魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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剣と魔法の世界のストレンジャー

――総チェンジで。

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 魔女リーゼル。
 聞くにクラングルを統べる者だとか、偉い魔女だとかそういう話だ。
 何よりアバタールとの関わりが深いやつだが、そんな人物がとうとう俺をご指名したってわけか。

 あれからロアベアは職も失わずそんな魔女に仕えてたみたいだ。
 その結果『アバタール(もどき)連れてこい』という指示で会いにきたらしい。
 向かうは都市のずっと北にある屋敷だ。
 そこまでの道中、俺たちは話した――お互いのことや現状とかいろいろだ。

「そうなんすか~、またなんか面白いことになってるんすねぇイチ様」
「いつも通り前途多難ってところだ。そっちはどうなんだ?」
「こうしてリーゼル様のとこでメイドさんっす、先輩たちと楽しく働いてるっす」
「そうか、クビにでもなって新しい道でも歩んでると思ったよ」
「それがそうでもないんすよねえ。むしろイチ様とのつながりが得られるからなんすかね? 今後ともそばにいるように言われたっす」
「そりゃよかった、俺のおかげで首の皮一枚つながったみたいな感じか?」
「おかげさまで安泰の日々っす~♡ あっそういえばイチ様とはベッドの上でもつな」

 そうしてクラングルの街並みを伝いながらも喋る生首をひったくった。
 おかげで午後の一時に首無しのメイドがすたすた歩く有様だ。道行く人たちがぎょっと距離を置いてる。
 二度と変なことを喋れないように口を塞いでると。

「その子があっちに転移したっていうメイドさんか……なんつーか女の子の知り合いが増えててお兄さん感無量だよ。なんかメインカメラ取れてるけどよ」

 隣でタカアキは面白がってた。
 一つ目じゃなければたとえ誰かの首が取れようが別に構わないらしい。

「ふぃふふぁはほは、ひょうおうふぁふぁほは、え゛っふぃはふぇなっっふぇはっふ……♡ あふぃふぃふぃっ♡」
「えっ、向こうで何あったん? リム様はともかく女王様ってなに? そういうプレイしてたんかこいつ……?」
「何言ってんのか分かるのかよお前」

 しかもロアベアのもごもご声を解読してるようだ。諦めて返してやった。
 ニヨニヨ顔が戻ったメイドはちょこちょここっちにくっついてきて。

「大丈夫っす~♡ うちら身体の相性抜群なんで~♡」

 人の腕をさらって渾身のドヤ顔でそう紹介していた。もうやだこのメイド。

「――お赤飯でいいか? 甘納豆抜きのやつだ」
「どうか祝わないでくれ」

 幼馴染は狂気のもとで俺を祝おうとしていた。ここには変人が二人もいる。

「イチ様もお元気そうでよかったっす。うち、心配してたんすよ? こっちの世界でもやっていけてるのかなとか」

 街の景色がだいぶ変わってくると、ロアベアがにゅっと顔を覗いてきた。
 前より人懐っこさが増してる。馴れ馴れしい距離感だ。

「そこまで心配してくれてどうも。俺のことなんだと思ってんだお前」
「戦闘力以外全て駄目にした人っす!」
「なんもいえねえ」
「こいつほんと生活能力あれだからさ、ロアベアちゃんの心配はごもっともだぜ……気にかけてくれてありがとな」
「なんだか苦労されてたような言いぶりっすねえタカ様……あひひひっ♡」
「だって目離したらゴミ屋敷召喚しそうなんだもんこいつ!」
「そこまでなんすか……ちょっと引くっすね」
「この世界に来る前なんてさ、部屋掃除したら賞味期限二年前のスナック菓子がベッドの裏で潜伏してやがったんだぜ」
「何をどうしたらそうなるんすか」
「ぼろくそ言いやがってお前ら、覚えとけよ」

 今度は人の生活スキルのなさを話題にあれこれ言われた。二度と忘れないからなこの野郎。

「言っとくけどなロアベアちゃん、こいつの私生活見たら放っといたら死ぬって気持ちが湧くレベルだぜ。台所に立たせようものなら第三の生命が生まれたっておかしくねえぞ」
「そういえばイチ様、パンケーキ作ったとか言っておっきなクッキー作ってたっすねえ。大味だったっす」
「おい、人生で三番目に悲しかった思い出をここで語るな。こっちの世界まで引っ張ってくるんじゃねえよ」
「いやなんだよクッキーて。なんかやっちゃったのか?」
「……ロアベアさま、楽しそうだね。良かった」

 クソメイドと幼馴染の話が「致命的な料理」まで達しようとしたところでジトっと声が挟まった。
 隣でニクがふにゃっと口に微笑みを浮かべてた。
 ロアベアもそんなわん娘のふわふわの黒髪にやっと触れて幸せそうだ。

「それを言うならうちもっすよニク君~♡ 不便なく暮らしてるみたいで何よりっすよ、よしよし……♡」
「ん……♡ ご主人と一緒に過ごしてるけど、すごく楽しい」
「ちなみに今日何色のぱんつ履いてるんすか、確認するっす」
「えっ……♡ あっ……♡ きょ、今日は黒……っ♡」
「やめろ馬鹿野郎! うちのわん娘に何してやがる!」
「大丈夫っす、うちは相変わらずはいてないっす!」
「もうやだこのメイド……」
「なにこのメイドさんキャラ濃すぎるわこんなん」

 良かった、いや、良くない。ロアベアは別れてから相変わらずだった。
 ともかく俺たちは魔女の屋敷とやらを目指して歩き続けた。

「そういえばイチ様ぁ、ミコ様はどうしたんすか?」

 その途中でロアベアが取り返した生首をくいっと傾けてきた。
 気まずい気分になった。何せあれからずっと距離が離れてるのだから。
 向こうが四人仲良く活動を再開したところに混ざれないのもあるし、やっぱりまだ罪悪感だってある。

「……元に戻ったよ。みんなずっと心配してたみたいだ、四人で活躍中だってさ」

 おかげさまでせっかくの返答もこれだ。
 目をそらせばタカアキの「おいおい」って顔があって、ロアベアは訝し気な眉の作り方だ。

「タカ様ぁ、なんかあったんすかこの人。すっごい気まずそうな反応っす」
「こいつあれなんだよロアベアちゃん、この世の穏やかさを目の当たりにしてちょっとこう……気持ちがアレなんだ。それにあのクラン、半年以上もずっと帰りを待ち続けてくれたいい子だらけの場所だから負い目があるみてえだ」

 そんな気まずさもこの二人にかかればこうして丸裸だ。
 おかげで何も言えないしニクが心配げに上目遣いだ、撫でてやった。

「もしかしてっすけど、うちにもそういう気持ちがあったりするんすか?」

 そこに追撃がきた。距離感近いままに顔色をチェックされた。
 ああそうだよ、そんな気持ちもあったさ。それがどうしたこの駄メイド。

「あるっていったらお前はどうするんだって話にしようか?」
「じゃあ責任取れって言って弄ぶっす!」

 が、クソ正直にもちかけたところで帰ってくるのは前向きなニヨニヨ顔だ。
 いつもの自然体でロアベアは親しみを込めてくっついてくる。

「……全然気にしてないっすよ? でも、イチ様のことならずっと気がかりだったっす。うち、ミコ様ほどじゃないっすけどあなたのこと知ってるつもりなんで」

 その上でこの言い草だ。紫のぐるぐる目にじっと強く見つめられた。
 クソ面倒な身の上までこうして許容されてるのだ。ストレンジャーの負けだ。

「お前の善意にありがとうっていいたい気分だ、降参」
「あひひひっ♡ うちにはイチ様のご機嫌なんて丸わかりっすよ~♡」
「おかげで後ろめたさが一つ減ったよ」
「じゃあうちが寂しくないようにしてあげるっす! おらっフレンド登録っ」

 突き抜けるような明るさに少し救われた。ありがとうロアベア。
 すぐに視界に【ロアベア】からのフレンド登録申請が浮かんだ。
 承諾した。これでいつでも話せるわけだ。

「どうも。心霊写真と怖い話はNGだから送るなよ」
「お~、ほんとにこっちのシステム使えるんすねえ。イチ様だけうちらとやり取りできないんじゃないかって心配だったっすよ」
「互換性はあったみたいだ。それからニクも使えるから送ってやってくれ」
「お二人にも送らせてもらったっすよ、よろしくっすタカ様とニク君」
「ん、よろしくロアベアさま。気軽に送ってね」
「よおし、こいつの面白エピソード定期投稿してやるよ」
「ほんとっすか? 楽しみっす! あひひひひっ♡」
「俺のプライバシーを侵害したらただじゃおかないからなお前ら」

 タカアキにまで及んでしまったのはまずかったかもしれないがまあいいか。
 せいぜい俺を笑って話を楽しませてくれ。今の俺なら嫌な過去も笑い飛ばせる余裕があるからな。
 賑やかな二人のおかげで明るい気持ちになりつつ屋敷へと進むが。

【画像を受信しました...】

 ところが不意にそんな通知が見えた。
 PDAを確かめるとロアベアからだ。張本人は妖しくによっとしていて。

「あひひひっ……♡ イチ様ぁ、うちからのプレゼントっすよ~♡ 今朝自撮りしたとっておきっす~♡」

 何か意味が籠った発言をしてきたのでさっそく確かめた。
 チャット欄を見るに何か写真が送られたらしい。手で触れてみると――

 知らない場所だ、どこかの洋風の一室でロアベアが立っていた。
 その窓際で取れた生首を抱っこして、しなやかな手で目線を遮ってる。
 それだけならいい話だが、身なりは太もも上を持ち上げる白いソックスとガーターベルト、そしてメイドの頭飾りぐらいだ。
 柔らかな白肌の膨らみをぎりぎりさらけ出してなんなら照れてる――なにこれ。

「なにこれ着替え中?」
「うちのえっちな自撮り写真っす! これで一人でも寂しくないっすね!」

 本人が言うに怪文書に続いてクソみたいな画像が来てしまったようだ。

「変なもん送り付けるのはこれで二人目だクソが。幸先が不安になったよ本当にありがとう」
「えっ俺も負けちゃらんねえ! 行けっ! 俺の裸エプロン単眼美少女フィギュア!」
「やめろ馬鹿!? お前なんて……うわほんとに単眼美少女がいるぅ……」

 タカアキも混ざって俺のPDAは呪われた。畜生、やっぱりお前はクソメイドだ。



 フレンド登録したことを悔やんでいると屋敷とやらが見えてきた。
 きらびやかなクラングルの街並みとは違った威厳のある構えだ。
 建物の並びから抜け出したところで、都市の面積をだいぶ食う広い土地がそれらしく構えていた。

 最初に出迎えてくれたのは芝生に柔らかく包まれた広い庭だ。
 街の石畳と繋がる門は開きっぱなしで、「どうぞ」とばかりに道が続く。
 よく手入れされた花壇が行く先をずっと導いてくれてるみたいだ。

「……これが魔女の屋敷だって?」
「おー……? なんだか、すごく立派だね」
「……あれ、ノリでついてきちゃったけどいいんか俺」

 そして肝心なのはその俺たちの行きつく先だ。
 城さながらに大きなレンガ造りの屋敷がすぐそこで来客を待ちわびていた。
 魔女の屋敷、だとか言う割には見ていて気持ちのいい外観だ。無駄に豪華なわけでもないしオカルティックな不気味さもない。
 きっと持ち主は着飾らないような性格なんだろう。

「ここがリーゼル様のお屋敷っす! いやあ、いつみてもでっかいっすね……でも持ち主は堅苦しいの苦手なんで、別に特別豪華なわけじゃないんすよ?」

 そこまでの第一歩をロアベアが足取り軽やかに導いてくれた。
 お客様をもてなすためのご立派な道はやがて屋敷の玄関へとたどり着き。

「さあさあこちらへどうぞっす。イチ様が来ると聞いて、うちら魔女の侍女たちは歓迎ムードでお待ちしてるっすよ」

 俺は両開きの扉までによによ明るく案内された。
 これを開けば魔女とか言うやつの元へたどり着くわけか。
 向こうからは誰かが待ち構えてるような雰囲気をほのかに感じた。

「こんなお屋敷に「どうぞお客様」か。こういうところ来るのは初めてだな、ちょっと緊張するけど」
「大丈夫っすよ~♡ 気張らずに済むいい場所っすよ、きっとイチ様たちも気に入ると思うっす」
「そうか。じゃあ無遠慮に入らせてもらうか」

 首ありメイドがそっと扉に手をかけたのを見て身構えた。
 開いた隙間からふわっと屋敷の空気を感じると――

『『『『『『いらっしゃいませ、アバタール様』』』』』』

 綺麗な玄関ホールに一個小隊ほどのメイドどもがびしっと並んでいた。
 一目見てそいつらはヒロインだとすぐ分かった。
 獣の四肢があったり、下半身が蜘蛛だったり、角が生えてたり、目と鼻の先に立つ奴なんて二メートルはある巨体だ。

「あなたがアバタール様ですか。思ってたよりちっちゃいですね、こんなものですか」

 ――思わず見上げた。
 黒髪ショートで鋭い目を見張らせたお姉さんが小高く俺を見下していた。
 デカい。ノルベルトに匹敵する二メートル強が壁さながらに立ちふさがってる。

「あぁ? そいつがロアベアの言ってたやつか? だいぶイメージと違うなオイ」
「ロアベア先輩、その人がうわさのあの人なんですか~? でも顔はいいかも、いじりがいがあって……」
「へ~、これが君の言ってたって人なんだ。やあいらっしゃい、君を歓迎するよ。ところで可愛いね、君……♡」
「なんか二人余計なのついてんだけど。まあいっか、いらっしゃいお客様」

 このメイドどもなんかおかしい。お淑やかな雰囲気なんて一切ないし濃すぎる。
 左右に立ち並ぶ白黒姿はロアベアばりの自由な気風で俺を出迎えてる。

「あひひひっ♡ クロナ先輩、こちらがうちの言ってたご主人候補っすよ~♡」

 ロアベアはそんな恐ろしい面々に俺を紹介した。
 なんなら今目の前にいらっしゃるクソデカメイドに向けられていて。

「ロアベア、こんな男で大丈夫なのですか? まあいいでしょう、まずはその資格があるか確かめさせてもらいます」

 背も高ければ胸も尻もデカいそいつは、ずん、といろいろ揺らして迫ってきた。
 不機嫌そうで綺麗な顔はまるで獲物を思いがけず発見した肉食動物さながらだ。
 だから俺は――

「総チェンジで」

 ばたん。
 見なかったことにした。
 俺の知るメイドさんとなんか違う。開けちゃいけない禁断の扉だったのだ。

「あの面々を前にしてそれ言っちゃうとかすごいっすねぇ、あひひひっ♡」
冥土めいどが見えたよ……」
「まーたチェンジ言ってるぞこいつ。なんだ今の濃いメイドさんたち、面白そうじゃねーか」
「愉快すぎてやべえよあんなの。よし帰るかお前ら」
「ん、もう帰るの?」
「イチ様ぁ、ほんとに帰る気満々じゃないっすか。大丈夫っす怖くないっす」

 いやそうか、そうだよな、ロアベアみたいなのいるからアレくらいはいるはずだ。
 そう思ってヤバそうな屋敷からただちに引こうとすると。

「今、なんとおっしゃいましたか?」

 ドアが開いてあの黒髪クソデカメイドが潜り抜けてくる……!
 それだけならまだしも捕まえる満々の構え方だ。やめろ、来るな!

「うわっ……うわあああああぁぁぁぁッ!? なんか来てる! なんかこっち迫ってる!」
「こう見えて心配してるだけっすよこの人。大人しくお捕まりになってくださいっす」
「なんとおっしゃいましたか?」
「おいなんだこいつ!? こんなメイドやだ! 助けてくれロアベア! ロアベアァ!」

 ――捕まりました。
 ストレンジャーは荷物をわきに抱えるような形で連れていかれてしまった。
 よくわかった、メイド系ヒロインって言うのはこんなやつばっかりなんだ。

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