魔法の姫と世紀末世界のストレンジャー

ウィル・テネブリス

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Journey's End(たびのおわり)

銀の門を超えて

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 始まりのハーバー・ダムから続くクロラド川をずっと南へ下った先、そこにようやくデイビッド・ダムはあった。

 かつてここは水に恵まれた場所だったと聞きかじったことがある。
 深く長い川の形は魚が泳ぎ、ボートが往復し、リゾート地を彩る濃い青色として親しみ深いものだったらしい。
 だが、それはもう過去の話だ。
 ウェイストランドに残されたのは枯れた川の輪郭を残す深い溝と、干上がった湖が作る広大なくぼみぐらいだ。

「……すごい光景だ。ダムが干上がるとこうなるんだな」
『戦前はここにたくさん水があったんだろうね。今じゃもう底が見えちゃってるけど……』
「おー……広い」

 ダムの上を走る道路から少し逸れて、俺たちは少しそこを眺めてた。
 かつては水が蓄えられていたクロラド川の深みがある。
 今じゃ坂を下った先、山々に囲まれた乾いた土地が続いているだけだった。
 この形を満たすほどの水が流れていたなんて信じられるか? だが足元のダムが「そうだ」と証明してる。

「俺様も信じられんぞ、これほど大きな川が干上がるとこのような姿となるのか……しかと描き残しておかねば」
「いやはや……水資源の大切さが分かるものですな。水が消えるとどうなるか、そのもっともたる例が目の前にあるのですから興味深い」

 隣でノルベルトとアキがノートを手にしゃりしゃりやってた。
 ひび割れた地面の上に転がる船の残骸たちは特にいい題材になってるようだ。
 それにしても道路脇に立つ看板の訴えが虚しい。錆び混じりの注意喚起がこう残されてる。
 【釣り禁止】【自殺禁止】【ボートレース禁止】【軍用車両優先】だとさ。

「うちらが見てきたクロラド川はあの向こうからずっと繋げられてたんすねえ、ヴィクトリア様。……からからになっちゃってるっすけど」
「ええ、この国ってすごいわねえ。人の力でこうして自然をコントロールしてたなんて……まあご覧の有様だけどね?」
「ヒヒンッ」

 首を抱えたメイドと女王様もすっかり見入ってしまってる。あと馬も。
 俺たちの『ゴール』というにはあんまりにも不毛だが、それでも圧巻の光景なのは間違いない。

「……とうとうここまできたか。この世界で最後で見るのがこんな枯れてひび割れただけの地面なんて風情もクソもあったもんじゃないがな」
「風情だと? そうかクリューサ、お前もこの旅をちゃんと楽しんでいたんだな」
「楽しむぐらいじゃなきゃやってられんと分かっただけだ」
「それでいいんだクリューサ、フランメリアでもその気持ちが大切だ。気づいてくれて私は嬉しいぞ」

 お医者様とダークエルフもダムの高欄から見下ろしていた。
 二人仲良くどこかを見てたが、すぐに考える価値のないものとして周囲の死体を漁り始めたようだ。

『皆さまご無事ですの~?』

 そこに空からふわふわとノーパ……リム様を乗せた杖が降りて来た。
 着地したロリは死体だらけの道路で勢ぞろいの面々に安心した様子だ。
 こっちに気づくと手を広げてちょこちょこ歩いてきたので受け止めた。今ならガチョウもついてくる。

「敵が全員くたばっただけだ。心配いらないぞ」
「ふふっ……良かったですわ。誰一人欠けることなく、無事にたどり着きましたのね?」
「ああ、やっとだ」
「HONK!」

 リム様を抱っこしてやった。ついでにガチョウも一緒に。
 振り返れば――ダムから見下ろすウェイストランドの世界が見えた。
 砂利だらけの土手を追って南へゆけば、今まで通った道筋は大地の形で隠れてしまっていた。
 でも分かるんだ。過酷な旅路はここで最後だ、旅の終わりについたのだと。

「……なんかいい気分だな。こんな何もない荒野しか見えないのに、すごくいい気分だ」
『わたしたち、ここから流れるクロラド川をずーっと追ってきたんだよね……』
「そうだったな。そういえばずっと、俺たちの旅のそばにあったよな」

 その証拠があった。大地に裂け目を残すだけの枯れた川だ。
 思えば俺たちはデイビッド・ダムへつながるそこを自ずと追いかけていた。
 その結果がこれだ。俺たちはクロラド川を辿ってとうとう旅の終わりまでこぎつけた。

「そのセリフはこの死屍累々の有様に被せるべきだとは思わんがな。今は遠くではなく周りを見るべきじゃないのか」

 いろいろと今までのことを思い返そうとしてると、クリューサにそう言われて台無しになった。
 見ればお医者様のは患者の価値を損ねた死体の相手をしていた。具体的には死体漁りという処置だが。

『あー君たち、いろいろ感慨深げになってるところ悪いんだけど……私の通り道を確保してくれないかな?』

 更にヌイスの通信がクラクションの「ぶぉんっ」という低音と共にやってきた。
 ダムの道路までようやくこぎつけたツチグモが山の監視所側で立ち往生していた。
 そりゃそうだ。ダム上の道路は死体と車の残骸とバリケードだらけだ、特大RVの横幅にはただの毒である。

「……よし、お片付けするぞお前ら」
「死体の処理は私にお任せなさい! どろっといっちゃいます!」

 感じ入るのは後だ。俺は気を引き締めて死体だらけの道路を見た。
 それにしてもすごい有様だった。よっぽど薬が効いたのか、うずくまったままの傭兵崩れがいっぱいだ。
 もちろん永遠にである。それを抜きにしたって物理的にこの世を追い出された奴らが血みどろの海を作っているのだが。

「なあクリューサ、こいつらお前の薬で死んでないか? こんな殺傷力あるなんて聞いてなかったぞ」

 クリューサの作った『リムーバー』とやらの効果はここまでエグかったのか。
 死には至らないとか言ってた気がするが話が違う気がする。

「心配するな、別に俺はミスなどしてないぞ。ただ説明を少し省いただけだ」

 ところがお医者様は死体からあれこれはぎとりながら言ってきた。

「それ説明不備っていわない?」
「ああ。何故なら本当のところ、戦闘用ドラッグを投与した人間を殺す毒だからな。お前たちが馬鹿正直に突っ込みやすいように致死毒という点を伏せておいたぞ」
『……えっ!?』
「おい、話が違うぞお前!? 俺たち猛毒の中に突っ込ませたのか!?」
「毒の中に突っ込むなんて気が進まないだろう。それにお前たちがそんな中で平然としていれば、向こうはあの毒にノーマークになるからな。俺からのちょっとした医者の心遣いだ」

 ところが告げられた事実はひどかった。ありゃ劇毒だったらしい。
 おかげで楽に戦えたのは間違いないが、この野郎なんてことしやがったんだ。

「そりゃどうもありがとう。ちなみに今のは「馬鹿野郎」って皮肉だ」
「どういたしましてだ。あの魔女が溶かす前にお前も収穫を手伝え」
「了解、先生。畜生騙しやがって」
『……クリューサ先生、ひどいです』
「俺はお前と違って聖人君子でもないからな、諦めろ」



 その後俺たちは道路を片付けた。
 ノルベルトが妨げる者を物理的にぶち壊し、アキが風の魔法で突き落とし、リム様が死体を溶かせば快適な道のりができた。
 そしてツチグモと共に道路を渡ってしばらくのこと。

「……なあヌイス、あれ」

 ゆっくりと探るように進むツチグモの銃座、俺はすぐに異変に気付く。
 一体どこまで行けばいいかと悩むタイヤの行く先、その途中だ。
 ダムを抜けて間もない場所に砂利だらけの脇道があった。
 どうも入り江に続く道らしいが、妙に空気が湿っていた――霧が立つほどに。

『……うん、私もあれだと思ったところさ』

 ヌイスも気づいていた。RVの進路がそこへ定まる。
 ごろごろと車体が降りて行けば、ふわふわとした霧の白色が増してきた。

『いちクン……? なんだかこのあたり、今までと違う匂いがしないかな?』

 肩の短剣も嗅覚的に何か感じてるようだった。ヘルメットを脱いだ。 
 すると顔に湿った空気が触れた。この世界らしからぬ香りだってした。
 「雨の匂い」ってやつだ。雨が降った後に感じるあの懐かしいものだった。
 土や砂の乾いた匂い、油と火薬の印象深い香り、そんなものとは明らかに違う自然なものだ。

「ああ、全然違う。それになんだか湿っぽい」

 唇に伝わる感触だってそうだ。ウェイストランドのものじゃない。
 しっとりとした空気にあからさまな違和感を感じると、車は枯れた湖のひび割れまで達した。
 そこにあったのは深い霧だ。前が見えなくなるほどの白が全てを隠していた。

『……いちクン、あれ……!』

 だが、ミコの言葉とその光景の異変が重なった。
 停まるタイヤの感触も混じって、いよいよそれがシャレにならない真実だと広まった。
 無理もない、霧だらけの枯れた湖を少し進んだに『それ』はあったのだから。

『……これが『門』さ。驚いたかい?』

 ヌイスのクールさはどう聞いても「これがゴールだ」と明かしていた。
 霧の中、そこだけが唯一はっきりと姿をはっきりとさせて存在していた。
 門があった。霧に向かっていくように構えられた石造りの門が、ずっとそこで誰かを待ってる。
 俺たちには理解できそうにない幾何学的模様がぐねりと刻まれた何かの入り口を閉じたまま、それも『ウォーカーが通れそうなほど』の幅と高さを見せつけてた。

「おいおい……門って言ってたけど、誰がその言葉の通りにやれっていった?」
『……イチ君、とりあえず接近するよ? いいね?』
「ああ、近づいてみてくれ」

 そんな異様な姿に恐る恐るの足さばきでツチグモが近づく。
 誰かが言った通りのゴールの姿は異様なものだ。霧の中へ誘うような巨大な扉がいきなり現れるんだぞ?

『……何なのだ、あの門は? あれがフランメリアへ続く道だというのか?』
『お~、なんすかあれ。ウォーカー用の扉っすか?』
『えっなにあれでっかっっ! 見てリムお姉ちゃん! でっかい扉ある!』
『おっきい門ですわ! いっぱい通れそうですわね!』
『クリューサ! あれが私たちのゴールらしいぞ!』
『入り口というのはここまで物理的なものだったのか? それもなんだあの大きさは、作ったやつはよほどの巨人か芸術性を求めて高くした馬鹿か?」
『なんと大きな……いかにもなものですなあ、あの門が向こうへ続いているとばかりの構えなことで』

 足元じゃみんながわいわいしてる。どうもあれはフランメリアでも一般的じゃなさそうだ。
 その手前でツチグモがぴたりと止まると、俺は銃座から見上げるように扉と対面してしまった。
 人間の手じゃ、ましてノルベルトでも開けられそうにない厚くて高い出入口がそこにある。

「……で、どうすんだこれ。XLサイズ以上はあるぞ?」
『お、おっきいけど……これが、そうなんだよね?』
「まあこれしかないよな……ちょっと見てみるか」

 まさかウォーカー持ってきて開けろ、なんて馬鹿な注文はされないはずだ。
 銃座から降りてすたっと着地。湿りのある地面を歩いてその門に近づくと。

 ――ごごっ。

 俺の耳にそんな音が届いた。大きく重い石をすりつぶすような鈍いものだ。
 気のせいなんかじゃなかったみたいだ。まるで誰かさんの接近をきっかけに、目の前の門がひとりでに開いていた。

「ワーオ、自動式……」
『い、いちクンが近づいたら開き始めた……?』
「こんなナリしておいて俺の顔で認証されてるみたいだな」

 やがてそんな音もひどく強まってきて、ごごごごご……と軽い地鳴りもどきを奏でた。
 そして両開きの扉が奥へと引っ込む。霧より深い白、いや、銀色の世界が溢れてくる。
 ごごっ、と一際強い唸りを響かせた後、門は中からあふれる銀の景色をこれでもかと見せびらかしたまま止まった……。

「これが『銀の門』だよ、イチ君」

 圧倒される高い姿を見上げていると、ヌイスがすたすた降りてきた。

「門って言ってたけどそのまんまを実現する必要はあったのか? なんだこれ?」
「それはこれを作った本人に言うべきだろうね」
「誰が作ったって? 紹介してくれ」
「君だよ。君が来たからこの門は姿を現した、そして開いた。そういう仕組みなのさ」
『いちクンが作った。って……?』

 そしてこういうわけだ、この芸術的な門は俺が呼びだしたと。
 その扉が開いたのも俺がこうして近づいたからだそうだ。
 つまり、ヌイスとエルドリーチが言っていたことは本当だったわけだ。

「俺が近づけば開けてくれるってのはこういうことか。ようこそおいでくださいました、さああるべき場所に返ってくださいってか?」

 ツチグモすら楽々入れそうなそれに近づいた――草木の自然な香りがする。
 更に一歩進めば濃い銀色が良く見えた。目が痛くなるほどの色彩に思わず手が伸びるも。

『……クスクスクス♡ やあやあ、ようこそイチ君♡ そしておめでとう♡ そこが君のゴールにして始まりの一歩、銀の門さ』

 急にそんな声がした。あのくすぐるような甘ったるい声だ。
 ヌイスは特に鋭く反応したようだ。慌ててあたりを見回すも。

「本当におめでとう、長い旅を良く頑張りました♡ お姉さん嬉しいなあ、ずっと見守ってた甲斐があったよ、うんうん……』

 とうとうその姿が現れてしまった。
 霧の白色から全く無縁な真っ赤な色合いがやってくる。
 赤い女性だ。猫のパーツをもった身体をくねらせて、ドレスを着てニヤニヤした微笑みを向ける知り合いはこの人生で一人きりである。

「……ニャルか、久しぶりだね」

 ところがヌイスがそんな姿を真っ先に遮った。
 いい感じにニヤっとしていた顔がすぐに不機嫌になった。邪魔されたと言わんばかりだ。

「なにさ、ヌイス。なんか用? 今イチ君と話してるのが見えない?」
「相変わらずつれないね君は。まあいいよ、先に彼と話してくれば?」
「あっそ、じゃあ後でね。お姉さん大事な用あるからそれどころじゃないんだ」
「君も相変わらずだな。アバタール君の前じゃいつもメスになって」
「うるさい黙れ」

 久ぶりに見るニャルフィスは多少不機嫌そうなものを交えながらこっちにきた。
 そんな彼女が俺の手を掴んで引っ込めた。まるでこれ以上進むなとばかりに。

「この前ぶりだな。元気か?」
「うん、元気♡ いやあ嬉しいなあ、逞しくなっちゃってえ♡」
「褒めてくれてありがとう。で? 今度はなんだ?」
「それ以上進んだら閉じちゃうよっていう親切なアドバイスさ、どう?」

 そういうことか。よくわかった。
 もう少し踏み込めばあの時の言葉通りに『鍵』の役割を遂げて、俺だけフランメリア送りになるらしい。

「それは困るな、ご親切にどうもありがとう」
「どういたしまして♡ さて、君はここまで来たけれども……この銀の門を通ればそこは剣と魔法の異世界、そしてその道のりは閉じてしまう。だから君たちが通るのは最後になるだろうねえ?」

 そしてつん、と小突いてきた。具体的には肩のあたりだ。
 物言う短剣と俺に言ってるのだ。他のみんなを向こうに渡らせるには、ストレンジャーが残ってその番を待たなければならないと。 
 まあそりゃそうだろう、話を聞いた時からそう思ってはいたさ。

「なるほど、ここで門が閉じないように見張れってことだな」
『あ、そうだよね……? わたしたちが残らないと、門は閉じちゃうし……』
「うんうん、他に通すお友達がいっぱいいるんでしょ? じゃあここでしばらく過ごさないといけないよねえ?」

 ところが、ニャルの顔の行き先はどうだろう。
 どうしたんだろうと降りてきたみんながそこにいた。
 そうだ。こいつらと別れる時が来てしまったということでもあるんだ。

「……そうだな、お別れ時ってやつだろうな」
「寂しいよね? だからお姉さんも付き合ってあげましょう♡」
「付き合うってどういうことだ」
「キミのお友達が通るまでの間、退屈しのぎになってあげるってことだよ?」
「お話でもしてくれるのか? そりゃどうも」
「もちろん♡ どうせ暇するんだからさ、お姉さんと一緒に語り合わない? ん?」
「大事な用ってのはそれだけか?」
「そうだけど?」
「あーうん……そうか」

 妙に馴れ馴れしいこのニャルの奴はいい、とにかくおかげで帰る順番が分かった。
 俺がみんなを見送ってから帰る。最後に入ってドアを閉じる役目だということだ。

「……さて、みんな。ちょっと聞いておくれよ」

 その時ようやく、ヌイスが咳ばらいをした。
 白衣と眼鏡の格好は開く巨大な門を前にして。

「これが向こうの世界へ帰るための術さ。ここを通ればフランメリアに渡れるけど、そこのニャルフィスというやつの言うようにイチ君が入れば閉じてしまう。つまり彼が帰るのは最後、君たちが先に帰らないといけないんだ」

 そう告げた。みんなは何を思ったんだろう、少し戸惑ったように見えた。

「ここがどこに通じているかは分からない。でもフランメリアなのは確かさ、別れたっていずれは会えるから心配しなくていいだろうけど……誰が先に帰るか、今から決めた方がいいんじゃないかな?」

 だがヌイスは続ける。ニャルのニヤニヤ顔が俺にすり寄ってきても毅然とした態度で。

「そして今から、フランメリア人の帰還希望者を呼び掛ける放送を発信するつもりだ。向こうの世界に帰りたがってる人々をここに集めないといけない、ということでツチグモにその機材を積んだからちょっと力持ちな方は手伝ってくれないかな?」

 門の前に立ち止まるツチグモを指で示してきた。
 それは帰る準備だった。この世界の旅が終わった証拠でもあり、今から俺がここにとどまってみんなを見送らないといけないということでもあった。

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