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Journey's End(たびのおわり)

あばよ、デカい戦友

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 デイビッド・ダムに留まって、そのまた次の日だ。
 周辺を見張り、相変わらずおいしい(そして芋が抜けない)朝食をみんなで囲んで、帰還者を見届けるのがストレンジャーの任務だった。

 この日になって分かったよ。あの二人がいないだけでこんなに静かだってな。
 元気で食い意地のあるクラウディアと、その隣で顔をしかめるクリューサ。スティングを発ってからそれが当たり前のようにそばにあった。
 でもあいつらは旅立った。時折空気を読まない食欲全開なセリフも、皮肉を交えてくる物言いもここにはない。
 思えばあの二人のやり取りも、俺たちにとって欠かせないものだったのかもな。

「――よし、準備できたよ。PDAと同期はされてるかい?」
「ちゃんと同期してるぞ。オーケー、俺たちの顔もカッコよく映ってる」
『いちクンのステータス画面ってほんと便利だよね……』
「彼の持つP-DIYシリーズは軍事用の高性能な情報端末の一つだからね。こうして電子機器を遠隔で操作できればハッキングすらできるし、至れり尽くせりなツールなんだよね」

 そんなどこか欠けたストレンジャーズはダムの駐車場の奥にいた。
 立たせたカメラに向かってみんなで揃って、山の起伏混じりの荒野を背に――いわゆる記念撮影ってやつだ。
 世紀末世界の風景と共にいい一枚を取る。ヌイスの気遣いから生まれたアイデアだ。

「ふむ、これでよいのか?」

 もちろん写真の題材はノルベルトだ。ど真ん中に立たせた。

「いいかお前ら。変な顔、心霊現象の再現、一発芸、その他は変に目立つ行為は禁止だぞ」
「首とっちゃだめっすか皆さま」
「だめ!」
『ロアベアさん、今回は我慢しようね……?』
「むーん、俺様は別に構わないのだがな?」
「せっかくの一枚が生首抱えたメイドに全部持ってかれるんだぞこのお馬鹿」
「ノル様にうちの頭持たせれば解決っす!」
「ホラー写真にするつもりかロアベアァ!!」

 その左右に俺とロアベアだ。背丈の大きさもあって俺たちはメインの添え物である。
 PDAの画面には接続されたカメラ越しの視界があった。少し戸惑うオーガがニヨっとしたメイドと、左腕を覗く擲弾兵に挟まれてる。

「ん、これでいいの?」

 ジャンプスーツ姿の隣ではちょこっと立つわん娘がジトっとカメラ目線でいて。

「ドヤ顔ダブルジャガイモをキメてもよろしいかしら~?」「HONK!」
「おいお前一生の思い出になりそうなのにいいのかジャガイモだぞ?」
『りむサマ、もう持ってるからね!? じゃがいも下ろしてください!?』

 とんがり帽子をかぶった銀髪ロリが既にじゃがいもを両手に掴んでやがる。
 それと足元でガチョウも。リボン付きの首で誇らしげにいい角度を作ってる。

「君たちは本当に賑やかだね、うん。どうして一枚とるのにこんなに苦労するのか私には理解しかねるよ、しかも一名じゃがいも握ってしまってるし」

 そこに白衣姿が周りの騒がしさに呆れれば、ものの見事にストレンジャーズの集合写真の図だ。
 ニャルは知らん。呼んでも来ないから勝手に取ることにした。

「よし、撮るぞ? 生首とジャガイモは今は我慢しろ、後で撮るから」
「よっしゃ~」
「仕方がありませんわ、渾身のドヤ顔だけで済ませますの」
「あのね君たち、ノルベルト君が主役だからね? どうしてそう主張が激しいんだい」
『いつもどおりです、ヌイスさん」
「ああ、これが俺たちのいつもどおり」

 タイマーをオンにした。5、4、3、2、1――

*ClicK*

 PDA越しにちゃんと撮影された。画面には理想の一枚が……あれ?

 いい笑顔を浮かべるノルベルト、その左右でにたぁっとしているメイド&少しいい気になってるストレンジャー、すんとしたニクにドヤ顔ロリ魔女とガチョウ、そしてクール顔な白衣。

 短剣もだ。これで全員揃ってるよな? でも金髪の巨体の後ろで赤色が漂ってる。
 ちょうど角の生えた頭上の後ろ、ニヤニヤと宙で横たわる猫顔の――おいニャル。

「おい、せっかくの一枚が心霊写真になってんぞ」
『ニャルさん、何してるの……?』
「ニャルめ、私たちの呼び声に応じないと思ったらこれが狙いだったか。まったくなんて奴なんだ」

 なんてこった、オーガの背後で赤いドレスの美女の霊が映ってる。
 人によっては心霊写真と認識されたっておかしくないはずだ。ちくしょう台無しにしやがって。

「フハハ! 俺様は構わんぞ、皆が映れて良きことではないか」
「――だとさニャル、ノルベルトに感謝しとけよ」
「じゃあ今度は本気でいくっす! うおおおおお生首をノル様にパス!」
「みんなにジャガイモを配らなくては! オラッ持てッ!」
「……なあ、やっぱ一枚でやめにしない?」
『はしゃぎすぎだよ……』
「あのね君たち」

 二枚目からはひどい有様だ。人生でこれほどの光景はないんじゃないかってほどの。
 世紀末世界をぶち壊すような混沌なる撮影会が終われば、付き合わされたヌイスが頭の痛そうな様子でカメラを回収しにいって。

「うん、中々にひどいものが何枚もとれたね。待っててくれたまえノルベルト君、すぐ現像してあげるよ」

 中身をあらためて複雑そうにしてからツチグモへ潜ってしまった。
 確かに筆舌に尽くしがたい光景がある。特に全員じゃがいもを持たされてるやつ。

「……クリューサたちがいたら約一名すげえ嫌な顔して映ってただろうな」
『……うん、クリューサ先生ぜったい不機嫌だったと思う』

 思えば二人を引き留めて(地獄のような)記念撮影でもするべきだったかもしれない。
 いや、あいつらは旅に道連れになっただけだ。これから二人だけの時間をゆっくり味わってくれればいい。
 それにだ、向こうでまた会えれば何時だって撮影はできる。それも今度は元に戻った相棒と一緒にな。

「イチ、一つ頼みがあるのだが」

 ちょっとした撮影会が終わると、ノルベルトがまっすぐやってきた。
 あいつからお願いなんて珍しいな。もちろんだ相棒、なんでもこい。

「なんでもいえ、やってやるさ」
「フハハ、まだ何も言っていないではないか?」
「お前は他人に理不尽を押し付けるようなオーガじゃないさ。俺が良く知ってる」

 せっかくなので初手で快諾した。すると向こうは「そうか」と笑って。

「では早速だが、俺様の絵のモデルになってくれんか?」

 ノートとペンをちらつかせてきた。数々の思い出が記された大事なものだ。
 なるほど、このストレンジャーにいい思い出を見出したらしい。
 こいつのためになれるなら光栄な話だ。喜んで引き受けよう。

「いいぞ、そのかわり条件がある」
「ふむ、どのようなものだ?」
「カッコよく描いて大事にしてくれ。あとミコもな」
『えっ……あ、うん。わたしも描いてくれると嬉しいかなー?』
「フハハ! もちろんだぞ友よ。なにすぐ終わるぞ、あっという間にお前たちの良き姿を描いてやろうではないか」

 さっそくツチグモのそばで被写体になることにした。といっても椅子に座るだけだが。
 擲弾兵のアーマーはそのまま、素顔を晒してミコと一緒に腰かけた。
 「なんすかなんすか」と好奇心をそそられたメイドをよそに、俺はノルベルトと向かい合った。

「……お前とはいろいろあったものだな? 確か初めて共に徳を積んだのはキッド・タウンだったか」

 いつものオーガは慣れた手つきでしゃりしゃり描きこんでるようだ。

「そうそう、その時シド・レンジャーズの奴らに拾われてな。任務に付き合うのを条件に車に乗せてもらってたら、まさかの次の町も襲撃中だぞ?」
『そうだったね……わたしたちが来たときにはもう襲われてて……』
「しかもちょうど目の前で親子が襲われてる様子がスタートだ、最高すぎたな。ああ悪い意味で」

 思い返せばデカい相棒との付き合いはエンフォーサーたちの戦いに付き合った頃からか。
 まさかこんな人外の未成年と旅を共にするなんてあの時は思ってもなかったな。

「なんと、親と子を狙う不届き者がいたのか? 当然こらしめたよな?」
「もう二度とできないだろうな。今頃は死後の世界、それも下の方だ」
「フハハ、よくぞやったものだな。あの町での戦いは俺様も良く心に残ってるぞ」
「そう言えばお前、なんであそこにいたんだ?」
「戦いの匂いがしてな。なに、火薬と血の匂いだ。よくわかるだろう?」
「鼻が効くことで。おかげであの町の連中助かってたらしいぞ、それと雑貨屋のじいさんがドクターソーダ買い占めたやつに呆れてたな」
「ドクターソーダをニ十本も買い占めた奴か? 誰のことだろうなあ?」
「誰なんだか。誰か知ってるか?」
『ふふっ、誰なんだろうねー?』

 ノルベルトは楽し気だ。キッド・タウンの買い占め犯は見つからずのままに。
 妙な静けさを感じた。鉛筆の擦れる音が心地よかった。

「俺様はな、好きな物などないと断じて決めていたのだ」
「あー、なんだって? 好物がない?」
『好きな物がない……? どういうことなのかな?』
「オーガらしく選り好みはせんと誓っててな。贔屓もせずに何でも美味に食ってやれば格好が良いと思っていた、だから好きな物などないとな」
「俺からすると生きづらそうな決意だな」
「だがその考えもドクターソーダの前には無駄だったようでな。あの甘露のおかげで考えをあらためねばならなかったし、日々の暮らしも豊かになったぞ?」
「じゃあキッドタウンでようやく好きな物が見つかったんだな」
『そう言えばノルベルト君、その時からずっと飲んでたもんね?』
「今や俺様には欠かせられんものさ。だが、まあ、あちらで同じものが飲めるかどうかが気掛かりでな」

 オーガの太い腕は繊細に描いてくれてる。しかし本人はドクターソーダのことが気がかりらしい。
 瓶入りの炭酸飲料、薬とあんずっぽい香りが特徴のこの世界らしい飲み物だ。
 ウェイストランドを離れてしまったら、もう飲めなくなるんだろうか?
 いや、どうにかなるはずだ。だってなんでもありな剣と魔法の世界だぞ?

「だったらそうだな、リム様を頼るってのはどうだ?」
『ふふっ、そうだね? 料理ギルドのマスターだもん、再現してくれそうだよ?』
「おお、それもそうか……! であれば、向こうでドクターソーダを作ってみるというのも面白そうではないか!」
「確かに面白そうだな、フランメリア産のドクターソーダ。もし本気で取り組むなら俺も手伝うぞ」
『りむサマも喜んで手伝ってくれると思うよ? ……じゃがいも入れるかもしれないけど』
「やっぱリム様はなしでいこう」
「むーん、流石の俺様もドクターソーダに芋など味の想像がつかんぞ」
「これ以上芋の話はやめとこう、あの人現れるぞ」

 三人で考えた結果、リム様抜きで取り組むべきだと思った。
 すると誰かがてくてくやってきた。何をしてるのかと興味を見せるニクだ。

「ん、何してるのノルさま」
「友の姿を描いているぞ。ニクよ、次はお前も描いてやろうか?」
「じゃあ描いてほしい」
「フハハ、任せるがよい」

 ニクは隣でじとっと観察してきた。
 オーガ作の絵の出来栄えはだいぶ良くなったらしい。段々いい顔になって。

「ガーデン、だったな。この旅を皆と共にしたのは」

 ちらっと西の世界を見ていた。
 その通りに進んだ先では今頃、チャールトン少佐が仲間と仲良くやってるはずだ。

「そう、あの洗面器被った人たちでいっぱいの……」
『いちクン、今でもベーカー将軍サンにあの質問は流石に失礼だった気がするよ……』
「む、何かあったのか?」
『洗面器みたいなヘルメットだーっていって、なんでそんなデザインなのか本人に直接聞いちゃったの……』
「気になったから思い切って尋ねただけだ」
「フハハ、やはりその大胆さこそがお前だな。してどう答えられたのだ?」
「将軍さんでも謎だってさ。大昔にあった大きな戦争で使われてた防具を真似してるとか、これからも使い続けるだろうとかそれくらいだ」
「なんと、ベーカー殿でも分からなかったのか。まあ俺様からすればさほど気にはならんかったがな、向こうの世ではあのような形状の兜など普通だ」
「あっちじゃ洗面器被るんか……?」
『いちクン、また洗面器言ってる……』

 なお続く被る洗面器の謎はさておき、ノルベルトは細かい仕上げに入ったらしい。
 時々こっちを見ながら真剣な顔で描き込んでる。

「……なあ、ノルベルト」
「む、どうした?」
「クリンでひと騒ぎあった後、俺がぶっ倒れた時のこと覚えてるか?」
「当り前だろう。忘れるはずもない」
「あの時な、まあ俺の過去だのなんだのは省くけど、嫌なものを思い出して死ぬほど苦しんでたよ。それだけ弱ってたんだろうなあ」
「お前が目覚めた後、食事を摂っている時に話していたことだな」
「ああ、あれ聞いてどう思った?」
「正直に言うが、俺様にはそのような境遇に身を置く者がいるとは信じられなかったな。そのような過酷な生を歩まねばならぬことにも理不尽さを感じていたぞ」
「まったくそのとおりだ。でもこうして生きてる」
「うむ、立派に誠実な生き方をしているな」
「いろいろな人に背中を押されてきたからな。ノルベルト、お前もな」

 ふとブラックガンズのことを思い出して、少し笑った。
 ノルベルトは「俺様が?」というような顔だが、死にかけた自分が戻れた理由の一つは間違いなくこいつにもある。

「どうにか目覚めた時にさ、お前がすっごくやかましく驚いてたよな。あれ、すごく嬉しかったよ」
「あれか、頭に響くから止せと言われたな」
「そうだ。でもな、嬉しかった。勝手にくたばりそこねて勝手に蘇っただけなのにああも喜んでくれんだ。生き返った甲斐があったよ、俺は一人じゃないって実感できた」

 そろそろできただろうか? 鉛筆を振るう手が慎重になってきた。

「共に戦った仲間が強く生きていたのだ、喜ぶほかあるまい?」
「うん。確かに俺の人生の殆どはひどかったし、最近ひでえ事実も発覚したけど、でも生きてまっすぐ進めたのはお前のおかげだ」
「……俺様がか?」
「背中がデカいからな、追いかけがいがあって助かったよ。お前の頼もしさに何度気持ちが救われたんだろうな」

 追い詰められたり、悩んだり、困ったり、悪いことはなかったとはいえない。
 けれどもだ。誰よりも前に進んでその背中を示してくれたオーガがいたな。
 あのクソみたいな夢から戻れたのもあの頼もしさに感化されたからなのかもしれないし、俺が五体満足でこのダムを踏んだのさえこいつの存在あってこそかもしれない。
 きっとノルベルトに救われた人はたくさんいるだろうし、良きオーガとして記憶されてるはずだ。俺がそうしてるようにな。

「――ありがとな、ノルベルト。ずっと助けられてばっかだったな、俺」

 やっとお礼を言えた。絵が完成したタイミングだったらしい。
 見ればフランメリアのオーガは気持ちよさそうに笑ってた。

「何を言う。助けられたのは俺様もだろう?」
「だったらここもお互い様か」
「もちろんだ。こんなにいい気持ちになれたのは生まれて初めてだからな」

 気のいい大きな相棒はひらっとノートを見せてきた。
 原寸大のストレンジャーが座ってた。肩には十字架を模した短剣が鞘に収まっていて、心なしかそいつは良く微笑んでいる。
 そうかノルベルト、お前には俺がこう見えてたんだな?

「どうだ、よいものだろう?」
「ああ、いいものだよ」
『……うん、すごく上手だよ。わたしもちゃんと描いてくれててうれしいな』
「……すごい、本物のご主人とミコさまがいるみたい」

 三者同時の感想を伝えれば、作者は打って変わって満面の笑みだ。
 俺はノートに描かれた人柄を守ろうと思う。こいつの好きなストレンジャーとして。

「……いつ行くんだ?」
「ニクを描いてやったら行くつもりだ。もう荷造りは済ませたからな」
「そうか。俺からも一つ頼みがあるんだけどいいか」
「なんでも言うが良い、やってやるぞ」
「どうも。たぶん俺泣くと思うから振り向かないでくれ」
「案ずるな、俺様だって絶対に振り向かん自信があるからな」
「お互い様か」
「うむ、お互い様だな」

 別れの時は決まった。こいつが鉛筆を下ろした時がそうだ。
 描いてもらったそれをPDAに映してから、愛犬を描かせてやった。



「ノルベルトちゃん、忘れ物はないかしら? それとこれは私からのお弁当です、日持ちする特製の焼き菓子にサンドイッチに、冷めても美味しいフライドポテトに……足が早いものから食べてくださいね?」
「おお、かたじけないなリム殿。これほどのご馳走まで弁当として渡されるとは、俺様も幸せ者だな?」

 俺たちはまた、あの銀の門の前に立っている。
 次はノルベルトの番だった。
 今じゃあいつは少し重たそうな荷物を背負って、大きく包まれたリム様特製の弁当を大事に抱えていた。

「……ノル様、行っちゃうんすね」

 ロアベアはただ見送ってた。普段から想像できない寂しいものだった。
 によっとした顔も隠せないほどしょんぼりしてるが、オーガの笑みは強い。

「案ずるなロアベアよ、また会えるぞ」
「また会いたいっす。うち、みんなでまた楽しくやりたいっす」
「俺様もだよ。いつかクリューサ殿やクラウディア殿も呼んで、フランメリアでストレンジャーズの名を響かせようではないか?」
「もちろんっす。今度は元の姿に戻ったミコ様と一緒に、みんなで冒険するっす」
「うむ、楽しみだ。皆に楽しい時間をくれて感謝するぞ、ロアベアよ」

 首ありメイドは「っす」とどうにか応じたみたいだ。
 振り返れば楽しくやってたよな、この二人は。
 いや、俺たちみんな楽しくやってたよ。お前らのおかげでな。

「この門がどこへ行くかはわかりませんけれども、あなたならきっと大丈夫です。もしも行く先で困ったら私の名前を使ってくださいまし。飢渇の魔女の名があれば様々なギルドから手を貸してもらえるはずですから……」

 リム様もそっと歩いていった。心配そうで、それでいてやっぱり寂しそうだ。

「リム殿、あなたにはとても世話になったな。なのでこれ以上からは己の力だけで十分だ、それとこのごちそうもな?」

 でもノルベルトは笑顔を崩さない。リム様の弁当を誰よりも誇らしげにしてるのだから。

「ふふ、あなたは誠実なオーガの子ですわ。本当にいい子です」
「フハハ、誰かに似たのだろうな?」
「……あなたの大切にしているその生き方にもう口ははさみません、ご自身をお大事に。どうかお気をつけてお父さまとお母さまの元へと帰るのですよ?」

 そんな小さな魔女が近寄るのを見て、オーガはぎゅっと屈む。
 それから抱き合った。いつものそれらしい笑顔が今だけはとても穏やかだった。

「ニク、フランメリアは良いところだぞ。いっぱい歩いて世界をその身で感じるといい」
「……ん。いつかみんなでいっぱいお散歩しよう?」
「是非ともだ。その姿になる前からもお前はたくさんの者たちの助けになったな? 犬の精霊としての生き方は続くだろうが、変わらず気高くやっていくのだぞ」
「うん」
「お前はいいともだ。俺様にかわってイチやミコの助けになってやってくれ」

 続いて耳も尻尾も下がってしゅんとしたニクにも視線を合わせた。泣きそうなわん娘を頷きながら撫でてた。
 犬だったころのニクをとても知ってる身だ。でもこいつは変わらぬ態度で接してくれたな。

「ヌイス殿、あなたの力にも助けられたぞ。この恩は忘れん、もしフランメリアで困ったことがあれば俺様が力になろう」
「うん、その時はお願いするよ。私は君みたいな律儀で仁義のある人は大好きさ、変わらず気取らない君であってくれ」
「ああ、もちろんだ」
「それにイチ君は寂しがり屋だからね。また会ってやっておくれよ?」
「フハハ、心得たぞ。ありがとう」

 ヌイスにも一礼してきたらしい。金髪眼鏡のクールな姿は関心してる。
 そしてアイツはとうとうこっちにきた。少しだけ足取りが重そうだ。

『……ノルベルト君、今までありがとう。ずっとわたしたちのこと、助けてくれたよね』

 少し詰まった相棒の声がした。するとオーガの巨体は俺の方に視線を合わせて。

「ミコ、イチと仲良くするのだぞ? これほど良い男を俺様は知らん。そんな奴とお前はずっと通じ合ってるのだ、元に戻ったらどうか共に歩いてくれ。そしてその姿を見せてくれないか?」

 優しい声でそういってきた。
 顔だってそうだ。あの殺戮を振りまくオーガとは思えない、穏やかなものだった。

『……うん。いちクンのこと、大切にする。もし元の姿に戻れたら、今度は自分の足でみんなと一緒に歩きたいよ』
「そう言えばお前は料理が上手と言っていたな、味わいたいものだ」
『うん。作ってあげるから、また会おうね? みんなでご飯食べようね?』
「そんな姿でも気高く振舞うお前の姿は心打たれるものだったぞ、友よ。二人で幸せになれ、それが俺様の願いだ」
『……本当にありがとう、ノルベルト君』
「二度も礼はいらんぞ。次合う時に取っておくが良い、じゃあな」

 ミコは泣いてしまった。でもノルベルトはなだめるような口調でそういって、軽く柄を撫でていった。
 そして最後は――そうだよ、俺の番だ。

「もうありがとうはいわないぞ。さっきいったからな?」

 顔を引き締めて手を差し出した。
 あの大きな手が握ってきた。今度は前とは違って力加減もいい具合だ。

「フハハ、当たり前だ。俺様とお前の仲に必要以上のものはいらんだろう?」
「まったくだ。これでいいんだ」
「うむ。そうだな」

 見上げた。あのオーガの目が潤んでた。
 俺だってそうだ。でもお互い一歩も引かずだ、二人でニッと笑って耐えた。

「フランメリアでも今までみたいにできるかな?」
「できるさ。不安なら俺様も手を貸してやるぞ」
「そりゃ頼もしいな。是非頼む」
「このノートに刻んだお前の顔を俺様は心に刻んだぞ。数多の人々に「捨てるものではない世界を見せた男」の顔だ、フランメリアでもそれを忘れないでくれ」
「俺だってお前の顔を覚えたところだぞ、「クソ頼もしい強い男」の顔だ。もしお前にとってつらいことがあったら、俺が助けに行ってやるからな」
「お前も頼もしいものだな。では――」
「ああ、またな」

 握った拳をぶつけた。何度かぶつけて、手のひらも合わせて、それでも足りずに抱き合った。
 人間とオーガでも友情は交わせるんだ。それが分かったこの旅は、お互いにとって大きな収穫があったと思う。

「ではさらばだ皆の者。また会おう、良きフランメリアの暮らしが待っているぞ」

 ノルベルトは振り向かずにまっすぐ行ってしまった。
 あの姿が銀色に飲まれていくのを見て、誰かとの別れが嫌に感じてしまうのは言うまでもない。

「またな戦友! 次は剣と魔法の世界だ、いいな!?」

 だから消えていく姿にそう伝えた。
 一瞬あいつはぴたりと止まったけれど、まっすぐ伸ばした背を誇らしげに見せながら消えていった。

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