぴったりじゃないか。

「そう言えばリム様、今頃どうしてるんだろうな」
「リーリムの奴ならフランメリアを忙しく駆け巡っておるぞ。うぇいすとらんどとやらから来た者たちのことやら、ほったらかしにした料理ギルドのことやらで忙しいそうじゃなからな。生き急いでるようで気に食わん」
「そうか、忙しいんだな」
「なんじゃおぬし、寂しいのか?」
「まあな。クソ騒がしい人だったけど、リム様はいい人だよ」
「なんか俺も久々に会いてーわ。面白いものあの人」
「ん、ぼくも会いたい。いつもかわいがってくれたし」
「うちもっす~、リーゼル様ちょっと可愛げないんで」
「なんじゃとコラ」

 そんなリム様もひどく忙しいみたいだ。落ち着いたらまた会えるだろうか?
 見上げればすっかり夕暮れのクラングルだ。
 ウェイストランドとは全く違うけれども、綺麗で深みのあるオレンジ色だった。

「して、イチよ。お主はこれからどうするつもりなのじゃ?」

 夕焼けの下を歩いてるとリーゼル様が聞いてきた。
 俺の「これから」だ。ここから先の人生についてのお話か。

「ちゃんと考えてあるぞ。まずは食っていける程度に稼げる身分になるぐらいだ」
「どういうことじゃそれ」
「この世界に来たばっかで右も左もわかりません、ついでにいうと宿代も幼馴染に払ってもらってます。以上」
「なんとも情けないアバタールもいたもんじゃな」
「俺だけスロースタートってやつだよ。仕方ないだろ?」

 クソ正直に現状を答えたが人のふがいなさに呆れた黒髪メイドの目線が痛い。

「……一応言っとくが、この屋敷はアバタールの所有物でもあるからの。別にお主が勝手に使おうが誰も文句は言わんじゃろうな」

 ところがだ、とんがり帽子と小さな背中から少し早口な調子が飛ぶ。
 振り返ろうともしない一言は夕日に照らされる屋敷を「好きに使え」とばかりだ。
 その言葉は二人のメイドには意外だったんだろう、顔を見合わせてる。

「あれ? ひょっとしてリーゼル様寂しい? 寂しいんか?」

 しかし馬鹿なタカアキめ。すたすた歩く後ろ姿におどけ始めやがった。

「イチ様と一緒にいたいんすかリーゼル様? それ住んでくれって言うようなもんすよね?」

 ロアベアもだ。流石に二人目となるとギザ歯の魔女も言葉を詰まらせて。

「寂しさを埋めるためにイチ様と共に暮らしたいのであればあなたの意思に従いますが。しかし良いのでしょうか、今は甘やかさずに少々厳しさを学んでいただいた方が自立心も整うでしょうし、それからお誘いした方がイチ様の身の上を育むにふさわしいかと」

 黒メイドも辛辣さを向けたまま物申し始めた――もうやめてやれよ。
 おかげでリーゼル様がぷるぷるしてる。ほんの少しでブチギレる頃合いだ。
 このままほっとけばさぞ面白いやり取りが見れるだろうが。

「悪いな。住む場所をくれてやるって言うのは嬉しいけど、宿の親父さんが心配するから帰らないと」

 俺は南の方を見た。
 屋敷から大分離れてしまったが、そのあたりに帰るべき場所がある。

「それにいきなりおしかけて、メイドさんどもの仕事を増やすのも気が引けるしな? そういうのはもっと身の丈に合うようになってからだ」

 魔女様お付きのメイドさん二人を確かめた。
 黒髪の方は確かにおっかないが良く尽くしてるいい奴だと思う。
 ロアベアは――なぜか生首をパスしてきた。とりあえず受け取った。

「ふん。クロナといいロアベアといい暇を持て余すやつがいるからの、もう一人ぐらい住み着けば仕事の量もちょうどいい塩梅になると思ったんじゃがな」
「お気遣いありがとう。でもそうだな、しないとカッコ悪いだろ?」
「そっすねえ、でもだらしない殿方もそれはそれで魅力あるっす。あひひっ」
「俺のことか」
「問題はそういうのに尽くしちゃう人がいるんすよね、誰とは言わないっすけど」
「お前雇い主の前で良くそんな言えるな」
「大丈夫っす。うち、リーゼル様のぎりぎりを行くメイドっすから」

 喋る生首もろともリーゼル様の顔色をうかがえば「はぁ」と重いため息だ。
 でも調子がよさそうだった。呆れてるけれども安心したような感じだった。

「好きにしろ馬鹿者。その代わり、儂から用事がある時はロアベアを通じてお主を呼ぶぞ。よいな?」
「分かった。そうだ、今度暇なときに遊びに来るよ。タカアキとか連れてってもいいか?」
「よっしゃ! 屋敷探検しようぜ!」
「うちも行くっす~♡」
「屋敷を騒がしくするつもりかこの馬鹿ども」

 そして振り向いた。ほんの少しだけ微笑むギザ歯が見えた気がした。
 俺たちの姿を軽く眺めると、魔女リーゼルはゆっくり屋敷へ帰っていった。
 黒い衣装越しの背中が嬉しそうに見えたのは果たして俺だけか。

「……リーゼル様も笑うのですね」

 そうでもなかったみたいだ。
 勝手に帰ってしまった主人を見送る黒髪メイドがくすっとしてた。

「あれ、元々ああいうのじゃなかった感じ?」
「ええ。もっと根暗で暗雲のごとくどんよりとしたお方でした」
「なんか言い方にトゲ感じるけど大丈夫なのかこのメイド」
「クロナ先輩はちょっと人付き合いに難があるだけっすよイチ様」
「それ大丈夫じゃないよな」

 クロナとかいうメイド系のヒロインはこっちを見てきた。
 初対面から変わらぬ厳しい顔だが、見える態度は少しだけ柔らかに当たるものだ。

「それに、貴方のお人柄も良く分かりました」
「どういう第一印象だったか聞かない方がいいか」
「後輩をたらし込んだ得体の知れない上にだらしのない何かでした」
「チェンジすんぞこら」
「ですがこうしてその子の首を当たり前のように抱いてるのですから、少なくとも人を見た目で差別するような人間でないことは分かりました」

 鋭い目線はじっと手元に向けられてる。
 ニヨニヨするメイドの生首だ。「いる?」と差し出せばクロナは大事に抱えた。

「俺は差別するときは中身見てする人間だからな」
「なかなか良い趣味をお持ちのようですね。その心を持ってこのダメな後輩と付き合ってやっていただければ幸いです」
「チェンジで……」
「そんな~」

 生首は持ち主の元へ戻っていった。いつものロアベアがいた。

「こいつって生首取れようが一つ目だろうが見た目で選り好みするような人間じゃないからな、その辺の心配はいらないぞでっけえメイドさん」

 そんなクソデカメイドの前でタカアキが背中をばんばん叩いてきた。
 押し出されるようにしてしまえば、その先であの人外メイドたちと目が合う。
 ロアベアの仲間だ。一体何を心配してたのか人の墓参りをずっと見てたらしい。

「でしたらあの子たちとも仲良くできそうですね」

 クロナは安心したみたいだ。そんな彼女たちを手で案内してる。
 するとこそこそしてた情報量の多いメイドたちがこっちにきた。

「よお、あたしはオニのミヤだ。面白いなお前、いきなりチェンジとか言ったり、そいつの生首持って平然としてたりさ」
「てっきり私たちの見た目に嫌悪感を抱いてると思ったのですが、こうして見るとそうでもなさそうですね。チェンジとかふざけたことはねちっこく覚えて差し上げますが。私はアラクネのタランです」
「ああ、お客様! なんだか君は他とは違う何かが見えたんだ、その他人を見る目に立ち振る舞いはきっと特別な何かなんだろうね。ワーウルフのラフォーレだよ、この白い毛並みがたまらないだろう?」
「シープ族のメリノ。なんなんお客様、ただのプレイヤーじゃない感じ?」

 一斉に囲まれてあっという間にメイド祭りだ。

「改めて自己紹介を。私はスレンダーの『クロナ』です。以後お見知りおきを」

 そのリーダーともいえるデカいメイドはだいぶ親しくスカートを持ち上げた。
 多少なりとも親しさのこもった視線だ、不審者からお客様にランクアップか。

「イチだ。よろしく――ところで今ここでチェンジって言ったらどうなる?」

 しかしさっき脅されたことは忘れないぞ。言い逃げしてやるつもりで告げると。

「ではお客様行きましょうか、貴方の新たな我が家が待ってますよ」

 さっきみたいにがしっと抱え込まれた。
 お客様を脇に抱えたままパワフル系がずんずん屋敷の方へ向かう――!

「おい、おいっ! 離せ! 待て冗談だ! 離せうおおおおおおおおおおッ!」
「トラウマになるほど甘やかして差し上げますのでご覚悟をおらっついてこいっ」
「たっ助けて! やばいマジで持ち帰られるロアベアァ!」
「お~、お持ち帰りっすか。うちも手伝うっす~♡」
「ちゃんと帰ってこいよ! じゃあ俺、今晩はニク君と唐揚げ定食食うから……」
「ご主人、連れてかれてるけどいいの……?」
「いや助けろお前らァァ!」

 ……またメイドどもに囲われて言葉攻めされた程度で済んだ。

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