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Journey's End(たびのおわり)

物言う精霊(エロのためにいじりました☆)

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 途中途中でプレイヤーだのヒロインだの、そんなやつらの目を引きつつ歩く。
 このクラングルを彩る建物の数々はよく整えられていた。
 『ファンタジー』とでも言ってしまえば気楽に済むような佇まいだ。
 木か石かレンガか、なんであれ戦前から長生きした近代的な文明なんかよりもずっと洗練されてる。

「……ウェイストランドとはえらい違いだな。どこを見てもきれいだ」
「向こうは確か150年だっけか? そんくらい経った世界だったよな」
「すごいところだったぞ。缶詰から人類の価値観まで150年熟成されてた」
「そりゃいい味に仕上がってそうだな? どうだった?」
「美食の街って聞いてわくわくしながら向かったら人食い近親相姦野郎率いる一家が牛耳るクソコミュニティだった」
「ワオ、G.U.E.S.Tらしい。大丈夫だったん?」
「騙された挙句に拷問された」
「あれ、これ気軽に聞かない方が良かった話題?」
「心配するな、その代でちゃんと根絶やしにしてやった」
「転んでもただじゃ起きぬの精神は相変わらずだったんだな」
「起き上がったついでにきっちり仕返ししてきたぞ」
「ん……クリンはあんまり好きじゃない」
「それとうちのわんこもな。もうみんなで大暴れ」
「なにそれ面白そう! 聞きたい!」
「よし上等だ写真つきで説明してやる!」
「いいよ、来やがれ! あっもしかしてグロい?」
「グロいしエグい、再会した記念に話したら今後の飯に支障出るレベル」
「エログロか……じゃあまた今度」

 わん娘を連れて、タカアキのスーツ姿に導かれ、いつものふざけた会話もある。
 フランメリアの状況はまだ分からないが、ここは向こうよりもずっと平和だ。

「さーて到着。ここが俺の仮住まいさ、ちっちゃい宿屋だけどサービスはいい、毛髪がちょっとヤバイ親父さんと娘さんの親子でやりくりしてる上等なところさ」

 クランハウスエリアを抜けて街の奥へと向かったところ、あいつの足は止まった。
 路地の傍らで大人しく構えられた二階建ての建物だ。
 白と赤で温かい色合いだ、扉近くで旅人歓迎だのと書かれた看板が宿だということを訴えており。

「……お前さん聞こえてるぞ、どこに人が気にかけてることを語りつつ帰ってくる客がいるかって話だが」

 明るい店の様子が飛び込んできた。
 そこは木造りらしい壁がしっかりとした店だった。
 横広いカウンターの向こう、タカアキの言葉通りのおっさんがエプロン姿で待ち構えてたところだ。
 意外とがっしりした身体と一歩間違えれば不愛想になりかねない表情が、後退しすぎた赤毛と一緒にストレンジャーを訝しんでるが。

「あら、お帰りなさいタカアキさん。そちらの二人はお知り合い?」

 そんな強面寸前の人間と同じ髪色の女性がテーブル周りの掃除から戻ってきた。
 やはり動きやすい服装にエプロンを重ねてはいるものの、おっとりして優しい顔だ。
 そんな彼女もストレンジャーを見るなりちょっとばかり警戒してるものの。

「紹介するぜ親父さん、娘さん。コイツが俺の幼馴染……とその相棒だ」

 宿に果たして似つかわしいか分からないスーツ姿はこっちを紹介してくれた。
 大げさな手の動きもあってか胡散臭そうになったものの。

「……そうか、お前さんがかい?」

 気がほぐれたらしい。宿の親父さんは肩の力を落としていた。
 その娘さんだって驚きの後に安心したような顔つきだ。どう伝わってるのやら。

「なんだか俺のことをうっすら知ってるみたいな反応だな、タカアキ」
「だって色々話したからなあ」
「どこまでだ?」
「生活能力ないところを重点的に」
「なにも言い返せません」

 なるほど、お前が勝手にあれこれ言ってくれたのか。
 ここの店主はこんな幼馴染を受け入れたようだ。娘さんもくすっと笑ってる。

「どうも、イチです。お世話になります」
「ん、ぼくはニク。よろしく」
「こいつはわけあって長い旅をしてきたんだ、まあ客ってやつだな? 代金は俺払いで滞在日数はしばらくだ、いいよな?」

 タカアキはツーショットのやつみたいに軽い言い回しで俺たちを押し出してきた。
 それで十分信頼に当たったんだろうな。親父さんはようやく笑顔になって。

「そうかしこまらなくていい。ということはお前さんは今日からうちの客だ、ゆっくりしていけ」

 と、店の中でくつろげと言わんばかりに招いてくれた。
 どうもここは一階が食堂やらになってるらしい。カウンター裏からいい香りがする。

「これでこの寂れた宿屋にまた客が増えたな! 良かったね親父さん!」
「お前さんはわしに喧嘩売ってるのか?」
「誠にごめんなさい。ちょっと部屋から荷物取ってきます」

 ……まあ、タカアキの言動には難儀してるようだ。
 しかしストレンジャー目線から見ても、清潔でいい加減でもない店内に対して客がいないというか。

「まったく、あの馬鹿はどうしていつもいつも一言余計なのか……」

 そこに階段を逃げるように上がるタカアキがいて苦労されてるらしい。
 良かった何時ものクソ幼馴染だ。ニクと一緒に席に着いた。

「あいつ相変わらずだな、俺の幼馴染がご迷惑をおかけして申し訳ない気分」
「正直お前さんが来てくれてよかったと思ってるぞ。あんな奴がどんなイロモノ連れてくるか危惧してたが、ちゃんとした人間だったとはな」
「そりゃどうも。でもまともな人間だっていう期待には応えられなさそうだ」

 荷物も置いて身軽になった。埃っぽくない空気が向こうとひどく違った。
 親父さんはそんな俺たちを見て何を思ったんだろう。娘さんに目をかけてから。

「お前さんたち、何か飲むかい? わしからのおごりだ」

 この店なりの歓迎をしてくれるそうだ。わん娘と目あわせて少し考え。

「こういう場所、こういうシチュエーションだと酒くれって言わないと駄目?」
「……なんでもいいけど?」
「このフランメリアじゃ酒が飲めない種族も当たり前だ、抜かりないぞ。それに酒じゃない方が安上がりで好ましい」
「そりゃよかった。酒以外だったらなんでもいい」

 適当に頼んだ。その注文に向こうは快く応じてくれた。
 しばらくしないうちに娘さんが飲み物を運んできた――きれいなグラスに注がれた琥珀色の何かだ。

「親父さん、これ何?」
「甘酸っぱいにおいがする……」

 口に付ける前に一応聞いた、ニクもすんすんしてるが柑橘系の香りがする。
 しかもよく見ると氷まで入ってた。良く冷えてらっしゃるようで。

「歯車仕掛けの都市で生産されてる飲み物だ。柑橘類やら蜂蜜やらを混ぜた濃い口のものなんだが、本当は酒を割るためだったりするが誰もそんなの守っちゃいないぞ」

 親父さんはわざわざそのボトルまで見せてくれた。張られた紙には歯車マーク。
 ニクと一緒に飲んでみた。強い酸味の後に甘さが後からじんわりくる変わったお味。

「どうだ」
「気に入った」
「ぼくも気に入った」

 いかに口にあったかグラスを掲げてやった。店主は満足した表情だ。
 それから何口ほどか楽しんでると。

「お前さん、ただならぬ道を歩んできたようだな」

 カウンターの向こうからいきなり鋭く言われてしまった。
 なんとも返しがたい言葉に思わず見上げれば、まさにその通りの顔つきがあった。

「どこで分かったのやら」
「目を見れば分かるさ」
「目?」
「年寄りの偉そうな言葉なんて気に食わんかもしれないが、お前さんは過酷な旅をしてきたような深い目をしてるぞ。何があったかなんて聞かんが苦労してきたみたいだな」
「まあ、大体あってるかな」
「そうか。だが心配するな、わしから見れば気のいい人間に見える」
「そう見えるか?」
「こうして宿でうまそうに酒でもない何かを飲んでるからな、気に障るつもりで言わせてもらうがまだまだ子供だ」
「いいや、今一番助かる言葉だよ。ありがとう」
「何があったのかは知らんが気にするな、お前さんはまだ若い」

 フランメリア人って言うのはやっぱりすごいな、なんだかもう見抜かれたみたいだ。
 でも良かった。この目と向き合ってくれるいい人だったか。

「……タカアキの言う通りいい宿屋みたいだな、ここにきて良かった」
「あの単眼フェチは馬鹿みたいに騒ぐが悪いやつじゃない、お前さんのことをずっと気にかけてたんだからな」
「知ってる、そういう人間だから」
「あいつめ、ちゃんと理解してくれる友がいたんだな。安心したよ」

 甘酸っぱい味を飲み干して返した。親父さんは「もう一杯どうだ」とすすめてきた。
 お言葉に甘えてわん娘と一緒におかわりしようとすれば。

「イチ、なんか食うか? お兄さんのおごりだぞ☆」

 ヤツが戻ってきた。なんだか見覚えのある造形と共に。
 本やら何やらを引っ張ってきたらしいが、片腕が何か大切なものを仰々しく持ってた。

「……おいなんだその覚えのある女の子」

 百鬼のフィギュアほどに匹敵する大きさの――単眼美少女だ。
 元の世界とあまり変わらぬ太ももの造形と、赤面する一つ目の女の子のきわどい格好が台座と共にはせ参じたようだ。

「サキュバスのお姉ちゃんに協力してもらったもちもち単眼美少女アイちゃんレガシーだ。大丈夫、今度は見えても大丈夫な縞パン仕様だ」

 この世界は一体どうなったんだ、終わりに近づいてるんだろうか。
 あいつは親し気に隣に座るとカウンターにどんと彼女を置いた。流石の親父さんも滅茶苦茶嫌な顔だ。

「おいバカモン、うちになんてもん飾ろうとしとるんだ。すまないイチ、せっかく来てもらったのにこんな奇行を目の当たりにするとは」
「心配しないでくれ親父さん、故郷でもこうだったから」
「ええ……」
「片づけても勝手に置き直すんだよこいつ……」
「タカアキ、お前さんはどんな迷惑をかけてきたんだ?」
「みんな、単眼が嫌いなんか……?」
「娘さんいるんだからやめとけ」
「じゃあお前の部屋に飾っておこう」
「またかよ畜生」

 タカアキは「おいとくぜ」と本を残してまた行ってしまった。
 この世界のものらしい。『フランメリアサバイバルガイド』とそれなりの厚さがあった。
 軽くめくれば旅人向けの情報がいっぱいだ。半年かけてこの世界に順応した証拠か。

「すまんなイチ、あいつの奇行はわしでも止められん」
「いやむしろなんかこっちがすみません」
「……お前さん、本当に苦労してたんだな」
「苦労させられた分いろいろ面倒見てくれるぐらいの奴だったよ」

 というか娘さんもいるんだぞ、変なもん見せびらかしやがって。
 しかしその本人は後ろでくすくすしてた。面白がってるみたいだが。

「どうしたんだ?」
「あ、ごめんなさいね? タカアキさん、なんだか元気だなって思ったの」
「今まで元気なかったみたいな言い方だ。どうしたんだか」
「その通りなのよね。だってあなたのこと、ずっと心配してたもの」

 俺も心配してくれる奴がいたってことなんだよな。
 ミコもそうだった。でもあいつにはここでのちゃんとした暮らしがあった。
 ストレンジャーにはまともな家族もいない人生だったが、あいつには確かな家庭があったんだ。奪ってしまった事実はずっと残る。

「親父さん」

 でも、当初の目的通りだ。お騒がせした分だけのことを俺はしなくちゃならない。
 おかわりの飲み物をまた飲み干して、俺は背を伸ばしてまっすぐ親父さんを見た。

「なんだ」
「しばらく世話になるよ、よろしく」

 それから手を差し出した。きっとそれは、向こうに伝わったのかもしれない。

「フランメリアの誇る最大の都市クラングルへようこそ、イチ。お前さんがなんであろうと歓迎するぞ、よろしくな」

 向こうだってまっすぐに応じてくれた。
 剣と魔法の世界の第一歩は、何も悪いことばかりじゃないのだ。



「……まさかシャワーもあるなんてな」

 それからしばらく、俺は宿の使い方を教えてもらった。
 また驚かされた。なんたって水回りの設備が完備されてるのだ。
 洗面所では銅製の古めかしいつくりをした蛇口がきれいな水を吐き出し、狭いが個室つきのシャワールームが熱いお湯を出す至れり尽くせりである。

「……ん、見てご主人。街がすごく綺麗」

 二人で身体を清めて、その日の最後は二階にある自室だ。
 埃っぽくない白いベッドぐらいのシンプルな部屋だが、夜の街が良く見えた。
 真っ暗な夜をクラングルの明るさが白く照らしてた。まだまだ通りも賑やかで元の世界よりもずっと力を感じる。

「こんな時間なのに賑やかだな。ファンタジーってこんなもんなのか?」

 俺は遠くを見た。
 城壁に守られた巨大な魔法の都市は、今まで見た中でずっと綺麗だった。
 ウェイストランドの荒廃しつつも心打たれるようなあの光景とはだいぶ違った。人の生きている感じがどこまでも続いている。

「ご主人、これからどうするの?」

 しばらく二人でぼけっと眺めてると、ニクが振り向いてきた。
 でも寂しそうだった。ここに混ざってくれる肩の短剣なんてもういない。

「……いろいろ考えてたのにな、全部ぶっ飛んだよ」

 だからこそ、迷ってた。
 まっすぐ進んできたはずの余所者は今にして彷徨い始めてる。
 ここにもし、ミコがいたら俺はどうしたんだろうか。

「無理しなくていいと思う」

 どこか遠くを見てそう考えてると、ニクはぴとっとくっついてきた。
 気を使ってくれてるらしい。いい子だな、お前は――撫でてやった。

「でもやることはいろいろあるぞ? この世界を知らないといけないし、これからどうやって生活してくか覚えてく必要もある――まあ、今まで通りか」

 枕元には誰が書いたのやら、この世界に迷い込んだ奴らに向けた本が横たわってる。
 部屋の隅にはようやく下ろした荷物と、脱いで畳んだ擲弾兵の装いがあった。
 まずは自分からだ。剣と魔法の世界で生きるために、またこの身に刻んでいくのだ。

「ぼくと一緒だね。二人で頑張ろう?」

 でも頼れるわん娘がいる。じとっとした顔は前向きだ。
 それにタカアキもいるんだ。それから――

「いや、三人だ。タカアキのやつもいるからな」

 俺は申し訳程度に置かれていたテーブルを見た。
 そこには誰が置いたのか、きわどい造形を見せつける一つ目美少女がいた。
 牛くんに続いて君も来てたのか、奇妙な人生だ。

*Knock Knock*

 あのフィギュアともどう付き合おうかと悩んでると、急にノックが届く。
 『感覚』のステータスからして違和感を感じた。タカアキがするものとは違う気がする。
 娘さんか? ともあれ起き上がった。

「どうした。なんかお困りで?」

 まあ、こういう時何かあるのは今までの経験で何度も味わったことだ。
 どうせ何かあったんだろう。そう思って開けば。

「失礼するぞ、人間」

 そこに待っていたのは予想外過ぎる人物だった。
 いやヒロインか。クランハウスで見た変わらぬトカゲらしい美少女がきりっと立ってた。
 問題はそこに嫌な思い出があるって点だ。エルフィーネのやつだ。

「……あー、また今度」

 いきなりあの凛々しい顔が眼前に出て、そりゃもうびびった。
 というか後ろめたさでいっぱいだった。どうしてもミコのことも浮かんで、引っ込もうかと思った。
 ドアを閉じようとすれば。

「待ってくれ。貴様に話があるんだ」

 言い留められた。そこでようやく分かった、向こうだってそうだったのだ。
 後ろめたいんだろう。目も落として「すまない」と言いたげな顔がそこにある。

「分かった。で、ご用件は?」

 正直、そんな様子を見て思い浮かぶ気持ちだって「すまない」だ。
 ミコをああも連れ回した後ろめたさだけなんだ、今の俺には。
 結果的にお互い後ろめたいものを抱えたままの対峙だ。けれども。

「……すまない、ミコから話を聞いた」

 エルフィーネは落ち込んだ様子の声だった。
 何かあったんだろう。肩の力を抜いて聞くことにした。

「こんな時間に来るってことは、そいつで何かあったのか?」
「聞いてほしい。ミコは貴様のことを良く話してくれたんだ」
「どこまでだ?」
「私たちの元へ帰ってくるまでだ」
「そうか。あいつ、なんていってた?」
「けっしてミコを独りにしなかったそうだな、貴様は」
「俺も寂しかったからな。まあ、申し訳ない気持ちが強かったのもあるけど」

 それだけ交わして気まずい雰囲気が流れてしまった。
 トカゲなお姉ちゃんの後ろで何かが動いていた。階段から頭を覗かせるタカアキと娘さんだ。
 でも二人はなんだか安心したような様子でこっちを見ていた。まるで俺たちを見てそうなったように。

「――あんなことをいってすまなかった。自分なりの辛さだけでああも当たってしまったんだ、そばで耳にしていたミコもひどく傷つけてしまってあの行いを恥ずかしく思ってる」

 目の前のヒロインは頭を下げて来た――でもいいんだ。

「エルフィーネ、だったな」
「ああ」
「いいんだ。大切な家族なんだろ、それを奪われたら怒ったって仕方ない」
「しかしだな、私は貴様の気にしていることをああもひどく言ったんだぞ」
「そりゃそうだな、でも、いいんだ。安心してるから」
「安心だと?」

 だからこそ、安心できるものがあった。
 俺以上にミコを大事にする家族がちゃんといた。そして居場所もずっと守られてた。
 そこへ無事に送り届けたんだ。約束は守れなかったけど、帰るべき場所に収まったのだ。

「あいつがそれだけ大事にされてるって分かった。良かったよ、相棒……いや、あいつにいい居場所があって、本当に良かったな」
「……貴様はそんな私たちに必ず連れ帰ろうと誓って、傷ついてきたそうじゃないか」
「俺にはマトモな家族もいない人生だったけど、あいつは違う。ずっと行方知れずだったのに探し続けてくれて、しかもいつ帰ってきてもいいようにしてくれる家族がいるんだ。うらやましいぐらいだ」

 だから笑った。寂しいけど、ミコは安心して暮らせる。
 それにこのストレンジャーにこれ以上付き合ったら何があるか分かったもんじゃない、だから、いいんだ。

「……ミコの言う通りだ。貴様こそ、ずっと大事にしてくれたんだな」

 エルフィーネは本当に申し訳なさそうにしてきた。でも許す、だって、そうだな。

「あいつも俺を大事にしてくれたんだ。その礼だよ」

 肩の短剣こそ俺を大切に扱ってくれた。だからこそなのだ、俺の人生は。
 話が終わった。トカゲのヒロインは「そうか」と小さくうなずいて。

「……私の言えた義理ではないが、貴様は恩人だ。もし何かあればミセルコルディアに来てくれ、力になる」

 何かを渡してきたー―鞘だ。
 見覚えのあるものだ。世紀末世界で手に入れた、誰かの彼女に補修されたやつだった。

「俺も何かあったら力になるよ。ところでこれは――」

 無理やりつかまされてしまった。しっくりくる感触だ。
 そこでやっと分かった。エルフィーネは少し微笑んでいて。

だ。私はしばらくこの宿で食事でも摂っているぞ」

 そっと、蜥蜴の足で静かに階段へ戻っていった。
 タカアキたちはいつの間にかいなくなってた。残されたのは。

「ご主人、それって」

 鼻を効かせて驚いた様子のわん娘と。

「……そういうことか」

 十字架の刀身を収めたあの鞘だった。
 扉を閉じた。簡素な部屋の奥、ベッドの上までたどり着くと。

『いちクン』

 あの声が確かにしたのだ。代わり映えしない形から、変わらないあのおっとりした声が。

「やっぱお前だったか、相棒」
『うん。自分の力で戻ってきたよ?』
「何言ったのか知らんけど、こうしてまた会えるぐらいにはやったらしいな?」
『言ったでしょ? わたしだって変わったもん、ちゃんと自分の気持ち、伝えてきたよ?』
「えらいぞ」

 力が抜けてしまった。ぼふっとベッドに腰かけた。

「ミコさま……! 良かった、来てくれたんだ……!」

 ニクも尻尾を全力で振ってきてくれた。わたしてやった。
 三人だ。いつもの三人が剣と魔法の世界でまた揃った。

『ふふっ、寂しかったから来ちゃった?』
「うん、ぼくも寂しかった。もう会えないかって思ってた」
「つまり三人仲良く寂しかったわけか。ストレンジャーズはそういうのばっかだな」

 これでもうお別れと思ったが、流石ストレンジャーズ。ぶち破ったな。
 手でこつっと柄を叩いた。いつもの感触だ。

『ね、いちクン?』
「なんだ相棒」
『隣にわたしを置いてくれるかな?』

 そんな相棒から注文がきた。その通りにしてやった。
 すぐ隣にそっと鞘を置けば――

『びっくりしちゃうかも? いくよ?』

 おっとりとした声をきっかけに、物言う短剣がふわっと優しく光った。
 この世のどんな人工的な照明よりも温かみのあるものだ。それが一瞬だけ鋭く広がって、知らない輪郭がそこに浮かんだ。
 人らしい形だった。そこにあるべき短剣の鞘に、ふっと誰かの姿が重なって。

「わっ……!? や、やっぱり変身するときってびっくりしちゃうなあ……!?」

 ベッドにずっしりとその重みが伝わった。
 一瞬のできごとだ。良く知る声を持つ知らない女の子が、あたふたしながら腰かけてた。
 薄い桃色の髪をしっとり伸ばして、柔らかそうな身体をあちこちに大きくした――白い衣装をきたお姉さんだ。
 ほっそりと伸びる長い耳に緑の瞳は人間じゃない。でも理解の及ぶ存在だ。

「ははっ……マジかよ……」

 アイツだ。
 鞘を尻で潰したそんな彼女は、もちっとした頬でくすぐったさそうに笑って。

「……ふふっ、初めましてかな? わたしです、ミセリコルデです!」

 ようやくその姿を見せてくれた。
 短剣ではない、本当の姿のミコがいた。
 明るい笑顔だった。この世の誰よりも綺麗な女性がちょこんと座ってる。

「ミコ、お前なんだな?」
「うん。わたしだよ? いちクン」
「ミコさま……!」
「ニクちゃんにやっと触れるね? ふふっ♡」

 おかげで嫌な気持ちが全部消えたよ、相棒。
 絶望のスタートなんて嘘だ。最高の始まりを切れたんだ。
 思わず泣いた。いやもう隠すものか、俺は今、嬉しくてこの世の誰よりも号泣してるさ。

「いちクン? な、泣かないで……? 大丈夫だよ、寂しかったよね?」
「報われたよ、俺」
「うん。わたしもそうだよ」
「良かった。戻れたんだな、お前」
「……うん」
「マジで良かった。頑張った甲斐があったよ」

 ミコは――今まで聞いた声の通りの奴だった。
 ほんのり泣きながらだけれども、ほのかに色づく綺麗な唇で「ふふっ」と優しく笑んで。

「ごめんねいちクン、あの時何にも言えなくて。わたしがちゃんと口にすれば、こんな思いしなくてよかったのに」

 抱きしめてくれた。さらさらとしたきめ細かい桃色の髪が首に触れて、少しくすぐったかった。
 それにいい匂いだってする。甘いようで、とても落ち着くミコの香りがした。
 それから……体温もだ。俺なんかよりもずっと温かい、心地いいのだ。

「いいんだミコ、大切な家族が奪われたんだ。あいつらだって辛いよ」
「……いいの、あなたも辛いからおあいこだよ?」
「でも最後に逃げたんだ、俺。約束守れなかった」
「これからだよ、いちクン。逃げてなんかいないよ?」
「そうかな」
「うん、そうだよ」

 頭も撫でられてしまった。繊細な手つきが髪をなぞってくる。
 なんていうか、今やっと分かった。けっこう身長もあるし、包容力もでかい。
 参ったよ。ストレンジャーより強いやつがいっぱいいるって思ったけど、こいつもそうだったか。

「ははっ。ほんとにでかいんだな、お前」

 俺はからかってやった。向き合って、自分の背と比べてみた。
 同じくらいか。そんな彼女はむすっと頬を膨らませたのは言うまでもない。

「もー、ダメだよ女の子にそんなこといっちゃ?」
「でも好きだよ、そう言うの。それにこんなに綺麗なんだ、最高だよ」

 そんな顔つきにストレンジャーなりの笑顔で返した。
 嬉しかったんだろうか。ミコは困ったように笑って――

「……ね、触っていい?」

 手を伸ばしてきた。
 いいさ、どこでもどうぞ。頷いて返せばそっと頬に柔らかさが伝わった。

「……わっ、これがいちクンなんだ……?」
「ああ、これが俺だ。どう?」
「ふふっ、カッコいいなあ?」
「よし後でタカアキに自慢してやる。そうだ、わんこもいるぞ」

 嬉しいことを言われた。今度はニクの番だ。
 そばで涙いっぱいでいるわん娘を案内すれば、やっぱりミコは手を頭にやって。

「これがニクちゃん……! ほんとだ、ふわふわさらさらで、わんこみたいなそうでもないような……」
「ん。どう、ミコさま?」
「……かわいいなあ、気に入っちゃった」
「だろ?」

 満点だそうだ。いい笑顔をしてる。
 ニクも相当嬉しいんだろう、尻尾をいっぱいに振って心地よさそうだ。
 相棒はしばらく俺たちを確かめた。今までの旅路の分だけいっぱいだ。

「……この感覚、久しぶりだな。ふふっ、戻れて良かった」

 ミコも泣いてしまった。泣かすなって約束だけはどうしても守れそうにないな。

「俺も良かったよ。嫌なことが全部吹っ飛んだ」
「……心配してたんだよ? だってあの時、いちクンどんな顔してたと思う?」
「嫌な顔だったろうな」
「ううん、すごく悲しそうな顔してたもん。後ろ姿だってしょんぼりしてたし」
「隠せない人間なんだ、悪いな」

 この相棒はどこまで俺を見てくれたのやら。
 少なくとも、こうして追いかけてくれるほどには向き合ってくれたに違いない。
 でも良かった。こうしてすべてが報われてるから。

「……ねえ、いちクン?」
「なんだ」
「これからどうするの?」
「今まで通り適当にやる」

 短剣の精霊がぴったりくっついてきた。
 もう肩にあの重みはないけど、その姿なりの柔らかさがあった。

「でもな、ミコ。やっぱりなんていうか、お前らには迷惑かけたよな?」
「……そんなことないよ」
「お前がそういってもやっぱり譲れないものがあるんだ。だからまあ、しばらく俺なりに頑張ってこの世界を知ろうと思う」

 俺はもう一度クラングルの街並みを眺めた。
 いい世界だな。元に戻った相棒がそうだと教えてくれてる。

「……わたしも一緒だよ?」
「うん。でも、やっぱ少し距離を置きたい。エルフィーネ……さんも、なんだか気まずそうだったからな」
「……エルさんもね、いちクンに申し訳ないって言ってたよ。ううん、クランのみんながそういってた」
「いい人だな。俺にはあんな家族しかいなかったけどお前は違う」

 でも、しばらくは一緒にいれそうになかった。
 あの幸せな四人として過ごしてもらいたい。少しだけ、ストレンジャーを忘れて。

「ミコ、少しの間だけでいい。俺のことは忘れて、クランのみんなと付き合ってやってくれないか?」
「……いちクンを忘れるの?」
「いや別に何もかも忘れろってわけじゃないぞ。ただまあ、お前たちにも時間は必要だろ?」

 ミコが不安そうに見てきた――撫でてやった。
 さらっとした髪がくすぐったかった。向こうも同じか、ちょっと恥ずかしそうだ。

「それにまたいつでも会えるんだ。一生別れるっていう選択肢はもうないぞ?」

 俺はタグを見せた。
 するとどうだろう、ミコも首に何かを巻いてた――プレッパーズの名前がぶら下がってた。

「うん。わたしも仲間だからね?」
「もちろんだ相棒。それにわんこもいるぞ」
「ん、ぼくもいる」

 それから三人で首にぶら下げたタグを見せ合った。
 ストレンジャーにイージスにヴェアヴォルフ、いつものメンバーだ。

「寂しくなったら会いに行くよ。どうも俺は恵まれすぎてそういう性格になったらしくてな」

 お別れはもうなしだ。誇らしい二つ名をしっかりと掲げた。
 ミコは――寂しそうにしつつも無理を聞いてくれたらしい。

「いちクンがそう望むなら、その通りにするよ」
「……まあもう既に寂しいんだけどな」
「わたしも」
「困ったな、どうしたもんか」

 その代わり抱き着かれた。ぎゅっと。
 失礼かもしれないがけっこう重い。だけど、悪くなかった。

「……何かあったら、すぐに駆け付けるからね?」
「俺もだよ、相棒。全力全開で助けてやるよ、このストレンジャーが」

 しばらくそのままになった。
 胸の重みも、身体中のふわっとした感覚も、覚えさせるように抱き着いてきた。
 タカアキ悔しがるだろうな。こんなかわいい女の子にこうされてるんだ、いや驚くかな?

「……いちクン?」

 お互いの感触を確かめてる時だった。
 耳元でそうぽそっと聞こえて、一瞬向こうの顔が離れる。

「ん? どうした?」

 気づけば向き合ってた。おっとりとしたお姉さんらしい顔が、恥ずかしそうにしていて。

「…………んっ♡」

 むちゅっ……♡
 小さく形をとった唇がいそいそと近づけられた。結果、キスだ。
 唇いっぱいにとろけてしまいそうな感触が走った。気を抜けばそのまま口を持っていかれそうな、けっこう強めの口づけだった。

「……んっ……!」

 いざやられるとかなり恥ずかしかった。顔に熱がこもってく。
 しかしミコはやめない。目をつむったまま、身体を抱き寄せてきて。

「んふっ……♡ んー……ちゅむっ……♡」

 こじあけられた。ぬるっとした舌先が入ってくる。
 その先端同士が絡んで、食べるようにもぐもぐされた。
 静かな部屋にぬちぬちと音が響いて、それはもう変な雰囲気になってきたが。

「……ぉっ……♡ あっ、ミ、ミコ……?」

 ずっしり。そう音が伝わりそうな、白い衣装いっぱいの大きな身体が圧し掛かってきた。
 胸で胸を潰され、ベッドに縫い留められたのだ。
 そして見上げる姿には――

「……ふふっ♡ 何するか、分かるよね?」

 なんてこった、妖しげにくすりと笑って見下ろす相棒がいた。
 尖った耳も赤くして、完全に鼻息も荒くしたいやらしいお姉さんが舌なめずりを――

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